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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


私は二回死ぬ(調査編)



□■■■■■オープニング■■■■■□

 草間が暇を持て余している時にその少女はやって来た。
 特に目立つところのない、おとなしそうな高校生――名前を佐藤綾と言った。

「ここ数日、誰かに監視されているような気がするんです」
「ふうん。だがこっちも仕事なんでな、お客の勘だけで請け負う訳にもいかないんだ。もっとも、証拠があるなら警察へ行くべきだがな」
「残念ながらありません。……ただ、私、この市内に住んでいるんです」
「……なるほど」
 草間は長く息を吐くと、煙草を灰皿に押し当てた。
 少女の言葉の意味は理解していた。ここでは二月程の間に少女が三人行方不明になっていたのだから。

「あと、これは探偵さんからすれば関係ないことに思えるかもしれませんが、気になっていることがあるんです」
「何だ?」
「幼馴染も行方不明なんですけど、その子が……」
「おい! 先に言えよ!」
 自然と声の大きくなる草間に向かって、少女は首を大きく横に振った。
「その子が――里香がいなくなったのは半年も前のことなんです」
「つまり、ついでに彼女も助けてくれってことか」
 ――綾の表情が苦痛に歪んだ。
「そうじゃないんです。勿論助けられるならお願いしたいですが、多分里香はもう生きてはいません」
 そう呟いて、綾は目に涙をためた。
「監視されていると思うようになる少し前から、毎晩里香が夢に出てきて言うんです。『ごめんね、ごめんね。私、駄目かもしれない。二回死んじゃうかもしれない』って」
「何だ、そりゃあ……」
「気になりませんか? 綾、最初は泣いているのに、二回死ぬって言った後は笑い出すんです。私の知っている里香じゃないみたいで……」
「調査しないと話が進まない訳か。とりあえず引き受けてみるさ」

 調べることがいくつかありそうだ。


□■■■■■■■■□■■■■■■■■□

「混沌とした話ね」
 留守にしている澪の代わりに紅茶を淹れると、シュライン・エマはソファーに座って言った。
 綾が喋った情報はおそらく真相の切れ端と切れ端を拾い集めたようなもので、これだけではおもちゃ箱の中で宝探しをするようなものだとシュラインには思えたのだ。
 海原みなも(うなばら・みなも)と日高晴嵐(ひだか・せいらん)も同意見だった。綾の話の中には重要なキーワードも含まれているのだろうが、事件の核はまだ掴みきれていない。
 例えば、行方不明者の詳細はまだ何も知らされていないし、佐藤綾の幼馴染である里香についてもわからない。パズルを解くためには、まずピースがいるのである。
「それで、いきなりで悪いんですけど、」
 と切り出したのは依頼人の綾だった。
「私これから予備校に行かなきゃいけないんです。でも一人じゃ不安で……どなたか一緒に来てくれませんか?」
「ついていくよ。何かあったら大変だからさ」
 晴嵐の双子の妹の日高鶫(ひだか・つぐみ)が手を挙げた。残っていた紅茶を一気に飲み干すと立ち上がって微笑む。
「私は謎解きって苦手だし、全然わかんないしなぁ。依頼人のガードをしようかと考えていたんだ。これでもその辺の一般人よりは腕が立つからね」
「つぐちゃん、お願いね」
「姉さん、任せといて。予備校だけじゃなくて、依頼人の高校も一緒について行ってちゃんと守るよ」
「……つぐちゃん、学校は?」
「いーのいーの。ちょっとくらい休んでもさ」
「こらぁ。それって本当は授業をサボりたいだけでしょ」
「ちーがーうー。私は姉さんたちが安心して調査に専念出来るようにサポートしたいって思っているだけ! 信用ないなぁ」
 華奢な印象の晴嵐に、スポーツ少女の鶫。見た目も正反対だが、性格も大きく異なるようである。
 綾と鶫が出掛けると、残ったメンバーで事件について話し合った。
「頭の中がごちゃごちゃしているから、整頓しましょう」
「わたし、メモを取ってみたんです。時系列に並べてみますね」
 可愛らしいシャープペンシルをテーブルに置いて、晴嵐はメモの内容を読み上げた。

