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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆朱夏流転・伍 〜小暑〜◆


 千石霊嗣の元に、彼女――セキが現れたのは、本当に唐突のことだった。
 一体どのような手段で現れたのか。全く気配を感じなかった。
 それに……何か、妙な――異質な気配を纏っている気がする。ともすれば、本能的に恐怖を抱いてしまいそうな、そんな気配。
 真っ赤な夕焼けを背に自分を見るセキは、どこか、この世ならざるもののようだった。
 しかし、それに関してはどうでもいい。重要なのは、彼女が自分の所に来てくれたという事実。
「―――…こんにちは」
「こんにちは、セキさん」
 抑揚のない声で紡がれた言葉に、笑顔と共に挨拶を返す。
 内心は色々とドキドキものだったのだが。というのも、前回セキと会った際、彼女の一族の当主だという人物と多少言葉を交わした。そしてその最中、気付いたのだ。
 ―――…自分は、セキのことが好きなのだと。
 これまで全く自覚していなかったことにも、ませた自分の思考にも羞恥を感じたものの、自覚したことによって完全に覚悟は決まった。
(セキさんにどんな事情があるとしても、セキさんがどんなことを隠していても、――それでも、僕は)
 彼女に関わることを止めない、と。そう決めた。
 セキを目の前に、それを改めて思い返す。
 それはともかく、こうして会えたのだ。まずは気になっていたことを問うておこうと、霊嗣は口を開く。
「あの、体の具合、大丈夫ですか? この前会ったときも突然倒れちゃいましたし、セキさんの一族の当主だっていう人もセキさんが無理してるって言ってましたし……今日も無理してるんじゃないですか?」
 問われたセキはほんの一瞬戸惑うように視線を揺らし、けれど淡々と答える。
「――…無理などしていません。先日は少々特殊だったのです。体にも特に問題はありません。……それに、貴方が気にすることでもないでしょう、私の体の具合など」
 突き放すような語調で言われて、面食らう。
 これまでも『自分に関わらない方がいい』というような趣旨のことをセキに言われたことがあるが、それよりも明らかに距離を置こうとする言い方。
 そして――。
(初めて会ったとき、みたいだ…)
 無感情に霊嗣を見るその瞳は、出逢ったばかりのころを髣髴とさせる。
 最近では多少なりと感情を表に出してくれるようになっていたはずなのに。
 彼女がそのような態度をとるようなことを自分はしてしまったのだろうかと考えつつ、霊嗣はまた口を開く。今度は質問ではなく、謝罪だ。
「その、この間はすみませんでした。『術』っていうのは扱いが難しいものだってよく知っているのに訊いてしまって…術者失格ですね……」
 術は軽々しく他人に話すものでもないし、聞くものでもない。だからこそ、術を扱うもの同士では聞かないのが常識だ。
 術者らしからぬことをしてしまったと、後々に会話を思い出して軽く自己嫌悪に陥ってしまった。
「いえ、謝る必要はありません。話したのは私です。ですから術者失格などということは――」
 言いかけたセキはしかし、何故か口をつぐんだ。そして僅かに眉根を寄せて、深く息を吐く。
 そして、言った。
「――…私は今日、貴方に言わなければならないことがあって、こうして来ました。ですから、今から暫く、黙って私の話を聞いてください」
「……え、」
「手短に終わらせたいのです。申し訳ないですが、貴方の話を聞くつもりはありません」
 戸惑いの声をもらした霊嗣に、セキは尚も淡々と告げる。冷たく霊嗣を見据える瞳からは、全く感情が読めなかった。
「先日も言いましたが、私と関わるということは貴方にとって良いことではありません。今まではつい関わってしまいましたが――もう、いい加減に終わらせるべきだと判断しました。ですから、これで最後に――終わりにしましょう。私と貴方との関わり…縁を」
「っ、待ってください!」
 思わず霊嗣は声をあげていた。黙って話を聞いて欲しいと言われたので、とりあえず最後までちゃんと聞こうと思っていたが、無理だった。
「セキさんと関わることが良いことじゃないなんて、そんなことありません!」
「あるから言っているのです」
 霊嗣の言葉にも、セキはただ何の感情も込められていない声で答えるだけで、なんら思うところはないようだ。
 しかし霊嗣はめげずに食い下がる。
「この間、色々聞いて――聞いてしまったからこそ、僕も考えたんです。半端な気持ちなんかじゃありません。セキさんから見て僕はまだまだ子供かもしれませんけど……年齢は関係なく、ひとつの道を究めた者として、覚悟は決まってます」
「覚悟など決める必要はありません。私と関わらなければいい話です」
「っだから…!」
 結局また同じところへ戻ってしまう。堂々巡りだ。
(どうして、伝わらないんだろう。僕はただ、セキさんとこれからも一緒に居たいだけなのに…)
 もどかしい。
 何故セキは、こんなにも頑なに関わりを拒否するのか――。
 考えて、ふとセキの瞳に揺らぎを見た気がした。
 一見、冷たい、無感情な瞳に見えるけれど。
(焦ってる…?)
 どこか、焦りが滲んでいるような気がする。けれど、一体何に。

