コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―sapte―



「敵です」
 いつもと同じ無表情のアリサを真摯に見て、黒榊魅月姫は頷いた。
「わかりました。勝利の報を待っています」
 魅月姫の言葉に、アリサはしばし無言でいたが、頷き返す。
 それに対し、魅月姫は微笑んだ。
「戻ってきた時に、先の戦いで何があったかを教えてください」
「…………」
 アリサは応えず、すぐさま家の外に飛び出し、そのまま軽やかに屋根を踏み台にして去っていく。
(今の私にはなんの力もありませんから……)
 アリサが去った方向を見て、魅月姫はそう思う。
 敵を前にしても、アリサの後ろで見ているだけしかできない。ならば、ここに居たほうがいいだろう。
 もしもの際に身を護るすべもないのでは、アリサの足を引っ張るだけだ。
(アリサはきっと勝って戻ってきます)
 ダイス・バイブルを手に持ち、魅月姫はアリサの勝利を信じる。
 ふいにそこで、可笑しくなって笑いを洩らす。
(私が『信じる』だなんて……)
 アリサと契約する前の自分では、そんなこと、思いもしなかっただろう。
 紅色の表紙の本を見る。
「……あなたは知っているのでしょう?」
 ぽつりと、呟いた。
「アリサに何があったのですか……?」
 だが、ダイス・バイブルは沈黙したままだ。
 ――やはり、応えてはくれないのか。
 その時、甲高いチャイムの音が、鳴り響いた。
 インターホン越しに魅月姫は尋ねる。
「はい。どちらさまですか?」
<こんなところで何してんの、あんた>
「……?」
<ダイスが戦ってるってのに暢気でいいことね>
 ダイスという言葉に魅月姫は体に力が入る。
 ダイス・バイブルやダイスのことは、他人には喋ることができなくなっているのだ。それなのに、なぜ。
(何者……?)
<まあいいわ。本を貰いに来たのよネ。持って出てきてくれる? そうしてくれないとさー、実力行使になっちゃうけど>
 ダイス・バイブルのことまで知っているとは……一体何者なのだ、本当に。
 魅月姫は返答に困る。本を持って出て来いと言われて、バカ正直に出て行くのもどうかと思うが……。
(もしも踏み込まれたら……私は今、なんの力もないですから……)
<出てこないつもりなら、こっちから行くわよ>
 脅しでもなんでもない。ただ、本当のことしか言っていない少女の声だった。
「……出ます。少しお待ちください」
 手にはしっかりと本を持っている。



 敵のもとへと向かうアリサは、軽々と跳躍していきながらふと思う。
 この前戦ったあのダイスたちは、居るだろうか?
「む……」
 夜風に吹かれながら駆けていくアリサは、足を止める。
「…………」
 気配が、消失した。
「――っ!」
 やられた。また、だ。
 瞼を閉じ、アリサは探る。
(……まだ離れていないはず。やはりまだこの街にいたんですね)
 ゆっくりと開いたアリサの瞳は、薄く輝いていた。
(ワタシを逃がす気はないでしょう……。だとすれば、狙うのは――本!)
 きびすを返し、アリサは来た道に引き返した。
(本の所在地を知られているということか……もしくは、ミスの居所を突き止めたということですね)
 ああ、でもそれは、納得だ。
(あの主は徹底的にやるでしょうし……)
 おそらく、自分の状況も話してしまうだろう。厄介な。
 アリサは舌打ちした。
(間に合えばいいですが)
 だが間に合ってどうする? 戦うことになった時、自分はおそらく勝てはしないだろう。



