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<Trick and Treat!・PCゲームノベル>
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[ 香りのススメ2 -夢の中のユメ- ]
――――夢を見ていた。夢とは思えない夢。しかし、それは確かに夢なのだ。
緑に囲まれ、ただ穏やかに時が流れていた。怪奇事件ばかりの昨今、それから完全に解き放たれ、誰にも邪魔されることのない時間……それが此処での眠りの時間。
しかし、その平穏は唐突に壊された。
「Trick and treat!」
「――っ……!?」
「夢の中で、もう一つのユメを見てみたら?…なんてね」
少年とも少女ともいえぬその存在は、あっという間に闇に紛れる。否、今彼――草間武彦が居るこの空間が闇に包まれ……緑豊かで明るい景色は、深い緑と薄暗さに侵食されていった。
「なんだ…この景色にこの姿は……コレも全部夢、なんだよな? おい!?」
「――――何か……入り込んだな…」
ベッドで眠る武彦をジッと見つめると、夢藤香梓は顔を顰めタバコを灰皿に押し付けた。
彼が気分転換にと、此処に寝に来たのは数時間前のこと。そろそろ目覚めの時間と思っていたが、思いの外眠りは深く未だ目覚めることは無かった。しかし、それには一つの原因があった。否、ようやくそれに気づいたというべきなのかもしれない。
「チッ…俺独りじゃ面倒だな……おい、草間んとこの妹に連絡入れとけ。誰か、こっちに連れてくるように」
「はいはい、了解…」
香梓が声を向けた先、そこには菜箸を持った青年が立っていて、やれやれといわんばかりにコンロの火を止めると、香梓の診療机の上にある電話の受話器を持ち上げた。
外部からの侵入者。それにより捻じ曲げられ始めた夢。本来の状況が保てず、夢の中で彷徨う彼に未だ目覚めは訪れない。目覚めたとしても……それは今日此処へ来た時の彼とは違う者の目覚め…かもしれない。
□□□
初めて来た時隣に居た武彦は今、彼女――シュライン・エマの隣には居なかった。ただ、今目の前にした建物の中に居るという事は零から聞かされている。
「……こんにちは。ご無沙汰してます、夢藤さん」
不安げながらも、相変わらず建て付けの悪いドアを軽く叩き開ければ、前回会った時とは打って変わり、真剣な面持ちの香梓の姿が目に飛び込んだ。
「おお、いらっしゃい。いい所に来た」
香梓はそれまで浮かべていた表情を一気に消し去りシュラインを迎えると、やはり助手である一之瀬琉已を雑用に使い水を持ってこさせ、今回はカーテンで仕切られた部屋ではなく、彼の診療机の前で話をすることになった。
「少し聞いたと思うが、少しばかり厄介なことになってな。草間の奴、疲れを取りに来たのに逆に憑かれたみたいだな、目覚めやしない」
「憑かれた?」
香梓の言い回しにシュラインは問い返す。
「ああ、夢の中で自身が作り上げた夢の住人じゃない奴と直接接触した。そして、そいつに気に入られたか怨まれたかで解放されない……実際、そいつの力を考えれば幽霊なんてもんに憑かれたよりも厄介だが」
そこまで真面目に言い終わると、香梓は一度欠伸を噛み殺し、水を飲んで気を取り直すように続けた。
「今回はだな、草間の夢の中に入り込んだ奴を排除するか、草間への興味や目的を失わせて目覚めさせる。今回は草間のすぐ近くに連れてってやれないから、暫くは一人になるが大丈夫か?」
「その入り込んだ何か、が気になるところだけど、こうして準備もしてきたから。ちゃんと武彦さんを戻すつもりよ」
そう言うとシュラインは手持ちの手提げ鞄を少し持ち上げて見せる。武彦が起きた時にでもと用意してきた軽食だ。
「よし、俺もちゃんと後から行くから待ってろよ。さって、準備してくるな」
そう言い終わると椅子から立ち、シュラインに背を向けた。勿論、武彦の眠る部屋に移動するためだ。少しの間シュラインはその場で待つが、すぐに香梓の声がかかり椅子を立つと移動することにした。
