コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


NEMUS ―trial and error― act.2



 菊坂静は立ち上がり、メイドに頭をさげた。
「あ……えっと、昨夜は泊めていただいてありがとうございます」
 もしもここに探している欠月がいるのだとすれば、彼に迷惑がかかるようなことはしたくない。館の者たちを不審がらせてはいけないだろう。
「すぐに朝食を用意しますね。食堂まで一緒に行きます? こちらに居るよりは暖かくていいと思いますよ?」
 気さくな笑顔のメイドを見遣り、静は頷いた。
 彼女の後ろについて歩きながら、尋ねる。ここに居る人たちに訊いてみれば何かわかるかもしれない。
「あの……随分と大きなお屋敷ですね」
「そりゃもう! ここらでは一番の大きさでしょう? 世間では妙ちきりんだなんだと言う輩もいますけど、わたしは気に入っているんです。お給金もいいですし、こんなに素敵なところですしね」
「……僕たち以外にも泊まられている方はいるんですか?」
 たち、と複数の言い方をしてから静はハッとする。他のメンバーが無事かどうかは知らないのだ。
 だがメイドの娘は首を振る。
「いいえ? 他にはいらっしゃいませんよ?」
「……ほんとに?」
「ええ」
「……あの、白髪というか、灰色の髪の、茶色と紫の目をした、僕くらいの年の男性……来ませんでした?」
「ん?」
 彼女は目を細め、こちらを肩越しに振り向いてうかがってくる。何かマズイことを言っただろうかと静は緊張した。
「似た人物なら、心当たりがありますけど」
「……え?」



 突然様変わりした屋敷に驚きつつも、梧北斗は息を整える。まだ欠月たちには会えていないけれど、これは一歩前進したってことになるんじゃないのか? だとすれば幸運とみたほうがいい。
(う〜ん。欠月たちを探してた俺たちに館のドアは開かなくて、旅行者みたいなヤツにはあっさりと開いたんだよな……)
 北斗の言う「旅行者」とは也沢閑と染藤朔実のことなのだが、生憎と彼ら二人の名を北斗は知らないのだ。
(もしもこの館に何かいるならば、無闇に警戒させないほうがいいかもしれない)
 メイドの横に立っていた北斗は「よし!」と決断した。
「まずは腹ごしらえだ!」

 怪しまれないように情報収集をしなければならない。
 前を歩くメイドに促されて入った食堂は広く、思わず北斗は圧倒された。なんて豪華な……!
 大きな縦長のテーブルが中央に一つ。一番奥側はもちろん、この館の主が座る席だろう。その奥の手前にもイスが一つある。
 残りのイスは全てそこから離れた場所にあり、テーブルの左右にずらりと等間隔で用意されていた。客人はここに座れということだろう。
 先客がいた。静が一人、座って待っていたのだ。彼は北斗に気づき、軽く頭をさげる。
 北斗は自然と静の隣に陣取った。
「菊坂も見たか? 館が突然綺麗になっただろ?」
「はい。僕も見ました。あと、さっきメイドの一人に訊いたんですけど……」
 そこまで言いかけて静は黙ってしまう。なんだよ続けろよと思う北斗は、部屋の正面ドアから別の二人が入ってきたことを知った。北斗いわく、旅行者みたいなヤツら、だ。



 時間は少し遡る。ちょうど静が食堂に到着した辺りになる。

 容赦なく起こされた閑は軽く欠伸をした。
「寝たら体力も回復したし、今日は朔実の探検に付き合えそうだね」
「そうじゃなくて! ご飯!」
「ごはん?」
 頭の上に疑問符を浮かべる閑である。起きて早々になぜご飯?
 そういえばと気づいた。部屋がやけに綺麗ではないか。寝付いた時は埃っぽく、かなり汚かったはずなのに。
 寝袋から身を起こし、閑は朔実に尋ねる。
「これはいつから?」
「何が?」
「部屋が綺麗になってるよ?」
「うん」
 うんじゃないよと閑は呆れてしまう。まぁつまりは、朔実にもわからないということなのだろう。
「朝ご飯の用意ができてるってさ! 行こう!」
「……は?」
「さっきメイドさんが起こしに来たんだよね。せっかくご飯があるなら、やっぱ食べるっしょ!」
「…………」
 部屋の中を観察している閑をよそに、朔実はやる気満々だ。
「昨日のボロ屋敷じゃなんにも出なかったけど、今日は面白い探検できそー!」
 とりあえず食堂に向かうことにした。

