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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


人のために生きる

 北条との話し合い、もとい戦闘が終わった後、武彦達はすぐに興信所に戻ってきていた。
「確かこの辺に……あった」
 机の引き出しを漁り、取り出したのは一枚の符。
 何時ぞや回収したユリの能力が入った能力符である。
 その符で興信所全体にアンチスペルフィールドを展開し、武彦は一息ついた。
「よし、これでとりあえずは安全か」
 北条が敵対していることがわかった今、あの男の能力が何処から飛んでくるかわからない。
 声が聞こえれば能力が発動するというのだ。油断している内に操られていると厄介な事になるので、防御策としてユリの符を使ったのだ。
 この能力の範囲内ならば、そう簡単には人を操る事はできまい。
「で、草間さん。これからどうするんだ?」
「おぅ、北条の狙いがわかったからにはこっちからも何か出来る事があるはずだからな。反撃でもしてやろうか」
 思案顔の武彦は所長の椅子に座り込んで、ウンウンと考え始めた。
 あまり考えるのが得意ではない小太郎は、何事も無かったかのように振舞う零から渡された紅茶を受け取った。
 暖かいお茶を啜っていると、不意に小太郎の携帯が鳴った。
「着信……? ユリからだ!」
 ディスプレイを覗くと、どうやら相手はユリの携帯から発信しているらしい。
 小太郎は驚いてすぐに通話ボタンを押す。
「ユリ!? ユリか!?」
『いいや、違うよ』
 聞こえてきた声は男声。しかもついさっきまで聞いていた声だ。
「……北条っ!?」
『そうだよ。さっきはどうもね』
 ついさっき、強烈な攻撃を受けた人間の声とは思えない。
 通常人にこれほどの短時間で回復できるようなダメージではなかったはず。
 だが、北条についている生首が回復魔法を使ったのなら理解できる範囲か。
『さて、あまり時間もかけたくないし、単刀直入に言おう。取り引きしようか』
「とりひきだと?」
『俺はどうしても君の魂が欲しくてね。それも、出来れば無傷で。でも、ただ欲しがってるだけじゃさっきみたいに蹴り飛ばされるだろうから、こちらもそっちに益のあるものを差し出そうと思う』
「……なんだよ?」
『この携帯電話、誰のだかわかるかい? 持ち主が俺のすぐ近くにいるんだけどね』
 ゴソゴソと電話の向こうで音がする。どうやら電話を代わっているらしい。
『……小太郎、くん?』
「ゆ、ユリ!? 大丈夫なのか!?」
『……助けてください。怖いです……』
 そんな一言だけ声が聞けたところで、再び受話器が受け渡されたようだ。また北条の声になる。
『というわけだ。君が魂をくれるならユリちゃんをそっちに渡そう。人を一人ずつだ。等価だと思うけどね』
「そうやってモノみたいに人を扱うのが気にくわねぇって言ってるんだよ」
『ははっ、気に入る入らないは関係ないさ。返答は手短に、イエスかノーで頼むよ。まぁ、考える時間も必要だろうし、答えが決まったら連絡するなりしてくれ』
 そう言った北条は一方的に通話を切った。

