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<Trick and Treat!・PCゲームノベル>


にげる、おいかける、つかまえる…それから?

■オープニング

 十月晦日。
 三人は気が付いたら突然、そこに居た。
 …どうやら、巨大な迷路の中らしい。

「わーよかったー来てくれたんだねー」
 目の前にはにこにこと笑う十二歳程度と思しき少年っぽい子供が一人。
 オレンジの髪にちょこりと帽子を載せ、小奇麗なスーツに身を包んでいる。
 お菓子が一杯詰まった鞄を片手に、にこにこにこと楽しそうに笑っている。
 とりっくあんどとりーと、などと、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞではなくお菓子をあげて悪戯をする気満々な無茶なコトをあちらこちらの世界でやってる奴である。
 リデルと名乗った。
 曰く、何か頼みがあるらしい。

 ………………ボクの迷路に『変なの』が出て困ってるから助けて?

「…漠然とし過ぎてわけわかんねーぞそれ」
 速攻でさくりと返していたのは都市型迷彩の上下を纏い、顔半分を覆うようなオレンジのゴーグルまで掛けている十二歳程度のきつそうな印象の少年。
「…と言うか、それで僕たちが選ばれて呼ばれた…んですよね、その理由もわからないんですけど」
 そこに続けたこちらは幾分のほほんとした印象の、明らかに身体のサイズにあっていないぶかぶかの大人サイズな服を着込んだ砂色の少年。こちらも年の頃は十二歳程度。
「あー言えてる。…選択基準なに?」
 両方の意見にあっさり同意したこれまた十二歳程度と思しき少年が別に一人。…見た目の年の頃はそうだが、なんだか同年代な三人の中で一番大人びた余裕を感じさせる。ついでに言うと学校の制服らしいブレザーの服を着ていたりして、何処ぞのゲリラかストリートチルドレンかと言った前の二人より、現実では幾分平和な環境に置かれているのではとも見て取れる人物。
「…」
 三人からの質問に、リデル、笑ったままで返答無し。
 と、都市型迷彩の少年――若宮がまず、キレた。
 ふざけてんじゃねぇぞこの野郎、とリデルに掴みかかろうとする――が、向かったそこにはリデルの姿は既に無し。そして今度はいつの間に移動したのか砂色の少年――エリニュス・ストゥーピッドのすぐ脇からひょこりと顔を出している。
「さっき食べた飴覚えてる?」
「…さっき食わされたそれのせいでここに来たって事になるのか?」
 制服の少年――御崎双樹は少しも動じずそんなリデルにすかさず確認。
 リデルはこくりと頷いた。
「うん。でね、その飴には『ここに来る』以外にもうひとつ効果があるんだよね」
 ちょっとこっちの事情でいじくってあるんだけどさ。
「?」
「キミたちにあげたあの飴は特別製でね、アレを食べると見た目がボクになるんだ」
「はぁ!?」
「『変なの』はどうもボクを狙ってるみたいでずーっと追いかけてくるんだよね。だからボクも頑張って逃げてるんだけど、なんだかそれでもちょっと心許無いんだよね」
 だから、キミたちを呼んでみたんだ。
 無意識下でなりたいものが『今の自分以外なら何でも』――って思ってるような、ボクと同じ年頃のコを。
 …自分以外なら何でも、ってコトは、ボクになるならイイってコトになるもんね?
 ほら、一人より四人の方が追い掛ける方だって大変でしょ?
 それに三人とも、ボクと違って結構腕に覚えもあるみたいだしさ?
 何だったら『変なの』倒しちゃってもらえればなとも思ったり。
 と、そこまでリデルが話した、途端。

 ぽんっ、とやけにファンシーな爆発音がした。

 音と同時に煙に包まれるリデルに呼び出された三人。
 …煙が晴れた時には、三人ともリデルと全く同じ姿になっていた。
 しかもそれを三人共に確認出来たのは一瞬で、次の瞬間には三人が三人ともそれぞれ何処か別の場所に移動させられていた。

「てめちょっと待て何勝手にしやがるッ」

「…。非常に不本意ですけどまぁ…この状況じゃ出来る事は一つしかなさそうですよね…」

「…俺やあの二人に何期待してやがるんだあの血色悪い野郎は…?」

 目の前には相変わらずの迷路。
 そして今度は――自分の他には誰もいない。
 と、思ったら…通路の遠方から何やら不穏な気配が近付いてくるのを感じ――…。
 結局三人とも、その気配の主から逃げ回らずを得なくなる。

「じゃあ三人とも、頑張って逃げ切ってね〜♪」
 と、無責任なのほほんとした声が三人それぞれの耳に何処からともなく聞こえた――気がした。



■(幕間その一、リデルの独白)

 迷路の中で一人でぽつり。
 追っ手も何も今は居ない。
 そう確認してからぱかりと鞄の蓋を開け中を見る――その中にはお菓子がたくさん。
 飴もある。
 色とりどりの小さな丸い飴玉。
 食べた人が無意識の内に望んでる姿形になる飴。そして同時にこの迷路に召喚される飴。
 で、この飴の効果で変身してこの迷路に召喚されてる人が食べると、元の姿に戻って元の世界に送還される飴。
 本当ならそれだけの能力しか用意してない。用意されない。
 でもその中に一種類だけ、他とはちょっと違う効果を持つ飴がある。
 ――…あの三人だけにあげた『ボクになる』飴玉。召喚は他の飴同様即効だが、事前に話す時間が欲しかった関係で――こちらの事情話したところでいきなり話通りにボクの姿に変身したらどんな反応するかなーって思ったから――変身の効果に即効性は無く、召喚の効果とは少し時間差を付けてある。
 その『違った効果を持つ一種類』になる飴玉の色は、オレンジとグリーンのマーブルで…。

 …って。
 あれ?

 鞄の中に、三人にあげたのと同じ種類の飴玉がまだ残ってる?
 もう無い筈なのに、て言うか『ボクになる飴玉を使う用事は済んだからもう無くなってる』筈なのに?

 …。

 ひょっとすると三人にだけじゃなくて他の人にも渡しちゃってるかも?

 …。

 えーとそうなると他に無意識の内の希望が無ければあの三人と同じようになるだけだから別に良いけどそうじゃないと他の作用が出るかも知れなくてその辺事前に確かめてないから…えーと…うーん。
 鞄の中身をがさごそかき混ぜながらリデルは悩む。
 オレンジとグリーンのマーブル模様な飴玉の残りを取り出し、あー、と取り敢えず自分の口に全部放り込み証拠隠滅。
 そしてもぐもぐと口の中で転がしながら結論。

 …まぁ、いいや。



■?(招かれた人たちの行動)

 …気が付いたら、迷路の中だった。
 きょろきょろと辺りを見回す。植え込みの木の枝が複雑に絡み合って造られたような壁と、土がそのまま剥き出しな地面で出来た通路しか見えない。見上げれば夜空。月が浮かんでいる。
 見たところでは、誰も居ない。
 但し、音はする。
 …何だか音の反響に微妙に違和感がある。
 いつもより目線が低い。
 …自分の身体がやけに小さい事に気が付いた。どのくらい小さいのか確かめてみる。目の前に翳して空いている手指を見る。何となく背伸び――やっぱり目線が低い。自分の頭の高さと同じ高さの壁に印を付けて自分の身長を確かめ――ようとして自分の頭を触ろうとしたらその前に自分の空いてない側の手がきのこを象った傘を持っている事に気が付いた。そして何かもこっとした服――きのこの傘と合わせて考えるとまるできのこの石突みたいな――を着込んでいる事にも気が付いた。
 仮装している。
 改めて自分の恰好を自分の目で確かめられる限り確かめる。
 …。…やっぱり、きのこ?
 そんな感じだ。
 きのこの妖精風仮装ってところだろうか。
 ?
 悩む。
 考える。
 …何かしらココ。
 …武彦さんと零ちゃん何処だろう。
 今この場所に招かれたのは、多分…あのオレンジ髪のコがくれたお菓子を食べたから、だと思う。
 そんなタイミングだったと思う。
 あのコ当人の感じもそうだったし、お菓子の味も不思議に懐かしい感じだったから…その辺りが原因と見てまず間違いないだろう。…武彦さんも零ちゃんもあのお菓子一緒に食べたんだから私と似たような事になってそうだけど…今ここに姿が無い以上、言い切れない。
 不安になる。
 …自分の恰好を見直す。
 これも多分、お菓子を食べたから。…あのコはハロウィンの常套句を少しもじった科白も言っていたし、血色が悪くて耳も尖っていて小奇麗なスーツを着ていて――見ようによってはそれっぽいイメージの仮装をしているようにも見えた。
 ここは何かハロウィン関連の世界なのかも。
 ならば――今自分がきのこの妖精風な恰好をしているのは多分、草間興信所でのんびりときのこ図鑑見てたからかなと思う。ぷくりと可愛いなぁと思いながら見ていた訳だから…多分そのくらいしかこんな恰好になりそうな心当たりがない。
 ちまい姿のきのこ妖精になっている彼女――シュライン・エマはそこまで考えて改めて周辺を見直す。
 幾ら見渡してもこの場所に心当たりがある訳じゃない。
 音はすれども姿は見えず。
 耳を澄ませる。
 まずは武彦さんと零ちゃんの音を探してみる――よくわからない。
 それより先に他の音がする気がする。…二人の音が聴こえているにしても他の音と混じってしまっていて判別が付かない程度の音しか拾えない。違う音から辿った方が早そうだ。
 枝だか蔓だか根だか――とにかく壁を構成している部分にぴたりと耳を付けてみる。…水の吸い上げ音から幹――迷路の中心の方向とか掴めるかもしれないし、振動等で聞き覚えある足音が見付かるかも。
 …暫く探ってみて。
 一番大きく聴こえた――一番近くから聴こえていると思しき音は、誰かが走って追いかけっこしているような音だった。…追いかけられている方が一人、追いかけている方が一人。…二人。追いかけられてる方は――お菓子くれたコっぽい。
 その音を辿る――ぽてぽて歩き、少し進んでみる。…壁の左手の方向に行きたい。
 ただ、曲がる道が無い。結構長い間一本道――分かれ道があっても右手だったり方向が違う。…音のする方に道が開いても曲がってもくれない。
 暫くぽてぽて歩き続けて、シュラインは左手に向かう道を探すのを諦めた。
 …とは言っても諦めた理由は、ちょうど左手の壁の下方――根元に、幾分大きめの隙間があるのを見付けたからなのだが。見付けたその隙間を覗き込む。…うん。行けそうだ。よしと一人頷くと、シュラインは折角小さくなってる自分の身体を利用してその隙間をよいしょと潜って抜けてみる――抜けられた。きのこの傘も持って来れる。やっと左手の壁の向こうになる道に出られた。
 と。
 目の前に。
 いかにもハロウィンらしいシンボルと言えるジャック・オ・ランタンが完全に音も無くふよふよ浮いていた。
「――」
 …ハロウィンでは悪霊を怖がらせて追い払う為にかぶもしくはかぼちゃでジャック・オ・ランタンを作って飾ると言う理由がある意味実感できた。…いきなり目の前におばけかぼちゃのどアップはシュラインでもさすがにちょっと驚いた。
 ただ、程無くこのジャック・オ・ランタンは特に何もしないと言う事に気付いてすぐに立ち直る。物理的に火が灯っているなら火の揺らめく音、燃焼時の音くらいしそうだが…何故かこれにはそれもない。どうもこれは…言葉通りにおばけなジャック・オ・ランタン、もしくはウィル・オ・ウィスプの類なのだと考えて良さそうだ。
 シュラインは今の音の源がこの道ではなさそうだと見て、今出てきたのとは反対側の壁に向かい、再び耳を付けて音を辿ってみる。
 さっき聴こえた音。近付いてくる。でもこの道じゃない。壁を隔てたこの道のもう一つ向こうの道っぽい。
 きょろきょろと辺りを見渡す――またすぐには曲がり角が無さそうな道。さっきまで居た道と並行して作られているみたいな感じの道。それを確認してから今音を聴く為耳を付けた壁を見上げる――壁を構成する枝だか蔓だか根だかを見る。
 結構、柔な感じは無く、確りしている。
 …登ってみようかな。上からの方が状況把握し易そう。
 思い、シュラインは捩れに足を掛けよじよじと壁を登り始めた。

