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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 〜嘆きのアンティークドール〜

 物には魂が宿ると言われている。それは如何なる物でも同じこと。
 特に人の形をした人形には宿りやすい。そう、貴方が持っている人形にも宿っているかもしれない。
 その宿っている魂が、良いものか、それとも悪しきものか、それは分からないが……。

 史香がその店に気付いたのは偶然だった。
 何時もの様に仕事が終わり学校に行く途中、ふと何気なく視線を向けた先にその店はあったのだ。
 周りの風景にとけこんで、注意深く見なければ分からない程にひっそりと。
 その店に入ろうと思ったのも好奇心からかもしれないし、まだ授業が始まるには余裕の時間だったと言うのも一つの要因だったのかもしれない。
 古びた木製の扉。その扉のノブを握り軽く回して扉を開ける。
 チリリンと、小さな鈴の音。
「いらっしゃいませ〜」
 鈴の音に続いて響いた何処か間延びした明るい声。
 パタパタと軽い足音と共に眼鏡をかけた茶髪の少女が出て来た。
 史香とそう年の変わらなさそうな少女は史香の姿を認めると。
「ゆっくり見て行って下さいね」
 と、ほんわかと微笑んだ。
 その少女の笑みに同じく笑みを返し、史香は店の中へと足を踏みだす。
 店の中には古びた物から割合新しい物と様々な物が置かれていた。
 それは時計類に始まり、食器類、小物類、人形類と……。
「あっ……」
 ある人形の前で史香は歩みを止めた。否、止めなくてはならなかった。
 それは本当に偶然の事だったのだ。
 史香がその人形の前を通ったその時、テーブルからはみ出ていた人形の足に触れた。
 ただそれだけの事。けれどそれだけで史香には十分だった。
 彼女の持つ過去視の力が彼女にその歩みを止めさせたのだ。
「その人形が気になるのかい?」
 人形を見詰めている史香に声がかかった。
 驚いて声のする方を向けば、何処か妖艶に微笑む女の顔と合う。
「私はこの店の主人。お嬢さん、その人形が気に入ったのかい?」
 訝しげな史香の視線に簡単に自己紹介を済ませると女は同じ問いをしてきた。
「あの、この人形……」
「何か感じたのかい?」
 史香の言葉は女に遮られ、その言葉に息を呑む。
 この女主人は自分の過去視の力を知っている?
 否、そんなはずは……。
「魅殊、悠菜を呼んでおいで。久しぶりのお客様だ」
「はっ、はいっ!!」
 女主人は先ほど対応していた少女にそう告げると史香を見てにんまりと笑った。
「生かすも殺すもあんた次第だよ」

「あっ」
 夜間学校が終わり、あとは家に帰って明日の準備をするだけだというのに、何故だか史香は夕方来たアンティークショップの前に居た。
 特に用も無いのに何故? と一瞬疑問が浮かんだが、ずっと店の前に居るわけにもいかないと踵を返そうとして呼び止められた。
 見れば扉を開けて女主人が史香を手招きしている。
 何か用があるのだろうかと、女主人の招きに応じて店の中へと入り、連れて行かれたのは古めかしい扉の前。
 扉の前には先客が居て、夕方対応に出ていた少女ともう一人。
 何処か冷たい印象を受ける美少女が静かに史香を見詰めていた。
 よくよく夕方対応していた少女を見ると、その腕に例の人形を抱えている。
「あんた、この人形の何かを見たんだろ?」
 女主人に言われて史香は一瞬焦った。
 けど、そんな史香の焦りを気付いているのか、気付いていないのか、女主人は続ける。
「もし見たんなら、この人形に宿った真実見たくはないかい?」
 見たいか、見たくないか、そう問われたら見たいと答えるしかない。
 あの時過去視で見えた人形の過去。
 否、過去あの人形の近くで起きた悲しい出来事。
 その悲しい過去のわだかまりを解けば、人形に宿った魂は少しは癒されるかもしれない。少しは楽になるかもしれない。
「見たいです」
 一つ深呼吸して史香は答える。その瞳には強い意志の光が宿っていた。
 満足そうに笑った女主人から横で成り行きを見守っている二人の少女に視線を移す。
「あの、出来れば一緒に行って貰えますか?」
 そう言った史香の言葉に、何処に? とは返されなかった。
「無論そのつもりだ」
「もっちろんですよ!! ばっちり道案内します」
 まるで最初から一緒に行くと言うかのように二人は微笑んだ。
「さぁ、それじゃとっととお行き。あんまり長居は出来ないよ」
 そうして、女主人に急かされる様にしてその古びた扉を開いた。
 扉を通った先にあったのは冷たい夜の景色。
「ああ!!」
 史香が周りの風景をゆっくり見ていると、突然夕方の少女が声を上げた。
 驚いて彼女のほうを向けば、彼女はわたわたともう一人の少女と史香を交互に見詰め。
「自己紹介してませんでした!!」
 と、何とも場にそぐわぬ言葉を発した。

