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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


永久の歌声


「良く来たね、面白い物があるよ」
 開口一番、挨拶代わりにこのアンティークショップの店主である碧摩蓮が告げてくるのは、凡そ、いつものことだった。蓮は悪戯めいた、楽しげな笑みを浮かべながら、一つの箱を持ち出してきた。
 精巧な薔薇の細工が施された、長方形の宝石箱である。蓮が面白いと言うのは宝石箱そのものではなく、据え付けられている、良くあるシリンダー・オルゴールらしい。
「そう、どこからどう見ても壊れていない。螺子が外れているわけでもないし、弁が錆びているわけでもない。ぜんまいだって……」
 言いながら、蓮は何気ない手つきで“ぜんまい”を回した。ゆっくりと回されたそれは蓮の手が離れると同時に、逆向きに回り出す。弁は問題なく円筒のピンを弾いてゆくのだが、それに伴うオルゴールの音色が響かない。

「……どんな音が鳴るのか、気にはならないかい?」
 つまりは何とかしてこのオルゴールを鳴らしてみせないかと、そういうことらしい。





「私、オルゴールのことは全然詳しくないんですけど、いいですか?」
 そう言いながら微笑んだのは樋口真帆だった。ぜんまいだけを回しながら尚も声を発さないオルゴールを、そっと持ち上げてまじまじと見ている。
「ああ、構わないさ、真帆。あたしもここだけの話、構造とかそういうのはさっぱりと言っても過言じゃなくてね」
「不用意に触らない方がいいわよ、真帆ちゃん。呪われてるかもしれないから」
「あやこさん、大丈夫ですよ」
「……あやこ、それじゃあたしはとっくに呪われてるじゃあないか」
 ゆっくりとそう告げる真帆の後ろから顔を覗かせるのは藤田あやこである。あやこの言葉に、蓮は笑いながら目を瞬かせた。そうして、オルゴールを調べる真帆へと視線を移す。
「鳴らない理由……何だろう。音を奏でる意味を失くしてしまったから、かな。あやこさんは、どう思いますか? ……やっぱり、呪われていそうですか?」
 あやこはあっさりと頷いた。
「うん、私はやっぱりこれは呪いだと思うのね。例えばこれは不倫の贈り物で、怒った本妻の霊が邪魔をしているとか。あるいは死んだ恋人の思い出を吹っ切るために封印の術が掛けられたとか。行方不明の相手がきっと帰ってくると信じている霊が一緒に歌う時のために曲を封印しているとか。嫌な事を思い出したくないために霊が邪魔しているとか。三角関係の邪魔をしたい女の邪念が贈り物に憑いているとか。他にも……」
 息を継ぐ間もほとんどなさそうな勢いで次から次へと出て来るあやこの『呪い』説を、真帆も蓮もある種感心しているような、あるいは呆気に取られているような、そんな面持ちで聞いていた。
「……真帆はどう思う? 音を奏でる意味を失くした、って?」
 あやこが一息つく頃合を見計らって、蓮が真帆へとさりげなく言葉を促す。真帆は持ち上げていたオルゴールをそっとカウンターの上に戻すと、その表面の細工を撫でながら呟いた。
「何て言えばいいのかな……この子の歌を聴いてくれる人が、どこにもいなくなってしまったから。だから、音を奏でる意味を失くしてしまったんじゃないか、って」
「なるほど、二人とも面白い想像力を持っているね。あたしとしては、どれでもありだと思うよ。じゃあ問題は……どうすればこいつの音が鳴るか、だ」
 蓮は不敵な笑みを浮かべながら二人の顔を交互に見た。そして、人差し指で宝石箱の表面をなぞる。
「とりあえずはどんな曲なのか、メロディーを楽譜に書き出してみようと思う。歌を忘れているだけとか、そんな可能性もあるかもしれないし」
 言うが早いかあやこはノートとペンを取り出してカウンターの上に広げると、五線譜を書き始めた。真帆は少しだけ考えるような間を挟んでから、蓮を見て、あやこを見て、頷く。
「……じゃあ、私、この子の想いと記憶を覗いてみます。あやこさんは、音色の方、お願いします」
 真帆はオルゴールに手を触れさせると、そっと目を閉じた。





