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青春の必然
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「ちょ、ちょちょちょちょ、待った!! 待ったってあんた!!!」
駅のホームで大声を発する草間・武彦は、否応無しに目立っていた。
手を眼前で振りながら、にじりにじりと後退する腰は引けている。奇異な視線は彼だけに向けられ――相対するものが、誰一人見えていなかった。
だが武彦には、そんな事に構っている余裕は無い。気を抜けば武彦の相対する【幽霊】は、腰にしがみついて揺すっても剥がれやしないのだ。
変なものに目を付けられてしまったと嘆いても後の祭り。
ここで是と頷かない限り、草間にとり憑くと囁くソレ――。
「ああ、わかったよ!! 協力する! するからっ!!」
脅しとばかりに線路に引きずり込まれそうになって初めて、武彦はまいったと手を挙げた。
「お前に頼みがある」
草間・武彦から依頼の申し込みを受けて、【アナタ】は興信所を訪れていた。苦々しく笑う武彦に先を促すと、彼は頬を掻いて視線を明後日の方向に逃がした。
「依頼主は、誤って線路に落ち事故死した奴で……まあ、地縛霊なんだが。そいつが駅で見かけたお前に惚れたらしい」
【アナタ】は武彦の言葉の真意を掴みきれず小首を傾げた。幽霊と言えど、元は人間だ。感情は残っていておかしくない。それが自分に好意を示してくれても、然りだ。
「何でもそいつは一度も味わえなかった青春を謳歌したいらしく……つまり、お前とデートがしたいらしい」
つい、と彼が指差した扉の前に、いつの間にかソイツはいた。
「ツテで人型の人形を借りた。――人間にしか見えないが、中身は死人だ。奴とデートしてくれ。依頼料もねぇ。デート代もお前のポケットマネーで!! 承諾してもらえねーと俺が呪い殺される……!」
最後には縋る様に手を伸ばしてきた武彦に、【アナタ】は的外れな事を一言だけ。
『謳歌したい青春がコレ?』
「何でも、恋愛は青春の必然らしい!!」
――半べぞの武彦は、あまりにも憐れ過ぎた。
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雲一つ無い青い空が広がる、実に清々しいある日の事だ。
太陽は天空でその存在を主張するように輝きを放つ、そんな何て事のない、けれど実に気分の良いある休日の事だ。
昼過ぎともなれば大抵の人間が目覚めて活動しているであろうその日、白樺・雪穂はある一本の電話によって起こされた。
電話の主は興信所という名の怪奇解決屋の所長、草間武彦だった。呻きや嘆きを織り交ぜて事件とも呼べないような仕事を依頼してきた上に、今すぐ来いというような内容のそれに、雪穂は勿論不機嫌に応じた。
雪穂は夜行性である。昼間の往来など歩きたくないというのが本音で、それでも渋々応じたのは依頼の内容に一片の興味を感じたからだ。
年齢の12歳からはかけ離れた成人女性の容姿を持つ――魔術の力を持ってして容貌を変化させた――雪穂は、日頃から日傘と手袋を手放さない。それ程徹底的に昼を拒絶しておきながら、依頼主への返答は
「一日だけでいいなら付き合うよ」
――だったのだから、電話口で無言の圧力をかけられた草間としてはたまったものでは無かった。
それでも眠そうに目を擦りながらの返答であったから、依頼を受けてくれた事自体も奇跡だったのかもしれないが。
「それで、何処へ連れて行ってくれるの?」
興信所のソファに腰掛けて、見る者によっては見える小さい白虎を撫でる仕草をしながら、雪穂は聞いた。
聞かれた相手は、生前の彼を模した精巧な人形の表情を見事に歪ませながら逡巡する。
雪穂よりも幾分若く見える、恐らく高校生であろう青年は染めた形跡の微塵も無い綺麗な黒髪を掻いた。
「何処に行きたい、ですか?」
控えめに、青年は呟いた。
「何処って、僕は別に……」
沈黙が落ちた所で、草間が口を挟む。
「遊園地でも行ってくれば?」
