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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―sapte―



「……ついて来ても護れませんが」
「いいえ。ついて行きます」
 そんな押し問答のようなものが何度か繰り返された後、折れたのはハルのほうだった。
 前回の戦いから戻って来たハルの様子が気になっていたアリス・ルシファールは、今回は譲らなかったのである。
 何も言わなくても……あれだけボロボロになって帰ってきたのだから、わからないほうがおかしい。
 夜道をハルと並んで歩きながら、アリスは彼を見上げた。
 ハルが感知したという場所まではそう離れていないらしい。徒歩で向かっている。
「あの、訊いてもいいですか?」
 とりあえず、一応断ってみた。話してくれるかどうかわからないけれど、訊いてみたい。
「なんでしょう?」
「ハルと同じような存在はいないのですか?」
「…………なぜそんなことを訊くのですか」
 淡々としたハルの声に、アリスは少し俯く。
「いえ、ストリゴイは数がたくさんいるようですから……。そうなると、ハル一人で対応しきれるはずがないと思いまして」
「……確かにそうです」
 ハルは頷いた。視線は前に向けたままだ。
「私の他にもダイスは存在していますよ、ミス」
「! やっぱり……」
 ハル一人で退治して回るというのは無理な話だろう。やはり、他にもダイスがいたのだ。
 アリスは不思議そうに首を傾げた。
「あの……だったら、なぜ一緒に行動しないのですか?」
「……は?」
「いるのであれば、協力して敵にあたれば良いのではと思ってしまうのですけど」
「同じ目的を持っていますからね」
 そう言ったハルは、アリスの意見に全く同意を示さない。
 アリスは不安そうにする。
「ハル?」
「はい?」
「あの、それだけですか?」
「それだけ、とは」
「ですから、同じ目的を持っていますから、協力すれば」
「…………」
 やっとハルはアリスのほうを見た。その瞳はいつもと同じ、なんの感情もないものだ。
「ミスは、なぜ私と契約しているのですか?」
「え?」
「協力し合ってストリゴイを倒していれば、ここであなたと契約などしていないでしょう?」
「………………」
 とうに終わっていてもおかしくない、とハルは言っているのだ。
 ここでアリスと契約している以上、それができない理由があるということだろう。少し考えればわかりそうなものだ。ダイスの破壊力は恐ろしいもので、敵を感知する能力もズバ抜けている。いまだに全てを駆逐できないのは――理由がなければおかしい。
「でも、今からでも遅くないのでは?」
「……同じ目的を持っていても、人間は相容れない人がいるでしょう? 豊かな感情を持つ人間でさえ、そうなんです。
 私たちダイスに『協力する』という言葉は存在しません」
「どうして……」
「私は人間ではありませんから。確かに利害は一致しますが、我々ダイスにも制約が存在します。
 他のダイスも敵です。そう認識するようになっていますから」
「同じダイスなのに、ですか?」
 信じられない。同じ仲間でさえ、敵だというのか?
 目を見開くアリスから視線を外し、ハルは小さく言う。
「人間同士だって、敵として認識して殺し合うこともあるでしょう。まぁ、逆に協力することも可能ではありますが。
 ……ミス。ダイス同士が例え協力しても、本の主は人間なのです。人間である以上は、気に食わない相手がいてもおかしくはない。そんな中で目的のためにと我慢し続けられる人はいないと思いますよ」
「……私だったら、協力したいと思います」
 同じように、小さく言うアリス。
 悲しいのも辛いのも嫌だ。だったら、協力して少しでも多くの悲しみをなくしたい。
 そんなアリスの心情を読み取ったのか、ハルは低く笑った。
「ふふっ。平和主義なのは悪くないことですよ。
 でも……世の中はあなたのような人ばかりではない。協力を請うて、あなたを辱める人もいるでしょう。なじり、乱暴を働き、心を傷つけることだってできます。
 あなたと同じような人ばかりがいるなら、私も喜んで意見に賛成しましょう」
 どこか馬鹿にしたようなハルの口調に、アリスはなんだか悲しくなった。世間知らず、と言われているように思えて。
 アリスは今まで強力な力に護られてきた。ただの人間となっている今、自分より腕力の強いものに殴られても、防ぐことはできないのだ。
 そんな彼女の様子にハルは嘆息する。
「すみません。少々言葉が過ぎました。
 ……ミスの言いたいことはわかりますが、受け入れられません」
「敵を倒すには人数が多いほうがいいと思っただけです、私」
「……本とシンクロすれば、私の言葉の意味もわかります。今のあなたには無理でしょうけど。
 ダイスが協力することなど、我々には無理です。それでもあなたが協力を私に強制するのは構いませんよ?」
 どこか冷めたようにハルは言う。なにを言っても彼は決して協力などしない。それがはっきりとする。
 彼は自分とは違う。全く違う存在なのだ。外見が人間に似ていようとも、似ているだけで、中身は別物なのだ。
 ダイスはダイスにしかわからないことがあり、彼らにはどれだけ周りから言われてもできないこともあるに違いない。