 ・半年前――里香さんが行方不明になる。
 ・二ヶ月前――この市内で行方不明者が出始める。現在までの間に三人。
 ・数日前――綾さんの夢に里香さんが出てきて「二回死ぬ」と言う。誰かに監視されているような気がし始める。

「調べなきゃいけないのは、まず行方不明者の詳細ですよね」
 晴嵐の言葉に草間を含めた三人が頷く。
「最後に目撃されたのは、どこで、何時なのか。少女という以外に、何かの共通点があるかもしれませんし……」
「里香さんが行方不明になった事件のこともね。新聞なんかで調べてから、聞き込みをする必要があるわ。三人の行方不明者のこともそうだけど、事件の全貌が見えない以上、しらみ潰しに調査した方が良いと思うの。共通点だって、習い事とか血液型とか誕生日……そんな小さいことも含めていくくらいの気持ちでね。みなもちゃんはどう思う?」
 シュラインの質問に、みなもは考え込みながら言った。
「あたしも、その二点を調べるのは大事だと思います。それで……やっぱり、佐藤さんを見張っているのって、里香さんなんでしょうか?」
 今度はシュラインと晴嵐、草間が考え込む番だ。
「夢のこともあるし、あたし、今回の事件には何か人の力を超えたモノが絡んでいる気がしたんです。そしてその中心にいるのが里香さんなんじゃないかって。……ただの勘ですけど」
「何とも言えんが、あながち間違ってもいないかもな。里香という幼馴染かどうかは知らんが、某か奇怪な能力を持っている奴がいるとすると、三人の行方不明者の内、二人については納得が行く」
「武彦さん、それはどういうこと?」
「シュライン、覚えてないか? 自室で忽然と姿を消した二人の女子高生のことをお前に話したことがあったんだが。つまり、正確に言えば二ヶ月の間で、この市内では二人が神隠しにあったということだ」
「その二人のことは警察では事件として扱われていないのね?」
「ああ。ここでは随分噂になったが、警察や世間一般では事件とは認識されていない。表面上は数え切れない程ある家出の一つとして処理されたさ。唯一事件性があると認めているのは後の一件――家を出たきり行方がわからなくなっている女子高生のことだけだ。だがこれも争った形跡も目撃者もなく、ここらの住民の間じゃあ、この少女もさっき言った二件と一緒にされているんだ」
 みなもと晴嵐は僅かに身を硬くしていた。行方不明になった少女たちと同じように学生である二人にとっては、少しばかり気味の悪い話だったのだから。
「せっかくの紅茶が冷めちゃったわね。淹れ直してくるから、じっくり調べていきましょう」
 シュラインが席を離れると同時に草間が新聞の束をドサリとテーブルに置いた。
「半年前からのだ。里香と一人の行方不明者の件は載っているだろう。ネットじゃあただの憶測がさも事実のように書かれている場合もあるからな、詳細は関係者に当たるとして――今は新聞だ」
 二人は無言で頷き、みなもは半年前の、晴嵐は最近の新聞から手に取った。

