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<WhiteChristmas・聖なる夜の物語>


プチ悪風邪から救い出せ!



 金色の短い髪を振り乱しながら熱弁するエファナに、鷺染 詠二は1歩後退ると困ったなと言いたげに微笑み、首の後ろに手を当てた。
「あのさ、悪いんだけどもう1回最初から説明してくれるかな?」
 なるべく相手を興奮させないようにと優しい口調で言う詠二だったが、エファナは薄ピンク色の頬を赤く染めるとスカートのポケットから3枚の写真を取り出して詠二に差し出した。
 1枚目の写真には、白いヒゲに赤い帽子、温和そうな笑みを浮かべたサンタが写っている。次の写真には高校生くらいの茶髪の女の子が、サンタと同じ赤い帽子を被って写っている。3枚目の写真には、キリリとした表情のトナカイが写っている。
「この3人がね、プチ悪風邪になっちゃって、大変なの!」
「‥‥プチ悪風邪の意味が分からないんデスケド」
「プチ悪風邪はね、サンタの中でしか流行しない風邪なの。症状は、プチ悪の名前通り、ほんのすこーし悪くなっちゃうの。でもね、このまま放っておいて風邪をこじらせると悪サンタになっちゃうの!悪サンタになっちゃうと、子供からプレゼントを奪い取ったり、夢を壊したり、やりたい放題になっちゃうの!」
 よく分からないが、悪サンタになってしまうと大変なことだけは分かった。
「この3人が発病したのがいつなのか正確にはわからないんだけど、今時のサンタはプチ悪ゴシックにキメないと!って言って、赤と黒のゴシックパンクな衣装を勝手に作って‥‥」
 サンタがプチ悪ゴシックにキメる意味が分からない。
「子供にあげるプレゼントの中身も勝手に変更して、クマのお人形をプチキモ血みどろクマさんにしたり、ウサギのお人形だって、今時人参なんて食ってられませんよ血みどろウサギにしたり、とにかく大変なの!」
「‥‥子供に血みどろって、クリスマスから恐怖をプレゼントしてどうするのさ」
「でもね、よく見ると可愛いんだよ、血みどろシリーズ」
 シリーズ化しているのかと言うか、エファナが隠れファンみたいで少し怖い。
「夜空は俺たちのものだぜ!って言って、サンタ暴走族になってるし‥‥」
「もはや既にプチ悪でもなんでもないよ!立派に悪いじゃないか!」
「‥‥症状が進行する前に止めないと、3人が悪サンタと悪トナカイになっちゃうの!」
「どうすれば止められるの?」
 風邪と言いつつ、薬で治せるようなものではなさそうだ。
「サンタとトナカイを捕まえて、彼らが憧れている事をしてあげれば良いの」
「憧れていること?」
 エファナがスカートのポケットから折りたたまれた紙を取り出す。
「まず、サンタさんは‥‥プレゼントなんてなくても、サンタさんが来てくれるだけで嬉しいんだって言ってもらう事」
「‥‥プレゼント持ってないサンタさんなんて、いつの間にか部屋に入ってくる赤い服着たおじいさんじゃん」
 何だか犯罪ちっくな言い回しだ。
「サンタちゃんは、君が来てくれるだけで場が華やぐよ、プレゼントは君だけで十分だと男の人にチヤホヤされたい、サンタちゃん可愛い、私たちのアイドルよ!と、女の人にチヤホヤされたい」
「‥‥何の願望だよ!」
「最後にトナカイさんは‥‥」
 エファナの表情が途端に暗くなり、ウルリと大きな青い瞳が潤む。
「ずっとソリを引っ張り続けていなくても良いんだよ、たまには休んでも良いんだよ、サンタさんだけじゃなく君だって輝いているさ、1回くらいはソリに乗っても良いんじゃないかな?って、言われたい‥‥」
 何だか切実すぎて泣けてくる。
「まずは3人を捕まえないと‥‥‥。他のサンタにうつって大流行しちゃったら大変だわ」
「捕まえるって言っても、暴走サンタを止めるのは至難の業だよ。大前提として空が飛べないとダメなわけだし」
「それは大丈夫!背中にくっつけるだけの天使と悪魔の羽を貰って来たから」
 純白の綺麗な羽と、漆黒に染まった羽が詠二の目の前に差し出される。
「天使の羽は、装着者の思い通りに動かせるけれど、スピードがあまり出ないの。悪魔の羽は、悪い事を敏感に察知するシステムが組み込まれているから、装着者の半径500m以内で悪事が働かれた場合、それに引きずられて勝手に飛んで行っちゃうの。ただ、スピードは天使の羽なんか比べ物にならないくらい出るわ」
「両方を装着することは出来ないんだよね?」
「勿論よ。それに、一度装着したら明日になるまで取れないわ」
「‥‥取れないわって、簡単に言わないでくれるかな‥‥」
 まるで呪いのアイテムだと思ったが、そこは言わないでおいた。
「3人を捕まえて、プレゼントを回収して新しいのを配りなおして、風邪を治して‥‥」
「プレゼントの回収、配りなおしもやるの!?」
「お願いします!」
 ペコリと下げられた頭を見ながら、誰でも良いから目に付いた人を全員引っ張って来れば良いかと、詠二は半ば自暴自棄気味に考えていた。



