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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


人のために生きる

 北条との話し合い、もとい戦闘が終わった後、武彦達はすぐに興信所に戻ってきていた。
「確かこの辺に……あった」
 机の引き出しを漁り、取り出したのは一枚の符。
 何時ぞや回収したユリの能力が入った能力符である。
 その符で興信所全体にアンチスペルフィールドを展開し、武彦は一息ついた。
「よし、これでとりあえずは安全か」
 北条が敵対していることがわかった今、あの男の能力が何処から飛んでくるかわからない。
 声が聞こえれば能力が発動するというのだ。油断している内に操られていると厄介な事になるので、防御策としてユリの符を使ったのだ。
 この能力の範囲内ならば、そう簡単には人を操る事はできまい。
「で、草間さん。これからどうするんだ?」
「おぅ、北条の狙いがわかったからにはこっちからも何か出来る事があるはずだからな。反撃でもしてやろうか」
 思案顔の武彦は所長の椅子に座り込んで、ウンウンと考え始めた。
 あまり考えるのが得意ではない小太郎は、何事も無かったかのように振舞う零から渡された紅茶を受け取った。
 暖かいお茶を啜っていると、不意に小太郎の携帯が鳴った。
「着信……? ユリからだ!」
 ディスプレイを覗くと、どうやら相手はユリの携帯から発信しているらしい。
 小太郎は驚いてすぐに通話ボタンを押す。
「ユリ!? ユリか!?」
『いいや、違うよ』
 聞こえてきた声は男声。しかもついさっきまで聞いていた声だ。
「……北条っ!?」
『そうだよ。さっきはどうもね』
 ついさっき、強烈な攻撃を受けた人間の声とは思えない。
 通常人にこれほどの短時間で回復できるようなダメージではなかったはず。
 だが、北条についている生首が回復魔法を使ったのなら理解できる範囲か。
『さて、あまり時間もかけたくないし、単刀直入に言おう。取り引きしようか』
「とりひきだと?」
『俺はどうしても君の魂が欲しくてね。それも、出来れば無傷で。でも、ただ欲しがってるだけじゃさっきみたいに蹴り飛ばされるだろうから、こちらもそっちに益のあるものを差し出そうと思う』
「……なんだよ?」
『この携帯電話、誰のだかわかるかい? 持ち主が俺のすぐ近くにいるんだけどね』
 ゴソゴソと電話の向こうで音がする。どうやら電話を代わっているらしい。
『……小太郎、くん?』
「ゆ、ユリ!? 大丈夫なのか!?」
『……助けてください。怖いです……』
 そんな一言だけ声が聞けたところで、再び受話器が受け渡されたようだ。また北条の声になる。
『というわけだ。君が魂をくれるならユリちゃんをそっちに渡そう。人を一人ずつだ。等価だと思うけどね』
「そうやってモノみたいに人を扱うのが気にくわねぇって言ってるんだよ」
『ははっ、気に入る入らないは関係ないさ。返答は手短に、イエスかノーで頼むよ。まぁ、考える時間も必要だろうし、答えが決まったら連絡するなりしてくれ』
 そう言った北条は一方的に通話を切った。