 …登攀途中で落ちそうになりつつも頑張って登って、何とか壁の上に到達。
 着いた途端に、ふー、と思わず息を吐きつつ前のめりにしゃがみ込む。…結構重労働。
 少し休んで、また耳を澄ましてみる――いや澄ましてみるまでも無く。
 あのお菓子をくれたオレンジ髪のコがこちらに向かって走り込んで来るのが見えた。
 で、壁の上から慌てて呼び止めようとし――反射的にその場で立ち上がろうとすると。
 …よろけた。
 身体の大きさとかいつもと違うから余計にバランスが取り難い。よろけた拍子に空を泳いだ手が何かを掴もうとするが当然頼りになるものは何も掴めない。
 掴めたのは結局元々持っていたきのこの傘でしか無くて。
 思わずそちらを持つ手に力をこめてしまったら――今度は決定的に、バランスを崩してしまった。

 で。

 眼下に見えた多分お菓子くれたコ――少なくとも見た目は同じで音も同じっぽいコ――の上に。
 きのこの妖精は落下した。



 …巨大なきのこが壁の上から通路に落下した。
 それは――ちょうど頭に狼耳を生やした十七歳程度のマント姿の少女が追いかけていた、オレンジ髪な顔色の悪い少年がすぐ脇の通路を走り抜けようとしたそのタイミング。瞬間的に少年は真上から落ちてくる巨大きのこ――と言うかぱっと見には巨大きのこにしか見えないがその実そんな仮装をした五歳前後の少女に気付き、このままではまずぶつかるともわかったが――上空と地表のこの間合いでは何だか色々考えて行動を取っている余裕がない。それは落ちてくる巨大きのこの方でも同様。
 で。
 結果。
 どすんと大きな音を立て、予想通りに少年の上に巨大きのこが落ちていた。
 ただ、よくよく見れば少年が巨大なきのこの石突――少女の部分を抱き止めたような形になっている。が、抱き止められた方が五歳前後の幼い子供だとは言え、抱き止めた方もまだ十二歳程度でしかないそれも華奢で小柄な少年ともなれば――結局そのまま押し潰されたのと大差無くなってしまうとも言える。
 唯一の救いは、少女が持っていたきのこの傘が、きのこの石突を模した袋状の服が――空気を孕んで壁の上から落下する速度を僅かながら遅らせられていた事くらいか。…まぁ、だからこそ少年の方が咄嗟に少女を受け止める行動を選択出来る間が出来たとも言うのだが。一応、少しは落下の勢いも緩んだのだろう。
 狼耳を生やしたマントの少女――千獣は驚いてそこに駆け寄る。
 一拍置いて、きのこの傘が通路に転がった。
 少年の上でうーんと顔を上げたのは、きのこの妖精風仮装中なちまい少女。
 千獣はひとまずその少女――シュラインを抱き上げて少年の上から退けてやる。抱き上げてみての彼女の様子から大丈夫そうだと見、そっと通路に立たせてあげた。
「あ。…ありがと」
「…怪我、ない?」
「…それは…私よりこのコの方が…」
「…うん」
 シュラインの科白に頷いて千獣も少年を心配そうに見遣る。実際、少年がシュラインのクッションになったと言えばその通りでもあるのでシュラインの方は大事無く済んだのかもしれないから。
 シュラインから少し遅れて少年の方も気が付く。
 頭がぐらぐらするのか額を手で押さえ、うー、と唸りつつ顔を上げた。
 …無事とは言い切れないが一応大事は無さそうである。
「――…あーびっくりした。そこのきのこ、生きてるな」
 シュラインを見てまず確認。
 そしておもむろにむくりと上半身を起こそうとするのを見るなり、シュラインは少年のすぐ脇に転がるようにしゃがみ込む。
「ご、ごめんなさい! 壁の上でバランス崩しちゃって…!」
 言いながらシュラインは少年の身を案じあちこちぺたぺたと触り回って怪我の有無を確認し始める。と、少年の方でそれをやんわりと遮った。
「…いや大した事無いから大丈夫。案外俺は丈夫だったらしい。つかお前が軽かったって事かもしれないけどな…両方って事もあるか。まぁそこはどうでもいいけどさ。…お前も俺も大した事無く済んだ訳だから」
 そこまで言うと、少年はちらと千獣の様子を窺う。…さっきから自分を追っていた相手。だが今この状況から改めて遁走を試みたとしてもそれで逃げ切れる気はしない。今までの経過からして、純粋に足の速さだけで言うなら彼女の方が明らかに速い訳で。ついでに言うなら少年の方も――大した事無く済んだとはいえ、さすがにいきなり走り出せるようなコンディションではない。…ぐらぐらする頭は暫く治りそうにない。
 で、ずっと自分を追っていた千獣に対してどうしようかと迷ったところで、少年は取り敢えずひょこりとおどけるように小さく片手を挙げてご挨拶。
「…やぁおねえさん」
「…。…何で、逃げた、の」
「あー…、そりゃな。捕まったらどうなるかわかんねぇからな。…事前に逃げろと言い含められる以上どうせこの顔は誰かに恨みでも買って追いかけられてるんだろうからさ。…実際さっきあんたに追いかけられる前、かーなーり殺気立ってた奴とも遇ったしね。何とか撒いたけど」
「? …でも、貴方、飴、くれた人、違う…よね?」
「…何だ。わかってたのか」
 千獣は頷く。
「でも、あの子供と同じ見た目、だから…多分、私より色々知ってる」
 そう思った。
 だから追いかけた。
 話を聞きたくて。
 今何がどうなっているのか、の。
 飴をくれたあの子供当人でない以上答えそのものが得られないにしても、何か手掛かりは持っているかもと。
「その判断は多分正解。…あんたらも菓子食わされてここに招かれた奴だって言うんなら」
「菓子…そう。…飴、もらった。食べたら、ここに居た」
「…。…じゃああんたは、音は同じだけど――あのコとは違うって事なのね?」
「まぁここに来るに当たって、オレンジとグリーンのマーブル模様な飴玉舐めさせられたりしましたねぇ。こんな顔してるリデルって奴に」
 と、少年は自分を指す。
 オレンジ髪に緑の瞳。尖った耳に血色の悪い肌の色。小奇麗なスーツに、お菓子の入った鞄。
「ところで『音が同じ』ってのは…きのこなおちびさんは耳がイイって事?」
「それで個人の判別が付くくらいは。…あんたの音、あのコと同じ音に聴こえるわ。…声音。足音。心音。呼吸音。動く時の衣擦れ音」
 でも、私も今話した感じからしてあの飴くれたコとあんたが同一人物にはどうも思えない。癖に由来するような音で判別しようにも、あのコ――リデルとは遇ったばかりで、それで判別出来る程の付き合いはまだない。…うーんと腕組みして悩みつつシュラインは考え込む。
 リデルと同じ姿形の上に同じ音がすると言う事は…外見が、見た目がリデルなだけじゃなく、まるごとリデルに変身していると言う事になりそうで。
「何でそんな事までする必要が…自分の身代わり?」
「そうそう。一人より四人の方が追いかける方だって大変だろうみたいな事言ってたな」
「四人…じゃあ私たちがきのこ妖精とか狼人間の扮装になっちゃってるのと同じような感じで、あんたは――それと後もう二人、リデルくんの姿形にされちゃってるって事なのか。それもあんたの場合は――目的を知らされた上で」
 と。
「…? 狼人間?」
 唐突にきょとんとする千獣。
 その表情を見て逆にきょとんとするシュラインと少年。
「あれ、違った?」
「その耳…狼だよな? …だから余計追われるのが怖かったとも言うんだけど」
 二人に言われ千獣は慌てて自分の頭に手を伸ばす。
 言われた通り狼の耳らしいモノが生えている。それも音を受け取り易い方向にいちいち角度を変えて自然に動いている――本当に生きている狼の耳のように。
 千獣はそのまま停止した。
 獣を抑える為の呪符がないのに。
 この迷路に来てからは、千獣は己の身から呪符が全く無くなっているけれど人の姿のままでいると言う事実通り、単に人の姿の自分になっているだけなのだと思っていた。
 けれど違った。
 確かに耳が生えている。
 …この狼の耳は私の中に居る獣の内誰かのものなのだろうか。いやそれにしてはこうなっている事に今まで全然気付かなかった。この耳の主からの重圧も衝動も何も感じられない。今、呪符がなくて獣化してるのに。勝手に生えてる…でもどういう訳か暴走していると言う感じでもないような。何だか、単に周囲の音が拾い易いように自然と自分で動かしてしまってる…と言うような感じである。
 何でだろう何でだろう何でだろう。
 そして何故、狼なのだろう。
 狼と言えば森の食物連鎖の頂点。
 ふと連想してしまうのは――統一体の自分。
 考えてもわからない。
 頭上の狼の耳に触ったまま固まってしまった千獣を恐る恐るシュラインが見上げている。
「…大丈夫?」
「…気付かなかった…」
「あー、って事はおねえさん、その耳以外はひょっとして元の世界のまんま?」
「…うん」
 千獣は素直に頷く。
「きのこのおちびちゃんは?」
「私は随分縮んじゃったなーと思ってるわ。きのこの妖精風な仮装も元通りとは違うし」
「そっか。…実はおちびちゃんと呼びつつ話し方からして多分本当はおねえさんだろーなーと言う気はしてたりしますが」
「あ、まだ名乗ってなかったわね。私はシュラインよ。シュライン・エマ」
「俺は御崎双樹ってもんです。狼なおねえさんは?」
「私…千獣」
 名乗りながら、千獣は狼の耳から恐る恐る手を離してみる。
 取り敢えず、大丈夫…らしい。
 やっぱりよくわからないが。
 そんな千獣をシュラインが気遣わしげに見ている。
「…千獣さん、狼の耳があるって事に凄く衝撃受けてるみたいだけど…それはいきなり自分の姿が変わってれば衝撃だって事もあるでしょうけど…ひょっとして何か他にも理由があったりする?」
「うん。…元々、私の中、たくさん獣居て、暴れないよう呪符で抑えてて、なのに呪符が無くて、でもこの耳…獣化してて、だけど私は平気で…わからない…」
 …聞いてる方でも何だかよくわからない。
 ただ、自分の中に元々ある何かの要素と今生えている狼の耳が関連してるんじゃないかと思って、それについて本気で困惑しているようには聞こえた。
「これはリデルくん早く見付けないとね。…千獣さんもそうだけど…武彦さんや零ちゃんも色々と困ってるかもしれない」
「…連れ?」
 武彦さんと零ちゃんとやら。
「ええ。御崎くんは何処かで見かけたりしなかった? …って訊いてみるにしろ…容姿の特徴とか伝えてもこの世界じゃ全然変わってるかもしれないからわからないか。外見以外の特徴だと…武彦さんは何はともあれヘビースモーカーで、零ちゃんは言い回しが昭和初期になる時がある女の子…って事くらいしか今この迷路の中って状況でわかりやすく伝えられそうな特徴はないのよね…」
 そう、こんな状況であまり細かい事を初対面の人に特徴として出してもそこに気付いてもらえる気がしない。
「ヘビースモーカーに昭和初期…いや済まないけど覚えがない」
「私、ここで人を見付けたの…御崎双樹が、初めて。それで、話聞きたくて、ずっと追いかけてた」
 …だから、見かけてない。
「そう…。…ところで御崎くん、リデルくんに聞かされてる事…教えてもらってもいいかしら?」
 その方が色々と現状把握の役に立つかもと思うから。
「ん、リデルはな…とにかく『変なの』ってのを気にしてたな」
「…『変なの』?」
「そう。さっき一人より四人の方が追いかける方だって大変…ってリデルに言われたっつったよな、その『追いかけてくる奴ら』の事をリデルは『変なの』って称してたみたいなんだけど。出来れば倒しちゃってくれとか何とか調子の良い事まで言ってたんだよ。…そんな事まで言う以上、飴渡して手前で招いた連中――つまりあんたらとはまず違う奴の事になるだろうから? つーかそもそも奴に一番初めにな、『ボクの迷路に『変なの』が出て困ってるから助けて?』とか言われてるんだよ。俺ら」
「…『変なの』、か。…んー、ここがハロウィン関連世界なら…その『変なの』は死霊の事になるのかしら」
「いやそこまではわからないけど」
「でも今私が登ってた壁の向こうの通路でね、ジャック・オ・ランタンが浮いてたのを見てるの。その上に、私や千獣さんはこの恰好でしょ? 御崎くんの――リデルくんと全く同じその姿だってそれっぽいし、リデルくんは飴くれる時にTrick and Treat! って言ってたし」
「…普通Trick 『or』 Treatだったよな?」
「それはリデルくんが自分からお菓子配ってるからじゃない?」
 orじゃなくてandなのは。
 それで私たちは今この状況なんだから…それで悪戯は成立してるような気がするし。
 シュラインはうーんと考え込む。
「…じゃあその『変なの』がハロウィンの夜に現れる死霊だと仮定して。私たちのこの恰好で…死霊が見逃してくれると思う?」
 きのこ妖精と狼人間――と言っても後者は実質狼なのは頭に生えた耳だけ――の仮装で。
 ちなみにハロウィンで突飛な姿の仮装をするのは、それで死霊を驚かせ怖がらせて、追い払う為になる。何だかハロウィンがどういうものかと言うところからよくわかっていなかったらしい千獣にも改めてその辺の事を説明し意見を求めるが…考える事はやはり同じ。
 シュラインと千獣はお互い顔を見合わせた。
 …なんか、無理っぽい。
「となると…ひとまずここは死霊の嫌がる火を用意したいところね」
 と、シュラインがそう呟いたところで。
 千獣がその場で一度身体を撓め沈ませたかと思うと、たっと地を蹴り、枝だか蔓だか根が絡み合った壁を――シュラインが落ちて来たその壁の上まであっさり飛び上がっている。
 それでそこから通路の向こう側を見、ぽつり。
「もう居ない。ジャック・オ・ランタン」
 …どうやら、シュラインの見た『それ』がまだ居たなら捕まえれば火の代わりにならないかとか思ったらしい。
 千獣は元通り通路に降りてきて、そのまま考え込んでいる。
 シュラインも双樹も千獣のその行動にちょっとびっくり。…何と言っても先程シュラインが落ちて来た件がある。つまりはそれなりに高い壁なので。
 千獣だけは何でもない事のように平然としている。
「火、用意する…何処から?」
「…と。非常に的確な指摘だ千獣の姐さん。ちなみに俺は火ィ熾せそうな物持ってない」
 そしてシュラインが見たジャック・オ・ランタンを探したりそんな指摘をする以上、千獣も持っていない。
 必然的にシュラインに視線が集まる。
「…むー、武彦さんならライター持ってきてそうだけど…」
「つーとまずその武彦さんとやら捜すのが無難かな?」
「そうして貰えるなら私は有難いけど…二人にしてみると脱線してる事にならない?」
 火を用意したとしても、火が効くって確実に言い切れる訳でもないし。
「いやリデルからその辺の細かいヒントは一切言われてないから、火ってのはいい目の付け所だと思う」
「他の人にも、会った方が…状況、判断材料増える」
 だから別に脱線じゃない。
「二人ともありがと。じゃあ取り敢えず…」
 と、シュラインは壁に近寄りしゃがみ込む。…何かを拾い集めている。千獣も双樹も何事かとその手許を覗き込んだ。
「?」
「何事?」
「一応、簡易松明作っとこうと思って」
 ライターの火だけじゃあっても小さ過ぎるし。
「それもそうだ」
「うん」
 頷き、千獣と双樹もシュラインの試みを手伝い始める。千獣があっさり硬い木皮をべりと剥がして材料確保。そこからシュラインが乾燥木屑や松明を作成。纏めて蔓でぐるぐる縛る。双樹が散らばっている細かい枝や落ち葉を掻き集め、燃料の足しにと松明の中心に織り込んで詰めてみる。…乾いてない木肌や葉で保護すれば火を付けても他には広がらないだろう。
 取り敢えず人数分三つ作ってみた。
 後は火。
 思い、取り敢えず動こうとシュラインが耳を澄ましたところで――耳を澄ますまでもなく、シュライン以外にも普通に直に聞こえる声が先に飛んで来た。
「…お前ら、訊きたい事があるんだが――いいか?」
 声の側。三人から少し離れた位置、通路に現れた姿は――片手に『リボルバー銃』をぶら提げた、黒いロングコートの裾を翻す黒尽くめの『青年』。真っ黒なサングラスまで掛けており、顔色はリデルと張るような不健康そうな青白さ。唇には――『紫煙燻る煙草』と何故かちらちら牙が覗いている。
 …確かに元の世界とは違う姿だが、それでも殆どそのまんま。恐らくは『五、六歳若返った』程度で、何に仮装してるかは…ハードボイルド風味(?)な吸血鬼ってところか。
 シュラインはすぐに誰なのか気が付いた。
「武彦さん!」
 ――ライター所持の可能性どころでなく、見るからに確実な火種(…)が捜すまでもなく訪れた。



