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傀儡の糸“side=A”―不夜城奇談―
■
その日、草間興信所を訪れた依頼人は十七歳の少年だった。
「ここの探偵さんは怪奇現象に強いって聞いて…」
暗い表情で話す少年に、入り口の張り紙が見えなかったのかと言い返してやりたい衝動に駆られつつも、正面に座る子供の思い詰めた顔を見ていると、このまま帰すのも躊躇われる。
「…で、何を依頼したいんだ?」
嫌な予感がしながら先を促せば、少年は「自分にも良く判らない」と前置きし、自らに降り掛かった奇妙な現象を話し始めた。
聞いてみると、それはここ最近、世間を騒がせている総合電波塔の爆発事故に関わっており、少年は爆発と同時刻に塔の真下で発見された、とある騒動で失踪したと言われていた人物だった。
「自分の部屋で寝ていたはずなのに…気付いたら真っ暗な世界にいて……、ずっと…変な声が聞こえてた」
「声?」
「俺なんか存在する価値はない、って…」
それは、思春期の少年にとってどれほど重い言葉であり、その心を傷つけるものだったかと、草間は声の主に対して怒りを感じた。
しかし少年は思い掛けないことを言う。
「…俺…ずっと…クラスの奴に酷いことしていて…酷いって判ってるんだけど…そいつの顔見たら、なんか、殴らずにいられないって言うか…」
「――」
「だから…存在する価値ないって言われたら、そうなのかな…って」
草間は瞠目する。
彼が語った内容もそうだが、それが事実だと言うなら、いま目の前に座り、自分のこれまでの行為を語っている少年と、話の中の少年は同一人物であるはずなのに違和感を禁じえない。
その正体は何だろう。
気付いたら闇の中にいたと言う。
変な声が、していたとも。
「…で、何を依頼したいんだ?」
草間は繰り返す、違和感の正体を知りたくて。
「俺…病院で目が覚めた時…自分がどうなっているのか良く判らなかった…覚えていたのは…暗闇の中で何度も同じ言葉を聞いていたことと…“十二宮”って名前だけなんだ…」
「十二宮?」
確認するように聞き返すと、少年は頷いた。
「お願いです…十二宮って何なのか、調べてください…それが何か判らないと…、判らないと…何か、怖い事が起きそうで…」
少年の言葉は、次第に独り言のように声量を落とし、瞳が虚ろになっていく。
草間は息を呑んだ。
只事ではない、――それは怪奇探偵と称される彼の直感だった。
■
シュライン・エマは、調査して判った事が有れば随時連絡するという約束をした少年を、事務所前で見送る。
その傍らには、彼女達が調査を進めている間、少年を見守る役目を任された零がいた。
先日の、投身自殺を考えた女性の件もある。
打てる策は一つでも多く実行しておいた方がいい。
「存在価値なんて、判断する相手で、その基準は異なるもの。十二宮の言葉が正しいなんて思わなくていいの」
告げる言葉が心に届くよう、ゆっくりと語る彼女に、少年は頷いた。
「ただ、考えることは止めないで」
「…はい」
「思考の一つ、見えてくる疑問や、答えの一つ一つが貴方の存在理由になるわ」
「…、……はい」
彼は、やはり頷く。
シュラインの言葉を噛み締めるように。
「また後でね」
「…失礼します」
ぺこりと頭を下げた彼の肩を叩き。
「零ちゃん、お願いね」
「はい」
そうして、二人を見送った。
「十二宮って…本当に何を考えているのかしら」
軽い吐息と共に呟いてから、気を取り直しつつ事務所に戻ると、草間は電話で誰かと話していた。
「あぁ、じゃあ宜しく頼む」
その言葉を最後に、受話器を置くと、彼は困惑気味の息を吐いた。
「武彦さん、誰に電話を?」
「とりあえず海浬と、天薙のお嬢さんにな…、あの二人なら独自の情報網を持っているし、よく判らん現象にも強いだろう」
その人選は非常に正しい。
特に天薙のお嬢さんこと天薙撫子がこの件に関わっている事をシュラインは知っていた。
――とは言え。