***********************************

「明らかに、ユリは正気じゃないな」
「私もそう思うわ」
 電話の音声を聞いていた冥月とシュラインが呟く。
 常のユリならば、むしろ小太郎の身を案じて『来るな』というはず。
 それが、あんなに弱気な発言をすると言うのは、裏を疑うのに十分だ。
「で、小僧。お前は魂を渡すとか言わんよな?」
「うっ……。でもユリが危ないんだろ?」
「それでも、何のリスクも無しに取り返す方法はいくらでもある」
「例えば、力技とかね」
 あやこが付け加える。言いたいことはつまりそれだ。
 バカ正直に取引をする必要なんてない。何も差し出さずに取り返せるならその方が良いに決まっている。
 だがその場合、それなりのリスクを負うことになる。つまり、ユリが危険な目にあう可能性もあるという事だ。
「でも、その可能性は低いと思うわ。北条の口振りから考えても、ユリちゃんに危害を加えるのは多分ないと思う。恐らく、向こうも一方的に小太郎くんの魂を手に入れようとしてるんでしょうね」
「でしょうね。だとすれば取り引きを受ければ、確実に後手に回るでしょう。こちらから仕掛けた方が良いと思いますよ」
 魅月姫がシュラインの意見に賛同する。他の二人の意思も概ね同じようで、頷いて答えていた。
 小太郎も渋々頷き、これでこれからの行動方針は決まった。
 次は具体的な作戦だ。
「とりあえず、相手の位置を探らないと話にならないな。こちらから仕掛けようというのに敵の位置がわからなければどうしようもない」
「そこはやはり、小太郎が敵の取り引きに乗った様に見せかけてジワジワあぶりだすのが良いかと」
 今のところ、冥月と魅月姫の能力では相手の位置を割り出すことは出来ない。
 興信所内が全部、アンチスペルフィールド内にあるのもそうだが、外に出たとしても敵の位置はわからないだろう。
 それはつまり、向こうもアンチスペルフィールド内に身を隠しているという事。
 町中に乱立しているフィールドのどれか、というのは簡単だが、そこから居場所を割り出すのは簡単な事ではない。
「それなんだけど、超常的に探すより、もっと常識的に探せば簡単だと思うの」
「というと?」
「使われていたのはユリちゃんの携帯よね? だとすれば、その電波を探せば大体の居場所がわかるはずよ」
 いわゆる逆探知というヤツだが、そんな設備は興信所にはない。
 それ故頼るのはIO2だ。
「この事件の犯人である北条と生首は、佐田殺害にも関係がある。となればIO2も協力は惜しまないでしょ」
「なら、俺はすぐにそっちに向かうか……」
 武彦が出かける準備を始める。
 この中でIO2に直接関係があるのは武彦とあやこのみ。
 更に『佐田殺害事件』の関係で比較的自由に動けるのは武彦だけだ。
 だったら彼が行くのが道理か。
「途中、ヤバい事に出くわした時のために、零でもつれてくかな」
「それなら私も行くわ。必要な物を見繕うのとか手伝えるでしょ」
 シュラインがそう申し出るが、武彦は片手で制した。
「出かけているうちに、また北条から電話がかかってくるかもしれないだろ。その時、耳が良いお前なら何か情報を拾えるだろ?」
「まぁ、出来なくはないと思うけど」
「お使いぐらい小僧でも出来るんだ。俺に出来ない事は無いだろ。欲しいものだけ言ってくれれば持ってきてやるよ」
 そう言われれば無理してついていくこともない、か。
 シュラインが頷いて椅子に座りなおすのをみて、武彦は興信所を出て行った。

「さて、話を戻すが、北条の居場所がわかったとして、具体的にどうやってユリを取り戻すか、だ」
「魂を吸う壷っていうのが危険よね。さっき会った時に、強引に魂を奪われなかったのはきっと何かスイッチ的な機能がついているからだと思うの」
 先程北条と会った時、北条は壷を持っていたし、小太郎は近くに居た。
 それでも小太郎の魂が奪われていないのにはワケがある、というのは当を得た考え方だ。
「何がスイッチになってるかわからない以上、相手の質問に肯定的なセリフを吐くのはよくないと思うわ」
「名前を呼ばれて返事をすると吸い込まれるという瓢箪があるぐらいですからね」
 冗談っぽく魅月姫が言うが、全くもってありえない事と言い切れるわけではないのが恐ろしい。
 この世には摩訶不思議な道具が氾濫している。それで生計を立てているアンティークショップだってあるのだ。
 やはり不用意な行動は慎んだ方が良いだろう。
「ですが、小太郎には相手の誘いに乗ってもらわないと困ります。そこで否定的な意見を言うわけにもいかないでしょう」
「曖昧にぼかす、ってぐらいの事は出来るんじゃない? 『魂をよこせ』っていわれても、『ユリの無事を確認してからだ』って答えるとか」
「それも取れる手段ではありますが、小太郎がそこまで頭が回るかと言うと疑問ですね」
 魅月姫の言葉に、その場にいた全員の視線が小太郎にジロリと集まる。
「な、なんだよ。俺だって演技くらい出来るぞ!」
「あまり期待できませんね」
「ユリを助けるためならなんだってやってやるさ! 北条に何言われても曖昧にぼかせばいいんだろ!?」
「……ふむ、その意気や良し、としますか」
 頷いて魅月姫は改めて小太郎を見る。
「静さん、といったかしら、あの生首について、貴方はどう思いますか?」
「どうってなんだよ?」
「恩人ならば戦うのは辛いのではないですか?」
「別に。あれは静さんじゃない。さっき見た時は流石に動揺したけど、ニセモノだとわかれば何も気にすることはない。敵なら、倒す」
「……そうですか」
 ため息をついたあと、魅月姫は再び作戦会議に戻る。
「私が小太郎のダミーを作ります」
「ダミー? 幻とかそういう感じの?」
「いいえ、存在レベルから精巧なつくりのダミーです。向こうが魔力塊に意識を持たせることが出来たんですから、それぐらい出来ない事はないですよ」
 今のところ、興信所がアンチスペルフィールド内なので見せられませんが、と付け加えた。
 自信たっぷりなところを見ると、本当に出来るんだろう。
「それを使って北条をあぶりだし、か」
「ダミーの操作は私が上手くやります。本物よりは幾らかマシでしょう。本人を渡しても構いませんが、それは癪ですからね」
「でも、それってバレたりしないかしら?」
「さっき会った感じだと、北条は小僧の事を伝聞でしか知らないようだったしな。生首も本当の静じゃないとすると、バレる可能性は低いかも知れん」
「バレたとしても、相手がユリに害を加えるつもりがないなら、最初っから戦闘必至の状態になるだけで、今とあんまり変わらない気もするしね」
 というわけで、大体の話は纏まった。
 ……のだが、興信所の隅っこで
「俺ってそんなに信用ないか」
 と、小太郎がいじけていたのは別の話。