☆ ★ ☆



 今にも雪が降ってきそうな曇天の空の下、仁薙・隼人は吹いた北風に目を細めた。
 黒のワイシャツに薄手のジャケットを羽織っただけの彼は見るからに寒そうだったが、鍛え上げられた筋肉は多少の寒さでは震え上がらなかった。
 ――― クリスマス、か‥‥‥
 街を彩るクリスマスカラー。街路樹に施された電飾は賑やかで、夜になれば七色に輝くのだろう。
 クリスマスソングが小さくかかった繁華街、チラホラ見えるカップルを横目で見つつ、隼人は先ほどから後ろをつけてきている存在に緊張していた。
 振り返っていないのでどんな奴なのかは分からないが、2人――― 身長は、1人はやや高く、1人は低い。おそらく、男と女だ。どちらも身長から考えれば体重は軽い方で、細身。
 気配を殺しているつもりなのだろうが、バレバレだった。
 ――― 振り向いて確かめるか、それとも‥‥‥
 彼らが身に纏っている雰囲気は、常人のソレとは大分違う。何かしらの能力を持った者、それもかなりの力を持っている‥‥‥うかつに動いたら危険だ。
 相手の能力が未知数な場合、こちらから打って出るのは愚策だ。
 ――― ただ、なぁ‥‥‥
 殺気のようなものはまったく感じられない。それがまた、恐ろしくもあった。
 心に渦巻く殺気を押し殺せるほどの精神力の持ち主は、大概凄まじく強い。
 ――― どうすっかなぁ‥‥‥
 このまま妙な尾行ごっこに付き合うつもりは毛頭ない。隼人はショーウィンドウを見る振りをして、背後に神経を集中させた。
 雑踏の中から、音をより分ける。車のクラクション、明るいクリスマスソング、カップル達の甘い囁き――― そして‥‥‥
「どうして私が行かなくちゃならないんですか!お兄さんが受けた依頼でしょう!?」
「だってさぁ、明らかに怖いじゃん!そっちの人だよ、絶対!」
「絶対って、決め付けるのは‥‥‥」
「ヤのつく職業の人は、子供と動物と女性には優しいのが常だから!」
「だからって、どうして‥‥‥」
「きっと大丈夫だって!だって、何かファンシーショップ見てるし!きっと、可愛いもの大好きな温厚な人なんだよ!」
「そんなこと言うんでしたら、ご自分で行かれたらどうなんです!?」
 目の前のショーウィンドウに目を移す。つぶらなウサギのぬいぐるみと目が合い、隼人はグルンと背後を向くと、壁際からこちらをうかがっている少年少女を見つけた。
 紫色の瞳をした整った顔立ちの少年と、銀色の髪をした美しい顔立ちの少女の元までズンズンと歩き―――
「てめぇら、俺に何の用だ?」
 ドスをきかせる。特に意識したことではなかったが‥‥少年がビクンと飛び跳ね、オロオロと視線を左右に振る。
 冷や汗をかく少年の隣、銀色の髪の少女は隼人に臆することなく近付くと、フワリと可愛らしい微笑を浮かべた。
 そして―――――
「天使になってみませんか?」
 純粋無垢な瞳で、意味不明の事を口走った。
 ‥‥‥隼人はここ数年したことのないような間の抜けた顔――― ポカンと口を開き、目が点になっていた ―――をすると、数秒間その顔のまま固まったのだった。