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「明らかに、ユリは正気じゃないな」
「私もそう思うわ」
 電話の音声を聞いていた冥月とシュラインが呟く。
 常のユリならば、むしろ小太郎の身を案じて『来るな』というはず。
 それが、あんなに弱気な発言をすると言うのは、裏を疑うのに十分だ。
「で、小僧。お前は魂を渡すとか言わんよな?」
「うっ……。でもユリが危ないんだろ?」
「それでも、何のリスクも無しに取り返す方法はいくらでもある」
「例えば、力技とかね」
 あやこが付け加える。言いたいことはつまりそれだ。
 バカ正直に取引をする必要なんてない。何も差し出さずに取り返せるならその方が良いに決まっている。
 だがその場合、それなりのリスクを負うことになる。つまり、ユリが危険な目にあう可能性もあるという事だ。
「でも、その可能性は低いと思うわ。北条の口振りから考えても、ユリちゃんに危害を加えるのは多分ないと思う。恐らく、向こうも一方的に小太郎くんの魂を手に入れようとしてるんでしょうね」
「でしょうね。だとすれば取り引きを受ければ、確実に後手に回るでしょう。こちらから仕掛けた方が良いと思いますよ」
 魅月姫がシュラインの意見に賛同する。他の二人の意思も概ね同じようで、頷いて答えていた。
 小太郎も渋々頷き、これでこれからの行動方針は決まった。
 次は具体的な作戦だ。
「とりあえず、相手の位置を探らないと話にならないな。こちらから仕掛けようというのに敵の位置がわからなければどうしようもない」
「そこはやはり、小太郎が敵の取り引きに乗った様に見せかけてジワジワあぶりだすのが良いかと」
 今のところ、冥月と魅月姫の能力では相手の位置を割り出すことは出来ない。
 興信所内が全部、アンチスペルフィールド内にあるのもそうだが、外に出たとしても敵の位置はわからないだろう。
 それはつまり、向こうもアンチスペルフィールド内に身を隠しているという事。
 町中に乱立しているフィールドのどれか、というのは簡単だが、そこから居場所を割り出すのは簡単な事ではない。
「それなんだけど、超常的に探すより、もっと常識的に探せば簡単だと思うの」
「というと?」
「使われていたのはユリちゃんの携帯よね? だとすれば、その電波を探せば大体の居場所がわかるはずよ」
 いわゆる逆探知というヤツだが、そんな設備は興信所にはない。
 それ故頼るのはIO2だ。
「この事件の犯人である北条と生首は、佐田殺害にも関係がある。となればIO2も協力は惜しまないでしょ」
「なら、俺はすぐにそっちに向かうか……」
 武彦が出かける準備を始める。
 この中でIO2に直接関係があるのは武彦とあやこのみ。
 更に『佐田殺害事件』の関係で比較的自由に動けるのは武彦だけだ。
 だったら彼が行くのが道理か。
「途中、ヤバい事に出くわした時のために、零でもつれてくかな」
「それなら私も行くわ。必要な物を見繕うのとか手伝えるでしょ」
 シュラインがそう申し出るが、武彦は片手で制した。
「出かけているうちに、また北条から電話がかかってくるかもしれないだろ。その時、耳が良いお前なら何か情報を拾えるだろ?」
「まぁ、出来なくはないと思うけど」
「お使いぐらい小僧でも出来るんだ。俺に出来ない事は無いだろ。欲しいものだけ言ってくれれば持ってきてやるよ」
 そう言われれば無理してついていくこともない、か。
 シュラインが頷いて椅子に座りなおすのをみて、武彦は興信所を出て行った。

「さて、話を戻すが、北条の居場所がわかったとして、具体的にどうやってユリを取り戻すか、だ」
「魂を吸う壷っていうのが危険よね。さっき会った時に、強引に魂を奪われなかったのはきっと何かスイッチ的な機能がついているからだと思うの」
 先程北条と会った時、北条は壷を持っていたし、小太郎は近くに居た。
 それでも小太郎の魂が奪われていないのにはワケがある、というのは当を得た考え方だ。
「何がスイッチになってるかわからない以上、相手の質問に肯定的なセリフを吐くのはよくないと思うわ」
「名前を呼ばれて返事をすると吸い込まれるという瓢箪があるぐらいですからね」
 冗談っぽく魅月姫が言うが、全くもってありえない事と言い切れるわけではないのが恐ろしい。
 この世には摩訶不思議な道具が氾濫している。それで生計を立てているアンティークショップだってあるのだ。
 やはり不用意な行動は慎んだ方が良いだろう。
「ですが、小太郎には相手の誘いに乗ってもらわないと困ります。そこで否定的な意見を言うわけにもいかないでしょう」
「曖昧にぼかす、ってぐらいの事は出来るんじゃない? 『魂をよこせ』っていわれても、『ユリの無事を確認してからだ』って答えるとか」
「それも取れる手段ではありますが、小太郎がそこまで頭が回るかと言うと疑問ですね」
 魅月姫の言葉に、その場にいた全員の視線が小太郎にジロリと集まる。
「な、なんだよ。俺だって演技くらい出来るぞ!」
「あまり期待できませんね」
「ユリを助けるためならなんだってやってやるさ! 北条に何言われても曖昧にぼかせばいいんだろ!?」
「……ふむ、その意気や良し、としますか」
 頷いて魅月姫は改めて小太郎を見る。
「静さん、といったかしら、あの生首について、貴方はどう思いますか?」
「どうってなんだよ?」
「恩人ならば戦うのは辛いのではないですか?」
「別に。あれは静さんじゃない。さっき見た時は流石に動揺したけど、ニセモノだとわかれば何も気にすることはない。敵なら、倒す」
「……そうですか」
 ため息をついたあと、魅月姫は再び作戦会議に戻る。
「私が小太郎のダミーを作ります」
「ダミー? 幻とかそういう感じの?」
「いいえ、存在レベルから精巧なつくりのダミーです。向こうが魔力塊に意識を持たせることが出来たんですから、それぐらい出来ない事はないですよ」
 今のところ、興信所がアンチスペルフィールド内なので見せられませんが、と付け加えた。
 自信たっぷりなところを見ると、本当に出来るんだろう。
「それを使って北条をあぶりだし、か」
「ダミーの操作は私が上手くやります。本物よりは幾らかマシでしょう。本人を渡しても構いませんが、それは癪ですからね」
「でも、それってバレたりしないかしら?」
「さっき会った感じだと、北条は小僧の事を伝聞でしか知らないようだったしな。生首も本当の静じゃないとすると、バレる可能性は低いかも知れん」
「バレたとしても、相手がユリに害を加えるつもりがないなら、最初っから戦闘必至の状態になるだけで、今とあんまり変わらない気もするしね」
 というわけで、大体の話は纏まった。
 ……のだが、興信所の隅っこで
「俺ってそんなに信用ないか」
 と、小太郎がいじけていたのは別の話。

