コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『女性霊の未練』

 いつものように、事務机に突っ伏して居眠りしていた草間・武彦は、重苦しい感覚に目を覚ました。
 身体がだるい。
「お兄さん、お仕事のようです」
 草間・零がゴミ袋を持ちながら、言った。
「仕事? 来客か? それとも、電話か!?」
 飛び起きる草間。しかし、狭い事務所には自分と零の姿しかない。電話メモにも何も書かれていない。
「いえ、後ろです」
「後……ろ?」
 嫌な予感を感じながら、ゆっくりと首を後ろに向ける。
 いた。
 やっぱりいたッ。
『こんにちはあああ〜☆』
 その霊は、満面の笑顔を浮かべながら、草間に抱きついていた。
「うわっ」
 振りほどこうにも、実体がない相手なので、振りほどけない。
「なんだお前は! ここは興信所だぞ。霊の類いや、金の払えんヤツの依頼はお断りだ」
『そんなこと言わないで〜。お兄さん、ちょーっと私の好みだしぃ』
 正に寒気のする台詞である。
 自分の肩に置かれた顔は、自分の2倍ほどの大きさだ。
 生前は、体重も草間の2倍ほどあったかもしれない。
 幽霊でなければ、草間は押しつぶされていただろう。
 服装はフリルのついたピンクのドレス。全く似合っていない。
『あのね、私悩みがあるのー。それで成仏できないみたいなのねぇ』
「ここは幽霊の悩み相談所ではない。そして、俺は霊媒師でも除霊師でもない。頼む、他を当たってくれ」
『ああん、そんなこと言わないでえ〜。あなたの中に入っちゃうわよう』
 助けを求めて零を探すが、零はゴミを捨てに外に出ていってしまったようだ。
「わ、わかった。とにかく話してみろ。霊媒師を紹介してやれるかもしれん」
 霊媒師の連絡先とは、電話帳に載っているだろうか?
 そんなことを考えながら、草間は応接セットに移動し、その女性霊に自分の前に座るよう指示した。
『実は私……キスをしたことがないんです』
 突然真面目な顔になったと思ったら――そんな話しかよ! つい、つっこみたくなる。
『でー、どうもそれが原因だと思うのね。だから、キスさせてちょーだい』
「お 断 り い た し ま す」
 思わず言葉に力が入ってしまった。
「……というか、姿を消して移動すれば、気付かれずに好みの男性にし放題じゃないのか?」
『でもでもー、触れた感触がないのよう。人間同士のキスがいいのよう。両想いがいいのようー。ぎゅうっとされたいのよう!』
 身体をぶんぶん揺らしながら言う。実体があったら、誘発されて地震が起こりそうな勢いだ。
『愛されたいの☆』
 霊は瞳をくりくりさせながら、上目遣いに草間を見た。草間は思わず目を逸らす。
「えええっと、つまりだ。恋人同士ならいいわけだな。で、女性に一時的に憑依して、恋愛を楽しめばOKと」
『うん、それでもいいわ〜。私と同じくらい可愛い子でお願いねえ。私、痩せれば超可愛いのよう』
 ……それは痩せてから言ってほしい。
 更に目の前の女性はどう見ても、自分より年上なのだが。40歳くらいだろうか。
 考えようによっては、非常に哀れな女性ではある。
 幽霊になったため、色恋に執着しているが、実社会で生きていた頃は、慎ましい女性だった……のかもしれない?

**********

「まーだ? まーーーだあ? ねえねえねえねえねえーっ」
 草間の回りを、女性霊がくるくるくるくる回っている。
 脳に直接響くような声も、触れても感触のないピンクのドレスも、気持ちが良いものではない。
 草間は深くため息をつきながら、携帯のアドレス帳や手帳を開くが、これといって当てがないのだ。
「カップルなんぞ、道に溢れてるんだがなー。適当に入ったらどうだ?」
「ダメよう。好みの子か、合意してくれる女の子がいいの。純粋な恋愛がしたいー☆」
「はい、武彦さん」
 笑みを浮かべながら、事務員のシュライン・エマが草間にコーヒーを出す。シュラインには二人の姿が微笑ましく見えていた。
「んー、この依頼って無収入なのよね……」
 だから、草間も更にやる気が出ない。
 報酬が殆ど払えないとなれば、ただで身体を貸してくれる知り合いなどいるわけもなく……。
「それなら、私でどうかしら?」
 シュラインの言葉に、草間は思わずコーヒーを吹き出しそうになり、咳き込んだ。
「そ、そんな安請け合いせんでも……」
「ん、んんんんー」
 シュラインの前に躍り出た女性霊は、彼女を上から下まで眺め回し、にっこり笑った。
「カッコイイわー。美人系ねえ。私の若い頃には若干劣るけどお。是非、よろしくねー!」
 次の瞬間には、霊はシュラインにダイブしていた。
 突然のことに、草間とシュラインは驚いて目を合わせる。
 異質な物が入ってくる感触に戸惑ったシュラインだが、すぐに慣れた。
 ……手を動かしてみる。
 まだ、シュラインの意思で動くようだ。
「相手は、好みだって言ってたし武彦さん頼めるかしら? 体貸す私も安心だし」
「安心ってな……」
 草間は頭を掻きながら立ち上がった。
「俺は、激しく不安だぞ。お前が変なことを仕出かさないかと。ああ、普段は優秀な助手なのに」
 うな垂れながら、草間はぽんとシュラインの肩に手を置くのだった。