「連絡するのなら、狩人の彼らよ」
「なに?」
「十二宮は彼らの管轄だもの」
まだ調査段階で不明な点が多過ぎるため、その話を一度もしなかったことを詫びつつ告げれば、興信所所長は天井を仰ぐ。
「それは早く言ってくれ…」
「ごめんなさい、依頼人の前で言うわけにもいかなくて」
「まぁ…確かにな」
素直に認めて、苦笑する。
その指先が、事務所名物とも言われる黒電話で狩人の連絡先番号を回し始めたのは、それからすぐだった。
***
「依頼に来た少年の名前は山本健太(やまもと・けんた)、十七歳。都内の高校に通う二年生で、あの失踪事件で行方不明になっていた被害者の一人だ」
先刻の少年の身元を説明する草間の周囲には、シュラインの他にも、連絡を受けてやって来た蒼王海浬、天薙撫子、そして闇狩一族の影見河夕、緑光の四人がそれぞれの体勢で話を聞いていた。
「失踪していた間のことは、闇の中で聞いた十二宮という名前の他は何も覚えていないらしい」
河夕が眉根を寄せたことに気付くが、あえて気付かないフリをした。
「誰がどう十二宮に関わっているのか俺にはまだ飲み込めていないんだが」
草間が一人一人の顔を順に見ながら説明を求める。
「何やら傍観しているわけにもいかなさそうな雰囲気だ…、差し支えない範囲で事情を話してもらえると、俺にも動きようがある」
その言葉に、自然と一同の視線は河夕に向かった。
彼は息を吐く。
それは迷うようでもあり、諦めているようでもあり。
「……正直、俺達にも分からない事が多すぎる。この間の飛び降りようとした女の一件以来、一族でも失踪者の追跡調査を始めはしたが、全員が精神的な汚染を自覚しているわけじゃないし、全てを知っていそうな奴はすぐ傍にいるが核心に迫ろうとすれば適当な理由をつけてはぐらかす…」
「それって水主のことかしら?」
シュラインが問うと、彼は頷く。
闇狩一族の始祖と呼ばれている里界神、そのうちの水を司る彼は、一般に水主と呼ばれており、彼ならば、十二宮の何たるかを確実に知っているだろう。
同時に、それをはぐらかすという水主の態度も、一度しか接していないシュラインにも容易に想像がついた。
「確かな情報といえば、十二宮が過去にも存在していて、それを始祖が壊滅させたという歴史があることと、この時代の十二宮が俺達の敵、闇の魔物を制御し、攫った人間の感情に植えつけていること…」
「十二宮は、水主が治められる世界の、地球に転生された民が結成されたもの、ということも判っておりますわ」
「里族(りぞく)と言ったか」
撫子、海浬の補足に光が続く。
「失踪者の心に魔物を巣食わせて何かを企んでいること。あとは…、まぁ、彼らの目的が人類の滅亡だと言うなら、あるいは精神操作で先日と同じ集団投身を目論んでいる…とも考えられますね」
「人類滅亡?」
草間が驚いて聞き返す。
「地球を救うのだと仰ってましたわ…、このままでは人類が地球を殺すのだと」
撫子が言うことに狩人達は頷くが、一方でシュラインは疑問を持つ。
その違いを彼らもまた自覚した。
この場には、たった六人。
だが、されど六人。
個々が持つ情報には明らかな差があった。
「…何か知っているのか」
河夕が問えば、先に口を切ったのは以前から話すべきか迷っていた彼女。
「その水主のことだけれど…、十二宮の目的について、人類の滅亡だけではない何かを知っていると思うの」
「滅亡以外…?」
「それが何かは断言出来ないけれど、少なくとも彼が重大な何かを隠していることは断言して良いと思うわ」
彼女の言葉に、狩人は顔を歪める。
秘密主義な始祖よりも、共に戦ったこともある彼女の言葉の方が彼らには重みがあったのだろう。
「…っ…悪いが俺は行く」
「河夕さん?」
立ち上がった彼を、光が制した。
だが。
「いい加減、始祖の命令だけで動くのも限界だ。今から行って口を割らせる」
「…そう簡単に話してくれる人とは思えないけれど」
「でしたら」