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青年は柿沼・雄太といった。草間の助言通り近場の遊園地へ向かう途中で、お互いは簡単に自己紹介をした。
最も雪穂は名乗る必要も無く、雄太は既に雪穂の名前を知ってはいたが。
雄太は通学途中にうっかりホームから転落してしまったらしく、性格は内向的で雪穂と同じようにあまり外で遊ぶタイプでは無いようだった。けれど陰鬱という印象は無く、純朴というのが相応しいような様子だった。
「僕も遊園地、久しぶりなので、楽しみです!」
つくなり興奮気味に言う雄太の横で、入園口の大きな時計塔を見上げて雪穂は固まっていた。
尖塔の天辺には遊園地のメインキャラクターだという阿呆面のティディベア(と思しきもの)が、どでんと鎮座している。その手には赤と青の風船が握られていて、風船には「ウェルカム」の文字。
家族連れやらカップルやらが、楽しそうに入場するのに二人も続く。
「あれは、ベアなの?」
入園してからもティディベアの着ぐるみが何体も出迎えてくれるが、その顔形は子供の落書きそのままの歪な阿呆面だ。子供に背中にキックを入れられて、見事に横転したベアを通り過ぎ様、雪穂が圧倒されながら聞くと、
「そうですよ、クマです! 子供に夢を、のコンセプトを持つこの遊園地のオーナーが、昔自分で描いたクマの絵をそのままキャラクターにしたので有名なんです」
子供みたいに目を輝かせた雄太が答える。
「むかつく顔してるけど」
「それが遊園地のパワーで、帰る頃には不思議ととっても愛らしく見えるんだそうです」
「ふーん……」
それには賛成しかねる表情で、雪穂は首を傾げた。
――遊園地パワーの為か、どこか浮き足立っている自分に、まだ、気付かない。
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遊園地と言えば。
それに続く言葉は人によって異なるだろう。大人しいアトラクションからハードな絶叫系アトラクション、魅せるアトラクションと楽しみ方は多種多様。
雪穂にとってはほとんどが目新しいものばかりであったから、まずは近場にあったお化け屋敷に飛び込む事にした。
勿論、屋敷の中は真っ暗だ。
「雪穂さん、怖かったら、ぼ、僕の腕に……っつ、つかまっていいですよ」
と、何とも頼もしいお言葉は、震える雄太の唇から飛び出た。
「ありがと」
へっぴり腰で雪穂を誘導するようなそれを横目で見ながら、そのアトラクション自体は子供だましである事を良く知っている。大体が怪奇を主な依頼とする草間興信所の、関係者なのだ。霊という存在は常に身近にあるのに、人が作ったおもちゃにそこまで恐怖する要素は無い。
それでも雪穂の愛らしい笑顔が消えないのは、アトラクションよりもっと、雄太自身が面白かったからだった。ともすれば、場にそぐわない笑い声すら上げそうな程。
「へぎゃっ」「っ!!」「あわっ」と、通路の合間合間に仕掛けられた井戸から這い出る女性の死体や、天井から落ちてくる蒟蒻や、突然の光の中に浮かぶ無数の骸骨を見るや、隣で上がる押し殺した叫び声。
「怖くない怖くない」と呟きながら目を瞑って歩きながら、通路を逸れる事の無い器用さ。
「……怖かったら、つかまってもいいよ?」
ぽそり、と、微笑みを浮かべながら雪穂が差し出した手に、骨ばった感触の指が乗せられた。
「一番人気、何だってね」
うんざりした調子の声で、雪穂はため息を漏らした。長蛇の列に並ぶこと50分。日傘越しにも感じられる太陽の熱視線に良く耐えたものであった。
やっとゲートに突入し、日を遮る為の洞窟めいた建物の中に入ると、生き返ったような気分になる。汗ばんだ白い額に貼り付いた、銀糸のような煌く前髪を梳かしながら雄太を見ると、雄太は涼しい顔だ。どんなに精巧でも、人形は人形。温度は感じないのだという。
「中は涼しいでしょう? それに、中は退屈しないように洞窟の要所に――ほら、あそこ」
恨めしそうな雪穂の視線を逸らすように、雄太が暗い内部の一箇所を指し示す。
