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ワンダフル・ライフ〜Spinning and weaving
彼女は名をアンネリーゼ・ネーフェといった。
聞き馴染みのない名も当然、彼女は人でなく、天上の楽園に住む妖精の種族であるという。
彼女は神話に出てくる女神のように神々しく、また淑やかな美貌を誇り、背には時折きらめく妖精の羽が生えていて―…まあ要するに、そんな一見して分かる”美”を持っている彼女とテーブルを挟んで相対していると、何とも言えずもぞもぞするというか…緊張してしまう。
でもこれが人間の美女なら、こんな人と自分が同じ遺伝子を持っているなんて信じられない―…となるところだけど、そこはそれ、彼女は妖精だもの、とよくわからない理屈で自分を慰めることもできるので、緊張はするけれど卑下はしない。ああでもやっぱり美しいものって違うわね。纏っているオーラが見えそうな気も…
「…ルーリィさん?」
「あっ、はい!」
ぼーっとしていた私を怪訝そうに見つめ、アンネリーゼは首を傾げていた。私は我に返り、
「ごめんなさい! それで、何だっけ?」
「ええ。どこまでお話したかしら…。取引の件なのですけれど」
そう、彼女が今日私の店に来たのは、魔法の仕事を頼みに来たわけではない。
何でも、彼女が今拠点にしている”星の庭”というところの農作物が、今秋関東圏を直撃した台風のあおりを受けて、見過ごせないぐらいの被害を受けてしまったらしい。
自給自足で生活している彼女…いや彼女たちにとっては、農作物や果樹が被害を受けたというのは大きな問題なわけで。
「…それで、ルーリィさんの雑貨店と、”星の庭”で、取引をお願いできないかと思いまして」
「うん、状況は分かったわ。つまり、こちらから食材を提供すればいいのよね?」
「ええ。…お願いできますか?」
勿論、そういった取引は二の句もなく首を縦に振りたいところだ。無論そうするつもりである。…だけど彼女たち妖精は、こういった取引に貨幣は使用しないという。もともと、金銭で物を買うという概念はないらしい。
彼女たちがこういった取引に使うのは、物々交換。そういえば、以前も同じように、こちらからは絹の反物を、彼女からは美味しいケーキを頂いたっけ。
…ということは、今回も何か交換するのだろう。向こうが何を出したとしても、私は取引に応じるつもりだけど―…でも、やはり気になる。
まあ要するに、今度はどんな美味しいモノを用意してくれたのかしら、と生唾が出そうなのである。
「ねえアンネリーゼさん。今回も、その…物々交換の取引なわけよね?」
「ええ。そうお願いしたく思っておりますが」
「じゃあ、今度はどんな…」
「母さん、おやつはー? おなかすいた!」
そのとき、二階からどたばたと音が聞こえたと思ったら、元気な甲高い声が飛び込んできた。アンネリーゼはきょとん、とし、私はあちゃあ、と額を押さえた。
「…リネア。今お客様がいらっしゃってるの。もう少し静かにね?」
「あっ、ごめんなさい!」
カウンターの裏のカーテンから顔を出したリネアは、アンネリーゼを見て、慌てて首を引っ込めた。
「……ルーリィさん、今の彼女は?」
「あはは…私の娘なの。二階でおとなしく昼寝してたと思ったんだけどね、起きちゃったみたい。ごめんなさい、うるさくて」
「いいえ…それは構いませんが」
そう言って、アンネリーゼは何か考えこむように細い指を口元にあてた。どうかしたのかしら、と思っていると、アンネリーゼはふいに頭を挙げ、にこりと笑って言った。
「もし宜しければ、お嬢様もこちらにいらっしゃいますか? きっと退屈しているのでは」
「……いいの?」
ということで、リネアはにっこにっこと上機嫌で、私の横にちょこんと鎮座することが出来た。
一通り自己紹介を兼ねた挨拶をしたあと、アンネリーゼはいいことを思いついた、と前置きして言った。
「…物々交換用の物ですけれど。ぴったりのものが思いつきました」
「え? 何々?」
私は少し身を乗り出した。
「ええ。以前頂いた魔法の絹―…”ライヒテ・ザイデ”のストックがまだ残っておりますの。それを使って、ルーリィさんとリネアさんのお洋服を新調したいと思うのですが…」
如何でしょう?
そういって、アンネリーゼは首をかしげた。
私とリネアは、二人そろってきょとん、としている。
…ということは、つまり、アンネリーゼさんが…私とリネアの服を作ってくれるってこと? あの絹で?
