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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


姿変われど…〜気の毒な敵〜


 前回の調査から一週間が過ぎていた。無事に望みを果たすこともできたし、サークルへ還る道筋へ融合させることにも成功した。
 依り代になったことで、疲労困ぱいしていた体調も元通りになった五十嵐央は相棒の目を盗み、彼のノートパソコンを勝手に開く。
 アクセスするのはもちろん『ゴーストネットOFF』だ。
 依頼があれば受けるつもりで掲示板を表示。
「あれ? これだけレスが付いてない……。なんでだ?」
 レスマークがどの書き込みにも付いているというのに、なぜかそのスレッドだけなかった。
 内容は至ってシンプルなもので、それが却って仇となっているのかもしれない。

『敵は煙水晶 助けてください お願いします』

 ディスプレイに映し出されているのは、投稿者名と鍵となる石の名前。そして……。
「“お願いします”……か。これじゃあレスの付けようもないよな」
 それでも鍵が“石”であることに央は惹きつけられた。
 石は持ち主に癒しを齎してくれるし、鉄壁の護りにもなる。央は自身の胸で揺れる、熊の爪型にカットされたハウライトのチョーカーを握り締めた。
「誰も気に留めないような事件こそ、オレと漣が調査しないとな」
 やたらと首を突っ込むのは悪い癖だが、勝手に話を進めるのも央の良くないところだ。
 いそいそと投稿者へ返信を書いているその背後で、保坂漣が鬼の形相をしているのに……央はまだ気づかずにいる。
「え、いや……その、だって、ほら……この人きっとすっげー困ってるからさ。……いいじゃんっていうか、もう調査するって返信したから!」
 そう叫んだ瞬間に、央の人差し指がぽちっとエンターキーを押した。
「今送ったんじゃないか!」
 そう反論したところで、これで調査は開始されることになる。

 ***

 まさか依頼人のいる場所が、自分たちの通う学校の中だとは思わなかった。もちろん新校舎ではなく、今はもう使われていない煉瓦造りの旧校舎なのだが。
 頑丈な造りとはいえ、使用されなくなってから久しい校舎の廊下の軋み具合はなんとも恐ろしい。
 保坂漣と五十嵐央は慎重に奥へと進む。
 ここまで案内してくれた二年生は、用が済むと早々に去ってしまった。依頼人と直接会ったことがあるのは彼女だけだから、もう少し話が聞きたかったのだが。
 大きな腰高窓が続く廊下は蛍光灯がなくても充分に明るい。足元さえ気をつけていれば床をぶち抜くことはないだろう。
 廊下を突き当たると、目的の部屋に到着した。木製の看板には倉庫とある。
 がらりと引き戸を開ける。思いのほか立てつけが良くて驚いた。
「誰もいないけど?」
 警戒もせずに部屋へ入った央は、周囲を眺め渡した後、漣を振り返る。
 続いて漣が入り、見回す。
 倉庫とは名ばかりで、今はなにも保管されていない殺風景な部屋だった。
 カーテンの閉じられてない窓の一部が、午後の日差しを反射している。
「おい、央。あの窓ガラス、おかしくないか?」
「……? どの窓だよ」
 央が窓辺へと近づいていく。
 古いガラスには歪みがある。この校舎も建設されたのは昭和の初めだから、ガラスに歪みが生じていても変ではないが、一枚だけ奇妙な光の反射をしているのだ。
「この窓だよ」
 漣が一枚のガラスの前に立ち、指を差した。
 それか? と央が足を踏み出したところで声が聞こえた。びりびりと何かを振動させている。
