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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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<最後の願い>〜成功の秘訣の影に……〜
夜とも昼ともわからない薄暗い店内。ぽわりと浮かぶ仄かなランプの明りの向こうで、店主の碧摩蓮が怪しげな笑みを浮かべてなにやら見つめている。
オリエンタルなそのデザインは、まるでアラジンに出てくる魔法のランプのようだ。使い込まれた感は否めないが、雑に扱われてきたわけでもない。
曇り、輝きを失った金色はどこか侘しさも感じさせる。
蓮が困惑しているのは何もランプが薄汚れているからではない。
蓋に施された透かし細工も見事なランプは、人目に付くところへ飾っておいても差し障りはないだろう。そう思い立ち、アロマランプの横へ置こうとしたときだった。
白い煙が蓮の手元から立ち上り、きつい香の匂いが纏わりつくように店内へと広がっていく。
時間が過ぎると白煙も次第に薄れていった。その中に黒い影がちらちらと揺れ動く。
どうしたんだい、と煙管を指先で弄びながら紫煙を吐きつつ訊ねてみる。元々きつめの彼女の瞳は、相手を睥睨することでさらに凄みが増していた。
だが現れた魔人はそれに怯むことなく告げる。
最後の願いがまだなのだ、と……──。
言われてはたと思い出す。
どんな願いでも三つ叶えてくれるという魔法のランプ。さてどうしたものかと考えあぐねていると、上手い具合に店の扉が開いた。
こちらを覗き込む顔が見知った者だとわかると、蓮の笑みは一層妖しいものになる。
赤い髪をゆらりと揺らし、
「あんた、ちょうどいいところに来たねぇ……」
にんまりと目を眇めた。
蓮の思惑にランプも気づいたようだ。先ほどまであんなにくすんでいた色味が途端に豪奢な輝きを増す。
スルタンに献上された財宝かと見紛うほどに……──。
***
アンティークショップを訪れる数時間前。藤田あやこは自社の会議室にて、来夏に立ち上げ予定の新ブランド「OTOKO―GOKORO(仮)」の企画会議に出席していた。
これまでのミリタリー系から一新、購買層も十代半ばから二十代前半を狙ったものだ。
メンズに拘らずユニセックスということで、女性が身に着けても違和感のないブランドに仕立て上げたいと思っている。
サイズやカラーの豊富さなどではなく、生地そのものからこだわりたいのだ。いっそ男心を織り込んでしまいたいとすら思っていた。
だが、そんな熱意がそうそう部下に伝わるわけもなく会議は難航し、気分転換に社を飛び出したあやこは、つい、ふらふらと蓮の店へ足を向けてしまったというわけだ。
彼女の店で買い物をしたことはない。あんな怪しげなものを買う人間の気が知れないとも思う。だが、インスピレーションを頂くには最高の場所ではある。
店が怪しげなら扉の軋む音も妙な余韻を残し、まるで逃げ場を封鎖するように閉じた。
ちょうどいいところに来た、と意味深な笑みをその美貌に貼りつける骨董屋の主の背後には、千一夜物語かアラジンか。そんな御伽噺から抜け出たような、けれど容貌のあまりよろしくない男が立っていた。
『最後の願いがまだなのです。貴女方のどちらがそれを言ってくださるのですか?』
大きく膨らんだターバン。額の上辺りには深い湖底を思わせる緑色の立派な宝石があり、その根元から長く色鮮やかな羽根飾りがつんと天に伸びていた。
だが、でっぷりとした腹は醜く、あやこは思わず嘆息する。
「それなら、彼女が引き受けてくれるだろうさ。何せ……刺激を欲してうちに来るような変わり者だからねえ」
変わり者とは失礼な、とちろりと蓮を斜に見る。だが、刺激が欲しいのは正解だ。
それに……、これはいいかもしれないと心の中で両手を打つ。
常々、悪魔との契約を反古にするにはどうしたらいいものかと研究していたあやこにとって、この醜悪な魔人の最後の願いはまさにうってつけだと言える。
実力でここまでのし上がった自分には、他人に叶えてもらう望みなどない。あれば自力で物にする。だから、余分な二つの願いが済まされていることもラッキーだった。
