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<WhiteChristmas・聖なる夜の物語>


プチ悪風邪から救い出せ!



 金色の短い髪を振り乱しながら熱弁するエファナに、鷺染 詠二は1歩後退ると困ったなと言いたげに微笑み、首の後ろに手を当てた。
「あのさ、悪いんだけどもう1回最初から説明してくれるかな?」
 なるべく相手を興奮させないようにと優しい口調で言う詠二だったが、エファナは薄ピンク色の頬を赤く染めるとスカートのポケットから3枚の写真を取り出して詠二に差し出した。
 1枚目の写真には、白いヒゲに赤い帽子、温和そうな笑みを浮かべたサンタが写っている。次の写真には高校生くらいの茶髪の女の子が、サンタと同じ赤い帽子を被って写っている。3枚目の写真には、キリリとした表情のトナカイが写っている。
「この3人がね、プチ悪風邪になっちゃって、大変なの!」
「‥‥プチ悪風邪の意味が分からないんデスケド」
「プチ悪風邪はね、サンタの中でしか流行しない風邪なの。症状は、プチ悪の名前通り、ほんのすこーし悪くなっちゃうの。でもね、このまま放っておいて風邪をこじらせると悪サンタになっちゃうの!悪サンタになっちゃうと、子供からプレゼントを奪い取ったり、夢を壊したり、やりたい放題になっちゃうの!」
 よく分からないが、悪サンタになってしまうと大変なことだけは分かった。
「この3人が発病したのがいつなのか正確にはわからないんだけど、今時のサンタはプチ悪ゴシックにキメないと!って言って、赤と黒のゴシックパンクな衣装を勝手に作って‥‥」
 サンタがプチ悪ゴシックにキメる意味が分からない。
「子供にあげるプレゼントの中身も勝手に変更して、クマのお人形をプチキモ血みどろクマさんにしたり、ウサギのお人形だって、今時人参なんて食ってられませんよ血みどろウサギにしたり、とにかく大変なの!」
「‥‥子供に血みどろって、クリスマスから恐怖をプレゼントしてどうするのさ」
「でもね、よく見ると可愛いんだよ、血みどろシリーズ」
 シリーズ化しているのかと言うか、エファナが隠れファンみたいで少し怖い。
「夜空は俺たちのものだぜ!って言って、サンタ暴走族になってるし‥‥」
「もはや既にプチ悪でもなんでもないよ!立派に悪いじゃないか!」
「‥‥症状が進行する前に止めないと、3人が悪サンタと悪トナカイになっちゃうの!」
「どうすれば止められるの?」
 風邪と言いつつ、薬で治せるようなものではなさそうだ。
「サンタとトナカイを捕まえて、彼らが憧れている事をしてあげれば良いの」
「憧れていること?」
 エファナがスカートのポケットから折りたたまれた紙を取り出す。
「まず、サンタさんは‥‥プレゼントなんてなくても、サンタさんが来てくれるだけで嬉しいんだって言ってもらう事」
「‥‥プレゼント持ってないサンタさんなんて、いつの間にか部屋に入ってくる赤い服着たおじいさんじゃん」
 何だか犯罪ちっくな言い回しだ。
「サンタちゃんは、君が来てくれるだけで場が華やぐよ、プレゼントは君だけで十分だと男の人にチヤホヤされたい、サンタちゃん可愛い、私たちのアイドルよ!と、女の人にチヤホヤされたい」
「‥‥何の願望だよ!」
「最後にトナカイさんは‥‥」
