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<東京怪談・PCゲームノベル>


日々徒然に〜リズムに乗って?〜


 ■

「なんでアンタが此処に居るんだ!?」
 怒っているのか、恥じているだけなのか。
 顔を歪めた影見河夕が言い放つ先に居るのは、この屋内においては客人にあたるはずの矢鏡慶一郎である。
 その隣には同居人であり相棒の緑光がちょこんと座り、更には遠方から彼らを訪ねていた高城岬、松橋雪子までが、わざとらしく並んで正座していた。
 それは反省していて…などという表情ではなく、むしろ四人が揃ってにまにまと口元を緩ませているのだから、河夕にとって居心地が良いはずもない。
「……っ、俺は出る!」
 ジャケット一枚を手に取り、足早に玄関に向かう彼を、慶一郎は笑いを噛み殺しながら呼び止めた。
「それは残念ですな、せっかくだから一緒に遊ぼうと思って来たのですが」
「遊ぶかっ」
 バンッと荒々しく閉じられた扉と言葉が重なり、壁の向こうに消えて行く。
 直後に起こる笑いの渦。
「いまの影見君の顔! ほんっと幾らからかっても面白いんだから」
 鬼のような事を満面の笑顔で言う少女は十八歳の女子高生。
 どうやら光とは恋人関係にあるらしいが、彼と二人きりになるよりも幼馴染の高城岬、そして河夕と四人で過ごす方が楽しいという、なかなかに男泣かせな少女だというのが慶一郎の認識だ。
 一方の高城岬も十八歳の高校生。
 こちらは少なからず不安気な面持ちで河夕が消えた先を見つめている。
「大丈夫かな…、結構本気で怒ってなかった?」
「心配要りませんよ」
 あっさりと帰すのは緑光。
「あの方が戻る頃に有葉(ありは)様と生真(いくま)様、それに岬君が並んで出迎えれば機嫌なんて一瞬で直ります」
「うーん……否定出来ないところが面白いんだよね、河夕って…」
 複雑な心境ながらもサラッと結構な事を言う彼も充分にイイ性格をしていると言えるだろう。
「有葉さんと生真さんというのは?」
 慶一郎が初耳の名に反応してみせると、応えたのは新しい紅茶を用意していた雪子だ。
「影見君の妹と弟の名前。有葉ちゃんが十五歳、生真君が十六…になったんだったかしら。影見君ってああ見えて相当の兄バカなんですよ」
「ほぉ」
 これはまた面白い情報を手に入れたと思いつつ時刻を確認する。
 間もなく二〇時を回ろうという時分。
 狩人達が間借しているのは、少数とはいえ複数の世帯が一戸の建物に暮らしている集合住宅だ。
 下手に騒げば周りの迷惑になりかねない。
「どうですか、これから一緒にカラオケでも」
「え?」
 慶一郎が誘えば目を瞬かせたのは高校生二人。
 彼は知らなかった、二人の地元では車で二十分も走った先に唯一のカラオケ店があるだけだということを。
 少年少女の心境や如何。
 かくして一行は夜の街へと繰り出すことになったのである。




 ■

 狭い入り口からは、店内の広々とした空間など全く想像もつかない。
 照明によって眩しいほど明るい内装と、自分の部屋が何処かも迷いそうな部屋の数。
「うわぁっ…」
 ぽかんと口を開けたまま左右を見渡す少年少女に慶一郎は苦笑する。
「カラオケは初めてですかな?」
「いいえ、初めてではないですけど…」
「家の近所のカラオケ屋さんなんて、入り口から真っ直ぐに五部屋並んでいるだけなので……」
「地元はどちらで?」
 問い掛けると東北の街の名が返って来た。
 土地柄、こういった娯楽施設はあまり需要がないのだろう。
「すごいね岬ちゃん、私たち東京のカラオケ屋さんに来ちゃったよ!」
「ね!」
 興奮する二人の傍には保護者も兼ねた光も居り、慶一郎は彼と顔を見合わせて喉の奥を鳴らすのだった。