あやこは大仰に頭を下げて見せ、「神代の昔から願い事の代償は“命”と相場が決まっている。今さら慌てることもない」と神妙に言う。
それを見た蓮がおやおやと片眉を吊り上げた。
「私はいつでも死ぬ覚悟はできている。女のプライドに賭けて泣いたりなどしない」
啖呵のように言ってのけたあやこだが、本音はまったく別のところにある。
そんな思惑など知りもしない、まして想像もしていないランプの魔人がにやりと笑う。その顔は醜悪を通りこして犯罪そのものだ。
その前に、とあやこは唇に人差し指を当てながら魔人を見上げた。
「仕事柄リサーチするのがどうにも癖になっているの。これは単なる興味なんだけど、魔人にも家族っているのかしら」
あまりに唐突な質問に、魔人も首を捻る。だが従順な微笑みと声音で、『いますとも』と答えた。
「一番近しいのは?」
『麗しい妻と、今はまだあどけないがアラジンの奥方にも負けぬ美貌の娘がいる』
へえ、とあやこは両目を眇めた。
この無様な体型の醜い男に嫁いだ女が麗しく、気の毒にも生まれ出でた娘は一国の王女にも引けを取らない美しさとはよく言ったものだ。
だが、あやこはそこをつけ入る隙と考えた。
言葉巧みに唆し、契約の完了とその反古を両立させるのだ。
「すべての魔法を統べる偉大なる魔人には、実にふさわしい家族ね」
頭の出来がよろしくないのか。魔人は鼻の穴を大きく膨らませ、『そうだろうとも』と胸を反り返させる。
『とくに娘の器量とその見識の広さは並外れているのでな。自慢の一人娘よ』
典型的な親バカである。
「だが、その素晴らしい娘を娶りたいという者が現れたら、どうする?」
蟲惑的な視線を魔人へ送るが、見目良い妻を持つジンはそれを素っ気なく返すと、少しばかり訊ねられた状況を想像した。
そして耳朶まで赤くして、ふんふんと鼻息を荒げた。
『認めん! 認めんが。……娘を選んだその目は称えてやろう』
「魔人の意思に関係なく、認めざるを得ない状況になったら?」
『どういうことだ』
それよりも、とあやこは手近にあったマホガニーのオケージョナルテーブルへ手を付き、「魔人よ。家族を裏切る行為をどう思う?」としなやかな動きで凝った彫りの天板上を、指を滑らせながら訊いた。
ランプの魔物は首を傾げ、自信満々にあやこの問いに答えた。
『恥ずべき行為だ。妻は私の宝だが、娘は世界の宝だ。その珠玉の家族を裏切る行為など、するはずがない』
「では魔人としてどんな願いも叶えるというのも、誇りに賭けて?」
『妖霊の名に賭けてもだ』
「さすがね。家族を愛し、己を呼び出した者へのその忠誠心には脱帽するわ。……では願いを言いましょうか」
脳裏に、悪魔との契約反古と自社新ブランドの二つが浮かぶ。
焦らすように、わざとゆっくり深呼吸して見せ、「男にして欲しい。睦まじく暮らしたい」と声高に言う。
さしもの魔人もその容易い願いに、嬉々として構えたが、すかさずあやこが言葉を継いだ。
「ジンの麗しい娘の伴侶として」
予測不能だった願いの内容に、元から赤い双眸を見開いた魔人は、怒りで顔を赤黒く染めた。
『そんな願いは叶えられん!』
「おや」
あやこがここぞとばかりに虹彩を煌かせる。
精緻な透かし彫りがある古木の四連スクリーンの向こうから、蓮の小さな笑い声が聞こえた。
蓮には、この機知に飛んだ起業家の思惑はお見通しのようである。ちらりと女主人のいる方へ視線を向けたあやこは、そのまま細身の肩をそびやかす。
「最後の願いを叶えないとこのゲームは終わらないでしょう」
魔人との駆け引きをゲーム呼ばわりする。
『それは無理な願いというものだ』
「無理ですって? それは魔人としての力が及ばないと理解するべきなのかしら」
『そうではない。我が愛しい娘を娶らせることが前提の願いなど、聞き届けられんということだ。この私に叶えられぬ望みなどない。ほかの願いを選べ』
怒りがふつふつと湧き起こっているのは確かだが、極めて冷静であろうとしている。だが魔人はここで一つの間違いを犯した。
事もあろうに藤田あやこへ「選べ」とほざいたのだ。元はエルフの王女である。そんな高貴な存在に対して、選べと。
ぴくりとあやこのこめかみが痙攣した。
「私に“選べ”というわけね。ではもう一つの願いを言いましょう。ロック鳥の卵を天井から吊るすことよ」
『なっ! なんという恐ろしいことを!』
無様な魔人は驚愕の表情もまた滑稽だった。
