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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


童唄


●序

 たのむる、たのむる、たのむるぞ。われらの願いを、きいとくれ。
 ユウキの病を治しておくれ。
 たのむる、たのむる、たのむるぞ。さすればわれらを、ささげよう。

 紙に書かれた歌詞を見、草間は唸る。
「これが、お子さん達が歌われた唄ですか」
「そうです。ミズキが言うには、ユウキ君のお母さんから聞いたそうで」
 傍にいる小学生くらいの少年の肩をぽんと叩きながら、彼女は言った。ミズキは顔を俯かせたまま、頷く。
 事の発端は、ユウキとミズキ、それにカズヒロとコウジの四人の少年が、工事現場で遊んでいた事にある。彼らは工事現場に入り込み、遊んでいた。資材に乗って遊んでいたら、ユウキが足を滑らせて落ちてしまい、大怪我を負った。
 すぐさま病院に運ばれたが、未だに意識は戻っていない。
 少年達は親とともに病院に行った。その際、ユウキの母親は少年達だけと話がしたいと言い出し、そこで唄を教えたのだという。
「ユウキが治るおまじない、といわれたんだ。俺ら、ユウキが治って欲しかったし、おばさんが怖かったから、唄ったんだ」
 最初は母親が歌い、次に少年達だけで三回唄わされた。ただ、それだけだった。
 その日の晩、カズヒロがいなくなった。バタン、と言う物音を両親は聞いている。夜中二時ごろだったという。
 更にその次の晩には、コウジがいなくなった。カズヒロの時と同様に、夜中二時ごろだったという。
「次は、俺としか思えない。まだ、カズヒロもコウジも見つかってないし」
 ミズキは、ぐっと拳を握り締める。
「お願いします。もしかしたら今晩いなくなるのは、この子かもしれないんです!」
 母親は半ば叫ぶように、そう言って頭を下げた。草間はちらりと時計を見る。丁度、時計は午前十時を指している。
「少し待っていただいても宜しいですか? 調査員を、呼びますから」
 草間の言葉に、母親とミズキは改めて頭を下げるのだった。


