コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―sapte―



 本から出てきたアリサを見て、夜神潤はイスから立ち上がった。テーブルの上には、飲みかけのコーヒーカップがある。
「アリサ」
 呼びかけると、アリサはこちらを見遣った。
「足手まといだと思うけどさ、俺も一緒に行ったらダメかな?」
「……………………」
 無言の上無表情で、アリサはこちらを凝視している。なんだかこの沈黙が怖い。
「敵、だよね?」
 軽く首を傾げて言うと、彼女は小さく頷く。
「そうですが……どうしたのですか、やる気満々ですね」
「別にそういうわけじゃないんだけど……」
「……ここに居たほうが良いと思いますが」
「だ、ダメ……?」
 恐る恐るという具合に上目遣いで尋ねると、彼女は目を細めた。
「……………………」
 いや、だからなんでそんなに黙るんだろう?
「……わかりました。一緒に行きましょう」
「え? いいの?」
「なぜ驚くのですか。一緒に行きたいと言ったのはあなたですよ」
「いや……断るかなと思ってたから」
「断ってもよかったですが……」
 彼女は何か考えるようにまた黙り込んでしまう。
(難しい顔してるなぁ、アリサは)
 これは何かあるぞ、と思ってしまうのは当然だ。おそらくは……二ヶ月前に現れたあのダイスと、主のことだ。
(一緒に行ったらまた会うかもしれないけど)
「いえ、一緒に行きましょう、やはり」
 潤の思考を遮るように、アリサがはっきりと言う。
「一緒に行ったらあの時のダイスの主人に会うかもしれない、よね」
「そうですね」
 あれ? もしかして外した?
 潤の視線を受け止めるアリサは無表情だ。表情に動きがないので彼女の思っていることがわからない。
 潤は「それじゃあ出かける準備するね」と言って、クローゼットまで行く。
 目立たないように変装しなければならないので、衣服を選ぶ。
(ジャージ……が、一番妥当かな)
 ダサいし。
 引っ張り出したジャージは黒。もっとダサい色はないのかと潤は探る。
(ないなぁ)
 ジャージに着替え、深くニット帽を被って髪型を隠す。これはかなり怪しい人物だ。
(……アリサと一緒にいるとさらに目立つしね)
 これでサングラスとかしたら余計に……。
「…………」

 ジャージの上下に、簡単な上着を羽織り、瞼の上まで被ったニット帽姿の潤を見て、アリサは呟く。
「では行きましょう」
「……うん」
 何も言わないんだ、この格好については……。
(そっか……)



 アリサのダイス・バイブルをしっかりと持って、アリサの後ろに続く。
 『敵』の出現場所はそれほど遠くないようなので、こうして徒歩だ。
 潤は手の中の本を見下ろした。
(あのダイスたちに会ったら……。できるなら、関わりたくないけど)
 今回会わなくても、いずれ会うことになるはずだ。それは時間の問題だろう。
 その時……本が近くにあったほうがいいと、思ったのだ。だから家には置いてこなかった。
(もし何かあったら……その時、アリサが回復する手段って、本へ戻ることだと思うんだよね)
 彼女はいつも、戻ってきたら一ヶ月は本の中で過ごす。二ヶ月前も、あれほどぼろぼろに傷ついていたのに、本に戻って回復した。
 本が近くになければ、万が一の時にアリサを助けられないかもしれない。
 本を持っていくことにアリサは反対しなかった。むしろ、どこか褒めるような顔をしたのだ。
(もしかして俺の読みは当たってるのかな)
 内心で笑って、前を歩くアリサの後ろ姿を見た。小柄な彼女は背筋をピンと立てて歩いている。姿勢がいい。
(…………ものすごく勝手だけど、アリサは負けないって……思ってるんだよね)
 負ける姿なんて想像できないというか。
 二ヶ月前のあの姿でさえ、なんというか……信じられなくて。
 ぴくんとアリサの肩が震える。足を止めた彼女に潤が倣う。
「アリサ……?」
「気配が消えた……。倒された……」
 小さく言うアリサは、ぎくっとしたように身を引き、それから振り向いてこちらに手を伸ばす。
(握手?)
 不思議そうにした潤のもとへ一瞬で移動し、そのまま片手を腰に回して持ち上げ、跳躍した。
 突然のことに潤は瞬き一つ。
 簡素なビルの屋上に着地したアリサは脇に潤を抱えたまま、周囲を警戒する。
「逃げるなよ。追いかけたくなるだろ」
 そんな呟きと同時に、何かが地上から跳び上がってきた。そのままアリサと対峙するように屋上に着地する。
 足もとまで伸びる長い黒髪。漆黒の拘束衣姿の青年は、この前会ったダイスだ。
(出た……!)
 潤が目を見開く。
 両腕を拘束ベルトで縛られたままだが、男は品定めをするような目を前髪の間から覗かせている。
「相変わらず弱ってんのか。ははは。これじゃ戦っても結果はみえてんな」
「…………」
 黙ったままのアリサは潤から手を離す。潤はどさっとその場に落ちた。受け身をとる必要がなかったが、少し痛い。
 ぐっとアリサは構えた。格闘家みたいだ、まるで。
「おおっと、やるのか。この前ズタボロにされたくせに、懲りねぇなあ」
「……黙りなさい」
「オレと戦っても勝ち目はないのに……。まぁ、やるってんならしょうがねえな。オレも今度は見逃す気はねぇし」
「…………」
 アリサが目を細める。青年のベルトがぶちんと外れ、両手が自由になった。
「ははっ。怖いカオしてるなぁ。じゃあ、今度は容赦なしで戦うか。ダイス同士、出会ったらそうなるのが必然だしな」
 青年は軽く手を振り、それから一気にアリサへと攻撃を開始した。
 アリサも負けじと前に出た。いや、潤に攻撃が当たらないようにするためだろう。
 突っ込む形になったアリサが、直前で上空に跳んだ。青年はそれにすぐさま反応し、アリサを追いかける。楽しそうな顔をしていた。
 アリサはそのまま逃げるように隣のビルへジャンプする。そのまま二人はあっという間に潤の視界から見えなくなった。

