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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


地獄の業火の符

□Opening
「困るんですよねぇ、符が言う事を聞かない、なんて言うのは」
 黒装束の符術師は、胸元から符を取り出し、不快感を露に相手を見据えた。
『嫌だ。ニンゲンを傷つける、のは、嫌だ』
 全身に炎を纏ったそれは、じりじりと後退しながら、何度も首を横に振る。
「それでは困る、と、言っているのです。貴方は僕が作り出した符を媒介して現生した。地獄の業火の化身とも言える存在。それが、人間を傷つけないとは何事か」
 符術師は、符を構える。
 地獄の業火の化身。そう呼ばれた者は、それでも符術師に従おうとはしなかった。たしたしと、その足音が響く。
 この世のものに例えるならばヒョウだ、と、蓮はその様を見ていた。
「おいおい、お待ち。この店を、戦場にするつもりかい? あたしは、使えない符は買えない。そちらの問題を、持ち込まれるのはかなわないね」
「ええ。すみませんでした。この符は失敗のようです。人間を傷つける事を拒否する地獄の業火など、意味が無い。すぐに消去します」
 蓮の声に、符術師は構えていた符に力を込める。
『待って! ねぇ、お願いだよ。ボクはニンゲンを傷つけるのは嫌だ。でも、でも。せっかく、ここに来る事ができたの。だから、消さないで。ボクを消さないで』
 炎を纏ったヒョウは、必死に願う。
「だとさ。まぁ、あたしは使える符なら、何でもいいけどね」
「馬鹿な。地獄の業火だぞ? それが、人間を攻撃しないなど、意味が分からない。意味が無い。お前は消えろ」
 ため息をつく蓮に、激昂する符術師。
 符術師は、もう一度符を構え、水を呼び出した。踊る水が、炎のヒョウに襲いかかる。けれど、ヒョウは逃げるばかりで、それ以上は何もできない。
 符術師もまた、人間、だからなのだと。
 その思いだけが、蓮に届く。
「だから、うちを戦場にするんじゃないよ。……聞く耳持たずか。いや、このヒョウに、人間を襲う以外の意味を与えたら、符にも価値ができる……?」
 自身の作り出した、”意味の無い符”を攻撃する符術師。その符に意味を与えることができたなら、彼は納得するのだろうか。
 ともあれ、怒りに任せて攻撃を繰り返す符術師を何とかしなければ。
 蓮は、また一つため息をついて、誰かに助けを求めた。

■01
 たしたしと水から逃げ回る姿を見て、シュライン・エマは少しだけ首を傾げた。
 ヒョウ、にしては少し身体が大きい。それに、彼の纏っている炎は、見た事がある。
「あら、このコ。……前に花屋で見たのと同じ種のコかしら」
 あの時、花屋を襲っていた豹は、確か尻尾が二本あったはずだ。
『こんにちはっ』
 たたたと、軽い足音が近づく。
 炎のヒョウは、シュラインの姿を見つけると、水を器用に避けながら走り寄って来た。全身の炎を調整しながら、シュラインの周りを嬉しそうにぐるぐると回る。それから、尻尾をばたばたとばたつかせて耳をぴくぴくと上下させた。
「こんにちは、ふふ、大丈夫熱く無いわ」
 近づいてきたけれど、一定の距離を保っているのは、自身の熱を気にしているとすぐに気がついた。ヒョウの炎は、シュラインを避けるように逃げるように、誰も傷つけまいと動く。
『よかった! えへへ』
 以前見た豹とは随分印象が違う。瞳を輝かせてシュラインを見つめる炎のヒョウ。彼を撫でた手のひらは、驚くほど普通の温度だった。