●午前11時

 草間の呼んだ調査員が、草間興信所に集まった。集まった調査員を見、再び母親とミズキは頭を下げる。
「お話は伺いました。まず一つ確認したいのは、ユウキくんの病名なんですけれど」
 シュライン・エマ(しゅらいん えま)がそう言うと、ミズキと母親が小首を傾げた。
「病名って、工事現場で遊んでいて、怪我を負ったんじゃないですか?」
「歌詞は『怪我』じゃなくて『病』ですから」
 シュラインの言葉に、京師・桜子(けいし さくらこ)も頷く。
「それは、私も気になりました。怪我を『病』に置き換えるのが、しっくりこないのです」
「目覚めない、というのも気にかかりますね」
 セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ かーにんがむ)も同意する。
「怪我は、病って言わないのでぇすよ」
 4人目の調査員である露樹・八重(つゆき やえ)に、母親とミズキが「あ」と声を上げる。
「オカルト探偵所というのも、あながち嘘ではないんですね」
 改めて感心したように、母親が言う。草間は心底嫌そうな顔をし、八重は「オカルトじゃないのでぇす」と軽くむっとする。
 母親とミズキは軽く謝罪する。そうして、ミズキが「あ」と声を上げた。
「……俺、ちょっとだけ聞いたことがある。たくさん走ったら、駄目って」
 ミズキの言葉に、母親は「そう、そうだわ」と頷く。
「普段の生活ではそんなに問題はないけれど、あまり激しい運動をしては駄目だと聞いたことがあります」
「では、ユウキ君には怪我だけではなく、病を持っていたのですね。贄を捧げなければ治らないかもしれないような、病を」
 桜子の言葉に、こくりとミズキと母親は頷く。
「それならば、唄の歌詞が『病』となっているのも納得がいきますね」
 セレスティもそう言って頷く。
「じゃあ、工事現場で遊ぼうって言ったのは誰かしら?」
 シュラインが尋ねると、ミズキは「それは、俺」と気まずそうに答える。
「最近、遊べるところが少なくって。ユウキに聞いたら、大丈夫って言ったし」
 それを聞き、シュラインは小さくほっとする。もしもユウキが誘ったのならば、病を治す為にわざと工事現場に行ったのでは、とまで考えていたからだ。偶発的なものならば、嫌な想像をしなくて済む。
「ユウキくんは、学校のお友達なのでぇすか?」
 八重の質問に「うん」とミズキは頷く。
「家も結構近いんだ。だから、しょっちゅう一緒に遊んでた」
「それなら、やっぱり唄が怪しいとしか思えませんわね。わらべうた、と聞くと、子ども達が歌う可愛い唄が思い浮かぶのに、内容としては陰惨なものがありますし」
 桜子はそう言い、ため息をつく。
「そうですね。まじないのような唄です」
 セレスティも頷き、考え込む。
「三回歌ったのも、意味がありそうね。それに、ユウキ君のお母さんも最初に歌っているし」
 シュラインの言葉に、八重が「あっ」と声を出す。
「ユウキくんのお母しゃんも御歌を歌っているのでぇす。じゃあ、消えているかもしれないのでぇす!」
「まさか」
 八重の言葉に反応したのは、草間だった。
「だって『われら』の中に、お母しゃんが入ってないのは、おかしいのでぇす。カズヒロくんコウジくんお母しゃん……これで三人分なのでぇすよ」
「歌数が不明者数なら、最初に歌ったユウキ君のお母さんは、既に願った対象に捧げた後の可能性もあるわよ」
 シュラインがそういうと、桜子は「でしたら」と口を開く。
「お母様は、唄った者たちを贄にしてユウキ君を助けようとしているという事でしょうか」
「ともかく、草間のおじちゃ。お母しゃんと連絡を取れるようなら、取ってみた方がいいのでぇすよ」
 八重が言うと、草間は「分かった」と頷き、ミズキの母親からユウキが入院している病院を教えてもらう。
「……もし、先に唄ってみせた母親が何も無いのであれば、少年達が複数である事と三回という回数が絡んでいるのではないでしょうか」
 暫く考えていたセレスティが、ゆっくりと口を開く。「何かしらの形式を踏んでいる、儀式的な唄ではないかと」
「それも可能性がありますわよね。三人、三回、と三が絡んでますし」
 桜子は頷きながら、そう言った。シュラインは「そうねぇ」と頷き、ミズキに向き直る。
「ミズキくん、歌う際に手振りや妙な動きは無かった? あと、歌った時間も分かるかしら」
 ミズキは「うーん」と考え込んでから、慎重に口を開く。
「特に、無かったと思う。時間は、昼くらいって事しか覚えてないんだ。おばさんが怖い顔してたってのは覚えてるけど」
 必死だったから、とミズキは言う。怪我をさせてしまった、という罪悪感から、てっきり怒られるとばかり思っていたのだという。それなのに、顔は怒っていても何も怒りの言葉は出てこなかった。
 ただ、唄を唄わされた。ただ、それだけ。
「声は、震えてたかもしれないけど」
「ユウキ君の母親と連絡が取れたぞ。今から病院に行っても、いいそうだ」
 草間が皆に声をかける。ミズキと母親が、調査員達を見る。自分達は、どうしたらいいのか、と。
 その目線に気付き、草間が口を開く。
「後で家に伺っても宜しければ、帰られてもいいですよ」
 草間の言葉に、ミズキと母親は「それじゃあ」と言って立ちあがる。そうして、再び深々と頭を下げるのであった。


