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エンジェル・トラブル
「ああ、どうしましょう。どうすれば良いんでしょう」
聖なる日の前夜――クリスマス・イブ。往来を見れば幸せそうに笑う人々がおり、朝になれば目に出来るだろうプレゼントに思いを馳せる子供達が眠りにつこうとしている。
そんな日に似つかわしくない、とても困った顔をした人物が、上空を彷徨っていた。
いや、『人物』というのは正しくないかもしれない。何故ならその人物の背には、ヒトの持ち得ない純白の羽根があるのだから。
――そう、上空を浮遊している彼…リアン・キャロルは、天使だった。美しい金の髪が風に煽られ、乱れるのも構わずにただひたすら地上を見る。両性でも無性でもあるリアンは、ある目的を持って地上へ来ていた。
「ティル・スー…どこに行っちゃったんですかぁ…」
覇気のない、弱りきった声で呟くのは、彼が懇意にしていた天使の名。クリスマスを目前に控えた、天使が最も忙しい時期に突如姿を消してしまった天使――ティル・スーを探すのが、リアンに課せられた使命だった。
「うう、なんでわたし一人で探さないといけないんですか。無理ですよぅ、クリスマスの時期は他の天使も地上に来てるじゃないですか。気配とかごちゃまぜになっててさっぱりです…」
ブツブツと愚痴らしき言葉を零しながら、当てもなく上空を彷徨う。
「そもそもティル・スーが羽根をしまって人間の中に紛れ込んでたら分からないし…やっぱりわたし一人で探すなんて無謀です、無理です、有り得ません。人手不足だからって酷いです神様…」
と、そこまで呟いて、はたとリアンは気が付いた。
「そうです、別に他の天使に手伝いを頼めないからってわたしだけで探す必要はないはずです…人間とか動物とかに手伝ってもらえないでしょうか。地上のことは地上に住むものの方が詳しいでしょうし…」
何故今まで気付かなかったんでしょう!わたしの馬鹿!…と自分の頭をポカポカ叩きながら、リアンは地上へ向けて急降下した。
リアンが上空でブツブツ独り言を零しているころ。人気のない路地で、ひっそりと溜息をつく人影があった。
銀色の髪が月の光をうけて静かに煌めき、青灰色の瞳は憂いに染まっている。彼こそリアンの探しているティル・スーだった。
「ああ、どうしよう。誰か探しに来てるかなぁ。リアン・キャロルじゃないといいんだけど」
また深く溜息をついて、壁に寄りかかる。それなりに高位である天使の彼は一応目的があって地上に来たのだが、間違いなく探しに来ているであろう他の天使に見付からずにそれを成し遂げられるかは五分五分の賭けである。なかなか行動に移せず、このような路地でぼうっとしていたのだ。
「とりあえず、こうして隠れててもどうにもならないし…行動開始としようかなぁ。ああ、まったくどうしよう…」
ともかくも、ティルはのろのろと路地を歩き始めた。
☆ ☆ ☆
そのとき、広瀬ファイリアはクリスマスケーキの材料で足りないものを買いに外に出たところだった。
「よーっし! ファイ頑張って買い物してくるですっ!」
にぎりこぶしを作ってぐっと気合を込める。
………と。
「うわわ、何するんですか! っていうかなんでまた?! わたしって鳥に嫌われてるんですか! そうなんですか!? わたし何もしてないのにーっ!」
何やら今にも泣きそうな悲痛な叫び声が頭上から聞こえてきた。
「???」
たくさんの疑問符を頭に浮かべて、ファイリアは声が聞こえてきたほうを見上げる。
「お、お願いですっ、お願いですからつつかないで下さいっ! …っていうかあなたたち鳥の癖になんで夜飛んでるんですか! そりゃテリトリーとかあるのかもしれないですけど、常識的にあなたたちのほうがおかしいですよっ! …わ、いたた、いたい、いたいですっ! ごめんなさいあやまりますからこれ以上つつかないでー!!」
そして。
羽根を背負ったナニカが、すごい勢いで落ちてくるのを、見た。
「な、なんか激しくデジャヴですーっ! ああ神様っ、わたしが何をしたって言うんですかっ!」
そう叫んで、それから。
ファイリアの目の前で、ふわり、と着地した。
「?????」
さらに疑問符を浮かべる。首を傾げたファイリアの前で、さらりと綺麗な金髪が揺れた。
ふう、なんとか無事に着陸できましたー、神様今回もありがとうございます!などと独り言のように口にしたその人物は、ファイリアの視線に気づくとにこっと笑った。
「えへへ、すいません。驚かせちゃいました?」
にこにこと笑うその目に邪気は無い。
背には一対の純白の翼。美しい金色の髪に、中世的な美貌。
そして何よりファイリアの目を奪ったのは――。
(きれい……)
その身を包む澄んだ光。