★ ☆ ★



 エファナから事情を聞いた一同 ――― 仁薙・隼人、桐生・暁、シュライン・エマ、草間・武彦、鷺染・詠二、笹貝・メグルの合計6人 ――― は、暫し黙り込むと、互いにチラリと視線を合わせた。
「俺は別に良いけど。メグルちゃんと詠二の頼みだし」
 眩しいほどに綺麗な金色の髪に、紅の瞳。暁はそう言うと、ふっとメグルと詠二に微笑みかけた。
「そうね、私も受けるわ。‥‥ウチに来た依頼だしね」
 黒髪のクールビューティーは、青色の瞳を細めると頷いた。
「ふん、面白そうじゃねぇか。俺も参加するぜ?」
 見た目はどう見てもヤのつくご職業に就いていそうな隼人は、豪快にニカっと笑った。
 その笑顔の先にはメグルがおり‥‥‥武彦の顔が不安に染まる。
 一応言っておくが、隼人は見た目こそアレだが、中身はいたって優しい(?)青年である。
 ‥‥クエスチョンマークが見えた人がいたかもしれないが、それはクリスマスの幻、目の錯覚だ。
「それじゃぁ、天使の羽か悪魔の羽か選んで?」
 持っていた白い大きな袋の中から、エファナが羽を取り出す。
 蛍光灯の光りを鋭く弾き返す純白と、光りを全て吸収する漆黒だ。
「‥‥悪魔の羽には心惹かれるけど、再配布の作業もあるし‥‥こっちにするわね」
 シュラインが天使の羽に手を触れれば、真っ白なそれはひとりでに宙を羽ばたき、シュラインの背についた。
「あ、良いねシュラインさん。キレー!」
 暁がにっこりと微笑み、自身も白い羽を背につける。
「隼人さんはどうします?」
 メグルの問いに、隼人は「分かってるだろ?」とでも言いたげに口の端を上げた。
「ホラ、俺、天使ってガラじゃねぇじゃん?」
「確かに‥‥」
 反射的に頷いた詠二にガンを飛ばす。
 ビクン!と小動物のように肩を震わせた詠二が、武彦の背後に隠れる。
 隼人が悪魔の羽に手を伸ばし、バサリと黒い対の羽を背につける。
「‥‥‥隼人さん、凄くお似合いですよ!魔王さんみたいで」
 メグルが邪気のない笑顔で、拍手をしながら隼人の姿を褒める。
 ――― その場にいた誰もが「アッチャ〜」と言う顔をして成り行きを見守る。
「魔王って、メグル、褒め言葉じゃないよソレ‥‥‥」
 妹のピンチに兄貴が口を挟むが、相変わらずポジションは武彦の後ろだ。
「でも、悪魔よりは魔王の方が強いですし‥‥‥」
「強くしてどうするのメグルちゃん」
 キョトンとしたメグルに、呆れ混じりでツッコミをいれるシュライン。
 メグルちゃんって天然だよねーと、暁がケタケタと笑い出す。
「まぁ、弱いよりは強い方が‥‥な」
 何故かメグルをフォローしてしまう隼人は、根っからの悪人ではない。
「かなりスピードがでるっつってたけど、どんだけ出るんだ?」
「最高はマッハ5くらいかな?」
「‥‥‥その速度で飛んで、無事なのか?」
「バラバラになる危険性もあるかな‥‥とりあえず、肩と羽はもげるかも」
 “危険性も”ではなく“危険性しか”ないのではないか。
 そもそも、羽がもげたらどうしようもないではないか!
「まぁ、羽がもげれば止まれるし‥‥‥」
 暁がフォローをいれるが、ちっともフォローになっていないところが寂しい。
「そう言うことは最初に言え!」
 隼人の剣幕に、エファナがビクリと飛び上がり、武彦の背後に隠れる。
「‥‥‥なんだ、俺は盾か何かなのか‥‥‥?」
 小動物2匹を匿う羽目になった武彦が、思わず溜息をつく。
「つーかコレ、取れねぇじゃねぇか!」
「取れないって言ってたじゃないですか」
 もー、隼人さんはオッチョコチョイなんですからーと言うように、メグルが微笑を浮かべる。
 この状況でもそんな穏やかな心でいられる彼女が心底羨ましいというか、空気読めない典型的な人だというか‥‥。
「落ち着いて隼人さん!最高はそれだけ出るってだけなんだから、大丈夫だよ!」
「‥‥ならお前もつけろよ、悪魔の羽‥‥」
「へ!?い、いや、俺はちょっと今日は用事が‥‥‥」
 余計な事を言った詠二が、ブンブンと首を振りながら手を上げる。
「何でも屋って、こういう時期って忙しくって‥‥な、メグル!?」
「別にお兄さんがいなくても大丈夫ですけど。‥‥‥むしろ、お兄さんよりもエファナさんや草間さんの方が良いと言うか‥‥」
「クリスマスにお兄ちゃんいらないとか言う子のところになんか、サンタさんは来ないんだぞ!?」
「安心してください!メグルちゃんのプレゼントはあたしが責任を持って渡しますので!」
 エファナがズレた発言をし、あたしで良ければ力になります!と、メグルの仕事を手伝う事を約束する。
「俺も詠二がそっちを手伝ってくれるのなら、笹貝を手伝っても良い」
「ダメダメダメ!メグル、お兄ちゃんは必要だよな!?必要だよなーーーー!!?」
 必死の叫びに、シュラインが苦笑する。
「‥‥‥詠二は日頃、メグルちゃんに良い事してないから‥‥‥」
「まぁ、いつも引っ張りまわされてるのメグルちゃんだしね、今日くらいは仕返ししても良いんじゃん?」
 暁までもがメグルの味方につき、詠二は完全に孤立していた。
「んじゃぁ、決まり、だな?」
 ニヤリと笑った隼人が詠二の腕を掴み――― メグルが悪魔の羽を掴むと、詠二の背中につける。
「いやだぁぁぁぁ!クリスマスが命日はイヤだぁぁぁ!!」
「‥‥‥詠二、てめぇさっき“最高はそれだけ出るってだけなんだから大丈夫”っつってたじゃねぇか」
「それは隼人さんの場合であって、俺は無理だって!空気に負ける!身体がボロボロになる!こう見えても俺、もやしっ子なんだから」
「安心しなよ詠二!こう見えても何も、もやしっ子にしか見えないから」
 暁がポンと肩を叩き、親指を立てる。
 シュラインがふっと顔を背け、クスクスと肩で笑い出す。
「‥‥‥そう言えばメグルちゃん、さっき羽を触っても平気だったけれど‥‥‥」
 まだ半笑いになっていたが、シュラインが顔を上げ、首を傾げる。
「私、普通に空飛べますから」
 ――― 飛べるから何なのか。飛べるから羽がつかないのか?
 答えを求めてエファナに視線を向けるが、首を傾げただけだった。
「さて、人数も揃ったことだし、作戦を考えましょうか」
 未だにグチグチ拗ねている詠二の首根っこを隼人が掴み、会話の輪の中に入れる。
「サンタさんは暴走状態なのよね?」
「そう。どこかを走り回ってると思うな」
「って言うことは、まずは止めないとダメだよね‥‥‥」
「どこにいるのかも探さねぇとな」
「あ、それは心配しないで。暴走状態なら必ず騒音が出てるはずでしょう?私の耳に届かないはずがないわ」
 シュラインが悪戯っぽく微笑み、進行方向に先回りも可能だと続ける。
「簡単なトラップを仕掛けておいて‥‥」
「サンタさんたちの願いを叶えてあげれば良いんだよね?」
「‥‥サンタさんとトナカイさんの願いは叶えられそうだけど、サンタちゃんのお願いが難しいわね」
 男の人にチヤホヤされたいの願いが、ある意味一番難しいかもしれない。
 武彦はそう言うのは苦手そうだし、隼人は―――言わずもがな、詠二と暁ならば完璧に演じられそうだが、2人では少し寂しい。
 アイドルよ!と言う女性陣にしたって、シュラインとメグル、エファナしかいない。エファナはノリノリでやりそうだし、シュラインもお仕事根性で何とか演じきれそうだが、メグルは無理だろう。ほのぼのと「可愛らしいですね」と褒めるくらいが精一杯だ。どこかに行っているらしき零を呼び戻して4人にしたところで、彼女に演技の才能があるかどうかは未知数だ。
「それは心配しないで良いよ。俺のダチ共総動員すっから」
「暁君の友達なら‥‥‥」
 華やかなパーティーになりそうだ。
「武彦さん、興信所1日借りても良いかしら?」
「あぁ。最初からそのつもりだ」
 パーティーの支度は零に任せ、手が空いたらエファナとメグル、武彦が手伝うことで意見が纏まる。
「それじゃぁ、サンタさん捕獲大作戦、開始ー!」
 ――― そう元気よく声をかけたのは、つい今しがたまで三角座りをしながらブチブチと文句を言っていた詠二だった‥‥‥