「――…それは災難だったねぇ。二人とも」
 迷路の中、幾分開けていたその場所で。
 突如連れ立って現れた二人のリデルにのほほんと労いの声を掛けていたのは――インバネスコートに鹿撃ち帽を纏ったクラシカル(?)な探偵風の青年、アドルファス・ヴァン・ヘイルウッド。
 パイプから煙を燻らせつつ、にこにこと穏やかな微笑みを浮かべて二人を迎えている。
 アドルファスは自分で用意したテーブルに着いて、のんびりと手ずから紅茶を淹れお茶会を開いている。彼の他にそこで一息入れていた客は、元々継ぎ接ぎだらけなデザインの何処かで見たようなシュールなうさぎの着ぐるみに入った少女――草間零に、わらわらと現れテーブルに集まっているてのひらサイズの骸骨に魔女にミイラに妖精数匹。更には蝙蝠のようなものやら今にも化けそうな犬猫の類までが集まって、皆その場所でのほほんくつろいでいる。
 それまではテーブルの上に供されていたのはアドルファスが淹れた紅茶のみだったのだが、二人のリデルが事情を話しつつそこに合流してからは、彼らの鞄から提供された菓子がまるごとお茶請けに出されている。
 …そのせいもあり、お茶会の賑々しさは一段と増していた。

