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<東京怪談・PCゲームノベル>


日々徒然に〜いつかのお礼〜


 ■

 学校へ行くも、心動かす何かがあるわけではなく。
 学校へ行ったのも、単なる気紛れにしか過ぎず。
 十二歳の白樺夏穂は、太陽がまだ南東に位置する時間帯であったにも関わらず早々に帰路に着いていた。
 豪奢なレースが飾られた白のドレスに白い日傘。
 長い銀髪を丁寧に編んだ愛らしい容姿は、常日頃の彼女と何ら変わりはなかったが――。
(あら……?)
 最初に気付いたのは、彼女の肩にいる九尾の狐・蒼馬。
 その視線の先を追うことで彼女も前方から歩いて来る男達に気付いた。
 漆黒の髪に、黒曜石のように不思議な色合いをした瞳を持つ右側の男は影見河夕。
 左側の、栗色の髪に西欧風の顔立ちをした男は緑光。
 近頃は何かと縁のある能力者達と、こんなにも太陽の高い内に会うのは、もしかすると初めてだったかもしれない。
 夏穂は何の気は無しに立ち止まってみた。
 だが。
「腹減ったな」
「そうですね…、どこかで一休みしましょうか」
 そんな会話をしながら通り過ぎる二人は、まるで夏穂に気付いた様子がない。それきり距離が開いていく彼らに、この姿では当然か、と冷静に判断して彼女もまた歩き始めようとしたのだが、夏穂の脳裏に一つ考えが浮かぶと同時、それが合図だったかのように蒼馬も微かな声を上げる。
 彼らが今の自分と会ったら、どんな反応をして見せるだろうか。
「…蒼馬」
 声を掛けると同時、青い九尾の狐は主人の肩を下り、遠ざかる彼らの足下に駆け寄るとその脛を咥えた。
「!」
 牙を立てたわけではない。
 足を止めようとしての行為は、相手を驚かせる事はあっても痛みを感じさせはしなかった。
「どうした光」
 急に躓いたように動きを止めた相棒に、河夕が怪訝な顔をして見せた。
「いえ、いま足に何かが……」
 何かが、と視線を落とした先の薄ぼんやりとした青い存在に二人は顔を見合わせる。
「……もしかして、夏穂さんの蒼馬ですか?」
「何かあったのか」
 九尾が主人の傍を離れた理由を警戒して辺りを見渡す狩人達は、しかし本人がすぐ先にいると言うのに、それに気付かない。
「夏穂が誰かに襲われたとでも?」
「心配ですね…、本気で捜索してみた方がいいのでは…」
 険しい顔付きで言い合う二人に、夏穂は思う。
(……ヘンな二人)
 そんな主人の胸中を察し、九尾の子は彼らの足下を離れ、夏穂の肩に戻る。
 そして、その行動を視線で追っていた狩人達も彼女に気付く。
「――」
 二人が揃って絶句し。
「ぁ…もしかして……」
 先に我に返ったのは光だ。
 夏穂はほんの少しだけ表情を和らげる。
「…久し振りね」
 自分が白樺夏穂だと暗に告げれば、彼らは目を丸くした。

 長い銀髪を丁寧に編んだ愛らしい容姿に白いドレス姿は、常日頃の彼女と何ら変わりなかったが、この十二歳という実年齢の姿で彼らと会うのは、今回が初めてだったのだ。




 ■

「そういえば、一番最初にお会いした時にご自分は十二歳だと仰ってましたね……」
「十二歳だとは聞いたが、その時々で身体が変化するとは聞いていないぞ」
 感心したふうの光と、疲れたように言う河夕。
 これまでは二十歳前後の、成熟した女性の身体つきをした夏穂としか接してきていない彼らは、年相応の幼い姿をした夏穂に、かなり戸惑っているらしかった。
「しっかし…」
 河夕が軽い息を吐いて夏穂に目をやる。
「蒼馬がいなけりゃ、おまえが夏穂だとは判らなかったぞ…」
「夏穂さんから声を掛けて下さって助かりましたよ。おかげで以後は失礼をせずに済みそうですからね」
 光が言うと、夏穂は蒼馬から聞いて思い出したことを言う。
「…約束していたでしょう」
「約束?」
 聞き返す光に、夏穂は続ける。
「お礼に何かご馳走するって言ったきり、その約束がまだだわ」
「あー…」
 言われて思い出すのは、現在彼らが敵対している組織に夏穂が監視されていた頃のことだ。
 迷惑を掛けたお詫びに何か奢ろうと光は言ったのだが、その時は何かと都合がつかずに、いつか機会があればと約束したきりになっていた。
「そういえば約束していたな…」
「慌しくてすっかり失念していましたね、申し訳ない…」
 河夕、光がそれぞれに言う。
「今から時間はあるか?」
「…ええ」
「でしたらこれから約束を果たしましょう。僕達もちょうど一休みしようと言っていたところですし、……どうですか、一緒にランチでも」
 穏やかな微笑で問い掛けて来る光に、夏穂が「…行くわ」と答えるまで、そう長い時間は必要なかった。




