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『女性霊の未練〜デートのお相手〜』
いつものように、事務机に突っ伏して居眠りしていた草間・武彦は、重苦しい感覚に目を覚ました。
身体がだるい。
「お兄さん、お仕事のようです」
草間・零がゴミ袋を持ちながら、言った。
「仕事？ 来客か？ それとも、電話か！？」
飛び起きる草間。しかし、狭い事務所には自分と零の姿しかない。電話メモにも何も書かれていない。
「いえ、後ろです」
「後……ろ？」
嫌な予感を感じながら、ゆっくりと首を後ろに向ける。
いた。
やっぱりいたッ。
『こんにちはあああ〜☆』
その霊は、満面の笑顔を浮かべながら、草間に抱きついていた。
「うわっ」
振りほどこうにも、実体がない相手なので、振りほどけない。
「なんだお前は！ ここは興信所だぞ。霊の類いや、金の払えんヤツの依頼はお断りだ」
『そんなこと言わないで〜。お兄さん、ちょーっと私の好みだしぃ』
正に寒気のする台詞である。
自分の肩に置かれた顔は、自分の２倍ほどの大きさだ。
生前は、体重も草間の２倍ほどあったかもしれない。
幽霊でなければ、草間は押しつぶされていただろう。
服装はフリルのついたピンクのドレス。全く似合っていない。
『あのね、私悩みがあるのー。それで成仏できないみたいなのねぇ』
「ここは幽霊の悩み相談所ではない。そして、俺は霊媒師でも除霊師でもない。頼む、他を当たってくれ」
『ああん、そんなこと言わないでえ〜。あなたの中に入っちゃうわよう』
助けを求めて零を探すが、零はゴミを捨てに外に出ていってしまったようだ。
「わ、わかった。とにかく話してみろ。霊媒師を紹介してやれるかもしれん」
霊媒師の連絡先とは、電話帳に載っているだろうか？
そんなことを考えながら、草間は応接セットに移動し、その女性霊に自分の前に座るよう指示した。
『実は私……キスをしたことがないんです』
突然真面目な顔になったと思ったら――そんな話しかよ！ つい、つっこみたくなる。
『でー、どうもそれが原因だと思うのね。だから、キスさせてちょーだい』
「お 断 り い た し ま す」
思わず言葉に力が入ってしまった。
「……というか、姿を消して移動すれば、気付かれずに好みの男性にし放題じゃないのか？」
『でもでもー、触れた感触がないのよう。人間同士のキスがいいのよう。両想いがいいのようー。ぎゅうっとされたいのよう！』
身体をぶんぶん揺らしながら言う。実体があったら、誘発されて地震が起こりそうな勢いだ。
『愛されたいの☆』
霊は瞳をくりくりさせながら、上目遣いに草間を見た。草間は思わず目を逸らす。
「えええっと、つまりだ。恋人同士ならいいわけだな。で、女性に一時的に憑依して、恋愛を楽しめばＯＫと」
『うん、それでもいいわ〜。私と同じくらい可愛い子でお願いねえ。私、痩せれば超可愛いのよう』
……それは痩せてから言ってほしい。
更に目の前の女性はどう見ても、自分より年上なのだが。４０歳くらいだろうか。
考えようによっては、非常に哀れな女性ではある。
幽霊になったため、色恋に執着しているが、実社会で生きていた頃は、慎ましい女性だった……のかもしれない？
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「ようこそ草間興信所へ！！」
仕事を求めて草間興信所を訪れた清水・コータは、事務所に入るなり、草間・武彦にがっちり肩を掴まれた。それはもう、身動きできないほど強く。そして無理矢理の如く、事務所に入れられる。
「実はお前向けの依頼がある」
「俺向け？」
「依頼人がお前の姿を窓から見ててな、えらく気に入ったみたいだし」
煙草に火をつけながら、草間は説明を始める。
依頼主は女性霊だという。強い未練を残しているため、成仏できないらしい。
その霊の願いを叶えることが仕事だという。
「キスがしたいんだそうだ」
「はあ？」
草間の言葉にコータは眉を顰める。
「まともな恋愛ってものをしたことがないらしくてな。好みの男性とデートをして、キスをしてみたいんだそうだ」
「でも、相手は霊なんだろ？」
「人間の女性に入り込むそうだ。お前のタイプの女性を選んでいい。綺麗な女の子と一日思いっきり楽しめばそれでＯＫってわけだ。報酬は大して出せんが、受けてくれるよな！？」
デートして報酬が出る？ ……なかなか美味しい依頼じゃないか？
「よし、わかった。請けさせてもらう！」
コータはにっこり笑った。
……しかし、その霊と対面してすぐ、コータは頭を抱えることになる。
「どうだ、お前好みの年上だぞー。可愛い（服を着てる）だろ？ ははははは」
草間が紹介した女性霊はコータの倍ほどの年齢の女性……いや、年は問題じゃない。
顔の大きさが倍くらいあることが問題だった。
「おれ……年上は好きだけど……美人な年上が好きなのであって……」
「では、頼むぞ！」
『よろしくねえ』
