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君のために出来ること
● オープニング
「学校祭、か…」
馴染みのネットカフェの一角。
両側を雫とヒミコ、二人の少女に挟まれた阿佐人悠輔は心なしか沈んだ表情だ。
というのも、理由は彼が目にしている掲示板への一件の書き込み。
『投稿者：ユイ
件名：学校祭を手伝って下さい
本文：幼馴染が他界しました。
病気でずっと寝たきりで、毎年、学校祭に出るんだって頑張っていたのに、結局最後まで出られなかったんです。
別に周りで怪奇現象が起きているとかじゃないし、未練で成仏出来ないなんて言う子じゃなかったけど、私があの子のために学校祭をやりたいんです。
人間の魂って、四十九日が過ぎるまでは家族の傍にいるんですよね？
力のある人なら、見ること出来ますよね？
法要とかじゃなくて、幼馴染がずっと参加したがっていた学校祭であの子の事を見送ってあげたいんです。
お願いします、協力して下さい。』
切々と綴られる言葉に胸が痛んだ。
「まあ…手伝うのは構わないが、このユイって子の考えている学校祭を開くにはかなりの人数が必要なんじゃないか？」
「だぁから悠ちゃんにお願いしてるの！」
「なにか、お知恵を拝借出来ませんか？」
対照的な態度での二人からの求めに軽い息を吐いて、考えた。
学校祭と言えば、通常は全校生徒が時間を掛けて準備し、模擬店や舞台演出など、外部からの客も呼んで行われる年に一度の大イベントである。
この記事の投稿者であるユイの希望は叶えてやりたいと思うが、そのための人材を一体どこから集めたものか。
亡くなった少年を弔うべく学校祭を催すと呼びかけて、大勢が集まる可能性など…。
「――」
悠輔は真正面を凝視する。
馴染みのネットカフェで閲覧中の、関東最大といわれるオカルトサイト、ゴーストネットＯＦＦ。
その管理人が、真横にいる。
悩むまでも無い。
その名声を利用しない手は無いだろう。
「場所の手配は出来るか？」
「うん？」
「学校祭の会場になる場所」
「あぁ、そういう事なら草間さんにでもお願いすれば見つかるんじゃない？ どっかの廃校とか」
「だったら、学校祭をゴーストネットのオフ会を兼ねて開いたらどうだ」
悠輔の発案に少女達は目を瞬かせた。
幽霊のための学校祭。
これをゴーストネットＯＦＦ主催で行うと宣言すれば、オカルトサイトに足繁く通う人々が素通りするわけがない。
「ナイスアイディア！ そうと決まれば早速準備開始ね、ヒミコは、このユイって子に連絡取って」
「はい」
「開きましょう、学校祭。絶対に楽しいものにしてやる！」
ダンッと立ち上がって胸を張る雫。
かくして彼らは動き出す。
● 告知
某月某日、某所にて。
ゴーストネットＯＦＦ主催の学校祭を開くという告知がサイト上に公開された。
参加希望者はその旨をメールで伝え、折り返し運営側からのメールで日時と場所を教えられるのだ。
協力者募集の呼びかけから一週間。
集まった人々は優に三百を超えていた。
＊＊＊
その日、自室にいた広瀬ファイリアは兄の悠輔に扉をノックされて顔を合わせた。
「これから学校祭の準備に行くんだが、一緒に行くか？」
「学校祭、ですか？」
言われていることが巧く飲み込めずに目を瞬かせると、兄は大勢が集まる祭りの準備だと、噛み砕いた説明をくれた。
彼が言うことの意味を理解した途端、ファイリアの瞳が輝く。
「はい！ 行くです！」
元気な返答と共に出掛ける準備を始める。
それは彼女にとって、とても魅力的な誘いだった。
自宅を出て、徒歩と電車で約三十分の道程を経て辿り着いたのは数年前に廃校となった町外れの小さな小学校だ。
ファイリアと悠輔が姿を見せると、直後に掛かった声は雫のもの。
「悠ちゃん、遅い！」
決めつける物言いにファイリアは身を強張らせるが、それも一瞬。
「時間の十分前だ」
「私が遅いって言ったら遅いの」
「それは他人には通用しない」
「他人には、ね。悠ちゃんには通用するでしょ？」
