コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


姿変われど…〜紫水晶の瞬き〜

 前回の調査から一週間が過ぎていた。無事に望みを果たすこともできたし、サークルへ還る道筋へ融合させることにも成功した。
 依り代になったことで、疲労困ぱいしていた体調も元通りになった五十嵐央は相棒の目を盗み、彼のノートパソコンを勝手に開く。
 アクセスするのはもちろん『ゴーストネットOFF』だ。
 依頼があれば受けるつもりで掲示板を表示。
「あれ? これだけレスが付いてない……。なんでだ?」
 レスマークがどの書き込みにも付いているというのに、なぜかそのスレッドだけなかった。
 内容は至ってシンプルなもので、それが却って仇となっているのかもしれない。

『アメジストの指輪 お願いします。 瀬下』

 ディスプレイに映し出されているのは、投稿者名と鍵となる石の名前。そして……。
「“お願いします”……か。これじゃあレスの付けようもないよな」
 それでも鍵が“石”であることに央は惹きつけられた。
 石は持ち主に癒しを齎してくれるし、鉄壁の護りにもなる。央は自身の胸で揺れる、熊の爪型にカットされたハウライトのチョーカーを握り締めた。
「誰も気に留めないような事件こそ、オレと漣が調査しないとな」
 やたらと首を突っ込むのは悪い癖だが、勝手に話を進めるのも央の良くないところだ。
 いそいそと投稿者へ返信を書いているその背後で、保坂漣が鬼の形相をしているのに……央はまだ気づかずにいる。
「え、いや……その、だって、ほら……この人きっとすっげー困ってるからさ。……いいじゃんっていうか、もう調査するって返信したから!」
 そう叫んだ瞬間に、央の人差し指がぽちっとエンターキーを押した。
「今送ったんじゃないか!」
 そう反論したところで、これで調査は開始されることになる。

***

 私服警備員の瀬下奏恵は、勤務地である総合病院一階の喫茶室で、これまでに聞き込んだデータを私物のノートパソコンへと入力していた。
夜勤の医療看護士が、夜間の見回り中に遭遇した幽霊の目撃談から端を発した今回の出来事は、次第に入院患者やスタッフたちを脅かすようになっていた。
視える者、視えない者とこれまではっきりしていた境界線が、心理作用からか壁に残った染みや僅かに開いた窓からの風に揺れるカーテンのはためきにまでびくつく始末。
施設警備を主とする奏恵の仕事も、必然的に見回りが中心となっていった。
「失礼ですが、貴女が瀬下さん、ですね」
 ふいに声をかけられ、奏恵にしては珍しく驚いたように顔を跳ね上げさせた。
「そうですが。あなたは?」
 目の前に立つ、一面識もない二人組の高校生から自分の名前を呼ばれるとさすがに警戒する。私服警備なのだからIDカードは晒して歩かない。今はローライズパンツのポケットの中だ。
「返信くださった保坂さんと五十嵐さん?」
 視界に入った壁掛け時計の時刻で、彼らが、待ち合わせ相手だと気づく。
「時間通りね」
 約束の時間は午前七時。奏恵は自分の腕時計でも時刻を確認し、感心する。
「予定ではもう少し早く到着するつもりだったんですが、途中不手際がありましので申し訳ありません」
 遅れたわけでもないのに謝罪するとは、いまどきの高校生にしては珍しい。しかも、彼の様子だと不手際を起こしたのは隣にいる小柄な少年のようだが。
「書き込みの日付から考えて、あまり時間がないように思っています」
 長身の彼は眼鏡のブリッジを押し上げ、神経質そうに早口で話した。
 奏恵は「すぐに対応できるよう私の方でも調査をしておきましたから」と、入力を終えたばかりのパソコンを彼らの方へ向けた。
 ディスプレイに映し出されているデータへ目を通しながら、二人は簡単な自己紹介を口にした。
 長身で眼鏡をかけているのが高校三年生の保坂蓮。小柄で童顔の少年が高校一年の五十嵐央。趣味と実益を兼ねて、こういった事件の検証を行っているとのことだ。
「医療スタッフと患者の目撃数に違いは見られない……しかも亡霊の正体がわかっている。案外早く済むかもしれませんね」
 安易に期待を持たせるようなことを口にするのは感心しないなと思ったが、少なからず亡霊に対して憐憫の情を抱く奏恵はそうなることを祈った。