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 静まり返った興信所で、小太郎の携帯電話が鳴る。
 小太郎はシュラインに確認を取ってから、その電話に出た。
『やぁ、どうだい。覚悟は決まった?』
 相手はやはり、北条だった。
「まずはユリの無事を確認したい」
『無事? さっき声を聞いたろ?』
「それだけじゃ信用できないって言ってるんだ。この目で見なきゃ信用できない」
『……その様子じゃ携帯写真や、動画なんかでも信用してくれそうにないね。まぁ良いだろう。じゃあ早速取り引き場所まで来てくれ。場所は――』

 北条との通話が終わった。
「なんか、簡単に場所が割れたぞ?」
「まだ言われた場所が本当の取り引き場所と決まったわけじゃないわ」
 この手の犯人は、大体幾つかに分けて場所を指定し、相手の動向を窺って、取り引きしても安全なようなら本当の取り引き場所を言う場合が多い。
 だとすれば、今言われた場所に北条がいるとは限らない。
「ユリの無事を確認させてやる、と言ったんだから、ユリを連れて来ないわけでもなさそうだな」
「余裕、なのかしらね? それともただ単に焦ってるだけなのかも?」
「どちらにしろ、今指定された場所まで行ってみましょう。もちろん、行くのはダミーですけどね」

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 ダミーを作り、本物の小太郎を影の中にしまい込んだ後、各々作戦実行のために動き始める。
 冥月は小太郎ダミーの動向を窺いつつ、取り引き場所の割り出しが終わった時、敵の不意を突くために距離を取って待機。
 魅月姫とあやこはダミーの操作と追跡。
 シュラインは武彦が持ってきたトレーラーに詰まれた機材を使ってユリの携帯電話から発された電波の発信元割り出し、及び取り引き時には後方支援。
 小太郎と武彦は安全な場所で待機だ。