懸念するシュラインに笑みを向けた光が提案した内容は、本人以外には伝わらないものだったが、少なくとも微かな突破口が開こうとしていることは理解出来た。
「あぁ…あまり気乗りはしないが、やってみる」
「お願いします」
二人の遣り取り。
そうして河夕が去った後で、撫子は問いかけた。
「いまのお名前…、白夜(びゃくや)様とはお二人と同じ、闇狩一族の方ですの?」
「いいえ」
光は否定すると同時に意味深に笑む。
「詳しくはまだ…、ですが、現代で水主の唯一の弱点と成り得る方、とだけ申し上げておきましょう」
なるほどそれは効果が期待出来そうだと思うものの、果たして河夕が有効的に活用出来るかと言うと、疑問に思わないでもない。
何はともあれ、河夕が水主自身を問い詰めるのであれば、こちらには、こちらにある情報網から調査を進めていけばいい。
「私は麗香さんに連絡を取ってみるわ」
「…碇様がお持ちの、ご祖父君の日記ですわね」
過去の十二宮に繋がる重要な資料を持つと宣言した彼女は、必要があればその資料を開示すると約束してくれている。
「そう。貴女も一緒に行く?」
「いいえ…私は、まずは依頼人の方にお会いしたく思います」
「山本君に?」
「先日の…自殺されようとした女性のこともありますし…精神に憑いているのが魔物であれば、私にも何かしら解放のお手伝いが出来ると思うのです」
手首に輝く白銀の腕輪を、もう片方の手で包みながら話す撫子の真摯な眼差しに、光の表情が少なからず曇る。
何かを言いかけ、直後、海浬が立ち上がる。
「では、俺はそれに付き合おう。資料を調べるよりは楽そうだ」
表現は一方的だったが、その真意は伝わる。
万が一のことがあっても海浬ならば撫子の安全を確保することが出来るだろう。
「宜しくお願いします」
光が海浬に頭を下げ、彼は薄く笑った。
「河夕に脅迫めいたことは無理そうだからな…、君はシュラインに同行し、過去の情報を集めてくる方が後々の為になるだろう」
「ご尤もです」
「確かに」
「ええ」
広がる笑いに、染み渡る優しさ。
「さて…そうと決まれば俺も依頼人のところに行くか。引き受けた責任てものがあるからな」
草間がそれに続く。
全員が今後の予定を決め、早速行動に移ろうと立ち上がった。
最初に扉を空けたのは草間。
そこに絶妙なタイミングで現れたのは、外跳ねの長い金髪に、まるでロック歌手が舞台上で着るような煌びやかな衣装を纏った男だった。
「おぅ、ちょっと聞きたいことがあって訪ねたんだが…、取り込み中かい?」
全員が出ようとしていた矢先だったのだ、不自然に向き合う彼らの間には奇妙な空気が流れ。
「…美嶋様…?」
撫子が言う。
「あ、本当に美嶋さん」
シュラインも思わず声を上げた。
一方で興信所を訪ねた美嶋紅牙は、見知った顔が並んでいるのを見て、自分の勘の良さに感心するのだった。
■
「あなたに内緒で麗香さんの資料を借りに行くのはフェアじゃないと思ったの」
そういった理由で彼女に呼び出された矢鏡慶一郎は、簡素でありながらも丁寧な礼を告げた後、彼女に同行していた人物を見遣った。
「光君も一緒とは光栄ですね」
碇麗香の自宅に向かいながら、そう微笑う慶一郎に、光も楽しげな口調で返す。
「いろいろと驚かされてばかりですよ。まさか、あの夜、矢鏡さんまで東京タワーの近くに居たとは、シュラインさんにお聞きするまで考えてもみませんでした」
「あれで素直に引き下がったと、光君が信じたとは思えませんが」
「それは、そうなんですけれどね」
光は苦笑して二人を順に見た。
「さすがに最近は諦められたようですが、……可能な限り、無関係の地球人を戦に巻き込みたくないのが河夕さんの本心ですから。僕もなるべく、あの方の意を汲み取りたいんですよ」
「無関係だなんて」
シュラインは否定的に口を挟む。
「狙われているのが地球人なら無関係なわけがないでしょう?」
「ええ」
彼女達の言うことは正しい。
光にはそれが判る。
ただ、河夕にとっては受け入れる事が困難なだけなのだ。