「二回死ぬってどういうことなのかしらね」
 新聞に目を走らせながらシュラインが呟いた。
 生き物は各自に命を一つずつしか持っていないのだから、通常複数回死ぬということは有り得ない。里香が綾の夢の中でわざわざ知らせているからには、意味のある言葉なのだろうが――。
「何か特殊な力が関わっていると仮定して――里香さんがその『何か』に乗っ取られて……殺されてしまったんじゃないかと思うんです。それが一回目。二回目は『何か』が里香さんから出て、別の人間に移ったことで生じる死……なのかなあって」
 みなもは新聞から目を離さずに言う。
 隣に座っている晴嵐がポソリと漏らした。
「私は……一度目の死は『人格』の崩壊、二度目は『肉体』の消滅かなって。……ううん、自信はないんですけど……」
 ううむ、と唸るシュライン。
「夢の内容を聞く限り、『何か』から里香さんは綾さんを守るために耐えていたのが限界に近づいている――それが二回目の『死』だと私は思うんだけど――ちょっと抽象的な想像しか出来ないわね」
 あ、とみなもが小さく声を出す。
「ありました!」
 そこには『女子高生行方不明――不審な車 目撃』という見出しが、世間を騒がせた猟奇的殺人事件の裏でひっそりと載っていた。当時は多少話題にはなったのだろうが、今では多くの人に忘れられた事件だろう。
 それによると午後九時半頃に三島里香(十七歳、高校二年生)は予備校から帰宅。食事を摂った後、××市(ここのことだ)にある『どんぐり森』へ行くと言い家を出たが、日付が変わっても帰宅せず、心配した両親が警察に届出を出したようだ。午後九時五十分頃に××市の駅で駅員に目撃されたのを最後に足取りが掴めなくなっている。『どんぐり森』の近くではその日の午後八時頃、不審な黒い軽自動車が目撃されており、何らかの事件に巻き込まれたという見込みが強い――といった内容だ。
 その反面、里香は高校に入学してからというもの学業での悩みを抱えていたらしいという情報も載っていて、家出の線もごく僅かに漂わせていた。
 また里香の家から××市までは電車で二十分程の距離があり、『どんぐり森』は里香のお気に入りの場所であるため、夜遅くでも度々出掛けていたという。
 ――里香はこの市内に住んではいなかったのだ。
「と言うことは、ええと……」
 困惑気味のみなも。
 ――被害者は別の市に住んでいる少女、それも不審な車が目撃され、『人』による事件を思わせる内容。
 これだけなら、例え里香が最後に訪れたのが××市であったとしても、今回の件とは無関係なことに思えただろう。
 ――綾の夢のことさえなかったなら。
「『どんぐり森』なら聞いたことあるな。駅から降りて、こっちと逆方向に行けば十分くらいで着くぜ」
「でもあっちは近くにコンビニもないし、あると言えば家くらいで寂しい所よ。森なら尚更。女の子が夜に行くところじゃないわ」
「よっぽどその森が好きなんでしょうか……。習慣化していたようですし……」
 悲しげなトーンで晴嵐は言う。事件性の高い出来事のようであるということが、綾の言葉を強く蘇らせていた。
 ――多分里香はもう生きてはいません――
 半年前に『どんぐり森』を訪れた際、里香の身に何かが起きたのは確かなようだ。今、里香が生存している確率は極めて低い。彼女を助けることは出来ないのだろうか。
 だとしても、と思い返す。
 綾は助けられる可能性がある。いや、自分たちが助けなければならない。
「大丈夫かな、つぐちゃん」
 姉として妹の無事を祈りつつ。
 晴嵐はそっと呟いた。


