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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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【箱庭屋敷の旦那様】
■序章
骨董屋のカウンターには小奇麗な箱庭が乗っていた。
その中には小さな喋る黒猫がいる。
「で。入ったくせに出られないってのは、どんな理由だい。」
店の女主人、蓮はそんな黒猫に聞いた。
「それが解らんから困ってるんだ。――多分、屋敷の中に出れない原因が居るんだとは思うがな」
小さな黒猫は屋敷の屋根の上。前脚で屋根を叩きつつそう言って、ちらっとカウンター上に転がった鍵を見て溜息を落とした。
あんな大きなサイズのままでは屋敷の鍵は開けられない。誰かが鍵を持ってこの中へやって来てくれなければ。しかし、蓮は早々にそれを嫌だと断ったのだ。
「それは困った話しだねえ」
さして困った様子もなく蓮が肩を揺らしながら言っていると、店の扉がガチャリと開いた。
「ああ、あんた。珍しいね、どうだい便利屋ははかどってるかい?」
骨董屋の扉を押し開けたのは黒いジャケットに銀髪が映える一人の女。黒崎吉良乃(クロサキ キラノ)であった。
静かに戸口を潜る吉良乃は、店主の声に軽く笑いながら扉を閉めた。
「それなりに、と言う所かしらね」
吉良乃と骨董屋の女店主、蓮は知り合いだ。挨拶程度のそんな言葉を返し、辺りのアンティークを眺める。相変わらず妖し気な物ばかりがそこには並んでいた。
「そりゃぁ結構だね。ところで一つ、あたしから頼まれてくれないかい。便利屋さん」
「…アンティークショップで私が請け負える様な依頼があるとは思えないけれど?」
骨董品を眺めていた吉良乃の赤い瞳が蓮へと向けられた。便利屋、便利屋と蓮は言うがそれは表向きだ。吉良乃の生業は軽々しく日面に出せる様なものでは無い。彼女の生業は「暗殺」である。そんな依頼が骨董屋から飛び出すとは考え難かった。
「まあ、話しだけでも聞きなって。――この箱庭の中に今、猫が一匹閉じ込められてるんだよ。そいつを連れ出して来てくれるだけでいい。多少危ない事もあるかもしれないけれど、あんたなら大丈夫だろ」
と、蓮は告げてカウンターまでやってきた吉良乃の前へと白い箱庭を運んでみせた。
白い箱庭へ視線を落とす吉良乃はやがて蓮に視線を戻す。大雑把な蓮の話しでは、何を如何すればいいのかまったく不明である。標的がはっきりしない上に、単なる雑用染みて聞こえる頼みに吉良乃は思わず嫌そうな表情を作っていた。
「私向きの仕事じゃないわ。他を…」
片手を小さく振り断りの言葉を口にしかけた吉良乃であったが、持ち上げたその片手を蓮が掴んだ。そうして乾いた音を立てて何かを握らせられる。札束だった。
「頼むよ」
短かな蓮の一言。
束を出してくる程のリスクの高い内容なのか、それとも本気で処分に困っているのか。
どちらにせよ、吉良乃にはさして興味の無い話ではあった。とはいえ、それなりに親しい仲と呼べる蓮の頼み。報酬もこうして払われた。もう一度断りを告げるのも面倒だ。
「仕方ない…引き受けるわ」
結局こうなってしまう。
引き受けてしまった自分に軽く溜息を付きながら、左手だけに付けていた手袋を取る。そしてジャケットも脱ぎ、揃えてカウンターの上へと置いた。
吉良乃はジャケットの下から現れた左腕を一度撫でる。そこは触れれば冷たさを覚えるかと思うほどに、青白い。その人の肌とは思うに思えぬ不気味な色を持つ腕には、絡みつくように赤い紋章が刻まれていた。
「悪いね、面倒押し付けて」
「言う程、悪いとも思っていないんでしょ」
蓮の声に笑い、吉良乃は蓮より屋敷の鍵を受け取った。
「これで屋敷の鍵を開けて、中にいる悪霊だか怨霊だかを退治すればいいって話さ。他は閉じ込められている猫にでも聞いておくれ。喋る猫だから」
受け取った鍵を一度見て、蓮の言葉に頷く。請け負ったからには必ず成功させる。吉良乃はそうして箱庭へと向かった。
■箱庭の中
箱庭の門へと触れた瞬間、吸い込まれる様に吉良乃は箱庭の中へとやって来ていた。
外から見ていた時は小さな箱庭だと思ったが、実際こうして中へとやってくれば庭は広いし屋敷も相応に大きかった。
「小さくなっても、それ以外に変化は無いのね」
自分の手足を確認し、外に居た時と変わらなく自由に動くことを確認した吉良乃は、真っ直ぐに屋敷へと歩き始める。
