|
特攻姫〜お手伝い致しましょう〜
葛織紫鶴。13歳。
彼女は有名な退魔師一族の次代当主である。
葛織家の退魔方法は一風変わっていた。当主は必ず『魔寄せ』の能力がある剣舞を舞い、それによって寄せられてきた『魔』を待機していた退魔師が処分するのだ。
紫鶴は――
生まれつき、体質として『魔寄せ』の能力が強すぎた。
そのため、生まれてすぐ別荘に閉じ込められたのだが――
何か人の役に立ちたいと、願う紫鶴の元へ、ある日一通の手紙が舞い込んだ。
それは紫鶴も世話になっているあるサーカス団の団長からの手紙――
本日夜、サーカス団員が紫鶴の魔寄せ能力によって実践訓練をするため紫鶴邸へとやってくると。
■■■ ■■■ ■■■
「……ええと、どんな方がいらっしゃるのだろうな、竜矢」
「さあ」
庭で待機しながら、紫鶴は世話役の如月竜矢と話していた。
今夜は半月。葛織家の魔寄せ能力は昼か夜か、そして月の大きさに影響するので、今日の夜来るとなると果たして寄ってくる魔が強いか弱いかは来る退魔師によって感じ方が違うだろう。
紫鶴はわくわくして待っていた。
自分の力を欲してくれる人など、滅多にいないから。
今は冬。少し厚着をして夜になることしばらく――
突然、地面から煙が吹き上がった。
「うわっ!?」
紫鶴が声をあげ、とっさに竜矢が紫鶴をかばう。
煙はもうもうとあたりの視界を奪ってから、やがて晴れていく。
「お待たせ、しましたー!」
元気のいい女の子の声がした。
「ウキッ!」
「ウキキ……」
2匹の猿のような声も。
煙が完全に晴れた時、そこにいたのは小柄なくノ一衣装を着た少女と、1匹の頭部に×印の傷のある日本猿、そしてチンパンジー。
肩越しにその奇妙な3人連れ(?)を見た紫鶴が、
「ええと……猿2匹?」
「ウキキキッ!(訳:猿はワイだけや間違えんなやオンドレ!)」
日本猿の方が飛びあがって吼えた。紫鶴はひゃっと身を縮めた。
「ウキキ……(訳:お主はそうやってむやみに吼えるから頭が悪く見えるのでごザル佐介……)」
とチンパンジーがおごそかに鳴けば、
「ウキッ! ウキウキッ!(訳:なんじゃワレ、ケンカ売るんかこうたるでぇ!)」
日本猿はさらに飛びあがる。
「こらっ。2人共やめなさい!」
少女が2匹をいさめた。
「ひょっとしてあなたたちがサーカス団の?」
竜矢が紫鶴の前からどきながら、しげしげと少女を見る。
少女はぱっとこちらに向き直り、笑顔で「うん!」と言った。
「あたし、猿渡出雲! こっちの日本猿が佐介で、チンパンジーの方が才蔵。よろしくね」
「猿……チンパンジー?」
最近家庭教師がついた紫鶴だったが、微妙にその差が分からないらしい。首をひねって2匹を見ていた。
口の悪い佐介が、
「ウキッ!(訳:分からんのかオンドレ、頭悪いんとちゃうか!)」
「佐介!」
出雲が怒鳴った。佐介はぷいとそっぽを向いた。
それに対し才蔵は、
「ウキ……(訳:よろしく頼むでごザル)」
と紫鶴に頭を下げる。
「才蔵が、よろしくって」
「あ、ああ。こちらこそよろしく……」
紫鶴はようやくペースを取り戻した。
「では、ええとお3方で一緒に実践訓練でよいのだろうか?」
「うん、そうだよ」
「分かった」
では舞おう――と葛織家の舞姫は言った。
魔寄せの、剣舞を。
片膝を、地面につき。
精神力で生み出した2振りの剣を、下向きにクロスさせる。
うつむくと、赤と白の入り混じった長い髪が、さらっと舞姫の横顔を隠した。
剣舞の始まり――
シャン
刃が軽く触れ合う音と共に立ち上がる。腕につけた鈴が鳴った。ちりん。
ちりん ちりん
シャンッ
くるりくるりと回りながら、2振りの剣で空を切る。風を切る。
やがて舞姫の腕に、長いリボンが発現した。
剣を振りかざすたびに、リボンがなびく。
軽やかに、涼やかに。
時には手を使わずに空中回転をして。
舞は続く。刃の音と鈴の音を鳴らしながら――
そして舞姫の足がとんと地面についた時、
―――っ
足音も立てずに、その場を囲うようにして人影が現れた。
すかさず竜矢が針を放ち、舞姫の周りを結界で覆う。
出雲が十字槍をくるんと回して構え、佐介と才蔵がちんと忍刀の鍔を鳴らし、紫鶴と竜矢を囲むように配置どった。
現れたのは。
般若の面を被った忍者、十数体――
「さあ、行くよっ!」
出雲の元気のいいかけ声とともに、佐介と才蔵は走り出す――
出雲の十字槍がうなった。敵が放ってきた手裏剣を、槍を回転させてすべて叩き落しそのまま槍を突き出す。
さすが敵も忍者だけあって素早かった。十字槍の先端をするりと避けると違う位置からまた手裏剣をくりだしてくる。
