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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―sapte―



 夜道を二人は歩いていた。
 敵を感知したアリサに、高ヶ崎秋五はついて来ているのだ。それに対し、アリサは何も言わない。
 ダイス・バイブルは事務所の棚におさめられている。持ってきていない。
 秋五自身の身元がわかるものは全て事務所に置いてきている。今、秋五が持ち歩いているのはお金、煙草、そしてあらかじめ作っておいた発煙玉と閃光玉を数個。
「アリサ」
「なんでしょう?」
 彼女に話し掛けると、すぐさま声が返ってきた。
 前を歩くアリサは普段と何も変わらない。
「あくまで推測なんですが」
「……はい」
「二ヶ月前、アリサが負けて帰ったことに関してなんですが」
「はい」
 淡々と応える彼女は、それでも足を止めない。ただ、歩く。目的地へ向かって。
「負けた対象は、ストリゴイではないでしょう?」
「…………」
「アリサ自身が前に言ったことです。ほら、感染者には絶対に負けないって。
 それが正しいなら、アリサと同格の存在に……負けたんじゃないです?」
「…………」
 彼女は肩越しにこちらを見てくる。細められたアイスブルーの瞳が、闇の中で薄暗く輝く。
「正解です。ワタシは、他のダイスに負けました」
「他のダイス……。確かにアリサ一人では感染者たちを全部退治できませんしね」
 それは予想できたことだ。
 秋五はさらに尋ねる。
「どうして負けたんです? 同等の存在でも、力に優劣があるんですか?」
「…………ありません。ワタシに落ち度があっただけです」
「アリサに?」
「…………」
 沈黙が答えということだ。アリサはそのまま口を堅く閉じてしまう。
「アリサ、次にそいつに会った時、勝てる見込みはありますか?」
「…………ありません」
 はっきりとアリサは応えた。顔は、前に戻す。
「今の状態では、ありません」
「今の状態では……ないの?」
「はい」
 アリサは迷いもなく、頷いた。



 しばらく歩いていたアリサが、足を止める。不審に思って秋五は声をかけた。
「アリサ? どうしました?」
「……気配が消えました」
「気配? 敵の、ですか?」
「…………っ」
 アリサが顔をあげる。彼女はすぐさま後方に、秋五のほうへと跳んだ。ざっ、と秋五の前に止まり、構える。
「アリサ」
「……別のダイスです。気をつけて」
 どこに?
 と、秋五が視線を巡らせた。
 アリサが先ほどまで立っていた場所に、どごん、と音をさせて派手な着地をしたものがある。アスファルトに完全に足先がめり込んでいた。
 長い黒髪と、漆黒の拘束衣。肌も褐色なので、夜だと余計に顔が見えない。そんな、長身の男がそこに居た。
(あれがダイス……? アリサとはタイプが全然違いますね)
「忠告をきかなかったようだな。なら、叩きのめしても文句はねぇな?」
 青年はにやにやと笑いながらそう言った。その声には冗談など、一つも混じっていない。彼はアリサを倒す力があるのだ。
「一度は見逃してやる。だが二度目はない。うちの可愛い可愛いご主人サマの情けが、おまえには意味がなかったようだ」
「……戦うというなら、相手になります。ダイスがこうしてまみえた以上、覚悟はしていましたから」
「だろうな。オレがおまえの立場でも、そういう態度になるだろう」
 両腕をベルトで縛られたまま、青年はうんうんと頷いている。こちらをバカにしているような動きだ。
 それだけ……余裕があるのだろう。
「あぁ、ダイスってのはなんて縛られた存在なんだろうなぁ。『敵』がいれば退治に向かわなきゃいけねーし、他のダイスに会ったらこうして破壊し合う。悲しいじゃないか」
「……ほざくのはやめなさい。我々はダイス。人間を真似て何を言っているのですか」
「おまえさんて、真面目なのな」
 つまらないという様子で青年は器用に肩をすくめる。
「じゃあ、戦闘開始か。ん〜、でも、オレはおまえよりも先に、おまえのご主人を狙わせてもらうぜ」
「……やめなさい。この人に手を出すのは許しません」
「だって本を貰うにはそうしたほうが早いじゃん。できるなら、仲間は傷つけたくないんだよ」
「薄ら笑いを浮かべて言うセリフではありません」
 アリサがぐっと腰を落とし、右拳を少し前に出す。だが、青年はまだ両腕を拘束されたままだ。
 その様子を見守っていた秋五は、ポケットに忍ばせている発煙玉に指を触れさせる。いつでも取り出せるように、だ。
 アリサが不利なのは、こうして直に目にすればはっきりわかる。
 余裕の態度の青年に比べ、アリサは落ち着いてはいるものの、余裕はなさそうだ。
(まさかと思いますが、こんなところで戦うつもりでは……)
 いくら夜とはいえ、人目がある。だがどちらもそんなことに構うつもりはなさそうだ。
 気づけば、秋五の目の前に青年が一気に移動していた。あっという間に距離を詰められている。
 秋五が一息吐いた直後、鈍い音と、自分の体に凄い力が加わったのはわかった。
 アリサが秋五を脇に抱え、敵の攻撃から退いたのだ。鈍い音は秋五の立っていた地面が、青年の振り下ろしたかかとによって破壊された音だった。
 青年は笑う。
「まぁこれくらいは余裕で避けれるか。ハハっ」
 なぜ、笑っているのか。秋五にはわからない。咄嗟にポケットから発煙玉を取り出し、投げた。
「アリサ、逃げましょう!」
 煙を発する際、アリサは秋五の声に従ってその場から飛び上がった。軽く建物の壁に足をつけ、一気に屋上まであがる。
 どこかの屋上に着地するや、アリサは一目散に背を向けて走り出した。