●午後2時

 昼食をとった後、皆で病院へと向かった。八重は母親を驚かせないように、身体を普通の少女くらいの大きさにしている。
 病室を確認したどり着くと、扉に「面会謝絶」のプレートがかけられていた。ノックをすると、ゆっくりと扉が開いた。
 出てきたのは、母親らしかった。
「先ほど連絡した、草間興信所の者ですが」
 シュラインがそう挨拶をすると、母親は「あ、はい」と頷いた。
「電話を頂いたところですね」
 母親はそう言い、病室から出てきた。閉めようとする扉の向こうに、ユウキの姿がピッピッという電子音と、しゅうしゅうと呼吸器が静かな室内に響く。ぱっと見、ただ眠っているように見えるのだが、体中に付けられているコードとぐるぐると至る所に巻かれている包帯が痛々しかった。
 ぱたん、と静かに扉を閉め、母親は「こちらへ」と言って、面会室へと案内した。
 自動販売機で人数分の缶コーヒーを購入し、母親は皆に椅子を勧めた。
「それで、何をお聞きになりたいんですか?」
「唄を、唄わせたと聞きました」
 桜子が話を切り出す。すると、母親の缶コーヒーを握り締める手が、びくりと震えた。
「珍しい歌詞ですが、ご出身の唄でしょうか?」
 セレスティの問に、母親は掠れた声で「ええ」と答えた。
「何か由来があるのでぇすか?」
 八重が尋ねると、母親はぐっと黙り込んだ。しん、とした沈黙がその場を支配する。
「最近、立て続けにユウキ君のお友達がいなくなっているのは、ご存知ですか?」
 由来について母親が何も喋ろうとしないため、桜子が別の質問をする。母親はようやく「ええ」と口を開いた。
「一緒に遊んでいた子、ですよね」
「同時に、唄を唄った子でもあります」
 シュラインが言うと、母親は目を大きく見開いた。そうして「もう、いいでしょう」と口を開く。
「私は、ユウキについていてやりたいのです。だから、もう、いいでしょう」
 母親はそう言いながら、立ち上がる。肝心の答えは、貰っていない。だが、だからと言ってここで押し問答をしているほど時間に余裕があるわけではない。
 調査員達は顔を見合わせる。そうして、セレスティが「では」と口を開いた。
「何かあってはいけませんから、私が残りましょう」
 セレスティの言葉に、母親は困惑の表情を見せ、それでも「分かりました」と答えた。
「私は、少しだけユウキ君に会いたいわ。残りの時間で、できる限りの事をやりたいし」
 シュラインはそう言いながら、立ち上がる。
「色々と調べられそうな事を調べてみますわ。何か、分かったらご連絡します」
 穏やかな口調で、桜子は言う。色々、というのが中々に怪しい。
「由来が聞きたかったでぇすけど……とにかく、聞き込みしてみるでぇすよ」
 名残惜しそうに、八重が言う。
 そうして、四人はその場で一旦解散した。何か分かり次第、各自連絡をしあう事を約束して。


●午後4時

 シュラインは、ユウキの母親に許可を貰い、ちょっとだけという条件で病室に入った。勿論、ちゃんと消毒をしてからである。
 まずはユウキに清めた首輪をそっとかけ、周囲に小さな霧吹きでお神酒と聖水を噴霧した。反応は何もない。
「あの、何を」
 後ろから、母親が話しかけてきた。シュラインはポケットから腕輪を取り出し、母親に向かって差し出した。
「これ、魔除けに」
 清められた腕輪だ。反応があれば、対処法が変わってくる。
 だが、母親はあっさりそれを受け取り、半信半疑の顔で「はあ」と頷くだけだった。特に何も問題はなさそうだ。
(お神酒にも、聖水にも反応しない。ユウキ君が人外の可能性もあったけど、それはなさそうね)
 シュラインは密かに思う。母親も同様に、人外の可能性を考えていた。しかし、反応がないのならば、母親もユウキも普通の人間という事になる。
「じゃあ、後は頼みます」
 セレスティに声をかけ、シュラインは病院を後にする。
 足早に、今度はミズキの家へと向かう。草間が家に帰したのだから、家にいる筈だ。


