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<東京怪談・PCゲームノベル>


不夜城奇談〜come across〜


 ■

 予定に先だっての里帰りは、単なる偶然のはずだった。
 だが久々の日本で、自分の居ない間に起きた怪奇と見られる現象情報を幾つか調べて行く内に、どうあっても気に留めないわけにはいかなくなる単語を見つけてしまった。
「インターネットのお陰で情報に事欠かんのは助かるけど」
 西訛りの口調に小柄で幼くも見られる外観の彼女は、名を神城柚月といい、十八という若さながら、とある特殊部署の長。
 時空管理維持局本局の課長であり、超常物理魔導師という肩書きを持つ魔法の使い手だ。
「ほんまもんと嘘がごちゃまぜになるんがネックやね」
 ぽつりと呟きながら更にウェブ上の記事を読み漁る。
 その速度は常人のそれではなく、更に彼女の感覚は自分の視覚に入れるべきものを瞬時に見分けているようだった。
 一つの単語から検出されたデータの全てを見るわけではなく、的確にそれに関する記事だけを呼び出す。
「しばらく離れとった間に、何や妙な事になっとるわ」
 一通りの情報収集を終えた彼女は立ち上がると、そのまま薄手のコートを手に部屋を出て行った。

 ――十二宮。

 それが彼女を動かしたものの名前。




 ■

 彼女が所属する局の観測部門から、この東京で時空に不穏な状況を観測したと報告があったのは、確か一週間ほど前。
 その頃に日本であった奇妙な事件を探し始めたのがきっかけだった。
 東京タワーの展望台が原因不明の爆発を起こし、それまでに失踪していた三十四名の人々が無傷で発見されたというのが、その概要。
 しかし以降の話題も数多く流出しており、それらを総合的に見てみれば、失踪していた人々が唯一覚えていた「十二宮」の名は相当の影響を世間に与えているように思えた。
「何かあるのは間違いないやろうけど……」
 そう呟く彼女が立ち止まった目の前には、草間興信所の文字が綴られた古びた看板がある。
 東京の怪奇現象といえばこの興信所だという話しは、それこそずっと以前から局の者達の間でも有名だ。
 柚月は表情を改めて屋内に歩を進める。
 怪奇探偵として名高い人物が所長を務めている割には些か貧乏臭い、…と思いつつアスファルトの階段を上がり、事務所の扉まであと僅かというところ。
 不意に、その奥から張り詰めた声が上がった。
「何だ、また十二宮関連か!」
 絶妙と言えば絶妙の間で飛び込んできた単語に、柚月は目を瞬かせた。
「わかった、すぐに行く!」
 ガシャンッと乱暴に電話を切る音と、慌しい物音がそれに続く。
 直後に扉を開けて現れた姿は、彼女が前以て得ていた草間武彦の情報と一致する。
「どーもー、此処の所長さんやろ?」
 初対面の少女から言い当てられた草間は眉間に皺を寄せるが、今は無駄口を叩く余裕も無いらしい。
「あぁ、そうだが依頼なら後にしてくれ、急ぎの用があるんだ」
 早口に言い放って横を通り過ぎようとする彼に、柚月は何ら気にする様子も見せずに声を掛ける。
「十二宮のことやろ?」
「――」
 少女の指摘に、草間の目が見開かれた。
「……あんた、一体…」
「うちも十二宮に関する情報が欲しいねん。邪魔はせんと約束するし、ついてってもええやろか」
 にっこりと笑いかければ、草間は不審気に彼女を凝視した。




 ■

 目的地に向かいながら草間から聞いた話によれば、近日、例の東京タワー爆発事件の後に見つかった失踪者達は、例外なく精神的に病んでおり自虐的な行為に走っているという。
 攫われた人々は十二宮によって心に悪しき物を植えつけられ、精神汚染を受けている。
 そのために自殺未遂を起こした者も少なくない。
「十二宮ってのは組織の名前らしいんだが、如何せん謎が多すぎてこっちも掴み切れていない。知人の家に、連中の過去が記録された資料は保管されているんだが、この量も半端じゃなくて解読するのに時間が掛かってな」
「“十二宮”言うんは過去にも物騒なことしてたんか」
「相当なものだったらしいぞ」
 草間も又聞きであるがゆえに断定的な事は言えないのだろう。
 その心境を察して柚月は思う。
 実際に会うまでは何とも言えなかったが、どうやらこの男は信用に足る人物のようだ。
 …一方で、これほど簡単に自分の持つ情報を開示する態度には懸念を抱かずにはいられないが。
「で、今回もまた連中絡みで失踪していた女の子が荒れたらしくてな。心に憑かされた魔物が暴走したらしい」
「魔物?」
「ああ。そっちは、それ専用の能力者がいるんで請け負ってくれるが、魔物を退治した後の人間はこっちの担当ってわけだ」
 精神的なアフターケアは人間同士の役目。
 そう語る草間の表情は歪んでいた。
 悔しさからか、それとも、怒りか。
「何の罪も無い人間なんて居ないのは事実だが、…かと言って、勝手な都合で心を魔物に喰わされちゃたまらんだろう」
 まだ明らかになっていないことは多いと草間は言う。
 だが、数は少なくとも確定している現実は、わずかでも罪の意識がある人間の、その負の心に魔物を潜ませることで本人の、更には身近な人々の命を危険に晒している。
 連中が、人類の滅亡を目的としている事は確かだ。
「人類の滅亡か…」
 呟く柚月に、草間は短く言う。
「無茶苦茶だ」
 まるで吐き出すように紡がれた言葉。
 確かに無茶苦茶だと思う。
 しかし、十二宮は本気なのだろう。




