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<東京怪談・PCゲームノベル>


   「明日に繋げし夢紡ぎ」

「それ、どうするんですか?」
 大きな蝙蝠羽を広げ、宙を飛びながらみなもが言った。
 ふかふかの、ぬいぐるみのような身体をしたオオコウモリ。それが、ここでの彼女の姿だ。
「うん? ああ、君たちのいる浮島に配達してもらうんだよ。虫人たちが浮島での建築に使うんだと。ベッド用の落ち葉なんかも提供してるよ。知らなかったかい?」
ケンタウロスのように馬の足を持った男性が、手に沢山の薪を抱えている。
 夕闇が赤く染める森の中で、周囲には兎やリスなどの動物が様子を見守っている。
 獣人の森には珍しい、小さな白い鳥がぱたぱたと飛んで枝で羽を休める。
「知りませんでした。そういえば、この森にはおうちが見えませんよね。建物をつくったりはしないんですか?」
 みなもは一本の木の枝に足でぶら下がり、翼を折りたたんだ。
「動物たちは大抵木の洞、わしらのほとんどは洞穴に住んでいるんだよ。虫人さんたちは建築のプロなんで、時折こっちの方まで出張して建ててもらうヤツらもいるがな」
「楽器やアクセサリーは人魚さんたちですね。獣人さんたちは?」
「わしらはねぇ、生活用品かな。薪や落ち葉という材料の提供であったり、蔓を編んだ網や、石を削った刃物。羊毛を使って毛布や服をつくるのもわしらの仕事さ」
 知らなかった。そこまでハッキリ分業されていたなんて。
 みなもは感心と共に、改めてこの世界に学び直すことにしてよかった、と思った。
「羊毛をとるっていうことは、羊は飼っているわけですか?」
 家畜、もしくはペットという概念はあるのだろうか。そう思って尋ねてみる。
「飼う? なんのことだい。動物たちは沢山ここにいるじゃないか。そこにあるものをもらう、それだけだよ」
 それが、神様の与えてくれたものだから。私物化しようという考えなどないのだ。
 考えれば、当然のことだ。手を加えることはあってもつくり出したりはしない。
 だから養殖という考えもないのだ。空の浮島でも、水辺でも同じように。
「どうもありがとうございます。色々お話が聞けて楽しかったです」
「いやいや、勉強熱心だねぇ。また何かわからないことがあればいつでも聞きにおいで。普通に遊びに来るのも大歓迎だから」
「はい」
 答えて、みなもは宙に飛びあがった。
 それに従うように、鳥も枝から飛び立っていく。
 上空から見ると、島のほとんどが緑の森におおわれ、残りが草原と岩山になっている。どうやら、岩山の部分が居住区のようだ。
 水場は周囲を囲む真水の他にも泉が2つ。岩山を流れる滝が一つだ。喉が渇けば水面に降り立たなくてはならない浮島よりは便利かもしれない。
 みなもはもう一度下降し、草原の辺りに集まっている獣人たちのもとへと向かった。
「あら、みなもちゃん。いらっしゃい」
「久しぶり〜、元気だったぁ?」
「おー、珍しいなぁ。遊びにきたんだったら案内してやろうか?」
 宙を舞うみなもに、鹿や豹、狼の獣人たちが声をかけてくる。
 以前、授業でここに来たときに顔と名前を覚えてもらっているようだ。
「こんにちは。案内って、どういうところにですか?」
「そりゃあもう、色々さ。滝を見にいったり山登りしたり、鍾乳洞めぐりもできるし、洞窟でキレイな石を探すのもいい。人魚たちに加工してもらえばいいアクセサリーになるよ」
 洞窟。普通のコウモリなら喜ぶだろうけど、とみなもは思う。
 他のコウモリたちは超音波を使うが、有視飛行をするオオコウモリは完全な暗闇では目が見えないのだ。
「へぇ……そうなんですか。じゃあ観光旅行でもそういうところを?」
「まぁね。二本足のヤツらが多いんで、背に乗せて移動したりな。で、どうする。どこに行きたい?」
「お仕事見学みたいなのはないんですか? 生活用品をつくるところを見たり、体験したりは」
「ん? そんなのが見たいのか?」
「やってはいないんですね。どうもありがとうございます、助かりました」
 ぺこっと頭を下げ、みなもは再度上空に方向転換する。
 空で一時停止しているのは、中々つらい。
「そりゃないぜぇ、みなもちゃん。デートしてくれるんじゃねぇのかよ」
 狼人の青年は、空を見上げて情けない声をあげるのだった。