☆ ★ ☆



 とりあえず、サンタさんを見つけないと!との掛け声に、オーと皆で声を合わせて数秒後、隼人と詠二は悪魔の羽によって小さな公園まで連れて来られていた。
 いかにも不良っぽい男の子2人組に絡まれている、弱そうな男の子1名―――
「うわぁ、今時あんな格好の不良いるんだねー!‥‥写真撮っておこうかな‥‥」
「止めとけ」
 意外とズバズバものを言う詠二。言葉に剃刀を仕込んでいるかのような切れ味だ。
「こういうのは隼人さんの出番だね!」
「あぁん!?」
「‥‥‥だ、だって、俺が行ったら彼の二の舞でしょ!?」
 確かに、もやしっ子・詠二は喧嘩をしたら弱そうだ。パンチ一発で伸びてしまう危険がある。
「それとも、見捨ててシュラインさんたちのところに帰る?」
「‥‥‥お前、薄情だな。そんな虫も殺さねぇような顔して」
「虫も殺さないような顔してるからこそ、あの化石不良2人組みをどうにかできるとは思えないから、逃げようって言ってるの!」
「男ならガツンとやれよ!」
「ガツンとって、鉄パイプもないのにどうやって!?」
「‥‥‥お前、あいつら殺そうとしてねぇか?やるって、勝手に脳内で漢字変換してねぇか?」
「へ?何で?」
 ―――顔つきも何も、随分似てない兄妹だと思っていたが、この妙なボケっぷりは似ている気がする。
「まぁ、ちょっと見てろ。俺が話し纏めてくっから」
 悪魔の羽をバサリと羽ばたかせ、トンと不良2人組の背後に降り立つ。
 カツアゲされていた少年が潤んだ瞳で隼人を見上げ―――――
「おい、そこの2人、なにしてん‥‥‥‥‥」
「あぁぁぁぁぁっ!!!」
 不良2人組を突き飛ばし、少年が逃げる。
 いきなりの抵抗に驚いた2人が背後を振り返り―――――
「「うぎぃやああぁあぁぁぁぁぁぁ!!」」
 凄まじい叫び声を上げると、世界新記録も夢ではないのではないかと思わせるほどのダッシュで逃げて行く。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥凄いね、隼人さん!」
「何でアイツラ、俺を見て逃げたんだ?」
「逃げるよ、そりゃぁ」
「確かに、ツラはこんなんだが、だからってあんな逃げる事か!?」
「だから、逃げるよ、そりゃぁ」
 詠二が無言で自分の背中にあるものを指差す。
 黒い羽は、曇天の空の下で不気味な存在感を発している‥‥‥。
「だって俺ら、今はどっからどう見ても悪魔だから」
 ニッコリ。微笑む詠二を見て思う。
 果たしてあの場に隼人よりも詠二が先に行ったならば、彼らはあんな風に逃げたのだろうか、と‥‥‥



