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<東京怪談ノベル(シングル)>


   「自己防衛論〜その裏にある真実〜」


 目を開けると、天上には銀色で鏡のように光るライトがあった。手術室にあるような、大きなものだ。

 これは、何……?

 動こうとして、自分が拘束されているという事実に気づく。

 左右の二の腕に手首、太ももと足首。お腹と首。十ヶ所もの場所がベルトできつく締められていて、身動き一つとれない。

 叫ぼうとしても、さるぐつわを噛まされていて声にならない。

 ちくりと、腕に刺されるような痛みがあった。
 視線を向けることはできなかったけど、向こうから視界に入ってくる。
 注射器を手にし、眼鏡とマスクをした怪しげな白衣の男だ。

「これで完成だ」
 その言葉を合図にしたように、激痛が走る。

 血管を通って、異物が全身を駆け巡っているかのような不快感。何か別のものに侵食されていくようなおぞましさ。

 痛みと恐怖に、みなもは意識を手放した。



 次に目を開けたとき。みなもは、冷たいリノリウムの床に横になっていた。手足を拘束するものはない。
 
 自由になっていることにホッとするが、その手足には、くっきりと締めつけられた痕が残っていた。

 長くゆったりとした前あわせの衣服は、病院で検診の際に着せられる服そっくりで薄青色をしている。

 みなものいる部屋は、ベッドと簡素な敷居を隔てたトイレが設置されただけの、窓のない四畳半ほどのもの。分厚い鉄の扉に隔てられていて、病院というよりは監獄のようだった。

 カッカッと、遠くで靴音が響く。
 それは扉の前で止まり、重たげな音をたてて出口が開いた。

「1107号、海原 みなも。廊下に出ろ」
 警棒に似たものを手にした、監獄の番人のような男が命令口調で言った。

 わけがわからず戸惑うみなもの手をとり、部屋から連れ出す。
 真っ直ぐな廊下には沢山の扉が並んでいて、その前には人がピシッと気をつけの姿勢で並んでいる。

 囚人か、もしくは軍隊のような規律正しさだった。

「並べ」
 指示され、みなもも前に出て背筋を伸ばす。
 そうしなくては、いけないような気がしたのだ。

「これより、所長よりお言葉がある。皆、心して拝聴するように」
 大きな声を響かせる男に、並んでいたものたちは声をそろえて「はい、勿論であります!」と答える。

 老若男女を問わない顔ぶれで、みなもと同じ入院患者のような格好をしているものもいれば、私服のもの。中には軍服のようなものを着ているものもいる。

 一体、これは何なんだろう。みなもは不安に眉をひそめながら、それでも気をつけの姿勢で『お言葉』を待った。

《――我々人間は、道具を使うことによって動物たちの頂点に立った。最早天敵という天敵はこの世に存在しない》

 廊下に設置してあるスピーカーから、低く威厳ある声が響く。

《だが昨今、テロや戦争。環境破壊などにより自滅の道を歩んでいる。自らの思想を貫くために殺し合い、自分たちの暮らしを護るために闘い、自然を壊していく》

 反戦や環境保護を唱えているようなその言葉は、この状況にはあまりにも不釣合いなものだった。

 何故自分が連れて来られたのか。目的は何なのか。さっぱりつかめず、続く言葉に耳を傾ける。

《本当の意味で自殺をするのも人間だけだ。人間の敵は人間自身であり。そしてそれが生み出した不自然な環境に他ならないのだ。それを打破するにはどうするべきか。統一するのだ。世界を一つの思想で、一つの組織で》

 聴けば聴くほど、わけがわからない。不安だけがみなもの胸を締める。

《君たちは、そのために必要な存在なのだ。この崇高なる思想に逆らうものを排除するため。理解できない愚かなものたちに知らしめるために選出され、生み出された最強の尖兵。それがここにいる、君たちだ!》 

 わぁっと、歓声と拍手が響く。拳を振り上げ、奇声を発するものや跪くものまであった。

 みなもは状況についていけず、固唾を呑んでその光景を見守る。

 最強の、尖兵……? 何のことだろう。そう思ったとき、手術台のようなものに拘束された情景が甦る。

 あれは、一体なんだったのか。自分は何をされたのか……。

「静かに! 皆、所長のお言葉は理解したな。今から訓練場へ向かう。各自、期待に背くことのないよう死力を尽くせ!」

 説明などはなかった。ただ列をつくらされ、行進をさせられる。
 悪質なイタズラに巻き込まれてしまったようだ。だけど……逆らってはいけないと、身体の中の何かが告げる。