途中、閉じ込められていると言う喋る猫を探すが、それらしい気配が無い。それ以前に庭には自分以外の生命反応が見受けられ無い。庭木も芝生も全てが人の手で作られた人工物で、そこに歌う小鳥や舞う蝶などは当たり前だが居なかった。
「猫なんて居なかったけれど…」
猫の姿を見ること無く吉良乃は屋敷の扉前へとたどり着いていた。
おかしい、と一度思うと今歩いてきた道を吉良乃は振り返ろうとしたが、横手でとんっと小さな音がして吉良乃はその方向へ瞳を向けた。
「探してる猫っていうのは、俺の事か?」
人の言葉を喋る黒い猫だった。屋根の上から降りて来た様で、吉良乃の足下まで来るとそこに前脚を揃えてちょこんと座った。
「この箱庭に、あなた意外の猫が居ないなら多分そうね。私が助けに来た猫はあなただわ」
黒猫の言葉にそんな風に吉良乃は返す。
吉良乃の返事を聞きながら、ゆったりと尾を揺らしている猫はじっと此方を見詰めている。青白い左腕が気になるのか暫く見ていた様だがやがて視線を戻した。
「蓮に頼まれて来てくれたのか? 面倒をすまないな」
「断ろうかとも思ったけれど、前払いで報酬も貰ってしまったし。本当は、あまりこんな仕事はしないのよ」
足下で小さく頭を下げて見せた黒猫にふっと笑うと、吉良乃は言っていた。
「この中に居る悪霊っていうのを片付ければ、此処から出られるって蓮から聞いたけれども。それで間違いは無いかしら?」
「ああ、その通りだ」
預かっていた屋敷の鍵を取り出すと、吉良乃は確認する様に猫に尋ねた。猫が間違い無いと頷けば、早々にも鍵を使い扉を開けようと吉良乃は動く。
「…何が居るか解らんぞ? 大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。普段からそれなりの事はやってるわ。…と言っても、相手は悪霊じゃなくて人間だけれども。触れる事が出来るなら、悪魔でも幽霊でも対処出来るわ」
この左腕の力を持って。
そこまで吉良乃は口にしなかったが、心配を見せた猫にそう言えば差し込んでいた鍵をゆっくりと回した。カチリ、と音を立てて扉の錠が外れる。
「そうか、なら頼りにするぞ。俺は藍星と言うが…」
「吉良乃よ。黒崎吉良乃」
此方の呼び方に困った猫に、短く名乗ると同時に吉良乃は屋敷の扉を押し開けていた。
■箱庭屋敷の旦那様
重苦しい音と共に扉は開かれ、吉良乃と黒猫は屋敷の中へと踏み入れた。
薄暗い。辺りを警戒する様に、吉良乃が周囲に視線を巡らせようかとしたその時…
――バタンッ
大きな音と共に背後の扉が閉まる。続けざまに鍵の掛かる音が響いた。
『邪魔は、させないっ』
暗闇から浮き上がるように突如、目の前に少女が現れる。歳で言うなら12歳程だろうか。
今にも消え入りそうな少女であったが、不意に吉良乃を強い視線で睨みつけると、床を蹴り上げ凄まじい速さで吉良乃へ襲いかかった。
「――!」
一瞬のうちでの少女の動きに、吉良乃は素早く対応する。振り下ろされた少女の手を右腕で受け止め、瞬時に広さのあるホールの中央へと移動する。背後が扉では身動きが取れない。
それを追いかける様に走り来る少女は、間も置かずに鉤爪の様にした手先を素早く繰り出し吉良乃を追い詰めようとする。
(早い…っ。この子――人じゃないわ)
吉良乃は何度も繰り出される少女の手を必要な動きだけで交わしてゆく。動くたびに銀髪が視界の端で揺れる。
少女の人とは思えぬ動きの早さに若干の翻弄もあったが、暫くそれを観察すればその動きの癖が読み取れる。その中で小さな隙を見れば、吉良乃は攻めに転じようと一歩を踏み出したが警戒を示したた少女は素早く背後へ跳び逃げていた。
『猫ちゃん…こっちに来て。私と一緒に、ここで暮しましょ?』
「っ、ぅわっ!! き、吉良乃!!」
吉良乃と間を置いた少女は、棚の影へと隠れていた黒猫に視線を向けていた。少女が両手を広げると、猫が空中へと浮き上がり少女のもとへと運ばれはじめる。
「まったく…世話の焼ける」
中空で情けなく助けを求めてくる猫を一度見やり、吉良乃は息を落とす。そして猫を引き寄せようとしている少女へと走りこむ。
吉良乃の動きに気付いた少女は、鋭い視線で吉良乃を捕らえる。広げた腕の片方を吉良乃へと差し出せば、その手先に青白い霊気が集まってくる。
『邪魔、しないで!!』
少女の鋭い一声と共に、彼女の手元に集まっていた霊気が四方へ飛び散った。しかし吉良乃は走り込みながらも姿勢を低くし、霊気の弾を交わし少女との距離を縮める。背後で少女の放った気弾が壁に激突し大きな音が次々と上がった。
攻撃の中を駆け抜けてきた吉良乃は、風の様に少女の前へ現れる。
現れた吉良乃に応戦しようと、少女は鋭くした爪先で吉良乃を引き裂こうと片手を振り上げたが吉良乃はそれを右腕で再び受け止めていた。