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 静まり返った興信所で、小太郎の携帯電話が鳴る。
 小太郎はシュラインに確認を取ってから、その電話に出た。
『やぁ、どうだい。覚悟は決まった?』
 相手はやはり、北条だった。
「まずはユリの無事を確認したい」
『無事? さっき声を聞いたろ?』
「それだけじゃ信用できないって言ってるんだ。この目で見なきゃ信用できない」
『……その様子じゃ携帯写真や、動画なんかでも信用してくれそうにないね。まぁ良いだろう。じゃあ早速取り引き場所まで来てくれ。場所は――』

 北条との通話が終わった。
「なんか、簡単に場所が割れたぞ?」
「まだ言われた場所が本当の取り引き場所と決まったわけじゃないわ」
 この手の犯人は、大体幾つかに分けて場所を指定し、相手の動向を窺って、取り引きしても安全なようなら本当の取り引き場所を言う場合が多い。
 だとすれば、今言われた場所に北条がいるとは限らない。
「ユリの無事を確認させてやる、と言ったんだから、ユリを連れて来ないわけでもなさそうだな」
「余裕、なのかしらね? それともただ単に焦ってるだけなのかも?」
「どちらにしろ、今指定された場所まで行ってみましょう。もちろん、行くのはダミーですけどね」

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 ダミーを作り、本物の小太郎を影の中にしまい込んだ後、各々作戦実行のために動き始める。
 冥月は小太郎ダミーの動向を窺いつつ、取り引き場所の割り出しが終わった時、敵の不意を突くために距離を取って待機。
 魅月姫とあやこはダミーの操作と追跡。
 シュラインは武彦が持ってきたトレーラーに詰まれた機材を使ってユリの携帯電話から発された電波の発信元割り出し、及び取り引き時には後方支援。
 小太郎と武彦は安全な場所で待機だ。