□04
 店を戦場にされてはかなわない、と、蓮は言った。けれど、彼女は、あせりはしない。
 目の前では、荒れ狂う水と飛び回る炎が踊っているというのに、相変わらず腕を組んで、成り行きを見守っている。
「この水の流れは静かに変わる。美しくきらめく虹になるまで」
 場にそぐわない、美しい言葉。
 長月・マホロは、符術師の繰り出した水を優しい流れに変えた。きらきらと、拡散した水しぶきは、もう何も傷つけはしない。ヒョウを襲っていたいくつもの水の流れが、ただ虹を描く。
「水を、……はっ、だから何だと言うんだ!」
 符術師は、自分の符が否定されたと感じた。
 符で操っていた水が、自らの意思とは関係なく変わっていく。それが、大きな否定だと感じた。
 符術師は、新しく符を構える。
 その符がそれ以上動く事はなかった。
 符術師の腕に、幾重もの影が絡みつく。
 蓮の隣で、ゆらりと動いたのは黒・冥月だった。冥月は、自然に流れるような動作で、少しだけ手を握るようなし草を見せる。すると、符術師に迫っていた影が、一斉に彼を拘束した。
 伸びる影から逃げる事ができない。
 絡まった影を振り払う事ができない。
 どんなに力を込めても、動く事ができない。
 ぐぅと、符術師は、小さく呻いた。
「それにしても、頭の固い符術師ねぇ」
 冥月の影に自由を奪われながらも、何とか動こうとする符術師を見て、シュライン・エマはくすりと笑う。まぁ、それも自分の仕事、符に対して思い入れが強い故だろう。
「と言うことは、本来はどういう力を有する符か、重々理解しているわよね」
 言葉にならないうめき声を上げ、なお諦めない符術師に向かって、シュラインは問いかける。
「地獄の業火と言ったわね」
「そ、う……だ。全て、を、焼き……尽くす、炎……」
 符術師は、口を開いた。影に拘束されながら、それでも、自らが作り出した符を語る。そのプライドに感心した、と言う風にシュラインは頷いた。冥月に目配せをして、影を少しだけ緩めてもらう。
「焼き尽くす、か、でもこのコの能力ってたったそれだけ、なのかしら?」
「な、ん、だと?」
 拘束が緩んだ符術師は、シュラインの挑戦的な口調にむっとした口調で切り返した。シュラインの冷ややかな視線も癇に障ったと、表情に出ている。
 さらに気に入らないのは、シュラインと冥月の間でちょこんと座っているヒョウだ。
 自分が作り出したモノだと言うのに、何故突然割って入って来た者に気安く話すのか。その上、言葉で符術の水を退けたマホロがヒョウに近づくと、ヒョウはぱたぱたと尻尾を上下させた。
「わぁ、懐っこいねぇ! あはは」
『えへへ。こんにちは』
 女子供とじゃれる姿は、符術師の意図したものでは無い。
「随分と近づいても、熱くないものね。これも、このコの力と言うわけなのかしら」
 一旦底へ叩き落としてから、少しだけ持ち上げる。
 シュラインの話術に、符術師は気がつかなかった。
「まぁ、な。地獄の業火、とは言うが、そいつの力は火だけではない。自在に火を操り熱を支配する所にあるのさ」
 ようやく冥月の影の力が弱まり、符術師は今までの鬱憤を吐き出すように語る。シュラインは、神妙な顔を作り頷いた。熱そのものを支配できるのなら、どんな事にでも応用できるではないか。それを、人間の攻撃のみに使うなんて、視野の狭い考え方だ。そう感じたけれど、微塵も表には出さない。
「で、なぜ人を害する事を嫌う? 理由を言え。嫌だからというのは許さんぞ」
 どうやら、符術師も少し落ち着きを取り戻した様子だ。
 冥月は、シュラインと符術師のやり取りを横目に、ヒョウに向き合った。屈んで少し睨むようにヒョウを覗きこむ。マホロとじゃれあっていたヒョウは、きょとんと冥月を見上げ、ぱたりとしっぽを振った。
『ボクね、うん、と。昔ニンゲンに遊んでもらった事があるよ! あ、でも、これは本当は内緒なの。えっと、ココにもボクはいるけど、本当のボクは森の中の住人なんだ』
「符を媒介に、こちらの世界に現生している、と言うところかなぁ?」
 たどたどしい言葉で、何かを伝えようとするヒョウ。マホロは、冥月とヒョウを見比べながら、自分なりに考える。とは言え、ここではないどこかに彼がいると言う事と、人間を傷つけたくないと言う事が何になるんだろう?
 首を傾げるマホロの隣で、ヒョウはくいと冥月を見上げる。
『おいかけっこも楽しかったよ。沢山優しくしてもらったんだ。だから、ニンゲンはトモダチなんだ。トモダチを傷つけるなんて、できないよ』
「だ、そうだ。これだけの人格と意思があるんだ“そういう風に”呼出したお前にも責任あると思うが」
 はじめて、冥月が符術師を見た。
 ヒョウが符を媒介にしてここに現生していると言うのなら、人格・意思を含めてそう作った符術師にこそ責任があるのではないのか。
「確かに、そう考えるのが妥当ね」
 シュラインは、もっともだと頷いた。
「なるほどぉ。良く分かりました!」
 マホロは得心がいったと手を打った。
 蓮はにやりと笑う。
 符術師は、言葉を詰まらせて、呆然と立ち尽くした。