「アリサ、契約を破棄しましょう」
「え?」
 彼女はこちらを不思議そうに見る。秋五を抱えて建物の屋上を疾駆する彼女は、それでも足は止めない。
「状況はこちらに不利です。私がアリサの足手まといになっているのは明らかですから」
「破棄……」
 彼女は葛藤するような色を瞳に浮かべる。
 今の状況を覆す方法の一つとして、契約破棄も手だ。
「アリサは足枷をなくすと思えばいい」
「…………」
 戸惑うような表情をするアリサは、眉をひそめた。
「これからも己の使命のために生きるのなら、契約者くらい犠牲にしてでも生き続けろ!」
 秋五の言葉にアリサは動きを止めた。
 突然の停止に秋五は体に衝撃がきて、思わず咳き込む。
 アリサは、その場に棒立ちになった。
「使命……」
 小さく呟き、吹き付ける風に髪をなびかせた。
「使命などでは、ありません……」
 そんなものでは……。
 アリサは低く笑う。
「ワタシたちが戦うのは、敵と戦うのは、使命ではありませんよミスター。
 人間が栄養を摂取し、呼吸をするのと同じように……それが『当たり前』なんです」
 秋五を彼女はどさっと落とした。降ろした、のではない。抱えていた手から力を抜いたのだ。
「それに、ワタシは『今までの契約者全て』を犠牲にしてきました。今さら、あなたに言われるまでもありません。
 でも……そうですね。あなたには迷惑をかけてばかりですから……」
「アリサ……」
「あなたがそうしろと言うのならば、ワタシは従うまで。ワタシはあなたのダイスなのですから。
 わかりました。この状況を打開するために、破棄もやむを得ないと考えます」
「そうそう。だったら素直に破棄しちまえよ」
 声が。
 した。
 屋上のフェンスに腰掛ける少女の横に立つ、青年のダイスからのものだ。
 追いつかれた。
 秋五は驚くしかない。これほどまでアリサとの差があるのだ。これではどうあっても勝てない。
「追いついたらさっさと壊しちまおうと思ったんだが……いやいや、なかなか立派なご主人サマじゃねぇか。
 自分から契約破棄だなんて、見上げた根性だ」
 肩をすくめる青年は笑っていた。
「殊勝なことじゃねぇの。足手まといになりたくないってのはわかるぜ、うん」
「そうね。いいところもあるじゃないの。見直した。ただのオッサンじゃなかったのね」
 少女が薄い笑みを浮かべる。どうやらこの少女が、青年ダイスの主らしい。
 アリサが構え、秋五を庇うようにした。
 青年はタン、とフェンスの前に着地する。ばさっと長い髪が足元に広がった。
「おいおい。勝てるわけねぇだろ? だから逃げたんだろ?」
「…………」
 睨み付けるアリサを、秋五は見上げた。
 青年は静かに言う。
「契約破棄したほうがいいだろ。おまえにとって、そこに転がってる主は足手まといなんだからさ」
「それは我が主が決めること。おまえが決めることではありません」
「おまえをそんなに弱らせた主をまだ庇うのか……。頑固だねぇ。普段通りだったら、オレと互角に戦えるはずなのにな」
 青年の言葉で合点がいく。アリサの言った「落ち度」とは、彼女が弱っていることにあるらしい。そしてその原因は、自分にあるのだ、おそらく。
「おまえさんの主は、もうわかってるだろ。勝つためにはそれしかないってのがさ。
 あぁ、もう一つあったな。素直に本を渡せばいい。そうすりゃ、ここは見逃してやってもいいぜ」
 ちら、と彼は秋五に視線を走らせた。
「おっと…………本を持ってきていないな? 用心深いのか、それとも間抜けか……」
 彼はくすくす笑う。状況を楽しむ、笑い方だ。
「本を渡せば、ってのはナシだ。
 さぁて、どうすんだ? ここでオレがそこのダイスをぶちのめすのを見るか、本を取ってくるか……。それとも、契約を破棄して起死回生のチャンスを得るか。
 まぁ方法は色々あるから、いーんだけど」
「タギ、遊ぶのはほどほどにしなよ。
 あたしはいーけど、そっちで転がってるオジさんは、しんどいだろうし」
 うふふっと少女は笑った。
 金髪の少女は意地の悪い笑みのまま、秋五を真っ直ぐに見ている。見逃す気はない、ということだ。
「本のある場所を教えてくれてもいいわよ?
 そうそう。契約を破棄なんてしなくても、そうしてあたしたちに本を渡せばいいのよ。そこの弱ったダイス、あたしが面倒みてあげるから」
「……なぜこんな回りくどいことをするんですか」
「あら。そんなの簡単よ。あたしたちはね、なるべく穏便に済まそうとしてんの。平和的解決ってやつよ。
 ダイスの破壊力は知ってるでしょ。素直に従ってくれるならこっちもそれ相応の対応をしてやるって言ってんの。ありがたく思いなさいよ」
 偉そうに言う少女は秋五を見下ろしたまま、言う。
「さあどうするの。あんたがどういう行動に出るか、待ってあげるわ。もしかしたら、ピンチがチャンスになるかもね」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6184/高ヶ崎・秋五(たかがさき・しゅうご)/男/28/情報屋と探索屋】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、高ヶ崎様。ライターのともやいずみです。
 逃げられそうにないようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。