 魅月姫がダミーを操りつつ、その様子を窺っていると、シュラインから連絡が入ってきた。
 連絡はIO2から借りてきた集音マイクとイヤホンを使って取っている。
『もしかしたら、の話だけど。ユリちゃんが正気を失っているんだとしたら、ユリちゃん自身を取り戻せたとしても、その場で暴れだす可能性もあると思うの』
「北条が操っているならそれも考えられますね」
『警戒した方が良いと思うわ。ユリちゃんを取り戻しても油断しないようにね』
「わかっていますよ」
 そんな事を話していると、すぐに指定された場所に辿り着いていた。
 場所は解体工事中のビル。人気もなく、アミューズメント施設よりは暴れやすい。
『……影も確認できるな。アンチスペルフィールドは張っていない様だ』
 冥月から報告が入る。何処で見ているのか知らないが、どうやら彼女も敵を確認したらしい。
「生首も待機しているでしょうしね。あの符を使っているなら、生首の行動もかなり制限されるでしょうから、その配慮でしょう」
「でも、それじゃあ今までアンチスペルフィールドに居て、あの生首は大丈夫だったわけ?」
 あやこが素朴な疑問をぶつける。
 確かに、フィールド内にあの魔力塊である生首がいれば符に吸収されてしまうだろう。
「恐らくですが、フィールドの形を変形させ、中に穴を開けたんでしょう。その穴の中なら自由に動き回れるという事です」
「ドーム型とかにすれば良いってワケね。なるほど」
 雑談を交わしながら敷地内に入る。
 工事作業はしていないようで、その場には誰もいなかった。
 放棄されているわけではないだろうから、今日の分の仕事が終わったからみんな帰った、という所だろう。
「この中に北条と生首が居るとして、生首の方の影は感じ取れないの?」
『どういうわけか、影が確認できるのは北条とユリだけだな』
「魔力塊は実体がないようなものですから、影も薄い、若しくはないんじゃないでしょうか?」
『それとも、生首の消滅する時間が近いのかもしれないわね。それで影が薄くなるって言うのもあるんじゃない?』
「考えられますね。だとすれば、向こうも必死でしょう。気をつけてかかりましょうか」
 あまり緊張感の感じられないような声で言った魅月姫。
 前回対峙した時、相手の能力は見切った。北条の能力はもう通用しない確信がある。
 その上体術では敵を圧倒、魔法でも負ける気はないとなれば、慢心というわけではなく勝利を確信できる。
 会話を聞きながら、あやこはふと考える。
「その静って生首の事だけど、ちょっとの間でも操って北条に隙を作る事ができないかしら?」
「というと?」
 魅月姫が首をかしげて尋ね返す。
「北条にとって生首は大事なモノなのは間違いないでしょ? だから生首を使って隙を作れないかな、って」
「方法によりますね。生首も強い魔力の塊ですから、対魔法の知識もあるでしょうし、難しいですが……できない事もないんじゃないですか?」
「そういう魔法的な事よりも、もっと人情に訴えるというか……静ならユリや小太郎のことで揺さぶれないかなって」
「人格が別だという可能性もあります。北条が『静を作り出せる』と言っても今の段階でそれを行っているかどうかはわかりません」
 その作り出す手段がわからない以上、どのタイミングで出来るものなのかもわからない。
 今の生首が静でなければ、その説得は望み薄だろう。
「まぁでも、試してみても良いとおもいますよ」
「そうよね、試すだけ試してみよう」

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 魅月姫とあやこがビルの中に入ると、冥月からの情報どおり北条とユリがいた。
 今のところ、生首の姿は見当たらない。
 とは言え、油断するわけには行かないだろう。何処から沸いて出るかわからない。
「いらっしゃい、皆さん」
 北条が手を広げて迎え入れた。
 ここからみるにしても、さっきの戦闘のダメージはないように見える。
 あれがやせ我慢だとしたら大したものだ。
「早速取り引きをしたいんだけど、いいかな」
「まずはユリの無事の確認からだ」
 魅月姫に操られた小太郎ダミーが返事をする。
 その返答に北条は困ったように首をかしげた。
「今そこから見るだけじゃダメかい? わかるだろ、彼女はこれだけピンピンしている」
 北条の横に立つユリは確かに自分の足で直立している。
 何処にも怪我のようなものは見当たらないし、いつものユリに見える。
 だが、だからこそさっきの電話との矛盾が出る。
 あれほど怯えた声を出していたわりには平然としすぎている。
「これはやはり操られてますね」
「どうするの? 操られてるなら、シュラインが言ったように襲い掛かってくるかもしれないじゃない」
 小声で二人が相談を交わす。
 懸念するあやこに、だがしかし魅月姫は笑って答える。
「ユリさんを黙らせればいいんでしょう? 簡単な事ですよ」
 悪い魔女っぽい笑みだった。

