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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


One day's memory



投稿者:no name
件名:思い出をください
本文:自分の記憶は一日しか持ちません。
   どんなに楽しいことがあっても
   どんなに悲しいことがあっても
   次の日には忘れてしまうのです。

   一日だけでいいのです。
   一日だけ、自分に付き合ってくれませんか。
   長年付き合った友人ですら忘れてしまう自分は、誰かと遊んだ記憶がありません。
   誰かと、話したり遊んだり…そういうことをしてみたいのです。

   出会い系サイトのような書き込み、失礼しました。』


◆ ◇ ◆

 ゴーストネットOFFで気になる書き込みを見つけたアレーヌ・ルシフェルは、その書き込みをした人物とコンタクトを取り、事情についていくらかの説明を聞いて興味を覚えた。
 幾度かのメールのやりとりの後、とある場所で実際に会うことになった。
 それが今アレーヌのいる場所―――…フェンシングの試合会場だった。
 人々が行きかう。試合に出場する人もいれば、それを応援しに来た人もいるだろう。ただ観戦しに来た人もいるかもしれない。
 そしてアレーヌが待つ人は、『応援しに来た』側の人物である。
 聞いたところによると、その人物は元フェンシング部の女子部員であり、一年前にフェンシングの試合中に起こった事故のショックで一日分の記憶しか続かないようになったのだという。
 今日はその人物の友人が試合に出るらしい。その友人も交えて試合後に話をすることになっている。
「ええと、アレーヌさん…でしょうか?」
 遠慮がちに、声をかけられた。
 声のした方に視線を向ければ、アレーヌの目線のやや下方に黒髪の少女がいた。
 事前に聞いていた特徴と、先ほど自身の名を呼ばれたことから、彼女が自分の待ち人だと確信する。
「ええ、わたくしがアレーヌ・ルシフェルですわ。あなたが永野・沙紀ですわね」
「はい。今日は来ていただいてありがとうございます」
 丁寧に礼をする沙紀に、アレーヌは高らかに言い放つ。
「わたくしがあなたに会ってみたいと思ったからこうして会うことにしたのです。礼を言われるようなことではありませんわ」
 その言葉に沙紀はきょとんと目を瞬かせ、次いではにかむように笑った。見ているこちらの胸まで温かくなるような、そんな嬉しさの溢れる笑みだった。
「……やっぱり、ありがとうございます。それじゃ、試合会場に行きましょうか」
 再度の礼の意味はなんとなく察せられたので、アレーヌも素直に受け取ることにした。そして二人連れ立って、沙紀の友人が出場するという試合が行われる会場へと足を向けたのだった。

◆ ◇ ◆

 沙紀の友人は、沙紀の所属していたフェンシング部のエース格だという。
 そしてその呼称に恥じぬ実力を持っていることが観戦した試合からわかった。
 ……まあ、アレーヌから見ればまだまだといったところではあったが。
 隣にいる沙紀が固唾を呑んで試合を見守っている間、アレーヌが冷静に観察した結果の感想だ。
 そうこうしている間に試合が終わり、その友人と対話する時間がやってきた。
「こんにちは。初めまして、島崎鹿代って言います」
「わたくしはアレーヌ・ルシフェルですわ」
 沙紀を挟んで互いに挨拶を交わす。そして早速といった風に鹿代が口を開いた。
「アレーヌさんは沙紀の場違いな書き込みを見て、こうやって会いにきてくださったんですよね?」
「場違いって、酷いよ鹿代ちゃん…」
 少々傷ついたらしい沙紀の抗議にも、鹿代は「事実でしょ」と取り合わない。アレーヌをまっすぐに見て、そして再び尋ねる。
「確かこの子は『思い出がほしい』みたいな内容の書き込みをしたと思うんですけど、アレーヌさんはどうなさるおつもりですか? 思い出作りに付き合うんですか?」
「とりあえず、記憶が続かなくなった原因について詳しく聞かせて頂こうと思っていますわ。もしかしたら、記憶を取り戻す手がかりなども見つかるかもしれませんもの」
 アレーヌの言葉に、何か考えるような素振りを見せる鹿代。
「原因…それだったら私が説明したほうが無難ですね。沙紀はそのことを人づてにしか知りませんから」
 言って、沙紀に目配せする鹿代。沙紀はこくりと頷き、そして再びアレーヌに視線を戻した鹿代が話し始める。
「一年前、フェンシング部での試合がありました。他校との対抗戦だったんですけど、その試合中に沙紀が倒れて頭を強く打ってしまって…。そのときは痛み以外特に何もないように見えたので、そのまま試合を終えて帰ったんです。そして次の日、起きたときには自分の名前と日常生活に必要な一般常識くらいしか覚えていなかったらしくて…。一日しか記憶が持続しないとわかったのはその数日後だったそうです」
「電車とかバスの乗り方とか学校で習う勉強とかに関しては覚えているんですけど、自分に関することは名前以外さっぱり忘れちゃうんです。家族の顔とか名前とか、友達のこととか…」
 そこまで聞いて、ふとアレーヌは疑問に思ったことを聞いてみる。
「フェンシングのことは覚えていますの? 原因がそこにあるというのなら何かきっかけになるのではなくて?」
 アレーヌの言葉に、今度は沙紀が応える。
「ルールとか、そういうのはまったく覚えていません。今日は試合を見るために勉強してきましたけど。でも、なんとなく見てると懐かしい気分になります」
「今までの沙紀もそう言ってたことがあるんですけど、どうしてかフェンシング自体をしようとはしなかったんです。『なんとなく怖い』って言って…」
「そうですの? でしたらあなたも怖いと思いますかしら」
 沙紀に問いかけてみれば、沙紀は思い悩む風ながらも首を横に振った。
「怖くは……ないです」
 その言葉を聞いて、アレーヌは記憶が続かなくなった原因を聞いてからずっと考えていたことを口にした。
「では、わたくしと一度お相手しませんこと? もしそれで少しでも記憶の一部が戻れば……」
 沙紀と鹿代がわずかに目を見張った。戸惑いを露わにする沙紀を、アレーヌはただ静かに見ていた。
 そして。
「………お願い、します」
 沙紀が、深々とアレーヌに頭を下げた。