しかし、身軽さなら出雲は天下一品だ。
十字槍を地面に突き立て、そのしなりを利用して高く跳躍。そして1体の忍者の頭を踏んでまた跳躍し、完全に忍者たちの背面を取る。
忍者たちの数名が、出雲に向かって向きを変えた。
その隙に出雲の十字槍が振り回された。人間型魔の急所にもなるこめかみを痛打していき、忍者たちの動きが乱れたところで1体ずつ心臓を突き刺していく。
こめかみを打ち損ねた数体の手裏剣を避け、返す体で槍がうなる。出雲相手には、槍のリーチの問題で忍者たちも忍者刀を使えなかった。
「十字槍の威力、舐めない方がいいよっ!」
そのまま出雲は、自分のテリトリーと化したその場の般若忍者たちを打ち倒した。
佐介は鞘に入ったままの忍刀をすっと構え――
出雲の方を向かなかった数名に向かって、静かに呼吸する。
気。
そして。
次の瞬間、彼の姿は般若の面の忍者たち数名の背後にあった。
どさ、どさりと佐介が一瞬で通り過ぎた道筋にいた忍者たちはその場に崩れ落ちる。
居合い抜き――
残りの忍者たちがぎょっと背後にいた佐介を見る。
佐介は再び鞘に入ったままの忍刀に手をかけながら、
「ウキキッ(訳:おのれらごときにワイがやられるかい)」
にっと笑った。
才蔵は、般若の忍者たちの意識がその場をひそかに離れた舞姫とその世話役から完全に離れたのを見計らい、卍手裏剣を忍者たちに放った。
手裏剣の応酬。それをかいくぐり、忍者刀を抜いて般若の忍者たちと真正面から対決する。
と言っても忍者同士の戦いだ。それは騙しあいに他ならない。けれど才蔵は冷静に、卍手裏剣をはずさず忍者刀で正確に忍者たちを討ち取っていく。
敵の手裏剣はすべて忍者刀で叩き落し、素早く動く忍者たちの動きを捉えて何もない場所を斬る。
するとそこに、闇に身を隠していた般若忍者がいて、才蔵の忍者刀の餌食になりなすすべもなく倒れるのだ。
「ウキキキ……(訳:忍者とは常に冷静、身を隠しているからと言って油断はせぬものでごザル)」
静かに鳴き、再び才蔵は卍手裏剣と忍者刀を構えた。
般若の面の忍者たちは、あっという間に数を減らしていく。
追い詰められた彼らは、一箇所に集まった。
さっと彼らを囲むように戻ってきた出雲、佐介、才蔵。
しかし彼らの目の前で――
般若の面の忍者たちは印を組み。
そして、突然その場から煙が噴き出した。
「―――!」
逃げたか!? いや気配がある、いやいや気配があるどころじゃない、気配が変化している、変化しているどころじゃない大きい大きくなってなんだこれは――!
煙が晴れた時、出雲たちもさすがに一瞬唖然とした。
忍者たちが合体変身、突如現れたのは、巨大ガマガエルだったのだ。
ガマガエルは大きく口を開け、出雲に向かって火を噴いた。
「わ……っ!」
出雲はさっと避けた。と思えば避けた先にガマガエルの長い舌があって、とっさに十字槍を振り回す。
舌がするっとガマガエルの口の中に戻った。
「火を噴く巨大ガマガエル……? えっと……まあ魔物なんだから、しょうがないか」
出雲はえへへと冷や汗をかいて自分を納得させながら、十字槍を再び構えた。
「大丈夫か出雲殿……!」
結界に護られて遠くにいる紫鶴が声をかけてくる。
「姫、実践中の方に気軽に声をかけてはいけません、集中力を乱します!」
竜矢にいさめられているが、出雲は軽く「大丈夫だよー」と紫鶴に手を振って返した。
ガマガエルが再び火を噴いた。
庭の一部に火がつき、一気に燃え広がった。
出雲はさっと印を組む。忍法――
「雨雲の術!」
局地的に雨が降り、庭に燃え広がった火が一瞬にして消えた。
と、ガマガエルが素早く口を開き、しゅるんと舌を伸ばして佐介の体をからめとる。
「ウキッ!?(訳:何やとっ!?)」
「佐介!」
そのままばっくんと、佐介はガマガエルの口の中に飲み込まれてしまった。
「ウキキー!(訳:佐介ー!)」
才蔵が卍手裏剣を何発も放つ。しかしどれもガマガエルの硬い皮膚に弾かれてしまう。
しかしあの佐介が黙って飲み込まれているはずがない。口の中は外の皮膚ほど硬くもなかったのだろう、ガマガエルの口の中でひとしきり暴れた佐介はぺいっと吐き出されてきた。
「よしっ! よくやった佐介!」
「ウキッ!(訳:当然や!)」
佐介と才蔵はさっと目を見交わした。
「ウキー!」
「ウキキー!」
2匹で高らかに鳴く。
するとどこからともなく数人の猿忍が集まってきた。
佐介と才蔵を含め、猿忍たちは肩車をする。
そして――、煙が噴き出し彼らの姿を包み込む。
出雲は呼吸を感じる。複数の猿忍たちの呼吸が揃う揃ってひとつになるひとつになって大きく呼吸を始めるたったひとつの存在になる――!
