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<東京怪談ノベル(シングル)>


Who are you?


 ■


 その日、珍しく電車を利用して新宿まで出て来た一条里子は、何の因果か、滅多に訪れない土地の、それこそ無数の人々が行き交う雑踏の中で奇妙な少女と遭遇してしまった。
 いや、正確には少女が奇妙なわけではない。
 彼女のスカートの裾を握っている女の子が普通ではなく。
『普通ではない女の子にスカートの裾を握られている少女』という二人合わせての光景が奇妙だったのだ。
 里子は迷った。
 これは本人に伝えるべきだろうか、と。
(悪いものではなさそうだけれど……)
 昔から何度も経験している遭遇だ。
 見れば善悪の区別はつく。
 いま視界に入っているそれは、間違っても裾を掴んでいる彼女に害を及ぼすことはしないだろう。
(とは言え…)
 このまま見なかったフリをするのも躊躇われる。
 ではどうしようかと思案するに至って生身の少女の方も注意深く観察した里子は、彼女の様子もまた妙であることに気付いた。
(もしかして、…迷子…?)
 何度も周囲を見渡して手元の地図と見比べている姿は、明らかに進む方向を迷っている者の動作だった。
(あぁもう…)
 仕方ない、これも一つの縁である。
 里子は歩み寄り、声を掛けた。
「貴女、何処に行きたいの?」
「え」
 驚いて振り返った少女は、都会に佇んでいるにしては垢抜けた雰囲気が皆無の外観。
 服装もどちらかと言えば地味なタイプだったが、それがはっきりとした面立ちに清楚な印象を抱かせる。
 そして何よりも、彼女が纏う“気”そのものが驚くほど澄んでいた。
「迷ったんでしょう?」
「ええ…、幼馴染とはぐれてしまったんです。待ち合わせ場所は決めているんですけど、そこまでの行き方が判らなくて…」
 真っ直ぐに目を見て話す姿勢が、気に入った。
「じゃあ案内するわ。待ち合わせ場所は何処?」
「此処です」
 地図を指差す彼女の目的地を確認して、了解する。
「じゃあ行きましょうか」
「あ」
 早速とばかりに歩き始めた彼女を、少女は呼び止めた。
「私、松橋雪子と言います。助けて下さってありがとうございます」
 そうして丁寧にお辞儀する。
 里子は微笑った。
「私は一条里子よ。よろしくね」
 伝えると、松橋雪子と名乗った彼女の、スカートの裾を握っていた女の子もにっこりと微笑み返して来た。




 ■

 さて、どうしたものか。
 道案内を務めることにした里子だが、初対面の少女に「最近、血縁者で小さな女の子は亡くなった?」と聞いては怪しまれるに決まっている。
 しかしながら雪子のスカートを握ったまま離れない少女を、このままにしておくわけにはいかないだろう。
(守護霊様ではないし、…彼女に憑いているというわけでもなさそう……?)
 チラと見遣れば無邪気に笑い返してくる。
 何かを訴えようと言うのでもない。
 女の子は何を目的にして此処にいるのか。
「一条さんはずっと東京なんですか?」
「ずっとじゃないけれど、長いわね。雪子ちゃんは観光でこっちに?」
「はい」
 地元はどこかと聞けば東北の地名を聞かされる。
「随分と遠い所から来ているのね」
「私も東京はずっと遠いと思っていたんですけど、…と言うよりも、別世界だと思ってたって言う方が正しいかな…、でも最近はすごく身近に感じます」
「身近に?」
「はい。実際に東京に来て見たら、人はものすごく多いし、交通機関もたくさんあって迷うけど、やっぱり同じ日本なんですもん」
 ハキハキとした少女の返答に里子は笑った。
 東京しか知らない人間には奇妙に思える内容も、地方を知っている里子には何となく理解出来たからだ。
 それは、東京の人間が北海道や沖縄に対して抱くものと似ているかもしれない。
「いつまでこっちに?」
「週末の間だけです。月曜には学校がありますし」
「じゃあ慌しいのね」
「ええ…、でも、来れるのは今回限りじゃありませんから」
 一瞬ではあったが、言葉を選ぶように間の空いた台詞を不思議に思う里子だったが、そこまで問い詰める必要もないだろうと聞き流す。
 まだ若いのだ、これから何度でも来られるという意味だろう。