 八重は病院の外に出ると、身体を小さく戻して、盆踊りを踊る。そうすることにより、猫が一匹寄ってきた。
「猫しゃん、何か知ってるでぇすか?」
 猫は、きょとん、と小首を傾げた。
「ここら辺で、悪い噂を聞いたりとか、してないでぇすか?」
 八重が尋ねると、猫は「最近の残飯はガードが厳しい」といった事を答える。
「うにゅにゅ、違うのでぇす。悪い噂でぇすよ。ここ一帯のお食事事情じゃないのでぇす」
 猫に質問の意図が違う事を諭し、八重は更に尋ねる。
 何か、悪い噂がないのかと。
 猫は暫く悩んだ後、少し待っていて欲しいと駆けていった。猫同士のネットワークを用い、何かしらの情報がないかと調べに行ってくれたのだろう。
「うにゅ、工事現場も少し気になるのでぇすけど」
 ぽつり、と八重は呟いた。


 桜子は、病院を出て皆と別れた瞬間、隠密モードに突入した。黒を基調とした服装は、諜報活動に相応しい。
 先ず向かったのは、工事現場だった。件の、ユウキが大怪我をしたというところだ。
「ここ、ですわね」
 なるほど、工事現場は様々な資材がごちゃごちゃと置いてあり、かくれんぼや鬼ごっこをするには最適な場所だ。身を隠す場所が多く、戦略を立てて動けばあっさり捕まったり捕まえたりと言う事はないだろう。勿論、その分怪我をしやすい環境でもあるのだが。
 桜子は、工事現場を注意深く探る。何かしら、おかしなところはないか、と。今は工事が中断された状態で、誰もいない静かな空間だ。調べるには最適だが、資材だけがあって工事がなされていないというのは、どうにも不思議な感覚を覚えた。


 一人、ユウキのいる病院に残ったセレスティは、母親に話しかけていた。
「唄について、話したくないのですか?」
「そういう訳じゃ」
「ならば、教えてください。あの唄は、何かしらの力を持っているのですよね?」
 セレスティの言葉に、母親は「力……」と小さく呟く。
「そうです。まじないのようだと、私は思いました。だからこそ、貴女の故郷の唄だと思ったのです」
 母親は俯く。セレスティから目を逸らすように。
「三という数字がやけに絡んでいるのも気にかかっています。三人が、三回唄い、丑三つ時に消える」
 セレスティがそう言い放つと、母親は暫く押し黙った後に小さく「三は、境目ですから」と呟くように言った。
「境目?」
「……立体となるもの、面を決定するもの、漢数字が形態を変えるもの。三という数字は境目となる数字だと、私の故郷で伝えられています」
 母親はそう言いながら、顔を上げる。目は何処を見ているか分からない。だが、口元は何処となく笑んでいる。
「三人が三回唄うという事に、意味があるのですね」
 セレスティの問に、母親は微笑んだ。ぞっとするような、冷たい笑み。


 結局、桜子は工事現場で得られるものはほぼゼロに近かった。工事現場自体には何の変哲もなく、これから工事しようとする資材が転がっているだけ。ミズキ達ではないが、遊びに来るだけならばなかなかに楽しいかもしれない。
「それなら、お母様の身辺を探ってみましょうか」
 桜子は呟き、軽やかにその場から立ち去る。そうして、今度はユウキの家の周辺に聞き込みを始めた。
 それで分かったのは、彼女が小さな村の出身であるという事。その村に行くには既に時間の余裕がない事。そして、何度もユウキの事を懸念していたという事であった。
「いきなりおかしくなったり、という事はないようですね」
 桜子はそう言い、一瞬のうちに普段着に戻る。
「ユウキ君のいる病院に、向かってみましょうか」
 ぽつりと、呟く。