「するか」と、慣れた様子で言い合う兄を見て安堵する。
「ファイリアちゃんも、いらっしゃい！ 協力よろしくね」
「はい、頑張るです」
両手を胸の前で握る少女に、微笑する兄。
ポン、と頭の上で手が跳ねる。
「頑張れ」
「はい！」
満面の笑顔、それは周囲の雰囲気までも和ませた。
準備初日の会場には数百人の参加者が一同に会した。
それぞれに学校祭当日に計画している催しの概要などを説明し、形式的なものではあるが一通りの審査を経て悠輔、雫、ヒミコの承認を得る。
教室を割り当て、必要な備品を確認し、運搬作業が可能な人員に依頼する。
大人顔負けの手際の良さと判断力で次々と最初の事務手続きを進めていく姿に、ファイリアは感動した。
（お兄ちゃん、カッコイイです……！）
途中では今回の学校祭を依頼した少女、瀬能由衣子（せのう・ゆいこ）も挨拶するなどし、今回の祭りの主旨も説明された、…のだが。
「……？」
ファイリアは五感に触れた奇妙な感覚に、辺りに視線を巡らせた。
もう他の声など聞こえない。
ただ一心に気配の主を探した。
（どこですか……？）
校内に入り、階段を上がる。
気配だけを頼りに進み、そうして出たのは屋上だ。
「……どうしたですか？」
寂れたフェンスに向かって立っていたのは、少年の霊だった。
声を掛けると、彼はゆっくりと振り返りながら微笑う。
とても優しく、穏やかな笑顔。
悪いものではないとファイリアは瞬時に知る。
『…学校が…懐かしくて……』
「懐かしい、ですか」
『…此処に来れて、嬉しいんだ……』
嬉しいと聞けば、それだけでファイリアも嬉しくなる。
「これから、学校祭の準備があるです」
『…うん…』
「一緒にお手伝いしませんか？」
『……え？』
「ファイと一緒に、お手伝いしましょう！」
差し出した手に、少年の幽霊は戸惑いを見せながらも、いつしか自分の手を重ねるのだった。
● 準備
翌日から、ファイリアは時間の許す限り学校祭の会場となる廃校で手伝いに奔走した。
兄が学校に行っている間も一人で出向き、とうに就学を終えている大人達に混ざって教室に飾る花や、折り紙の鎖、看板作りなどを手伝った。
そしてその傍らには少年の霊。
木村海（きむら・うみ）と名乗った彼もまた学校祭には参加した事がないのだと聞いたファイリアは、積極的に彼にも手伝うよう声を掛けていた。
もちろん他の人間には見えていない存在だということは知っている。
それでも参加して欲しかったのだ。
「こうして輪を作って糊で止めて、次の紙を中に通してから、輪を作ってまた止めるです」
『…あぁそっか…あの飾りはこうして作っていたんだね……』
人気のない教室で肩を寄せ合いながら、二人が作る折り紙の鎖は、廊下の長さに匹敵するほどになっていた。
「海ちゃんは、こういうの作ったことないですか？」
『…うん…ずっと病院にいたからね…』
「病院に…？」
『…身体が弱くて…学校には通えなかったんだ…だからこういうの作ったこともなくて…』
そうして浮かべる微笑は、けれどとても楽しそうだ。
『…だから君に声を掛けてもらえて…一緒に手伝おうって言ってもらえて、とても嬉しかったよ……』
向けられる笑顔に、ファイリアも笑い返す。
もしかすると、そういう心残りから学校という場所に縛られているのかもしれないと思うと鈍い痛みが胸に走る。
すると、彼女のそんな心情を察したのか、海は言う。
『…幼馴染がね…僕の事をずっと心配していたんだ……そんな彼女が心配で…、傍に居たら……、此処に来ていた……』
「幼馴染さん？ 彼女さんには、海ちゃんの姿が見えないですか？」
『…うん…』
頷く彼が、初めて見せた、沈んだ笑み。
『……悔しいね…、僕のこと、何も言わなくても判ってくれた彼女に、お礼も言えないなんて…』
痛みすら伴う言葉にファイリアは咄嗟の反応が出来なかった。
生じた沈黙に、空気すら重くなる。
だが、それを打ち破ったのは唐突に現れた陽気な少年。
『どうしたの、こんな場所で隠れるみたいに作業して！』
