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<WhiteChristmas・聖なる夜の物語>


おじさん、泣かないで!

きらびやかに飾り立てた街の中心で辺りを憚らず号泣している男がいた。
「……何だあ?」
そそくさと足を速める人々に混じり、仁薙隼人もまた例に漏れず眉をひそめた。
(ま、俺には関係ないか)
視線を外しポケットに手を突っ込むと携帯を握り締めて感触を確かめる。
先程から何度この動作をしたか分からない。
時間まではまだあと1時間以上あるがそろそろ待ち合わせ場所に向かってもいいだろう。
無意識に緩みそうになる顔を無理矢理引き締め、仁薙はふと顔を上げ――
「ねえ、そこのひまそーなおじさんっ!」
「……?」
いつのまにか目の前に立っていたのは、赤いサンタドレスもかわいらしい少女だった。
自慢ではないが仁薙はかなり大柄な体格である。おまけに顔も厳つく声をかけやすい雰囲気とは言い難い。
すれ違った赤ん坊と目が合った瞬間大泣きされたのはしょっぱい思い出だ。
だが少女は微塵も怯えた様子を見せず、あろうことか真っ直ぐ仁薙を指差すと微笑んでみせた。
「そうそう、あんた。ね、暇ですよね!?」
「は?」
「いいってそんな、別にせっかくのクリスマスに一人ぼっちでかわいそうなんて全然思ってないし!」
「ああ!?いきなり何なんだてめえ!」
見ると少女の背後には、さっきまで泣いてたはずのオヤジがいた。
猛烈に嫌な予感がする。
反射的に後ずさるが、少女に腕を掴まれる方が早かった。
「暇ならちょっと手伝って下さいよっ!お願い!さっきからわんわん泣いておじさん可哀想でしょ?ね!?」
「暇じゃねえーっつの!離せ!!」
「そんな嘘ばっかりー。あ、あたしエファナ。ね、ちょっとでいいですから!」
「断る!俺はこれから約束があんだよっ!!」
「でもこっちも大変なんです!」
「知るか!俺だって一大事なんだ!他当たれ!」
「ええー!」
眼光鋭く睨みつけるも、少女はまったく気にした様子もなく尚も食い下がる。
そこで唐突に仁薙の携帯が震動した。慌てて携帯を取り出して確認する。
メールだ。
開いてメールボックスを確認すると、そこには――
「……マジかよ……」
「え、何!?急にどしたの!?」
仁薙はがっくりと肩を落とす。
メールにあったのは、今まさに会いに行こうとしていた腐れ縁からの、あまりにもそっけないお断りの文面だった。



***



「……んだって!一緒に来てくれますよね!」
「ああ?」
「ちょっと、聞いてるんですか!?」
眉を吊り上げるエファナに迫力はまったくない。
仁薙は面倒そうに、問題のオヤジへ視線を移した。
当の本人はエファナの背後で小さくなっている。
「何で俺が、そいつン家まで行かなきゃならねえんだよ」
「だから指輪探しに行くって言ったじゃないですか!」
「え、エファナさんもうその辺で……」
そこで始めて口をきいた男に仁薙はじろと険悪な視線を向けた。
「指輪ァ?」
「は、はひっ!」
「ちょっと!もっと優しく!」
「あーうるせうるせ。告白ならさっさと行きゃいいだろ。俺が知るか」
「プロポーズなのに指輪無いなんて絶対駄目!だから探さなきゃ!」
エファナはぐっと拳を握る。
「あっそ。じゃー二人で探せや」
「待ち合わせまであと四時間しかないんですよ!?ねえ、暇なんでしょ?協力して下さい!」
「好きで暇になったわけじゃねえよ!」
――簡単にまとめるとつまりはこういうことらしい。
この男には恋人がいて、今日プロポーズをする予定だ。
ところが肝心の指輪を失くしてしまい、いくら探しても見つからず人生に絶望して号泣。
かわいそうなので一緒に指輪を探してあげよう、というのがエファナの主張だった。
「つーかよ、てめえも泣いてる暇あったら探せや!」
「さ、探しました!今日なんか朝からずっと…っ!でも見つからないんです!」
四十を半ばも過ぎたであろうオヤジが体をくねらせる様は、気色が悪かった。
「ね、もう時間ないの!おじさんお願いっ!」
「お願いします!」
「…………」
サンタドレスの少女と情けない格好のオヤジ二人に同時に頭を下げられ、仁薙は思わず天を仰ぐ。
今日は散々だ。
クリスマスを一緒に過ごしたい奴がいたのだ。
なのに直前でドタキャンされるわ、訳の分からない連中に絡まれるわ。
もう帰って寝てしまおう。何もこんな寒空の中こいつらに付き合ってやることはない……
「…………仁薙隼人」
「え?」
「仁薙隼人だ」
「!やったぁ、良かったねおじさん!」
「はい!ありがとうエファナさんっ!」
自分の人の好さに涙が出そうだった。
仁薙は何度目になるかも分からぬ溜息を吐く。
そんな様子に構う素振りも見せず、エファナとむさいオヤジ(名前は聞いたが忘れた)はさっさと歩き出していた。
「じゃあ早速探そう!よろしくね、仁ちゃん!」
「略すな!!!!」