「…素敵!」
私は手を組み、目を輝かせて、そう叫んだ。となりのリネアは、わっと驚いている。…いや呆れているのかもしれない。
「あの、アンネリーゼ姉さん…いいの? お洋服作るのって、とっても大変なんでしょう?」
浮かれている私と裏腹に、リネアは心配そうにアンネリーゼに問いかけた。だが彼女はゆっくり首を振り、
「私、元々紡織や裁縫が好きなんです。だからお気になさらず。お任せ頂ければ、きっと貴女方に合うデザインを拵えますわ」
「そうよ、アンネリーゼさんのデザインって、それはもう素敵なんだから! リネアもお姫様になれちゃうぐらいよ」
「え…本当?」
アンネリーゼと私が両方からそう言うと、リネアも少しぐらついてきたらしい。瞳が夢見る少女のそれになる。
「…それでルーリィさん、こちらに裁縫の道具はありますか?」
「うん? 多分倉庫にあると思うけど…。もしかして、今日やってくれるの?」
私が目を丸くしてそう尋ねると、アンネリーゼは勿論、というように微笑んで頷いた。
裁縫できない私からすると、今すぐやってしまおうというのが…すごいとしか言いようがない。自分が出来ない能力を持っている人って、ホント尊敬しちゃうわ。
「ああ、でも…日没までとなると、お一人分になってしまうかもしれません。…どう致しましょう」
と、アンネリーゼは悩むように目を伏せた。
一人分? なら。
「じゃあ、リネアの分をお願いできる?」
「…母さん!」
驚いて声をあげるリネアをウインクして黙らせ、
「私の分はまた機会があるときでいいもの。それにこの子の分ならサイズも小さいし、私のよりも短時間で済むんじゃないかしら?」
「…ええ、ルーリィさんがそれでよければ」
アンネリーゼは安堵した表情を浮かべた。
今日自分の分が見られないのは少し残念だけど…まあ、仕方ないわよね。
「じゃあ、作業室はこっちよ。あ、裁縫してるとこ、見物してても良いかしら?」
「ええ、それは勿論」
そう笑いあい、私たちは二階へ移動した。
アンネリーゼはてきぱきとリネアの寸法を測り、簡単なラフ絵を紙に描いた。それは実に手際良く、こういったことに手馴れているのがよくわかる。
「リネアさんは髪が金色ですから、服にもその色を入れたいと思います。ベースは白で如何かしら」
「うんうん、良いと思うわ。あ、ベースはワンピース型なのね」
「ええ、裾にフレアを入れて、ふんわりと広がる形にしたいと思います。ウエストは絞って、シルエットをすっきりと」
「うん、ちょっと大人っぽいけれど…そうね、とてもいいと思う」
ラフ絵を見ながら、二人でああだこうだと言葉を交わす。当のリネアは、寸法を測ったあと、ちょこんと椅子に座って物珍しそうにそんな私たちを眺めていた。
「…では、こんな感じでいきますね」
アンネリーゼはそういうと、ラフ絵に直接寸法を書き込んでいく。それが終わると、魔法の絹、ライヒテ・ザイデの登場だ。
「…この絹は色が思い通りになりますから、使いやすいですね」
「そう? そう言ってもらえると嬉しいわ」
なんたって、自分では使わないもの。有効に活用してくれる人がいると、それだけで嬉しい。
アンネリーゼは、寸法どおりに、絹にしるしを入れ、裁断していく。しばらくは、彼女のハサミのちょきちょきという音だけが作業室に響く。
そうしてしばらく、彼女の手元を眺めていたけれど、ふいに顔を上げて、アンネリーゼがこういった。
「そういえば、お二人は魔女の修行をしているのだとか」
その言葉に、私とリネアは顔を見合わせた。
「ええ…そうだけど。私は見習いから正式な魔女に昇格したばかりで、この子は見習い以前のようなものだけどね」
「それはどういったものなのですか?」
絹に色を定着させ、それぞれ縫い合わせていく彼女。作業の合間に、涼やかな声で問いかける。
「私の故郷でも、魔術が存在します。…でも、ルーリィさんたちのそれとは、少しばかり毛色が異なるようなので」
「ああ…」
私は納得して頷いた。つまり、私たちの使う魔法がどんなものが知りたいのだろう。
「うちはね。魔女っていっても特殊なんだけど…5つの系統に分かれてるの。それぞれ自分自身の身に宿る魔力を基盤として、それと外側の魔力とを繋ぎ合わせることで発動させるわね」
「…外側…とは。自然界や精霊でしょうか?」
「うん、そんなものかしら。あと私の作成術は、自然のものだけじゃなくって、無機物ともリンクさせる必要があるから…結構神経使うのよね」
私は苦笑してそういった。
興味深そうに耳を澄ましていたアンネリーゼは、ふと作業していた手を止めて、遠くを見るように言った。
「…私たちとは違いますね」
「…そうなの?」
私は少し身を乗り出す。ふと傍らを見ると、リネアも気になっているようで、興味深そうに目をぱちくりさせていた。
「ええ。私たちが行使する魔術は、自然の現象を現す属性で区分されています。たとえば、私の行使する属性は光、音。他にも炎や風、地といった属性を行使するものもいます」
