コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


それは早くて遅いようだった

■聖夜へ向けて

 サンタという存在を人はどう捕らえているのだろうか。
 プレゼントをくれる優しいおじさん、歴史上に登場した人物の改訂版、或いは父や母。一般的な意見を出してゆけば当然その三種類に該当するだろう。
「ただの不法侵入者だろう」
 草間興信所に煙突は無い。煙草とヤニ臭い部屋とだらしの無い草間・武彦(くさま・たけひこ)という探偵がクリスマスだの良い子にはプレゼントだのというイベントからかけ離れた所で呆けている。これが現実というものだ。
「でも素敵じゃないですか。 お兄さん」
 柔らかい女性――少女のような声で武彦の義理妹になっている草間・零(くさま・れい)は日々片付く事の無い興信所を無意味に掃除するというある種悲しい運命を背負ってここに居る。と、皮肉で片付いてしまうのが彼女すら納得のいく事実だったが。とりあえず。
「一応クリスマスパーティーはしたいんですから、あんまり散らかさないで下さいね」
 へーへー。気の無い返事をする武彦に零は一度だけ眉を顰めたがこの際この兄がやめろ、だのよせ、だのと否定的な態度に出ないだけマシと言えよう。

(赤い服着たじじいのどこがいいんだかなぁ)
 零の人の少女のような可愛らしい姿は武彦にとって小さい喜びではあった。顔に出す事は絶対に無いが、それはそれ、ほっと胸を撫で下ろす物があるのだ。
 しかし、今回武彦が零のする事に口出ししない理由は別の所にある。

『彼は町に小さな興信所を開いているようだった』
 まるで武彦そのものを書いたような出だしの、表紙だけが分厚いクリスマスカードが、まだその祭りの当日でもないというのに彼の手に届いた。怪奇探偵ではない、その依頼でも無ければそれが本当に自分宛に届いたのかすら分からない。
 可愛らしい柊の装飾と共に草間・武彦という人間をひょうきんに、そして絵本のような口ぶりで。
『彼の背中が疼き始めるようだった、彼の心臓にナイフが突き刺さるようだった、彼の心臓にナイフが突き刺さってしまうと』
 サングラス下の視線がため息交じりに何度読んだかすら忘れてしまった文字を追っていく。現在に浸透した所謂丸文字、少女のような愛らしくも気味の悪い文字は最後にたった一言。

『死が待っていた』

 手紙に置き換えるのならばその言葉がさようならになるのだろうか。
(馬鹿馬鹿しい)
 悪戯の類なら興信所が貧しいせいか、武彦の心が貧しいせいか嫌というほど経験している。ましてや怪奇、とは完全に結びつかないこのカード、浅い知識ではあったがマザーグースという外国の歌に似たような物があると認識していたからかもしれない。
 気にはこそなったがカードは何度も武彦の目に留まった後、結局ゆるくカーブを描いて彼の手からゴミ箱――には届かずにソファの後ろへ姿を消す。
(何かの縁だ、物好きなやつでも拾っていくだろう)
 そうして武彦は新しい煙草のケースを机から取り出すと火を付けそのまま眠る体勢に入ってしまう。

 人間としての不安がさせるものか、日に日に疼く背中を掻き、もしかすればこのカードの仕掛け人を零が呼び寄せた誰かが解決するかもしれないと、相も変らず他力本願な事を考えながら。

■雪に身を潜めて

「今日の予定は全てキャンセルして下さい」
 リンスター財閥別荘にて、次第に寒くなる日々が主の体調を整え、尚且つ年末年始ともなればこなす仕事は普段の何倍にも膨れ上がってくる。
「ですがセレスティ様、今日キャンセルしてしまいますと後日…」
「いいでしょう、今日一日位は…ね?」
 肌に触れる気温が水温と近ければ近いほど笑顔も増える。ここ数日自分なりに早起きし、こなした仕事は夏にこなした量にはとても及ばない数になっていた。
「…わかりました。 それではこちらの分はできる限り私がやっておきます」
 流石に一度に働かせるのは酷である。部下も主の体調を汲んだのだろう、苦笑い交じりに差し出していた書類を仕舞うと礼をとりセレスティの執務室を後にしようとする。
「ありがとう。 貴方も良いクリスマスをおくれるようにしなくてはいけませんね」
 こほん。部下の咳払いにセレスティはまた笑みを零し。
「それと、表に車を用意しておいてください。 ああ、あとは小さなもみの木と飾り」
「どちらかのパーティーでしたら礼服も準備させましょうか?」
 クリスマス。一言で言えばとても簡単で財閥という組織から見てみれば財政界に愛想を振りまくパーティーが基本になりつつある。だがセレスティにもきっとこの屋敷全員にも大切な者と過ごしたい日があり、それがクリスマスである事。主は礼服の申し出を静かに断り、ついでにとある一品を付け足してから。
「お世話になっている興信所で少し早いパーティーがあるのですよ」

