コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


喫茶「エピオテレス」〜邪と聖、彼と彼女〜

 今日も暇。暇。暇。
 喫茶「エピオテレス」のウエイトレス、クルールは大欠伸をして客席でぼんやりしていた。
 短く切ったまっすぐなピンク色の髪、今はだらけた金の瞳――
「暇は……楽、だけどねー……」
 もう一度大欠伸。と、
 ちりん……ちりん
「!」
 店に誰かが入ってきた。クルールはすかさず立ち上がり、
「いらっしゃいませー!」
 と裏声を上げながらかわいらしい表情でお客様の元へ――
「じゃじゃーん、今日も桜華御兄さんの登場だぁ!?」
 ――客の顔を見た瞬間、クルールはがくっと肩を落とした。
「客じゃなかった……」
「客! 客! 認めて!」
 と騒いだのは、宵守桜華という名の男……

「あ、注文は珈琲、砂糖とミルクありありで。追加でクルールさんを一つ」
 クルールが無表情に銀のトレイを振り上げる。
「いや俺が悪かった。調子に乗った」
 桜華はどうどうとクルールをいさめた。
 この店の店長兼厨房番のエピオテレスがカウンターからその様子を見て、
「クルール、お話相手はちゃんと務めなさいな」
「えー、こいつのー?」
「桜華御兄さんの相手が出来るのはクルールだけなんだ、知ってた?」
 桜華は真顔で本気なんだか冗談なんだか分からないことを言った。
 クルールは桜華を見下ろして眉間にしわを寄せ、
「……確かにあんたは男共とは相性合わないと思うけど……」
 そーだそーだと店の奥からはやしたてる声が聞こえた。
「クルール! お前はそいつにきっちり喰われてこ――い!?」
「物騒な台詞は吐くな」
 クルールと同じく店の居候のフェレが、向かいに座っていたエピオテレスの兄ケニーに腕に根性焼きをされていた。

 さて、桜華という男は禍々しい業を背負った辛い身である。その場にいるだけで邪気を撒き散らす。
 対してクルールは天使である。その場にいるだけで聖なる輝きを撒き散らす、言うなれば浄化者だ。
 最も能力的に桜華の方がクルールより上のため、目下桜華が浄化されるのではなく、クルールが桜華の邪気から逃げなくてはいけない状況だった。

 クルールは椅子に手をかけ――
 桜華が座っている場所をにらみつけ、にらみつけ、にらみつけ、ものすごく考え込んだようだった。額に汗まで浮かんでいる。
 ――いつか、あんたの傍にだって慣れてやるさ
 そう、彼の前で宣言したことがある。
 慣れる、ためには。
 あえて、近くを選ぶという方法もある。
 ――そのクルールの思考を遮るように、エピオテレスが淹れ立ての珈琲を持ってきた。
 彼女もその身に精霊を宿しているため、桜華の近くも普通に居られるとはとうてい言いがたいのだが、クルールほどひどくはなかった。
「はい、桜華さんごゆっくりどうぞ」
「ありがと店長さん」
 うーんいい香り、とエピオテレスの背中を見送ってからそう言った桜華は、やがてクルールを見て、
「無理しなさんな」
 と声をかけた。
「俺はクルールのそんな顔をずーっと見てたくて来たわけじゃねえ」
「………」
 するとクルールは、今度は情けなさそうに一瞬表情を翳らせた。
 桜華は自分のために一生懸命なクルールがかわいかった。いーのいーのと手を軽く振って、
「適当に離れてていいからさ。喋ってりゃその分距離は近く感じるって」
「………」
 クルールは何も言わず、間2人分は離れた場所の椅子に座った。
 うわー遠いーとか思いながらも、桜華は苦笑するに留めた。