 シュラインはミズキの家に着く。そうして、チャイムを押す前に家の周りにお神酒と聖水をまいた。
 まき終えてから、改めてチャイムを押す。バタバタと音がした後、扉が勢いよく開かれた。
「どうぞ」
 母親に案内され、シュラインは「お邪魔します」と言いながら家に上がる。その際、ひっそりと玄関にもお神酒と聖水をまく事を忘れない。
「ミズキ君」
 シュラインはそう言ってミズキを呼び、同じようにお神酒と聖水をまく。
「何をされているんですか?」
 母親が心配そうに尋ねる。シュラインは「いきなりすいません」と断ってから、テグスを取り出す。
「何が起こるか分かりませんから、お清めを。そして、これを付けさせてください」
 シュラインはそう言いながら、テグスをミズキのベルトにつける。
「午前2時が近くなったら、この端を部屋に固定するつもりです。この場にいる人は、皆」
「私も、ですか?」
「そうです。バタン、という音が聞こえたと聞いています。もしかしたら、それは空間が開いた音なのかもしれないと思って」
 シュラインの説明に、母親は「はあ」と頷いた。いきなり言われても、すぐに納得できるようなものではないだろう。
(もし繋がるならば、前の二人は連れ戻せるはず)
 シュラインは思う。あの唄がユウキを治す為に唄われたのならば、まだいなくなった二人は無事なはずだ。
 まだ、ユウキは治っていないのだから。


 八重が待っていると、猫が帰ってきた。今度は一匹だけではなく、数匹引き連れて。
「何か分かったのでぇすか?」
 猫に尋ねると、猫のうちの一匹がすっと前に出てきた。どうも「大きな影を見た」と言うのである。
「大きな影、でぇすか?」
 影、と一言に言われても困る。だがしかし、猫はその影がここ二日日間続けて見られたのだと言った。
 丁度、二日。
 カズヒロとコウジを連れ去った影だとすれば、計算は合う。
「大きいというだけじゃ、情報が足りないのでぇすよー」
 八重が促すと、更に違う猫が言う。その影は、低い唸るような声で「あと一人」と言っていたのだと。
「……間違いないのでぇすよ! ミズキ君が危ないのでぇす」
(いなくなる前の物音も気になるのでぇす)
 八重は思う。いなくなる時に聞こえたという「バタン」という音。そして、影。この二つが示しているのは、今夜はミズキについていた方がいいという事だ。
「合図のようなものなのでぇす」
 八重は呟き、猫に礼を言う。猫達は頷きあい、更に背に乗るようにと促した。小さな身体での移動ならば、自分達が連れて行ってやると。
「ありがとうなのでぇす」
 にこっと笑いながら礼をいい「んしょ」と言いながら猫の背に乗る。毛並みがふわふわしていて、気持ちよかった。


 セレスティは母親に詰め寄っていた。
「本当に、まじないなのですね。それなら取り消す事の出来る唄があるんじゃないですか?」
「ありません」
 母親は微笑む。「そんなもの、ないんです」
「ない? そんな事は」
「ありません。あっても、私が教えるとでも?」
 くすくす、と母親は笑った。セレスティは、小さくため息をつく。
「……ユウキ君は、どう思うでしょうか」
 びくり、と母親の体が震える。
「友達を犠牲にしてしまったと知れば、悲しむでしょう」
「健康な身体は、何ものにも換えがたいんです」
「そういった、貴女の愛情から行った事でも、仲の良い友達が居なくなるのは、悲しい事でしょう」
 ぐっと母親が言葉を詰まらせた。セレスティは静かに「あるのでしょう?」と続ける。
「まじないを取り消す事のできる唄が、あるのでしょう?」
 セレスティの問に、母親は答えない。その代わりに、逆に尋ね返す。
「ユウキは、今まで我慢してきたんですよ?」
「激しい運動が出来ないのは、辛い事と思います」
「だったら、いいじゃないですか。あの子に幸せを与えてやりたい、ただそれだけなんです」
「ユウキ君が、悲しんでもですか?」
「そうです!」
 母親は叫ぶように言う。セレスティは思わず呆気に取られる。母親はぐっと唇を噛み締め、セレスティに背を向けた。
「私には、止める気がないんです」
 母親の肩が、震えていた。