 エファナの表情が途端に暗くなり、ウルリと大きな青い瞳が潤む。
「ずっとソリを引っ張り続けていなくても良いんだよ、たまには休んでも良いんだよ、サンタさんだけじゃなく君だって輝いているさ、1回くらいはソリに乗っても良いんじゃないかな?って、言われたい‥‥」
 何だか切実すぎて泣けてくる。
「まずは3人を捕まえないと‥‥‥。他のサンタにうつって大流行しちゃったら大変だわ」
「捕まえるって言っても、暴走サンタを止めるのは至難の業だよ。大前提として空が飛べないとダメなわけだし」
「それは大丈夫!背中にくっつけるだけの天使と悪魔の羽を貰って来たから」
 純白の綺麗な羽と、漆黒に染まった羽が詠二の目の前に差し出される。
「天使の羽は、装着者の思い通りに動かせるけれど、スピードがあまり出ないの。悪魔の羽は、悪い事を敏感に察知するシステムが組み込まれているから、装着者の半径500m以内で悪事が働かれた場合、それに引きずられて勝手に飛んで行っちゃうの。ただ、スピードは天使の羽なんか比べ物にならないくらい出るわ」
「両方を装着することは出来ないんだよね?」
「勿論よ。それに、一度装着したら明日になるまで取れないわ」
「‥‥取れないわって、簡単に言わないでくれるかな‥‥」
 まるで呪いのアイテムだと思ったが、そこは言わないでおいた。
「3人を捕まえて、プレゼントを回収して新しいのを配りなおして、風邪を治して‥‥」
「プレゼントの回収、配りなおしもやるの!?」
「お願いします!」
 ペコリと下げられた頭を見ながら、誰でも良いから目に付いた人を全員引っ張って来れば良いかと、詠二は半ば自暴自棄気味に考えていた。



☆ ★ ☆



 吹きすさぶ風、曇天の空の下、シュライン・エマはコートの襟を掻き合わせながら急ぎ足で草間興信所へと向かっていた。
 昼間なのでまだ灯っていないクリスマスのイルミネーションは、何処か物寂しい雰囲気がする。
 ――― けれど、夜になれば華やぐのよね‥‥‥
 色とりどりの光りは宝石をちりばめたようで、シュラインはそっと目を閉じるとその光景を瞼の裏に描いた。
 興信所の薄い扉の前に立てば、中から話し声が聞こえてくる。
 ――― 今日って何か予定は入っていたかしら‥‥‥?
 そう思いつつ扉を開ければ、意外な人物がソファーに座っていた。
「あ、シュラインさん!」
「詠二!?どうしたの!?」
 紫色の瞳をした綺麗な顔立ちの少年は、ピっと片手を上げるとソファーから立ち上がった。
 人好きのする懐っこい笑顔でシュラインの前に走ってくると、片手を差し出した。握手を求められていると気づくのに時間がかかり、ワンテンポ遅れながらも手を取る。
「今日はね、草間さんに依頼を持ってきたんだ」
「依頼?‥‥‥そうなの?」
 視線を向けた先、草間・武彦が苦々しい表情で頭を掻いているのが見える。
 ――― あぁ、厄介ごとの類なのね‥‥‥
「クリスマスからどんな依頼?」
「んーっと、天使になったり悪魔になったりするんだ」
 突然、詠二がどこか遠くへと行ってしまったような錯覚を覚える。
「て、天使になったり悪魔になったり‥‥‥?」
 困惑するシュラインの視線の先、武彦は我関せずと言った様子で煙草をふかしている。
 ――― 武彦さんは依頼内容をちゃんと聞いたのかしら?