『北条の声からは焦りが感じられるわね。やっぱり生首が長くは持たないってのは正解みたいよ』
 イヤホンからシュラインの声が聞こえる。
『さっき対した時よりも若干早口になってるし、何より会話内容に余裕がない。演技ではないでしょうね』
「だったら焦らすだけ焦らしてみますか? 効果があるかもしれませんよ」
「逆にユリに危険が及ぶかもしれないわ。まだ危害を加えないと断定できるわけじゃないんだし」
『北条が何かしようとしたなら、私が遠距離から攻撃できなくもないが……』
『やはりそうするとユリちゃんが危険、か』
 小声による作戦会議。
 この会議も長引かせていると焦らしに繋がる。
 早々に結論を出さなければ。
『現場の判断に任せるわ』
「生首が見当たらない所を考えると、時間を与えるのは危険かもしれません。すぐに叩きましょう」
「そうね、その方が手っ取り早いわ」
『私も、それならそれで構わん。まだるっこしいよりは簡潔な方がいいだろう』
 満場一致により、取り引きが始まる。

「では、こちらから小太郎をそちらに渡します」
「わかった」
 魅月姫が操る小太郎ダミーは、つばを飲んでから静かに歩き出した。
 何となく小太郎っぽく見える辺り、やはり魅月姫には抜け目がない。
 小太郎ダミーは北条の前で止まり、鋭い視線で睨みつける。
「ユリは返してもらうぞ」
「ああ、そのつもりだ」
 そう言った北条はユリに目配せをする。
 ユリは一つ頷き、魅月姫とあやこの元へ歩いてきた。
「大丈夫ですか、ユリさん?」
「……はい。大丈夫です」
 淡々と答えるユリ。そこにあまり感情というものも見られず、多少ユリ以外の魔力も感じられる。
 操作術にかかっているのがバレバレだ。そこまで焦るほどに敵は切迫した状況にいるらしい。
 それはさておいて、ユリは一応こちらの手の内に入った。
 ここからは敵の殲滅だ。
「さて、それでは始めるとしますか」

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 あやこは手を掲げ、術を繰る。
 一応エルフなので、得意ではないとは言え、魔法を使う事はできる。
 北条に幻を見せ、少し撹乱でもしようかと思ったのだが、目の前で魅月姫がユリに手刀を決めた。
 確か、さっき『ユリを黙らせればいい』的なことを言っていたが……
「そんな事だろうとは思ってたけど、マジにやるとはね」
 苦笑しつつ、掲げていた手をユリを抱きとめるのに使った。魔法はまた準備からしなおしだ。
「シュラインさんが来るまで、ユリさんの事と後衛からの援護、頼みますよ」
「了解、任せといて」
 駆け出す魅月姫を見送り、再び術を唱え始める。
 簡単な魔法だ。そこまで詠唱も必要にはならない。
 すぐに北条の周りの空気が歪み始め、幻を見せる。
 隙の出来た北条に、魅月姫が距離を縮めようと走りこむが、生首の出現によってあやこの術は打ち消され、北条は魅月姫から距離を取った。
「っち、失敗か」
 拙い術ではあったが、効果はあると踏んでいた。実際、生首の出現がなければ魅月姫によって、敵を詰んでいただろう。
 しかし今、北条は魅月姫から距離を取り、自分の周りに妖魔を展開させて守備を固め、生首も魅月姫に睨みを利かせている。
 初手は引き分け、若しくはこちらの負けか。
「でも勝負はこれからよね」
 あやこが呟いた時、影の中から冥月が現れた。
 これで三対二。そして個々の実力はこちらの方が上のはず。勝機はある。
「あやこさん」
 後ろから声をかけられ、振り向くとシュラインと武彦が来ていた。
「あぁ、シュライン。ユリを頼むわ」
 あやこはユリをシュラインに預ける。ユリはシュラインが保護し、そのままトレーラーへ連れて行く予定だ。
「私たちはすぐにここから離脱するけど、大丈夫よね?」
「多分心配ないわ。それより、ユリが北条の術にかかってるみたいだから、その解呪とか出来る?」
「トレーラーにユリちゃんの符が貼られているから、その中に入ればきっと術は解けると思うわ」
 前回、北条と対した時にかかった術も、小太郎の持っていた符の効果で解くことが出来たらしい。それならユリも問題ないはずだ。
「じゃあ何も問題はないわね。私たちもすぐ戻るから、美味しいモノでも作って待っててよ」
「わかった。あんまり無理しちゃダメよ」
 シュラインは武彦に合図を送り、その場から離れて行った。

