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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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永久の歌声
「良く来たね、面白い物があるよ」
開口一番、挨拶代わりにこのアンティークショップの店主である碧摩蓮が告げてくるのは、凡そ、いつものことだった。蓮は悪戯めいた、楽しげな笑みを浮かべながら、一つの箱を持ち出してきた。
精巧な薔薇の細工が施された、長方形の宝石箱である。蓮が面白いと言うのは宝石箱そのものではなく、据え付けられている、良くあるシリンダー・オルゴールらしい。
「そう、どこからどう見ても壊れていない。螺子が外れているわけでもないし、弁が錆びているわけでもない。ぜんまいだって……」
言いながら、蓮は何気ない手つきで“ぜんまい”を回した。ゆっくりと回されたそれは蓮の手が離れると同時に、逆向きに回り出す。弁は問題なく円筒のピンを弾いてゆくのだが、それに伴うオルゴールの音色が響かない。
「……どんな音が鳴るのか、気にはならないかい?」
つまりは何とかしてこのオルゴールを鳴らしてみせないかと、そういうことらしい。
◆
「私、オルゴールのことは全然詳しくないんですけど、いいですか?」
そう言いながら微笑んだのは樋口真帆だった。ぜんまいだけを回しながら尚も声を発さないオルゴールを、そっと持ち上げてまじまじと見ている。
「ああ、構わないさ、真帆。あたしもここだけの話、構造とかそういうのはさっぱりと言っても過言じゃなくてね」
「不用意に触らない方がいいわよ、真帆ちゃん。呪われてるかもしれないから」
「あやこさん、大丈夫ですよ」
「……あやこ、それじゃあたしはとっくに呪われてるじゃあないか」
ゆっくりとそう告げる真帆の後ろから顔を覗かせるのは藤田あやこである。あやこの言葉に、蓮は笑いながら目を瞬かせた。そうして、オルゴールを調べる真帆へと視線を移す。
「鳴らない理由……何だろう。音を奏でる意味を失くしてしまったから、かな。あやこさんは、どう思いますか? ……やっぱり、呪われていそうですか?」
あやこはあっさりと頷いた。
「うん、私はやっぱりこれは呪いだと思うのね。例えばこれは不倫の贈り物で、怒った本妻の霊が邪魔をしているとか。あるいは死んだ恋人の思い出を吹っ切るために封印の術が掛けられたとか。行方不明の相手がきっと帰ってくると信じている霊が一緒に歌う時のために曲を封印しているとか。嫌な事を思い出したくないために霊が邪魔しているとか。三角関係の邪魔をしたい女の邪念が贈り物に憑いているとか。他にも……」
息を継ぐ間もほとんどなさそうな勢いで次から次へと出て来るあやこの『呪い』説を、真帆も蓮もある種感心しているような、あるいは呆気に取られているような、そんな面持ちで聞いていた。
「……真帆はどう思う? 音を奏でる意味を失くした、って?」
あやこが一息つく頃合を見計らって、蓮が真帆へとさりげなく言葉を促す。真帆は持ち上げていたオルゴールをそっとカウンターの上に戻すと、その表面の細工を撫でながら呟いた。
「何て言えばいいのかな……この子の歌を聴いてくれる人が、どこにもいなくなってしまったから。だから、音を奏でる意味を失くしてしまったんじゃないか、って」
「なるほど、二人とも面白い想像力を持っているね。あたしとしては、どれでもありだと思うよ。じゃあ問題は……どうすればこいつの音が鳴るか、だ」
蓮は不敵な笑みを浮かべながら二人の顔を交互に見た。そして、人差し指で宝石箱の表面をなぞる。
「とりあえずはどんな曲なのか、メロディーを楽譜に書き出してみようと思う。歌を忘れているだけとか、そんな可能性もあるかもしれないし」
言うが早いかあやこはノートとペンを取り出してカウンターの上に広げると、五線譜を書き始めた。真帆は少しだけ考えるような間を挟んでから、蓮を見て、あやこを見て、頷く。
「……じゃあ、私、この子の想いと記憶を覗いてみます。あやこさんは、音色の方、お願いします」
真帆はオルゴールに手を触れさせると、そっと目を閉じた。
◇
夢渡りの能力を用いて、オルゴールの意識の中に入り込む。入り込んだ、そんな手応えを感じた瞬間に、真帆は、やはりこのオルゴールは何らかの意思を持って、自分自身の手で歌うことを止めてしまったのだと悟った。
ふわふわと浮き上がるような、あたたかなものに包み込まれるような、そんな感覚が全身を満たしていくのを感じながら、オルゴールの『記憶』を辿ってゆく。
歌わないオルゴール。死んでいるのではなく、かと言って、眠っているわけでも──どうやら、なさそうだった。
口を閉ざし、歌を封じ込めてしまった。その理由は──
「どうして鳴ろうとしないの? 私に、教えて……?」
穏やかな気配に、真帆はそっと問いかける。
「……?」
ふと、そんな真帆の耳に、やわらかな旋律が届けられた。『それ』が、このオルゴールの音色だと気づくまでに、少しだけ時間がかかった。何故なら、真帆はその歌を聞いたことがなかったからだ。
こちらを──正確にはオルゴールを覗き込んで来る、若い青年の姿があった。
紙芝居のように切り替わっていく、色のない映像。青年は若いながらもオルゴールを作る職人のようで、時々、青年の隣で同じようにオルゴールを覗き込む、やさしげな女性の顔が見えた。