 そう思った瞬間、いや‥‥‥と思い直す。
 おそらく武彦も詠二の説明からでは依頼内容を分かっていないのだろう。横顔がそう告げている。
「詠二、メグルちゃんは?」
 彼の妹の笹貝・メグルならば、兄とは違ってしっかり者なため、話が通じるだろう。
「メグルは、ちょっと狩りに出かけてて‥‥」
「狩り!?」
 銀色の髪の美少女が、弓矢を持って草原を走り回る光景を想像してしまい、脱力する。
 ――― せめて銃よね‥‥‥
「うん。今回の依頼のために、ね」


★ ☆ ★



 エファナから事情を聞いた一同 ――― 仁薙・隼人、桐生・暁、シュライン・エマ、草間・武彦、鷺染・詠二、笹貝・メグルの合計6人 ――― は、暫し黙り込むと、互いにチラリと視線を合わせた。
「俺は別に良いけど。メグルちゃんと詠二の頼みだし」
 眩しいほどに綺麗な金色の髪に、紅の瞳。暁はそう言うと、ふっとメグルと詠二に微笑みかけた。
「そうね、私も受けるわ。‥‥ウチに来た依頼だしね」
 黒髪のクールビューティーは、青色の瞳を細めると頷いた。
「ふん、面白そうじゃねぇか。俺も参加するぜ?」
 見た目はどう見てもヤのつくご職業に就いていそうな隼人は、豪快にニカっと笑った。
 その笑顔の先にはメグルがおり‥‥‥武彦の顔が不安に染まる。
 一応言っておくが、隼人は見た目こそアレだが、中身はいたって優しい(?)青年である。
 ‥‥クエスチョンマークが見えた人がいたかもしれないが、それはクリスマスの幻、目の錯覚だ。
「それじゃぁ、天使の羽か悪魔の羽か選んで?」
 持っていた白い大きな袋の中から、エファナが羽を取り出す。
 蛍光灯の光りを鋭く弾き返す純白と、光りを全て吸収する漆黒だ。
「‥‥悪魔の羽には心惹かれるけど、再配布の作業もあるし‥‥こっちにするわね」
 シュラインが天使の羽に手を触れれば、真っ白なそれはひとりでに宙を羽ばたき、シュラインの背についた。
「あ、良いねシュラインさん。キレー!」
 暁がにっこりと微笑み、自身も白い羽を背につける。
「隼人さんはどうします?」
 メグルの問いに、隼人は「分かってるだろ?」とでも言いたげに口の端を上げた。
「ホラ、俺、天使ってガラじゃねぇじゃん?」
「確かに‥‥」
 反射的に頷いた詠二にガンを飛ばす。
 ビクン!と小動物のように肩を震わせた詠二が、武彦の背後に隠れる。
 隼人が悪魔の羽に手を伸ばし、バサリと黒い対の羽を背につける。
「‥‥‥隼人さん、凄くお似合いですよ!魔王さんみたいで」
 メグルが邪気のない笑顔で、拍手をしながら隼人の姿を褒める。
 ――― その場にいた誰もが「アッチャ〜」と言う顔をして成り行きを見守る。
「魔王って、メグル、褒め言葉じゃないよソレ‥‥‥」
 妹のピンチに兄貴が口を挟むが、相変わらずポジションは武彦の後ろだ。
「でも、悪魔よりは魔王の方が強いですし‥‥‥」
「強くしてどうするのメグルちゃん」
 キョトンとしたメグルに、呆れ混じりでツッコミをいれるシュライン。
 メグルちゃんって天然だよねーと、暁がケタケタと笑い出す。
「まぁ、弱いよりは強い方が‥‥な」
 何故かメグルをフォローしてしまう隼人は、根っからの悪人ではない。
「かなりスピードがでるっつってたけど、どんだけ出るんだ?」
「最高はマッハ5くらいかな?」
「‥‥‥その速度で飛んで、無事なのか?」
「バラバラになる危険性もあるかな‥‥とりあえず、肩と羽はもげるかも」
 “危険性も”ではなく“危険性しか”ないのではないか。
 そもそも、羽がもげたらどうしようもないではないか!