 廊下も昨日とは全く違う。窓は全て開けられ、暖かい太陽の光が邸内に入ってきていた。
 食堂に先に居たのは、昨夜屋敷前に陣取っていた者の二人……朔実たちと共に中に入ってきた者たちだった。彼らはこちらに気づき、微妙な表情になる。
 朔実はさっさと席についた。ちょうど、二人組の年下のほうの少年の真正面だ。朔実の横に座った閑は、二人組の年上の正面となる配置だ。
 閑の視線は一番奥の席に向けられている。おそらくそこは、この屋敷の主が座る場所のはず。
 やがて料理が運ばれてきた。朔実が鼻をひくつかせる。
「おいしそうな匂いだな〜」
「食べても大丈夫そう?」
「ん? 大丈夫だと思うけど」
 特に不審なことはないようだ。朔実の二者択一の直感にはかなり信用がおけるので、大丈夫だろう。
 料理を運んできた執事の格好の少年を見て、朔実と閑の正面に座る二人の様子が変わった。
「どうぞ」
 愛想よく微笑む少年は、朔実よりも二つは年下のように見える。整った顔立ちをしており、モデル業界で目が肥えている閑でさえ唖然とするほどだった。
 並べられていくパンやスープ。その所作にはよどみがない。慣れた手つきだ。
 こそこそと、正面に座る二人組の小柄なほうが、隣の者に耳打ちする。渋い顔をしている年上のほうは、頷いた。



 自分たちのほうに回ってきた執事に対し、北斗は尋ねる。
「欠月、か?」
 少年は一瞬だけ動きが停止したが、すぐに首を傾げた。
「どこかでお会いしましたか?」
「欠月さんなんですかっ!?」
 声を荒げた静は、執事を凝視する。髪の色は同じだ。だが瞳が両目とも茶色だ。本物ならば片目が紫のはず。
 メイドから聞いた通りだ。『そういう人はいるけど、客ではない』。
 見れば見るほど執事は欠月とそっくりだ。
「誰かと間違われていらっしゃいませんか?」
 執事は二人に対し、不審そうな眼差しを向けている。
 彼はさっさと食事の支度を整えると、ワゴンを押していなくなってしまった。
 呆然とする静と北斗は、互いの顔を見合わせる。
「嘘をついているようには見えません……本物の欠月さんだったら、僕に嘘をつくなんてこと」
「いや、あいつは嘘吐きだぞ?」
「で、でも……こんなタチの悪い嘘は、こんな場でつかないですよ!」
 静はもはや泣きそうだ。北斗は嘆息する。
「確かになぁ……。あいつふざけた性格してるけど、こういう時にあんなキョトンとした顔しないよな。ウィンクとかしそうだよなぁ、こっそり」
「……その意見に賛成します」
 沈んだ声の静をうかがい、北斗はうぅむと唸った。
(似てるだけの別人ってことなのか……? でも、目の色は違ってたしな……)
 その時だ。室内にまた誰かが入ってきたのだ。
 黒い衣服の女性と、白い衣服の少女だ。彼女たちはテーブル奥の席につく。
 女は客人たちを見て薄く微笑んだ。
「昨夜もよく眠れましたか、皆さん」
 きょとんとする一同を、女は柔らかく見ている。
「あら……なんだか驚いていらっしゃるようね。もうこの館にも随分いらっしゃるでしょうに……」
 少女のほうへ視線を遣った。少女はツンとした表情でこちらを一瞥するが、すぐにスプーンを手にとって食事を開始する。
「放っておきましょう、お母様。ただ居座っているだけの寄生虫どもに口をきくだけでも面倒だわ」
「言葉が過ぎますよ」
 娘を窘めるが、娘は母親の忠告を受け入れる気はないようだ。
「すみません」
 と、北斗の正面に座る男が片手を挙げてみせた。女主人は微笑んで促す。
「俺たちはここに招待されたようですが、歓迎されている理由を聞かせてもらえますか?」
 おぉ、と北斗は思った。
(まぁなあ……あからさまに怪しいよな、ここって)
 あまり動じている様子がないことから、この旅行者二人も只者ではないのかもしれない。だがどれだけ注意深く見ても、自分のような専門家の鋭敏な気配は感じない。ふつうの人間にみえる。
 女主人の反応を北斗は見る。彼女は微かに笑った。
「まぁ。なにをおっしゃっているのかしら? お客様をもてなさないなんて、失礼でしょう?」
 食事を終えると、主人と娘は早々と自室へと戻ってしまった。