■カード

 雪色とは違うが柔らかく丸い、癖のある浅い水辺を思わせる髪は案外クリスマスには似合うかもしれない。服装とて借り物らしい男物のそれを脱いでしまえば中身は彼女の元居た世界の趣向が反映された北欧とも東洋ともつかない衣装。
「ん…駄目だ。 難しい字が多すぎて解読できん。 誰か訳してくれ」
 雪森・スイ(ゆきもり・―)は興信所のソファを陣取りカードの文字と一通りにらめっこした後、結局何も得る事が出来ずに同じ水辺のような、或いは大海原の美しい泡を彷彿とさせる髪色のセレスティにクリスマスカードを手渡した。
「ふむ。 何となくハンプティ・ダンプティに似ている様な。 しかし、内容は個人を特定できそうなカードですから、草間さんが自分だと分かっている事も踏まえると謎を解いて欲しくて、カードを送ってきたのでは無いでしょうか?」
 興信所へ来る為にはそれなりに細くあまり実用的ではない道を歩かなければならず、今日という日にお供をつけなかったセレスティは大きな包みを玄関脇に置き、スイの横で彼女に細かくカードの内容を説明してやる。
「うーん。 ハンプティ・ダンプティとは少し違うと思うのよ。 参考歌はきっとThere was a man of double deedかしら? 最初はようだった…ってあくまで非現実的な歌が続くのだけど最後のナイフの箇所なんて殆どこの歌と同じよ」
 カードの――武彦を抜かした――第一発見者であるシュライン・エマは武彦が呑気にいびきをかきかけている側で自分の知る限りでカードの経緯を話した後、思い切りその幸せそうに眠る男の頬をひっぱった。