部屋の様子は前回来た時と変わりは無いものの、部屋に立ち込める香りだけは以前と違っている。アロマポットの中身が違うのかもしれない。
荷物を後から現れた琉已に手渡すと、彼はベッドの横に椅子を置き、そこに荷物を置く。そして、代わりにやはり枕を渡される。ただし、今回枕に香りは無い。それを持ち、シュラインは武彦が眠る隣のベッドにあがった。
横を見れば、少しだけ魘されて見える武彦の顔。
「多少時間は掛かるが、今回は自然に寝てくれ、その方が色々なリスクが低い。後俺が行くまでに、侵入者と接触しないように。多少動いても大丈夫だろうが、できるだけ到着した場所で待ってるんだ」
香梓から言い渡された最後の注意に頷くと、シュラインは横になった。
ゆっくりと瞼を閉じる。ただ、その後急激な闇が襲ってくることは無い。辺りの音も気配もまだそこにあり、確かにこのままならば自然の眠りへ向かうのだと分かった。
しかし夜眠るのと違うことは、閉じた目が開くことは無く、ゆっくりと……静かにそれは訪れる。
部屋の香りがゆっくりと変化していく気がした。
やがて、光が訪れる――。
ゆっくりと目を開けたシュラインだが、目の前に広がる光景があまりにも異様なものだった。
「武彦さんの夢の中、これが二度目だけど――」
そこは暗く深い森の風景。今が朝か夜かも分からず、頭上では黒く大きな鴉が啼いている。
辺りに人の気配は全く無く、集中してみるものの誰かの声らしきものも聞こえない。ただ草木の音に小動物の鳴き声、動く音が聞こえるだけだった。
「随分不気味な所になっちゃってるわね。こんな夢なら、確かに魘されるし……これが捻じ曲げられてるってことなのかな」
早く武彦とこうなった原因を探し出し、この景色を元に戻してあげなければと考える。ただし、香梓が来るまでそれもままならない。ジッと待っているにも不気味な所だが、危険が無い以上は安全とも言えた。
そのまま手元の時計で数分が経過し、十数分と時間は流れていく。
「――ちょっと、遅い気が……」
待ちくたびれたわけではないものの、いまだ現れることの無い香梓に、僅かな不安が生まれ始めた。
「でも動くなって言われ――」
そこで何かに気づく。気配よりも音。小さな足音、少し荒い息遣い。明らかに自分の方へと向かってくる、人とも動物とも取れそうなそれに、シュラインは少しだけ構えた。
そしてすぐ横の草むらが風も無いのに揺れ、そこから出てきたのは小さな子供。
「――っぁ!?」
「あら……」
一瞬にして互いに目が合った。見る限り十歳くらいの少年だ。なぜ武彦の夢にこんな少年が…と考えるが、その雰囲気と顔には確かな見覚えがある。考えるよりも先に口が動いていた。
「……武彦さん、よね?」
一瞬の間を置き少年はシュラインを見上げると、ジッと見た後ようやく口を開く。
「まさか、ここは確かに夢だがお前は夢じゃなくて本物のシュラインなのか!?」
多少混乱したような言葉であるが、自分の存在が偽りでないかどうかを聞いているのだと分かった。
「ええ、夢藤さんを介して助けに来たんだけど、私が分かるって事は、記憶はちゃんとあるのね?」
「ああ…まさに悪夢だ。身体だけがいきなり小さくなって」
言いながら両掌を見つめる武彦は、その時のことを思い返しているようだ。
全ての記憶に関してはしっかりしているようで、見た限り怪我も無い。ただ、本当に目の前にあるのは自分よりも小さい武彦の姿であり、声もすっかり声変わり以前の可愛いものである。すっかり別人のようなのに、そこにいくつもの武彦らしさを見つけ、シュラインは思わず笑みを浮かべてしまった。
「なんだ、何がおかしい? というか……何見下ろしてんだ」
思わずつむじを発見したところで武彦に突っ込まれ、なんでもない素振りでシュラインは話を本筋へと導く。
「ううん、見た目怪我はなさそうだなって。大丈夫? それにこうなった原因、分かれば教えてほしいのだけど」
「怪我は無い、な。こうなった原因がはっきりとは言えないが、変な子供が現れた後飴玉を口に放り込まれて……気づいたらこんな姿でこんな場所ってわけだ」
聞く限り、何がきっかけかははっきりしないものの、その子供が原因なのは間違いないだろう。