 決意して外に出た魅月姫を待っていたのは、髪を金色に染めた、じゃらじゃらとアクセサリーをつけた娘だった。年齢は16か7くらいだ。
 派手な娘ですねと観察した魅月姫に向けて、彼女は薄く笑った。
「ハジメマシテ。じゃ、早速だけど本を譲り受けに来たわ。何事も穏便にしたほうがいいと思って」
「……あなたは何者ですか」
「あらら。聞いてないの?
 あたしはダイス・タギの主よ」
「ダイス……?」
「そ。
 やっぱなーんにも知らないのね。見たところ……」
 と、彼女は魅月姫を上から下までじろじろ見てくる。
「本とのシンクロもほとんどできてないみたいだし……。うっわ、あのダイス、カワイソー」
「? 意味がわかりませんが」
「……つか、なにそんな堂々としてんの? ちょっとは怯みなさいよ。役立たずの主のくせに」
 少女は顔を歪め、辛辣に言ってきた。どうやら魅月姫のことが気に食わないようだ。
 魅月姫は落ち着いて彼女を見つめる。
「こちらにもわかるように話してもらわないと、意味がわかりません」
「………………あー、なるほど。ふんふん。アンタ、人間じゃないのね。ナルホド」
 彼女はやっと納得したように何度も頷き、ケラケラと笑う。
「あんたは、あたしを見下してるもの。自分より弱っちぃと思ってるのね。うぅん、それって、まさに本能ってやつ。あんたにその気はなくても、あんたはそうやって生きてきたから、それが当たり前でわかんないのね。
 確かにあたしはニンゲンだから、とっても弱くてとってもバカ。見下されてトーゼンかぁ」
 彼女はふいに無表情になる。
「まさかと思うけど、今みたいな調子でダイスと会ったわけ? あんたのダイス、頭悪いの? あんたみたいなのと契約するなんてさ」
「アリサを知っているのですか」
「知ってるも何も、二ヶ月前にあの子をズタズタにしたのはあたしと、あたしのダイスだもん」
 肩をすくめる少女に、魅月姫は少し目を見開く。
 二ヶ月前、アリサが苦戦したような様子で戻って来た。あの原因が……目の前にいるこの少女?
「あなたが……? アリサをあんな姿に?」
「あれは警告よ。見逃すのは一回だけっていうね。
 本とシンクロできてないって不憫なものね……。タギ」
 小さく呼ぶ。
 その声に応じて彼女の前に本が出現し、そこから青年が吐き出された。
 長い黒髪は地面につくほど。漆黒の拘束衣によって、両腕が縛られている。珍妙な褐色の肌の男だ。
「彼があたしのダイス。我が武器。我が兵器。我が同志。
 あんたはなんのために戦うの? なぜダイスと契約するの。その意味をわかっていないくせに……あたしたちの絶望や、怒りや、悲しみを知らないくせに」
 憎むように、少女は洩らす。
「何も捨てられないヤツがダイスと契約するなど……おこがましい……!」
「……マチ、落ち着け。この女はわかっちゃいないのさ。自分のダイスがどんな状況か」
 青年がそっと少女に声をかける。彼女は数秒ほど沈黙し、それから薄笑いを浮かべた。
「そうよね。知ってたらこんなとこにいないわ。
 大人しく本を渡しなさい。そうすれば悪いようにはしない。命もとらない」
「……突然来てそんなことを言われて、従うと思いますか?」
 凛として言う魅月姫に彼女は……マチは、不愉快そうな色を浮かべる。
「あんたなんてすぐ殺せんのよ……?」
「まぁまぁ。
 なぁお嬢さん、ちょっとオレらの話も聞いてくれっかな?」
 青年のほうが軽く話し掛けてきた。どうやら少女のほうがかなり短気らしい。
 魅月姫が頷くと、彼はふっと笑う。
「オレはダイス。あんたの契約してるあの女と同じ存在だ。でもって、あんたと契約してるあのダイスがさ、かな〜り弱ってる状態にあるんだが、あんたは気づいてないだろ?
 で、オレらとしちゃぁ、あんたに本を渡して欲しいわけだ。あのまま弱らせておくわけにはいかねーし、あんたとしてもいつまでもシンクロできない本と在ってもしょうがねーだろ?」
「アリサが弱っている……?」
 そんな様子はなかった。驚く魅月姫に、タギは哀れそうな表情をする。
「まぁパッと見た感じじゃわかりゃしねーよ。オレがダイスだからわかるってだけで。
 オレたちとしちゃあムダな戦いはしたくないんだ。本を譲ってくれたらあんたの命まではとらない」
「……それを信用しろと言うのですか」
 突然現れてそれを信用しろというのは無理な話だ。
 主のほうが腕組みして言う。
「信じるも信じないもあんたの勝手。あたしたちは本を貰いに来ただけなの。
 安心なさい。あんたのところに居るよりも、あたしのところへ来たほうがきっとあのダイスにとっても、いいと思うの」
「…………」
「渡す気がないなら、それでもいいけど。こっちは平和に話し合いに来ただけなの」
 ちら、と魅月姫が青年のほうを見る。
「話し合いだけなら、ダイスが居る必要はないと思いますが」
「バカねぇ。主はダイスと一つなの。半身に居てもらって何が悪いのよ。
 …………正直、こんな申し出したくないのよね。あたし、あんたみたいなタイプ、大嫌いだから」
「………………」
「でも、あんたのダイスがカワイソーだから、あまりにも」
 可哀想、という言葉に魅月姫は少し、考えてしまう。
 アリサの助けに、自分は一度もなっていない。けれども、彼女は一度も契約を破棄しようとはしなかった。
「アリサは、弱っていることなど一言も言っていません」
「そりゃ言わないデショ。言ってもどうにもならないんだから」
「……………………」
 少女の言葉は、魅月姫の、ヒトではないココロを軽く抉った。
 言ってもどうにもならない。
 それは、きっと間違ってはいないだろう。自分はアリサの役に立った試しがないのだから。
 彼女が魅月姫を頼らなかったせいもある。いや……頼ってもムダだとわかっていたのかもしれない。
「こんなところで暢気にダイスの帰りを待っているようじゃね……」
「私は、アリサを信じているだけです」
「……ニンゲンみたいなこと言うのやめてよね。気色悪い」
 心底不快そうにしながら、少女は言い放った。
「あんたらみたいな連中に、何がわかんのよ!? ダイスと、あたしたちの苦労の何が!」
「マチ、落ち着け」
 青年が少女の肩を押さえつける。少女は唇を噛み締めた。彼女は深呼吸をする。
「あんたのダイスがどんなことを考えていたのか知らないけど、主として、あの子のこと考えてあげたら?
 あたしたちに本を譲ったほうが、いいわ。それがあんたにできる、最後の仕事だと、あたしは思うけど?」
 魅月姫は手に持つ本を見つめた。
 彼らは決して「悪」ではない。力ずくで奪おうとはしていない、今のところは。
(どうすれば……)



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【4682/黒榊・魅月姫(くろさかき・みづき)/女/999/吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、黒榊様。ライターのともやいずみです。
 相手は待ち構えず、家のほうにやって来ました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。