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<東京怪談・PCゲームノベル>


<Not thanks to heaven 3>

<Last Mission>

草間の吐き出す紫煙だけが、音のない空間に広がる。
一番最初に言葉を発したのは、紫煙の持ち主ではなく。
「主の遊び場……か」
古参の事務員であるシュライン・エマだった。
右手を顎へと添え、自分の前で立ち竦んでいる小さな少女と視線を合わせる。
「その『主』という方が、暇を持て余して此処を作ったのか、其れとも偶々この場所を見つけた人が、利用して宗教を作ったのか」
「どっちだろうと構わんが、少し話が変わってきそうだな」
吸い切った煙草を床に落として踏みつけ、草間が苦々しそうに呟く。
腰を折り、視線を遙瑠歌と合わせたままでシュラインは両手を少女の其れと繋いだ。
自分よりも一回り近く小さい少女の掌は、常よりも冷たい。
「ねぇ、遙瑠歌ちゃん?主って、態々こんな事をする存在かしら」
問いに、遙瑠歌は視線を宙に彷徨わせ。
そして横に小さく首を振った。
「主は……創り上げた物には興味を無くされます。長く一つの場所に留まられる事は、御座いません」
其処まで口にして色違いの瞳を伏せ、シュラインの手を軽く握り返す。
「遙瑠歌。確認するが、扉は自分で開けない限り安全なんだな」
「はい。ご自身の手で、意思を持って開かない限り、扉は作用致しません」
のろのろと視線を上げて、何時もより弱々しく。
其れでも、口調は何時も通りに答える遙瑠歌。
「遙瑠歌ちゃんの出す砂時計と、何か関係はありますか?」
草間の後ろで心配そうに眉を寄せた零の言葉に、少女は三度首を横に振った。
「関係性が無いと言う訳では御座いませんが、完全に一致するという訳でも御座いません」
「さっき遙瑠歌ちゃんは、扉を自分で開いてはいけないと言っていたわね。其れなら、此処から先、不用意に進むのは……」
シュラインの言葉を掻き消すように。
最奥の扉が、確かに音を立てて開いた。
「ようこそおいで下さいました、と申しあげましょうか」
全身を白の布で覆い隠した、声からして初老の老人が笑った。
突然現れた其の老人に、零と草間は軽く身構え。
膝を折っていたシュラインは、遙瑠歌を自分に抱き寄せ、二人の後ろに隠す。
(何があるか、分からない。念の為、声は記憶しておきましょう)
警戒を露にする四人を見やるその表情は、皮肉と嫌味を混ぜた物。
「我等の神に興味が?それとも、他に御用が?」
「あんたが此処の『教祖様』とやらか」
眉を寄せて問い掛ける草間に、老人は更に口角を上げる事で答えを返した。
「我等の神は全ての方に平等です。ご覧になられましたか?我等の神の姿を」
教祖の言葉に、シュラインは小さく肩を竦めた。
「聞こえはいいわね。けど其れって、相手は何処から見てるのかしら?」
其の呟きに、一瞬教祖は顔を歪めた。
「どういう意味ですか?」
「同じ立場に立っていないと、平等とは言わないでしょう?そうじゃなきゃ其れは、興味がない、取るに足らない、という事になるわ」
言いながらも、自分の腕の中で警戒する遙瑠歌を庇うように抱きしめる。
陰になっていて見えないだろうが、少しでも草間や零の立ち位置が変われば、其の小さな姿が相手から見えてしまう。
どうしても気になるのだ。
遙瑠歌の怯えと、言葉。
(まさか……私の予想が、外れてくれればいいけれど)