「子供、ねぇ。それでその子は何処に?」
「さぁな。姿と景色の変化に気をとられてたらあっという間に姿を晦ましてた」
「うーん、こうして此処に入り込んじゃった人全員に、悪戯目的で近寄ってくる可能性があれば……或いは――」
その時、唐突に何かの足音がすぐ側から現れ近づいた。ようやく香梓が来たのかと思いきや、それにしてはあまりにも小さな足音で。
「Trick and treat!!!!」
続いて足音とは似合わぬ大きく元気な声。此処に武彦以外の何かがいる、それは確かに聞いていた筈だ。
「っ、……シュラインそいつだ!」
ただそれは武彦の正面、つまりシュラインの背後に突然現れ、振り返ったときには上空に飛び上がっていた。
「えっ――んっ??」
咄嗟に飛び掛ってくるのかと構えたが、次には違和感を覚え首を傾げる。
「っはははは、増えた増えた〜。可愛い女の子っ」
そう言うと子供はあっという間に走り去り、深く暗い森の中へと姿を晦ました。
シュラインが感じたもの、それは口の中にある。固形物――おそらく飴。舌の上に転がったそれを咄嗟に出そうとした。が、僅かに舌の上を転がったが最後。
「あちゃぁ……」
武彦の苦笑いと同時、突如シュラインの視線は低くなった。
「……こうやって小さくなるわけね」
思わず武彦と同じように両掌を見た後ポツリ呟けば、右手で顔を覆っていた武彦が呆気に取られたように言う。
「お前、この状況で随分冷静だな」
「まぁ、なっちゃったものはしょうがないじゃない? これから元に戻る方法を探さなくちゃ。原因はこの飴だって分かった、ならばあの子をこちらから見つけ出して聞くしかないだろうし」
言いながら武彦を見上げる。彼女の見た目は今や五歳前後の女の子だった。そしてこの身長差はまた、違った新鮮味がある気もする。
「なんだかなぁ…で、これからどうするって? そもそも夢藤はどうした」
「えっと、夢藤さんなら後から来るって言ってたんだけど、私がこっちに来てから結構な時間が経ってるのよね。何かあったのかしら……」
最初の場所からは殆ど動いていないはずだった。それ故、こちらに来る前に何かあったか、こちらに来る際に何かあったかと考えるのが妥当だと思われる。
「なんなんだ……此処じゃあいつが居ないと多分話しにならないぞ」
「このままじゃ戻りたい時に戻れないしね」
揃って途方にくれていると、突如すぐ側でギシギシと何かが軋む様な音がした。武彦もすぐ異変に気づき、シュラインに続くようその場から二歩三歩下がる。音のする場所に集中すればやがて空間にヒビが入り、そこから脚が出てきた。
「あ゛ーっ、畜生! 介入しずれぇ。なんだってこんな……元に戻りゃいいが、早く原因見つけ出さないと帰れなくなりそ――」
悪態を吐きながら現れた香梓は、武彦の夢に足をつけると同時、目の前に立ち自分を見つめている二人の子供――シュラインと武彦――を見て言葉を失った。聞かずとも、彼にはこの組み合わせが何を意味するか、すぐに理解できたのかもしれない。
頭上では相変わらず鴉が啼き、その濃紫色の羽根が三人の目の前へと落ちてくる。
まだ何も始まっていない現状、空から降ってきたそれが吉となるのか凶となるのか……それはまだ誰にも分からない。
□□□
ここまでの流れを告げると、香梓は唸った後シュラインの提案に同意した。
「とにかくその子供を見つけるしかねぇな。このままお前らを目覚めさせたら、多分だがその姿のまま戻らない。まぁ、この夢から抜け出せる保障もないが」
夢の中とは言え、子供は武彦が生み出したものではなく外部から進入した存在。それ故、この変化は現実にまで大きな影響をもたらすということである。
「ところで私達以外に、もう此処に人は居ないのよね?」
「ああ、草間が特別望んでなけりゃその子供以外存在しない筈だ」
「俺は望んだ覚えは無いが」
そう言う武彦からゆっくり目を離すと、シュラインは踵を返し指し示した。
「なら……あっちよ。微かにだけど、さっき聞いたのと似た足音が響いてる」