「あの人は大切な方々を力から守る術には長けてらっしゃいますが、想うことには慣れていないんです」
「慣れ…?」
聞き返すシュラインに、光は曖昧に微笑んだ。
「優し過ぎるのですよ。一族の王として在るには不適格なほど…、もっとも、そういう河夕さんが率いるからこそ、今の闇狩一族があるのですが」
そうして、苦笑。
一つ前の微笑とは異なる、本心からの表情は二人の口元を無意識に綻ばせた。
「面白い方ですからね、河夕君は」
「からかい甲斐はありそうよね」
くすくすと穏やかに広がる笑い。
麗香との約束の時間の五分前。
三人は彼女が暮らすマンションの前へと辿り着いた。
***
訪ねた三人に麗香が見せた祖父の資料は、三十冊を越える古びたノートの束だった。
「何なら持ち帰っても構わないけれど」
麗香は紅茶を差し出しながら言うけれど、それぞれ資料に目を通したい理由を持つ以上、中身を確認もせずに十冊ずつ自分の分と言う訳にはいかない。
しばし場所を借り、適当に中身を見ていくことにした。
「急に申し訳有りませんでした、お仕事中でしたでしょうに」
「構わないわよ。〆切りが迫っているわけでもないし、十二宮の事が記事に出来れば面白そうだもの」
詫びた光に、清々しいほど本音で返す麗香。
「何か掴めれば、真っ先にお知らせしますよ」
慶一郎も応え、次第に日記の文章へと意識を集中させていった。
「よくその祖父の字を読む気になるわね」
「あら、未知の語学を探求するのに似ていて興味深いわ」
そう返せば、麗香が声を立てて笑うのだった。
シュラインは四冊目のノートを見ていて、不意にその手を止めた。
その頁の一行目には『失踪者名』と書かれており、二行目からは人名と思しき漢字の羅列。
途中に入っている数字は失踪日だ。
更に、読み進める内、漢字には名前だけでなく地名も含まれていることに気付く。
その数は百や二百ではない。
千でも済まない。
ぱらぱらと捲って以降の頁に延々と続き、残り四枚となったところで「合計十二万二三四四人」という記載があった。
「十二万人……?」
思わず声に出すと、慶一郎と光も顔を上げる。
「十二万とは?」
「たぶん…過去の失踪者数ね…、見て、きっと全員の名前が書かれている」
シュラインがノートを広げて見せると、彼らはもちろん、麗香も顔を覗かせ、呆れたように息を吐く。
「十二万もの名前を書くなんて、正気の沙汰とは思えない」
「名前だけじゃないわ、失踪日、失踪した場所…」
「ざっと見たところ、北海道の地名が多そうですね…」
呟いた光は、ハッとする。
「そういえば…、水主が普段暮らしている住居は北海道にありますが…」
「そうなんですか?」
慶一郎が聞き返す。
これを偶然の一言で片付けて良いものか。
「あら…」
「どうしたの」
シュラインの声には麗香が反応する。
「この苗字…、珍しいから覚えていたんだけれど、今回の…、例のラジオで失踪した行方不明者の中にも同じ苗字があったわ」
「――」
それも、偶然か。
慶一郎は目を凝らす。
名前を追う。
「四人…」
「え?」
「この頁だけで、今回のラジオによる失踪事件の関係者と同じ苗字の人物が四人います」
同じ苗字の人間など幾らでもいる。
血縁と決め付けるのは尚早だ。
だが、もしも。
「先日の碇女史からお聞きした話です。過去の十二宮が関わったと見られる失踪事件では北海道を襲った大地震の後に、突如、失踪者全員が戻っている、と」
麗香が頷く。
「今回の、東京タワーの爆発後に失踪者が全員戻った――事情を知っている私達にとっては、それが私達の取った行動による結果でしたが、事情を知らない一般人にしてみれば、今回も、爆発が起きた後に失踪者全員が戻ったという不可思議な現象です」
「矢鏡さん…」
「ずっと気になっていたんですよ、過去と同じ真似をすることに何の意図があるのか、と」
それが、もしも過去に攫った人々の血縁を攫って、戻したと言うのなら。
それは“真似”ではない。
――続き、だ。