屈託のない笑みで語るのは知る人ぞ知る天才歌手の水野まりもだったが、幸か不幸かファイリアには縁遠い人物。
彼が誰かも判らなかった。
ただ、悪い人でないことは知れる。
「うわぁ、すごいな！ こんなにたくさんの飾り、何人で作ったの？」
問われて、ファイリアは海の顔を見てから答える。
「二人です」と。
「そっか、二人でこんなに作るなんてすごいなぁ、こっからは僕も手伝うよ！」
腕まくりして言う彼は、事情があって大っぴらには作業出来ないからと続けてハサミを手にする。
更に、そこに入ってきたのは長身の男が二人。
「僕達も此処で作業させて頂いても構いませんか？ この人が人混みで働くのはイヤだなんて我儘を言うものですから」
にっこりと言うのは、後に緑光の名乗る青年。
隣の彼は影見河夕と紹介され、持って来た大きな板をフロアに置く。
「…たこ焼き屋の看板を作れと言われたんだがな、……とりあえず下地を塗るか？」
そうして刷毛を差し出した先には、常人には見えないはずの霊体、海がいる。
『――……』
言葉を失くす彼に代わって、ファイリアは大きく頷いた。
「手伝うですよ、海ちゃん！ せっかくです！」
満面の笑みで促せば、いつしか少年の表情にも笑顔が戻った。
● 前日
準備作業を進めて行くにつれ、いつしか海の存在を認識出来る人も僅かではあるが参加している事が判ってきた。
そのため、彼は随分とあちらこちらの作業に参加する事が出来るようになり、ファイリアはその嬉しさもあって更に足取り軽く色々な場所を飛び回った。
手伝う分だけ、最初は見知らぬ他人だった人とも打ち解けて多くの言葉を交わすようになり、ただの紙、ただの木材だったものが形になり、起き上がる瞬間に立ち会った時の感動は、きっといつまでも忘れられないと思う。
そうして学校祭の本番前日。
土曜日ということもあって、学校が休みの兄と共に会場を訪れたファイリアは、それまでと同じように色々な場所を回って手伝える事を探していたのだが、その途中、当日は喫茶店が開かれる一階南端に位置する教室で、ウェイトレスの女の子達が衣装を試着しているのに気付いて駆け寄った。
「うわぁ可愛いです！」
黒を基調にしたワンピースは膝上十五センチ丈のバルーンスカート。これに白いレースがふんだんにあしらわれ、更に同丈のフリルエプロン。
思わず叫べば、店主の男が振り返る。
「おぉファイリアちゃん！」
厳つい顔を崩す彼とも、この準備期間に幾度と無く交流を重ねてすっかり仲良くなっており、迎える態度も快い。
「とっても素敵です、可愛いです！」
「何ならファイリアちゃんもウチで働くかい？」
「いいですかっ？」
「もちろん、可愛い女の子は大歓迎だ」
「ではお願いしますです、とっても着てみたいです」
働くことよりも、その衣装を着る方を目的としているファイリアに、しかし本人も、可愛い給仕が一人増えることに喜んでいる店主も一向に気付かない。
明日は最後の準備があるから八時集合という連絡事項を最後に別れ、ファイリアはこれを兄に伝えなければと、その姿を探し始めた。
程なくして二階から下りてくる悠輔を発見して駆け寄ろうとするが、それよりも早く彼を呼び止める声があった。
「阿佐人さん」
ファイリアも一度だけ面識がある。
この学校祭を開いて欲しいと掲示板に書き込んだ本人、瀬能由衣子だ。
「あぁ…お疲れ。そっちの準備は順調？」
「おかげさまで」
ペコリと頭を下げる彼女は、穏やかに微笑む。
「本当にありがとうございました。雫さんや、阿佐人さんのおかげでこんなに…、本当に、本物の学校祭みたいなこと出来て…」
「礼を言うのはまだ早いだろう」
「え…」
「本番は明日だ」
言い切る悠輔に、由衣子は「…はい！」と大きく頷き返す。
その、不思議と入り込めない雰囲気に、ファイリアは最後まで兄に声を掛ける事が出来なかった。
● 当日
花火と音楽と、無数の人々。
「おおっ、結構なお客さんじゃん！」
誰もが驚いたほど、学校祭会場となった廃校は多くの人で賑わっていた。
祭りの終わりまで残り二時間。