 何処に行きたい?
 あそこにはもう行った?
 そんな会話をしながら歩く内、前方から少年の声が聞こえて来た。
「雪子!?」
 彼女が待ち合わせていると言った目的地は、もう目の前。
 迷わずその名を呼ぶ少年が、雪子がはぐれたと言った幼馴染なのだろう。
 少年は里子に気付いて、まずはお辞儀すると、興奮気味に語り始める。
「どうしたかと思った、此処で待っていても全然来ないし、何かあったのかと……!」
「ごめんね、ちょっと道に迷っちゃって。そしたらこちらの、一条さんが助けてくれて」
「ぁ…そうなんですか、ありがとうございます」
 そうして少年は丁寧にお辞儀する。
 幼馴染の少年少女。
 地方から東京に来て一緒に行動している二人の年齢を考えれば、彼氏彼女かと思わないでもないのだが、それよりも、この少年が纏う“気”は少女のそれ以上に澄んでいた。
「失礼だけれど、二人はどこかの…なんて言おうかしら…、巫女さんだったりするのかしら?」
「え?」
 驚く二人に、里子は慌てて言葉を繋ぐ。
 幾ら疑問に思ったとは言え、直球的過ぎるだろうと今更ながらに気付く。
「ごめんなさいね。ただ、二人の雰囲気…って言うのかしら。ものすごく優しい感じがするから」
 懸命に言葉を紡ぐ内、雪子達は顔を見合わせると楽しげに微笑った。
「すごい。一条さんてそういうのが判る人なんですね」
「大正解ですよ。巫女じゃないけど、彼の家が地元の由緒ある神社なんです」
「曰く有りで、神社なのに四城寺って名前なんですけどね」
 その返答に。
 それが、彼女達が醸し出す澄んだ空気の根源なのだと理解する。
「大事にしてね」
 その曰くにしろ、社のご神体にしろ、二人の姿を見ればどれだけ貴重なものなのかは想像に難くない。
 これからも永く守っていって欲しいと思った、心から。

 そうして二人と別れた里子は、隣に件の少女が残っていることを知る。
 雪子のスカートを握っていた女の子だ。
「さて、と」
 迷子の雪子が幼馴染と合流した時点で彼女から離れた、霊体。
「貴方は誰?」
 問い掛けた里子に、少女はにっこりと微笑んだ。




 ■

「ちょおっと待って!」
 里子は大慌てで声を掛ける。
 だが彼女は止まらない。
 先刻と同じ場所で、道に迷っているらしい地方からの観光客を見つけると里子を引っ張って行くのだ。
 この少女。
 幼くして幽霊となってしまったが、警官だった父親の気性をそのままに受け継いだらしく、困っている人を放っておけないらしい。
 都会の雑踏の只中で、道に迷った地方からの観光客を見つけては、姿は見えず声を届けられずとも、せめて孤独に震える事がないよう傍に寄り添っていたらしい。
 雪子の時も同様で、そこに居合わせた里子は運が良いのか悪いのか。
 それまでどうしようもなかった少女は、里子という協力者を得て本願成就したわけだ。
(どうしてこうなるの!?)
 胸中に喚くも、少女の手を振り払えないのは、彼女自身の性格故。
 結局、その後も数人の迷い人を助けることとなり、里子はこれに満足した少女を無事に成仏させるのだった。




 ―了―

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【登場人物】
・7142 / 一条里子様 / 女性 / 34歳 / 霊感主婦 /

【ライター通信】
こんにちは、ご依頼ありがとうございます。
今回は雪子をご指名頂きましたが、振り返ってみれば里子さんの「普段、霊的な回線は閉じてはいるが事件に巻き込まれてしまうのも能力かも?」という点をクローズアップしておりました。
如何でしたでしょうか。少しでも楽しんで頂ける事を願っております。

それでは、どうぞくれぐれもお体はご自愛下さいませ。
また元気にお逢い出来ます事を祈って――。


月原みなみ拝

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