 朔実は大きく伸びをした。
「おなかいっぱいになったし、探検探検!」
「探検か。確かに面白いことになってるよね」
 館は一晩で綺麗になり、そこで生活しているらしい人々まで出現し。
 すいませーん、と朔実は食器を片付けているメイドに声をかける。
「どこまでなら見てもいいですかー?」
「……は? どこまでって……何をおっしゃっているんですか?」
「客室開けて回るのはメーワク?」
「それはそうですよ。いくらなんでも無作法ですよ、お客様。屋敷の中は遊び場ではありません。幼い子供ならまだしも……」
 娘は眉間に皺を寄せた。明らかに不快そうだ。
「ダメかぁ。あ、あとさ、俺ら以外に客とかいる?」
 もしもいるのなら、この「夢」みたいなところから戻れたヤツがいるかもしれない。
 そう思って尋ねた朔実の言葉に彼女は不思議そうにした。
「ここにいらっしゃる四人で全員ですけど」
「朔実」
 閑が朔実を呼ぶ。こそこそと耳打ちした。
「カメラでメイドさんと記念撮影してみたら? ほら、幻は映らないっていうし」
「そっか」
 頷いてデジカメを取り出すが、しーんと静かなままだ。動く気配もない。
「あれ? おかしいな〜」
「携帯は?」
「あれ? こっちも電源おちてる」
 あれあれと朔実が首を傾げている間に、メイドはさっさと片付けてワゴンを押して去ってしまった。忙しそうだ。
 閑はその後ろ姿を見てから、食堂を見回す。
(……これはただの幻か、それとも屋敷の記憶……思い出か何かなのかな)
 屋敷が昔を取り戻そうとでもしているのだろうか。何か成し遂げられなかったことを解決するためとか。
 まあなんにせよ、今の状況を朔実も自分も堪能しようとしているのは確かだ。
 そんな二人に、同じく食堂に居た二人組の一人が声をかけてくる。
「えっと、さ」
 どこか戸惑うような仕草で、年上の少年がおずおずと言ってきた。一応遠慮しているようだ。
「あんまりウロウロしないほうがいいぜ。その……お節介かもしれねーけど」
「なんで?」
 きょとんとする朔実である。
「……あんたらどれだけこの屋敷を調べてきたんだ? ここが危ないってこと、わかってるんだよな?」
「ここって心霊スポットっしょ?」
「いや、まぁ……心霊といえばそうかもしれねーけど」
「梧さん、行きましょうよ」
 後ろから声をかけてくる年下の少年は、こちらにあまり関心がないようだ。
 年上のほうは悩んだ表情のまま、それでも言う。
「見た感じ、あんたらフツーの人っぽいし……。一応忠告はしとくぜ。暢気に探検してて、危ない目に遭ってもしらねーぞ」
「危ないとは穏やかじゃないね」
 閑の言葉に、彼はばつが悪そうな表情をした。
「穏やかじゃないって、変なこと言うなよ。ここは行方不明者が続出してる館なんだぜ? 命の危険があるのは当然だろ」
「これって『夢』みたいなトコじゃないわけ?」
 そんな朔実に対し、彼は首を横に振る。
「これは紛れもない現実だ。出口のないとこに閉じ込められてんだよ、俺たち全員。ここから帰ったヤツは今までいない。場合によっちゃ、殺されてる可能性もあるんだ。
 心霊スポットって言われてんのは、今の状況の屋敷に来れなかった連中が流した噂だろうな。ま、一応言うだけ言ったからな」
 役目は果たしたと言わんばかりに彼は年下の少年と共に食堂を出て行ってしまった。
 残された朔実と閑は、顔を見合わせた。もしかして……危機感が足りないのだろうか、自分たちは。