 酔っ払いに絡まれていた女の子を助け ――― 酔っ払いは隼人の姿を見て一発で酔いが醒め、少女はピンヒールにもかかわらず運動靴なみの速度で走った ――― 壁に落書きをしようとしていた不良グループを怒り ――― 逃げられ続けていた隼人は、逃げ遅れた不良をとっ捕まえると延々説教をし、恐怖のあまり気を失った彼をそのままにして空へ旅立った ――― 煙草のポイ捨てをしたおじさんを叱り ――― 命ばかりは助けてくれと言われたのだが、最初から命を奪うつもりはない ――― と奮闘していた隼人だったが、流石に疲れてきた。
 シュラインたちの元へ戻る事もままならない世直し悪魔2人組は、再び悪魔の羽に強制連行された。
 そこはビルとビルの狭間で、数人の少年達が1人の少年を囲んで蹴っていた。
「あ、今時の不良だ」
 詠二が呟く。
「‥‥‥昔の不良の方が良かったかもな、分かりやすくて」
「そうだね。今時の不良はやり方が陰険で‥‥‥そう考えると、隼人さんは結構‥‥‥」
「そう考えると、で、どうして俺を引き合いに出す?」
 詠二が中途半端な笑顔のまま凍りつく。
 昼間から数時間、世直し悪魔2人組として共に歩んで来た仲間なのに、未だに隼人に恐怖心を抱いているとは心外だ。
「今まではよう、石器時代の不良に酔っ払いに落書き小僧にポイ捨て迷惑男と、まぁ100歩譲って許せてたが、こいつは許せねぇよな。集団で寄ってたかって1人をヤルたぁ、クズ以下だな」
「確かにそうだね。‥‥‥って、えぇぇ!?」
 ジャケットを脱ぎ、脇下のホルスターに固定されていた拳銃を抜く。
 詠二が慌てて追いかけるが、すでに隼人は不良集団の前に降り立っていた。
 袋小路の細道では、逃げ場はない。怖い顔した男の人、しかも悪魔の羽つきに、少年達の顔色が悪くなる。
「メリークリスマス」
 笑顔で銃をチラつかせる。
「隼人さん、メリーじゃないよ!何も陽気な事はないよ!」
「うっせぇ、黙っとけ詠二!お前ら、今日はクリスマスだぜ?何でそんな暴力的なんだ?」
「あ?うっせーよ!俺らが何しようと勝手だろ!?」
「おいおい、年長者は敬うようにってお母さんに教えられなかったか?」
 ジャキリと銃を向けられ、少年が息を呑む。
 少年以上にビビっている背後の詠二は‥‥‥気にしないことにする。
「あ、もしかして、集団でクリスマスプレゼントあげてるとこだったとか?そうだよなー、今日はクリスマス、プレゼントやんなきゃなんねー日だもんな。よく考えたら俺、この中で最年長じゃねぇか。年長者は年下のやつにプレゼントやんなきゃなんねーよなー」
 誰もが言葉を発せないでいる中、詠二が呑気な声を上げる。
 それは妹と同じく空気が読めなかったための発言だったのか、それとも空気を読んだからこそ発言したのか‥‥‥隼人には分からなかった。
「で、何をあげるの?」
「当然、お前らがやったのと同じものだな!」
 銃のグリップで、目の前にいた少年を倒す。
 突然の攻撃に少年達が襲い掛かり‥‥‥隼人が彼らを難なく倒していく。
「おー、隼人さん強い!」
「んな、集団じゃねぇと強くねぇ連中なんかに負けっかってんだよ!」
 数分の格闘の後、ぐったりと地に倒れた少年達を見下ろすと、隼人は銃をしまった。
「うわー、これは、隼人さんが強いのか、今時不良集団が弱いのかのどっちかだね!」
「どっちもだ」
 詠二の言葉に隼人はそう返すと、袋小路の突き当たりでしゃがんだまま固まっていた少年に近付いた。
「おい、大丈夫か?」
 ビクリと肩が震え、恐る恐る顔を上げる。
「悪魔‥‥‥」
「悪魔は悪魔なんだけど、サンタクロースの悪魔って言うか、なんて言うか‥‥とりあえず、乱暴な事はしな‥‥」
 足元に散らばる不良達を思い出し、詠二は「‥‥いとは言い切れないけど、とりあえず魂を奪うようなことはしないから!」と、説得力皆無の主張をして紫色の瞳を細めた。
「まぁ、サンタクロースだな、ようは」
「‥‥隼人さん、サンタさんを怖い人に仕立てあげないで!」
「煙突もないのにいつの間にか部屋に入ってきてプレゼント置いてく最近のサンタは十分怖ぇじゃねぇか。ピッキングの天才だとしか思えねぇ」
「なにちょっとサンタさんのこと犯罪者に仕立て上げようとしてんの!」
「元々詠二が“サンタクロースの悪魔”って言ったからだろ!?」
「だって、ただの悪魔じゃ変だし‥‥‥あっ!コスプレ?ってことで‥‥‥」
「ヤメロ!俺をコスプレイヤーにするな!」
「良いじゃん!本物の悪魔ですって名乗るより、コスプレですって言った方が色々な意味でも安全だって!」
 2人の言い争いを聞いていた少年が、ふっと微笑むとクスクスと笑い出す。
「‥‥‥ご、ごめんなさい‥‥‥でも、だって‥‥‥」
「怪我、痛くない?」
 笑う少年の唇は切れており、鮮血が顎に垂れている。
 詠二がポケットからハンカチを取り出して手渡すが、真っ白なソレに血をつける事を躊躇するように、少年が眉を顰める。
「それ、あげるから気にしないで」
「でも‥‥‥」
「貰っとけ貰っとけ、こいつ、こー見えてどっか良いとこのボンボンだからな」
「え!?うそ、初耳なんだけど!」
「そんな世間知らずがボンボンじゃねぇわけねーだろ!」
「えー!偏見だよそれっ!‥‥とりあえず、ハンカチは君にあげるから遠慮なく使って」
 詠二が少年の手からハンカチを取り、グイと口元を拭う。
「‥‥‥まぁ、アレだ。何で喧嘩してたとかは聞かねぇけど‥‥‥強くなれってことだ」
「強く‥‥‥でも、僕‥‥‥」
 掌をジッと見つめる。華奢な身体の少年が一体何を考えているのか、隼人には手に取るように分かった。
 ペチリと額を叩き、腕を組む。
「力が強さって考えるのは、弱いやつだけだ。‥‥‥もっとも、強いやつって言うのは、力も心も強ぇんだけどな」
「僕‥‥‥」
 少年が何かを言おうとした時、グインと悪魔の羽が反応した。
 隼人と詠二の身体が高く空へと舞い上がり、何処かへと飛んでいく―――――
「悪魔のサンタさん、か‥‥‥」
 少年はポツリとそう呟くと、ハラハラと降り出した雪を見上げた‥‥‥‥‥。