 シュラインは武彦と一緒にトレーラーから後方支援だ。
 ユリの携帯電話の電波を探ってみたが、どうやら最初に指定された場所と同じ場所にあるらしい。
「やっぱり、これって余裕なのかしらね?」
「どうだかな。まだるっこしい真似をしていられなくなっただけかも知れんぞ」
 トレーラーの中にクルーは二人のほかに運転手と簡単な助手が一人のみ。
 IO2のエージェントはほとんど出払っていたらしく、借りられたのは機材とその二人のみだった。
「躍起になるのは良いが、こっちももっと余裕を持って欲しいもんだぜ」
「借りられるだけありがたいわ。それより、今は作戦に集中しないと」
 シュラインはマイクをオンにして、魅月姫とあやこに声を送る。
「もしかしたら、の話だけど。ユリちゃんが正気を失っているんだとしたら、ユリちゃん自身を取り戻せたとしても、その場で暴れだす可能性もあると思うの」
『北条が操っているならそれも考えられますね』
「警戒した方が良いと思うわ。ユリちゃんを取り戻しても油断しないようにね」
『わかっていますよ』
 心強い声調の魅月姫。こちらとしても安心できる。
『シュライン、敵の場所に変更はないんだな?』
「ええ、そこからよく見えるはずよ」
 冥月からの通信も入ってくる。
 メンバー全員は集音マイクとイヤホンで繋がっており、それぞれ会話が出来るようになっている。
 複雑な構造はしていないので、全員の会話は全員に筒抜けだが、聞かなくても良い話は聞かなければ良いだけの話。
 それほど不都合はなかった。
『……影も確認できるな。アンチスペルフィールドは張っていない様だ』
 指定された場所は廃ビル。そこには能力も及ぶらしく、冥月が影を探って敵を見つけていた。
「こりゃホントに敵が焦ってるように見えるな」
「でも油断は出来ないわ。ユリちゃんってカードは向こうが持っているんですもの。慎重に行かないと」
 相手がユリを傷つけないというのは、まだ可能性の話。
 確証を持って言い切れない時点で、決め付けてしまうのは危険だ。
 そんな事を考えているとイヤホンからあやこの声が聞こえてきた。
『この中に北条と生首が居るとして、生首の方の影は感じ取れないの?』
『どういうわけか、影が確認できるのは北条とユリだけだな』
 質問に、すぐ冥月が答える。ビルの中にある影はどうやら北条だけらしい。
『魔力塊は実体がないようなものですから、影も薄い、若しくはないんじゃないでしょうか?』
「それとも、生首の消滅する時間が近いのかもしれないわね。それで影が薄くなるって言うのもあるんじゃない?」
『考えられますね。だとすれば、向こうも必死でしょう。気をつけてかかりましょうか』
 そう言った魅月姫とあやこがビルの中に入っていった。

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 魅月姫とあやこがビルの中に入ると、冥月からの情報どおり北条とユリがいた。
 今のところ、生首の姿は見当たらない。
 とは言え、油断するわけには行かないだろう。何処から沸いて出るかわからない。
「いらっしゃい、皆さん」
 北条が手を広げて迎え入れた。
 ここからみるにしても、さっきの戦闘のダメージはないように見える。
 あれがやせ我慢だとしたら大したものだ。
「早速取り引きをしたいんだけど、いいかな」
「まずはユリの無事の確認からだ」
 魅月姫に操られた小太郎ダミーが返事をする。
 その返答に北条は困ったように首をかしげた。
「今そこから見るだけじゃダメかい? わかるだろ、彼女はこれだけピンピンしている」
 北条の横に立つユリは確かに自分の足で直立している。
 何処にも怪我のようなものは見当たらないし、いつものユリに見える。
 だが、だからこそさっきの電話との矛盾が出る。
 あれほど怯えた声を出していたわりには平然としすぎている。
「これはやはり操られてますね」
「どうするの? 操られてるなら、シュラインが言ったように襲い掛かってくるかもしれないじゃない」
 小声で二人が相談を交わす。
 懸念するあやこに、だがしかし魅月姫は笑って答える。
「ユリさんを黙らせればいいんでしょう? 簡単な事ですよ」
 悪い魔女っぽい笑みだった。

『北条の声からは焦りが感じられるわね。やっぱり生首が長くは持たないってのは正解みたいよ』
 イヤホンからシュラインの声が聞こえる。
『さっき対した時よりも若干早口になってるし、何より会話内容に余裕がない。演技ではないでしょうね』
「だったら焦らすだけ焦らしてみますか? 効果があるかもしれませんよ」
「逆にユリに危険が及ぶかもしれないわ。まだ危害を加えないと断定できるわけじゃないんだし」
『北条が何かしようとしたなら、私が遠距離から攻撃できなくもないが……』
『やはりそうするとユリちゃんが危険、か』
 小声による作戦会議。
 この会議も長引かせていると焦らしに繋がる。
 早々に結論を出さなければ。
『現場の判断に任せるわ』
「生首が見当たらない所を考えると、時間を与えるのは危険かもしれません。すぐに叩きましょう」
「そうね、その方が手っ取り早いわ」
『私も、それならそれで構わん。まだるっこしいよりは簡潔な方がいいだろう』
 満場一致により、取り引きが始まる。