「……あんた、新人だな」
 不意に、屈強そうな男性が声をかけてくる。

「はい。あの、これは一体……」
 思わず声をあげるみなもに、しっ、と声を低めるよう促す。

「聞いただろう。要は、武力による世界制覇。そのための、軍隊のようなものだ」
「軍隊って……あたし、闘うなんてできません。ただの中学生で……」
 人魚だから水の中でなら多少は戦えるかもしれないけど、ということはあえて口にはしなかった。

「闘えるさ。そう改造されてるんだからな」
 改造……!?
 みなもは驚き、声を失くす。

 ようやく口を開いて詳しく聞こうとしたところで、行進が止まった。何メートルもある巨大な扉が開き、だだっ広いドームのようなところに入っていく。

 そこにはどこかの街を模したようにいくつかの建物が並び、銃を構えた人形の警官や自衛隊などが配置されていた。

 全員が入り終えると、背後の扉が重たい音を立てて閉じられる。
「来るぞ!」
 思わず扉を振り返るみなもに、男が声をあげる。

 ダダダダダッ。
 機関銃の大きな音。みなもは驚き、高く跳ねあがった。

 足に妙な感覚があって、自分の身長の何倍も高く飛び上がる。わけもわからないまま、くるりと回転し……着地するより早く、不思議な光景を目にした。

 突撃しているのは、象やライオン、虎に熊。ともかく強そうな、動物たちだった。
 そして……みなもの足も、柔らかな黒い毛並みにおおわれ、長い尾が垂れている。

 銃弾の飛び交う中、『仲間』たちが闘っている。「殺せ、殺せ、殺せ、殺せ」頭の中で、急き立てるように一つの言葉が鳴り響く。

 ガッ。

 みなもは人形に飛び掛り、鋭い爪をたてた。そしてそのまま喉元に喰らいつく。軽く頭を振ると、倒れた人形の首はあっさりと千切れてしまった。

「やるな、黒ヒョウ娘」
 巨体の象が、長い鼻を人形に巻きつけ、大きな足で別の人形を踏みつけながら言った。先ほどの屈強の男と同じ声だ。

 闘いの終結は、あまりにも早くあっけなかった。ものの数分のうちに建物が倒壊し、見晴らしのよくなった空間には立ったままの人形は……いや、人の形をしたものは見られなくなっていた。

「ウォーミングアップにもならないな。動かない人形なんか相手にしたって、訓練にはならないだろ」
 象から人の姿に戻った音が、軽く肩を鳴らしながら文句を言う。

「仕方ないよ。毎日何十体も壊すためのロボットをつくるわけにもいかないだろうし。研究だけでも莫大な費用がかかっているんだ。そんなことをしたら、資金が底をつきちゃうじゃないか。武力向上どころか維持だってできなくなるよ」

 しれっとした口調で答えたのは、八歳か九歳ほどの少年だった。
 幼い容姿にはあまりにそぐわない、冷めた表情と小難しい物言いに圧倒されてしまう。

「ここの研究って……何なんですか。今、あたし……」

「動物の能力を人間に付属させること。臓器移植のためや病気の実態調べるために人間の遺伝子を持った豚や鼠がつくられてるでしょ。その反対で、僕らは動物の遺伝子を組み込まれたわけだ。ただこの実験の画期的なところは子供を産ませて次世代のものをつくりかえるんじゃなく、その場で人間を改造したこと。更に、自分の意志で形態を変化させられるってことかな。この仕組みはさすがにわからないや。特殊な働きを持つ細胞でも発見したのかな……」

 一気にまくしたてる少年に、みなもは目を丸くしてしまう。

「天才少年の言うことは、よくわかんねぇな」
 隣にいた男が大きなため息と共につぶやく。

「筋力の強化なら6時間走り続けるスーパーマウスが開発されているし、キメラ動物だってもう何年も前につくられている。理論上、動物と人間の合成はできないわけじゃないんだ。だけど、僕らは更に上を行く。普段は人の姿で、必要に応じて形態を変えることができるんだ」