★ ☆ ★



 その後もあっちへ引きずられ、こっちへ引きずられ、悪人を殴り飛ばしたり縛り上げたりする隼人にフォローを入れ、銃を見せびらかせている最中に偶々通りかかってしまった主婦には「アレは最新式の水鉄砲なんです!」と必死に訴えたりしていた詠二は、心身ともにボロボロだった。
 悪魔の羽と悪人のせいでまったくサンタ捕獲に貢献できなかった2人だったが、治療の方にはなんとか貢献できるかもしれないと、メグルに連れられて興信所まで帰ってきた。
 ―――ちなみに、メグルの“魔法”のお陰で悪人が近くにいても引っ張られることなく興信所まで帰れた2人だが、それが良かったのか悪かったのかは分からない。ただ、世直し悪魔2人組みにだって休息の時は必要だ。
 綺麗に飾り付けられた興信所内は、やけに広く見える。メグルが言うにはエファナと彼女の力のお陰らしいが‥‥‥思いっきり空間を捻じ曲げてしまっているその力に、親近感を覚える。
 既に帰ってきていたシュラインと暁が、テーブルの上に料理を並べている。
「あら、お帰りなさい、仁薙さんに詠二。‥‥‥詠二は生気が抜けたような顔してるけど、大丈夫?」
「なんとか‥‥‥。で、サンタさんたちは?」
「隣の部屋。俺のダチ共はもう少しで来るから、最初にサンタさんの方を治療しようぜ」
 暁がキラキラとした瞳で手を止める。
 ―――基本的に年上の人ラブの彼は、サンタさんにかなり思い入れがあるようだ。
「そうね。サンタさんを私達で治療して、サンタちゃんは暁君のお友達が来てからで、トナカイさんは‥‥」
「最後で良いんじゃねぇか?どうせ、プレゼントの回収と配りなおしもしなくちゃなんねーんだろ?その時で良いんじゃね?」
「‥‥‥あー、そっか。プレゼントも回収すんだよね。めんどくさいな〜」
 暁がやる気のない口調で呟き、冷たい視線に顔を上げると顔の横で手を広げた。
「冗談だよ。配りなおすのも楽しそうだしね」
「んじゃぁ、サンタを呼んで来い、暁」
「はーい!」
 元気の良い返事をして、暁が隣の部屋に入るとゴシックパンクに決めたサンタさん――― どう見ても怖いおじさんにしか見えないが、サンタさんだ ――― を連れて来るとテーブルの前に座らせた。
「わー、さんたさんすてきー」
 隼人が棒読みで言い、手を叩く。
 しーんとした空気が漂い、詠二が「隼人さんちょっと」と言って、部屋の隅っこに連れて行く。
「隼人さんはコレでも食べて大人しくしてて!」
「‥‥‥一応頑張ったつもりなんだが‥‥‥?」
「頑張らなくて大丈夫!隼人さんはいるだけでOK!ここで料理を食べてるだけでバッチリだから!」
「‥‥‥まぁ、俺には向いてねぇと思うから、てめぇらで何とかしてくれ」
 あっさり引き下がった隼人が、チキンを取るとガブリと食らいつく。
「サンタさん、会いたかったわ」
 シュラインが満面の笑みで、シャンパンの入ったカクテルグラスを差し出す。
「プレゼントなんてなくても、サンタさんが来てくれるだけで嬉しいよ。だってサンタさんって子供の夢じゃんね〜っ♪」
「‥‥‥プレゼント持ってないサンタなんか、ただの知らないおっさんだよな」
「その意見には俺も同感だけどね‥‥‥」
 サンタを持てはやす2人の背後で、隼人と詠二がそんな会話を繰り広げる。
「そうよ。プレゼントなんてなくても、子供たちはサンタさんを待ってるんだもの」
「厳密に言えば、サンタさんの持ってくるプレゼントを待ってるんだよな」
「子供は残酷ですからね」
 サンタさんの相手はシュラインと暁だけで十分だろうと考えたメグルが、隼人と詠二の輪に加わる。
「そうですよ。私達だって、サンタさんのためにお料理を頑張って作ったんですから!」
 キッチンから零が出てきて、おいしそうなケーキをサンタさんの前に置く。
 強張っていたサンタさんの表情が柔らかくなり―――そっと、暁とシュライン、零の頭を撫ぜる。
「ありがとう‥‥‥」
 風邪の治ったサンタさんを囲んで楽しくお喋りをしていた時、扉が開いて外から暁の友人がなだれ込んできた。
 皆派手な装いをしているが、クリスマスなのだから当たり前と言えば当たり前だ。
「うーん、さすが暁君のお友達ね。皆綺麗な子ばっかり‥‥‥」
「アッキー、ひっさー!てか、超ウマソーじゃね!?」
「おー!つか、可愛い子がいるー!なんて名前〜?」
「うわ、暁なみの美少年はっけーん!あたし、真理って言いまーす!君は何て名前〜?彼女いるー?」
 入ってきた途端に騒ぎ出して思い思いの方へと行く彼らを、暁の声が遮る。
「はいはい!ちょっと待ったー!お前ら、ここに来た目的は?」
「食い物」
「可愛い女の子」
「カッコ良い男の子」
「アキのお馬鹿さ加減を見に」
「‥‥‥何で誰一人として正解がいないんだよ!違うだろー!」
「もー、ちゃんと分かってるってばキリュー!サンタちゃんを可愛いって言ったりすれば良いんでしょー?で、その肝心のサンタちゃんはどこにいるのよー?もしかして、この2人のうちのどっちかー?」
「うお、マジ!?えー!どっちも超可愛いんだけど!」
「チヤホヤされたいとか言われなくてもチヤホヤするっつの!」
「‥‥‥だー!違うってば!もー!シュラインさん、サンタちゃん呼んできてもらえます?」
「えぇ、分かったわ」
 クスクスと笑いながらシュラインが隣の部屋に入って行く。
 彼女がサンタちゃんを連れてくるまでの間に、銀色の美少女が笹貝・メグルと言う少女で、隣にいる鷺染・詠二の妹だと言う事、黒髪の美少女は草間・零と言い、草間・武彦の妹だと言う事、そして最後、金髪の少女はエファナと言う名だと教える。
 シュラインに連れてこられたサンタちゃんは、メグルや零と並ぶと見劣りするが、なかなか可愛らしい少女だった。
「なんだー、フツーに可愛いじゃん!」
「君、何て名前?」
 さすが暁のお友達軍団。容姿端麗な挙句、恋愛戦歴は百戦錬磨の輩が多い。女の子の扱いはお手の物だ。
「星空やトナカイの鼻なんて目じゃなく輝いているわ。貴方こそスターね」
 シュラインも男の子達に混じり、必死にサンタちゃんを褒めている。
「そうだよ!ミニスカートのサンタなんて、超可愛いし!ねね、今度一緒にプリクラ撮らない?」
「てか、写メしよ、写メ!」
 キャイキャイと騒ぐ一同をそのままに、暁が隼人達の輪に加わる。
「‥‥‥どうした、お前、あーゆーの得意そうじゃねぇか」
「うーん、得意か不得意かと聞かれれば得意な方だけど、今日はなんか、気分が乗らないからパス」
 あんだけいるんだから十分でしょう?と言い、視線はサンタさんに向けられている。
 サンタさんもサンタちゃん同様暁の友達に囲まれており、少々困ったような横顔は楽しそうだ。
「‥‥‥暁君って、おじ様好きだったっけ?」
「うん!」
「おば様は?」
「うーん。嫌いとか好きとかじゃないな。人による」
「‥‥‥もしかしてお前、男好きか?」
「どっちも好きだよ」
 隼人の言葉にサラリと返す暁。