そんな彼女の言葉に、香梓は感心したような声を上げては、どれくらいの距離があるか問う。場所が場所なせいか、どうも正確な距離ははっきりしないものの、おそらく1キロメートルあるか無いか……それほどだと思われた。
歩いて行ってもそう時間が掛かる距離ではないが、香梓は時間が惜しいと漏らす。
彼の言うことでは、武彦にかけている力はとうに切れている。こちらに来る前にアロマを追加し、見張りもつけたものの、これ以上この夢に居るのは良くないということだ。
「つーことで、めんどくせぇが走るぞ」
「走るって…俺らはガキの姿だろ!? 特にこいつは幼稚園児くらいだ、足の速さを考えろ!」
武彦がシュラインを見て言った言葉に、既に走り出そうとしていた香梓は顔だけ振り返り言う。
「いやぁ、俺には子供をおぶって一緒に走る趣味はねぇからな。草間が手を引きながら全力で走ればいいだろ? そうして後ろから俺を子供の所に誘導してくれりゃいい」
「っ…!!!? 無茶苦茶な……いくらなんでも、追いつけない」
「…………」
「なぁに、俺に構うな。俺は前だけ見て走るし子供なら兄妹みたいで可愛いもんだろ二人で仲良く走って来い、はっはっはっ」
まるで棒読みで最後に笑うと、二人の話を聞かぬまま、先ほどシュラインが指した方向に走り出す。見る限り全力の走りではないが、子供の足では全力で走らなければ追いつけないだろう。
「私は大丈夫だから、とにかく早く行きましょう。その内また消えちゃうかも分からないし」
「あ…ぁ……」
そんなシュラインの切り出しに、武彦は頷くと走り出した。しっかりと彼女を引っ張りながら。
ただ、時折振り返りニヤニヤと笑みを浮かべる香梓が鬱陶しいと、武彦は悪態を吐いていたが……。
走り続けること数分。やがて遠くに明かり――と言っても、異常すぎる自然光のようなものを見つけ、少しすれば薄暗い森を抜けた。
今まで走ってきた森とは打って変わり、そこはとても静かで明るく、小鳥が囀るような緑が溢れた美しい湖。
そこで三人は足を止める。武彦とシュラインは僅かに呼吸を乱していたが、立ち止まり少しすればそれも治まった。ただ、香梓はいまだ背中で荒い息を続け、此処になんだか年齢差を見つけたりもする。
辺りをゆっくりと見渡せば、湖畔にさっきの子供が立っていた。
「あれ、ここまでこれたんだ。しかももう一人増えてる。キミは何歳になるのかな〜?」
三人の気配に気づいたのか、振り返ると香梓を見て小さな笑みを浮かべる。
「っ!!!!」
咄嗟に両手で口を塞いだ香梓に、子供は笑いながら「バレちゃったか」と呟き、ふわりと地を離れ三人の前に降り立った。
「なに、元に戻してほしいの?」
そんな言葉に、武彦は無言で何度も頷いていたが、シュラインは違う。
「勿論それもあるのだけど……貴方自身が見たい夢はなんなのか、気になってね」
「ボク自身が…見たい夢?」
予想外の言葉に、思わず復唱した。
「そう、此処でこうして大人を子供にして。私たちにとってみれば、まさに夢のような体験ね。でも、こんなことをしても、私たちは懐かしいかもしれないけど、貴方にとってはどうなのか。ただ悪戯に面白がっているようには見えないし……」
「いや、俺は充分からかわれたと思うぞ……」
「何か目的があって、此処でわざわざ私たちをこうしているんじゃないかって」
ポツリ呟いた武彦の言葉は、誰に拾われることもなく。ただ、三人の子供と一人の大人は無言のまま向かい合った。
「わからないな」
僅かな沈黙を破ったのは子供の、少し失笑を含んだ声。
「ボクはずっと独りだから、そんなこと考えたことが無いんだよね」
「友達が居ないのか?」
「草間は黙ってろ」
「……もし良かったら、今折角こうして子供同士集まってるわけだし、少しだけだけど、此処で遊んでみない?」
「俺は子供じゃねぇぞ…」
「俺も中身は大人だ」
途中からシュラインの考えの中にいちいち二人の会話が混ざったものの、彼女の推測では、この子供は一緒に遊ぶための相手を探していたのかもしれないと感じていた。
この状態で話に乗ってくればそれで解決、乗ってこなければ違う方法を探すのみ。
しかし子供は思いの他簡単に頷いて見せた。その表情が、今までの悪戯っぽい笑みではなく、喜びのものへと変わった事にシュラインは気づく。