女性霊が擦り寄ってくる。感触はないのだが、コータの体を悪寒が走り抜ける。
しかし請けてしまったものは仕方ない。
コータはため息をつくと、観念して、女性霊と共に、街へ繰り出したのだった。
「そこの二人！ いやあ、お似合いだね、君達。ところでどうだい、カップルにお勧めな素敵なデートスポットがあるんだけど、行ってみないかい？」
口八丁、舌先三寸を駆使して、カップルに声をかけまくるコータ。
しかし、詳しい説明に入れば、女性側が拒否するため、なかなか難しいようだ。
『ねー、あなたがいいよー。ねー、ねーってばー』
しかも、霊が煩い。くるくる自分の回りを回っており、非常に煩わしい。
キスしてみたい相手といえば、草間とも面識がある、某編集部の編集長や某アンティークショップの店主なんかが思いついたのだが、霊の方が嫌なようだった。
『私の好みか、あなたのことを好きな子じゃなきゃ嫌』
といわれても……。
コータには、彼女がいるのだが、彼女にこんなことを頼めるわけがなく。
というか、こういう依頼を請けたことが知られたら、激怒させてしまうので、絶対に秘密である。
仕方なく、コータはナンパスポットとして名高い通りへと歩みを進める。
『ねえねえ、この子がいいわ、この子にしよう！』
女性霊が時計台の下に立つ女性のに飛びついていた。そのまま中に入り込む。
あまりに突然の行動だった。
「おい！」
駆け寄ったコータと女性の眼が合う。
同い年くらいだろうか。セミロングの黒髪に、大きめな目。なかなかの美人だ。……悪くはない。
コータは腹をくくり、表情をにこやかに変えて言った。
「ごめん、知り合いに似ていたものだから。ね、待ち合わせ時間までまだ少しあるようなら、そこでスイーツでもどう？」
霊が入っているせいか、女性はあっさり頷いた。
あっさりと応じたわりに、女性は会話中、ずっと恥ずかしそうにしていた。
あの女性霊とのギャップが激しすぎる。
なんにせよ、この子とちゅーをすれば、任務完了なわけで！
笑い話を交えながら、コータは話術で女性の緊張を解していく。
甘いプリンを食べ終えた後、店を出て、赤く染まる街を歩く。
「普段は何をしてるの？」
「私は、短大に通ってるの。コータさんは？」
「俺は、ショップの店員やってんだけどさ――」
周りから見たら、お似合いのカップルだ。
日が落ちようとする頃に、二人は公園へと出た。
「コータさんって、とても面白い人ね。今日はとっても楽しかったー」
どうやら、十分満足してくれたようだ。
「俺も、君と出会えて助か……いや、よかったよ」
並んでベンチに座り、今度はどこに行きたいなどといった話を軽くした後――。コータは女性の肩に手を回した。
「あっ……」
彼女は、大袈裟なほどに反応した。
まあ、あの年になっても恋愛経験がないっていうのは、かなりの初心だったってことか？
脳裏に浮かんだ霊の姿を消しがながら、コータは俯く女性を見た。
女性の顎に手を当てて、顔を上げさせて、自分の顔を近づけると軽くキスをした。
コータにとっては、挨拶程度の軽いものであった。
『いきなりなんて酷いわー！ こ、心の準備が出来ないじゃないーーーーー！』
ガンガン響き渡る声、見れば、肩に女性霊の大きな顔がある。キスの直前に飛び出したようだ。
『きゃあああああ、恥ずかしいーーーー』
目が合うと、そのまま霊は飛んでいってしまった。
「あ……あの……」
腕の中の女性が声を上げた。
慌てて、コータは手を離す。
「今度はどこに行こうか？ 来週はあいてる？」
「あ、れ……？ 意識あったの？ 霊から話聞いてない？」
「レイさん？ 誰それ？」
聞けばこの女性、ずっと意識はあったのだという。
普段とは違う自分に少し戸惑いながらも、コータに惚れたせいだと納得し、感じるがままに身を任せていたのだと。
つまり、コータはどうやら、普通にナンパに成功したらしい。
傍からみれば、立派な浮気だ。
「ね、どこに行こうか？」
ぎゅっと女性が腕を抱きしめてくる。
さて、どうすべきか。
振り返っても、霊はいない。
そのうちまた姿を現しそうではあるが。
「そ、その前に、話したいことがある。ちょっと付き合ってくれるか？」
女性と共に、立ち上がる。
とりあえず、草間興信所に行こう。そうしよう。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【4778 ／ 清水・コータ ／ 男性 ／ 20歳 ／ 便利屋】
ＮＰＣ：草間・武彦
ＮＰＣ：女性霊
ＮＰＣ：セミロングの短大生
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸です。
『女性霊の未練』にご参加ありがとうございます。
この後、この件が彼女の耳に入らなかったかどうかが心配です。
修羅場を迎えてなければいいのですがっ。
またお目に留まりましたら、どうぞよろしくお願いいたします！
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