「隼人さんだって素敵だと思うし、詠二だって良いと思うし‥‥‥でも、この中ならメグルちゃんかな?」
 ふわり――― 小悪魔的な笑顔を浮かべる暁だったが、笑顔を向ける相手が悪い。
 鈍感少女・メグルは「私も暁さんの事、素敵だって思いますよ」と他意のない笑顔で言ってのけた。
「うーん、メグルちゃんは手強いなぁ‥‥‥。隼人さんも、どっちもイケルっしょ?」
「まぁな」
 どこか通じ合う2人は、真意の見えない視線を通わせるとふっと微笑んだ。
「もー、2人とも俺を挟んで熱い視線で会話しないでよー!なんか、邪魔者みたいじゃーん!」
 むぅと詠二が膨れた時、メグルがすっと空間を手でなぞると薄い膜を作り出した。
「そろそろプレゼントの回収と配達に行かないといけません」
 シュラインが隣の部屋からトナカイを連れてきて‥‥‥楽しく会話を続ける少年少女には、どうやらその光景は見えていないらしい。
「この部屋には私達のダミーを置いておきますが、さほど上等な魔法ではないですし、難しい事を言われれば答えられません」
「つまり、バレる前に戻ってこなくちゃいけないってことね?」
 そうですと、シュラインの質問に頷き、メグルが壁に手を当てる。
 ポッカリと開いたそこには雪が舞い落ちる白銀の世界が広がっており――― ピィっと、詠二が指笛を吹けば、鈴をつけたソリがシャンシャンと音を響かせながらやって来た。
 シュラインがクッションを引き、トナカイを誘導する。トナカイが戸惑いながらもクッションの上に座り‥‥‥
「ずっとソリを引っ張り続けていなくても良いんだよ、たまには休んでも良いんだよ。サンタさんだけじゃなく、君だって輝いてる。1回くらいソリに乗っても良いんじゃない?」
 暁がエファナに言われた事をそのまま引用し、一時場が凍りつく。
 俺の中じゃサンタさんの方が輝いているけどねと、年上好きの暁は内心では思っていた。
 劇団員なだけあり、台詞回しは完璧だったのだが、その完璧さが白々しかった。
「あ‥‥‥暁、君‥‥‥?」
 つぶらな瞳のトナカイが目を潤ませ、シュラインがニッコリと般若のように微笑む。
 あまりにも怖い笑顔に一瞬ゾクリと背筋を凍らせた暁だったが、直ぐに気を取り直してチェシャ猫のように微笑むと、どうぞと言うように片手をトナカイの方に向けた。
「暁君はあんな態度だけど、本当にそう思ってるのよ!何て言うか、彼は‥‥‥ツンデレ?なの!」
 いまいち違う気もするが、トナカイはそれで納得したようだ。
「それで、サンタさんズにトナカイさんの乗ったソリを引かせるってことでOKなの?」
「えー!サンタさんに引かせるの!?」
 暁が抗議の声を上げるが、蛇に睨まれた蛙 ――― もとい、シュラインお姉様に睨まれた暁君 ――― はゴクリと喉を鳴らすと言葉を飲み込んだ。
「でも、まさか本物のサンタさんにソリを引かせるわけにはいかないですし‥‥」
 風邪は治ったとは言え、そんな事をさせれば今度は風邪ではない本物のプチ悪になってしまう可能性もある。
「でも、トナカイのことを考えれば、やっぱ引っ張るのはサンタだよな」
 隼人もサンタがソリを引っ張る事に賛成し、メグルが目を伏せるとコクンと頷いた。
 細い手が空を切り、ソリの前にサンタさんとサンタちゃんが現れる。
「これ‥‥‥」
「魔法です。ソリを引っ張るだけなんで、さして大掛かりなものではないですよ」
「‥‥‥それより、何で四つん這いなんだ?」
「だって、トナカイさんの代わりですし‥‥‥」
 何か不都合でも?と首を傾げるメグルだったが、不都合なら沢山ある。
 まず、何だか見ていて居た堪れなくなる。次に、ちょっと不気味だ。
「って言うかメグルちゃん、このままソリに乗ったらサンタちゃんのスカートの中が‥‥‥」
「そ、そうでした!」
 暁の言葉にはっと気づいたメグルが、サンタさんとサンタちゃんを立たせる。腰の辺りにソリを結びつけ、一同はソリに乗り込むと雪が降りしきる夜空を疾走した。
 トナカイが嬉しそうに微笑みながら、イルミネーションに輝く町並みを見下ろす。シュラインが寒くない?と声をかけ、フワリとひざ掛けをかけてあげると一緒になって真下に広がる宝石のような世界を見つめた。
「まずは、あそこのお家の子からです!」
 メグルがサンタさんズに指示を出し、ソリを2階の窓辺に止める。
「それで、どうやって中に入るわけ?」
「それなら俺に任せときな」
 隼人がそう言って窓に掌をつける。外の空間と部屋の中の空間が繋がり――― 詠二が隼人にプレゼントを手渡し、枕元にあるものを回収してコレを置いてくるようにと頼む。
 何で俺が‥‥‥と思いつつも、隼人は部屋の中に入った。
 ベッドの中でスヤスヤと眠る可愛らしい少女の枕元、明らかに毒々しい色のプレゼントが置いてある。
 それをそっと回収してプレゼントを置き――― 何かが指先に触れたと思った瞬間、眩い光りが部屋を満たした。
 タッチライトが明るい黄色の光りを撒き散らし、少女が「うーん」と唸ると目を開ける。
 そして―――――
「ひにぃやぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」
 凄まじい叫び声を上げた。
 確かに、目覚めて見た先、黒い羽を生やしたヤのつくご職業っぽい人がいれば、叫び声を上げたくもなる。
 娘の悲鳴を聞きつけた両親が飛び起きる音が聞こえる。ドカドカと階段を上ってくる音がし‥‥‥暁が隼人の腕を引っ張り、慌てて空間を閉じるとその場を離れる。
「あ‥‥‥危なかったわ‥‥‥」
 冷や汗を袖で拭い、シュラインが溜息をつく。
「次は俺が行くよ」
 暁が名乗りを上げ、次の家に着き―――
「うわぁぁぁぁぁ!!」
 そして次の家ではシュラインが担当し―――
「きにゃぁぁぁぁあああっ!!!?」
 結局その後、3人の新米サンタさんはベッドサイドに置かれたタッチランプと言うトラップに引っかかり、数人の家々で真夜中の騒動を巻き起こした。
 次の日、良い子のちびっ子達は昨夜やって来た不思議な人について様々な意見を交わした。
 プレゼントが置かれていた事などから、サンタさんだとは思うのだが ――― 絵本などで見るサンタさんとは大分違う。
 太っていないし、白いひげもなかったし、赤い服も着ていなかった。
「プレゼントは確かにあったけど、黒い羽の怖いお兄ちゃんだった」
 ある女の子は涙ながらにそう言い、あの人はサンタさんと言うよりは悪魔さんだったと語った。
「俺のところにはな、白い羽のすっげーキレーなお兄さんが来たぞ!」
 ある男の子は力強く言い、げーのーじんみてーだった!と言って興奮していた。
「あたしのところには、美人な白い羽のおねーさんが来たよ!にこって笑ってね、優しそうだった!」
 ある女の子はそう言い、あたしもいつかあんなおねーさんになれるのかなぁと、目を輝かせた。
 ――― 結局、サンタさんとはどんな人なのだろうか‥‥‥?
 その問いの答えは、見出せないままだった ―――――