 シュラインたちを見送った後、あやこは生首に駆け寄る。
「ちょっとそこの生首!」
『……なに』
 律儀にも魅月姫と戦いながらも、あやこの呼びかけに答えた生首。
「貴方、何の目的があってこんな事するわけ!? 小太郎の魂をもらって、本当に生き返れるとでも思ってるの!?」
『そんなの関係ないわ』
 あやこの問いかけに、生首は冷たく言い返した。
『私は別に生き返らなくたって良い。小太郎の魂がどうなろうと構わない。いっそ、ユリがどうなっても知ったことではないわ』
「な、何を言って……」
『全部関係ないのよ、私には』
 魅月姫の攻撃を躱しながら、生首は流暢に言葉を繰りつづける。
『私は静の記憶もあるし、静の能力も持ってる。でも私は静じゃない。私は静の全てを持った、ただの生首。でも、私は北条が望むのなら静になりたい』
 その声は、生首と言う見た目おぞましさには不釣合いなほど、女性の声だった。
『私は北条が好き。北条が望む事はしてあげたい。北条が望むなら私は静になりたい。だから小太郎の魂が欲しいし、その為にユリを利用した。ただそれだけよ』
 純粋過ぎる動機を聞いて、あやこは少し面を食らってしまった。
 その内に、魅月姫が王手をかける。

 魅月姫が止めを刺そうとした瞬間、生首に一枚の符が貼られた。
 それは移動符。瞬間的に生首をここではない何処かへ飛ばした。
 魅月姫の攻撃は空を切り、生首は仕損じてしまった。
「逃げられましたか……ですが」
 ふと北条を見やると、冥月が捕らえている所だった。
「一応、北条は捕まえたし、半分解決って所かしらね」
 あやこも溜め息をついて、その様子を見ていた。

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「北条はIO2から出張ってきたエージェントに預けた」
 冥月が魅月姫とあやこに言う。
「次は生首を追いかけるわけだ」
 あやこが溜め息をついて肩を落とした。
「先を憂うよりも、今はシュラインさん達と合流しましょう。ユリさんがどうなったか気になります」
 と言うわけで三人はトレーラーを目指した。

 シュラインたちの元にやって来た三人。
 入るとすぐにシュラインが駆け寄ってきた。
「あ、魅月姫さん、ちょっとユリちゃんを見てくれる?」
 シュラインに言われた魅月姫は、ユリを診る。
 先程、ユリを確保した時は何も感じられなかった。
 そして今も、特に変わった様子はない。
「どうしたんですか?」
「……あの、魅月姫さんは知ってますか、こたろうって人」
 その発言に、その場にいた全員が驚く。
「これって、記憶喪失ってヤツ?」
「だとしたら原因はなんだ? 北条に酷い事されたか!?」
「……いえ、もしかしたら」
 魅月姫は注意深くユリを見詰め、しばらくした後息を呑む。
「北条って人は、面倒な事をしてくれますね」
「何があったんだ?」
「ユリさんの記憶が『操られて』います。これもあの人の能力ですかね」
「操られているなら、この符の能力で治るんじゃないの?」
 今、トレーラーの中にはユリの符によってアンチスペルフィールドが展開されている。
 それで北条の能力も排除されるはずだ。
「今も能力によって『忘れている』なら、この問題もすぐに解決したでしょうが、ユリさんの記憶は能力によって『失くされ』ました。これはユリさんの符ではどうしようもありませんね。能力で人を殺して、それをユリさんの能力符で治せないのと同様、この記憶は……よほどこの事が無いと元に戻らないでしょう」
 静まりかえる一行の中、ユリだけ首を傾げていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / IO2オカルティックサイエンティスト】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 藤田 あやこ様、シナリオに参加して下さり、本当にありがとうございます! 『多分バットで殴れば記憶喪失って直るよ』ピコかめです。
 ユリの方はそれほど簡単な問題じゃなさそうですが、はてさてどうなるやら。

 生首に語りかけてみましたが、どうにも不発に終わったようです。
 なんと言うか、バカップルに何を言ってもしょうがないって感じですかね。
 尽くすタイプで恋は盲目な生首でした。
 ではでは、次回もよろしければ是非!