「まぁ、羽がもげれば止まれるし‥‥‥」
 暁がフォローをいれるが、ちっともフォローになっていないところが寂しい。
「そう言うことは最初に言え!」
 隼人の剣幕に、エファナがビクリと飛び上がり、武彦の背後に隠れる。
「‥‥‥なんだ、俺は盾か何かなのか‥‥‥?」
 小動物2匹を匿う羽目になった武彦が、思わず溜息をつく。
「つーかコレ、取れねぇじゃねぇか!」
「取れないって言ってたじゃないですか」
 もー、隼人さんはオッチョコチョイなんですからーと言うように、メグルが微笑を浮かべる。
 この状況でもそんな穏やかな心でいられる彼女が心底羨ましいというか、空気読めない典型的な人だというか‥‥。
「落ち着いて隼人さん!最高はそれだけ出るってだけなんだから、大丈夫だよ!」
「‥‥ならお前もつけろよ、悪魔の羽‥‥」
「へ!?い、いや、俺はちょっと今日は用事が‥‥‥」
 余計な事を言った詠二が、ブンブンと首を振りながら手を上げる。
「何でも屋って、こういう時期って忙しくって‥‥な、メグル!?」
「別にお兄さんがいなくても大丈夫ですけど。‥‥‥むしろ、お兄さんよりもエファナさんや草間さんの方が良いと言うか‥‥」
「クリスマスにお兄ちゃんいらないとか言う子のところになんか、サンタさんは来ないんだぞ!?」
「安心してください!メグルちゃんのプレゼントはあたしが責任を持って渡しますので!」
 エファナがズレた発言をし、あたしで良ければ力になります!と、メグルの仕事を手伝う事を約束する。
「俺も詠二がそっちを手伝ってくれるのなら、笹貝を手伝っても良い」
「ダメダメダメ!メグル、お兄ちゃんは必要だよな!?必要だよなーーーー!!?」
 必死の叫びに、シュラインが苦笑する。
「‥‥‥詠二は日頃、メグルちゃんに良い事してないから‥‥‥」
「まぁ、いつも引っ張りまわされてるのメグルちゃんだしね、今日くらいは仕返ししても良いんじゃん?」
 暁までもがメグルの味方につき、詠二は完全に孤立していた。
「んじゃぁ、決まり、だな?」
 ニヤリと笑った隼人が詠二の腕を掴み――― メグルが悪魔の羽を掴むと、詠二の背中につける。
「いやだぁぁぁぁ!クリスマスが命日はイヤだぁぁぁ!!」
「‥‥‥詠二、てめぇさっき“最高はそれだけ出るってだけなんだから大丈夫”っつってたじゃねぇか」
「それは隼人さんの場合であって、俺は無理だって!空気に負ける!身体がボロボロになる!こう見えても俺、もやしっ子なんだから」
「安心しなよ詠二!こう見えても何も、もやしっ子にしか見えないから」
 暁がポンと肩を叩き、親指を立てる。
 シュラインがふっと顔を背け、クスクスと肩で笑い出す。
「‥‥‥そう言えばメグルちゃん、さっき羽を触っても平気だったけれど‥‥‥」
 まだ半笑いになっていたが、シュラインが顔を上げ、首を傾げる。
「私、普通に空飛べますから」
 ――― 飛べるから何なのか。飛べるから羽がつかないのか?
 答えを求めてエファナに視線を向けるが、首を傾げただけだった。
「さて、人数も揃ったことだし、作戦を考えましょうか」
 未だにグチグチ拗ねている詠二の首根っこを隼人が掴み、会話の輪の中に入れる。
「サンタさんは暴走状態なのよね?」
「そう。どこかを走り回ってると思うな」
「って言うことは、まずは止めないとダメだよね‥‥‥」
「どこにいるのかも探さねぇとな」
「あ、それは心配しないで。暴走状態なら必ず騒音が出てるはずでしょう?私の耳に届かないはずがないわ」
 シュラインが悪戯っぽく微笑み、進行方向に先回りも可能だと続ける。
「簡単なトラップを仕掛けておいて‥‥」
「サンタさんたちの願いを叶えてあげれば良いんだよね?」
「‥‥サンタさんとトナカイさんの願いは叶えられそうだけど、サンタちゃんのお願いが難しいわね」