■□□□□■

「綾っていつもこんな生活しているの? 勉強勉強って、私なら肩凝っちゃって絶対嫌になるよ」
 運良く座席にありつけた鶫と綾。人付き合いが得意ではない鶫だったが、堅苦しくない喋り方が二人の距離を近づけていた。
 第一、鶫は無言でいる訳にもいかない。綾からより多くの情報を聞いて、皆に知らせるのも仕事のうちだからだ。
「慣れているしね。塾関係って幼稚園児の頃から親しんでいるし」
「両親がうるさいの?」
「すっごいよ。耳にタコが出来ちゃう」
 そう答えながらも綾は気楽そうだ。
「でもそんなの聞き流しているの。ぜーんぜん気にならない。程ほどに期待には応えるけど、程ほどに遊んでる。一人旅が好きだから、たまーに日帰りで出掛けたりね」
 自分で言うのも何だけど、要領がいいんだと綾は笑った。パチっとスイッチを切るように、物事を一瞬で切り替えられるのだと。
「本当、里香とは正反対だった」
「要領悪い人なの?」
「うん。一つのことが気になりだしたらもう駄目なの。鶫さんはさ、テストで一問目がわからなかったらどうする?」
「飛ばして次に行く」
「そうだよね。私もそうする。でも綾はね、一問ずつ順番に解いていかないと駄目なタイプなの。次に行くことが出来なくて、ずっと一問目を眺めてどうしようどうしようって泣いちゃって。宿題だって、全部の答えがわかるまで寝ないの。だから赤い目をして学校に来ることもあったよ」
 誰にだって解けない問題くらいあるのに。里香は不器用だったのだ。
 里香の両親は綾のとは違い、勉強を娘に押し付けるタイプではないそうだ。頭ごなしに勉強しろと里香が叱られているところを、綾は見たことがない。
 家族の仲も良かった。彼女の両親はあくまで静かに、しかし里香の将来を大きく期待していた。
 強迫観念に駆られるように彼女は勉強した。成績は二人の通う進学校でも常にトップクラスだった。
「中学生の時は、里香の存在がコンプレックスだったな」
「どうして?」
「のほほんとしていて何でも中途半端にしかやらない私と違って、里香は勉強熱心だったし、頭も良かったし。悩みが多くて神経質な所も、まるで私の理解出来ない遠い場所にいるみたいで羨ましかった。幼稚園を受験した時から一緒にいたから、私の親は何かにつけて里香と私を比較したし……。“私は私”――そう思えるまで時間がかかった。……あ、『どんぐり森』過ぎちゃった!」
 後ろの窓を指差して、綾が残念そうに言った。
「子供は入っちゃいけないって言われているんだけどね。小学生の頃は塾や習い事のない日には里香とよくあそこで遊んだんだ。走り回ったり、探検するだけだったけど楽しかったな」
 それはもう、会話というよりも独り言のようだった。
「私、里香が大好きなの。里香は私が好きだったのかなあ」
「好きだったと思うよ」
 こういう時、どんな風に喋っていいかわからない。鶫は照れ隠しのように、ぶっきらぼうに言った。
 近ければ近い程。大事な人であれば大事な人程。時に憧れたり、己のコンプレックスになることがあるのを、鶫は知っているのだから。
 綾の気持ちも少し、わかる気がした。

「そういえば、里香も言っていたな」
「何を?」
「『どんぐり森』のこと。よっぽど良い思い出だったのかな。私はこうやって電車の中で眺めるくらいだけど、里香はちょこちょこ森に行っていたみたいだから……。勉強に煮詰まった時に見に行くと、心が温まるんだって……」
 ガタン、ガタン。
 景色は素早くスライドしていって、めまぐるしく変わっていく。
 それを綾はぼんやりと眺めていた。過去を思い出すことに心を奪われ、今この瞬間を忘れているように。
「そうだよ……あの時も里香は勉強のことで悩んでて、こんなこと言ってたんだ……」

『あの頃が一番楽しかったの』

 その話を聞いたとき、鶫は窓から空を眺めていた。
 夕暮れ色に染まった雲をじっと見ていると、漠然と胸騒ぎがする――。

「ねえ、本当はね」
 と綾が言う。
「里香はもう生きていないと感じるけど、この世にいないという実感もないの。また会えるんじゃないかなって、信じている」


■□□□□■

 メモを片手に、シュラインは行方不明になっている三人の少女の家を回った。
 興信所内にいる間に晴嵐と少女たちの友人と学校を通じて連絡を取り、少女たちの情報を聞きだしていた。依頼者の幼馴染も形は少々異なるが行方不明者とあらば、関係者たちも自分から名乗り出てくれたのだ。特に神隠しにあった少女の家族はビラを撒いて情報を募っていたこともあり、シュラインはむしろ歓迎された。

「今思い出しても不思議なんです。家の中にいた筈の娘が一晩で消えたんですから」
「鍵はかけていたんですね?」
「玄関にはチェーンがかかっていましたし、娘の部屋のドアにも内側から鍵がかかったままでした。勿論窓にもです」
「随分厳重なんですね」
 シュラインの言葉に、両親は顔を見合わせた。
「信じてもらえるかわかりませんが、娘は誰かに監視をされていると言って警戒していたんです」
「監視? いつからですか?」
「いなくなる二、三日前です」
「他に、何か変わったことはありませんでした?」
「そうですねえ……。あ、良い夢を見たとも言っていましたね」
「それはいつ頃? どんな夢でしたか?」
「神隠しの一週間くらい前だったかしら。どんな夢かはわかりませんけど、やけに楽しそうでしたよ。あの子が元気になってくれたことが、嬉しくてね……」
 父親は声を喉に詰まらせた。
 その意味がシュラインにはわかっていた。友人たちに聞いた話では、この行方不明者の三人には幾つかの共通点があったのだ。