『人を指差すなんて、躾けがなっていないわね』
 え、と怯んだのは央だった。漣は目を眇めてガラス窓を見ている。
『あの子は一緒じゃないの?』
 声がするたびに窓ガラスが振動する。どうやら声の発生源はここのようだ。
「旧校舎の前で別れましたよ。なにか用事でもあったんじゃないですか?」
 普通に会話を始めた相棒に、元々大きな目の央はそれを倍にデカくさせた。
「ゴーストネットOFFの掲示板への書き込みは、貴女ですね?」
『そうよ。……まあ、ガラスじゃ無理だからあの子に頼んだんだけど』
 なぜだろう。ガラスなのにとても偉そう。
「“敵は煙水晶”ということですが、それ以上に奇妙なその現象の説明をお願いできますか」
 そうね、と言い置いて、ガラス窓はこれまでの経緯を話した。
 名前は藤田あやこ。二四歳の起業家で、招かれた酒宴の席でプレゼントされた開運の石により、このガラス窓へ閉じ込められてしまったという。
『気が付いたらこの状態だったのよ。だから方法だとか術だとか、そういうのは聞かないでちょうだい』
 あやこが溜息を吐くと、窓ガラスの振動も長く尾を引いた。
「素朴な疑問ですが、よろしいですか」
『答えられる範囲内ならね』
「肉体はどうなったんでしょうか」
 至極当たり前な質問だった。
 これにはあやこも溜息を吐くしかないようだ。
『考えられるとしたら分子レベルまで分解されているということかしら。珪砂、ソーダ灰、石灰の主原料に上手い具合に混ぜられてしまった』
 あやこが口にした三つの主原料がガラスの主成分ということなのだろう。なんだか化学の授業を受けている気分だ。
「だから透明というわけですか」
『光の波の間隔よりガラスの分子は小さいから、それに融合されてしまえば私の身体は見えなくなるわね』
「少し色が付いてる」と央が横槍を入れた。
 指摘されなければ気づかない程度の濃さで、紫色がかっていた。
「だけどさー。人間の肉体がガラスなんかとくっつけるわけ?」
 央は繁々とガラスを見る。
『人間なら無理でしょうね。それよりもそこのあなた!』
 さらりと引っかかる言葉を言い残し、あやこの口調がやや厳しくなる。
 央は後ろを振り返り、漣は央を見やる。
『相手は私の姿を真似てこの学校に潜入しているのよ。手始めに生徒会長の座を奪おうとしているようだし、何より私が閉じ込められているこのガラスを割ろうと虎視眈々と狙っているのよ。この非常事態がわかる?』
 敵に割られる前に、その大声で割れてしまうんじゃないかと心配になる。あやこの声は激しい振動で窓枠まで揺らした。
「非常事態であることは承知しました。あとは俺たちに」
『待ちなさい』
 漣の言葉をぴしゃりと止める。
『そこのおチビさん。あなた、霊媒体質でしょう。しばらくの間その身体を私に貸しなさい』
 え、と央は目を剥いた。
 霊媒体質なのは間違いない。その役目を負うことで漣の相棒としての立場を確立させているのだから。
 だが「貸しなさい」と命令されたことは一度も無い。むしろ勝手に入り込まれるのが常なのだから、命令口調とはいえ彼女は礼儀正しいと言える。
『私は私の力で解決するから。あなたたちはその補佐をしなさい』
 その強い口調に怯える央が相棒へ助けを乞う。だが漣は眼鏡のブリッジを押し上げながら、にやりと笑う。
「単純な入れ替わりというわけにはいかないことはご理解いただけますよね」
『わかっているわ。元々このガラスには私が百パーセント入っているんだもの。おチビさんの肉体をある程度の強度で扱おうと思えば、比率はせいぜい五分。当然私の能力も五十パーセント減になってしまう。そうでしょう? 眼鏡くん』
 奇妙な共同戦線が、一人の犠牲の元に敷かれた。