「甘いわ。これも仕事…邪魔しないわけにはいかないのっ」
攻撃を受け止めたことで生じた一瞬の隙を吉良乃は見逃さなかった。敢えて使わずにいた左腕を少女の片腕目掛けて繰り出す。
その瞬間。吉良乃の青白い左腕が突如赤いオーラに包まれ、刻まれている紋章が強く発光し始めた。そしてその先が少女の腕に触れれば、そこは間も置かずに弾ける様に粉砕し塵となって消えた。
『っ……、いやぁああっ…。…消、さない…でっ! お願いっ…』
片腕を消された少女は驚愕をし、そしてその場に力なく崩れ、これ以上消さないでくれと涙を流し始めた。
あれだけ好戦的だったその少女の姿に、吉良乃は一度動きを止める。未だ左腕の力は解放したままではあるが、泣きじゃくる少女を見下ろすとゆっくり赤い目を細めた。
『私っ…、こんなに早く死ななかったら…大好きな猫、とこんな白いお家で一緒に暮せたんだものっ…。だから、だからっ…』
だから、あの黒猫を引き込んだと言うのか。
見ればまだ幼さの残る少女なのだ。生前は夢を沢山抱えていてもおかしくない年頃。余りに早すぎた自分の死が、無念でたまらずこの箱庭に取り付き、生前の願いを果たそうとしたのだろう。もしかしたら、この白い屋敷も少女が生前、憧れの家として作った箱庭なのかもしれない。
泣き続ける少女を見つめ、吉良乃はゆっくり一度瞼を落とす。もう、少女には戦意は見られない。
「…世の中には、帰る家を無くした猫が大勢いるわ」
そう、告げると吉良乃は解放していた左腕の力を停止する。赤いオーラが消え、発光の紋章も静かにもとの赤へと戻って行った。
「そんな猫達となら、きっとあなたは幸せに暮せるはずよ。今回は…選んだ猫が悪かったのね」
いつの間にか足下へとやって来ていた黒猫を見下ろし、吉良乃は小さく笑っていたのだった。
■終章
翌日。
吉良乃は再び蓮のアンティークショップに足を運んでいた。
「昨日は苦労だったね、有難うよ。助かった」
「偶には、あんな仕事も悪くはないわ。――偶には、ね」
悪くは無い、なんて言っていればまた新たな厄介ごとを押し付けられそうで。吉良乃は偶には、と念を押すように二度言った。
今日の目的は蓮の面倒を片付けに来たわけではない。先日の箱庭を見に来たのだ。
「昨日の箱庭はどうしたの?」
狭い店の中を見回し蓮に箱庭は何処かと尋ねた。そうすれば、蓮が窓際を指した。申し訳程度ではあるが陽のあたる窓際には先日の白い箱庭。
吉良乃はそっと箱庭を覗き込む。
そこには、たくさんの猫たちがいて一人の少女が猫たちに囲まれ楽しげに微笑んでいる姿がある。
そこからほんの少し視線をずらせば、箱庭の横で丸まって眠る黒い猫の姿がある。先日、この箱庭に閉じ込められていたあの猫は、当然箱庭の外に。黒猫は吉良乃の気配に気づく事無く眠っている。
吉良乃はその二つを確認し、何を思ったかふと笑うとゆっくり箱庭へ背を向けた。
「おや、もう帰るのかい」
「便利屋が忙しいのよ。――それに、また面倒押し付けられたら困るもの」
蓮の声に吉良乃は笑って冗談を口に乗せ、骨董屋の扉を押し開ける。
箱庭と箱庭の少女が少しだけ、気になったのだ。まあ…そんな時だってあるものなのだ。
そんな風に思いながら、吉良乃は短く蓮に別れを告げるとこの怪しげな骨董品店から去って行ったのであった。
END.
■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
【7293】黒崎 吉良乃(クロサキ キラノ)/女性/23歳/暗殺者
【NPC】
碧摩 蓮(ヘキマ レン)/女/26/アンティークショップ・レンの店主
藍星(ランシン)/男/5?/鳥居聖堂の飼い猫・大迷宮六代目管理人
■ライター通信■
黒崎 吉良乃 様
はじめまして、この度はご参加有難う御座いました。ライター神楽月です。
今回、初めてのノベル商品と言う事で、大役を仰せ付かったと緊張しつつ書かせて頂きました。
黒崎様の性格、お話口調、能力の表現等々ご想像と相違が無ければっ…と思っております。
クールばかりでは無く、優しい面や明るい部分も多くある大人の女性、と言うイメージを黒崎様には抱いて下ります。
お話の中では、猫との関わりよりも骨董屋の主人蓮との関わりをより多く描写させて頂く形となりました。
ほんの少しでもご満足頂けましたら幸いです。
また、修正等が御座いましたらお申し付け下さい。
今回は有難う御座いました。それでは、失礼致します。
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