『ドレスが着たいわ〜。淡い紫のパーティードレス。でもでも、今着てる服みたいに、胸元が開いてるのはだめよう! は、恥ずかしいものー』
「薄い紫……は持ってないわ。ごめんなさい今月余裕がないの。購入は無理よ」
 シュラインは自室のクローゼットを開きながら、頭に響く声に答える。
 並んだ服の中から、パーティー用のドレスを選び出す。
 紫は紫でも、濃い紫だ。
「これでもいいかしら? 胸元はストールで隠せばいいわ」
『うーん、わかったわ〜』
 もじもじしている彼女の様子がイメージできる。やはり可愛らしい人だと、シュラインは小さく笑みを浮かべた。
 ドレスに着替え、コートを羽織って部屋を出る。
 草間とは駅で待ち合わせているのだが……。
 草間とデートするのは、シュラインということになる。
 この霊は、本当の姿の自分を愛してもらえないことに、辛くなりはしないのだろうか?
『大丈夫よう』
 シュラインの心に、霊が答えてきた。
『あなたの心と同化するものー。私、今日一日、あなた自身になるのよう』
「そうなの?」
『うん、じゃあそろそろ私主導で動くわね』
 声が響いた途端、シュラインは力の抜ける感覚を受ける。
 夢の中にいるような、ふわっとした感覚で、シュラインは歩いていた。
「武彦さーん!」
 普段は出さないような甘えた声で、草間の名を呼ぶ。
 草間は一張羅のスーツ姿だ。見慣れた姿のはずなのに、何故だかいつもより惹かれるのは、霊の影響か……それとも、この気持ち自体が霊のものなのか。
「高級レストランなんかには、連れて行けんぞ」
 シュラインの格好を見て、草間が言った。
『わかってるわ』
 にこにこ笑いながら草間の隣に立つ。
 それだけで、高鳴っていく鼓動。
「じゃ、行くか」
 改札口に向う草間の後に続き、歩く。
「ああ……」
 振り向いた草間が手を伸ばして、シュラインの手をとった。
 シュラインは飛び上がりそうになる。
 それは、ずっと忘れていた純粋な感情。まるで少女のような……。

 信濃町駅で降り、明治神宮外苑まで歩く。
 シュラインは殆ど無言だった。
 草間は普段とは違うシュラインの様子に、時折あーうーと唸りながら、他愛もない話しをしている。
「……うわあ……」
 明治神宮外苑のイチョウ並木に、シュラインは思わず声を上げる。
 見たことはある。だけれど、もう一つの自分心が強く反応した。
 黄色い絨毯のような並木道。
 連なるイチョウは、日の光を浴びて幻想的に輝いている。
「素敵ね、武彦さん」
「ああ」
 お金をかけずとも、十分だった。
 彼女は綺麗な風景を美しいと感じる心を持っている。
 美術館にいかずとも、美味しい料理を食べずとも、二人は並んで歩きながら楽しいひと時を過ごした。

 レストランで夕食をとる頃には、シュラインの精神状態もすっかり落ち着き、草間といつものように談笑をしていた。
「さっきの店で見た服、欲しかったわ。試着も楽しいけれど、やっぱり着て帰りたいものー」
「シュライン、服の好み変わったな。まあ似合っていたが……って、ああそうか」
 苦笑する草間。霊が入っていることを、一瞬忘れていたらしい。
『ねえ、生きている時に、好きな人いたの? 会いに行こうか?』
 スープを飲みながら、シュラインは自分の心に問いかけた。
『私が好きなのは、武彦さんただ一人よ。今は』
 心はそう答え、シュラインは草間を見た。
 食べながらも、煙草に火をつけている。料理の味が台無しにはならないか?
 シュラインはくすりと笑った。彼に高級レストランは似合わないだろう。
 そう、こういった庶民的なレストランがよく似合う。

 食事を終えて、外に出た。
 冷たい風に身を震わせるシュラインの肩を、草間が抱き寄せた。
 シュラインは顔を上げて、草間を見る。
 彼が自分の抱き寄せたのは、霊を成仏させるためだろうか。
 今、彼が見ているのは、女性霊なのだろうか。
 サングラスの奥の瞳を見ながら、シュラインは複雑な気持ちであった。
 複雑なのは、シュラインの気持ちだ。
 霊の感情は本当に真直ぐだ。
 もう、寒さは感じない。
 草間がゆっくりと顔を近づけた。
 寒くないのに、シュラインの体が小刻みに震えた。
 二人の足が止まった――。
「だ、ダメ、心の準備がー!!」
 突如、シュラインは草間を突き放し、顔を覆った。
 何を言っているんだ、自分は! と、その行動すら恥ずかしくなる。
 すっと、身体から何かが抜けていった。
 身体の重さが戻ってくる。
 心は落ち着きを取り戻し、シュラインは顔から手を離した。
『どうしたの?』
 心に呼びかけても、返答はない。
「……帰るか?」
 草間の言葉に、シュラインは返答に迷う。
 さて、どうしよう。
 もう少し、夜のデートを楽しもうか?
 いつもとは違う彼を見れるかもしれないから。

**********

 数時間後、興信所に戻った草間は、興信所内を見回す。
「いないな。成仏したのか」
 女性霊の姿がないことに、草間は胸を撫で下ろした。
 違う。
 多分、逃げたんだ。
 草間に続いて興信所に入ったシュラインは小さく息をつく。
 本当に初心な人だったらしい。

 あの姿も、もしかしたら偽りなのかもしれない。
 戻ってきたら、また共に出かけよう。
 そして、今度こそ――。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
NPC:草間・武彦
NPC:女性霊

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ライターの川岸です。
『女性霊の未練』にご参加ありがとうございます!
彼女はシュラインさんと共に、とても楽しい時間を過ごすことができました。
成仏(満足)するまでには、もう少し時間が必要かもしれません。

またお目に留まりましたら、どうぞよろしくお願いいたします。