「ぅおっ! いてっ! しゅ…シュライン、何なんだ一体…」
「寝てる場合じゃないでしょ、武彦さん。 このカード、封筒はどこ? 消印、メール便なら配達会社に受付場所を確認しないと」
 睡眠という素晴らしい堕落に意識を委ねたと思えばいきなりたたき起こされ、武彦はまず何が起きたかとシュライン、セレスティ、スイの顔を順番に見つめ、最後にはまたお前達かとため息をつく。
 職員でもあり殆ど生活の一部となっているシュライン意外は彼にとって何か大変ごとの前触れ、悪いことの前兆なのだろう。
「ふむ。 成る程、「ねた」の匂いがぷくぷんするな。 矢張りこうでなくては」
 武彦の眠りがとけた事が嬉しいのか、事件ないしぷくぷんするらしい事件の香りが良いのか、スイは口の端を上げた後、意気揚々と所長椅子へ行き、ばしんと彼の背中を叩く。
「な、金さん!」
「おま…っ! ったく、単なる嫌がらせだろう。 セレスティ、お前ならもちっとマシな意見が出るんじゃないのか?」
 思いがけない武彦のSOSにセレスティは、おや。と目を丸くする。が、確かに自分に矛先が向けられたのは理解が出来た。
 スイはああいう楽しい興味事を引っ掻き回す方がお気に入りだろうし、シュラインは冷静だが武彦を思っているのだ。心配という気持ち程嫌な方向に物事を考えかねない。
「助けてあげたい所ですが私も皆さんと同じ意見ですよ? 今もこれが草間さんに謎を解いて欲しくてここに流れたのではないかと言っていた所ですからね」
 お前もか。セレスティの言葉と同時にシュラインとスイは頷き、武彦の眉間に皺が寄る。
「金さん、その「とうふう」とはどこにやったんだ?」
「とうふう?」
 スイの言葉に武彦の皺が更に深まる。きっとこのまま年齢を重ねると素晴らしい年輪が彼の顔に刻まれる事になるのだろう、謎よりもそんな人々の顔を見る方が性に合っているエルフは「とうふう」の在り処を聞きながら満足げに頷いた。
「封筒…かしら? で、どこなの?」
 簡単だがいきなり出されれば難解にもなりかねないスイの「問題」をすぐに解き、武彦を問いただしたのはシュラインだった。セレスティは理解こそしたものの、どちらかと言えばかのエルフの面白い表現力に袖口で笑いを堪える他は無く。
「んなのは投げちまったよ。 とっといたのはカードだけだ、元々ドアに挟まってただけだしな」
「つまり、消印等も無く直接草間さんの所に放り込まれた。 そういう事ですか?」
 ふいに笑みを消し、セレスティが問いかける。
「ああ、多分な。 封筒は黒一色…だったような…。 中身が中身だから零宛ての可能性もあると思ったが…」
「この内容だと武彦さんよね。 男と書かれているし内容だって零ちゃんと当てはまる所なんて一つも無いわ」
 シュラインがそう付け加える歌の内容は彼女が最初に目星をつけたThere was a man of double deedとほぼ同じ形で単にそれが草間・武彦を指して書き直されているだけだ。
「となると…何かのサインかしら…? 悪戯だとしても悪趣味だもの。 風邪に肺炎、インフルエンザ…季節の病気サイン…かもしれないし体調の変化はどう?」
「シュライン…俺に変化があると思うか?」
 投函場所が直接興信所ともなれば一つ手がかりが消える事になる。
 武彦はその意味する所を理解しているのか、或いはシュラインの心配する様子に心が動いたのか、彼女と視線を合わせ、一番近い者として意見を仰ぐ。
「金さんはごんごんしているな」
「ピンピンだろ」
 そうなのか。 珍しく武彦に言葉を直され、スイは残る二人に意見を求める。当然シュラインは心配事のせいでそれ所ではなかったが、彼女と目の合ったセレスティがこっそりと「そうですよ」と肯定してみせた。
「それじゃあ…。 裏切り行為をした男って身に覚えあったりする? この歌って元々男の人が出てくるのよ何かそこからヒントって無いかしら?」
「心配しすぎだ、シュライン。 俺はいたって健康だし、それにこの字…」
「あ…」
 スイがセレスティから受け取り、そのままにしているカードを取り上げた武彦は改めてそれをシュラインに見せる。
 確かに、字等という物は完全にあてにできる証拠ではない。が、男の裏切りという方向で見るよりはこの女の書いたような丸文字はどちらかというと差出人は女性。ないしもっと年のいかない者であるとも思われた。

「でも金さんが「とうふう」と一緒にそれも投げてなかったのはそのモタモタの白髭爺が怖かったからという事なのだろう?」
 全くスイの言葉は色々とあやふやだ。モタモタ白髭の爺というのはカードに描かれたサンタクロースの事だろうが、相変わらず言葉の使い方がひょうきんである。
「ですよね、草間さん」
「う…――」
 だが、ひょうきんな中にもまれに真実は含まれているというもので、スイの一言に続きセレスティが武彦に声をかけると意外にもあっさりと小さく頷くのだった。

■全ての準備は念入りに

「皆さん、少しお茶にしませんか?」
 武彦のクリスマスカード騒動で随分と隅の方に追いやられていたが本日夜に零の開くクリスマスパーティーがある。
 シュラインはそのメイン料理を作る為に買い物を済ませたし、セレスティは持ってきた小さなもみの木や紅茶の葉、本格的かつ興信所でもある程度使えそうな食器類まで持ってきたのだ。
「零さん、お茶でしたら良い物を持ってきましたよ。 淹れ方もしたためさせて来ましたが…たまには私も一緒に淹れましょうか」
「あっ、ありがとうございます」
 興信所は狭い。それはもう所長の心のように狭い。だから、というわけでもないだろうが調査やこの場所に留まる事件事ならいざ知らず、ここでパーティーとなるとそれなりに定員も限られてくるというのが現実である。そんな中、スイが来て華が増えた事は零にとっては嬉しいハプニングとでも言おうか。