陽も傾き始めた頃にはケーキや和菓子など甘いものが多く出るようになっていた。
手伝いをすることになったファイリアがウェイトレスに扮した喫茶店も、その恰好が好評なのか朝から大入り、席は目まぐるしく回転し、休む暇も無かった。
「ファイリアちゃん、お客さんにお水ね」
「は、はい！」
トレンチに水を汲んだグラスを五つ乗せて移動する。
慣れない作業に手先が震え、グラスから零れた水が盆上に池を作る。
「おや、ファイリアさん」
「えっ」
不意に呼ばれて振り返ると、その拍子に倒れたグラスが水滴を撒き散らした。
「ひゃあっ、ごめんなさい、ごめんなさい」
慌てて周囲の客に謝りながらグラスを立たせようとすると、彼女を驚かせた本人、緑光がトレンチを預かった。
「あまりに可愛い恰好をされているのでつい…、驚かせてしまいましたね、申し訳有りません」
次いで周囲の客にも詫びると同時に、向ける笑みの隙の無さ。
意外にも女性が多い店内は途端に静まり返り、彼の背後では呆れた様子の三人。
あの日、海と二人で作業していた時にたこ焼き屋の看板を持ち込んだ影見河夕と、彼の友人達らしい。
「緑君ってホント…」
「でも確かに可愛いよね、ファイリアさん」
松橋雪子、高城岬と、後に名前を教えられる二人の言葉に重なるように、今度は校内全域に音響から響く声。
『こんにちはーー！！』
大音量のマイクで学校の敷地内に響く声に聞き覚えのあったファイリアは小首を傾げたが、その答えは店内に少女達のざわめきに教えられた。
『僕が誰だか判るかな？』
陽気で明朗。
万人を振り向かせる天性の才能を持つ者。
『水野まりもでーす！！』
窓の下、教室の外、廊下の左右。
四方八方から上がる驚きの声と、続く足音は慌しく外に向かう。
「…水野まりもって誰だ？」
「これだから影見君は！ 今をトキメク大物アイドルよ、超有名人！！」
「この声…確かファイリアさん達と一緒に準備を手伝った男の子の声ですよね？」
「河夕達、水野まりもと一緒に仕事したの！？」
「ファイリアさんはご存知だったんですか？」
光に尋ねられて、左右に首を振る。
が、どれだけ人気のある有名人なのかは、がら空きになった店内を見れば一目瞭然だった。
「……す、少し休憩しようか」と店主が言えば、ウェイトレス姿の女の子達も、待ってましたとばかりに店を飛び出していった。
これからスペシャルライブが行われるとアナウンスされた、校舎裏の体育館に向かうのだろう。
「……お前達も行くか？」
問い掛ける河夕に、大きく頷く雪子と岬。
「ではファイリアさんも…」
一緒にどうですかと言い掛けて、しかし再び彼らの意識を引き寄せる声は、校庭から。
「うみー！ 学校祭、楽しんでるかーーっ！！」
店番で立っていた人々。
アイドルに興味無い人々が驚いて彼女を見る。
彼らの無数の視線を浴びて、それでも彼女は、叫んだ。
「学校祭！ あんたのためにっ、みんなが協力してくれたの！ あんたのための学校祭なんだよ！？」
ファイリアは窓の向こうを見つめ、声の主が学校祭を開いて欲しいと頼んだ瀬能由衣子だと知る。
「ちゃんと楽しんでる！？」
楽しんで、感じて。
この場所で。
「海！ 居なさいよちゃんと！ ちゃんと…これ持って逝きなさいよ……！」
“海”の名にファイリアは目を瞠った。
――彼だ。
「…！」
「ファイリアさん！？」
突然に教室を飛び出した少女を、光の声が追う。
だが止まってはいられない。
彼女は判ってしまった。
――…幼馴染がね…僕の事をずっと心配していたんだ……そんな彼女が心配で…、傍に居たら……、此処に来ていた……
そう言っていた。
――……悔しいね…、僕のこと、何も言わなくても判ってくれた彼女に、お礼も言えないなんて……
痛みを伴った声で。
…悔しい、と。
「海ちゃん！」
ファイリアは呼ぶ。
人混みに埋もれるようにして、叫ぶ幼馴染を見つめていた少年。
その瞳に涙を湛えて、ただ、静かに。
「海ちゃん来て！」
『…ファイリアさん…でも、僕にはどうすることも……』
「伝えたいことあるですよね？」