おそらくはこの女性にプレゼントをするために、つくられていたオルゴールだったのだろう。
しかし、オルゴールは女性の手に渡ることはなかった。
場面が突然切り替わり、青年が泣いているのが見えた。
「なんで」「どうして」──声は聞こえなかったけれど、口がそう動いているのが見えた。
──女性は、おそらく亡くなってしまったのだ。それも突然に。
真帆の耳に届くメロディーは、女性のためにつくられたものだったのだろうと、想像するのは容易い。
ならば女性は、青年の手により完成した宝石箱からこのメロディーが紡がれるのを、それを聴く日を、楽しみにしていたはずだ。
オルゴール自身もまた、こうして奏でるメロディーを女性に届けるその日を、とても楽しみにしていたに違いない。
けれど、女性はもういない。
そして、女性が亡くなった後、青年はこのオルゴールを見ることさえしなくなってしまった。
慰みにでも聴こうとしてくれたら、オルゴールも歌うことが出来たのかもしれない。けれど、そんな機会すら、今の今まで与えられることがなかったのだ。
オルゴールは──先程真帆が言ったとおり──音を奏でる意味そのものを、失くしてしまったのだ。
真帆は悲しげに眉を下げた。このままではいけない。
「……うん、悲しい。とても悲しいね。……だけど、そのままでいいの? ずっと、そうやって口を閉ざしてしまったら、約束、果たせないままだよ。代わりにはなれないけど、私達がいるよ。だから、一緒に歌おう? ──きみの歌を、聴かせて?」
◇
五線譜の上に踊る音符をひとつひとつ追いかけながら、あやこは首を傾げる。
「……特に呪われたりとか、そういうことはなさそう……?」
「音色そのものが呪われているんだったら、やっぱり、あんたより先にあたしが呪われるだろうね、あやこ」
蓮はやはり楽しげに笑いながら、あやこと同じようにオルゴールが奏でるはずのメロディーを口ずさんでいた。
「……ええ、あやこさん。蓮さんの仰るとおり、やっぱり、これ、呪われたりはしてないですよ」
オルゴールに触れたまま微動だにしなかった真帆の目が、ふっと開かれる。
「おや、お目覚めかい、真帆。……良い夢は見れたかい?」
夢を渡り現実世界へと意識を戻した真帆は、そんな蓮の呼びかけに、にっこりと笑って頷いた。
「この子、歌うのが少し、怖かっただけみたいです。誰も自分の歌を、聴いてくれないんじゃないかって思って、ずっと……あやこさんも、蓮さんも、一緒に歌ってあげてくれますか?」
言いながら、真帆は小さなハーモニカを取り出し、口元に当ててそっと息を吹き込んだ。先程あやこと蓮が口ずさんでいたものと同じメロディーが、紡がれる。
落ち着いた静かな音色。それは、例えるならば、ひだまりの中にいるような優しさを感じさせる──そんな響きを持つ、歌声。
あやこと蓮は顔を見合わせて小さく頷くと、真帆のハーモニカの音色に合わせて歌い始めた。同時に、蓮がオルゴールのぜんまいを巻き、そっと手を離す。
かち、かち、と、音色を鳴らさずに無機質に弁を弾かせるだけだったオルゴールが、──不意に、歌を奏で始めた。真帆は目を細めてハーモニカを吹き続け、あやこと蓮は驚いたように目を見開くも、やはり、歌を歌い続けた。
やがて曲が一回りしたのを聞き届けてから、真帆はハーモニカを吹くのを止める。オルゴールはまだ回り続け、ぜんまいが切れるまで、歌を奏で続けていた。
「……もう、大丈夫だね?」
蓮は再び螺子を巻き、オルゴールの様子を見た。オルゴールはもう、口を閉ざすことはなかった。
それから我に返ったように、蓮がしまった、と呟く。
「ああ、これじゃあ本当にただのオルゴールになってしまったね」
だが、最初にこのオルゴールを鳴らしてみないかと言い出したのは蓮だということを、当人もすぐに思い出したようだった。蓮はすぐに笑い出し、そして、二人もつられるように笑い出した。
そうして、音を取り戻したオルゴールは、アンティークショップ・レンの片隅で今日も歌声を響かせている。
曰くつきの品々や話の種を求めて訪れる人々の心をふっと和ませる、そんな、ささやかなBGMを。
Fin.
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号:PC名:性別:年齢:職業】
【6458:樋口・真帆(ひぐち・まほ):女性:17歳:高校生/見習い魔女】
【7061:藤田・あやこ(ふじた・あやこ):女性:24歳:IO2オカルティックサイエンティスト】
【NPC:碧摩・蓮(へきま・れん):女性:26歳:アンティークショップ・レンの店主】
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ライター通信
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>樋口真帆様
いつもお世話になっております。今回もご参加、そしてほんわかあったかいプレイングを有難う御座いました。
ああ真帆嬢だー…!と私自身も何だか和みつつ(?)とても楽しく書かせて頂きました。
今更ながら、夢を渡る時はこんな感じで大丈夫でしたでしょうか、とどきどきしつつ。
毎度ながら拙い文章で大変申し訳ない限りです、が、宜しければ、また、真帆嬢にお逢いできますことを。
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