『貴方は、まだまだ先が…未来があるでしょう。我が一族に関わることで、その未来を閉ざさせることは、私が嫌なのです』

(あ……)
 前回会ったとき、セキが言った科白を思い出す。
(セキさんは、僕を心配してくれているのかも知れない)
 前回のやり取りを思えば、今現在のセキの態度にも納得がいく。『これ以上関わるな』と――『関わってはいけない』と、彼女は態度で示しているのだ。霊嗣が自ら、セキに関わるのを止めるように。
 そう思いついた瞬間、霊嗣は感情の赴くままに言葉を発していた。
「僕は、セキさんが好きです」
「…っな、」
「僕はセキさんと一緒に居たいし、セキさんが自分に必要だとも思います。このまま何も知らずに忘れることなんて、できません…っ。――僕はセキさんにとって、そんなにも頼りないですか? 僕、そんなに弱くもないですし、子供でもありません。自分の選択に自分で責任を取ることくらいできます。僕は僕自身の意思で、セキさんに関わろうって決めたんです。だから――」
 そこで一度言葉を切った霊嗣は、僅かに目を見開き自分を凝視しているセキを、真正面から見て。
「お仕事に…封印解除に差し支えない範囲でいいです。少しでも、セキさんのこと――セキさんのやろうとしていることを、話してくれませんか? 僕については心配しなくていいです。さっきも言ったとおり、自分が選択したことについては自分で責任とりますから。それに、配下の者たちも分かってくれてます」
 そう、告げた。
 それが、霊嗣が今セキに言える、全てだった。
 この上でそれでもセキが関わりを拒否するというのなら、霊嗣にはどうすることもできない。
 じっとセキの瞳を見据えながら、内心は不安を拭いきれず、心臓が大きく鼓動を打つ。
 それでもどこか冷静な部分で、セキの反応をうかがう霊嗣。
 彼女は表面上は殆ど何の感情も表していないように見える。――けれど。
 セキが、泣きそうな瞳をしていると、……そう、思った。潤んでいるわけではない、ただ、微かに揺らぐそれが、泣くのを堪えているかのように思えたのだ。
 そして―――長く、永遠にも思えるような沈黙の果てに。
「…………分かり、ました」
 セキが、目を伏せてそう言った。
「貴方は――私が思うよりずっと、退く気がないのですね。縁を断ち切れれば、それが一番だったのですけれど、それは叶わないようです。そこまで言うのなら――聞く覚悟があるというのなら、いいでしょう。隠していた――というと語弊がありますが、貴方に告げていなかったことを、話しましょう」
 ひた、とセキの金色の瞳が霊嗣を捉えた。