 ■

「闇狩の」
 草間が声を掛けた先には二人の若い男がいた。
 一人は漆黒の髪に不思議な輝きを秘めた瞳。
 一人は西欧風の顔立ちに栗色の髪。こちらの腕の中にはまだ中学生くらいと思われる幼い少女が意識を失くして横たわっていた。
 後に影見河夕(かげみ・かわゆ)、緑光(みどり・ひかる)と名乗る彼らは闇狩(やみがり)一族と呼ばれる異郷の民だ。
「面倒を掛けて済まないな、所長」
「いいや、協力するといった以上はとことん付き合うさ」
 河夕と草間が声を掛け合い、光から少女を預かる。
「…ところで、こちらのお嬢さんは?」
 顔は笑顔だが、その内心には少なからず警戒を伴う光の視線に、柚月は慣れた様子で微笑み返した。
「うちは神城柚月言います、よろしく」
「柚月さん、ですか」
「出先に遭遇してな。十二宮のことをネットで知って気になったからって調べているんだそうだ」
 草間が横から口を挟むと、河夕が眉間に深い皺を刻む。
「またネットか…」
 その言葉の真意は読み取り難い。
 だが一般人が興味本位で首を突っ込んでくる事を懸念しているだろう事は判った。
 さてどう説明したものか。
 いっそ、騒動の最中で術を発動したなら彼らも納得してくれるだろうかと思案してみるが、そこで更に言葉を重ねたのは草間だ。
「心配ないさ、彼女もこっち側の人間だ」
「え?」
 狩人達が彼に目をやり、柚月は面白そうに小首を傾げる。
「へぇ? まだ何も素性明かした覚えはないんやけど」
「これでも怪奇探偵なんて嬉しくないあだ名を付けられている身の上なんでね。嫌でも鼻は利くようになるさ」
「それで、あんなベラベラ内情喋ってくれたんか」
「敵味方の判別くらいつくからな」
 言葉を交わして笑い合う。
「……ってことは、おまえも何かの能力者か」
 次いで河夕に確認され、柚月は肩を竦める。
「ま、そんなところやね」
 くすりと笑って手を出した。
「うちの能力、一口で語るにはちょっと難しいんよ。実際に見せるのがいっちゃん簡単なんやけど、騒ぎなんて起こらんに越したことないしな」
「まぁ…確かに」
「だから、何か起きた時には連絡してや。必ず助けに行くよ」
 差し出された手を見つめる狩人達は一度だけ顔を見合わせ、だが最終的には彼女の手を取る。
「こちらも味方が必要だ。…よろしく頼む」
「柚月さんの能力を拝見出来るのがいつになるか、楽しみと不安が半々というところですが」
「な」
 にこっと笑い返せば、狩人達も笑う。

 また一つ、強い光りがこちら側に流れ着いた瞬間だった――……。




 ―了―

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【登場人物:参加順】
・ 7305/神城柚月様/女性/時空管理維持局本局課長/超常物理魔導師/

【ライター通信】
初めまして、今回の物語を担当させて頂きました月原みなみです。
当方の異界シリーズ「不夜城奇談」に参加して下さり誠にありがとうございます。
現段階で十二宮に関する騒動の可能性は全て狩人達の管轄下にあり、実際に事件に関わって頂くには少々無理がありましたので、お届けした物語のような展開になりました。
また関西弁については、かなり曖昧です。某コミックを脇に置いて調べながら書かせて頂きましたが、どこまで正しいものか……。
お気に召して頂ける事をただただ願っております。

それでは、また別の機会にもお逢い出来ます事を祈って――。


月原みなみ拝

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