***



「指輪は小さい箱に入っているんです。キレイにラッピングもしてもらったんですけど」
「いつから見てないの?」
「それが……昨日お店で買った時には確かに……」
「うーん、どっかに置いて忘れちゃったのかな」
幸い男の家はすぐ近くだった。
待ち合わせは午後7時。今は何だかんだでもう4時近い。
いかにも独身男の部屋といった具合の散らかったワンルームを見回して、仁薙は口を開いた。
「箱の色と、リボンの色は?」
「え?えーっと……多分白の包装紙に、金のリボンだったかと」
「……多分?」
「い、いやっ絶対そうです!!」
「もー仁ちゃんはおじさん脅かさない!ほら早く探そっ!」
言うなりエファナは適当に辺りを引っ繰り返し始めた。
エファナが物を引っ繰り返すたびにほこりが舞い上がる。
仁薙はやる気無く辺りを漁りながら思考を巡らせた。
「ちょっと、仁ちゃんもちゃんと探してよ!」
「仁薙さん、すみません……でも、彼女が好きなんです。だからあれが無いと!ぷ、プロポーズがっ!」
「あー分かった分かった!いいから探せ!時間ねえんだろ!」
聞いているほうが恥ずかしくなる。邪険に話を遮って、仁薙はふと手を止めた。
はにかんで笑う男――どう見ても可愛くはないが、仁薙にはその気持ちが少しだけ分かる気がするのだ。
脳裏にちらついた顔に、少しだけ苦笑いをした。



***



「うええー……見つからないぃ〜」
ぐったりと肩を落としたのはエファナが最初だった。
あれから手分けして家中を引っ繰り返しているのだが、出てくるのはゴミばかりで指輪など影も形もない。
「もー、どこ行っちゃったんだろ?」
「……てめえ、マジで家にあるんだろうな?」
「そ、そのはずなんですが……中央通りで買ってすぐに戻ったので」
段々慣れてきたのか、仁薙が声に凄みを聞かせても男は既に怯えなくなっていた。
「オイ、待ち合わせまであと何時間だ」
「あっ!ど、どどうしましょう!?もう出ないと!!」
「ええっ!?」
気付けば待ち合わせまで一時間を切っていた。
途端に半泣きになるエファナと親父に、仁薙は頭を抱えたくなるのをぐっと堪えて声をあげる。
「おっさん!てめえは着替えろ!んで待ち合わせ場所に行け」
「で、でででもゆび、ゆびわ」
「この寒い中恋人待たせる気か、ああ!?」
「そっ…、そうだよ!ほら早く支度支度!」
我に返ったエファナに急かされてわたわたと準備を始める男を見もせず、仁薙は思考を巡らせる。
これだけ探して見つからないとなると、考えられる可能性はそう多くはない。
「これで完璧!急いで!」
「で、でも……」
髪はぼさぼさで目も腫れている。
とても完璧とはいえない格好だったが、着替えてヒゲを剃ればそれなりに体裁は整うものらしい。
「指輪が、あれがないと」
「だから、泣くんじゃねえ!大体な、いつ誰が指輪がなきゃプロポーズ禁止なんて決めたんだ!」
「え?」
「指輪がなきゃ今度一緒に買いに行きゃいいだろ。それより他に、もっと伝えたいことがあるんじゃねえのか」
「そんな、指輪がないとダメだよっ!彼女さんだって指輪が一番欲しいに決まって……!」
「ンなわけあるか。間違えんな」
「へ?」
目を白黒させるエファナは無視して、仁薙は続けた。
「おい、よーく考えろ。てめえの大事な彼女が本当に欲しいものは何だ」
「…………」
「わかんねえようならてめえにプロポーズする権利なんざねえよ」
言い捨てると、仁薙はそのまま背を向ける。
「あっ、ちょっと!仁ちゃんっ!」
追いかけるエファナの声は、後ろ手で閉じたドアにぶつかった。