 戦う場所をアリサが移したのは一目瞭然だ。残された潤は困り果ててしまう。
 アリサを追いかけるべきだろう。だがアリサはおそらく、潤を巻き込まないようにしたのだ。
 こんな狭い街中で戦うということは、周囲を否応なく巻き込むことになる。
(えっと……)
 きょろきょろと見回し、方向を定める。アリサとあの青年が戦っている場所がわかった。遠目に見えるビルの上で、何かが破壊されたように煙があがっていた。
(あそこか……)
 だが、再び移動されても困る。
 悩む潤の背後で、気配がした。振り向くと、そこにはあの時の少女……青年ダイスの主が立っていた。二ヶ月前と同じように派手な髪と衣服だ。
「すごい格好ね。売れてるアイドルは困るのねぇ」
 くすりと嫌味ったらしく笑う少女は腕組みして潤を眺めていた。
「うぅん……あの時は気づかなかったけど、アンタ、人間じゃないのね」
「……君は」
「……全然マシになってないのね。まぁ、それもいーけど」
 攻撃してくるだろうかと潤は思うが、この距離でいきなり攻撃をされるとは思えない。5メートル以上は離れているのに、ダイスでもない彼女が一気に近づけるはずがない。
「本は持ってきてるようね。シンクロできない以上、所持するのはなかなか見込みがあるわね。
 ……しかし、ニンゲンでもないアンタがなぜダイスと契約してるの? 別に辛いことも何もないのにさ」
「ニンゲンでなくてもいいだろ、契約するのは」
「そりゃいいけどさぁ……。なんでかしら、あたしさぁ、アンタのことすっごくムカつくのよ。生理的嫌悪ってやつ?
 ね、どのくらい生きてるの?」
「……200」
「わあ! そんなに生きてんの? 飽きない? 生きることが。もう死んだら?」
 平然と言ってくる少女は、一切悪気のある声ではない。
「あたしは飽きるなぁ。辛いもん、長く生きるのが。
 あぁそっか。あんたはニンゲンじゃないから、そういうのわかんないよね」
 感覚とか違うもんね。
 少女はそう呟き、遠くを見るような目をする。
「気まぐれとかでダイスと契約してるんならさ、本をこっちに渡してくんない? あたしさぁ、タギを必要以上に戦わせたくないんだよね」
「自分のダイスが大事なの?」
「当たり前でしょ。あたしにはタギしかいないもん。それ以外はなんにもないもの」
 虚ろに笑う少女は腕組みを解き、片手を腰に当てた。
「あんたはさぁ、仕事もあって、トモダチもいて、色んなものたくさん持ってんでしょ? なんつーか、ニンゲンのトモダチとかいなさそうだけど。上っ面だけっぽいし。
 全部持ってるくせに、その上ダイスまで手に入れようだなんて、ちょっと欲張りじゃん」
「アリサは……大事なダイスだよ、俺にとって」
「あんたの言葉って、なんていうのかな……全然心に響かないね」
 さらりと彼女は言う。潤は少女を見据えた。
「大事だとか、大切だとか、そういうこと言っててもさ、全然伝わらないっていうか。
 ダイスを大事にしてんのも、一時的なもんでしょ? そういうのって…………あたしらからすれば、ウザい」
 彼女はのらりくらりと喋っていた口調を、変えた。攻撃的になる。
「マジでウザい。あたしにはダイスしかないんだ。その道を選んだ。あんたみたいな、お遊びじゃないんだから!」
「遊びなんかじゃない。俺はアリサと本当に」
 噂話や、ニュースを見て、少しでも彼女の助けになろうとしていた。
 だが少女はそんな潤を嘲笑う。
「でも、あんたのダイスはどんどん弱っていく。今も弱ってる。二ヶ月前より状態がひどいわね。
 こんな状態でどうやってこれから戦っていくわけ? ダイスが弱りきって消滅するのを見たいの?」
「え…………?」
 消滅……?
 唖然とする潤に、彼女は続けた。
「本をこっちに渡しなさい。そうすれば、タギの攻撃を止めてあげる。あんたのダイスはあたしのタギに勝てない。絶対に。
 このまま弱らせるよりも、あたしに本を渡したほうが得よ。あたしが面倒をみてあげる」
「そんな……の、どこに証拠が」
「あんたが主のままだと、あのダイスが消えちゃうのだけは本当。このまま戦えばタギがあのダイスをぶっ壊す。
 ……本を渡せば勘弁してやるって言ってんのよ。
 あんたのことキライだけど、あのダイスに罪はないしね」
 風が、吹いた。冬の冷たい風が。
 潤は手の中の本の重みを感じていた――。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【7038/夜神・潤(やがみ・じゅん)/男/200/禁忌の存在】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、夜神様。ライターのともやいずみです。
 敵のダイスと戦闘開始です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。