恐らくその変化は全て無意識。しかし、それが心の底から望んでいたことなのかもしれない。
「私はシュライン・エマ、こちらは草間武彦さん、こちらは夢藤香梓さん。あなたの名前は?」
「ボクはリデルだよ〜」
こうして見た目は子供三人と大人一人――正しくは子供一人と大人三人の遊びが始まった。
辺りが草木の多い場所ということを活かし、木登りに始まりかくれんぼ、少しだけ元の森へと戻り、複雑に絡み合った蔓や枝にぶら下がってみたり、三人で蔓を利用し罠を仕掛けては、暗闇を独り彷徨う香梓を引っ掛けてみたり。
湖畔近くでは昼の風景を楽しみ、森の中ではまるで深夜のような気分を楽しんだ。
声をあげ笑いあい、最初に香梓が脱落。続いて武彦が根を上げ、最後にシュラインとリデルが同時に地に寝そべった。
□□□
「はぁ、楽しかった〜」
ようやく起き上がると、リデルは隣でまだ休んだままのシュラインに微笑んだ。
「ありがとう。なんだかボク、すごく満足してるよ」
「良かったわ。ね、武彦さん?」
「ああ……これで戻れるならな…」
うつ伏せのまま屍のようにぐったりしていた武彦だったが、シュラインの声に反応するとそのまま声を上げる。
しかしリデルは武彦の言葉を聞き立ち上がると、忘れていたと言わんばかりに三人を見た。
「あ、でも元に戻りたいなら…やっぱりお菓子ちょうだい。そしたらすぐに全部を元に戻すよ」
「「…………」」
そうご機嫌な表情のまま両手を差し出すリデルに、武彦と香梓は揃って黙り込んでしまった。
「夢藤さん……」
「ああーっと、前のように上手くはいかないだろうが、此処でも多分思い描けばどうにかなる筈だ。何か考えがあるならやってみる価値はあると思う」
「うーん…ならば」
と、頭の中で籠一杯のお菓子を思い浮かべた。それが実体化すれば話は早い。が、いつまで経ってもそれが現れる様子は無い。
「無理か?」
「なんだ? 前のようにって……何やってるんだ?」
「えっと、コレがダメならば…」
次には、今回のハロウィンの乗じ、南瓜のプリンを思い浮かべた。それも大きめのものを一つ。
途端、四人の前に巨大なプリンがドンと現れた。
「わっ! わわぁ〜、プリンだ!」
「なんだこりゃ!?」
「これはちょっと…大きすぎたかしら?」
高さは数十センチ、直径がもしかしたら1メートルはあるかもしれないプリンである。大きさはバケツを遙かに越え、浴槽並みだ。
「やっぱりちょっとばかり上手くいかなかっただろうが、これ位なら皿とスプーンでとりわければいいだろ。それに、残れば草間の夢の中に残せばいい」
そう言うと四人の手の中にスプーンと皿が現れた。
「これで取り分けましょう、ね」
そう言うと、リデルは嬉しそうに頷く。そして最初に自分の皿へ山盛りのプリンを乗せると、嬉しそうに暫くの間は揺れるプリンを見つめていた。
シュラインに武彦、香梓も少し取り分けると、それぞれ口にする。南瓜の味と風味が口の中でやさしく溶けていく。
巨大なプリンだったが、その半分以上はリデルに呑み込まれるように食べられ、気づけばあっという間に殆どが消えてしまった……。
そんな姿を横目で見ながら、シュラインはキリの良い所でリデルに言う。
「さ…これで悪戯は終了、でしょ?」
「ん、わかったよ……。遊べたしお菓子ももらえたしね、うん。じゃあコレ」
スプーンを咥えたまま、リデルは何処からともなく鞄を出すと、そこから幾つかの何かを取り出しシュラインと武彦に手渡した。
「ミルクチョコレート?」
「俺のはシガレットチョコか」
「それを食べれば元に戻れるよ。そうすればこの夢の時間も終わり。ボクともお別れ。……ありがと」
そう言うと、リデルは再びプリンに手をつけ始めた。
まずはシュラインがチョコレートを舐めると、たちまち元の姿へと戻り、再び隣の武彦を見下ろす形となる。そんな状況に、武彦も慌ててチョコレートを口の中に放り込む。姿が元に、そしてこの世界が静かに変化を始める。否、それは本来の姿に戻るだけ。武彦を繋ぎとめて縛り付けていた存在、リデルはその姿を消した。最後には幸せそうな顔でプリンを食べながら。