***

 奏恵は、院内でも目撃例が多いエントランスへと二人を案内した。
 総合受付との間を自動扉で仕切られた一角。背の高い観葉植物がエアコンの風を受けて葉を揺らしていた。夜間と違い、明度を落とした照明が柔らかな光りを落としている。
「央、変わったところは?」
肩をすくめ、「ないね」と答える。
 霊がいれば確実に影響を受ける男が平気な顔で立っていることに、蓮は浅く息を漏らした。
「瀬下さん。今ここに少女の霊はいません」
「そうでしょうね。私も一度出くわしているけれど、その時とは雰囲気が違う」
 そうだ、と何かを思い出したように奏恵はズボンのポケットから小さな革袋を出した。
「これを預かっていたの。少女の祖母という方からね」
 蓮の方へ袋を差し出す。
「アメジストの指輪。年代物ですね。デザインがかなり古い」
 中から出てきたのは長方形にカッティングされた大粒のアメジストが嵌った指輪だった。デザインが古いという表現は悪いが、アンティークであることに変わりはない。
「理由は聞いていますか?」
「これが原因なんじゃないかということだけね」
「成仏できない理由が、ですか」
「ええ。でも……そうね。あなたが言うようにデザインが古過ぎるわ。十二歳の女の子が好むとは思えない」
 奏恵は僅かにかぶりを振った。
「ここ以外の目撃現場はどこですか?」
 多く目撃されているからといって、今もいるとは限らない。
「各階のエレベーターホール、職員玄関、緊急車両搬入口、屋上の広場に通じるミニホール。断定できるのはこれくらいかしら。ほかにもいくつかあったけど、信憑性に欠けるものだったから除外しておいたわ」
 まるで立て板に水。奏恵は言葉を詰まらせることもなく答えた。
「改めて口にすると共通点があるわね」
 見逃していたわと呟く。
 蓮は指輪を奏恵へ返すと、少女の祖母の連絡先を聞いた。
「学校があるので一旦引き上げますが、こちらへ寄る前におばあさんのお宅へ寄って話を聞いてきます。十中八九、瀬下さんが考えていることで正解だと思いますが、万が一に備えます。央の中に入ってくれさえすれば話は早いんですけどね」
 蓮の言葉に、苦笑いを浮かべた央がぽりぽりと目尻を掻いている。
 上着の内ポケットから生徒手帳を取り出し、携帯電話の番号を走り書きする。
「なにかあれば携帯の方へ」
 ページを勢い良く破り、奏恵へ差し出した。

***

 遅くなりましたと言って蓮が駆けつけたのは、小児病棟のある五階エレベーターホールだった。
突然活発化した少女の亡霊が、院内の至る所に出現したのだ。連絡を受けた蓮が央を急行させると、予想通り少女に憑依された。
上へ下へと視線をうろつかせ、周囲を警戒している。
「おばあさまの話はどうだったの?」
 厳しい表情のまま、奏恵が訊く。
「プレゼントの約束をしていたのに、手にすることなく亡くなってしまったことが心残りなんじゃないかと言っていましたが……あの様子から察するに違うようですね」
 落ち着きのない行動は遊びに出たがる幼児に似ていた。
「彼女が多く目撃された場所は外と内との狭間だもの。むしろここから出たがっていると解釈した方が賢明ね」
 奏恵は目を眇めて「答えは簡単なのよ」と呟く。その姿になにかがダブッて見えた。黒く、大きな獣の影。
 蓮は目を瞠り、それをみつめる。彼女がこの一件に深く関わっていることに得心がいったようだ。獣は本能で危機を察知する。最悪な状況になる前に、無意識下で解決へ導いたのだろう。瞬きをひとつして奏恵の肩を軽く叩いた。
「央の裡に入ったのなら移動が可能です。このまま屋上へ行きましょう」
 それから、と蓮は奏恵をみつめる。
「瀬下さんが彼女の導き手になってください」
 奏恵は一瞬戸惑いの表情を見せたが、妥当だとも思った。
 驕りではないが、ボディガードの経験もある自分が一八歳の子供に負ける気がしないのも事実だ。
「どうすればいいの?」
「説明は屋上へ到着してからです」
 央の両腕を左右から二人で押さえ込み、エレベーターへ乗り込んだ。