 フロントで割り当てられた部屋は二四番。
 歌唱判定も出来るという機能は、それこそ地方在住の二人には斬新だったようで場は否が応にも盛り上がった。
 歌い始めてもうすぐ二時間になろうと言うのに、全く疲れを見せないのは慶一郎と雪子の二人である。
「岬ちゃん次はこの歌で目指せ九〇点!」
「も、もう無理…っ」
「では私が達成してみせましょう」
「やった、矢鏡さん頑張って!」
 雪子の声援を受けてマイクを握った慶一郎は、宣言通りに九六点を叩き出す。
「器用な方ですね」と感心した風に言う光は、そのうち、河夕から電話でも入ったのか丁寧に詫びて部屋を出て行った。
 それを見送りつつ慶一郎に拍手喝采の雪子達。
 その姿は心から感動しているのを伝えて来るが、当の本人には些か物足りなかった。
 若い二人、特に女の子が観客となれば自然と気分も盛り上がろうというものだが、笑顔や声援ばかりでなく、やはり軽快なリズムが必須。
「ふむ…やはり雪子嬢にはタンバリンを叩いて頂きたいですな」
「タンバリン、ですか?」
「そう、これです!」
 言いながら、それまで使っておらずテーブルの下に入ったままだった楽器を取り出した。
 楽器の数は運が良いと言うべきかタンバリンが二つにマラカス一つ。
 慶一郎はマラカスを岬に渡し、雪子にはタンバリン。
「いいですか、では…この曲で練習しましょう」
 そうして彼が選曲したのは非常にテンポが速いポップ調のもの。
「さぁどうぞ!」
「えっ、え…」
 促されても戸惑う雪子達。
 音になれないリズムに慶一郎は大袈裟に首を振った。
「もっと、こう! 赤ちゃんの背中を優しく叩くようにテンポ良く!」
「あ、赤ちゃんの背中ですか?」
「そうですよ、それに立った方が良いですね。タンバリンの音色は仲間の士気を上げるためのもの」
 語る慶一郎につられるようにして雪子と岬は立ち上がり、もう一つのタンバリンをリズミカルに鳴らす彼を真似ようと必死だ。
「そうです、そう! お二人とも筋がいい!」
「や、矢鏡さん…どうしてそんなにノリノリで…」
「昔を思い出すのです」
「昔って…」
「関西タンバリンマスター連盟四天王「天六の狼」とは私のことなのですよ」
 感慨深そうに告げる内にも曲は最終節へ。
 タン、タタン! ヘイ!
 片膝曲げて決めのポーズ。
 直後。
「失礼しました、いま河夕さんから電話で……」
 戻ってきた光が目にした光景に絶句したのは言うまでもないだろう。




 ■

「彼女達に何を教えてらっしゃるんですか」
 二時間のタンバリンレッスン…、もといカラオケという楽しみを終えての帰路、光は隣を歩く慶一郎に少なからず呆れ気味に言う。
「緑君、矢鏡さんが言っていた“てん…何とか”って何か知ってるの?」
「さぁどうでしょうね。少なくとも雪子さんや岬君が知るべきことではありませんよ」
「……そうなんですか?」
 岬が確認するのは慶一郎。
 彼は笑う。
「もう随分と昔の話です。光りの当たらぬ薄暗い戦場の最前線で仲間の士気を上げるために、ひたすらタンバリンを叩いていた時代があったのですよ」
「へぇ、大変だったんですね…」
「いえいえ、それほどでも」
「矢鏡さん……」
 誰にどうツッコミを入れれば良いのかも不明なまま額を押さえる光に、慶一郎は声を殺して笑う。
 それすら楽しい自分が随分と意地の悪い大人だと自覚はしているけれど。
「光君も津々浦々の情報を必要とする身の上ならば、全国を飛び回る仲間達との連携が必須なのはご存知でしょう」
「……非常に応え難いお話しですね」
 男達の会話に、純真無垢な少年少女は小首を傾げるばかり。
 後に二人がこそっと河夕に尋ねて彼の怒りを煽ることになるのだが、それはまた別の話。
「未成年を夜遅くまで連れ回すな」という真面目な主の命令を受けて家路に着く彼らを、夜半のネオンがいつまでも見送っていた。




 ―了―

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【登場人物:参加順】
・6739/矢鏡慶一郎様/男性/防衛省情報本部(DHI)情報官 一等陸尉/

【ライター通信】
今回は「日々徒然」へのご参加、ありがとうございました。
…大丈夫でしょうか、今回のノベル。矢鏡さんは益々河夕から避けられそうな気がしますが。(笑
少しでも楽しんで頂ける物語となっていることを願っています。

それではまた別の機会にもお会い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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