「まぁ、象の姿じゃ日常生活は送りにくいよな」
 あくまで説明を続ける少年に、男もうんうん、とうなずいて見せる。

「それだけじゃないよ。僕みたいな子供や、お姉さんみたいな若い女の人なら、敵も油断する。何より、いざ戦闘になれば『人間』だけを皆殺しにすればいいんだ。簡単で能率的な考えだよ」

「――人間を、皆殺しに? でも、人間を護るために闘うんじゃ……」

 みなもの言葉に、少年と男はニヤリと笑う。

「仕方がないよ。大事の前の小事ってヤツ。その犠牲で皆が考えを改めるなら必要なことだよ。ほら、誰かさんも言ってただろ。日本に原爆が落ちたおかげで戦争は終結したんだって。それと同じことさ」

 怖い。ハッキリと、そう感じた。

 あの悲劇を、これから起こり得る惨劇を、必要だというのだ。
 争いをなくすための統一だなんてただの詭弁だ。恐怖による世界征服。自分が神に成り代わろうとする傲慢な考え。

 それに……ここの『兵士』たちは賛同しているのだ。こんな小さな子供までもが。

「お姉さんも、すぐに慣れるよ」
 にっこりと、こんなときばかり少年らしい笑みを浮かべる。

 慣れるわけがない。訓練に使われていたのは、人形だった。だけどいずれは、生きた人間を相手に同じことをしなくてはならない……そんなこと、考えられない。

「一応忠告しておくが、逃げようなんて考えるなよ。そのときは、俺たちがあんたを殺さなくちゃいけない。できれば仲間を手にかけたくはないんでな」

 象の男が真剣な表情でみなもに言った。
 忠告というよりは、警告だった。

「そうだよ。仲間を殺すのって悲惨なんだよ。だってね、ほら」
 少年は少しも悪びれない様子で言って、鋭い爪を構えて自分の腕を切りつけた。
 赤い滴がパッと飛んで、床に垂れる。

「何を……っ」
 慌てて駆け寄ろうとするが、軽く手を振ってみせる。

 確かに、深く切りつけたはずだった。まだ赤い血は残っている。
 だけどその傷口はみるみるうちに塞がり、消えていく。

「傷を自己修復するマウスができた、なんて噂は聞いたことあるけど。こうして見るとなんか変な感じだよね。まぁ、プラナリアは勿論、トカゲやカニだって自己再生能力があるんだから人間に活用できたってさして不思議はないかもしれないけど」

 目の前の出来事が信じられないでいるみなもに、少年は独り言のようにつぶやいて。
「こんな風に再生しちゃう身体を殺すのって、かなり大変だよ。自殺だってそう簡単にはできない。何度でも回復する。――拷問みたいなものだから、余計なことは考えない方が身のためだよ」
 
 みなもに更なる注意を促す。

 ――逃げるどころか、死ぬことさえできない。

 殺すしかないのだ。獣のように、人間の喉笛に喰らいついて。
 人形にしたのと同じように――……。

「それでも、全ての人間を滅ぼすわけじゃない。周囲にわからせるための一部でいいんだ。確固たる平和を築くための礎だと思えばいい」

「そうそう。人間なんて、増えすぎてるんだから少し減らすくらいでちょうどいいんだよ。放っておけば、全ての生物や地球を巻き込んで絶滅するしかないんだからさぁ」

 それこそが正しいのだと、揺るぎのない自信に満ちた言葉。
 どうするべきかなど、みなもにはわからなかった。

 ただ……飛び掛ると共に抵抗なく倒れ、噛み付けばあっさり首がとれた人形。
 本物の人間ならば、どうなのだろうと。
 恐怖の奥底から好奇心が頭をもたげる。

 あぁ……そうか。 
 だから皆、賛同するのだ。それが必要だと認めるのだ。
 自分の存在や、すべきことを正当化するために。
 そして……抑えきれない本能を、理屈で覆い隠すために。
 

 その後、真面目で優秀なみなもは、目を見張るほどの成長振りを見せた。
 訓練では、素早い動きで敵を一撃で仕留める立派なハンターを演じる。
 
 衣服は私服を与えられ、次いで軍服に変わる。成績よって位や待遇が違うようだ。
 部屋も立派なものになり、食事も豪華になっていく。
 そんな中、戸惑う新人がいると、彼女は言う。

「生きるためには、仕方がないのよ。あなたにも、いつかわかると思う……」