「うーん、参考になるなぁ。今までお客様のニーズに合わせた観光を、って考えてたけど……。見所とか知らないと、いい案内ってのはできないもんなんだね。いや〜、案内人失格ですよ」
 白い鳥が、横でぼそりとつぶやいた。
 いつもなら完全な動物の姿になることは少ないが、自分の住む世界のことを隈なく知りたいというみなもに賛同した一流が『案内人の視点ではなくそこで暮らす人の目線に立ちたい』と付き添う形になったのだ。
「いえ、あたしも……ここで暮らしているのに、知らないことがあるなんて恥ずかしいです」
「でも、そんなもんじゃないかな。現実の世界でだって、僕らの知ってることなんて少ないでしょ。大人の世界だとか、色々」
「向こうではそうかもしれませんけど、ここでは違います。みんなこの世界のことが好きだし、大人たちは子供が知りたいことをちゃんと教えてくれます。戦争だとか、政治の裏側だとか、そんなものもない。胸をはって紹介できるこの世界を、知らないなんて言いたくないんです」
「――現実世界は、胸をはって紹介できない?」
 静かに聞き返され、みなもはハッと口をつぐむ。
「……それに、観光に来る人たちの案内したいんです。浮島だけじゃなくて、この世界全体を」
 気がつけば、気を抜けば。その心は支配されていく。
 自分の世界はここでしかないのだと、現実世界というのは一流や観光客がやってくる他の世界の人々が住む別世界だという考えが頭を占めるようになっていくのだ。
「みなもちゃん、本当に大丈夫?」
 世界に慣れれば慣れるほど、日常として世界を身近に感じれば感じるほど。
 なじんで、取り込まれて。帰れなくなってしまう危険は高くなる。
 もしかしたら、今だって彼がいなければ……。
「大丈夫です。まだ続けられます」
 みなもは小さく首を振り、現実世界のことに思いを馳せた。
 家族、友人、自分を取り囲む人々や、『二本足の人間』であった自分を。
「あたしは、藤凪さんと一緒にここに来たんですよね。ここは、元々は夢によってつくられた世界。……ちゃんと、わかっていますから」
 しかしそれを口にしていると、どうしようもない寂しさが胸を襲う。
 ――違う。あたしはここで生まれた。
 父は大きくて立派なフクロウの翼を持ち、母は美しいクロアゲハの翅をしている。
 夕方からコウモリたちの学校に通って、果物が主食の友達と果樹園によって、深夜、木の上の家に帰る。
 お母さんは眠っているけど、お父さんとは色々話をする。朝になったら、母と交代で眠りにつく。
 嘘なんじゃない。ここでの生活は、夢なんかじゃない……。
「……うん。じゃあ、もう少しだけね」
 一流は少し不安そうに、しかし微笑みと共にうなずいた。