 突然、ハルが足を止めた。
「気配が消えた……?」
 ぼそりと洩らした彼はハッとして振り向くや、アリスを抱えてその場から離れた。
 ひゅ、と空気を裂くような音がする。
「あらら。まぁこれくらいは避けるか」
 暢気な声が響いた。
 先ほどまでアリスが居た場所に、黒のイブニングドレスを着た女が立っている。長い脚を惜しげもなく、スリットから覗かせていた。
「あらまぁ。可愛いご主人サマだこと。
 首をちょっと捻ったらすぐ死んじゃうわねぇ」
 にこにこと笑顔の女はアリスを真っ直ぐ見ていた。ゾッとする瞳だ。目は一切笑っていない。
「ハル……彼女は?」
「ダイスです」
 あれが……? ハルと全然似ていないのに?
 女は目を細めた。笑みを消す。
「あれだけ痛めつけたのに。警告は必要なかったのかしら?」
「マディ、待機だ」
 彼女の背後から別の声がする。
 人のいない道をゆっくりと歩いてくる少年がいた。見た目は高校生くらい。さして特徴のない顔立ちをしている。
 マディと呼ばれたダイスの横に立つ彼は、アリスを見る。射抜くような、冷たい目だ。
「ハジメマシテ。そこのダイスとは一度会ってるけど、一応本の持ち主には挨拶をしておく。
 さて、本題だが、キミの持っている本をこちらに渡して欲しい」
「え……?」
 アリスは普段から本を持ち歩く癖がある。今日も例外ではない。
 白い表紙の本を思わず隠すようにした。
「どうしてですか……?」
「どうして? 愚問だ。
 ……そうか。本とシンクロできていないわけか。なるほど。だから、そこのダイスは弱っているのだね」
 淡々と言う少年の言葉に、アリスは目を瞬かせた。
 弱っている? 誰が?
(ハルが……?)
 自分を抱きかかえているハルをそっと見る。彼は女のダイスを見据えたまま、視線を動かさない。
「勝ち目のない戦いをすることはない。こちらも、ムダな争いは好まない。
 本をこちらに渡せば見逃そう」
 事務的に言う少年は、アリスを殺すのもなんとも思っていないようだ。
 状況をやっと理解して、アリスは青ざめる。彼女を護るダイスは、少年の所有するダイスよりも弱いのだ。つまり、戦えばハルが負けてしまう。
(そんな……)
「あの……!」
 声を絞り出すと、少年は軽く「ん?」と洩らした。
「どうして、戦うんですか……?
 協力すればいいと思うのですが」
「協力……?」
「敵は同じものです。だったら協力したほうがいいと思います。こんな風にしなくても」
 そこで、彼の連れているダイスが大笑いをした。周囲に響くその声に、思わずアリスは身をすくめた。
 少年がちら、と自身のダイスを睨んだ。
「マディ、黙れ」
「ご、ごめん……。だってあまりにも可笑しいこと言うんだもの……」
 怒られてしょんぼりするダイスから視線を外し、少年はアリスに対して口を開いた。
「キミはダイスの主人には不向きだ。早々に本を渡せ」
「なんでそんなことを言われなければならないんですか」
「『協力しよう』などという、『みんな仲良く』な発想をするなら、この戦いに向いていないと判断しただけだ。
 そんな甘い考えをするなら、さっさとこの戦いから降りろ。迷惑だ」
 手厳しい言葉すら、ただ事務的に響く。
 アリスは呆然とした。
 こんな主人もいるのだ。いや、これが正しい主人の姿なのだ。
「ダイスの主人になることは、『全て』を引き換えにする『覚悟』がいる。
 ――マディ、戦闘準備」
「了解、マスター」
 お茶目だったダイスが目付きを変える。薄い暗闇でその瞳が淡く光っていた。
「さて、こちらはいつでも戦える準備ができた」
「ど、どうして……。敵は同じものです。それなのに……」
「簡単だ。僕はキミとは違う意志を持った人間だ。キミのようには考えられない。
 だが、僕のダイスをムダに使役したくないのが正直なところ。本を渡せばキミのダイスは傷つけないと約束しよう」
「え……?」
「本を渡さないなら実力行使だ。
 あんたを殺すのもやむを得ない。そこのダイスを倒すのも容易だ。……あんたを殺す前にダイスが邪魔するだろうから、先にダイスを始末しよう。
 戦いたくないと言うならば、方法は一つだ。本を渡せ。それで見逃す。本当だ」
 嘘を言っているようには見えない。
 アリスは戸惑い、ハルのほうを見た。ハルはいつもの無表情で、ただ、敵のダイスがどう動くのか見逃さないようにしていた。
 それほどまで……!
(そんなに、あのダイスと力の差があるというのですか……?)
 それにあの少年はアリスたちを見逃す気はない。本を渡さない限りは、追って来るだろう。
「一度は許す。だが、二度目はない」
 少年は短く呟き、コートのポケットに両手を突っ込んだ。
「さぁ、本を渡せ。キミのダイスは僕が面倒をみてもいい。弱らせていくだけより、マシじゃないか?」
「私、は……」
「何を迷う? 最善の手を提示してやっているんだ。……そうしないなら、容赦はしない。僕は相手が幼い少女でも、殺す」
 はっきりと彼は宣言した。本を渡さないなら、ここで……殺す、と――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6047/アリス・ルシファール(ありす・るしふぁーる)/女/13/時空管理維持局特殊執務官・魔操の奏者】

NPC
【ハル=セイチョウ(はる=せいちょう)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、アリス様。ライターのともやいずみです。
 敵のダイスと出会いました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。