「お節介ですね、梧さんは」
「え? いや……うーん。ま、一応俺って、こういうバケモノとか絡んでることでは専門家だし」
 一般人には注意は促しておきたい。
「菊坂って、そういう点でははっきりしてるよな……」
「他人のことにかまけていられませんよ。欠月さんを探さなくちゃ」
「う。そ、そうだった。……ったく、謎が多すぎだぜ、この屋敷」



 屋敷の外――。

 陽が沈んでから、ようやく羽角悠宇と初瀬日和は中に入ることができた。それまでドアが一切開かなかったのだ。
 一晩明かしてみたが、中から悲鳴が聞こえてくるようなこともなかった。だが、中に入った者たちが出てくる気配は全くない。そんなわけで、とりあえず自分たちも入ってみようという結論になったのだ。
 昼間、することがなかった日和は洋館の周囲を歩いていた。館の大きさを測るためだった。それは中に入ってから、中と外の広さを比べるためもある。
 歩いた道順をメモしようとしたが、玄関扉が閉まると中は完全に真っ暗だった。懐中電灯も持ってきていないので、目が慣れても奥まで見えない。
 携帯電話の明かりでなんとか足もとを照らす。
「くそ……間取りを確認するどころじゃないな」
 悠宇の言葉に日和も頷く。いくらなんでもこんな明かりでは頼りない。
 二人はほぼ寄り添いながら歩いた。
「後で玄関ホールの歩数を数えておきたいんだけど、いい?」
「いいけど……足もと気をつけろよ。携帯の光じゃ、見え難いから危ないぞ」
「わかった」
 おおよその大きさを知っておけば、何かの役に立つかもしれない。
 日和は自分の持っているバッグからソーイングセットを取り出した。
「調べた部屋のドアに、糸を巻きつけておけば目印になると思うの」
「そうだな」
 悠宇も同意する。二人は暗闇の中に沈む館の中を、弱々しい明かりと共に進む。

 出入りできない部屋や、角材などが放置されてあって進めない廊下もあり、見取り図の作成はうまくいかない。これでは日和の歩数も正確に測ることができなかった。
 客室のようなところには壊れたベッドや、いらないまま放置されている家具などもある。隅々まで調べるには、携帯の明かりでは無理だ。
「ねえ悠宇、これ……どのくらい昔のものだと思う?」
 館がいつからここにあるのかを知るためには、手がかりになるかもしれない。壊れた家具を指差す日和。
「さあな……。壊れてるし、かなり汚れててわかりにくいな」
「最近のものかな?」
「どうだろ……俺、そういうのわかんねーし。う〜ん……」
 そんな二人の探検は、睡魔の訪れと共に中断となった。
 悠宇が、休むのは一階にしようと主張したのだ。できるだけ出口に近い場所を選ぶと……自然と玄関ホールになる。
「交代だからね、悠宇。絶対に起こしてよ」
「起こす起こす」
 はいはいと頷く悠宇の横で、日和は眠りについた。何が起こるかわからない以上、交代で番をしたほうがいいだろう。

 悠宇と交代した日和は、その目で見た。
 館の中が『変わった』のだ。
 壁や床が綺麗になり、壊れたものは直り、見る間に変化していく。
「な、なに……?」
 悠宇が眠る前に言っていた言葉が思い出される。
 部屋などの閉じた場所にいるのはまずい、と。けれども、そんな注意など無駄だと思えるほど唐突に、容赦なく……!
 それは瞬きするのにも満たない時間での出来事。そんな刹那の時間に、外に出ることなどできるはずもない。
「悠宇、起きて!」
 日和の短い叫びが、悠宇を眠りから無理矢理連れ戻したのだった。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【6370/也沢・閑(なりさわ・しずか)/男/24/俳優兼ファッションモデル】
【6375/染藤・朔実(せんどう・さくみ)/男/19/ストリートダンサー(兼フリーター)】
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生、「気狂い屋」】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございました、羽角様。ライターのともやいずみです。
 館の中に入れたようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。