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フラミンゴの籠
フラミンゴは飛べないように羽を骨ごと2cmだけ切っているという…。
***
その日の草間興信所は、いつもと違った雰囲気を漂わせていた。
庵野 柚羽――小学五年生の彼女からの依頼は
「失踪した姉の朱音を探してほしい」というものだった。
通常の依頼だと安心する草間をよそに柚羽はこう続けた。
「…ただ朱音お姉ちゃんが居なくなったんじゃないの。皆、忘れてるの。
お姉ちゃんの存在を。声も。想い出も……。みんなみんな……。パパもママも
いつもどおりに暮らしてる。朱音お姉ちゃんを探して!!ちゃんとこの世界にいるって
証明して!!お願い、おじさん!!」
少女の純粋かつ必死な眼差しに、草間も調査せざるを得なかった。
その様子を見ていた零は冷たい視線を柚羽に向けている。
その何とも言えない重い空気を変えたのが、シュライン・エマだった。
「とりあえず、温かいココアでもどう?柚羽ちゃん」
「…ありがとう」
シュラインは柚羽に温かなココアを渡して、
柚羽の隣へと座り彼女の背中を優しく撫でた。
シュラインの顔色が少し変わる…しかしまた優しい笑顔を柚羽にむけてこう尋ねた。
「柚羽ちゃん、その朱音お姉ちゃんのこともう少し詳しく教えてくれないかしら?」
シュラインはそういいながら柚羽の顔を覗き込んだ。
草間や零もその様子を見つめ柚羽の言葉をじっと待っていた。
柚羽は大きく深呼吸をして、
シュラインや草間たちに姉である朱音のことを話しなじめたのだった。
「…朱音お姉ちゃんは私より5つ上の高校一年生。セントポーリア学園に通ってるの」
「セントポーリア学園ってあの?超エリート学校の?」」
シュラインが驚いたように柚羽に尋ねた。
「うん…。朱音お姉ちゃんは勉強もできて、美人で私の自慢のお姉ちゃんなの。
でも小さい頃から身体が弱くて…。病院によく通ってた」
「そう…身体が弱かったの…。
柚羽ちゃん、朱音お姉ちゃんの写真とかは持ってない?」
「あるよ…これ」
そういって柚羽はランドセルの中からごそごそと写真を取り出し、
シュラインや草間に見せた。
その写真は、病院の前で撮られたような写真であった。
朱音と思われる黒髪の長い少し顔色の悪い美少女と、
その両脇に柚羽の両親、そして看護師や担当医が笑顔で写っていた。
シュラインは、その家族写真に写っていない柚羽のことが気になって、
再び柚羽に尋ねた。
「柚羽ちゃんが居ないけど、どうしたのかな?」
「この日は朱音お姉ちゃんの退院の日で…
私はちょうど学校があってお迎えに行けなかったの」
「そう…。それじゃお姉ちゃんが居なくなった日のことや
そのときのパパやママたちの話を聞かせてもらえないかな?」
「…。お姉ちゃんが居なくなったのは二週間前。
学校からの帰りが遅いってママが言い出して。
学校に電話しても帰ったっていうし。私もママも心配になって
パパにも電話しようとしたとき、電話が鳴ったの。
ママが出て。私はその様子を見てて……。ママが突然青ざめた顔になったの。
<わかりました。主人と向かいます>って
電話を切った。そしてママは私に
<パパとちょっとお出かけするからお留守番しててね>って…。
夜中に帰ってきたパパとママは私に何も話してくれなくて。
ただ私をギュッって抱きしめてくれた。
次の日、私は親戚のおうちに連れて行かれたの。
<しばらく柚羽はここに居てね>って。
三日後、迎えにきてくれたパパもママはそれから朱音お姉ちゃんのことを
口に出さなくなった。
私が<お姉ちゃんはどこに居るの?>って聞いても応えてくれなくなった。
皆、朱音お姉ちゃんが元々居なかったみたいにいる。
お姉ちゃんはちゃんと居た!!大好きな朱音お姉ちゃん。
それから私ひとりで探すことにしたの。
だけど、誰も何も教えてはくれない……。どうしてなのかな……」
そういうと柚羽は涙を浮かべた。
「お姉ちゃんに会いたいよ……朱音お姉ちゃん……」
小さな肩を震わせながら、柚羽はとうとう泣きだしてしまった。
そっと柚羽の小さな肩を抱きしめたのがシュラインだった。
「柚羽ちゃん。大丈夫。このおじちゃんこうみえても役に立つのよ!!