「さてと、」
買い物袋を持ち直すような気軽さで、仁薙はひょいと腕を振る。
途端、大気が歪んだ。何もないはずの空間がぐにゃりと変質する。景色が混ざり濁っていく。
道端に転がっていなければ、あとは交番を当たるか、もしくは……
「あそこ、だな」

不敵な笑みを浮かべて仁薙が歪みに身を滑らせるのと、慌てた様子でエファナが追いついたのは同時だった。
「仁ちゃん待って!どこ行くの……って、あれ?」
見回してもその場にいるのはエファナだけである。
「おかしいなあ……絶対こっちに来たはずなのに!もう、どこ行っちゃったのよう……」
肩を落としたエファナの声は、虚空へ溶けて消えた。



***



夜の公園の一角で、唐突に空間が歪んだ。
かと思えば次の瞬間、そこには闇から浮かび上がるように人影が出現している。
仁薙隼人はコキコキと肩を鳴らしながら辺りを見回した。
既に約束の時間はとうに過ぎている。この辺りにいるはずだが――
「どこ行ってたの!?」
「ぉわっ」
ぐいと暗がりへと腕を引かれる。そこにいたのは眉を吊り上げたエファナだった。
「しーっ。ほら、あそこ」
見るとそこには男と、一人の女性の姿がある。
もしかしなくとも、プロポーズの真っ最中だったらしい。
「もう、急にどっか行かないでよ。びっくりするじゃない」
「あー、ちょっとな。ほれ」
「え?……って、これっ!」
仁薙が事も無げに放ったのは、白いラッピングに金のリボンが映える小振りの箱である。
「嘘っ、どこにあったの!?」
「店に」
「……え?」
「あの野郎、店に忘れてったんだとよ」
あれから仁薙はすぐに中央通りへと向かった。
婚約指輪を扱っているような立派なジュエリーショップなどそう多くはない。
しらみつぶしに店を回り、五軒目でようやく探し当てたのである。
人相を説明すると店員はすぐに指輪を持ってきてくれた。店側でも扱いに困っていたらしい。
「ふーん……仁ちゃん、あんなこと言っといて探しに行ってたんだ?」
「たまたまだ」
「でもよく間に合ったよね?結構距離あるのに」
「俺は足がはえーんだよ」
目の前では男が何やら熱く語っている。どうやら仁薙の言いたいことはちゃんと伝わったらしかった。
となるとあとやることはただ一つだ。
「指輪、どうやって渡そっか」
「投げればいいんじゃね?」
「ええ!?だ、ダメだよそんなの!」
自然と顔に笑みが敷かれる。
(どうしたもんかね)
唐突に、仁薙の携帯がブルブルと存在を主張した。
「はいはいっ……て…」
そこにあったのは見慣れた名前。
「仁ちゃん?どしたの、良い知らせ?」
「ああ、……まあな」
今宵はクリスマス。
聖夜っていうのもそう捨てたもんじゃないなと、仁薙は笑みを深めたのだった。




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◆登場人物
7315 / 仁薙隼人様 / 男性 / 25歳 / 傭兵


◆ライター通信

初めまして、ライターの蒼牙大樹と申します。
この度はクリスマス企画にご参加頂きましてありがとうございました。
あまりにも色気の無いクリスマスになってしまいましたが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
エファナちゃんとのやり取りなど、とても楽しく書かせて頂きました。
僭越ながら、仁薙様の恋路を心より応援させて頂きたく思います。
仁薙様の特殊能力使用OKとのことでしたので、お言葉に甘えて活用させて頂きました。
ありがとうございました!
またお会い出来ることを祈っております。

蒼牙大樹

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