煙が晴れた時、出雲はぱちんと指を鳴らした。
「さっすがあたしの猿忍群!」
現れたのは――
ガマガエルをぎりっと見すえる、巨大な蛇。
カエルには蛇で対抗。これは常識だ。なぜなら蛇は、カエルを丸呑みで食べてしまう。
蛇に威嚇され、ガマガエルは身動きできなくなった。
口を開いて火を噴こうと――したようだったが、蛇のひとにらみでまた動けなくなる。
出雲は十字槍を利用して、蛇の背を昇る。彼女はサーカス団では軽業師だ。これぐらいの芸当はなんでもない。
そして頭まで昇りきると、
高く、十字槍を放り投げた。
印を組む。忍法――
「雷雲の術!」
局地的な雷雲が生まれ、稲光が光り、稲妻が槍に落ちた。
そして稲妻をまとった槍は、そのままガマガエルの頭を貫いた。
一瞬、目をつぶしそうなほどの光が庭を駆け抜けた。
大爆発が起こった。
ガマガエルなど一撃で粉微塵にできるほどの爆発が――
■■■ ■■■ ■■■
「すごかったな!」
青と緑の瞳をした舞姫は、興奮冷めやらぬ様子で出雲と佐介と才蔵を何度も見つめた。
「お3方とも、お強かったですね」
竜矢が拍手をする。
出雲はてへへと笑ってから、お腹に手を当てた。
「あ〜お腹すいた」
「あ、じゃあ今からティータイムにしよう! ま、まだ夜だけど……」
紫鶴が嬉しそうに提案する。出雲がぱっと顔を輝かせて、「さんせーい!」と言った。
「ねえねえお茶菓子つく? あたし好き嫌いないけどいっぱい食べたいな、いい? いい?」
「うん! 存分に食べていってくれ!」
竜矢が屋敷に戻って、紫鶴は出雲たちをあずまやへ招待し、「少し寒いかもしれないけれど――」と彼女たちに席をすすめた。
「ウキキッ(訳:ワシらがこんな寒さ気にするわけがあるかい小娘)」
「ウキ……(訳:お気遣い感謝でごザル……)」
「えーと、2人共心配してくれてありがとうって言ってるよ!」
「ウキキキーッ!(訳:ちゃうわい出雲ーーー!)」
佐介に怒鳴られても出雲は知らん顔。
「すごいな出雲殿は」
紫鶴は両拳を握って頬を紅潮させていた。
「その……お猿さんたちと会話が出来ていらっしゃるのだな、すごい……!」
「あれー? でも紫鶴ってうちのサーカス団に虎としゃべったりしてる人がいるの知ってるでしょ?」
「あ……うん。そうだな……」
すごいサーカス団だなあ、と紫鶴は腕組みをしてうなってしまった。
「あ、そだ。庭、燃やしちゃってごめんね?」
ガマガエルの噴いた炎で焼け焦げた庭の一部に目をやりながら、出雲はほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「いや、いつものことだから――」
魔を寄せて、庭が無事であることなど滅多にない。紫鶴はにこにこしながら「気にしないでくれ」と言った。
やがて竜矢がメイドを引き連れてやってきた。
「あ、ありがとう。出雲殿、これくらいで足りるだろうか?」
メイドが持ってきた茶菓子を見た出雲は、唇に指を当てて、
「うーん、その5倍ほしいかも」
「5倍だ! 竜矢!」
「分かりました」
竜矢は苦笑して、メイドに言いつけた。
お盆に山盛り一杯の色んなお菓子を持っていたメイドは、それをテーブルに置いてから、慌てて屋敷に戻った。
紫鶴が張り切ってお茶を淹れ、湯気の立つ香り高い紅茶が出雲たちの前に置かれた。
やがてメイドが数人になってざるに大量のお菓子を持ってくる――
「いただきまーす!」
出雲の明るい声が、戦いの余韻を吹き飛ばすように。
そして月夜の下は、楽しそうな彼女らの笑い声で包まれた。
―FIN―
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【7185/猿渡・出雲/女/17歳/軽業師&くノ一/猿忍群頭領】
【7186/ー・佐介/男/10歳/自称「忍び猿」】
【7187/ー・才蔵/男/11歳/自称「忍び猿」】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
佐介様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回はゲームノベルへのご参加ありがとうございました。
お届けが大変遅くなり心からお詫び申し上げます。
前回も今回も、乱暴な関西弁に苦心しております(笑)
よろしければまたどこかでお会いできますよう……
|
|
|