「武彦さん、零ちゃんクリスマス楽しみにしてるんだもの成功させてあげたいでしょ?」
「…うぅ」
 紅茶の葉が開く間雑談を楽しんでいるセレスティと零を余所に、武彦とシュラインの会話はまるで子供とその保護者だ。
「ほら、背と胸鉄板等挟んでおきましょ?」
「お、おいシュライン。 そりゃやりすぎだろう?」
 雪で滑ったら困るから、スパイク付きの長靴を用意する。動きとしてはそうだが、実際用意されたのは調理用の鉄板が二枚。
「そんな事無いわ。 用心に越したことは無いし…冬至祝う日起源なのよね。 いわば、太陽の誕生日? ソリを引くサンタって元は北欧神話のオーディーンからみたい。 クリスマスと心臓かけるなら、林檎持っておく? 刺される代理になるかも…」
 鉄板の持ち手同士を紐でくくり、慌てふためく武彦の心臓あたりをガードするとシュラインはまたも何かを思いついたように呟いては台所から林檎を持ってくる。

「ぱーちーか。 どんなことをするやら楽しみだ。 手伝うことはあるか?」
 いつもは武彦回りの所長椅子付近が騒がしいが本日は台所も騒がしい。
「あっ、じゃあ雪森さんも一緒に飾りつけをしましょう」
 ソファでセレスティと共に紅茶の葉が開くのを待っていた零は申し出を嬉しそうに受け入れる。
「では私は紅茶を淹れ終わったら草間さん達に持ってゆきますね」
 お願いします。頼まれたセレスティは自らの足が不自由である事をしっかりと理解していた。飾りつけをするならば両手が塞がり、高い所に飾りをつけようものならば座ったままではやりにくい。
「じゃあ銀さんも頑張ってくれ」
「ゆ、雪森さんっ」
 紅茶を淹れるセレスティの背中を見ながらスイはそう言葉をかけた。「銀さん」とはなんとなくセレスティの髪の毛の色を見て流れでつけたに過ぎないがつけられた本人の心の何かに引っかかったらしい。
「セレスティさんですっ」
「ああ、そうだな」
 相手の名前が通じないわけでもない。武彦はともかく、セレスティの場合はスイの居る世界と酷似した名前であるから。
「でも、とても言いやすい」
 ああ。と、数度突っ込みを入れていた零が肩を落とす。きっと今のスイならば銀髪の人を見かける度にカメハメハ大王よろしく「銀さん」と呼ぶであろう。

「ふっ…」
(ええっ…!)
 満足そうに折り紙を切り始めたスイにほっとしつつ、その切れ端で輪を作っていた零はセレスティから零れた含み笑いに背中合わせに座った肩を今度は振るわせた。
 まさか世界のリンスター財閥の総帥が「銀さん」呼ばわりで笑う場面に出くわしたのだから。

 零の居る一方では既にパーティーの飾りつけ、だがもう一方では未だに未解決である武彦のカードについて主に送られた持ち主とシュラインの間で大論争中だ。

「クリスマスカードの謎は解けましたか?」
 湯気の立つ紅茶を武彦とシュラインに差出し、二人の前に置かれたカードを見やる。カードにしては厚すぎる用紙、文字も一つ一つが不自然ではあるが手書きとも判定しづらい。
「見ての通りよ。 心配だから用心はしているのだけれど…」
 している筈の用心も武彦自身が嫌がってはしょうがない。
「そのようですね。 ですがシュラインさん、一度零さんにつきそってあげてください。 料理の方、楽しみにしておりますよ」
「…わかったわ、武彦さんの事よろしくね」
 シュラインの困り果てた声に苦笑いを零し、曖昧に頷く友人を台所へ見送りつつセレスティは武彦の側へと寄った。
「任されてしまいましたよ?」
「子供か、俺は…」
 飾りつけをしていた零がスイに後を任せシュラインと共に台所へと向かう。確かに、良く言えば本当にクリスマスというのは皆が皆子供に戻ったかのようだ。
「とはいえ、私も丁度クリスマスカードの謎の全てが知りたくなりましたしね」
 情報も思考も心配もしつくした。ならばもうここはセレスティの能力に頼るしかない、普段能力の行使について口を出さない武彦もこの時ばかりは黙り込み、しぶしぶと頷く。


 手をかざし、瞳を閉ざした先に見えるものは何か。例え内容が悲惨なものだったとしてセレスティは意気揚々と覗くだろう。自分にはその運命を変える事も可能なのだ。勿論、滅多にそんな事はしないが。
(シュラインさんが悲しむのでしたら…)
 本当にもしも、の惨事を考えて見たカードの情報は実に突拍子も無く。興信所の玄関口にカードを置いた人物――生命体、いや妖精とでも表現したら良いだろうか、頭は南瓜、目はそれを掘った物被り物かと思えば否。
(…トリック…ですか)
 セレスティが「見ている」事に気がつく筈は無い、だが確かにパンプキンは楽しげに目線の先で高らかに笑った。
 つまりはお菓子くれなきゃ悪戯するぞ、のお菓子が貰えなかったバージョンなのだから。