 ・高校三年生であること。
 ・非常に真面目な、けれど融通の利かない性格であったこと。
 ・大学受験で悩んでノイローゼ気味だったこと。

 そして唐突に姿を消す――。
 これはおそらく、偶然ではない。

 晴嵐が探し出した新聞の記事――シュラインが切り抜いて持ってきた――には、最後の一人である女子高生のことが書いてあった。
 そこには、家族が起きた時点で既に姿を消していた、とある。だがチェーンが外され靴もなくなっていることから、自分で家を出たことは確かなようだ。これだけであれば家出のようだが、財布も持たずに出掛けており、また彼女は早朝に目を覚ましては散歩をする癖があったそうで――半年前に目撃された不審な車のことがあるだけに事件の可能性も視野に入れて捜査しているといった内容で結ばれていた。


■□□□□■

[……という訳なのよ]
[わかりました。少し話が見えてきた気もしますね]
 首と鎖骨で興信所の受話器を器用に挟み、空いた手でメモを取りながら頷くみなも。彼女は草間と共に興信所に残り、メンバーと連絡を取りながら事件のことを一つにまとめているのだ。
[そっちは何かわかった?]
[はい。鶫さんから連絡があって、三島さんと佐藤さんのことがわかってきました。詳しい間柄とか、性格とか。シュラインさんが調べてくれた三人の内面的な共通点は、三島さんにも言えることみたいなんです]
[綾さん以外の、四人の共通点ということなのね]
[はい。それから、『どんぐり森』のことも。――で、晴嵐さんが『どんぐり森』に向かいました。まだ夕暮れだから一人でも大丈夫だろうって。調べてみたいことがあるそうです。さすがに森の中に一人で入るのは危ないので、シュラインさんもそちらへ向かっていただけると嬉しいです]
[わかったわ]
 電話を切った後、みなもは今しがた書き足したばかりのメモを見下ろしていた。
「他の共通点……共通点……んん……」
 シャープペンシルの芯を無駄にカチカチと出したり、淹れたばかりの紅茶を飲んだりしつつ――。
 みなもの頭に閃くものがあった。
 こんなことをしても、意味はないかもしれない。
 だけど、もしかしたら。
「草間さん、この辺りの地図があったら貸してください!」


■□□□□■

 そこは興信所の周りと比べれば確かに寂しい場所だった。
 森という自然が残っているせいもあるのだろう。住宅以外は電灯くらいしかなく、夜になったら通りたくない道の先で『どんぐり森』は口を開けていた。
「昼は遊び場かもしれないけど、夜に見たらまるでオバケでしょうね……」
 昼夜関わらずこんな所にやって来られた里香は、案外肝が据わっているのかもしれない。
 ――それだけ良い思い出の詰まった場所、ということなのだろうけど。
 森の前に来た目的は、里香の事件について黒い車の情報を集めることだ。

「いたいた。こんにちは、猫さん」
 晴嵐はしゃがみ込むと、一匹の野良猫に笑いかけた。
 にゃあと猫は鳴いた。
 こんにちは、と言っているのだ。
「猫さんは前からこの近くに住んでいるの?」
「そうにゃ。五年も前からここにいるのにゃから、古株にゃ。偉いのにゃ」
「ふふ。堂々としていますものね」
「そうかにゃ? まぁ、おいらに聞けば大概のことはわかるにゃね。おねーさんも、何か聞きたいことあるにゃ?」
「半年前の××月××日のことなんですけど、ここに不審な車がずっと止まっていませんでしたか?」
 覚えていないかな、と晴嵐は思っていたのに。
 野良猫はピクッと尻尾を震わせると、全身の毛を逆立てて言った。
「黒い車にゃあああああ?! あの憎っくき男のことだにゃ!」
「男性? 車の中の人を見たんですね?」
「見たも何も、アイツに蹴飛ばされたにゃ! おいらは餌ちょーだいと甘えただけなのに! こんな何もない所に車止めてじっとしている奴なんて他にいないのにゃから間違いないにゃ。背の高い痩せた男だったにゃ。引っ掻いてやろうと思ったのにすぐ車の中に入られて腹が立ったのにゃ! 次に見つけたらリベンジしてやろうと思っていたのにゃ」
「その後見かけましたか?」
「ううんだにゃ。他の猫たちにも聞いたけど、その時以外全く姿を見せていないのにゃ。間違いないにゃ」
「それって何時頃だったか覚えていますか?」
「夜の九時半頃だったと思うのにゃ」
 新聞の記事では午後八時頃に不審な車が目撃されていたとあったから、その後一時間半以上ここに停止していたということになる。
(怪しい……よね)
 里香が駅で目撃されたのが九時五十分。それからこの森へ来たとするなら――男と接触した可能性がある。