 リデルの内一人――本物のリデルではなくその正体はセレスティ・カーニンガム――がアドルファスから提供されたカップの紅茶をゆっくりと楽しんでいる。
「…ちょうど紅茶が欲しいと思っていたところなのですよ。生き返ります」
「それは良かった。…僕の好きなこの紅茶、お客様のお役に立てたなら僕も嬉しい。これも何かの縁だし、是非ゆっくりしていって下さいね」
「ええ。有難くお言葉に甘える事にしますよ。…こんな場所を知ってしまったらもう歩き出せそうにありません」
 偶然ながら知った顔も見える事ですし。
 悠然と微笑みながら零を見るセレスティ。
 零の方ではそのリデルがセレスティと知るなりそうなんですかとびっくりしている。元々の知り合いであってもその相手の姿形がまるっきりリデルなのでは…それは確かにびっくりもするだろう。
 まぁ、テーブルを囲んで暫く様子を見ていれば仕草の癖や表情の感じははっきりセレスティである事は零にもわかってきたのだが。
 セレスティは不意に口調を変えアドルファスを見る。
「…本物のリデル君、来ますかね?」
 君の思惑通りに。
「来るよ。きっと。…あなたたちが訪れた事で、またこちらに彼の興味が向く要素が増えたと思うしね」
「そうですね。…どうやら私は若宮君曰くリデル君も気付いていないイレギュラーの可能性があるようですし」
「…そう、その…若宮君だったっけ、あなたはあまり楽しそうではないですが…お口に合いませんか?」
 紅茶。
 気遣わしげにそう続け、アドルファスはもう一人のリデル――こちらも本物ではなく正体は若宮なるアサルトライフル振り回す危ない少年――に話を振っている。
 若宮はここに来てテーブルに着いてからずっと頬杖突いてむくれており、紅茶にも口を付けていない。
「いやそーいう問題じゃなくてよ。…この状況でくつろいで楽しめっつー神経がわからねぇ」
「でも、あなたも僕がここでお茶会開いてる目的についてはわかってくれたんだよね?」
 だったら、もう少し気を楽にしていて欲しいなと思うんだ。
 あなたも大切なお客様なんだから。
「…いやそりゃ…そう言ってくれるのは有難いし言う通りそれであの野郎が来るかもたァ思う。思うけどよ。でもそれでのんびり待ってられる程こちとら人間出来ちゃいねぇんだよっ! 気楽に落ち着いて茶なんか飲んでられっかよっ!」
 苛立ったように声を荒げる。
 まぁ、気持ちもわからないでもないか。
 と。
「…だったら僕たちと一緒に来ますか?」
 また違う声が飛んで来た。テーブルを囲む皆の視線が声の方向を向く。そこに居たのは黒猫の耳と尻尾を生やし、本を一冊抱えた――抱えているその手まで、いや足までも同じ黒猫のものになっている――眼鏡の青年と、黒い三角帽子にローブと魔女風の扮装をした、こちらもまた本を一冊抱えた眼鏡の少女の二人。
 おや、とアドルファスが椅子から立ち上がり、訪れた二人に声を掛ける。
「先に誘われてしまったね。こちらから声を掛けなければならないところを」
「いえ済みませんそんな事はありません。そして勿論立ち聞きするつもりでもなかったんですが…少しお話が聞こえてしまいました。あ、ちなみに僕は書目皆と言います」
「僕はアドルファス・ヴァン・ヘイルウッド。ここのお茶会の主催者だよ。あなたたちは…リデル君を捜しているんじゃないのかい? …いや、捜している事は捜しているね、けれど僕とは違う道を考え実行している最中と言ったところか。それで今、若宮君に声を掛けてきたんだね」
「ええ。その通り。先に名乗っておくわ。私は成瀬霞。リデルを捕まえるより先にした方が良いらしい事があるの。…それを済ませば元の姿に、元の世界に戻れる菓子をくれるとリデル本人から言質を取ったわ」
「…あなたたちは本物のリデルに遇っているのかい?」
「ええ。すぐに逃げられてしまったけどね。リデルは瞬間移動の能力を持っているみたいなのよ。だから闇雲に捕まえてもまた逃げられて同じ事になる。だったら…良いように使われているようでも、リデルの言う事を聞いてからリデル本人を捕まえた方が良さそうでしょう?」
「だから、ここでじっとしていられないと言うのなら…僕たちと一緒に来た方がその…リデル君にしか見えないけど若宮君て呼ばれていたっけ、彼の為にも良いのかなって思ったんですよ」
 と。
 そこまで聞いたところで、若宮ではないもう一人のリデル――セレスティが口を開く。
「リデル君の頼みは、あの『よろしいものではなさそうな何者か』――を何とかする事ではないですか?」
 どうやらリデル君を追っているあの存在。
 そう、若宮君曰く、リデルは三人も自分の影武者を作る程、それを気にしていたと言うから。
「影武者…それで」
 あなたたちのような。
「ええ。…ちなみに私は計らずもそうなってしまった『四人目』のようなんですが。名乗りが遅れましたが私はセレスティ・カーニンガムと申します」
「セレスティさん。…ええ。あなたの言う通り。リデルは『変なの』と言っていたけれど」
「やはり。…霞嬢と仰いましたね。君たちはリデル君を追うのはひとまず止めておいてリデル君からの頼みを果たすと仰いました。ですが…その『変なの』の居場所を捜すにしても、何か具体的な当てはあるのでしょうか?」
「裏技みたいな当てはないわ。私たちは来た道を確認しながら地道に捜しているだけなんだけどね…時々迷路の方で妙な道標が出る事はあるけれど」
 いかにも罠のような矢印の看板が壁にいきなり現れた事もあるし。…けれど罠覚悟でその通り進んでみたら…意外にも本物のリデル見付けられたりもしたのよ。
「ええ。だからこの迷路を攻略するつもりで進んでいると、原理はよくわかりませんが…迷路の方で助けてくれる時もあるのかなって気もして来てるんです。今まで歩いてて」
 霞の科白に続けて、皆。
 まぁ、そうだね、とアドルファスも同意する。
「それは僕も思ったよ。迷路自身が進むべき道を示しているんじゃないか、ってね。僕が気付いたのは風。ほんの微かに、普通に歩いているだけじゃ気付かない程度にだけど…通路には風が流れていたんだよ。で、その風に背を押されるようなつもりで逆らわないようにして歩いていたらね。自然と今居るここに出たんだ。つまりね。ここは迷路を歩く者が無意識の内に誘導され易い場所にもなっていると思うんだ」
 …その『変なの』もいずれここに辿り着くかもしれないよ?
 アドルファスのその科白に、霞は黙考する。
 確かに自分たちも――『ちょうど今さっき、ここまで辿り着いた』。
 即ち、『元々の道標もそこを示している』上で、アドルファスが人を――人以外も――集めてお茶会をしているのだから、これは余計に目立つ。人を惹き付ける。
 一理ある。
 ここで待つのも。
 そこまで霞が考えたところで、確かにそれは俺も聞いてるけどよぉ、と若宮のぼやきが挟まれる。
「…そりゃあの野郎、そこの魔女と猫人間の言う通り出来れば『変なの』倒してとも言ってたが…俺としちゃそれ、可能なのかってところからして疑問なんだけどよ…?」
 ここに来る前――セレスティに遇う前までそいつらに散々追われてたからこそ、思うんだけどよ。
 あの野郎も『出来れば』とか妙に希望的観測っぽい言い方してたし。
 と。
 若宮がぼやいたそこで。
 今度は松明を明々と灯し持っている、やや大所帯な人たちが現れた。
 ハードボイルド風味(?)な黒尽くめ吸血鬼と、移動するには歩くコンパスの差があるが故かその吸血鬼に抱きかかえられている小さなきのこの妖精。それから狼の耳を生やした長い髪にマント姿の半獣?少女。
 …そしてまたリデルがもう一人。
「あ」
 新たに訪れたその一行を見て、何処かシュールなうさぎの着ぐるみの少女――零が椅子を蹴立てて立ち上がる。
「零ちゃん!」
 椅子を蹴立てた着ぐるみのその名を叫びながら、きのこの妖精が吸血鬼の腕から乗り出す――そのまま転がり落ちそうになる。吸血鬼は慌てて屈んできのこの妖精を解放した。吸血鬼の腕から下りるなり、きのこの妖精は着ぐるみに向かってぽてぽて駆け寄って行く。
「ずっと捜してたのよ! 無事ね零ちゃん!」
「…私もずっと捜してました――その途中でここに来てアドルファスさんに言われて、賑やかなお茶会になれば人が集まるかもって――いつかシュラインさんや兄さんもここに来るかもって、ずっと待ってみてたんです!」
 着ぐるみの方もきのこの妖精に向かって叫ぶ。

 やっぱりシュラインさんなんですね!
 零ちゃん!

 着ぐるみときのこの妖精はお互い駆け寄り合いひしと抱き合い、感動の再会。
 その様子を暖かく見守る黒尽くめ吸血鬼――もとい、わかる人なら一発でわかる程度の変化しかない草間武彦。
 即ち、草間さんちの御家族の皆さん、感動の再会。
 これにて一件落着。

 ………………いや違う何も落着していない。
 あくまで草間さんちの三人が合流出来ただけである。
 まぁそれはそれで良かった事ではあるだろうが…今起きているこの事態の根本的解決にはまだ遠い。
 と。
 新たに合流した一行の内一人、狼耳生やした半獣?の少女――千獣がいきなり何かに気付いたように自分の背後を鋭く振り返る。そちらの一行と同行していたリデル――御崎双樹もまた、千獣から少し遅れて同じ方向に反応し殆ど反射的に身構える。

 その、次の瞬間。

 唐突に。
 風圧が来た。
 そして――迷路を構成する壁を切り取って造られたようなどデカい檻が――お茶会を開いている空間のすぐ横に、ボールか何かのようにびょんびょん派手に弾みつつ転がって来た。

 ………………何事?



■(幕間その二、…の場合)

 その場所は。
 …彼らが彼らの為に用意した場所である筈だった。
『観察者』の支配の隙間を衝いて、気付かれぬよう密やかに、静かに慎重に作り出したその亀裂。
 …その亀裂が隠された僅かな地点。

 人の通わぬ寂れた墓場。
『木の根』も生えぬ乾いたそこは。
 彼らが選んだ今宵の『扉』の位置。

 なのに。
 なのに!

 ………………何故、そんなところに集まっているのか!!!



■!(誰も彼もがそこに辿り着く)

 その移動する『檻』が辿り着いたのは――何故か人(?)が集まりテーブル広げてお茶会をしている場所だった。
 唐突に現れたその『檻』は、最後に一度まるで意思あるようにびよんと跳ねて――あろう事かお茶会をしているそのテーブルのド真ん中にわざわざ飛び込んで来るよう直撃。どかんと凄い音が響き渡る――テーブルを破壊し突き刺さるようにして漸く『檻』の動きが停止する。
 停止したところで――『檻』の一部が解けるように開き、そこからどどっと人(?)が雪崩れ落ちて来た。

 …。

 いったい何事が起きたのかよくわからないまま、そのままで暫く静寂が続く。
 やがて静寂を破ったのは、パイプを片手にしたクラシカル(?)な探偵――お茶会の方の主催者、アドルファス・ヴァン・ヘイルウッド。
「…随分と派手な訪れ方だねぇ。…大丈夫かい?」
 お茶会を文字通りぶち壊されつつもそこは気にせず、元々この場に居た人の方で直接の被害を受けた人は居ないと即座に看破するなり――相変わらずのほほんとした様子で『檻』から雪崩れ落ちて来た人たちに声を掛けている。椅子に座ったまま僅かなりと腰を浮かせてさえいない。
 そのアドルファスの声で、『檻』から雪崩れて来た人の中から――まず巨大な風呂敷包みを担いだちび般若が何事も無かったように異様に元気に跳ね起きた。…ちなみにこのちび般若――ラン・ファーは雪崩れて山になった人々の中で要領よく一番上に居た。
「おお、わざわざの出迎え御苦労、シャーロック・ホームズ!」
 ランは跳ね起きるなりアドルファスに対しいきなり労いの声を上げている。
 その時点でまた静寂。
 突然現れた『檻』の中から出て来た相手から返答が来たのは確かだが――それでも何だか状況が読めない。
 …声を上げアドルファスに応えたのは紛れもなくこのランである。
 よくよく見れば般若面を被り空でも飛べそうなデカいリボンを付けた着物ドレスを纏った…声からして小さな少女らしくはある。…けれどそれでも何者だかよくわからない事に変わりはない。
 更に言うなら開口一番出迎え御苦労シャーロック・ホームズと来れば…どう反応したものやら、迷う。
「…痛てテ。重いカラこれどけてヨちび般若…と。ココな訳? ケットシー?」
 ちび般若に続き身体を起こしたのは、ジャック・オ・ランタン入りの鳥篭を持った、リデルと同年代程度の少年――デリク・オーロフ。…よくよく見ればランの背負う巨大な風呂敷包みの下敷きになっている。鼻に引っ掛けている丸眼鏡も何だか少しズレている。
 彼の上着のポケットからぽろりと飴玉が一つ落ちた。
 その飴玉が計らずも頭上に落ちて来たところで、そのまた下敷きになっている青い顔の猫耳メイドがうっそりと身体を起こす。
「…何考えてるんだ…あんたっ…」
 もうこの『彼女』の事をシュラ姐とは絶対呼べないと心に決めつつ、猫耳メイド――守崎啓斗は唸っている。彼の文句の対象であるこの『彼女』――デリクがケットシーと呼び、啓斗がシュラ姐とはもう呼べないと思った長靴を履いた猫な少女は、共に『檻』から吐き出されたリデルの背中に両肘を突いて枕にしつつ、何事もなかったようにのんびり寝転がっている状態でにやにやとその様子を観察している。
 …鏡面存在のシュライン。
 ちなみに彼女の下敷きにされている『檻』から吐き出された方のリデル――エリニュスはテーブルの残骸に凭れつつぐったりと潰れている。
「吐きそう…」
「…」
 エリニュスのその斜め下には非っ常に不機嫌そうな顔をした、身の丈程の大剣背負った青い頭の十代後半程度の少年――ケヴィン・フォレストも潰れている。…但し無言。
『檻』の中から雪崩れ落ちて来た人、総勢、六名。
 そして彼らが訪れたそこで。