 エピオテレスはクルールの前に、ミルクティーを置いていく。
「ん? 珈琲飲めない?」
「……苦い」
「そーかクルールもまだ子供だなあ」
「うるさいっ」
「確か17だっけ?」
 俺の8つ下か、結構歳の差あるな、と桜華がぶつぶつつぶやくと、
「……あたしの種族に年齢差なんて気にするやつはいない」
 クルールはミルクティーにくっついてきたストローをもてあそびながら応える。
「第一、25ならケニーと一緒だろ。身近この上ないさ」
「ケニーっつぅと……誰だっけ?」
 桜華がぐるっと喫茶店を見渡す。
 クルールはふるふると手を震わせた。
「前から思ってたけど……あんたケニーのこと度外視しすぎだ!」
「……クルール、お前が怒ることじゃないだろう……」
 と、フェレに根性焼きを入れていた背広の男がこちらに向かってひらひら手を振ってきた。
「おお、俺をそもそもこの店に入れてくれた御兄さん!」
 いやー同い年だったか、とぽんと手を打ってから桜華はケニーに手を振り返した。
 しかしクルールはわざわざ席を立ち腰に手を当て、びしっとケニーを指差しながら、桜華にまくしたてた。
「あれがケニー! 本名ケルドニアス・ファラ・エヴァス! 25歳! イギリス人だけどアメリカ育ち!」
 続いてケニーの向かい側で、根性焼きされた腕をエピオテレスに応急処置されている青年を指差し、
「あれがフェレ・アードニアス! ケニーの本名から適当にもじって作った名前で本名は知らない! 純粋な日本人! 20歳!」
 続いてフェレの応急処置をしている店長を指差し、
「あれはエピオテレス・ミルス・エヴァス! 今21歳当然イギリス人!」
 そこまで一気に並べ立て、はあ、はあとクルールは肩で息をした。
「そこまで力入れんでも……」
 桜華は呆気に取られたが、
「うるさいっ!」
 怒鳴り返された。
 ――桜華はクルールがこんなに一生懸命に店の人間を認知させようとする理由を考えてみた。
 クルールは17歳という若さ――天使の『若さ』が何歳かは知らないが――で天界から1人ここに降ろされた。
 彼女を見ればすぐに分かる。クルールは寂しがり屋だ。その彼女からしてみれば――
(……ああ、この店の人間は“家族”か……)
 その大切な“家族”を、1人でもないがしろにされるのは許せないのかもしれない。
 桜華は仁王立ちしているクルールを見て、苦笑した。
「羨ましいねえ、大切なもんがあって……」
 クルールは虚を突かれたような顔をして、すとんと椅子に座った。
「……お前……は」
「俺? いんや、親父と御袋が居る。別に不満はねえぞ」
「―――」
「ああ、ああ、そこで変な詮索無しな」
 片手でクルールを制して、桜華はもう片方の手で珈琲に砂糖とミルクを自分の好みの量だけ入れた。
 そしてスプーンでかきまぜ、ずずずっと飲む。
「おー、さすが。美味ぇ美味ぇ」
 ありがとうございます、と遠くからエピオテレスの優しい声が聞こえ、
「当たり前だ。テレスの淹れた珈琲だ」
 クルールがふんと鼻を鳴らす。
 桜華は笑った。

「――んあ? そーだなー、学生生活はソコソコ愉しかったかもなー」
「学生生活?」
 クルールが身を乗り出した。金の瞳が、きらきらと輝いていた。
「例の、“学校”ってやつにカヨウ生活だろ? どんな生活? なあお前はどんなジュギョウ受けてどんなすぽーつやった?」
「あん?」
 クルールの顔が近くなった――のはいいが、なんだろうこの食いつき方は。
 と思っていたら、テーブルの近くをカウンターに戻る途中のエピオテレスが通り、
「この間この子とフェレに学校生活を少しだけ教えてあげたんですよ。楽しかったらしくて……」
「俺は楽しんでねえぞ!」
 すかさずフェレが怒鳴ってきたが、それは無視。
「へえ……クルール、御前さんはその時どんなことやったのよ?」
「バスケやった!」
 クルールはとても嬉しそうににっこりと笑う。
 一瞬、桜華は見とれた。――そんな表情のクルールは初めて見たから。
「桜華?」
 呼ぶ声で我に返り、あ、ああと慌てて話を戻す。
「バスケをフェレとやったのか? One on Oneかまさか」
「わんおんわん? なにそれ」
「ちげーよ。2対2だった」
 向こうからフェレのぶすっとした声がする。
「うん? てこたぁクルール、フェレと一緒のチームか」
「そうだったけど……」
「そりゃ……苦労したろうなあ」
 うんうんと桜華が腕組みをしてうなずくと、「どういう意味だ!」とフェレが立ち上がりかけ、また根性焼きを入れられていた。
「兄様やめて、フェレはただでさえ傷痕が多いのだから……この店でいじめでも受けてるのかと思われてしまうわ」
 エピオテレスが慌ててまた湿った綿を手に飛び出してくる。
 相変わらず騒がしい店だ。
 ――この騒がしさがクルールの寂しさを埋めるのか。
「おう! 俺の学生生活は騒がしかったぜ〜」
 桜華は元気よく話し始めた。クルールがテーブルの端に両手をついてうんうんと聞いている。
 上機嫌そうだ。
 子供のように光る金の瞳を見て、桜華はひどく満足した。