「生憎、宗教には興味がないんでね。大体、神とやらの姿が見えるなんざ信じられるか。見えないからこそ神だろう」
シュラインの警戒を感じ取ったのだろう草間は、立ち位置を変える事無く吐き捨てるように言う。
そんな草間に、教祖は再度笑みを浮かべて口を開いた。
「全ての宗教に神の姿はあるでしょう。我等の神とて同じ事。象徴として、像がありますよ」
ご覧になられますか?
そう言い、老人は自らが出て来た部屋へと続く扉を押し開いた。
草間、零、シュライン。
そして、怯えているのか三人に庇われて隠れている遙瑠歌に向けて、室内を見せようとして。
老人は、瞬間眼を見開いた。
「なっ……!?」
動いた事で、彼の目に映ったのだろう。
守られ、庇われている小さな少女の姿が。
「主よ!何故その様な者達と一緒に居られるのですか!!」
それは、悲鳴のような。
絶叫。

嫌な予感が当たってしまった。
そう思いながらも、シュラインは抱き締めた遙瑠歌の体を離す事はなかった。
「いらっしゃったなら、お声を掛けてくださればよかったのに!」
一方的に言葉を繋げる教祖に、遙瑠歌は目を見開いた。
体を小さく震わせ、唇が戦慄いている。
「遙瑠歌ちゃん、大丈夫?」
背に回した手を、少しでも安心させようとゆっくりと上下に動かす。
それでも、少女の震えが止む事はなく。
ちらりと目をやれば、表情を消した草間と視線が合った。
何時もはいい加減な所があり、怪奇現象を忌み嫌い苦い表情をする草間。
其の草間が、表情を消す、という事は。
彼も同じ程。
いや、それ以上に警戒しているという事だ。
そして、シュラインの腕の中の遙瑠歌は。
先程まで直立の状態で立ち尽くしていたというのに。
声を掛けられた次の瞬間、其の小さな手をシュラインの背中へと回し、きつく握り締めた。
「待て。こいつはあんた達の言う『主』とやらじゃない。俺達の連れだ」
草間の言葉に、老人は眼を見開いて遙瑠歌を凝視した後。
「しかし、其の姿は間違いなく我等が主の姿」
何かを小さく呟き。
「違うと言うのなら、我等の主の姿をお見せしましょう。其の少女が、間違いなく我等の主だという事が其れで分かるでしょうから」
そうして、扉を開け放った。

緩やかに弧を描く長い髪。
纏う衣服は足首まで覆うレトロドレス。
其の姿はまるで。
「遙瑠歌……?」
草間達のよく知る、小さな少女其のままだった。
「此れはどういう事なのかしら」
小さく口にして、抱き込んだ少女を見やる。
同じ形をした、遙瑠歌と像。
シュラインの呟きに最初に動いたのは。
「……シュライン・エマ様」
水銀色の髪を持つ、小さな少女。
「もう、大丈夫です」
小さく身じろいだ後、シュラインの背から手を離し一歩下がった。
必然的に、遙瑠歌の体はシュラインから離れる。
「遙瑠歌さん?」
纏う雰囲気の変わった少女に戸惑う草間達に、軽く息を付いて遙瑠歌は頭を下げた。
「御迷惑をお掛け致しました。もう、大丈夫です」
突然、普段通りに戻った遙瑠歌に、全員の視線が集まる。
「大丈夫だ、という根拠は」
問い掛けた草間と、遙瑠歌の視線が合わさる。
先刻まで怯え一色だったオッドアイが、常に戻っていた。
「主は、自らが創ったものに長くは興味を持たれません。この像が此処にあるという事は、主は既に此の地に降り立たれることは、もうありません」
其の言葉に反応したのは。
「何をっ……!?」
眼前の老人だ。
「神が私達を見捨てたと、そう言うのか!」
硬く拳を握り、さっきまでの驚愕が嘘の様に遙瑠歌を睨み付けた。
其の表情を受けても尚、少女の表情が変わることはなかった。
「見捨てる、という言葉とは違います。主は、元より興味などお持ちではなかった。ただ、気が向いたから。主が此処に、遊び場を創られたのは、それだけが理由です」
淡々と。
そう、常の遙瑠歌そのままに、自らの知りえる情報を口にする。
「遙瑠歌ちゃんがもう怖くない、っていうならいいけど……本当に大丈夫?」
屈めた体を元に戻しながらそう言ったシュラインを見上げて、小さな少女はもう一度頭を下げた。
「はい」
ふと、顔を上げたオッドアイの少女は、眼前の教祖を見据える。
其の視線が訴えるのは、確かな謝罪。
「主は、御自身の気のままにしか動かれない。貴方様方の時を乱してしまった事は、わたくしが謝罪致します。ですが、此の場に何時まで留まった所で、主が此処にお戻りになられる事はありません」
「主は必ずお戻りになる!」
「いいえ。其れは、有り得ません」
言い切った小さな少女を、老人はきつい視線で睨みつける。
けれど、其れを苦にする様子もなく。
逆に、普段表情の乏しい遙瑠歌の其れは何処か。
悲しげだ。
「貴方様も、真実気付いていらっしゃるはずです。主が、戻られる事はないと」
其の言葉が、ふとシュラインの心に引っかかった。
僅かな、本当に僅かな違和感。
戻らないと口にした遙瑠歌の其の表情が、痛々しく見えたのだ。
同じ様に感じたのか、草間と零の表情も曇る。
「戻りません。戻る事は、叶わないのです」
まるで、無言の悲鳴だった。