きっと、この夢が終わるのだから見えなくなった存在……。
「よし、これで完全に草間の夢に戻った…早々に帰るぞ。あ、草間は残ってろ。最後に引き上げるからな」
「ああ、頼む」
「後は…よろしくお願いします」
此処からは香梓にしか出来ない仕事である。そして彼はあっという間にシュラインと武彦の前から姿を消した。
シュラインはゆっくり目を閉じ、現実世界での目覚めを待つ。ただ、今回の目覚めは何の予兆もなく、気づいた時には目の前に天上があった。
「おはようございます、体調は大丈夫ですか?」
そして目の前には菜箸を手にした琉已の姿。香梓の姿が見当たらないと思えば、疲れたと言ってシュラインをこちらに引き戻した後、別の部屋で寝入ってしまったらしい。聞けば武彦も既に自身の夢から引き上げられているらしく、後は本人が目覚めるのを待つだけだと言う。そして琉已は部屋を出て行った。遠くからは煮物の匂いが漂っている。
上半身を起こすと、隣のベッドで寝息を立てる武彦を見た。
「……幸せそうな寝顔…」
アレから少しの間だけ、いい夢が見れているのだろうか。シュラインは自分が眠っていたベッドからおりると、武彦が眠るベッドの隅に腰掛ける。
不思議なことがあった。自分自身がそうであるということは、多分彼もそうなのだろうと……そっと、握られている彼の手を開いてみる。そこには予想通り数本のシガレットチョコ。彼女自身、目覚めた時その手にミルクチョコを握り締めていた――何故か溶けてはいないものの、それは確かにあの夢の中で貰い受けた物。
不思議な世界へ誘われ、その人の姿までを変えたリデルの菓子。
「ただの夢じゃ終わらないのね……」
それはリデルのせいか、それとも香梓のせいなのか。
やがて小さく声を発した武彦の目覚めは近い。
「――――……?」
「おはよう、武彦さん…良い夢は見れた?」
声と共、すぐ側に座るシュラインの姿に武彦は気づく。そうして数度瞬きを繰り返すと、最初に言葉無くただ浮かべてしまった苦笑いを笑みに変え言った。
「……あぁ、賑やかな夢でな。正直疲れたが、悪くなかった」
そんな彼の反応に、シュラインも思わず笑みを浮かべる。
「良かった。もしかしたらおなか一杯かもしれないけど、軽食持ってきたから、ひとまずこの部屋を出て食べましょ?」
そう言えば、武彦は「腹は…減ってるな」と呟き起き上がった。
あの景色、子供の頃に戻った武彦と自分の姿、そして皆で遊んだ後食べたプリンの味は、今もしっかり覚えている…‥。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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→PC
[0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員]
→NPC
[ 夢藤 香梓(むとう こうし)・男性・28歳・元診療内科医・現プー ]
[ 一之瀬 琉已(いちのせ るい)・男性・17歳・高校生/助手 ]
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、ライターの李月です。
クリスマスという時期のハロウィンになってしまい、申し訳ありません。
元に戻るにはお菓子が必要なのが第一でしたが、実は元の姿に戻るべき人数分の物が必要でした。ただし、大きなプリンは人数分を充分クリアだと――きっと考え以上に大きすぎの物が出てしまったでしょうが(笑)安定しない夢の中故で…条件クリアです。
今回は自然睡眠導入なので、シュラインさんに関しては変な副作用は一切発生しておりません。
夢藤に関しては、最初に無理矢理夢に介入したことと、その中で散々動いたことで疲れきっただけで、全員無事に戻ってこれました。
少しでもお楽しみいただけていれば幸いです。
それでは、又のご縁がありましたら…‥。
李月蒼
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