「ふぅん…。それぞれ得意とする属性を持ってるのね。そういうのは、どうやって決まるのかしら」
私の問いかけに、アンネリーゼは苦笑を浮かべて首をかしげた。
「さあ…。きっと、各々の役割によって振り分けられているのではないでしょうか」
「役割、かあ…」
じゃあ、この彼女も、何らかの”役割”が振られているのだろうか。それがどんなものか分からないけれど…彼女が遠い目をして、私と彼女の”魔法”が違うといったことに繋がるような気がした。…具体的には分からないけれど。
「…先ほど、5つの系統と仰ってましたね。どういったものが?」
アンネリーゼは再び作業をはじめながら、そう尋ねた。
私はハッと顔をあげ、気を取り直して笑顔を浮かべた。
「ええとね、飛行術と変化術、召喚術、造薬術…あと私が使う作成術、っていうのがあるの。それぞれに必要とする魔力のパターンが違ってて…」
私はそう、自分の村の魔法について彼女に話した。アンネリーゼは時折作業の手をとめながら、相槌代わりの質問を返す。
そうしている間に、妖精と魔女の魔法談義の時間は過ぎていき―…
「…出来ました」
アンネリーゼのその言葉に、私とリネアは作業台に駆け寄った。
そこにはランプの灯りに照らされて光沢が煌く、シルクのドレスがあった。デザインはラフ絵そのもので、その再現性に驚く。
「ほら、せっかくだから着てみなさいよ、リネア」
私がせかすと、リネアは少し照れながらドレスに腕を通した。
サイズはぴったり。やっぱりデザインは少し大人っぽいけれど、でも可愛らしく着飾ったお嬢さん、という雰囲気で、やはりデザインには作成した人の雰囲気が色濃く現れるんだな、と思った。
「うん、素敵! なかなかいいじゃない? リネア、良い余所行きのドレスが出来たわね」
「うん! アンネリーゼ姉さん、どうもありがとう。…でも、汚さないように注意しないとだめだね」
白だものねえ、と私は苦笑する。
嬉しそうにくるくる回るリネアを笑顔で眺めていたアンネリーゼは、
「いえ、それは魔法の絹ですから、少しばかりの汚れには強いはずですよ。リネアさん、衣服は貴女が着るのであって、着られるのではないことを覚えておいてくださいね」
その言葉に、一瞬リネアは目を丸くする。だが何となくアンネリーゼの意とするものが伝わったのか、「はいっ」と元気の良い返事をした。
「…じゃあ、小麦粉にパン粉、砂糖、塩…と、あとは野菜に果物ね。こんな感じで大丈夫?」
ずっしりと重そうな袋がアンネリーゼの足元に並んでいる。中には、うちの食物庫にあった食材をありったけ積めてある。
「…こんなに宜しいのでしょうか?」
「ええ、もちろん。お金が買えないものを貰ったしね」
アンネリーゼは袋を抱え、ぺこりと頭を下げた。
「…本当にありがとうございます。これで何とかなりそうです」
「うん、また食材が足りなくなったら、いつでも来てね」
ええ、とアンネリーゼは笑顔で返した。
そして扉を開け、外に足を踏み出そうとしたとき、思い出したように彼女は振り向いた。
「…次にこちらに来るときは」
「?」
きょとん、と首を傾げる私に続ける。
「術について、もう少し詳しく話し合ってみたいですね。大変興味深いお話でした」
「…! そうね、私ももっと妖精さんについて聞いてみたいもの。お待ちしてるわ」
アンネリーゼは、軽く頷き、たくさんの食材と一緒に帰っていった。
そして数日後、私のものにある小包が届く。
差出場所に覚えはなかったが、差出人の名前を見て、私は笑顔を零した。
差出人の名前はアンネリーゼ・ネーフェ。小包の中には、リネアのドレスと似たデザインのそれが綺麗に折りたたまれていた。
無論、サイズが私にぴったりだったことは言うまでもない。
おわり。
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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】
【5615|アンネリーゼ・ネーフェ|女性|19歳|リヴァイア】
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▼ ライター通信
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お久しぶりです、お待たせしました。
またの来訪、ありがとうございました!
そして素晴らしい衣装をどうもありがとうございました。
きっといつかどこかにお呼ばれすることがあれば、
件のドレスを身に着けて親子で着飾れることでしょう。
こちらが提供した食材も、どうぞ美味しく召し上がってくださいね。
それでは、またお会いできることを祈って。
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