きっと朱音お姉ちゃんを探し出してくれるわ。
だから、柚羽ちゃんは安心しておうちで待っててくれる?」
「……本当にお姉ちゃんを探してくれる?」
「必ず。約束!!」
「…わかった。待ってる。きっと、きっとだよ!!」
***
柚羽をうちへ帰した後、しばらく草間興信所の中は静かに、
そしてひとりひとりが胸に抱く
最悪の事態を誰が切り出すかをお互いに探り合っているようだった――。
草間が重い口を開き、シュラインや零に話始めた。
「もしかしたら厄介なことになるかもしれない…。皆、分かっていると思うけど」
シュラインは頷き、何か決心をしたような顔で草間にこう告げた。
「ええ分かってるわ武彦さん。…真実を見つけることが正しいのか…
わからなくなるわ。でも、彼女の気持ちがよく分かるから…。
ねえ武彦さんこの調査、私に任してくれない?」
草間も零もはシュラインの意外な申し出に驚きながら
「シュライン?!」「シュラインさん」
「お願い武彦さん。零ちゃん。私に任せて欲しいの。
柚羽ちゃんが家に帰るまでに…庵野さんのお宅に行かないと!!」
「……わかった。頼んだよ」
「ありがとう…きっとうまくいくわ」
シュラインには、分かっていた。零が柚羽を見て怪訝な顔を浮かべたことも、
つらく厳しい現実を柚羽に突きつけなくてはならないことも……。
シュラインは、代官山にある庵野宅へと急いだのだった――。
***
閑静な住宅街に柚羽の家はあった。
柚羽より一回り先につけてよかったとシュラインは思った。
聞かなくてはならないことがある――。
シュラインは意を決し、チャイムを押した。
しばらくして、家の中から上品な女性 庵野早苗が出てきた。
「どちら様でしょうか?」
「はじめまして。草間興信所のシュライン・エマと申します。
今日は奥様に<朱音さんのこと>でお尋ねしたいことがありまして
こうしてやってまいりました」
早苗は少し顔を強張らせたが、快くシュラインを家へ向かえ入れてくれたのだった。
***
一時間後――。
泥だらけの柚羽が家に帰ってきた。
シュラインはすべてを早苗から聞き、早苗に柚羽の<調査依頼>のことも話した――。
早苗は「信じられない」と現実を逃避していた。
しかし、シュラインの真剣な姿勢に、早苗も次第に現実を受け入れだしたのだ。
伝えることは<たったひとつの真実>
ただそれだけがこの家には必要なのだ。
柚羽は、シュラインの姿を見て驚いていた。
そんな柚羽をよそにシュラインは、早苗に
「真実を…彼女に伝えてください。彼女はあなたの家族ですから」
「分かりました……」
そういうと、早苗は柚羽が居るほうへゆっくりと歩いていくのだった。
柚羽は早苗を黙ったまま見つめていた。
「…柚羽ちゃん。ごめんね。ずっとあなたに隠していたことがあるの…。
ごめんね。柚羽。ママあなたには、わからないって思ったから。
でも…あなたはちゃんと分かってたのね。何もかも…」
そういって早苗は柚羽をきつく抱きしめながらこう話続けた。
「…朱音はね。お空の向こうへ逝ってしまったの。もうここには帰ってこない。
…死んでしまったのよ。だからどこを探しても朱音はいない。
柚羽ちゃん、もうこんな泥だらけになるくらい探さなくてもいいのよ。
ママもパパも現実を受け入れるには辛すぎて。
いっそ朱音のことを忘れることができたらどんなにいいかって思ったの。
だけど、あなたはずっと朱音を探してくれてたのね。
そんなことにすら気付いてあげることができなかった…ママやパパを許してね……」
「クゥーーン」
柚羽の痛切な鳴き声が家じゅうに響きわたった。
シュラインもその姿をみて、涙があふれた。
柚羽は、この庵野家の愛犬だったのだ。
朱音の死を知らなかった柚羽は、街中を探し、それでも見つからずにいる朱音を
どうしても見つけたいという強い念から
人間の姿になり草間興信所にやってきたのだった。
まるで姉妹のように育った朱音と柚羽。
その愛情の強さが、柚羽を人間の姿に変えたのだった――。
しばらくして、鳴きやんだ柚羽は、しっかりとした目でシュラインを見つめた。
シュラインにはその声が確かに聞こえた。
「ありがとう。本当のことを教えてくれて。
ありがとう。人間じゃない私の願いを聞いてくれて……」と。
***
シュラインは、草間興信所に戻りながら
フラミンゴが脱走したニュースをふと思い出した。
フラミンゴは檻の中から逃げ出さないように、羽を2cmほど切るそうだ。
しかしまれにその羽は再生して、その大きな羽を広げ羽ばたくのだと……。
柚羽は、きっと心の傷を癒してその大きくて純粋な羽を広げ
自由に羽ばたくことができるだろう。
そしてきっといつの日か最愛の朱音と出会うことができるだろう。
そう思うとシュラインの胸は温かくなるのだった――。
「武彦さんがいなくなったら化けてでも探そうっと!!」
そう言いながらシュラインは空を見上げた。
空は透き通るように透明でそのつきささるような風の冷たさも
なぜか愛おしく感じるのだった。
こんな日は、冬の空も悪くないなとシュラインは思った――。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【NPC / 草間武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】
【NPC / 草間零 / 女 / 不詳 / 草間興信所の探偵見習い】
【NPC / 庵野柚羽 / 雌・女 / 不詳 /庵野家の愛犬】
【NPC / 庵野早苗 / 女性 / 40歳 / 主婦】
【NPC / 庵野朱音 / 女性 / 16歳 / セントポーリア学園一年生】
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様
今回、ライティングさせていただきました美浦リンゴです。
本作品が東京怪談デビュー作品でしたので
非常にお待たせして申し訳ありませんでした。
シュライン様の活躍で、エンディングを爽やかに終えることができました。
気に入って頂けると嬉しく思います。
今後ともよろしくお願いするとともに
シュライン様のご活躍を心から願いをこめて……。
ライター 美浦リンゴ
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