□05
「で、事がおさまったのはいいが、この符はどうするかねぇ?」
「人間を傷つけない役割だって、沢山あると思うわ」
 水の攻撃は、すっかりやんでしまった。しかし、符術師は、気まずいのか何も言葉を発しない。
 蓮の言葉に答えたのは、シュラインだった。
「そうですよ! 一緒に考えようよ」
 すっかりヒョウと打ち解けたマホロは、片手を上げて主張する。
『ボクの役割?』
 ヒョウは、興味深げにシュラインとマホロの間を行ったり来たりした。
「それより蓮、喉が渇かないか?」
「はいはい。わかったよ」
 符を意味付ける相談には参加しないのか、冥月は蓮を促す。蓮は心得ていると言う感じで、小ぶりの茶器を取り出した。いつの間に用意していたのだろうか、茶器を温めるために注がれるお湯は湯気を立てている。
 蓮は、その場にいる全員の茶を用意して、机に腰を下ろした。
 それに冥月が続く。
 手のひらよりも小さな茶器にマホロは首を傾げた。その隣で、円を描くように滑らかにそれを持ち上げたシュラインは、マホロに微笑みかけ大丈夫よと静かに喉を潤す。マホロは、はぁと少しだけ間を置いてから、シュラインの手際を真似た。
「自由に熱を操れるのなら、その熱を利用するのはどうかしら。人を焼いたりするよりも需要はあると思うわ」
「熱を、利用する、ですか?」
 ほっと一息ついたところで、シュラインが提案する。それにつられるように、マホロが考える仕草を見せた。
「ああ、温度調整ができるんだったら、冬は子供の遊び相手、とか?」
「……、夏はどうするんだい」
 しかし、マホロの提案は静かに蓮に却下された。
 ぐぅ、と、言葉に詰まり、恥ずかしさを紛らわせるようにヒョウを撫でる。
「そうね、例えば……、ピザとかガラス工房の窯を調整したり炭を作ったり、刀鍛冶を手伝うって言うのもあるわね」
「凄い! 何にでも応用できるんだっ」
『ガラス工房ってなぁに? ガラスを作るの?』
 指を折って可能性を上げるシュラインに、マホロが手を叩いた。ヒョウは、はじめて聞く単語に、目をきらきらと輝かせる。しっぽがぱたりぱたりと動いた。
 シュラインは、一旦言葉を切って、符術師を見る。
「地獄の業火が、……、攻撃用の符にならない……と」
 符術師は、いつの間にかテーブルの輪に入り込み、ちゃっかり高山茶を味わっていた。しかし、自分が符を作ってしまったという事実を突きつけられた事がショックだったのか、その瞳に覇気はない。
「と言うか、こいつは何故符を売りに来たんだ? お前も置くだけ置いてやったらどうだ」
 符を売りに来た、と言うことは自分で使わないと言うことだろうか。冥月が蓮に話をふると、彼女の口からくすりと笑いが漏れた。
「普段はね、とても腕の良い符術師なんだよ。こいつが作る符は、力の弱い者でも扱えるような簡単で安全な物が多いんだ。その代わり、絶対的に安い。あたしもそれが気になってね、定期的に仕入れているのさ」
「……、はぁ、おかげで失業せずにいられます。けれど、やはり、自分の意図しない符は売れないと、思いまして」
 符術師は、苦しそうに顔をゆがめる。
「そう言うことなら、使い道など客に任せればいいじゃないか」
 事情を知って、冥月は面倒くさそうに息を吐いた。
「ああ、そうだねぇ、あんたが買ってやったらどうだい?」
 妙案を思いついたと、蓮が笑う。冥月は、顔をしかめて、しかし明言を避けるようにヒョウをちらりと見た。
「で、お前は何をしたいんだ?」
『ボク? ボクはねぇ、ずっとこっち側にいたい。たまに、ニンゲンと遊べたら嬉しいな』
 急に話をふられたヒョウは、それでもきちんと自分を主張する。遊べたら嬉しい、それを口にする時、ヒョウが笑ったような気がした。
「どうしても戦いに巻き込みたいというのなら、呪術的な防具を作る工房へはどうかしら? このコは、どちらかと言えば、それを望んでいないような気がするけど」
「たしかに、地獄の業火、この言葉はその響きだけで力に満ちてる。それを、術式のアイテムに組み込んだなら……、けれど、ヒョウさんは、あんまり嬉しくないと思います」
 シュラインは、一応、符術師の顔を立てるように言葉を選ぶ。最後に刺した釘は、ぐさりと符術師に突き刺さったようだけれど。その上で、追い討ちをかけるようなマホロの言葉に、符術師はがっくりと肩を落とした。
「そうですね。意志を修正できないのならば、無理強いしても力が半減するだけ。分かりました、この符は彼の望む形に作り変えます」
 その言葉に、炎を纏ったヒョウは、皆の周りをぴょこぴょことはしゃぎ回った。