煙でぼかされた足首から下が、あやこの二つ目の願いの衝撃で散り散りに消えている。掌を思いきり広げ、充血した両目は今にも飛び出してきそうだ。
「今度はあなたが選ぶ番よ。どちらにする? 私を男にして娘の伴侶にするか、ロック鳥の卵……つまり本当の主人を殺して天井から吊るすか」
にんまりと笑う。とても嬉しそうに、口角を上げ「二つに一つよ」と食指を突きつける。
『本当の主人を殺すなんてことをしたら、魔人協同組合から追放されてしまう』
そんなものがあるのか、とあやこは感心する。
魔人は一族の者には手をかけないと言った。
それなら娘の婿に収まってしまえば命を獲られることもないだろうし、ロック鳥の卵を天井から吊るせば最後の願いは終わり、このゲームもコンプリートとなる。
もちろん、本当の主人を殺したとあっては魔人協同組合とやらも黙ってはいないだろうから、あやこの命にかまけている暇はあるまい。
さあ、どうする。
ランプが置かれたサイドテーブルへと、ずいと歩み寄る。
血のように赤い瞳には、オアシスの泉に沸く清水のような涙が浮かんでいる。
だがこちらとしても安易に命は渡せない。新ブランド立ち上げの企画会議もまだ終了していないのだ。
やがて魔人が口を開けた。念願の約束の反古と、男心を手にする時がきた……──。
***
春、陽光、満開の桜。
まだこれらすべてが揃っていない新春に、今夏、展開する新ブランドのショーが都内某所にて行われた。
ステージを彩るのは華やかなモデルだけではない。
彼らが身に着けている新素材の生地は、その製作過程のいっさいを機密事項としていたから、国産なのか輸入品なのか。すべてが謎に包まれていた。
ライトが四方から当たるたびに、空色に煌いたり、パールがかった鮮やかな紫が銀鱗のように光ったりするのだ。
一枚の生地の中に織り込まれた一本一本が色を違え、光の反射角度でさらに別の光彩までも放つ。
「素晴らしいわ」
うっとりとステージの裾からショーを覗くあやこ。
「社内でもあの生地はトップシークレットですよね? いったいどこで見つけてきたんですか」
次に控えているモデルにあれこれと指示を出しながら、スタッフの一人が訊ねてきた。
「色彩豊かで強度も抜群。色合いに深みがあるし、バリエーションもあるからユニセックスで通せる。こんな生地、これまでなかったですよ」
次々に出てくる賞賛の言葉に、あやこの頬も弛緩していく。
「出所は教えられないわ。……ぜったいに。それこそ墓場まで持っていくつもりよ」
「えー。せめてヒントだけでも。国名とか」
「ヒント? それなら充分出してあるわよ。どうしてブランド名を途中で変えたか、……ふふ」
意味深な笑みを残し、あやこはアンコールに備えてステージの上手へ移動して行く。
「社長はホントに秘密主義なんだから」
ボールペンのノック部分を齧りながら呟く、スタッフの手元の資料には件の新ブランド名がアラビア文字で記されている。
「ブランド名がヒントだって? ……“魔法のランプ”だけど。これが、なに?」
アンティークショップでのやりとりを知らない一介の社員が、女社長自ら入手してきた生地の出所を予想できるはずもない。
オアシスの青、輝く紫、楚々としたピンクといったそれぞれの糸は、魔人の流した涙なのだが。
アンコールがかかり、モデル全員とステージを歩くあやこのドレスは、彼女の完璧なスタイルを衆目の中で際立たせ、見事な玉虫色に輝いて見せた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号:7061/PC名:藤田あやこ/性別:女性/年齢:24/職業:IO2オカルティックサイエンティスト】
【NPC/碧摩 蓮/女性/26/アンティークショップ・レンの店主】
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■ ライター通信 ■
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藤田あやこさま
ご依頼ありがとうございました。
ご希望に添えていると良いのですが……。
ご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。
高千穂ゆずる
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