 ――――――何故かテーブルだけではなく地面にまで亀裂が入る。
 そこから瘴気が噴き出した。



 途端。
 待っていたようにアドルファスの声が高らかに響いた。
 発動呪文。
 禁書の。
 …アドルファスはいつの間にやら一冊の本を開いて持っている。その中のページ――魔法陣をなぞるよう指を滑らせながらのその呪文。
 唱え終えたそこで。
 禁書から力ある存在が召喚され、地面に入った亀裂をそれ以上広げまいと力尽くで押さえ込み止めている。…噴き出す瘴気が弱まった。けれど完全に閉じられはしない。
 アドルファスはそこで少し考える風を見せてから――ふと書目皆を見た。…元々、彼の事は何となく気になっていた。黒猫な猫人間だからと言う訳でもない。何故だかよくわからないが――それは彼が持っている本故かとも考えてみる。何故か、知らない本の筈なのだが見覚えがあると言うか懐かしいと言うか気になると言うか――とにかく自分の趣味に合う本のような気がするのだ。
 見られている事に気付き、猫人間状態な皆は何だろうとアドルファスを見返す。
 微笑みを返された。
「? …僕がどうかしましたか?」
「あなたの持っているその本、ひょっとして…今僕がしたのと殆ど同じ事ができるんじゃないかな?」
「えっ…それは…」
 その通りだが。
 実際、皆の方でも今のアドルファスの禁書を使っての召喚術を見て、少し驚いたりしていたのだが。…召喚と言う行為自体に驚いた訳ではなく、自分の持つ『ショモクの書』を用いて悪魔を喚び出す術に酷似していたからである。
 違うところと言えば、発動呪文の有無くらい。
 そして発動呪文が必要無い反面、『ショモクの書』での召喚は――召喚した後が大変だったりするのだが。何故なら召喚はすぐに出来ても、言う事を聞いてもらう為には召喚した悪魔と改めて交渉する必要があるからになる。
 それらの事情を聞いた上で、アドルファスは喚んでみてくれる? と皆に頼んで来た。皆はその頼みに少し躊躇いながらも――この猫の手状態で喚べるかもわからないし喚べたとしても言う事聞いてくれるかは交渉次第だから役に立てるかわからないので――、『ショモクの書』での悪魔召喚を実行してみる。爪を出さないように気を付けつつ、猫の手の肉球で魔法陣の文字をするするとなぞってみる。と、今亀裂を押さえている力ある存在と酷似した悪魔が『ショモクの書』での召喚に応じて姿を見せた。…猫の手でやってみても成功したらしい。
 ほっとした皆がそこで悪魔との交渉を試みようとすると――皆より先にアドルファスの方がその悪魔に声を掛けていた。今自分が禁書で喚び出した力ある存在が亀裂を押さえるのを手伝ってくれないかと頼んでいる。
 と。
 何故か、やけにあっさりその悪魔は言う事を聞き、先に行動を起こしていた力ある存在と協力し二体で亀裂を押さえる事を開始した。…瘴気の噴出が更に弱まる。
 皆は目を丸くしている。
 そんな皆の様子に苦笑しつつ、アドルファスは亀裂を押さえる召喚体たちの様子を見守る。
 どうだろう。
「…これで保つかな…?」
 今地面に入ったこの亀裂がこれ以上広がらなければ――まず、それ程の危険は訪れるまい。アドルファスはこの亀裂がいつか生まれると――この場所は何か危険な気配の『間近』にあると実は初めから気付いていた。人の集まり易そうな場所。否、正確には――正邪問わず『人でなくとも』集まり易そうな場所。…それは例えば『変なの』とやらでも。この亀裂はその危険な気配の源。その向こうからは悪意が見える。亀裂は『扉』。その『扉』を潜りこちらに出てこようと『何か』が向こう側にいる。
 だから、アドルファスは禁書を用い真っ先に自分が亀裂――『扉』を押さえた。
 それは勿論、お客様を危ない目に合わせる訳にはいかないからである――まぁ、ここでお茶会を開いていた責任上とも言えるが。そして同時にその『扉』をある程度のレベルまでは押さえるのが可能なだけの用意はしてあると自負もあった為、アドルファスはこの場でのほほんお茶会など開催していられたとも言える。いや、この場に居た方が『扉』が開いた時はすぐ対応出来るだろうと言う理由もあった。…結果的にその方が安全を保てるだろうと考えてもいた訳で。
 だが、実際に『扉』を押さえてみて――自分の喚んだ召喚体だけではやや心許無いものを感じ、アドルファスは皆の喚んだ悪魔――『ショモクの書』の魔法陣を横から拝見したところ何となく話の分かる召喚体が喚ばれそうな気がしたので――にも助力を請い願う事にした。けれど――それでもまだ、何かが足りない気がしている。『扉』からの瘴気の漏洩は確実に減っているのに、まだ警戒は緩められないと頭の何処かにある。
 と。
「それだけじゃマダマダ。もっと明るく火を灯そウ!」
 その懸念をずばり指摘するように元気なデリクの声が上がる。
 火。
 そうだと思いアドルファスはデリクを見返す。デリクはクシシと笑いつつ、発光するジャック・オ・ランタン入りの鳥篭を見せ付けるように一振り。…彼はいつの間にやらランの風呂敷包みの下から這い出して来ている。…どうやらアドルファスと皆が召喚体で『扉』を押さえている間に、『檻』から雪崩れ出た面子もそれぞれ何とか立ち直っているらしい。
 ともあれ。
 ………………ハロウィンの夜には死霊から身を守る為に死霊の嫌がる火を灯す。死霊を驚かせ怖がらせる為に仮装する。そういう事になっている。
 ならば今足りないのは――火。
 アドルファスの視線がその場で既に明々と火の灯った松明を持っている三人に飛ぶ。ハードボイルド風味(?)な吸血鬼姿の草間武彦。狼耳が生えている以上は元の姿のままの千獣。リデルと同じ姿になっている御崎双樹。
 …彼らの持つ松明。それらはきのこ妖精――もとい現実存在のシュラインの提案で用意されたもの。彼女と同行していたその三人は、元々その松明を持ったまま迷路を練り歩いていた事になる。
 そして事実、その一行は――少なくとも松明を灯してから今に至るまで『変なの』と思しき存在には遭遇していない。
「…三つじゃ到底足りないな」
 今、召喚体二体が押さえ込んでいるそこの亀裂を完全に明るく照らすには。
 と、武彦が呟いたところで。
 また元気一杯の甲高い声が上がった。
「ならばもっとたくさん松明を作ればいい! そして皆でファイヤーダンスを踊るのだ!!」
 但し、声を上げたのはデリクとはまた別人――ちび般若ことラン・ファーである。
 やけに力の入ったその科白に、何処かシュールなうさぎの着ぐるみ――草間零はきょとんと目を瞬かせた。
「ファイヤーダンス、ですか?」
「うむ。皆で踊れば楽しかろう」
「…わざわざ踊る必要は無いと思うけど…?」
 さくりと突っ込み入れる現実存在のシュライン。
 ランは心外そうにシュラインを見た。
「む。皆で松明掲げて踊りを踊ればまたあの世から何か面白いモノが召喚されるかもしれないではないか」
「…わざわざあの世から召喚しちゃ駄目でしょう」
 今はむしろあの世から『変なの』が来ないようにする算段を付けている訳で、完全に目的が逆である。

 …まぁ、松明をたくさん作ろうと言う前半の意見については、誰からも反対は無いのだが。



 暫し後。
 人々の手によって、明々と火が灯された松明が亀裂――『扉』の周辺を囲う形に幾つも据え付けられた。念の為とその場に居る皆の手にも一つ一つ松明が行き渡っている。…赤く燃え上がる炎が暗い空まで明るく照らしている。心なしか、亀裂を直接押さえ広がるのを止めている召喚体も幾分余裕が出て来ているように見えた。
 だが、それでも。
 …完全に『扉』が閉まり切ってはいない。
 と。
 ばさり。
 何処からか大きな羽ばたきの音がした。
 そして。
 その音と共に――上空から風圧が来た。
 上。
 見上げる。
 そこに居たのは――守崎啓斗と鏡面存在のシュラインがここに来る前見かけていた、件の巨大竜クロウ・クルーハ。
 …どう見ても上空から攻撃のタイミングを見計らっている。
 思わずぎょっとする一部の人――その竜がとあるゲームの中の存在と同じ姿だと知っている人々。特にそちらのゲーム――『白銀の姫』の中の時点で色々関わった上に、今ここではその姿がここに居る事を初めて見聞きした草間さんちの人々やセレスティ・カーニンガムは驚いた。…これ相手では松明で効果があるか? 火が嫌いどころかむしろクロウ・クルーハは能力的に火竜の類っぽくはなかったかと反射的に思い出す――思い出したところで、そのクロウ・クルーハは上空からぐっと深く地上に近い低い位置まで降りてきた。羽ばたきとその風圧で、据え付けられた松明を薙ぎ倒してくる。
 …たった今一部の人々が思った通りに、火を恐れない。
 が、クロウ・クルーハが低い位置まで来たそこで、今度はいきなり迷路の壁から蔓が――否、ただ蔓では無く棘持つ『茨』がばっと伸び出した。…成瀬霞。迷路に出た時から念の為に展開して用意しておいた『茨姫』を朗読しての情景効果――姫の眠る城を守る茨の情景をそのまま実体化させている。その『茨』がクロウ・クルーハの足に羽根にがっちりと絡み付き、巨体が上空へと再び舞い上がる事を阻止。巨竜の顎から大地を震わす怒りの咆哮が轟いた。
 クロウ・クルーハの動きが止められたそこ。巨竜と比較するには小さ過ぎる影が三つ、殆ど同時に躍り掛かっている。…一つは千獣。躍り掛かるその過程で、千獣の肩口から腕の先が鋭く強靭な爪持つ形に獣化する。…獣化できなければ無意味だと思いながらも地を蹴っていた自分の行動に驚いた。そして今望んだ通りに獣化した事にも驚いた。…それは守りたいと思って地を蹴った。けれど今の自分は元々の世界に居た時のように獣化出来るとも思っていなかった。呪符がない――けれど今は何故か不安はない。暴走するような気がしない。
 呪符がないのに完全に己の意志のまま獣化した腕。それは巨竜クロウ・クルーハと同じくらいとまでは行かないが、千獣の身体の大きさからは有り得ない程の大きさの獣の腕になっている。その腕が――爪と牙を持たない人を守りたいと言う攻撃の意志のまま――躍り掛かる勢いのまま、ぶんと放り投げるよう巨体の喉元に叩き付けられる。
 同刻躍り掛かったもう一つの影は猫耳メイド――啓斗。巨竜の首の後ろに肉迫したところで小太刀の一刀を突き刺し、抜かないままで巨竜の首を疾走しそのまま長く切り裂いている。…訪れてまず松明を薙ぎ倒した巨竜クロウ・クルーハのその行動を見、啓斗は火遁を発動する選択は取り止め小太刀を使う事を選択。他に躍り掛かった連中が狙った部位からして、自分はここを切り裂くのが妥当だと考えた。
 身の丈程の長大な剣を握った青頭――ケヴィン・フォレストも千獣に啓斗同様巨竜に躍り掛かっている。狙ったのは前足の内側の付け根。地上に近く、比較的柔らかそうな部位。迷路の壁に『茨』も使って跳躍し、巨竜の意識が僅か他に――他に同時に躍り掛かった誰かに――逸れた瞬間、身体ごとぶつかるようにして深深と突き刺した。…使い慣れない重たい武器故に重さを生かして攻撃した方が良いと考えた――と言うよりケヴィンの場合は本能的にそう判断していたとも言うのだが。
 三人が狙った部位はそれぞれ確実に取る事が出来た――筈だった。
 が。
 どれも――痛む程度で、それ以上効いた様子はない。
 三人は前後して飛び退り、地上へと着地する。
 再び怒りの咆哮が轟く。