 ■

 メニューは何が良いかと尋ねて来た光は、夏穂の外見の印象が多分に影響したのか、てっきり洋食を選択するものと思っていたらしい。
 並べられた「美味しい」と評判の洋食店の名に、しかし彼女は頷かない。
 何故なら彼女は生粋の和食好きだからである。
「知り合いの定食屋があるの…、そこがいいわ」
「決まりだな」
 こちらも完全和食派の河夕が後押しすれば、光に異論の出ようはずがない。
 かくして夏穂の案内で辿り着いた定食屋は外観こそこじんまりとした質素なものだったが、和の趣溢れる上品な内装は、客に昼時の慌しさを忘れさせてくれる。
 一言で言えば、たいへん雰囲気の良い店だった。
 席に着き、注文を終えて後。
「そういや…、十二ってことは学校にも行ってるんだろう?」
「一応、小学生だけど」
 今の姿で言われれば頷けるが、狩人達の印象としては大人びた彼女の方が強烈で、そのようにサラッと言われても、なかなか得心し難い。
「……普段は…どっち、なんだ?」
 河夕が言葉を選びながら問い掛けてくるのにも、夏穂は特に気にするでもなくサラリと答える。
「さぁ…、でもこの姿で長時間いるのは難しいわ」
「こちらが本来の姿ではないのですか?」
 年齢を思えば、実年齢相応の姿が本来のものかもしれない。
 だが夏穂はこれもあっさりと受け流す。
「どちらも私だから」
 十二歳の自分も、普段の見た目は大人な自分も。
 そして自覚は曖昧であろうとも、内側に眠る複数の人格すら、自分自身。
 こうなった原因も、理由も。
 知っていること、知らないこと。
 様々なものが絡み合っての現在だけれど、これも「自分」と受け入れてしまえば何のことはない。
 傍には何物にも代え難い家族が居てくれる。
 それで充分なのだ。
「特に不便もないしね」
 クールに言い切られた河夕は額を押さえ、光は微苦笑する。
「まったく…。奥の深い女性ですね、夏穂さんは」
「存在自体が不思議だよ、おまえは…」
 呆れたようで、楽しげな声の響き。
 その内に注文していた料理が運ばれてきて、箸に手を付ける三人。
 そんな夏穂の口元には、自然な綻びが生じていた。




 ■

 共に過ごしたのは昼を取り終えるまでの一時間ほどだった。
 それでも非常に有意義な時間を過ごせたと狩人達は笑う。
「今度は、僕のオススメの和食屋さんにお誘いしたいですね」
「…美味しいの?」
「絶品ですよ」
「なら、行くわ」
 いつかの機会を願って交わされる約束。
「じゃあな」
「また」
 家まで送ると言われたが、それを断り、別れた十字路は住宅街の外れ。
 遠ざかる二人の背を見送って、夏穂は肩上の蒼馬を撫でた。
「…楽しかったわね」
 呟きに、九尾が応える。
 朗らかに。

 たまには学校に行ってみるのもいい。
 いつ、どこで、どんな機会に恵まれるかは、それこそ誰にも判らない不思議なのだから。




 ―了―

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【登場人物】
・7182 / 白樺夏穂様 / 女性 / 12歳 / 学生・スナイパー /

【ライター通信】
ご依頼ありがとうございます。
少々お時間を頂いてしまいましたが、お届けした物語は如何でしたでしょう。
ライターの主観ではありますが、夏穂嬢はものすごく前向きな女の子なんだろうなと思いながら書かせて頂いています。
いろいろと事情を抱えて、思うところもたくさんあるのだろうけれど、良い事を一番に考えて、それを大事に出来る子なんだろうな、と。
この認識に誤りがあると大変な失礼ですが…(_ _;)
また、一部プレイングを反映出来ませんでしたことをご容赦下さい。

今回の物語をお気に召していただけること、またいずれ別の機会にもお逢い出来ます事を祈って――。


月原みなみ拝

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