◆ ◇ ◆

 アレーヌと沙紀がピストの上で向かい合い、そして構え(アンガルド)の姿勢をとる。沙紀は幾分かぎこちない動きだったが、体が覚えているのだろうか、きちんとした構えになっていた。
 フェンシングにはフルーレ・エペ・サーブルの三種の種目がある。アレーヌと沙紀が行うのはフルーレ。種目名と同じ名の武器・フルーレを使い、相手の胴体のみが得点の有効範囲になる。攻撃方法も突きのみだ。
 通常の試合であれば電気審判機を用いるところだが、生憎とそれを使うことはできないので鹿代が目視で審判を行うことになった。
「アレ(始め)!」
 鹿代の声が響く。先に動いたのはアレーヌだった。
 腕を伸ばす、その動作によってアレーヌに攻撃権が発生する。この場合沙紀はパラード(相手の剣を払うこと)をしなければ攻撃権を得ることができず、反撃することができない。
 身体は覚えている可能性があろうとも、知識の上では素人も素人な沙紀にアレーヌの攻撃が防げるはずもない。あっさりとアレーヌが得点を得る。
 その後も沙紀がアレーヌに攻撃をすることは叶わず、ほぼ一方的な試合になる。しかし冷静に沙紀を観察していたアレーヌは気づいていた。
 アレーヌが攻撃をするたび、得点を重ねるたび、沙紀の瞳の戸惑いが消え去っていく。そして代わりに瞳に浮かぶのは、――純粋な闘争心。
 それと同時に、沙紀の動きが見違えるように変わっていく。そしてついにアレーヌのフルーレをパラードし、そして反撃に出た。
 しかしアレーヌがそう簡単に点を取られるわけがない。再び自身に攻撃権を移し、また沙紀にトゥシュ(突き)を決めた。
 瞬間、鹿代の声が響く。
「アルト(やめ)!」
 一瞬、時が止まったかのような錯覚を覚えた。
 す、とフルーレを下ろす。同時に沙紀がへなへなと座り込んだ。緊張が解けたのだろう。
 荒い息を吐きながら沙紀はアレーヌを見上げ、そして頬を紅潮させて言った。
「……思い、出しました」
 鹿代が息を呑む音が聞こえた。アレーヌはただ静かに先を促す。
「全部じゃないみたいですけど……でも、思い出しました。わたしがフェンシングを始めた理由、どんな風にフェンシングと向かい合ってきたか――そういうことを」
 それは彼女の記憶のほんの一部だ。しかしその一部が戻ったことが、他の記憶もが戻るきっかけになるかもしれない。
「お役に立てたようでよかったですわ」
 アレーヌは沙紀にそう言いながら、美しく気高い笑みを浮かべたのだった。
 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6813/アレーヌ・ルシフェル(あれーぬ・るしふぇる)/女性/17歳/サーカスの団員/空中ブランコの花形スター】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、アレーヌ様。ライターの遊月と申します。
 今回は「One day's memory」にご参加くださり有難うございました。

 当方にフェンシングの知識が全くなかったので色々と調べながら執筆してみたのですが、間違ってないか非常に不安です…。
 一部の記憶が戻ったことで、記憶が長続きしないという現象もおそらくなくなるのでしょう。沙紀にとってアレーヌ様は大恩人ですね。
 アレーヌ様はフェンシングの達人ということなので、実はかなり手加減してくださったのではないかと思ったり。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。ご縁がありましたらまたご参加ください。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。