 アサルトライフル抱えたリデル――若宮が、ち、と舌打ちする。…ちなみに装填してあった銃弾は巨竜の姿が『茨』に止められる前の時点でフルオート射撃、巨竜に全弾撃ち込んであったりする。勿論、無効。
「やっぱ駄目じゃねぇか! …どうすりゃ良いんだ」
「どうすりゃ良いって言われてもねぇ…結局ハロウィンのお約束は無視みたいと来りゃな…」
 ハロウィンに出てくる悪霊死霊化物の類は火で撃退出来るもんな筈だけど、そーじゃねぇとなるとな…。
 と。
 若宮の文句を受けての双樹のぼやきを聞いたそこで――現実存在のシュラインとセレスティ、武彦は不意にぴんと来た。
 ひょっとして。
「…今、私たちがあの竜の事をゲーム『白銀の姫』のクロウ・クルーハだと認識した途端、あの竜は降下して来たような気がしたんだけど」
 それまでは、あくまで上空で地上の様子を気にして窺っているだけだった――ような気がする。
「…シュライン嬢はその認識と同時に、あの竜は火が弱点と言う訳ではなかったとも考えませんでしたか。…実は私は考えてしまったのですが」
 そしてその認識通りに、火を怖がる様子もなく据え付けた松明を薙ぎ倒しに来た。
「まさかとは思うが…こいつら、『見ている者が考えるような能力や性質をいちいち持つようになる』って事か…?」
 シュラインとセレスティ二人の確認を引き取り、武彦がぽつり。
 それを聞き、空気が俄かに停止した。
 呆然と啓斗が口を開く。
「ちょっと待て草間。補足すべき事がある…能力と性質だけじゃなく『姿』も多分そうだ」
 ここに合流する前に、『ホラー映画に出てくる殺人鬼』のようなそうでないような形の奴を見た。俺が対峙して刃を交えた限りではただの一人の人間と言うかとにかく物理存在――のような感触だったんだが、それは丸眼鏡の少年――デリク曰く『変なの』の同類で、実際にデリクはそいつを鳥篭の中に持ってるジャック・オ・ランタンを突き付けるだけであっさり追い立てて撃退してしまったんだ…。
 それから言い難いんだが…今ここに居るこの竜が『白銀の姫』に出てくる『クロウ・クルーハ』の姿をしているのは…俺のせいになるかも知れない。…即座に考え過ぎと否定したつもりだったが、『変なの』の話を聞いて…確かに一度その可能性を考えてしまってはいるんだ。そしてその直後、『クロウ・クルーハ』が空を飛んで行く姿を見ている。
 と、啓斗がそう告げたところで、ならば、とランが話に入ってくる。
「…ならば簡単ではないか! 色々考えてしまった奴は今までの事は綺麗さっぱり忘れこれからこの『変なの』は火に弱いものだと考えるようにすればいい。その上で丸眼鏡ときのこの言う通り火を灯して追い立ててやれば万事解決だろう」
 もっともである。
「そうそウ。だーかーら俺は初めっかラ言ってるでショ。明るく火を灯して追い立ててやれば良いっテ」
 実際その通りの行動を取り、ここまで対『変なの』では最強(?)を誇っているデリクもランに同意する。
 しみじみその通りである。
 が。
 すぐには応えが返らない。
 …返せない人が一部居る。
 小さく息を吐きつつ、目を伏せる魔女――霞。
「…ごめんなさい。あなたたちが『クロウ・クルーハ』って言うのを聞いて…まさか『扉』の向こうに居るのは『邪眼のバロール』って事はないでしょうねって考えてしまったのだけど」
 …それ即ち、ケルト神話に於ける巨人――魔族の王。
 そんな霞の告白を聞きつつ、こちらも言い難そうにセレスティがまず謝ってくる。
「申し訳ありません。私も似たような感じです。ハロウィンは元々何だったのかと考えて…古代ケルトに思考が向いてしまいましたので。それで、古代ケルトの…暑い季節から寒い季節へと切り換わる時に現れる災いを引き起こす神が生贄を求めて彷徨っているのだろうかと、皆さんとの合流以前の時点で考えてしまっています。考えを切り換えようと努力してはいますが――それでも一度考えてしまったら、そう簡単に完全に切り換えるのは難しいですよね?」
 ちなみに、害を避ける為には生贄を与えて宥める必要のある神なのですが。

 …。

 これは、何だか色々と先が思いやられる。



 一方。
 この場所に辿り着いて以来、
 地面に亀裂が入ろうと巨竜が出ようと全然口も手も出さない状態で居たケットシーが一匹。
 いやむしろチェシャ猫と言った方が良かろうか。
 煙草を一本咥えた『彼女』は現在、のんびり寝そべり特等席でそれらの騒動をどうなるのかとわくわくしながら観察している。
 特等席とは何処かと言えば、それは再び『檻』の中。
 壁と同化したその『檻』の中で、『彼女』はちらりと隣を見遣る。
 そこに居るのは蜜柑頭の子供がひとり。
 何だか情けなさそうな顔をして座り込んでいる。
 …悪戯の理由は何処か。
 …いったい何を考えてたか。
 驚き困惑怒り好奇心希望…それらとは異質の意識が関わっているのか。
 何故追われるのかもすぐ読めた。

 興味のままに曝け出させる。
『彼女』の気分の赴くままに。

 ………………『世界樹』の意思は読み甲斐がある。



 …『檻』の外。
 何処からともなく現れた『クロウ・クルーハ』に据え付け固定してあった松明が派手に薙ぎ倒され、『邪眼のバロール』とか『災いを引き起こす神』とかそんな話まで出た途端。
 死者の門と思しき『扉』である亀裂から――酷く濃い瘴気を引き摺った真っ黒な『手』が伸び出して来た。その『手』はがっちりと亀裂を押さえ込んでいた筈の二体の召喚体を押し退け、空を掴もうとするよう緩く開いた指先が恨めしげに蠢きつつ亀裂から覗いている。異様に巨大なその『手』――その『手』の大きさが既に召喚体一体より少し小さい程度と言う巨大なもの。その『手』の持ち主となれば――召喚体よりも圧倒的に巨体である事は簡単に推察できる。
 召喚体が押し退けられたのを見、霞の『茨』が亀裂から伸びて来た『手』を拘束しようと一気に絡み付く――が、これも召喚体同様押さえ切れずに振り払われる。その『手』は指先だけでも凄まじい膂力を見せている。
 と、今度は押し退けられていた二体の召喚体は亀裂の広がりを押し留める事だけに全力を注ぐのではなく、両方で示し合わせたように深く息を吸い込み、亀裂から伸びる『手』に向けて勢い良く吐き出した。
 吐かれた息はそのまま火炎になる。その炎がまともに直撃し、途端、異様な動きでびくりと慄き跳ねる『手』の指先。
 引っ込めようと僅か動く。
 そしてその時――召喚体が『手』に向け一気に吐いた炎の舌が、偶然にも『クロウ・クルーハ』の尾の先端を少々舐めてもいた。
 大音声が響き渡る。
 先程の怒りの咆哮とは違う――けれど音量としては同じような。
 仰のきのたうつ『クロウ・クルーハ』の頭と尻尾。
 尻尾を微か炎が舐めたその直後、聞こえたのはまるで、その尻尾の持ち主の――苦鳴。

 ………………効いた?

 誰からともなく思ったそこで、その場に居た面子の方針は固まる。…これしかないと計らずも心が一つになっていた――『その時点で効力は確実となる』。
 ――…今、火が確かに効いた。そう信じられた。
 元々お茶会に居た面子もそこに歩いて合流した面子も突然現れた『檻』から雪崩れ落ちて来ていた面子も関係無い。誰からともなくテーブルの残骸や薙ぎ倒され消え掛けた松明――とにかく近場にあるすぐ燃えそうなものを拾って『手』と『クロウ・クルーハ』の側に落ちるよう狙って放り投げている。迷路の壁を構成する部分から木皮を剥がし同じそこに放り込む。その壁の下から乾いた木屑や落ち葉を拾い集めやっぱり同様に。間を見計らって啓斗の火遁術がそこに炸裂する。
 それで一気に燃え上がり、目的通り焚き火になる。そこに再び集めた落ち葉をまた追加。幾つか枯れ枝枯れ葉を纏めて括り、松明の火を移してからその中に放り込む――火勢を増させる。セレスティは焚き火の燃料用に集められた木の枝や葉、木屑から水霊使いの能力を以って密かに水分を抜いている。…火が付き易いようにそして消え難いようにする為。
 一人一人がそれぞれ持っていた松明も、幾つかずつ纏めて大きな松明に作り変える。
 とにかく、火を熾し――大きくする事を選ぶ。
 アドルファスと皆が喚んだ二体の召喚体も、火炎を吐いて焚き火の火勢を増させる為の手伝いに回っている。
 火が付き易いようテーブルの残骸を砕き、新たな燃料として焚き火の中に放り込む。
 …ついでに特に集めた訳でない元々その辺にあった落ち葉や立ち枯れた木にまでいよいよ火が燃え移り始める。

 ………………気が付けば亀裂の場所――『手』と『クロウ・クルーハ』の居た場所中心に巨大な焚き火が轟々と燃え盛っていた。
 いや、それどころか辺り一帯、焚き火から外れるか外れないかと言う部分でもめらめらと炎が揺らめき迷路の壁までちろちろと舐め、やがてそちらまでじわりと燃やし始めている。
 火勢は何やらどんどんと増している。
 既に『クロウ・クルーハ』の姿は炎に舐められ掻き消え、伸び出した『手』も誰にも見えない――現実世界のシュラインの耳ですら僅かな声も拾えない状況になっている。地に入った亀裂――開いた『扉』の存在すら最早確かめられそうにない状況。…けれど向こう側の存在が火を嫌うと言うのなら、まずもうこちらに出ては来れないだろう状況。
 つまり恐らくは『変なの』については目的通り無事追い返せたと言う事になる。
 が。
 熾してしまった加勢は全く衰える気配がない。
 さて。
 これは――放っておけばいずれこの迷路な世界は火の海である。ただでさえここは水気の少ない乾燥しているような雰囲気の世界なのだから、余計そうなってしまうだろうと予想が付く。