「――――『封印解除』が終わり、『降ろし』が済めば…………私は、死にます」



 ………何を、言われたか。一瞬分からなかった。
 『死ぬ』と。彼女は言ったのだろうか。
 彼女の仕事――やるべきことを終えたら、死んでしまうのだと。
「死、ぬって――」
「厳密には『死』ではないのかもしれませんが、今こうして貴方と対峙しているこの人格――魂は、消えます。実質的には死ぬようなものでしょう。私の身体は『器』として必要ですが、魂は『降ろし』の後には必要ありません。だから消えるのです。この身体も、降ろした魂に影響されて、恐らく変容するのでしょう。『私』は何一つ―――残らない」
 言葉を失う霊嗣を静かに見て、そしてセキは笑んだ。……悲しい、笑顔だった。
「そんな顔をしないで下さい。私は――私たちは、そのために生まれ、生きてきたのですから。貴方がそのような顔をすることはないのです」
 自分がどんな表情をしているのか、分からない。
 封印解除が、良いものではないだろうことは薄々感づいていた。それこそ、初めて会ったあの日から。
 けれど、――まさか、こんな。
 行き着く先が『死』だとは、思いもしなかった。
 ……いや、気づいていて、無意識に気づかないふりをしていたのかも知れない。そうでないかもしれない。
 分からない。分からない。分からない。
 でも、ひとつだけ分かることは――。
(死んでほしく、ない)
 まだ、会ったばかりだ。今日を入れたって五回しか会っていない。
 セキに惹かれている。彼女のことが好きだ。
 これから先も、セキと同じ時を過ごせたらと思う。
 だから、だから――。
「『封印解除』を――『降ろし』を止めることはできないんですか?!」
 思わず、そう問うてしまっていた。
 縋るような霊嗣の視線に、セキは躊躇うように視線を迷わせる。
 けれど数瞬後、揺るぎのない口調で答えた。
「――…無理です。もう、五つ解いてしまいました。多くを壊し、喰らい、身に留めました。元々そうであったとも言えますが、私はもう、『ヒト』と呼べる存在ではないでしょう。もしここで解除を止めたとして――恐らくは、身に留めた『力』によって、壊れるでしょう。『魂』がか、『器』がか、それとも両方がかは分かりませんが」
 淡々と――至極淡々と、セキは言う。
 それが、『死』を受け入れている証のように思えて、霊嗣は言うべき言葉を見失う。
 セキ自身が『死』を受け入れてしまっているのなら――自分が何を言ったところで意味はないのではないか、と。
 そう考え、心中で即座に否定する。
(そんなことない。だってセキさんは僕に少しずつ気を許してくれていた。それはきっと自惚れじゃない――なら、少しでも思いとどまらせることは出来るはずだ。……でも、セキさんが『死』を受け入れなかったとして、それからどうすればいいんだろう……)
 セキの言葉からすれば、セキが『封印解除』を止めても結果的には『封印解除』を完遂するのと同じこと――いや、もしかしたらそれ以上に悪いことになる。それを防ぐために何らかの対策を講じなければいけない。
 けれど霊嗣は『封印解除』についても『降ろし』についても門外漢だ。有効な対策が思いつくはずもない。
(もしかして、『当主』さんだったら――)
「―――…霊嗣さん」
 思考の海に沈みかけた霊嗣に、セキの呼びかけが聞こえた。
「はい?」
 応えてから、彼女に名を呼ばれたのが初めてだということに気づいた。いつも『貴方』だったのに――。
「私はそろそろお暇します。――話したことで、私と貴方の間の縁はそう簡単に切れないものになったでしょう。相応の何かが起こらない限り切れないような。ですから、次――『大暑』のとき、また会いに来ます。必ず…」
 そう言って、セキは霊嗣の返答を待たずに踵を返し……姿を消した。
 『次』に会う約束――約束というよりは一方的な宣言だが――をしたのは初めてだ。これが、『封印解除』や『降ろし』について知る前だったら、純粋に喜んだだろうし、舞い上がってしまったかもしれない。
 けれど、それらの詳細を知った後では浮かれることなど出来なかった。
(なんだか、嫌な予感がする……)
 見上げた空は、逢魔が刻の不気味さを漂わせていた――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7086/千石・霊祠(せんごく・れいし)/男性/13歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、千石様。ライターの遊月です。
 『朱夏流転・伍 〜小暑〜』にご参加くださりありがとうございました。
 お届けが遅くなってしまって申し訳ありません…!

 最終話直前、ということで、なんだかちょっと不穏な終わりになってしまいました。
 シリアス一直線ですね。セキがどういう考えで今回のような言動をしたのかは最終話で明かされるかと。
 甘さはゼロですが(…)、親密度は上がっていますのでご容赦を…!

 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 それでは、書かせていただき本当にありがとうございました。