 男の人にチヤホヤされたいの願いが、ある意味一番難しいかもしれない。
 武彦はそう言うのは苦手そうだし、隼人は―――言わずもがな、詠二と暁ならば完璧に演じられそうだが、2人では少し寂しい。
 アイドルよ!と言う女性陣にしたって、シュラインとメグル、エファナしかいない。エファナはノリノリでやりそうだし、シュラインもお仕事根性で何とか演じきれそうだが、メグルは無理だろう。ほのぼのと「可愛らしいですね」と褒めるくらいが精一杯だ。どこかに行っているらしき零を呼び戻して4人にしたところで、彼女に演技の才能があるかどうかは未知数だ。
「それは心配しないで良いよ。俺のダチ共総動員すっから」
「暁君の友達なら‥‥‥」
 華やかなパーティーになりそうだ。
「武彦さん、興信所1日借りても良いかしら?」
「あぁ。最初からそのつもりだ」
 パーティーの支度は零に任せ、手が空いたらエファナとメグル、武彦が手伝うことで意見が纏まる。
「それじゃぁ、サンタさん捕獲大作戦、開始ー!」
 ――― そう元気よく声をかけたのは、つい今しがたまで三角座りをしながらブチブチと文句を言っていた詠二だった‥‥‥



☆ ★ ☆



 とりあえず、サンタさんを見つけないと!との掛け声に、オーと皆で声を合わせて数秒後、隼人と詠二は悪魔の羽によってどこかへと連れて行かれてしまった。
「やっぱりそうなるわよね‥‥‥」
「悪魔の羽だからね‥‥」
 2人の背中を見送った後で、シュラインが耳を澄ませる。
 街の雑踏、風の声――― そんなものを排除した先、聞こえてきた風を切る音とシャンシャンと言う鈴の音。
「これがそうかしら‥‥‥?」
 爆音は聞こえてこないが、おそらくこの音がそうなのではないかと言うシュラインに、心配で一緒に来ていたエファナが「鈴の音がしてればそれだと思うよ」と言う。
「鈴の音以外にはなにか聞こえない?」
 暁の言葉に、耳を澄ます。シャンシャンと言う音が激しくて聞き取り難いが―――
『パラリラパラリラ』
『どっけどけー!そこのカラスどけっ!焼き鳥にしちゃうぞーっ!』
『パラリラパラリラ』
『世界を血まみれグッズで染めるんだー!うおおおおおお!燃えてきたぜえええええ!』
『パラリラパラリラ』
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「シュラインさん、何か他に聞こえなかった?」
「‥‥‥そう言えば、キモカワグッズ面白そうね。大きなお友達達に人気が出そうだわ」
 暁の質問を完璧に無視してエファナに微笑みかけるシュライン。
 ――― 世界のサンタさん。子供に人気のサンタさん。クリスマスと言えばサンタさん。
 そんな彼らが口にしたトンデモなセリフを言う事が出来なかったシュラインだったが、間違っているとは思わない。
 誰だって、他人に言ってほしくないことの一つや二つはあるだろう‥‥‥。
「うん、結構サンタの中でも人気があるんだよー!」
 エファナが手に持った袋の中から、血にまみれた猫さんを取り出す。その手には血まみれの秋刀魚が握られており、表情は恍惚、つぶらな瞳は狂気を宿している。――― エファナの解説によれば『猫さん凍った秋刀魚で不埒な輩を撲殺中』らしいのだが、暁は“怖い・気持ち悪い・こんなの貰っても嬉しくない”と言う感想だった。
 しかし大人なお姉さん・シュラインは―――
「なかなか可愛いわね。特にこのつぶらな瞳が」
「えぇぇ!?超怖いじゃん!今にも飛び掛ってきて殺られそうだよ!」
「そこが可愛いんじゃない!」
「そうですよね!そこが良いんですよ!」
 力説する女性2人組み。
 ――― 中性的な容姿であり、考え方もどちらかと言えば中性的な暁だが、今回は彼女達の言い分を理解する事が出来なかった。