その視線を追えば、そこには件のベアが居た。相変わらず惚けた顔をした、歪な姿である。蜂蜜の瓶を抱えて、何やら旅支度をしたベアが、煙突付きの家を出て行く様子。空で鳥が鳴いて、お別れしているような風情があった。
少し進めば今度は、ベアが鬱蒼とした森へ入っていく様。進めば進む程物語が進展していく。
悪戯猿に蜂蜜瓶を奪われて追いかけると、大きな落とし穴に落ちてしまう。地底の鼠に火あぶりにされそうになって、間一髪眼鏡の兎に助けられて。猿と再会して、仲間になって――。
「ベアは何の活躍もしていないじゃないか」
雪穂の指摘通り、全ての窮地は兎と猿が解決していき、ベアはむしろ足手纏いに近かった。
「そう思うでしょ? でも、ここからが……」
物語に夢中で、気が付けばアトラクションに辿りついていた。
壁で進展していた物語は、ベアが猿と兎と共に、一艘の船で河を下るシーンに移る。
ここからは雪穂達が同じく河を渡る船を模したアトラクションに乗り込み、一緒に海へ出ようとする、という内容のようだ。
動き出した船は実際に水の上で揺られ、ジャングルの中を渡る陽気な歌声が響く長閑さがあった。
それが鰐に船を壊されそうになって大揺れしたり、何故か猿の大群に追われてみたり。
やっと開放されたと思ったら、河の先で急降下――垂直に、と言えそうな角度で、船が落下する。
「わーわーわーっ!!」
奇妙な浮遊感。船から投げ出される感覚。
流石の雪穂も息を飲む。思わず魔術を使おうとさえ思ってしまう程。
「わーわーっ」
既での所で雄太の叫び声が雪穂を現実に戻して。
飛び出た先は固い地面の上。叩きつけられると、思った瞬間――大きく膨らんだベアのおなかへダイブ。
トランポリンの要領で跳ねた先は――一面に広がる花畑。
心地よい音楽が流れて、幕引きの言葉が聞こえた。
『そう、こここそが、ベアの目指した夢の世界だったのです』
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それから二人は様々なアトラクションを楽しんだ。それこそ食事さえ疎かに、列に並びながら食べられるもので済ませる程だった。
ベアの形をしたコーヒーカップを酔う勢いで回したり、王道の観覧車から園内を見渡したり、射的のゲームや、夕方の華麗なショー。
「夢みたいだなあ」
閉園間際、人もそぞろの園内のベンチに腰掛けて、雄太は満足そうに息を吐いた。
「ここは夢の世界らしいからね」
「それもですけど、雪穂さんと居られるのが」
照れたように、けれど真っ直ぐに、雪穂を見据える瞳。
やがて閉園を告げるベルが鳴り響くまで、二人はしばし見つめあった。
「本当に、ありがとう」
言葉は、アナウンスに重なった。
「僕も、君と一緒にいれて、楽しかったよ」
慌しく駆けていく客に視線を向けて、雪穂も言う。
もう、隣の雄太は見ない。
微笑ながら、受け入れた。
「ありがとう」
かたり、と音がして、人形は動きを止めた。
雪穂はただ独り、静まり返った園内に取り残された。
END
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登場人物
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【7192/白樺・雪穂[シラカバ・ユキホ]/女性/12歳/学生・専門魔術師】
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ライター通信
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初めまして、この度は発注有難う御座います。そしてそして、大変遅くなってしまいまして、申し訳ありません!!
人、というより、今回はデートの中身に力を入れてみました!遊園地ってどんなだっけと思い出すのに四苦八苦しながら……書いてみたりしてみました。
少しでもお楽しみ頂ければ嬉しく思います。そして、またどこかでお会いできる事を祈って。
有難うございました。
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