「観光? そりゃあここが一番よぉ。楽器やアクセサリーを一緒につくったり、一緒に歌ったり、踊ったり。珊瑚礁を見に行ったり、イルカたちと泳いだりね。海の中はキレイよ〜。もう浮島や森に住む人たちが可哀想なくらい!」
 水辺に住む人魚たちは、顔だけ出してそう叫ぶ。
「そんなことですよ。広い空を舞う気持ちよさだって中々です。行動範囲だって広いですし」
 みなもも負けじと、翼人を誇らしげに語る。
 反論というほど強い口調ではないが、自分たちの種族を深く愛しているのがわかる。
「あ、あれでしょ〜、アクロバット。すごかったわよねぇ。さすがにちょっと憧れたわ」
 他の人魚が、みなものやったアクロバットを飛行を思い出し、声をあげる。
「でも私だって考案中なのよ。こう、水辺を高く跳ね上がるでしょ。そのときの尾の形だとかみんなで音楽に合わせたり。元々ダンスは得意なんだから、水の中なら負けないわ」
「人魚の皆さんは、観光旅行には積極的なんですね」
「当たり前よぉ。私たちは美しいものが大好きだし、そしてそれは、誰かに見てもらわなくちゃ意味がないのよ」
「こないだ来たコも可愛かったわ〜」
「もっと時間をつくって欲しいわよねぇ。髪をいじったり、アクセサリーをつくってあげたり、色々したかったわ」
「そうよ、一泊くらいさせなさいよ。全体を見る人なんて、本当に短いんだから」
 みなもの言葉に、次から次へと声をあげる。
 確かに、彼女たちにとっては本当に短い時間なのだろう。
「……人魚の女性は、この世界一おしゃべりだよね」
 近くで、鳥がぼそりとつぶやいた。
「ちなみに海の中の生活ってどんな感じなんですか? 寝る場所とか」
「珊瑚を利用したものがほとんどね。まぁ、海の中じゃ風に吹かれるわけじゃないからプライバシーのために隠すって感じかしら」
「寝てる間に流されないように、っていうのもあるわよ。一応海草に巻きついてるんだけどね」
「起きたときには全然違う場所にいるんでしょ。あんた、寝相悪いから」
 きゃはは、と笑い声があがる。
「そうなんですか。どうも、ありがとうございます」
 みなもは深く頭を下げ、方向を変える。
 眼下には、青く透き通った水。
 海ではなく真水で、様々な生物の命の源が広がっている。
 真っ直ぐ一本に伸びた浅瀬の道と、ところどころにある岩。
 そして、水中には色とりどりの珊瑚礁が見える。
「水の世界のことは、あまり聞かなくてもみなもちゃんにはわかるよね。それとも、あまりにも違うから逆に不思議に思う?」
「え……? ああ、そうですね。向こうにも、川や……塩の入った水がありますもんね」
「塩の……って。ねぇみなもちゃん。前に言ってたよね。君は向こうでは、人魚の末裔だって。水につかればその力を発揮できた。覚えてるだろ?」
 人魚。あたしが……彼女たちのように?
「あ、はい。勿論……」
 答えるが、自信はなかった。
 遠い昔、おぼろげに見た夢のように。
 輪郭がつかめない。蜃気楼のような虚像でしかない。
 手を伸ばせば伸ばすほど、遠ざかっていくようだった。
「みなもちゃん、今日はもうやめて帰ろう」
 危険を感じたのか、一流は鳥の姿から羽だけを残した人間の姿に戻り、真剣な表情でそう告げた。
「はい。そろそろ、浮島に戻りましょう」
「そうじゃなくて! 帰るんだよ、現実世界に」
 ぽつ。上空から、水が落ちてくる。
 雲もないのに、雨のようにパラパラと滴を落としていく。
 浮島と森の大地を潤わせる恵みの水だ。
「わ、雨?」
 一流は翼を濡らすまいと下降しようとするが、みなも宙に浮いたまま、上を見上げて手を伸ばした。
「みなもちゃ……」
 ぶわっ。
 風が吹き荒れ、水辺を花びらが舞い踊る。それは竜巻の形をつくり、水を巻き上げていく。
「なんだこれ、一体……」
 空に浮かんだ浮島も、固定されているはずの森さえが位置を変えて彼女の近くに集まってくる。
 まるで意志をもったかのように。
「すごい……あのコ、神に愛されてるんだわ」
 水辺から、人魚たちの声があがった。
 獣人たちも岸辺に集まり、翼人たちも空を飛んで様子を見に来る。
「信じられない。こんなことがあるなんて……」
 みなもは自分の持つ力を知った。
 水、風、大地。全てを動かすことができるのだ。自分の意志で。
 彼女の動揺と戸惑いが雨を呼びよせたように。
「――そうか。ここは元々、みなもちゃんの夢を形にしたものだから……」
「すごい! これが使えれば配達がずっと楽になるわ! 鳥たちでも海底散歩ができるし、観光旅行でも目玉になるかも!」
 両手を合わせて無邪気に歓声をあげるみなもに、一流はガクッと拍子抜けしてしまう。
「そ、そんなことでいいの? これってすごいことだよ。見てよ、みんなの君を見る目。君はここで、神様になれる。なのに……」
「あたしは、あたしです。神様は別にちゃんといますから」
 みなもは当然のように微笑んだ。
 その笑顔は、それこそ女神のように美しいものだった。
「それを聞いて、安心したよ。神であることを望めば、もう二度と戻ってこれなくなるかもしれないから。――みなもちゃん。君がここを愛しているのはわかってる。それを否定はしないよ。でも……向こうの世界にも君を必要としている人たちがいるんだ。例えば、いつも話してくれるお父さんや、僕だってそうだ。……頼むから、それを忘れないで」
 『お父さん』。
 ぱんっ、と何かがはじけるような感覚があった。
 お父さんは、灰色の大きなフクロウで……ううん、違う。
 翼を持たない、人間の姿。相談すると、いつも真剣に考えて色々なアドバイスをしてくれるお父さん。
 ――もう一つの、あたしの世界。
 太陽の位置が変わり、水辺に朝の光が差した。 
 雨上がりの空に、薄く虹がかかる。
「心を、強く持つようにって。家族を想っていれば大丈夫だって、言ってくれたの」
 瞳を潤ませ、みなもはつぶやく。
「うん。だから……戻ろうよ。今日のところは、ね」
「その前に、浮島に戻らせてください。両親のところに」
 みなもはそう言って、颯爽と宙を舞う。
 朝になっても、有視飛行のオオコウモリは空を飛んでいられる。
 浮島はもう夕暮れだ。お父さんはまだ寝てるかな。
 朝になっても帰ってこないから、お母さんが心配しているかもしれない。
 2つの世界を故郷にすることの重みを、身を引き裂かれるような想いを。
 みなもは、改めて思い知るのだった――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:1252 / PC名:海原 みなも/ 性別:女性 / 年齢:13歳 / 職業:中学生】

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■         ライター通信          ■
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海原 みなも様

いつもお世話になってます。ライターの青谷 圭です。ゲームノベルへのご参加どうもありがとうございます。
今回もまた夢の世界へ行って、より深く知っていく、といった形でやらせていただきました。
みなも様が夢世界と現実世界の板ばさみで悩み苦しむというのがメインになっておりますが、いかがでしたでしょうか。

ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。