●午後11時

 ミズキの家には八重とシュラインが、ユウキのいる病院にはセレスティと桜子が待機していた。それぞれが得た情報を交換し合い、今後の方針を決めるだけでもあっという間に時間が過ぎていった。
 ユウキの母親が三人を犠牲にユウキの病を治そうとしている事は、予想通りだったにしろ、衝撃が走った。そして、取り消しを拒むその頑なな態度も。
「とにかく、今は最善を尽くしましょう。出来る限りのことを」
 シュラインの言葉に、皆が頷いた。取り消す為の唄を教えてもらえないのだから、自分ができる限りをするしかない。
「そろそろ、テグスを部屋の端に固定させておきましょうか」
 ミズキの家にいるシュラインが言う。八重も「分かったのでぇす」と答え、自らの身体にもテグスを巻きつける。
「私にも付けておかないと。あと、一応ご両親にも」
 ミズキはベッドに入って寝てしまったが、両親は心配そうな面持ちでシュラインと八重と一緒にいた。
「本当に、大丈夫でしょうか」
 母親の質問に、八重は「大丈夫なのでぇすよ」と答える。
「いざとなったら、裏技を使うのでぇすよ。絶対、ミズキ君はどこへも連れて行かれないようにするのでぇす」
「最善を尽くします。その為に、我々はいるんですから」
 八重もシュラインも、真剣な顔で答える。両親はそれでも不安そうに、頭を下げた。
 長い夜が訪れていた。


 病院では、セレスティから事情を聞いた桜子が母親に話を聞いていた。面会室には誰もおらず、母親とセレスティ、桜子の三人だけしか居ない。
「取り消す唄は、本当にないんですか?」
「ありません」
 何度目かの「ありません」に、桜子はため息をつく。
「どうして、おっしゃりたくないんですか?」
「子ども幸せを願わない親はいません」
「……幸せ、ですか?」
 ぽつり、とセレスティは呟く。
「本当に、ユウキ君は幸せなんでしょうか」
「どういう意味ですか?」
 むっとしたように、母親が言い返す。桜子は「そうです」と言ってぐっと拳を握り締める。
「友達を犠牲にしてまで得た健康が、幸せに繋がるとは私にも思えません」
 桜子の言葉に、母親は言葉を詰まらせる。そして、ちらりと時計を見た。
 午前1時半。
 あと三十分で、全てが終わろうとしている。
 母親は「もう遅い」と言って笑った。
「私は、本当に取り消しの唄は知りません。でも、いいんです。取り消す必要は、ないんですから」
 嬉しそうに母親は笑った。


 午前2時。バタン、という音がミズキの室内に響き渡った。その途端、その場に居た全員に緊張が走る。
 八重は周囲の時間を止める。そうする事で、万が一ミズキを連れて行こうとしても出来ないはずだ。
「これで、連れて行けないのでぇすよ。悪戯してる人は、下にもどしなさいなのでぇす!」
 八重が叫ぶ。ミズキの両親は時間を止めた周囲の方に居た為、声は届いていない。聞こえているのは、バタン、と音を立てた主と、シュラインと、声を発した八重だけ。
「八重ちゃん、あれ!」
 目の前に何かを見つけ、シュラインは叫んだ。
 うおおおお、と唸る声が響く。
「鬼……しゃん?」
 それは、ぎろりとした目で八重とシュラインを睨みつけてきた。巨大な体躯に、鋭い爪と牙、頭に生えた角。
 まさしく、鬼。
「契約、果たしてもらおう」
 鬼はそう言い、ミズキに近づく。シュラインは慌てて周囲を見回す。だが、扉や空間らしきものは何もない。ならば、消えた子達がいるだろう場所に続いているという訳でもなさそうだ。
 となると、やることは一つだけ。
「させないわ。いえ、出来ないはずよ!」
「何故」
「だって、ユウキ君は病が治っていないもの。だから、これは無効なのよ!」
 シュラインの言葉に、鬼はぐっと言葉を詰まらせる。
「さあさあ、返すのでぇすよ。そうじゃないと、ずーっとここから出れないのでぇすよ」
 八重はそう言い、にやりと笑う。
 すると、鬼は「ぐう」と唸ってから、諦めを含んだため息をつく。
「いいだろう。ならば、返そう」
 鬼はそう言い、手を一つ叩く。すると、何も無い空間から二人の少年が出てきた。カズヒロとコウジであろう。
「これで、不成立だ」
 鬼はそう言うと、じろりと八重を見る。八重はシュラインを見る。シュラインはカズヒロとコウジに近づき、二人の安否を確認する。
 頬をパシパシ叩くと、ううん、と二人は唸った。息の乱れも鼓動の乱れもない。ただ、眠っているだけのようだ。
 シュラインは八重に向かって大きく頷く。すると、八重は「分かったでぇすよ」と答え、時間を動かした。それを確認し、鬼は姿を消した。
 時間が流れた瞬間、両親はミズキに駆け寄った。無事を確認し、次にカズヒロとコウジも確認する。皆、無事だ。
「病院組に、連絡しないとね」
「無事だと伝えるのでぇすよ」
 二人は笑いあい、携帯電話を手にするのだった。