□Ending
「最近の老人ホームと言うのは優雅でな。ガラス工房の体験教室なんかも将来的に開催したら良いと思う」
 こほん、と。
 冥月は一つ咳払いをして、皆の顔を交互に見た。
「まぁ、老人が動物と戯れるのは、良い刺激になると聞く」
「つまり?」
 ぶつぶつと、何かを語ろうとする冥月を蓮が急かす。シュラインも、黙って微笑んでいる。
「昔、地上げ屋に狙われたホームと関わった事があってな、確か、今でも嫌がらせがあるとかないとか」
 冥月は、言いながらヒョウをじっと見た。
「そこで、番犬でもやってみるか?」
『ばんけん……、ニンゲンを守るって事?』
「ああ、お前がいるだけで厄介な奴らは逃げるだろうしな、普段は炎を調整して老人達と色々遊んでやれば良い」
 冥月の提案に、ヒョウはこくりと頷いた。
「よかったねぇ。頑張れ!」
『うんっ。ボク、頑張る。ありがとう』
 マホロとヒョウは、嬉しくて嬉しくて、互いに跳ねあって喜んだ。
「良かったと言うわけだな。まいど、お買い上げ感謝するよ」
「……、仕方が無いな、言い値で良いさ」
 蓮は仕入れようとしていた符が右から左に動いて、満足そうににやりと笑う。冥月は、少しだけ肩をすくめて、瞳を閉じた。ま、はした金だよ、と、呟く様まで優雅だ。
「あのぅ、そう言えば、符っておいくらくらいするんでしょう? はした金って、千五百円くらい?」
 マホロが、こそっとシュラインに耳打ちする。
 どうやら、符は冥月が購入する段取りの様子で、その符はホームの警護に使われると。納得しかけていたマホロだけれど、少しだけ現実問題に気がついた。
「ん? ふふふ。知らないほうが、良いかもね」
 シュラインは、女子高生の金銭感覚に優しい笑いを浮かべて、人差し指を一本口元で立てた。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【6868 / 長月・マホロ / 女性 / 16歳 / 高校生兼言霊師】

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■         ライター通信          
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 この度は、ノベルへのご参加有難うございます。符術師との戦いが案外あっさりと片付いた感じがありますが、いかがでしたでしょうか。私は、店が崩壊してしまっては元も子もないですし、これでおさまって良かったかなーと思っています。
 □部分は集合描写、■部分は個別描写になります。

■シュライン・エマ様
 こんにちは、いつもご参加有難うございます。様々な提案をありがとうございます。最終的に、ヒョウの希望に沿う形でおさまったのではと考えています。プレイングを拝見してすぐに、ガラス工房、素敵だなーと思いました。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。