「この過去の失踪者達の一覧はこちらでお預かりしても構いませんか? いま現在の失踪者達との血縁者がどれだけいるかを調べたい」
ラジオによる失踪者達ばかりではなく、むしろ全国に渡る失踪者達も含めて。
「お願いします」
「ええ」
軍という、国の機関に所属する慶一郎ならば比較的容易に調べられる。
手伝いを頼める人材も少なくない。
「麗香さん、本当にノートは借りて行ってもいいの?」
「ええ。役に立てて頂戴、面白い記事のためにね」
「ありがとう」
ならばシュラインは、この資料を全て解読しようと決意する。
あとは、河夕が水主からどれだけの情報を持って帰られるかだ――……。
■
最初に興信所に戻ったのは彼女達だった。
碇麗香から、彼女の祖父が書き綴ってきた三〇冊余りのノートを借り、水主から情報を仕入れて来るであろう河夕の帰りを待っていた。
だが、ただ待つのも時間が勿体無いからとそれぞれにノートを読み始めれば、止まらなくなる。
思いも寄らない事実が次々と出る一方で、それ以上の疑問が湧く。
「こんな事ってあるかしら……」
数分前に送られてきたFAXを見ながらシュラインが呟いた。
送り先は、慶一郎の勤務先。
過去の失踪者名が明記されていたノートの一部分を、試験的にそちらに送ってあったのだ。
今回のラジオによる失踪事件に限らず、ここ一月に失踪し、家族から捜索願が出されている人々のリストと照合した結果、過去と現在、長いタイム・ラグを経た二つの事件には血縁者、もしくは本人による失踪が七割を占めていたのだ。
中には既に他界している者もいる。
とすれば、一致率は百パーセントに近い。
「こんなの…本人の意思とはとても思えないわ…」
「まるで何か…、見えない糸に操られているようですな」
シュラインと慶一郎が言い合う最中、光は近付いて来る複数の声に気付く。
「あの年頃の子供に存在する価値が無いだのと…、ンなこと聞かされちゃ堪んねぇよ。まったく…、一つ間違えばあの嬢ちゃんの二の舞だ」
「お助け出来て、本当に良かったと思います」
紅牙と撫子の声。
その後ろからは海浬と草間。
だが足音は五つだ。
少年に付いていたという草間零も共に帰って来られたのは、少年の解放が無事に済んだ証。
(良かった…)
後は河夕だ。
そう思った矢先、近付いてくる気配を敏感に感じ取る。
「……どうやら河夕さんは、水主本人を連れて来られたようですね」
「え?」
「それに…、この気配は阿佐人君でしょうか」
彼らはこの時点で、やはり脅しは無理だったらしいと悟るのだった。
***
河夕と、その後、彼と同行したという阿佐人悠輔に連れられて興信所に姿を現した水主は、一人一人の顔を順に見遣って意味深な笑みを浮かべる。
「全員、十二宮と戦う意志を固めたのだと、そう思っていいのかな」
悠輔が頷く。
紅牙も。
「人間から見りゃ、俺も褒められたことはしていないがな……。奴等のやり方は気に入らねぇよ」
人間の心に魔を巣食わせ、死に追いやろうなどと決して許せる行為ではない。
「私も同じ。いろいろとやり方が、ね」
シュラインが続く。
「言えない事情も込みで、…本当に地球を救う気なら好き嫌いで判断するなんて危険でしょうに、それを自然だと思ってる。その偏った思考はどうにかしないと」
それには慶一郎も同意を示した。
「まぁ…、水主殿のお話し次第ではありますがね」
彼が微笑めば、水主も笑みを強めてそれに応える。
「地球を巡っての事ですもの、狩人の皆様に甘えてはいられません」
真っ直ぐに水主を見つめて言い切るのは、撫子。
「わたくしは、自ら十二宮と向き合いたいと思います」
「俺も乗りかかった船というやつかね」
興信所所長の草間が言い、隣で「はい」と頷くのは義妹の零。
「――海浬殿は」
最後に、彼は海浬に視線を移す。
地球を救うことになど興味はない、異界の太陽神。
「人類の滅亡を願う者がいて、それを止めようとする者がいること自体は殊更珍しい話ではないだろう。今までにも繰り返されてきた話だ、――そして今のところは存続しているというだけのこと」
