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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


One day's memory



投稿者:no name
件名:思い出をください
本文:自分の記憶は一日しか持ちません。
   どんなに楽しいことがあっても
   どんなに悲しいことがあっても
   次の日には忘れてしまうのです。

   一日だけでいいのです。
   一日だけ、自分に付き合ってくれませんか。
   長年付き合った友人ですら忘れてしまう自分は、誰かと親しくした記憶がありません。
   誰かと、語り合ったり触れ合ったり…そういうことをしてみたいのです。

   出会い系サイトのような書き込み、失礼しました。』


 その書き込みを見たとき、京師蘭丸の頭に浮かんだのは、自身の特異な記憶力のことだった。
 一度体験したことならばけして忘れず、何時でもそれを正確に思い出すことができる――その、常人には有り得ない優れた記憶力。
 書き込みをした人物とは間逆といってもいい。
 蘭丸はその記憶力――いや、記憶を疎ましく思っていた。どんな体験でさえ忘れられない。たとえそれが蘭丸にとって良い記憶でなくても。
 それはけして、幸福なことではなかったから。
 ……けれど。
(記憶がないということは、何もないんだ。辛いことや苦しいことだけじゃなくて、楽しいことや嬉しいことも、すべてがないということなんだ)
 自分は、辛いことや苦しいことがあっても忘れることはできない。しかし、楽しいことや嬉しいこともまた、ずっと憶えていられる。
 今まで、ずっと記憶を疎ましいと思っていた。けれどそれは間違いだったのかもしれない。
(少なくとも僕は、忘れてしまう悲しみを知らずに済んでいるのだから…)
 そう、気付いた。この書き込みがそれに気付かせてくれた。
 書き込みの主に感謝を覚える。そして、同時に思った。
(『思い出作り』……手伝わせてもらいたい)
 意を決して、蘭丸は書き込みをした人物とコンタクトをとることにしたのだった。

◆ ◇ ◆

 書き込みをした人物に連絡をとり、蘭丸が提案した『思い出』は『紅葉狩り』だった。
 書き込みをした人物――空木要(うつぎ・かなめ)と名乗った人物は、偶然にも蘭丸の居住地とさほど離れていないところに住んでいた。なので近場で紅葉が見頃な場所を調べて、そこを待ち合わせ場所にする。
 自分の外見的特徴、相手の外見的特徴をそれぞれ伝えあい、必要なものを用意して。
 そして、待ち合わせ場所へと向かった。
「貴方が、……『空木要』さん?」
 待ち合わせ場所に辿り着いた蘭丸は、事前に聞いた特徴を持った人物がそこに佇むんでいるのを確認して、声をかけた。
 声に反応して蘭丸を見たその人は、一拍の後に柔らかく笑んで口を開く。
「そうだよ。『空木要』というのが私の名前。私の名前を知っているということは、君が『京師蘭丸』くんだね?」
 問い返され、頷く。
 空木要という人物は、蘭丸よりいくらか年上に見える、儚げな雰囲気を纏った線の細い青年だった。
 彼は蘭丸に微笑み、ゆったりとした動作で腰を折った。
「今日は、来てくれてありがとう。短い間だけど、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 蘭丸もまた丁寧に礼をし、そして頭を上げる。
「ええっと……とりあえず色々話しながら、歩いたりしようか。せっかく紅葉がきれいなんだし」
「そ、そうですね」
 初対面であるということでどこかぎこちない雰囲気ながら、二人は連れ立って歩き出したのだった。