「では、こちらから小太郎をそちらに渡します」
「わかった」
 魅月姫が操る小太郎ダミーは、つばを飲んでから静かに歩き出した。
 何となく小太郎っぽく見える辺り、やはり魅月姫には抜け目がない。
 小太郎ダミーは北条の前で止まり、鋭い視線で睨みつける。
「ユリは返してもらうぞ」
「ああ、そのつもりだ」
 そう言った北条はユリに目配せをする。
 ユリは一つ頷き、魅月姫とあやこの元へ歩いてきた。
「大丈夫ですか、ユリさん?」
「……はい。大丈夫です」
 淡々と答えるユリ。そこにあまり感情というものも見られず、多少ユリ以外の魔力も感じられる。
 操作術にかかっているのがバレバレだ。そこまで焦るほどに敵は切迫した状況にいるらしい。
 それはさておいて、ユリは一応こちらの手の内に入った。
 ここからは敵の殲滅だ。
「さて、それでは始めるとしますか」

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「始まったわ」
 魅月姫の声を聞き、シュラインは立ち上がる。
「ユリちゃんを受け取りに行くわ。トレーラーを動かして」
 シュラインの指示でトレーラーはビルの近くに移動する。
 程なくして、ビルの目の前に停車し、シュラインと武彦はすぐにビルの中に入る。
「気をつけろよ。冥月の話じゃ生首が何処にいるかわからんらしいからな」
 武彦の注意に一つ頷き、シュラインは戦場へ向かった。

 シュラインたちが仲間の元に辿り着いた時、戦況は五分だった。
 妖魔を周囲に展開させた北条、そしてその周りに浮く生首。
 距離を取られて足を止めている魅月姫と、そこに現れた冥月。
 そして戦場より手前にあやことユリが。
「あやこさん」
「あぁ、シュライン。ユリを頼むわ」
 あやこからユリを受け取ったシュラインは、すぐに武彦に担がせる。
「私たちはすぐにここから離脱するけど、大丈夫よね?」
「多分心配ないわ。それより、ユリが北条の術にかかってるみたいだから、その解呪とか出来る?」
「トレーラーにユリちゃんの符が貼られているから、その中に入ればきっと術は解けると思うわ」
 前回、北条と対した時にかかった術も、小太郎の持っていた符の効果で解くことが出来た。それならユリも問題ないはずだ。
「じゃあ何も問題はないわね。私たちもすぐ戻るから、美味しいモノでも作って待っててよ」
「わかった。あんまり無理しちゃダメよ」
 シュラインは武彦に合図を送り、その場から離れた。

 トレーラーに戻ってきたシュラインたち。
 ユリの符が利いているこの中に入った途端、ユリが一瞬表情を歪めた。
「術が解けたのか……?」
「だったら良かった。これからすぐにこの場からある程度距離を取りましょう」
 運転手に指示して、トレーラーを移動させる。
 ユリの居場所は敵に特定されない方が良い。
「……ん、う」
「あ、ユリちゃん、目が覚めた?」
 トレーラーが発進してすぐ、ユリが目を覚ました。
 寝ぼけ眼のユリは辺りを見まわし、首を傾げた。
「……ここは?」
「IO2に借りてきたトレーラーの中よ」
「トレーラー、IO2……そうだ、北条さんは? お母さんは!?」
 ユリの口から聞きなれない言葉を聞いた。お母さん?
「お母さんってもしかして……」
「……あ、はい。……私が見た生首はお母さんでした」
 静はどうやらユリの母親だったらしい。