それは実際に見えるものでなく、ファイリアの瞳だからこそ可視できたものだったが――それはとても、目を惹くものだった。
「……天使さん?」
何となく。そう、何となく感じたから、尋ねてみる。
するとその天使(?)は、ぱあっと瞳を輝かせて身を乗り出した。
「そう、そうですっ! わたし天使なんです!」
勢い込んで言うその内容は、外見と背の翼を加味しても中々にイタイものだったけれど、ファイリアは全く疑問を抱かずに納得した。
「やっぱりですっ!」
自分の考えが当たっていて嬉しくなる。天使はといえば、「去年は疑いの目を向けられたけど、今年はちゃんと信じてもらえましたっ! これも日頃の行いがいいからですね!!」と明後日の方を見ながら呟いていた。
「でも、どうして天使さんがこんなとこに居るですか?」
首を傾げる。天使というのはそこらにほいほいと居るものではないはずだ。ファイリアだって今まで見たことが無い。
ファイリアの問いに、天使の眉尻が下がる。心なしか目も潤み、今にも泣き出さんばかりの雰囲気になった。
「それがですねぇ…」
うう、と天使は涙を拭うふり(多分)をした。
「わたしの友達にティル・スーって言うかなり高位の天使がいるんですけど、その天使がいなくなっちゃったんです。クリスマス前後って天使はすごく忙しいんですよ。なのにティル・スーはいなくなっちゃうし、探しに行ける天使もいないし。仲が良かったってだけの理由でわたしひとりに探すの押し付けられて。そりゃわたしだって仕事ですしティル・スーのこと心配ですし真面目に探しましたよ? でもこのあたりまで気配を追ったらわからなくなっちゃって…うう、神様酷いです、無理に決まってるじゃないですかー!」
後半は愚痴っぽくなっていたが、とりあえず事情は大体わかった。
「あ、自己紹介がまだでしたね。わたしはリアン・キャロルって言いますー」
「ファイは広瀬ファイリアですっ!」
何となくほのぼのした感じの空気が流れる。
しかしリアンがはっと我に返って、こぶしをぐっと握り締めた。
「それでですねっ!」
真剣な顔のリアンを、ファイリアも至極真剣に見返す。
「やっぱり地上のことは地上にいる人――いや別に動物とかでも構わないんですけど!――が一番よく知ってると思うんですよね! あれです、餅は餅屋ってやつです」
なんだか微妙に間違っている。というかおかしい。しかしファイリアはつっこまず、続く言葉を待った。
「お願いです、ティル・スー探すの手伝ってください!!」
リアンががばっと頭を下げた。背の一対の羽根がぴこぴこと揺れる。
そしてファイリアは間髪入れず答えた。
「わかりましたっ! ファイ、リアンちゃんのお手伝いするですっ!」
自分が足りないケーキの材料を買いに外出したのだということは、ファイリアの頭からさっぱり抜け落ちてしまっていた。
☆ ☆ ☆
とりあえず2人連れ立ってティル・スー探しを始めることにしたリアンとファイリアだったのだが――。
「あっ!!」
「なっ、なんですかぁっ?!」
突然声を上げたファイリアに、リアンがびくっとした。
「あっちにリアンちゃんと同じように見える人がいたです! いくですよーっ!」
「へっ?! わわっ、ちょっと―――?!」
困惑を露わに叫ぶリアンの腕を掴んで、半ば引きずるようにしてファイリアが駆け出す。
「ほら、この人です! …あの、あなたティル・スーさんですかっ?」
リアンのものよりも赤みの強い金髪の人物――否、天使の元に駆け寄ったファイリアがそう問えば、いきなりのことに目を丸くしていた天使は首を振った。
「いや、違ぇけど……っつーかリアン・キャロル。お前何やってんだ? 仕事ほっぽりだしてデートか?」
「違いますよう! これのどこかデートに見えるんですか?!」
「いや、普通に見えるけど」
「ちーがーいーまーすー! ティル・スーを探してるんですよっ!」
「あー、あれな。…いいんじゃねぇ? 別に見つけらんなかったからって神様も怒らねぇだろ。だから気兼ねせずデートしとけよ」
「人の話聞いてます!?」
泣きそうになりながらくってかかるリアンに、天使はからからと笑う。
「こんな可愛い子連れといてデートじゃねぇとかありえねーっての。ほら、いいからさっさと行けよ。俺仕事あんだから、お前に付き合ってる暇なんてねーの」
しっしっ、とまるで追い払うかのような仕草をされて、リアンはしぶしぶといった体で引き下がる。天使はさっさと去っていった。
そして。
「……ありゃりゃ、違う人でしたか」
目的の人物を見つけたかと思ったのに違って、ちょっぴりしゅんとするファイリアと、それを見てうろたえるリアン。
「ほ、ほら、まだ探し始めたばっかりですから!」
何故かリアンがフォローの言葉を口にする。ティル・スーを見つけなければならないのはリアンなのだから、普通立場は逆だが。
おろおろわたわたしながらファイリアにかける言葉を探すリアン。