「改めて宜しくお願いします」
 軽く自己紹介を済ませると夕方対応した少女−−龍咲魅殊−−がほわわんと微笑んだ。
 それに冷たい印象を受ける美少女−−関咲悠菜−−が溜息を吐いている。
 史香もこちらこそと答え、皆で石畳を歩き出す。
 目指す先はあの人形がいる所。
 不思議な事に扉を潜る前に魅殊が腕に抱いていた人形は、扉を潜った後その姿を消した。
 それを史香が二人に問えば、人形は元居る時代に戻ったため、本来あるべき場所に居ると答えが返った。
「多分こっちだと思うんですけど……」
 んー、と人差し指を唇に寄せて魅殊は史香と悠菜の前を歩いている。
 そのまま魅殊の案内で歩いていると突き当たりにぶつかり、そこを右に曲がろうとした先で悠菜に止められた。
「どうしたんですか?」
 不思議に思い史香が問う。
「臭いがしないか?」
 その史香の問いに、悠菜は新たな問いで返す。
 悠菜の問いに史香と魅殊が注意深く空気を吸い込んでむせた。
 冷たい夜の空気に混ざる鉄がさびた様な臭い。
 まるで纏わりつくかのようにそれは史香達の周りに充満している。
「かっ……、関さん……。これって……」
 臭いの正体に気付いた魅殊があわあわと軽くパニック状態になっている。
「私の後について来い」
 軽く魅殊の頭を叩いて落ち着かせると、悠菜は二人の前に立ち、手を掲げた。
 その瞬間、その手の中に一振りの日本刀が現れる。
 そしてそのまま右に曲がってすぐの場所にある家の中へと入って行った。
「……っ!!」
 その家は何処にでもある普通の家で……。けれど今は異様な有様になっていた。
 元は真っ白だったであろう壁に真っ赤な血液がべっとりと飛び散っている。
 家の中、そのリビングと思われる場所は天井にまで届きそうな程鮮血が散っていた。
 吐き気がこみ上げるのを何とか押さえて史香は隣の魅殊の背中を撫でる。
 彼女は史香以上に混乱し、青ざめたまま震えていたのだ。
 一方の悠菜は先ほどと変わらない冷静さで鮮血に染まったリビングを進んでいく。
 史香と魅殊は普通なら目にする事も無い悲惨な状態のリビングを、お互い支えあいながら進んで行った。
「ここだ」
 冷静な悠菜の声に顔を上げれば、そこは子供部屋の入り口だった。
 扉には可愛らしいプレートがかけてある。
「これから中に入るが……。平気か?」
 気遣わしげな悠菜の視線に史香は頷いた。
 見れば隣の魅殊もまだ青ざめたままではあったが、気丈に頷いている。
「そうか、ならば入るぞ」
 そんな二人に柔らかく微笑み、悠菜は子供部屋の扉を開いた。