「だとしても!いや、だとしたら!私は神の元へと行く!!」
一瞬静まり返った部屋に、甲高い声が響く。
声の主は、『時の砂』教祖。
驚き眼を見開いたその場の全員を置き去りにする様に、突然駆け出す。
其の先には、一つの扉。
「っ!!」
引き止めようとした草間の腕を振り切って、取っ手へと手をかける。
三人をすり抜け、まだ開かれた事のない様子の、埃を被ったドアノブが鳴る。
弾かれた様に視線を動かした小さな少女が、恐らく初めてだろう声を張り上げた。
「やめてっ!!」
開かれたドアの、其の先に広がったのは。

暗闇。

音を立てて閉じた其の扉は。
まるで最初から何もなかったかのように、其の姿を消した。

<After Story>
後味の悪い仕事だった。
珈琲を飲みながら、眼前のパソコンを眺めてシュラインは溜息をついた。
結局あの後、扉が消えたのと同時に、宗教団体の長も姿を消した。
居候の小さな少女曰く、時を渡ったらしい。
依頼を受けたからには報告書が必要だといって、草間はシュラインに其れを押し付けて煙草を買いに出て行った。
遙瑠歌の力を持ってしても、異界へと渡った人間を此の世界へ導く事は叶わない。
何をどう報告書を書けばいいのか。
「ねぇ、遙瑠歌ちゃん」
部屋の掃除を手伝っていた水銀色の髪を見やる。
呼び止められ、少女は無表情のまま振り返った。
「何で御座いましょう。シュライン・エマ様」
「聞き辛いのだけど。結局、主って何だったの?」
報告書を書く上で、絶対に必要なその内容。
あれだけの怯えを見せていた少女に聞くことは憚られたが、其れでも何時までも伸ばしていい話題とも、シュラインには思えなかった。
「シュライン・エマ様。以前お貸し頂いた本の中に『旧約聖書』というものが御座いました」
何の関連性もない様な、突然の話。
「例えるならば其れは、記されている『キリスト』。其の方を創りだした方です」
其処まで口にして、少女はゆっくりと頭を下げた。
それ以上、湖水と紅玉のオッドアイは、何も語る事はなかった。

神すらも創りだしたもの。
其れが如何なるものなのか、砂時計を呼ぶ少女すら、完全には分からない。

<This story is the end. But your story is never end……>

■■■□■■■■□■■     登場人物     ■■□■■■■□■■■
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【草間・武彦/男/30歳/草間興信所・探偵】
【草間・零/女/年齢不詳/草間興信所・探偵見習い】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見)/草間興信所居候・創砂深歌者】

◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇   ライター通信     ◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇
御依頼、誠に有難う御座いました。
また機会があれば、もう一人の少女のお話も詳しく書かせて頂きたいと思います。
それでは、またのご縁がありますように。