◆ ◇ ◆

 紅く、または黄色く、鮮やかに色づいた木々の間を蘭丸と要は歩く。
 紅葉がはらはらと宙を舞う。持参したカメラで、蘭丸は多くの写真を撮った。
 風景のみを撮ることもあれば、要を被写体に撮ったりもした。時々、要にせがまれて一緒に写ったりもした。
 その合間合間に、他愛のない話もした。
 要が蘭丸に幾つかの質問をし、蘭丸がそれに答える。そしてその答えから話題が広がって、少しずつ少しずつ、互いのことを知っていく。
 蘭丸が、自分が流行に疎いことと話し下手であることを告げれば、要は「私も流行には疎いよ」と笑った。
 話しているうちに、要のことについても幾つか知ることできた。
 記憶がないとはいうものの、一般常識に関しての記憶はあること。
 元々身体があまり丈夫でないらしく、記憶がなくなることもあって病院に入院していること。
 年齢は担当医師に聞いた限りでは22歳であり、一応きちんと高校まで卒業しているらしいこと。
 要の年齢を聞いたとき、蘭丸は正直驚いた。年上だろうとは思っていたものの、せいぜい高校生くらいだと考えていたからだ。それは彼の外見のこともあったし、十分に発育しているとは言い難いだろう彼の細身の身体のせいでもあった。
 そうやってお互いのことを話しながら、美しい景色を満喫する。
 しばらく歩いたところで、「一休みしようか」と要が言った。異論はなかったので、蘭丸も同意する。
 誰かが来ても邪魔にならないような場所に二人で腰を下ろす。
 そのまま何となくぼんやりと景色を眺めやって――そして蘭丸は、要に告げなければならないことがあったのを思い出す。
 しかしどうやって切り出すべきかと思い悩んでいれば、それに気付いた要が蘭丸を促した。
「何か言いたいことがあるんじゃないの? 遠慮せずに言っていいよ?」
 そう言われて話さない手はない。内心緊張しながら、それでも勇気を出して、蘭丸は要に告げる。
 自身の特異な記憶力のこと、そしてそれを疎んでいたこと。
 しかし要の書き込みを見て、それが間違っていたと気付いたこと。
 故に、要に感謝していること……。
 それを聞き、要は少しの間何かを考えるような素振りを見せて、そして口を開いた。
「……あのね、蘭丸君。あくまで私の意見なんだけれど」
 そう前置きして、要は言った。
「記憶が続かないということも、何もかもを憶えているということも、それぞれに辛さや苦しみがあると思う。それと反対の、『喜び』もきっとあるんだろう。…私は何も憶えていないから、目に映るすべてのものが新鮮で、興味を惹くものに思える。これは、記憶があったなら思わなかったことだろうと思うよ。でもね、」
 そこで一度言葉を切って、要は静かに苦笑した。
「やっぱり、記憶がないっていうのは悲しいと思う。…私は『家族』も『友人』も憶えていない。憶えていないということは、思い出すこともない。……私の『家族』はね、交通事故で亡くなったらしいんだ。でも、私はそれを知らない。彼らがどんな人で、どんな風に自分に接してくれたのかも、憶えていない。『私』の意識が覚めたとき、真っ先に目に入ったのは写真立てだった。『家族』みんなが笑顔で写っている写真だ。でも、それに写っている1人が自分だなんてわからなかった。そして鏡を見たとき、『ああ、これが私なのか』と思ったよ。写真の中の私は、もっと幼かったけれどね。今までの『私』が自分に関してたくさんのことを書き記していてくれたから、『私』は『私』がどんな人間なのか多少理解できた。――…あの書き込みをしたのはね、昨日の『私』がそれを望んだからなんだ。自分が『空っぽ』だと思った『私』が、『空っぽ』でなくなることを願ったんだ。たとえそれが僅かな間であっても、それでも『誰か』と同じときを過ごしたいと。…だから、蘭丸君がこうして会ってくれて、すごく嬉しかったよ。――ああ、何を言いたかったのかよくわからなくなってきてしまった。ええとね、つまりはそれぞれに良いところも悪いところもあるから、蘭丸君が今まで君の記憶を良く思ってなかったのは仕方ないと思う。でも、それの良いところに気が付けたのなら良かった、ってこと。そのきっかけが私だったっていうなら、役に立てたみたいで嬉しいよ」
 言って、にっこりと笑う。すべてを受け入れるような、そんな笑みだった。
 その笑みに背中を押されるように、蘭丸は再び口を開いた。
「あの、」
「ん? 何かな?」
 優しく要が先を促す。蘭丸は強い意志を持って、要の瞳を見据えた。
 ――…記憶が一日しかもたない、という要の書き込みを見て、ならば、と思った。
 疎ましいだけだった自分の能力が、もしかしたら役に立つのではないかと。
 こうして要に会って、話して、尚更にそう思った。今日の『思い出』は、けして1人だけのものではないから。
「要さんは、今日のことを忘れてしまうかもしれないけれど……僕は忘れない。ずっと、ずっと忘れないから、僕にあなたの『思い出』を預けていて。次に会ったとき、写真を並べて今日のことを話すから。その次は今日と次に会ったときの思い出を。そうすれば、――そうしていけば、ずっと思い出を共有できると思うから。僕が生きている限り、『思い出』を守り続けるから……」
 精一杯の、蘭丸の本心からの言葉に、要は虚をつかれたように一度瞬いて。
「――――…ありがとう……」
 そう、とても嬉しそうに――そしてどこか泣きそうに、笑みを浮かべたのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4860/京師・蘭丸(けいし・らんまる)/男性/15歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、京師さま。ライターの遊月と申します。
 今回は「One day's memory」にご参加くださり有難うございました。

 すごく淡々と静かな感じのノベルとなりました。もっとほのぼの〜な感じをご希望だったのなら申し訳ないです…。
 いつもとは少し違う書き方になったので、大丈夫かなとドキドキしています。
 要の年齢をもう少し下げたほうが良いかな、と思いつつ、ちょっと年上にさせていただきました。
 うっかり要の口が滑って話さなくていいところまで話したのは、ひとえに京師さまのお人柄故ではないかと…。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。ご縁がありましたらまたご参加ください。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。