「まったく同意見だ」
海浬に水主が返す。
ただ、違うのは。
「少なくとも、友人に死なれるのは寝覚めが悪い」
なるほど、と。
「承知した」
それが答え。
「ならば話そう、十二宮の目的を」
水主は言う。
伏せていた事実。
「――その組織を率いる者の名は、大鳥遊介(おおとり・ゆうすけ)」
遊介と聞き、目を細めたのは海浬。
そして。
「ゆうすけ…?」
悠輔が聞き返す。
「それって、もしかして遊ぶに介助の介って書く“遊介”?」
「知っているのか」
河夕に問われて、彼は頷く。
「さっきネットの掲示板で書き込みを見つけたんだ。確か…【LEO、獅子の遊介、約束の場所で待つ】と…、それを見たときから、ひどく気になっていて…」
「約束の場所?」
「獅子って…」
次々と上がる疑問の声に、対して楽しげな反応を示す水主。
「そうか…、ネットで呼び掛けるとは現世への順応が早いと見える」
くすくすと笑い、彼は悠輔に正解だと応える。
「LEO、つまり獅子座のことだよ。十二宮は黄道十二星座の宮、連中はそれを自分達のコードネームにして使っていた。十二有れば干支でも良かったそうだが、雰囲気が恰好良いという理由で星座を選んだらしい」
ふざけた理由だと思う。
だが、それ以上にふざけているのは。
「彼らは人類を滅ぼすつもりだが、それは本来の目的を達成させる“ついで”のようなものだろうね」
「ついで…っ…、ついでで人を殺すのか!」
声を荒げる悠輔に、水主は言う。
「彼らにとってはそうなんだよ。何せ本来の目的は、閉じようとしている宇宙空間から地球を逃がすことだ」
「――」
――一瞬にして、落ちる静寂。
空気すら止まるような沈黙。
「…閉じ…、何だって……?」
草間が聞き返す。
水主は、微笑む。
「閉じようとしている宇宙空間から、地球を逃すこと、と言ったんだ」
繰り返されても、理解出来ない。
意味が判らない。
「そんな無茶をすれば、人間どころか、動物も植物も、あらゆる命が死滅する。わざわざ十二宮が手を出さなくても人間は滅びる。それでも手を出し、命を弄ぶのは、その時までの時間潰しだ。悪い言い方をするなら、十二人のうち、誰が何人殺せるかというゲームなんだよ」
「……っ」
息を呑む。
言葉が、詰まる。
「彼らの目的は、地球と呼ばれている、この惑星の存続」
そのための策を彼らは握っていて。
その彼らを止めようとする自分達は。
「待ってくれ…それは…、なら、地球人の未来は……」
「さぁ」
水主は正直だ、残酷なほど。
「だから知らせたくはなかったんだよ。――せめてその答えを手に入れるまではね」
せめて、その答えを。
有るか否かも判らぬ“答え”を――……。
―了―
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【登場人物:参加順】
・5973/阿佐人悠輔様/高校生
・4345/蒼王海浬様/マネージャー 来訪者/
・0328/天薙撫子様/大学生(巫女):天位覚醒者/
・0086/シュライン・エマ様/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/
・6739/矢鏡慶一郎様/防衛省情報本部(DHI)情報官 一等陸尉/
・7223/美嶋紅牙様/お祭り男&竜神族の刺客/
【ライター通信】
この度は「傀儡の糸」にご参加下さいましてありがとうございます。
今回の物語は如何でしたでしょうか。ようやく皆で情報を共有し、草間興信所の皆様にも参戦して頂くことになりました。
願わくば次回「十二宮の長」でもお逢い出来ます事を祈っています。
いよいよ冬の到来ですね。
北海道では早速インフルエンザの兆しも見え始めているとか…、シュラインさんも、PL様も、どうぞ体調管理にはくれぐれもお気をつけ下さい。
月原みなみ拝
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