☆ ★ ☆



 興信所でお留守番をしていたエファナに、プレゼントを配るのがどんなに大変だったかを切々と訴える。
「サンタって意外と大変な仕事なんだな‥‥‥」
「そうだね。でも、楽しかったでしょう?」
 サクサクと雪を踏みしめながら歩く。
 すでに雪はやんでおり、空には綺麗な月が浮かんでいた。
「まぁな‥‥‥」
「サンタさんたちの風邪も治してくれたし、凄く感謝してるわ」
 エファナがクルリと回り、隼人の目の前で悪戯っぽい笑顔を浮かべると、2つの箱を差し出した。
 小さな彼女の掌に乗るくらいの箱は、どちらも同じ物のようだった。
「頑張ってくれた隼人さんに、プレゼント。これはね、開けた人の欲しい物が出てくるプレゼント箱なの」
 箱は小さいが伸縮自在で、例えば車を望んでいたとしても箱が巨大化し、きちんと望んだ物が出てくるのだと言う。
 ただし物でないとダメで、人や形のないもの ――― 気持ちなど ――― は駄目なのだと言う。
「で、何で2つもあるんだ?」
「気になる人に渡してみたらどうかなって思って‥‥‥」
 気になる人―――
 隼人はその言葉を心の中で反芻すると、瞼の裏に顔を思い浮かべた。
「って言っても、もう少しでクリスマスも終わっちゃうんだけどね」
 水の中から聞こえてきているかのような、不安定な声に目を開ける。
 街灯に照らされたエファナの姿が淡く滲んでいた。
「メリークリスマス、隼人さん」
「‥‥‥メリー、クリスマス‥‥‥」
 笑顔のまま、エファナの姿が消える。
 小さなサンタさんから貰ったプレゼントをジャケットのポケットにねじ込むと、隼人は顔を上げた。
 再び降り出した雪に、手を差し伸べる。
 はらり、ひらりと舞い踊っていた雪が隼人の掌の上に着地し、ジワリと、解け消えた―――――



END


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 7315 / 仁薙・隼人 / 男性 / 25歳 / 傭兵


 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 4782 / 桐生・暁 / 男性 / 17歳 / 学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員


 NPC / エファナ
 NPC / 草間・武彦


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 遅れまして申し訳ありません、メリークリスマスです!
 隼人さんには、色々とクリスマスの悪魔伝説(?)を生み出していただきました!
 ヤのつくご職業のような立ち振る舞いをしていただきましたが、今時少年との対決では格好良さも出せていればと思います。
 おそらく世直し悪魔2人組はプレゼントの配りなおしの際に度々悪魔の羽に引きずられたことと思います。
 メグルがいれば引っ張られはしないのですが、彼女は詠二には厳しいですので、詠二のフォローはナシで
 詠二は自称もやしっ子ですので、一人で行ってもダメだと判断して隼人さんの腕を掴み
 結局隼人さんも引きずられていってしまいそうです‥‥
 楽しいクリスマスの1日を描けていればなと思います。
 ご参加いただきましてまことに有難う御座いました!