 病院で、皆の無事を伝えられたセレスティと桜子は、その事を母親に伝えた。
「不成立……?」
 顔は一瞬にして真っ青になり、その場にがくっと崩れ落ちた。
「もう、こんなチャンスは無かったのに」
「チャンス、ですか」
「そう、チャンス。後にも先にももう無いわ。ユウキが大怪我をした時は目の前が真っ暗になったけれど、一緒に三人の子がいたと聞いた瞬間に気付いたのよ。これは、チャンスだと!」
 ふふふふふ、と母親は笑う。
「故郷の唄、と言われたわね? そう、その通りよ。私は母から聞いたの。絶対にやってはならない、契約の唄だと!」
 三人で、三回唄う。これをすれば、鬼と契約することとなる。唄った三人の身を代償に、どんな病でも治すことができるのだと。
 村には、絶対的権力を持つ者が居た。その血を絶やさぬ為に、その者が病に倒れた時に行われる儀式だったのだという。
「もう、こんな事は無いわ。もう、もう」
「……ですが、ユウキ君は目覚めた時、悲しかったり辛かったりする事はありません」
 セレスティは静かに諭す。
「誰も犠牲になっていないということは、ユウキ君にとっても嬉しいことだと思いますわ」
 桜子はそう言って、母親の肩にそっと触れる。母親はセレスティと桜子を交互に見、嗚咽をあげてなき始めた。
 時計は、午前二時半を指していた。


●後日

 カズヒロとコウジは、その後シュラインと八重によって家に送り届けられた。きちんと事情を説明したが、半信半疑だったという。それでも、二人の誠意が伝わったのか、大事にはしないでくれた。
 その原因の発端がユウキの母親にあることは、どちらの家族にも伝えなかった。ミズキの両親がそうして欲しい、と頼んだのだ。
「自分が同じ立場なら、同じことをしていたかもしれませんし」
 セレスティと桜子と共に、ユウキの母親がミズキの家に訪れた際に言った言葉だ。無事だったんですから、と謝罪するユウキの母親を慰めた。そこで、再びユウキの母親は嗚咽をあげた。
 その数日後、ユウキの目が覚めた。相変わらず激しい運動は出来ないみたいだが、怪我の方は順調に治っているらしい。
 ユウキは、言う。
 何か怖いものが、友達と引き換えに治してやると言って来た。でも、断ったのだと。
 それを聞き、母親は三度目の嗚咽を漏らした。何度も許して欲しい、とユウキに言いながら。

 もう、童唄が唄われる事はない。


<三度目の泣声は唄声にも似て・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1009 / 露樹・ 八重 / 女 / 910 / 時計屋主人兼マスコット 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 4859 / 京師・桜子 / 女 / 18 / 高校生 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「童唄」にご参加いただきまして、有難うございました。
 シュライン・エマ様、いつもご参加いただきまして有難うございます。いつもながらに鋭い観察、有難うございます。怪我は病ではない、という注目は流石です。
 時間の流れやテンポがあるため、全員共通の文章となっております。少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
 ご意見・ご感想等、心からお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。