「まるで映画のようだったの」
 鈴を転がすような無機質で感情のこもってない声が三人を出迎えた。
 扉を開いた先にはリビングの比ではない位の酷い有様だった。
 リビング以上の赤が部屋一面を染め、部屋の中央には折り重なるようにして倒れている三つの死体。
 二つの死体。−−恐らくは両親であろう−−に庇われるようにして倒れている少女。
 まるでその少女を労わるかのように、例の人形は少女の頭を撫でていた。
 人形にそんな事をさせているのは誰? 死んだ少女の魂? それとも人形自身?
 部屋に勿論灯りなど無く、周りの家もまるで人が居ないかのように真っ暗だ。
 部屋にある光源といえば、空に浮かぶ月明かりだけ。
「見ている事しか出来なかったの。大切な人達が倒れていくのを……。見ている事しか……」
 人形は泣かない。それは感情を宿さない。
 なのに何故だか人形が泣いているかのように感じた。
「生きて動けるものなら、何かあったら自分で動くことが出来る。でも人形は、例えば大好きな誰かがいなくなっても、自分でそれをどうすることもできないから……探すことも、後を追うこことも……」
 思わず史香は言葉を紡いでいた。
「そうね。私が人形でなければ、私が生きているものであったら……。そうすれば一緒に逝けたのに……」
 一緒に逝きたかった。そう呟いた人形の声は相変わらず感情のともらない物ではあったが、何故か胸を締め付けられるようだった。
 大切な者が死にいくのをただ見ているしかなかった苦しみ。
 大切な者と一緒に逝きたかった悲しみ。
 大切な者に置いて行かれた絶望。
 そんな苦しい思いが人形に宿り、曰く付きの品としてあの店に置かれたのだろう。
 ただ黙って人形の言葉を聞いていた史香の体から淡い光が放たれ、一匹の白色の狼の形を取る。
 それは史香の除霊の力が具現化したもの、『破邪の白狼』
「鈴の音があなたを導いてくれる。あなたの会いたい人の所に……」
『鎮魂の鈴音』
 史香が紡ぐ祈りの言葉と共にさ迷う霊を浄化する鈴音が室内に響く。
「鈴の音よ、彷徨うものを導き給え」
 感情の宿らない顔で人形は史香を見詰める。
「会えるの?」
 人形の呟いた言葉は小さなものだった。
「ええ、鈴の音が導いてくれます」
 その小さな呟きを聞き取り、史香は微笑んだ。
「そう、もう一人で孤独に怯える事も無くなるのね……」
 鈴の音と淡い光。それらに誘われるかの様に人形の体は段々と消えていく。
「ありがとう」
 全て消える前に人形はそう呟き、微笑んだような気がした。


***登場人物一覧***
【整理番号:PC名:性別:年齢:職業】
・5840:椎名 史香(しいな・ふみか):女:16歳:夜学生
・NPC:龍咲 魅殊(りゅうざき みこと):女:16歳:案内人
・NPC:関咲 悠菜(かんざき ゆうな):女:16歳:案内人
・NPC:遠見 摩耶(とおみ まや):女:26歳:店長

***ライター通信***
この度はこの作品に参加してくださってありがとうございます。
そして、長らくお待たせしてしまって大変申し訳ありませんでした。

史香さんの設定を見た時に是非『鎮魂の鈴音』は使いたい!! と強く思ってました。
寧ろ、その『鎮魂の鈴音』を使いさ迷える魂を導いている史香さんのシーンが頭から離れない程です。
過去視設定も凄く素敵で、書いててわくわくしてしまうほどでした。
プレイングもとても読みやすく、纏めやすくて良かったです。
イラストの史香さんもとても優しそうな方で、どう文で表現したら良いのやらと悩む事も暫し。
本当に素敵なキャラクターです。史香さんをもっと活かせられない自分の文才の無さが恨めしいです。

今回は参加してくださって本当にありがとうございました。
そして長らくお待たせしてしまった事を心よりお詫び申します。