 シュラインがやって来て、二人で『どんぐり森』に入った。
 空はオレンジ色から赤になり、それすら暗い闇へと包まれようとしている。
「シュラインさん。フクロウさんを探してください」
 晴嵐は胸の鼓動が速くなっていくのを感じていた。もしかしたら、大切な鍵を手に入れられるかもしれないのだ。
「……聞こえたわ。こっちよ」
 シュラインの聴覚を生かし、すぐにフクロウは見つかった。
「お願いです、フクロウさん教えてください。半年前のこと……」
 ホーウ、ホーウ、ホーウ。
 森の主は悲しそうに鳴いた。語りたくない、と。
「お願いします。大事なことなんです……お願いです」
 頭を下げる晴嵐。
 しかしフクロウは樹の枝から二人を見下した後、くるりと方向を変えて飛んでいった。
 ――いくつかの言葉を地上に落として。

「シンダ」
「シンダ」
「コロサレタ」
「シンダ」
「イウ」
「――……タカラ」
「コロサレタ」

 フクロウさえもいなくなって、森は静寂に包まれていた。
 沈黙が重かった。
「妹さんに連絡してくれるかしら。予備校が終わったら二人で草間興信所に来てくれるかって」
「はい。わたしたちも戻りましょう……色々なことがわかりましたし……」
「そうね。一気に知りすぎたくらい」
 低い声でシュラインは呟いた。


■□□□□■

 やっぱり間違いない。地図で印をつけてみなもは確信した。
 あったのだ、もう一つの共通点――里香以外の、綾と三人の行方不明者とを繋ぐ事柄が。
 この四人は同じ市内に住んでいることはわかっていた。しかしそれだけではなかった。
 『どんぐり森』を中心として、全て一Km以内の距離なのだ。
 みなもはペンケースからコンパスを取り出すと、森に針を刺して素早く回転させた。
「森を囲むようにして家がある……」
 それも行方不明になった順に、家が『どんぐり森』から遠くなっていく。まるで大きな木がゆっくりと根を伸ばしていくように。
 四人の中で森から一番遠いのが綾であり、そしてほぼ同じ距離には――。

 草間興信所が、ある。



 終。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 1252/海原・みなも/女/13歳/中学生
 5560/日高・晴嵐/女/18歳/高校生
 5562/日高・鶫/女/18歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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 草間興信所『私は二回死ぬ(調査編)』にご参加下さり、誠にありがとうございます。佐野麻雪と申します。
 「ちょっとばかり謎っぽいお話を(といっても随分大雑把な謎ですが)」ということで今回は書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。少ない材料の中でみなさんそれぞれ鋭く迫っている部分があり、とても興味深くプレイングを拝見させていただきました。少しでも活かせていると良いのですが……。

 ※このノベルはタイトルにある通り『調査編』、つまり『前・後編』の前編に当たるものです。後編(解決編)も近々出す予定ですので「解決編、参加してやってもいいぞー」という方、もし宜しければご参加下さい。

 海原・みなもさま
 あくまで臨機応変にということで、あえて外には行かず室内に留まっていただきました。まるで生徒会の書記係のようで(全然違うかもしれませんが・笑)適役なのでは、と私は密かに思っています。

 ヒント=外部ではなく内部だとしたら?