――…だったのだが。
「……あっ!! あちらにも同じ人がいるです!!」
「ぅえ?!」
ふと顔を上げたファイリアが、ある一点を指して叫んだ。
そしてリアンの腕を掴むと走り出す。
「こっちこっちです〜っ!」
「いやいやちょっと待ってくださいって! じ、自分で歩けますからーっ!」
リアンの訴えも何のその。
目的の場所まで一直線に走ったファイリアは、立ち止まると先と同じ質問をした。
「ほら、この人です! …あの、あなたティル・スーさんですかっ?」
いきおいこんで尋ねるファイリアに、透き通る銀髪が美しいその天使は首を横に振った。
「いえ、違いますが。――何しているんです、リアン・キャロル」
ちろり、とその天使がリアンを見遣る。リアンは肩を縮こまらせてぼそぼそと返した。
「何って、ティル・スーを探してるんですよぅ…」
「へえ?」
銀髪の天使は眉を跳ね上げた。それにリアンが大げさなまでに反応する。力関係が如実に現れているようだ。
「貴方が探索に向いていないのは重々承知でしたが、よもや気配が全く分からない、ということはありませんよね?」
「そ、そんなことないです…」
「そうですか。でしたら、―――この界隈にティル・スーがいないことはとっくの昔に分かっていますよね?」
「え?!」
やはり、とでも言いたげに、銀髪の天使はため息をついた。
「もう随分前に移動しましたよ」
「き、気づいてたなら代わりに捕まえといてくれたっていいじゃないですか!」
「本当に貴方は馬鹿ですね。私がそんな自分に利のないことをするわけないでしょう」
馬鹿にする…というよりは可哀想なものを見る目で、銀髪の天使はリアンを見た。
リアンはその視線に打ちのめされたように、顔中でショックを表した。背後に「がーん」という文字が見えるようだ。
しゃがみこんでいじいじといじけだしたリアンをよそに、銀髪の天使は視線を遠くに向ける。
「……それに、今日くらいは見逃してあげてもいいと思いましたし、ね。一年に一度の奇跡です。大目に見てあげましょう」
くすり、と密やかな笑い声と共に紡がれた言葉はどうやらリアンには聞こえなかったらしく、リアンは何の反応も見せない。ファイリアは言葉の意味が掴めず首を傾げたが、銀髪の天使に『内緒ですよ』と囁かれたので考えるのを止めた。銀髪の天使が教えるつもりがないのなら、考えたって分からないだろうと思ったのもあったりする。
「それじゃ、私はこれで」
未だいじけているリアンを軽く無視して、銀髪の天使はファイリアにだけ挨拶して去っていった。
残されたのは人目を憚らずいじけるリアンと、ファイリアだけ。
他に天使は居ないかと雑踏を行きかう人々を見ていたファイリアの目に、ケーキの箱を嬉しそうに持つ子供が映った。
そして、そもそも自分が何のために外に出たのかを思い出した。
「あっ!! そういえば材料足りないのを買いに来ていたの忘れてました!!」
「え?」
リアンがきょとんとファイリアを見上げる。それに構わず、ファイリアはリアンの腕をがしっと掴んだ。
「リアンちゃん、ちょっと付き合ってくださいです〜っ!」
「や、あの、ちょっとー!?」
リアンの戸惑いも露わな叫び声が、イブの夜空に木霊した。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6029/広瀬・ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)/女性/17歳/家事手伝い(トラブルメーカー)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは。ライターの遊月です。
「エンジェル・トラブル」にご参加くださりありがとうございました。
お届けが大変に遅くなりまして申し訳ありませんでした…!
お2人での参加…ということでしたが、見事に個別ノベルに…。
お言葉に甘えさせていただいてしまいました。その分楽しんでいただけるものになっていることを願います…。
☆広瀬・ファイリア様
昨年はお兄様にお世話になりました。へたれ天使リアンのティル・スー探しを手伝って下さり有難うございました。
率先して探して頂けてリアンも助かったことと思います。ノベル内にもありますが、実はリアンは探索系に向いていませんので。
ティルたちには多分お買い物後にどこかでばったり会っちゃったりするんじゃないかなーと。偶然必然クリスマスの奇跡、な感じで。
ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
リテイクその他はご遠慮なく。
それでは、本当にありがとうございました。
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