「どうなんだ?」
 武彦はこんな時非常に臆病な一面を見せる。
「ああ、いえ。 そうですね…」
 戸惑いを含んだセレスティの目が数度泳ぎ、二人の間に緊張が走った。
「クリスマスパーティー、始めてしまいましょうか」

■パーティー&パーティー

 クリスマスカードの謎が解けぬままパーティーという状況はシュラインにとって酷く複雑なものだった。とはいえ、謎を解いてしまったらしいセレスティからは零が楽しみにしているパーティーを早く始めてやらぬ事には彼女が可哀想だとも言われてしまう。
(全く、セレスティさんがそういうなら危険はないのでしょうけど)
 悪戯半分で結果を焦らされるのも気持ちが悪い。
「あ、雪森さんっ! トッピングに唐辛子は駄目よ!?」
 興信所内は予め零が掃除していた事もあり気持ちばかりいつもより片付き、スイの飾りつけのお陰でヤニの色より折り紙の色が目立つようになっていた。
「白に赤は映えると「クサヤ」番組でやっていたぞ」
 「クサヤ」多分ヤクザ番組の間違いだろう。白いスーツに血は映えるという理由で使われている事が多い。
 そんな風に首を傾げるスイは事あるごとに料理にとんでも素材を入れたがる。別の世界の住民には別の世界へ旅立てそうな味覚が良いのだろうか。確実に偏見ではあるが。
「とりあえず出来たのから運んで頂戴、零ちゃんも頼めるかしら?」
「はいっ」
 スイのマイ唐辛子はシュラインが預かり、人質よろしくしっかり並べないと返さないと頬を膨らませる。

「モタモタ爺が来たぞ!」
「? 雪森さん?」
 しぶしぶまともにケーキを運びに台所から出たスイから喜びの混じった悲鳴が聞こえシュラインは慌てて台所から出た。カードの事もある、サンタという言葉は今の彼女には少々心臓に悪い一言になりつつあるのだ。
「…武彦さん…」
 出た先にはサンタの格好をした武彦がスイに腹を撫でられながらカーテンが敷かれた筈の空を見ている。
「あの鉄板でパーティーを迎えるのは不恰好でしょう? 屋敷から持って来たのですよ。 赤に染まるなら矢張りこうでなくては」
 ああ、この友人の仕業か。へたれこむシュラインと義兄の格好に嬉しそうな零。
「まて金さん、モタモタの爺は腹がこう、もっと出ている筈だ」
 だから偽者だ。そう真剣に語りソファにあったクッションを無理やり武彦の腹に詰めようとするスイが多分一番今日という日を楽しんでいる。
「でも本当にこれで大丈夫なの?」
 武彦の精神的ダメージは横において、ようは生命の危機が無ければいいのだ。
「ええ、クリスマスのご馳走の用意も出来ましたし、そろそろ電気を消して蝋燭でも立てますか」
 シュラインの心配を余所に、セレスティは用意してきたケーキ用の蝋燭を一本づつ立てていく。零もそれにあわせ電気を消して。

 まだ早い、けれど今日ここに居るメンバーにとって一つ、聖なる夜が訪れる。
 スイがこの闇に乗じてシュラインからマイ唐辛子を奪い返したがこの際それは不問にしよう。
「いてっ…!」
 蝋燭の明かりの中、武彦の声が小さく聞こえ、スイがマイ唐辛子を零し、シュラインが目を見開く。

『ハッピーハロウィン!』

 誰の声ともつかぬ音がそう皆に伝え、蝋燭の火がハロウィンのパンプキンへ変り電気が自然につくまで。セレスティを除く全員が一体何事が起きたのか、理解出来ずにただ固まっていた。
「た、武彦さんッ!?」
 聞こえた台詞に疑問を抱く暇など無い、明かりの中武彦の胸から覗く銀色の光にシュラインの顔は青くなる。
「う…。 ん? いや…シュライン、こりゃ…刺さってないぞ?」
「え?」
 武彦自身もこのナイフもどきが自身の胸から見えた時死ぬのだと思ったのだろう、倒れる手前でシュラインに触れられ痛みが無い事、胸にはナイフの先が、背中には握りの部分がただくっついているだけという珍妙な事態にただ唖然とするばかり。
「すごいぞ! どんな魔法を使ったんだ!」
 背中の握りの方をスイが引っ張るとどうやらそれが鉄板にふっついている、という事実が一つ分かった。
「…どういう事?」
 胸に出ている刃先も同様、鉄板にひっついているだけだ。
「そういう事ですよシュラインさん。 ねぇ、草間さん、時にハロウィンは参加しましたか?」
 何を言われているかなど武彦が理解出来る筈も無いだろう。ただ、セレスティの否かそうでないかにだけ、否と答える。