 と。

『変なの』がどうにかできたと言う安堵の後に――そろそろヤバくないかと不安が買って来たところで。
 今度は俄かに立ち曇り、空の暗さが増していく。かと思うと――いきなりバケツを引っ繰り返したような大量の『水』が周辺一帯にどしゃりと降って来た。場所も人も選ばずとにかく凄まじい勢いで。
 まるで土砂降りと言うのも生易しいような雨。
 …ではなく。
 あくまで、『水』。
 その『水』は火が消し止められるなり、計っていたようにすぐ降らなくなる。
 何事かと思う一同の中、これでいかがでしょう、と優雅ににこりと微笑むリデル――もとい、水霊使いのセレスティ・カーニンガム。どうやらこの見るからに水気の少ない乾燥しているような世界の中、何処から調達したのか――それは焚き火の燃料から抜いた水分も含まれはするだろうがそれだけでは決して有り得ない量の――大量の水分を集め、手が付けられなくなりそうだった火を問答無用で消し止めたと言う事になるらしい。
 かなり無理矢理。

 …それは火が消えた事は取り敢えず良かったのだが、それでも色々と――無茶である。



 へっくし、とくしゃみが響く。
 まぁ焚き火と言うかむしろ放火で轟々燃え盛っていたところが一転、水浸しになってしまった訳で。
 改めて――再度アドルファスに召喚してもらった力持つ存在に火を熾してもらい、今度こそは節度を弁えた焚き火を――亀裂、即ち『手』が伸び出していた『扉』が元あった場所辺りにちんまりと作り直す。…びしょ濡れになりまだ燃えていなかった先程の焚き火燃料の山の一部からセレスティは改めて水分を抜き取り、新たな焚き火の燃料にと提供している。…まぁ、そうでもしなければ幾ら火種を使って点火しても全然燃えてくれそうにない状況。ただ、どういう原理なのか何故かそれでもデリクの持つ鳥篭の中身――そのジャック・オ・ランタンは明るさを失っていないのだが。
 …ともあれ、新たに作った焚き火を囲み、一同は濡れた服や身体を乾かし始めた。
 慌てて水から『ショモクの書』を自分の身で庇った皆に、リデルの一人――セレスティが近付きごめんなさいと謝りつつ本に含まれてしまった水分を調整。本が台無しにならないように元に戻す。…大切な『ショモクの書』を濡れさせてしまったかと絶望した直後にそうしてもらい、皆は良かったとばかりに安堵で腰が抜けその場にへたり込む――へたり込んだらまたそこがぬかるんでて慌てて立ちあがろうとし――そして転びそうになる。と、落ち着いてとばかりにその身体を千獣が支えている――勿論腕の獣化はとっくに解いてある。皆はああすみませんと謝りつつも――何だかかなりのナイスバディであるらしい十七歳少女にわざわざ支えてもらった事自体にまた慌てている。…取り敢えず大切な本は確り抱きかかえているが、何だかとっても危なっかしい。
 セレスティは続いて本を持っていた霞とアドルファスの様子を確かめる。まぁ水浸しになった途端に即問題になるのはまず本だろうから、と本への水の浸潤状態を確認し余計な浸潤があれば元通りに調整している。霞からは小さく肩を竦められ、アドルファスからはにこりと微笑みを返された。セレスティは本だけではなく人自体からもまた被った水を除去している――くしゃみをしてしまったデリク、他、寒そうだったり恰好からして何だか大変そうな人を優先して。…ちなみにセレスティ自身は初めから水を被っていないので問題なし。と、そんな事をやっている中、これも中身まで濡れてしまっているようなら是非何とかしてくれとちび般若――ランからやたらデカい風呂敷包みをいきなり託されもした。…まぁ別に否やはないが…託された途端凄まじい重さが来てセレスティはそのまま取り落としそうになる。そこで、おいおい大丈夫かよとばかりにもう一人リデル――双樹が咄嗟にその包みを横から支えに来た。が――支えた風呂敷包みの予想外の重さに少々驚きランを見る。そんな双樹に、ランはどうした? と不思議そうな声を掛けてくるだけ。ランの見た目はリデルの見た目より年で言うなら半分程小さい。なのにリデル一人で持てないような重さの物をランは平気で担いで持っている。…己の怪力に全然自覚はないらしい。
 無表情そして無言なまましゃがみ込み、のんびり焚き火に当たって暖を取っているケヴィン。その隣には長靴を履いた猫なシュラインにきのこ妖精なシュライン、零の三人が同じように並んで暖を取っている。…ここまで燃え広がせはしない予定だったんだけどと肩を落としつつぼやくきのこ妖精。いやここまでやった方がずっと面白いと返す長靴を履いた猫。そう言えば鏡面存在なシュラインさんはさっきの騒ぎの中居なかった気がするんですが気のせいですかと零。細かい事は気にしないとその額を軽く小突いて笑う鏡面存在のシュライン。…何となく溜息を吐いてしまうきのこ妖精。
 御二人はそっくりですが双子だったりするんですか? と二人のシュラインに聞いてみるリデルの一人――エリニュス。反射的に黙る二人のシュライン。一拍置いて、そうのようなそうでないような…と言い難そうに呟くきのこ妖精に、私は彼女で彼女は私♪ と歌うように言ってみる長靴を履いた猫。
 少し離れたところでメイド服のエプロンスカートをぎゅーと絞って水気を取っている啓斗。その様子を窺い、大丈夫? と声を掛けてみる霞。と、反射的に啓斗は眉を顰める――『彼女』は会いたくない相手。声を掛けられた手前無視はせず一応振り返りはするが、何も言わない。
 暫くして、俺の事は放っといてくれと低い声だけを返す。と、何だ愛想がないぞとちび般若――ランがそんな啓斗に指を突き付けびしり。が、この子は元々愛想無いわよと霞があっさり。頷く啓斗。ならお互い承知の上か余計な事をした、とこちらもあっさり退くラン。
 霞は改めてそんなランを見下ろしてみる。…般若面を被った着物ドレスの小さな子。私の顔に何か付いてるかと霞を見返しランが言う。…それはまぁ…何か付いていると言われれば般若面が付いている。
 終わったな、と武彦がぽつり。少なくともリデル曰く『変なの』については――今の放火(…)で何とかなったと見て良さそうである。そして霞と皆が聞いたところによれば、これでリデルは『食べると元の姿に戻り元の世界にも戻れる菓子』をくれるとはっきり言ってもいたらしい。
 …死者の門の向こう側にいたのハ、人の恐怖や記憶、思考を写す魔ってとこかナ。そう結論付けつつ、こちらも焚き火の傍ら、デリクは猫のようにうーんと伸びをする。それから、隣でこちらも焚き火に当たって暖を取っている二人のリデルをちらと見る。…遊び倒してあーそろそろ疲れたかナ、と思う。
 視界に入るのはリデルの鞄。
 デリクはおもむろに――何か甘いもノ頂戴、と手を出した。
 と。
 片方のリデルはさっき出しちまったから何も無ェよと言いつつ嫌そうな顔を返し。
 片方のリデルは、うん、と頷きその手にあっさりと飴玉を一つ乗せている。
 もらったそれを衒いなくぱくりと口に放り込み舐めるデリク。
 途端。
 ………………デリクの姿は、いきなり消えた。
 周辺、一時停止。

 そして――その場に居るリデルの姿をした人物の人数をぱぱっと数える。
 一人二人三人四人…五人。
 いつの間にやら一人増えている。
 と、なると。

 今デリクに菓子を渡したこのリデルは、本物か?

 そう判断された次の瞬間――わらっとその場に居た皆に群がられ――デリクに飴玉を渡したリデルの姿は囲まれもみくちゃにされてしまう。あー、順番待ってー慌てなくてもみんなあげるよー、とリデルの緊張感無い訴えも飛んでいる。
 が。
 まぁ、この状況で順番待ってと頼んでもあまり意味がある気がしないが。



 暫し後。
 じゃ、と器用に無言のまま一同に挨拶の意を伝えつつ、ケヴィンは飴玉を口に放り込む――消える。
 その次には、色々お世話になりました、これでやっと普通に本が読めます…! と感極まったように震える皆が改めて一同を振り返り深深と頭を下げている。もらった飴玉を一度見つめてから、意を決したように口に放り込む――消える。
 気が付けばいつの間にやらリデルも一人減っている――早々に消えたリデルの正体はどうやら若宮らしい。

 …と、そんな感じで一同に件の飴は一つずつ行き渡り、何だかよくわからないまま済し崩しに帰りたい人は帰れるようになっていた。デリク・オーロフに続きケヴィン・フォレスト、書目皆に若宮――と、既に四人が帰還している。
 が。
 …それでもリデルを離そうとしない人が約二名。
 その片方は猫耳メイド――と言うか笑顔般若。
「さてリデル。自分が何をしたのか…きちんと自覚があるのか聞かせてもらいたいな…?」
 自覚がないようならじっくり教えてやるぞ?
 誰も彼もがお前の悪戯を笑って許すと思うな。…人の迷惑を少しは考えろ?
 笑顔般若――もとい守崎啓斗の顔は静かに微笑みつつも、目は全然笑っていない。そしてリデルもがっちりと襟元掴み上げられ吊り上げられている状況だったりする。
 怖い。
 …リデルの顔がさすがに引きつる。
「え、えと、あ、…ちょっと待ってよ?」
「待たない。人に迷惑をかけた時はなんて言うべきか言ってみろ」
 ぎり。
 何だか…掴まれた襟に更に剣呑な力が入った。
「ひっ…ご、ごめんなさいっ」
「よし」
 素直に謝る言葉を聞くと、重々しく頷いて啓斗はリデルの襟から手を離す。…それから、もう誰彼構わず悪戯を仕掛けるような真似をするんじゃないぞと諭して来た。
 リデルは素直にこくこくと何度も頷く。
 と。
 啓斗から解放されるのを待っていたとばかりに――今度は解放されたリデルの真正面に本物の般若面がずいと近付いた。
 リデルは反射的に停止する。…笑顔般若の次は本物の般若のお面。
 その般若面はいきなり捲し立てて来た。
「飴玉一つだけでは何度もここに来るには到底足らん! いや帰るのにも同じこの飴が消費されるとなればここに来る為の飴は倍の数必要な事になってしまうではないか! 絶っ対に足りん! もっとよこせよこすのだ! そうだ鞄ごと全部よこせば早かろうっ!」
 その般若面は――終始般若面を被りっぱなしなその少女はラン・ファーである。
 よこせよこせと捲し立てつつランはリデルの肩をがっちりと掴みぐわんぐわん力一杯揺らす。…ランは元の世界元の姿でも無駄に力が強い。それはこの世界に来てかなり幼い姿になっていると言っても――それで力が幾らか弱まっていると言っても――実はまだ一般の大人並の力は余裕で持っている。…それで全力で揺さ振っては…リデルの方が色々と大変な事になるのだが。
 と、さすがに見兼ねたか、ランの頭上からいい加減にしてやれ、と草間武彦の声が降って来た。そしてあっさり襟首掴まれると、ひょいと武彦の手でランは身体ごと持ち上げられてしまう。
「何をする草間! 折角いいところだと言うのに!」
「…いや、どう見てもリデルの方はそれどころじゃなさそうだ」
 その言葉通り、ランから解放されたリデルは解放されるなり目を回して倒れている――倒れそうになったところで、いつの間にそこに先回りしていたのかアドルファスがその身体を抱き止めていた。きのこ妖精なシュラインと零、千獣もそちらを気遣い駆け寄っている。…リデルはどうにも前後不覚になっている。
 その時点になって漸く、ランはリデルの様子に気が付き驚いた。
「どうした、何があったオレンジ頭一号!」
「…お前のせいだろ」
 その通り。
 けれど啓斗はリデルを見、因果応報だ、と手厳しい。
 啓斗はぴしゃりとそう告げてから、俺は先に帰る事にする、と元々の知り合い一同――草間さんちの御家族の皆さんとセレスティに向け、一言。その科白にランが待てと制止。が、そちらに対してはまた縁があったらなと言い残し、啓斗は飴を自分の口に放り込んだ。
 消える。
 と、ランがとても悔しがる。
 …曰く、用が済んだら給仕をする事を考えておいてくれとか何とか啓斗に頼んでいたらしい。
 それを聞き、反射的にがくりとする草間さんちのお姉さんお兄さん。
 一連の状況を見ていた成瀬霞は苦笑する。『あの子』――啓斗が居る『向こう側』の世界では、草間さんちの人々にも色々苦労をかけてしまっているらしい。
 …ともあれ『あの子』が元の世界に戻るのは見届けた。
 私もそろそろ失礼するわと霞は誰にともなく声を掛ける。最後に唯一元々馴染みの顔だった鏡面存在のシュラインを一瞥してから、渡された飴を口に放り込む。
 消えた。
 最後に一瞥された長靴を履いた猫――鏡面存在のシュラインは、にやりと笑いそんな霞の姿を見送っている。