 夢を渡る能力を用いてオルゴールの意識の中に入り込んだ真帆は、言わば眠っているのと同じ無防備な状態だ。もちろん、この店内で何か良くないものに襲われるという事態こそないだろうが、けれどあやこは注意するように真帆の様子を見ながら、オルゴールの旋律を五線譜に書き出していた。
 最初の何小節かを書いていくだけで、それが既存の曲ではないとすぐにあやこは理解する。
「オリジナル……か。特注品よね、これ」
「だろうね、この箱の細工自体も、どこかの職人の手によるものだろう」
 機械がつくるようなそれではない、しかし、どこまでも繊細に精密に計算し尽くされた上で彫られている模様。美しく磨き上げられたそれ自体が、ある種の、完成された芸術品であるようにも見える。
「想いが宿るものなら……音色そのものを封じなければならなかった理由は……」
 円筒に刻まれた旋律をひとつひとつ確かめるために、あやこは、真帆を起こさないようにと細心の注意を払いながら、何度もオルゴールの螺子を巻いた。弁を抑えて奏でる時のそれと同じ、かち、かち、という無機質な音ばかりが、静まり返った店内に広げられてゆく。
「例えば気分がすごくハイになっちゃったりあるいは逆だったり……? 蓮さん、玩具のピアノか何か、ある?」
「ピアノ? そりゃあ、あるにはあるけど……弾いてみるのかい? 歌ってみた方が早いんじゃないかい? あたしは、メロディーそのものには呪いはかかってないんじゃあないかと、思うよ」
 蓮はキセルを揺らしながら、楽しげな様子であやこを見ている。
「それこそ呪いを解くとかだったら、ピアノよりあんたの歌の方が、ずっと効果はあると思うんだけどねえ……どうだい?」
 悪戯めいた眼差しすら向けてくる蓮に、あやこは、それも一理あるかもしれないと考えたのだろう。完成した楽譜を眺めやりながら、静かに、その旋律を口ずさんでみる。
 やはり、何か良くないことが起こるような、そんな気配はどこにもなかった。





 五線譜の上に踊る音符をひとつひとつ追いかけながら、あやこは首を傾げる。
「……特に呪われたりとか、そういうことはなさそう……?」
「音色そのものが呪われているんだったら、やっぱり、あんたより先にあたしが呪われるだろうね、あやこ」
 蓮はやはり楽しげに笑いながら、あやこと同じようにオルゴールが奏でるはずのメロディーを口ずさんでいた。
「……ええ、あやこさん。蓮さんの仰るとおり、やっぱり、これ、呪われたりはしてないですよ」
 オルゴールに触れたまま微動だにしなかった真帆の目が、ふっと開かれる。
「おや、お目覚めかい、真帆。……良い夢は見れたかい?」
 夢を渡り現実世界へと意識を戻した真帆は、そんな蓮の呼びかけに、にっこりと笑って頷いた。
「この子、歌うのが少し、怖かっただけみたいです。誰も自分の歌を、聴いてくれないんじゃないかって思って、ずっと……あやこさんも、蓮さんも、一緒に歌ってあげてくれますか?」
 言いながら、真帆は小さなハーモニカを取り出し、口元に当ててそっと息を吹き込んだ。先程あやこと蓮が口ずさんでいたものと同じメロディーが、紡がれる。

 落ち着いた静かな音色。それは、例えるならば、ひだまりの中にいるような優しさを感じさせる──そんな響きを持つ、歌声。
 あやこと蓮は顔を見合わせて小さく頷くと、真帆のハーモニカの音色に合わせて歌い始めた。同時に、蓮がオルゴールのぜんまいを巻き、そっと手を離す。
 かち、かち、と、音色を鳴らさずに無機質に弁を弾かせるだけだったオルゴールが、──不意に、歌を奏で始めた。真帆は目を細めてハーモニカを吹き続け、あやこと蓮は驚いたように目を見開くも、やはり、歌を歌い続けた。

 やがて曲が一回りしたのを聞き届けてから、真帆はハーモニカを吹くのを止める。オルゴールはまだ回り続け、ぜんまいが切れるまで、歌を奏で続けていた。
「……もう、大丈夫だね?」
 蓮は再び螺子を巻き、オルゴールの様子を見た。オルゴールはもう、口を閉ざすことはなかった。
 それから我に返ったように、蓮がしまった、と呟く。
「ああ、これじゃあ本当にただのオルゴールになってしまったね」
 だが、最初にこのオルゴールを鳴らしてみないかと言い出したのは蓮だということを、当人もすぐに思い出したようだった。蓮はすぐに笑い出し、そして、二人もつられるように笑い出した。

 そうして、音を取り戻したオルゴールは、アンティークショップ・レンの片隅で今日も歌声を響かせている。
 曰くつきの品々や話の種を求めて訪れる人々の心をふっと和ませる、そんな、ささやかなBGMを。



Fin.


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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号:PC名:性別:年齢:職業】

【6458:樋口・真帆(ひぐち・まほ):女性:17歳:高校生/見習い魔女】
【7061:藤田・あやこ(ふじた・あやこ):女性:24歳:IO2オカルティックサイエンティスト】

【NPC:碧摩・蓮(へきま・れん):女性:26歳:アンティークショップ・レンの店主】

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   ライター通信
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>藤田あやこ様

初めまして、この度はご参加、まことに有難う御座いました。
プレイング、楽しく拝見させて頂きました、が、一部反映しきれずに大変申し訳ありませんでした。
口調などもPL様のイメージ通りに描けているかとても不安ですが、楽しく書かせて頂くことが出来ました。
宜しければ、またのご縁がありますことを。