 周囲に遮る高層建築がないため、屋上はやたら風が強かった。
闇に散らばるいくつかの星が僅かに瞬く。
「例の指輪は持っていますね?」
「ここにあるわ」
 風で背中を押されたのか、奏恵の足元が微かにブレた。
 革袋から指輪を取り出し「それでどうやるの?」と訊ねる。
「央の背中を思いきり叩いてください」
「彼の背中を?」
 奏恵の視線は、屋上広場のベンチに座り、夜空を見上げる少年へ注がれる。肉体は央だが、それを支配しているのは少女の亡霊だ。
「叩くとどうなるの」
「その衝撃で央の裡から亡霊が出ます」
「出すだけなら、あなたでも」
「瀬下さんでなければいけないんです」
 蓮は奏恵の意見を一蹴し、宙を指した。
「サークルへの道は空にありますから」
 蓮の言葉に促されるように、奏恵の視線は閑寂とした空へ向けられた。
「貴女の身に危険は及びませんが、それでも力は貸してくれるはずです」
「……いったい何の話をしているの」
 付き合いが浅いせいか、蓮が口にする言葉は不明瞭で要領を得ない。冷たい夜風が奏恵の胸をさらに苛立たせた。
「瀬下さん自身が力を貸してくれるという話ですよ。……さあ、どうぞ。身体は央ですから遠慮はいらない。存分に、なんなら日頃の鬱憤も込めて殴ってもいいですよ」
 にこりと微笑まれて力が抜けた。
 私は私の為すべきことをしようと奏恵は一歩踏み出した。その手には件の指輪が握り込まれている。
 茫洋と空を眺める央の背後にそろりと回り、腹に力を入れ、そして……──。
 肉を打つ鈍い音が辺りに響く。
 央は傷みで顔を歪めたが、声は出なかった。代わりに全身から紫色の光が放出される。
 それらは次第に少女の姿を象り、淡い藤紫の微粒へと変化した。
「あなたは空が飛べるほどに元気になったわ」
 奏恵の口唇から柔らかな声が零れる。
 少女はやはり自分の状態を理解していないようだった。しかし、自由に動く身体を手に入れた幼い顔は満面の笑みを浮かべた後、その小さな手を左右に大きく広げる。
 パンッ……──と弾ける音がした。紫に光る無数の粒が宙で散った瞬間だった。

***

「なぜ私を導き手に選んだの? 単純に理由が知りたいわね」
 疲弊してベンチに横たわる央の頭元に、缶コーヒーを置きながら訊ねる。
 蓮は僅かに目を剥き、「本当に自覚がないんですか?」と訊き返した。
「なんの?」
 思いがけないその反応に、奏恵は肩をそびやかした。
「俺の思い過ごしかもしれませんね」
 切れ長の瞳を細め、笑う。
 奏恵にダブッて見えた黒い獣のことは黙っておくことにしたようだ。
「いつもなら、俺が導き手になって対象者を融合、成就という順を取るわけですが……今回は俺よりもふさわしい人がいたので」
 ずれてもいない眼鏡を直しながら「瀬下さんは魂で接する人だから」と続けた。
「院内の皆が怖れる中で、瀬下さんだけが誠実に彼女のことを思っていたからですよ」
 当たり障りのない表現だが、事実だ。しかし奏恵は小さな溜息を吐いた。
「当たり前のことをしただけよ。珍しくはないわ」
 魂云々と言われてもピンとこない。では仕事だからかと問われても返答に困る。
「アメジストは二つ象徴しているものがあるんですよ。“心の平和”と……──」
 蓮は視線を央へ落とし、頬を弛緩させた。
「“誠実”。このメンツの中でこの言葉が一番合うのは、やはり瀬下さんだけでしょう?」
「褒めてくれているのだとしても、それは関係ないわ。私が誠実だったかどうかは別問題よ。私は為すべきことを適切なタイミングで行っただけ。それでも……彼女が一番望む形で解放されたというのなら、嬉しいことね」
ふ、と奏恵が表情を緩ませた。
近寄り難さを醸す端麗な顔も、八重歯のせいで幼く見えた。
それでも凛とした奏恵の微笑みは、冴えた夜空を渡る風によく似てとても清しいものだった。
「気のせいかしら。今夜は星がよく見えるわ」
 まだ温もりの残る缶コーヒーを握り締め、もう一度笑った。


【END】




□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号7149 /瀬下 奏恵/女性/24歳/警備員】

【NPC/保坂 漣】


【NPC/五十嵐 央】



□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


瀬下奏恵さま

彼女のクールさが少しでも出せれば、と思ったのですが、いかがでしたでしょうか。
お気に召していただけると幸いです。
ありがとうございました。
またお会いできることを……。

高千穂ゆずる拝