『……僕は…』
「行くです！」
手を引いて校庭に連れて行く。
他の人にとっては何も無い虚空。
だがファイリアは笑顔を返す、彼を勇気づけるように。
「そういうこと、か…」
呟くのは、誰。
そうして唐突に辺り一面の大地を覆った輝きは、淡雪に限りなく近い、儚い白だ。
後に能力者の一人が語る。――人間の霊魂は俺達の管轄外なんだが、と。
しかしその力は、目に見えぬ者の輪郭を縁取り、ファイリアに手を握られている人物を明らかにする。
ファイリアも最初は驚いたけれど、それ以上の喜びを知って破顔した。
「ほら、海ちゃん行くですよ」
背を押して、由衣子の傍に。
「……う、み……？」
呼ばれる名前に、彼は微笑う。
泣き顔を、崩す。
音響を通して語られる言葉は、特設ステージの中央に立つ少年の声。
『この学校祭が、学校祭に参加したくても出来なかった男の子のために催されたんだってことは、みんな知っているよね？』
誰もが動いた、彼のために。
『僕ね、…もし自分が何か遣り残したことがあって死んでも、誰かにそれを叶えてくれなんて頼めない。それまで自分のこと大切にしてくれた人達に迷惑かけたくないじゃない？』
だから言わない。
…言えない。
『だからこそ気付いてくれる存在が傍に居てくれた事が、彼にとっての何よりの幸せだったろうって思うんだ』
言わずとも気付いてくれたこと。
動いてくれたこと。
『だから次の歌は、他界してしまった彼の冥福を祈ると共に、彼の代わりに、必死になってくれた彼女に捧げます』
――“ありがとう”――
「うみ…っ…」
歌と、力と。
光りと。
彼女の零した涙が伝える想い。
ファイリアは涙を拭う。
長い時間ではなかった。
けれど、この祭りの意義は全うされたのだと確信するには充分な奇跡だった。
● 祭りのあと
「ファイリアちゃん、これ使って」
雪子から差し出されたハンカチを受け取り、涙を拭く。
良かった、と思った。
心から。
「瀬能さん…、一日も早く元気になってくれるといいわね」
「はい…っ」
応えると同時、彼女の背後に兄の見慣れた姿があるのに気付いて顔を上げた。
「お兄ちゃん…」
途端に兄の表情が強張る。
その変化の理由にファイリアが気付くはずはなく。
「ぇ…、あ、お兄ちゃん？」
店内に押し入った悠輔は、ダンッと机に拳を当てて低い声を押し出した。
「責任者はどこにる……？ 妹にこんな恰好をさせた報いを受けてもらおうか……」
すごむ彼に、驚くファイリアとその他大勢。
よもや先刻の幼馴染達の遣り取りに感動した少女が必死で顔を直していると最中だったと知らない兄は、妹が強制的にこのような恰好をさせられたのだと誤解した。
「待って下さい、お兄ちゃん！ 違うです！」
次第に騒がしくなる店内に、少女の必死な声が響く。
「ほぉ。阿佐人君も奥の深い人物ですね…」
「なんか有葉ちゃんの事で必死になる河夕に似てる……」
「兄貴が妹の危機に怒らないでどうする！」
「そうじゃなくて…」
四人四様、二者混乱。
宴はたけなわ。
彼らの祭りは、まだまだ終わりそうにない――……。
―了―
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【登場人物：参加順】
・4691／水野（仮）まりも様／ＭＡＳＡＰ所属アイドル／
・5973／阿佐人悠輔様／高校生／
・6029／広瀬ファイリア様／家事手伝い（トラブルメーカー）／
・5251／赤羽根灯様／女子高生＆朱雀の巫女／
・6589／伊葉勇輔様／東京都知事・ＩＯ２最高戦力通称≪白トラ≫／
【ライター通信】
ゴーストネットＯＦＦ「君のために出来ること」へのご参加、まことにありがとうございました。
またファイリア嬢とは初めましてですね、お会い出来てたいへん光栄です。
今回お届けする物語が楽しんで頂ける事を願っています。
また別の機会にもお会い出来ますように――。
月原みなみ拝
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