 ***

 旧校舎の一教室から廊下の端を眺めている。その視線の先には出たり消えたりしている人物がいた。
 もちろん普通の人間が姿を消したりなどできるはずがない。いわゆる魔法というやつだが、一定の姿が保てずにいる。能力が半分な上に、あやこにとって魔法は不得手な部類であることが理由らしい。
「こんな作戦で敵が騙せるんだろうか」
 漣がぽつりと漏らすと、「当人を使うわけにはいかないんだから」と悔しげなあやこの声。
「……確かに。この時期に生徒会選挙はないですからね。そのイスを狙っているんだとしたら、当人を襲って空席にさせるしかないでしょう」
「素晴らしい邀撃作戦ね」
 廊下側の壁に張り付き、声を押し殺して会話を続ける二人だが蓮には非常に気になることがあった。
「あやこさん」
「なに。今、魔法に集中しているんだから手短に話して」
 漣の視線がつつつとあやこのボディラインをなぞる。
 もちろん彼女の本体は倉庫のガラス窓に閉じ込められているわけだから、ここにいるのは。
「なにも女子の制服を着なくても良かったのでは?」
「せっかくだもの、制服を着なくてどうするの? これならナンチャッテ女子高生じゃないし」
 年齢は合っていても、肉体は男なのだが。
「それに私、……スカートの方が好きなのよ」
 まあいいかと納得する。霊媒体質で、しかも女性にばかり取り憑かれる央の不運は今に始まったことじゃないから、今さら女子の制服を着て校内を闊歩したところで誰も気にするまい。
 まずは敵をおびき寄せることに専念しよう。
 陽炎のように透けた生徒会長が、旧校舎の廊下をふわふわ漂っていると奇跡のように煙水晶が現れた。
 あやこの実年齢を聞いていた漣は、幻影を尾行する女子生徒を見て驚いた。
「……充分、女子高生で通りますよ。本当に二十四歳なんですか?」
「そっちの魔法は得意なのよ」
 どんな魔法なのだろう。
 音も立てずに忍んでくる偽あやこ。
 倉庫の中に入ってくれば、それでジ・エンドだ。
 遠隔操作で生徒会長の幻影を操り、自分たちが潜む教室へと誘う。蜘蛛のように息を殺し、獲物を待つ。
 教室の引き戸がわざと開けてあるのは、魔法で作られた会長では戸を開けられないからだ。やがて消え入りそうな幻影が教室に姿を現し、ほどなく偽あやこも入ってきた。
 心なしか勝ち誇った表情に見える。だが残念なことに真の勝者はこちらだ。
 ちらりと相棒の顔を盗み見ると、かつてこんな表情をしたことがあっただろうかと、自分の目を疑ってしまうほど怪しげな笑みを浮かべていた。
 央の左目が紫色に変色しているのに気づく。きっとあやこの影響なのだろう。
「そこまでよ!」
 ドスの聞いた声が室内に響く。同時に引き戸が閉まり、水晶はまんまと罠に嵌った。
 とっさに窓へ駆け寄ろうとしたが、それ以上の素早さで反応したあやこが行く手を塞いだ。
 傍から見れば、いたいけな女子に迫るコスプレおたく(何せ外見は一六歳男子なのだ)という危険な図だが真実は違う。
「残念ね」
 その冷ややかな声に煙水晶が「ひっ」と小さな悲鳴をあげる。
 なぜかそちらに同情してしまいそうになって、漣は自重した。
「どこが開運の石なんだか。……でも、使いようによってはいいアイテムになるかもしれないわね。改造してもいいかしら」
 そんな問いかけにイエスと答えるヤツもいまい。偽者は激しくかぶりを振った。
 あやこはもう一度「残念ね」と呟く。
「じゃあ、ここで壊してしまいましょう」
 言うなり一振りの剣を出現させた。
 驚いたのは漣だ。
 ここで壊してしまえばサークルへは還せない。慌てて二人の間へ割って入る。
「あ、あやこさん!」
 制止と同時に、漣の背後でコロンと固いものが転がった。
 振り返ると、拳大の水晶玉だった。
 硬い外殻に覆われてはいるが、中は空洞のようで白い気体が充満していた。この煙のようなものがあやこに成りすましていたのだろう。
「よく見たら、ちっともご利益なんてありそうにない石ね」
 あやこは乱暴に石を拾い上げ、無造作に漣へと放り投げた。落とさず石をキャッチして胸を撫で下ろすが、僅かにできた表面の瑕を見つける。
 煙水晶の中にある白い気体と共に、何やら歪んだ文字らしきものが隙間から漏れ始めた。
 象形文字やらアルファベットやら、中には文字だと判別できない形状のものまである。
 それらに見入っていると、窓ガラスが激しく振動し始めた。あやこが閉じ込められていたガラスだ。
 次第に激しくなる振動と音。窓枠も桟も粉々になってしまいそうだ。
 眩い光と突風、轟音。
 漣、と央の叫び声が聞こえた瞬間に破砕音がして、風の音一つしない静寂が旧校舎を覆った。

 ***

 待たせたわね、と軽やかな声に振り返るとすらりとした長身の美人が立っていた。
 はて誰だろうと両目を眇めてみたが、思い当たらない。
「藤田あやこよ。偽者だけど会ったことはあるでしょう」
「……ああ」
 漣は思わずポンと手を打った。
 あやこは呆れた顔で、辺りを見回し始める。
「どうしました?」
「あの子は来ていないの?」
「央ですか。アイツは疲労困憊で寝込んでいますよ。毎度のことなのでお気遣いなく」
 疲労の理由は精神と肉体の交換のせいだが、あえて触れずにおく。
「そうなの? 身体を貸してくれた礼が言いたかったんだけど」
「俺から伝えておきます」
 その後、二言三言会話をして、儀式の準備に入る。
「それでは煙水晶をサークルへ還します」
 亀裂の入った面を上にして、漣は自分の足元へ煙水晶を置く。
 澄んだ早朝の空気を肺に溜め、意識を集中させる。自らの身体を形成する自然の理を纏い、会話を……始めようとしたときだった。
 前日にも感じた強い波動を感じ、瞼を開けると……──。
「この方が仕事も早いわよ?」
 剣が刺し貫いた水晶玉は、玲瓏な音を立てて空気中へ霧散していった。
 呆気に取られる漣の眼前で、あやこがにこりと笑う。
 いつのまにか髪飾りに姿を変えた剣をちらちら見せながら、
「大丈夫よ。元々自然の中にあった素材なんだし、今ので充分だわ」
 くるりと踵を返し、旧校舎を後にする。
 彼女が所有する剣の能力を知りえない漣が、報復なのでは? と思ってしまうのも頷ける。
 果たして今回の一件を、『検証終了』と書き込んでいいものやら。
 小さく溜息を吐いた後、儚く散った煙水晶のために祈りを捧げる漣だった。


 END






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 7061 / 藤田 あやこ / 女性 / 24歳 / IO2オカルティックサイエンティスト】


【NPC  / 保坂 漣 /】


【NPC  / 五十嵐 央 /】



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■         ライター通信          ■
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藤田あやこさま

個性的なPCさまで、とても楽しく書かせていただきました。
ありがとうございました。
またお会いできることを祈っております。

高千穂ゆずる拝