「……先日、私は北条さんによって捕まってしまいました。皆さんの助言である程度疑ってかかったつもりなのに、不甲斐ないです」
 不甲斐ないとは言うが、注意していなければ防げない。
 ユリは対魔法について、完全とも言える能力を持っているが、相手の能力がどこで作動しているかわからなければ対応が遅れる。
 北条の場合、声によっても相手を操れるようだから、最初に北条から声をかけられた時点でユリには対応ができなくなると言う事。
 町を歩いている途中で、不意に声をかけられたなら防ぎようがない。
「……ですが、操られている間も私の意識はありました。佐田を殺した犯人はやっぱり北条さんとお母さんでした!」
「やはり北条の能力か」
「……はい。北条さんの能力をお母さんが使い、結界の中を通って佐田を発狂させたみたいです。会話の端々から拾った情報ですが、恐らく間違いありません」
「とすると、IO2的には北条と生首を犯人として『捕らえた』方が良いのかしらね?」
「そうは言ってもアイツら、全力でやるつもりだろ? 生きてる保証はないだろうな」
 戦闘要員であるメンバーはみんなやる気マンマンだった。確かに保証は出来ない。
「まぁ、生死問わず、だろ。問題ないさ」
「だったら良いんだけど。あんまりあの組織との関係に波を立たせたくないのよね」
 興信所的にはIO2と上手くやっていきたいのだ。
 色々な人間が集まる興信所は、いつIO2に睨まれてもおかしくない場所。
 それを『IO2に協力している』事で目を瞑ってもらっているのだ。
「そんな事より、あの生首が北条の能力を使った、って言ったな?」
「……はい。お母さんは佐田と同じような能力を持っていました。細部の違いはあれど、他の能力を吸い取り、それを何かに付与して使う事が出来るみたいです」
「その能力を使って符を作れるわけだ。と言う事は新しい符はヤツらが作ったと見て間違いないだろうな」
「……そうみたいです。あの符は『対象を操る能力』がどの程度有効か試す為の実験だったみたいなんです。北条さんの元の能力は『妖魔を召喚使役する能力』。その使役する部分だけを発展させて開発した能力が『対象を操る能力』らしいです」
 これで全部繋がった。
 今回併発していた『佐田殺害事件』『新しい符』『小太郎とユリの喧嘩』。全てが北条と生首の所為で起きていた事だった。
「じゃあやっぱり、アイツらをとっ捕まえれば全部解決だな」
「でも待って。佐田殺害も新しい符も動機は何となく予測出来るけど、ユリちゃんと小太郎くんを喧嘩させた目的って何?」
「そりゃあ……ユリを一人にするため、とか」
「それなら小太郎くんだけに絞る必要がないわ。私たち全員に不信感を持たせた方が、ユリちゃんが一人になりやすいと思うけど」
「じゃあどう言う理由があるんだ?」
 シュラインと武彦は揃って首を捻るが、その横でユリが怪訝そうな顔をしていた。
「……あの、すみません」
「なんだ?」「なに?」
「……こたろう、って誰ですか?」

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 どうしたものかと、頭を悩ます。
「……あの、こたろうって誰なんですか? 教えてくれないんですか?」
「え、いや……シュライン、どうする?」
「どうするって……これは、記憶喪失なのかしらね?」
 ユリはどうやら小太郎の事をすっかり忘れているらしい。
 流石に演技でこんな事を言っているわけではないだろう。だとすれば大した女優だ。

 そこに冥月、あやこ、魅月姫が合流してくる。
「あ、魅月姫さん、ちょっとユリちゃんを見てくれる?」
 シュラインに言われた魅月姫は、ユリを診る。
 先程、ユリを確保した時は何も感じられなかった。
 そして今も、特に変わった様子はない。
「どうしたんですか?」
「……あの、魅月姫さんは知ってますか、こたろうって人」
 その発言に、その場にいた全員が驚く。
「これって、記憶喪失ってヤツ?」
「だとしたら原因はなんだ? 北条に酷い事されたか!?」
「……いえ、もしかしたら」
 魅月姫は注意深くユリを見詰め、しばらくした後息を呑む。
「北条って人は、面倒な事をしてくれますね」
「何があったんだ?」
「ユリさんの記憶が『操られて』います。これもあの人の能力ですかね」
「操られているなら、この符の能力で治るんじゃないの?」
 今、トレーラーの中にはユリの符によってアンチスペルフィールドが展開されている。
 それで北条の能力も排除されるはずだ。
「今も能力によって『忘れている』なら、この問題もすぐに解決したでしょうが、ユリさんの記憶は能力によって『失くされ』ました。これはユリさんの符ではどうしようもありませんね。能力で人を殺して、それをユリさんの能力符で治せないのと同様、この記憶は……よほどこの事が無いと元に戻らないでしょう」
 静まりかえる一行の中、ユリだけ首を傾げていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / IO2オカルティックサイエンティスト】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 シュライン・エマ様、シナリオに参加して下さり、本当にありがとうございます! 『多分バットで殴れば記憶喪失って直るよ』ピコかめです。
 ユリの方はそれほど簡単な問題じゃなさそうですが、はてさてどうなるやら。

 後方支援として草間さんと一緒にトレーラーを乗り回してもらいました。
 ユリ保護や北条の声鑑定など、色々やってましたが地味でしたかね。
 俺としては事件の関連を繋げたりと、もの凄く重要な役を担ってもらったつもりなんですが。
 ではでは、次回もよろしければ是非!