「――これは、」
 ハロウィンの仕業なのですよ。そうセレスティは笑い混じりに言った。
 そもそもこの興信所、曰くや能力者が集まるわりに武彦はそれを拒み続けているのだから、ハロウィンに鈍感なのは当たり前だ。毎年シュラインが気を配り依頼で居ない日に誰がどう来ようと所長である彼は何もしない。
「もしかして…だからトリック。 悪戯だったの!?」
「ええ、そうです」
 とはいえ、霊的、妖精のような気まぐれな種族ならばもしかすると武彦の胸にナイフを突き刺す可能性は十分にあるわけなのだが。きっと鉄板で守られたのだろう、そう信じて。

「それでは、仕切りなおしにクリスマスを。 しましょうか」

 まだ信じられないと己の胸を擦る武彦と安心しきり、力の抜けてしまったシュライン。二人を見てこれは隠すべきではなかったかと苦い笑みを浮かべたセレスティは改めて、屋敷から持って来たワインを掲げた。
 どちらにせよ、パーティーを望んでいた零にとっては楽しい日になったようで瞳は夜空の星の如く輝いている。

『メリークリスマス!』

 二度目の祝いを口にして。そうして興信所に居る皆は初めて気づく。
 クリスマスケーキが醤油くさい事に、夕食の肉じゃがが生クリーム臭い事に。
「雪森さぁんッ!!」
 シュラインの悲鳴にも似た声が夜空に響き、スイが自分のケーキ皿を持ちながら逃げ回る。セレスティはそんな中、無事であった料理と零を守る為微笑みながらも尽力し、武彦に至ってはなすがままだ。
 嗚呼、そこに救いがあるとすれば全ての料理を一人分づつ取り分けていた事だと信じたい。

 その夜なんだかんだと言ってケーキを持たせてもらいスイは現在居候中である屋敷の一室でケーキと複数の皿を並べていた。
「合うと思うのだ、絶対に」
 興信所では散々怒られ、結局お持ち帰りとして貰ったケーキはどちらかというとスイ用ではなくお土産用の意味合いだったのだが、醤油にマスタード、ケチャップにお酢。切り分ける為のケーキナイフは不気味に彼女の手の内で光っている。
(見つけてやろう! 絶対に)
 誰もが美味いとうなる一品を。スイはかの料理上手な女性に奇妙なライバル心をもって醤油にわさび、そこにケーキを浸し始めたのだった。

 このケーキの惨劇の香りが由緒正しい日本家屋の一室に染み付くなど、ついでに一品と言いながらそのケーキはシュラインが作ったものだと、スイはまだ気づきはしないだろう。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【3304 / 雪森・スイ(ゆきもり・―) / 女性 / 128 / シャーマン/シーフ】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


お世話になっております、お久しぶりで御座います。ライターの唄です。
今回はクリスマスという事で、季節物…なのですが、かなり捻った真相となっておりました。
タイトルの真相もこれを元にしてつけさせて頂いております。
プレイングの方は前半カード、中盤パーティーと混同、後半パーティーとなっており、発注頂いた順番に零に呼ばれる、そしてラストの方が飛び入りになっております。
個別箇所も各自出だしと途中で数箇所と入っておりますので読み比べて楽しんでいただければ幸いです。
また、依頼やシチュノベで皆様とお会い出来る事を切に願いまして。
誤字・脱字等なるべく気にかけておりますが間違い、イメージの崩れ等御座いましたら申し訳御座いません。
何か御座いましたらレターにてお言葉を頂けると幸いです。

セレスティ・カーニンガム様
いつも有難う御座います。
今回OP内容から良い所を付かれましてカードの真相はセレスティ様に暴いて頂きました。シリアスな面もコメディな面も遊ばせて頂いております。クリスマス、文字には無い部分でまた優雅に過ごされているとこっそり思いを馳せております。

唄 拝