 桜華の学生生活の話題がひとしきり終わると、なんだかしんみりした空気が流れた。
 クルールがストローでミルクティーを飲みながら、視線を落としている。
 ――何を考えてるんだ?
 桜華は悪戯心で、手を伸ばしクルールの鼻先をつんとつついてみる。
「うわっ!」
 クルールは桜華の手を払った。ついでにストローまで吹き飛ばし、ミルクティーが散った。
「うお」
 桜華の服にまで飛んで、エピオテレスが慌ててタオルを持って飛び出してくる。何というかこの店長は動きが早い。
 クルールは桜華を威嚇するように椅子ごと退く。
 エピオテレスが桜華の服を直接拭こうとするのを制し、タオルを受け取って自分で拭きながら、桜華は笑った。
「な。今触っても別にバチィッとか弾かれたりしなかったなあ。いいよな、こんな感じ」
 代わりにクルールの心がバチィッと弾けた気がしたが。
 クルールは眉根を寄せて……やがて、
「お前……人間に触ると何か障害になったりするのか」
「おう成る成る。神主とかに触った日にゃ俺様焼き殺されるかと思った事もあるぞ」
「――以前一緒に戦った神主は――」
「奴さんはそれを察して俺の傍には来なかったな、有り難ぇ事だ」
「………」
 クルールはうつむいた。エピオテレスがクルールの体にも降りかかっているミルクティーを拭こうとするのを首を振って拒んで。
「……あたしがあんたに触れても平気なのは……あたしが弱すぎるからだ……」
「は?」
「まっとうな天使に触れたら、いくらなんでも平気なわけないだろ、あんた」
「ちょ、ちょい待て」
 そう言えばクルールは自分が一人前の天使でないことにコンプレックスを持っているのだった。桜華は慌てた。
「いいじゃねえか、俺はその方が嬉しいぜ?」
「………」
「――クルールが強くなって、俺はクルールに近づけもしなくなるんだってんなら……俺は、今のままがいいって思っちまうけど……」
 駄目か。クルールは強くなることを望んでいるのだ。
 まさか俺が弱くなる――なんてことは残念ながら有り得ないことだ。
「でもなあ……」
 桜華はテーブルに頬杖をついて、クルールを目を細めて見つめた。
「……確かに、クルールがもっと輝くところってのは、見てみたいかも知れねぇな」
 クルールは視線だけを上に上げた。上目遣い。うわ、かわいい。
「お前……苦労したんだろうな」
 お、と桜華は口をつぐみかけた。この話題、一番嬉しくない。
「あのな、俺の糞面白くないそーゆー話よりも」
 桜華は珈琲カップを空にした。すっかり冷たくなっていた。
「別にいいだろう? 誰が何か何て。俺が此処、御前が其処―――そうして話している。其れが愉しい」
 優しい目でクルールを見る。クルールが小首をかしげて桜華を見つめ返してくる。
 何だか、それは少しだけ――色香が漂う雰囲気で。
 桜華はあっはと笑った。
「……なぁーんて、どうよ昨日寝ないで考えたんだぜ!?」
 ぎゃははと笑う桜華に、意味も分からずクルールが頬を真っ赤にして、
「何だそれは、桜華! 真面目にやれ!」
 と怒鳴ってきた。
 あはははと笑いながら、桜華は思っていた。――真面目だ、大真面目だ。
 深夜放送のふるくさーい恋愛映画を観て、本当に寝ないで考えたんだ。
 どうすれば伝わるのか。
 どうすれば――このまだまだ幼い心も残した天使に、片鱗だけでも伝えられるのか。
 反省はしていない。
 ……本音でもあるから。

 だからクルール。もっと怒ってくれ。もっと……笑ってくれ。
 悲しそうな顔はしないでくれ。
 俺の体質は変わらない。お前の体質も変わらない。そうだとしても。
 俺も、お前が笑えるように努力するから。
 今は、怒らせることしかできないとしても……

「俺が見てえのはさ……」
 桜華は珈琲をおかわりしながら、小さくつぶやいた。
「天使としてじゃなくてさ……笑って輝いてる……そんなところだからよ……」
「………? 何か、言ったか?」
「何でもね」

 金の瞳、ピンク色の髪。
 ぶっきらぼうなのに愛らしいことこの上ない少女。

「ふっしぎだねえ」
 桜華は笑った。
「俺と、御前さんが出会った事がよ」
「不思議なことはないさ」
 クルールは視線をそらして言った。
「……よくも悪くも、聖と邪は引き合う……」
「うわ、俺を邪って言うの!?」
「他に何かあったっけ?」
 ふんと横を向くクルール。しどいしどいとわめきながらも、桜華はそんなクルールがかわいかった。

 雑談の中に見出す彼女の表情。
 怒ったり笑ったり。沈んだ表情をするなら俺が盛り上げる!
 2人の間にある物理的距離なんか関係ない。お互い其処にいて、此処にいて。
(……とりあえず、いいさこれくらいの関係で)
 桜華は現状が心地よかった。もちろんこの先どうなることやら分からないけれど……

 魔だ、魔だ、と追い掛け回された日々。
 そんな中で、ふと目の前に舞い降りた天使……

 まだ未熟な天使は、仁王立ちになって、今、桜華を拒むことなくまっすぐと見つめてくれている――


 ―FIN―


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【4663/宵守・桜華/男/25歳/フリーター/蝕師】

【NPC/クルール/女/17歳/喫茶「エピオテレス」ウエイトレス】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
宵守桜華様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回も喫茶「エピオテレス」へご来店ありがとうございました。
お届けが大変遅くなり、申し訳ございません。
今回はクルールも笑ったりと、色々表情を見せましたがいかがでしたでしょうか。
よろしければ、またのご来店お待ちしております。