 で。
 その後に残った面子はすぐ帰ろうとせず、ひとまずリデルの回復を待つ事にする。
 何故かと言えば――この世界に呼ばれた理由は結局何事だったのか、はっきり本人の口から聞きたいと思ったから。まぁ、それ以外の理由で残っている者――まだ飴が足りないと頑張っているランとか、いまいち目的不明な鏡面存在のシュラインとか――も居る事は居るが、大多数の目的はそれ。
 ちなみに回復を待つその間に、アドルファスの発案で再びささやかながらお茶会の用意がされていた。
 …と言うか、お茶会と言うよりどちらかと言うとお菓子パーティの様相になっている。
 ランが唐草模様の風呂敷包みを開いてくれたからである。
 迷路の途中で見付けたお菓子のなる木から収穫して来た食べ頃(?)の菓子と、デリクのポケットから零れ出て道に転がっていた大量の飴玉。そしてリデルの姿なエリニュスからまるごと託された鞄の中身の菓子。
 消火の為の水が掛かったりと色々災難にもあった風呂敷包みだが、中身は結構無事だった。
 暫くしてリデルが復帰する。
 …何故この世界に呼ばれたのか何故呼ばれた者は姿形が変わっているのか、その辺の理由を訊いてみた。
 と、ああ、それはね、とリデルはあっさり答えてくる。

 ――…ハロウィンだから。

 おしまい。
 …。
 いやそれでは納得が行かないと突っ込む武彦。でもそうなんだよと返すリデル。…ハロウィンの時期になるとこの世界では『扉』から『変なの』が出てくる事になっている。『変なの』は『この世界の象徴であるリデル』を追いかける事になっている――害を為そう困らせようと付け狙う事になっている。『変なの』に捕まって食べられちゃったらリデルの負けで『扉』が閉じるまでの間『変なの』から逃げ切れたらリデルの勝ち。いつもこの時期リデルは困る事になっている。追いかけっこをする事になっている。
 外の世界の人を呼ぶのも、この世界では『ハロウィンには外から人を呼ぶ』事になっているから。外の世界の人を呼んでハロウィンに参加してもらう事になっているから。外の世界の人はこの世界では何でも出来る事になっている。望む姿になれる事になっている。望む力が手に入れられる事になっている。だからこそハロウィンが終わるまで――『変なの』との決着が付くまでは外の世界の人には具体的にわかりやすい情報は何も与えられない事になっている。外の世界の人でも『この世界では何でも出来ると予め知っている』人がハロウィンに参加してはいけない事になっている。この世界に呼ぶ外の世界の人の選択権はリデルに委ねられる事になっている。
 リデルは『この世界の意思』だから『変なの』に対して直接手を出してはいけない事になっている。その代わり、外の世界の人と『話』をしていい事になっている。外の世界の人に『自分のお菓子』をあげていい事になっている。外の世界の人に『具体的でない曖昧な情報』なら与えていい事になっている。その範囲内に於いてなら、リデルは外の世界の人に『物を頼んでいい』事になっている。
 まぁ、つまりは『世界』の決まりごとに則って――その範囲内で行動した結果が今の状態であると言う訳で。
 だから理由は――ハロウィンだからって事になるんだ、とリデル。
 …と、なると。
 私たちがキミと同じ姿形をしているのは…その決まりごとから考えるに…随分冒険をしてみたという事になりますね、とセレスティ。セレスティのその発言に、双樹やエリニュスからも同じ事を確かめるような視線がリデルに向けられる。
 リデルは言葉を詰まらせた。
 白いこめかみに冷汗垂らり。
「…えーと、うん。そんなもの」
 決まりごとの範囲の内で考えて、自分で出来そうな策を考えた結果。
 それだけを取り敢えず口に出す。
 …ただ、双樹やエリニュス、若宮の三人はともかく、実は銀髪の綺麗なおにいさんに関しては純粋にリデルの手違いだったりするのだが――取り敢えず言わない。
 千獣は自分の身を顧みる。今の説明でここに来ての自分の見た目の理由が、何となくわかった。
 と。
 ところで、とやや改まってランが口を開いている。
「…この世界ではハロウィン以外で外の人間が来てはいけない事になっているのか?」
 ハロウィンには外の人間を呼ぶ事になっている、と言うだけなら、それ以外の時期については特に言及無い事になりはしないか? 具体的な情報を予め知っている人がハロウィンに参加してはいけない事になっているのなら、それ以外の時期なら具体的な情報を知っている人が来てもいい事になりはしないか?
 そして外の世界の人間の選択権はオレンジ頭一号にあると言う。ならばお前の采配で私にもっと飴を渡しても何も問題はないだろう。今この情報を知った私は、今後はハロウィンの時期を避けさえすれば、いつこの世界に来ても構わん事にはならないか?
 一気に捲し立てられリデルはちょっと考える。
 …確かに決まりごとには抵触しない。
「どうだ?」
「うん。大丈夫そうだね」
 リデルはぱかりと鞄を開けランの前に差し出す。
 よしと頷きランは一掴み手に取った。
「無くなりそうになったらまたもらいに来る」
 にやりと笑い着物の袂に放り込む。
 そこで、ぱむ、と注意を引くような両手を叩く音がした。
 手を叩いたのはアドルファス。
 彼はいつの間にやら再び出来たてのティーセット人数分とテーブルを用意している。…恐らくは今リデルが説明した通り『外の世界の人間ならこの世界では何でも出来る』のなら、とそれらの用意を即座に望んでみたのだろう。
 そして実際に、その通りになっている。
 アドルファスはにこやかに微笑み、折角ですからもう少しのんびりしてから、帰りませんかと一同に提案。それもいいかもと頷き合う現実世界のシュラインと零。…彼女たちの場合、はぐれた(?)身内と会えた上に状況がわかった以上特に急ぐ事も無い。いいですねと同意するセレスティ。千獣もまた頷いている。…鏡面存在のシュラインは既にテーブルに着いて一服している。まぁいいかと武彦もテーブルに着いた。どうするかと顔を見合わせてから、結局アドルファスの提案を受ける事にするエリニュスと双樹。
 お前も来い、とリデルもまたランに手を引かれ問答無用でテーブルに着かされている。

 と、そんなこんなでハロウィンは済んだのに、何だか済し崩しにそのままお茶会二次会な様相。
 まぁ、この世界ではきっと――それでもいいのだろうけど。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 ■出身ゲーム世界
 整理番号/PC名
 性別/年齢/職業 or 専攻学

 ■東京怪談 Second Revolution
 6224/ラン・ファー
 女/18歳/斡旋業

 ■聖獣界ソーン
 3425/ケヴィン・フォレスト
 男/23歳(実年齢21歳)/賞金稼ぎ

 ■学園創世記マギラギ
 mr0559/アドルファス・ヴァン・ヘイルウッド
 男/26歳/禁書実践学(禁書学)

 ■東京怪談 Second Revolution
 6678/書目・皆(しょもく・かい)
 男/22歳/古書店手伝い

 ■東京怪談 Second Revolution
 3432/デリク・オーロフ
 男/31歳/魔術師

 ■聖獣界ソーン
 3087/千獣(せんじゅ)
 女/17歳(実年齢999歳)/獣使い

 ■東京怪談 Second Revolution
 0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ■東京怪談 The Another Edge
 0010/シュライン
 女/26歳/自称ルポライター

 ■東京怪談 Second Revolution
 1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■東京怪談 Second Revolution
 0554/守崎・啓斗(もりさき・けいと)
 男/17歳/高校生(忍)

 ■東京怪談 The Another Edge
 0081/成瀬・霞(なるせ・かすみ)
 女/20歳/大学生(本屋アルバイト+忍び)

 ※記載は発注順になっております。

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 皆様、今回はリデルの悪戯なんだか本気で用があるんだかいまいちよくわからん招待にわざわざお付き合い頂けまして有難う御座いました。
 と言う訳で、お待たせしました。
 ハロウィン企画、時期が完全にズレたところでお渡しになります…って募集〆の時点で十一月入ってる辺り納品時期の方で十月三十一日に合わせるのはそもそも初めから無理だったりするのですが(苦笑)。その上に一番初めに発注頂いたラン・ファー様の分については納期二日過ぎ、二番目に発注頂いたケヴィン・フォレスト様の分については納期一日過ぎのお渡しになってしまっていたりするのですが(汗)。御二方には特にお待たせしてしまっております(謝)
 今回の文章ですが、一番初めの「幕間その一」は共通→その次はまず殆どの方が個別で、他の人と合流し出すにつれ合流した方々と少しずつ共通の文章になっていきまして、「幕間その二」以降は全面共通になっております。…そして文章が明らかに長いです。ご容赦下さい。

 それから…今回は(と言うか何となく毎度のような気もするんですが)ちとややっこしいオープニングを振り過ぎたような気もしております。すみません。
 いえ、実質的にはイベント自体のオープニングに妙な要素を幾つか追加して放り込んだだけで殆ど発注者様にシチュエーションお任せ状態な話のつもりだったりしたのですが…それだけにしては当方の提示したオープニング&その説明が、煩雑&迂遠過ぎたかなぁと(汗)
 この辺り、なかなか善処できないライターで御座います…。

 いつもお世話になっております他の方々もそうですが、特に初めましてになるアドルファス・ヴァン・ヘイルウッド様、書目皆様、守崎啓斗様、それから当方でライター通信らしいライター通信を書くのは初になるケヴィン・フォレスト様と、鏡面存在のシュライン様と成瀬霞様。
 PC様の口調や性格・行動等に関してこうは考えない、言わない、やらない等何か違和感がありましたらお気軽にリテイクお声掛け下さいまし。
 それ以外にも何かありましたら。
 出来る限り善処致しますので。

 …と、ちと気力が尽きたのでプレイングやら内容等についての話は割愛させて頂きたく。
 ライター通信はここまでの方向で失礼致します(礼)

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は。

 深海残月 拝