 エファナは他にも『ウサギは草食動物なんて誰が決めたんだ?人参じゃなくて人間が好物なんだぜ!血まみれウサギ』や『モサモサ紙なんて喰ってられっかよ、肉よこせよ肉!とっとと肉持ってこないとお前を食うぞ!血まみれ山羊』など、次から次へと血まみれグッズを取り出してはシュラインと華やかに談笑していた。
「あ‥‥‥あの、シュラインさんにエファナ、早いところサンタさんを捕まえないと‥‥‥」
 女の子パワーにたじたじになる暁だったが、ここで引いてしまってはいつになってもサンタさんを捕まえられないばかりか、全ての血まみれグッズを見せられてしまいそうだ。
「あら、そうね。それじゃぁ、サンタさんを捕まえた後でまた見せてね、エファナちゃん」
「はい!もし宜しければ、気に入ったのを差し上げますよ!」
 パァっとシュラインの表情が明るくなり、そうとなれば早くサンタさんを捕まえなくちゃね!と、俄然やる気になる。
「それで、どうやって捕まえようとしてるの?簡単なトラップを仕掛けるって言ってたけど‥‥‥」
「さっきあたしとメグルちゃんで興信所の空間を少し歪めたんです。なので、そこに誘い出せば閉じ込めておく事が出来るのですが‥‥」
「ゆ、歪めたの‥‥‥?」
「でも心配しないで下さい!すこーし広くして、かなーり綺麗にしただけですから!」
「‥‥‥歪められたままでも良いような気がするな、俺」
 シュラインもその意見には賛成だったが、あえて口を閉ざしておく。
「そう。じゃぁ、興信所に呼び寄せるとして‥‥‥そうねぇ、うん、それで行こうかな」
「どんな作戦?」
 暁の耳元に口を寄せ、コソコソと作戦内容を伝える。
 そんな事をしなくても、彼女達の話を盗み聞きする者は誰も居なかったが、ようは気分の問題だ。



 メグルちゃんを手伝ってくるからと言って行ってしまったエファナを見送り、シュラインと暁は天使の羽を羽ばたかせるとビルの屋上に降り立った。ガランとした屋上は、風の通り道になっており、かなり寒い。
 靡く髪を手で押さえながら、シュラインが耳を澄ませる。
「うん、やっぱりこっちに来るわ」
「じゃぁ、あとは予定通りで良いんだよね?」
「えぇ、宜しくね」
 シュラインがコクリと頷き、さっと物陰に隠れる。
 ガチガチと震えながら待つこと数秒、シャンシャンと言う音が微かに聞こえてきた。
 シャンシャンシャンシャン、シャンシャンシャンシャン‥‥‥‥
 やけにやかましい音に耳を塞ぎそうになるが、暁はグっと我慢すると曇天の空を見上げた。
 灰色の空の中、黒い点が浮かび上がる。それはだんだんとこちらに迫って来ており―――
 ――― アレがソリ、だよね‥‥‥?
 黒いソリとはなんとも奇妙だが、暁は気を取り直すとバサリと飛び上がった。
 かなりのスピードで走ってくるソリの前に飛び出し――― キッキー!!と、トナカイが甲高い声を上げる。
 ブレーキ音も声なのねと、シュラインがホロリと涙する。
 彼女の聞いた『パラリラパラリラ』も、トナカイの声だった‥‥‥。
「こぉらっ!ひき殺されてぇのか貴様!」
 サンタなのに怖っ!
 シュラインと暁の意見が始めて一致する。が、それは内心での叫びだったので、双方は相手の考えを知る由もなかったが‥‥‥。
「そうだぞ!から揚げにするぞ!」
「パラリラパラリラ!」
 ‥‥‥トナカイはパラリラとキッキー!以外に喋れないのだろうか?
 それより何より、から揚げ‥‥‥?
「こ、ここから先は行っちゃダメなんだ!」
 濃いサンタさん御一行様に押されそうになる暁だったが、劇団員根性を見せて両手を広げると必死の表情を作った。
 シュラインが「暁君頑張れ!」と応援するが、内心での声援は届かない。
「なんだよ、何でダメなんだよ!空は全て俺様のもんだ!」
「そうだぞ!あたい達のもんだ!」
「パラリラパラリラ!」
 ――― シュラインさぁん、何かこの人達、ゴシックパンクを勘違いしてる気がするよー!
 ――― 負けちゃダメよ、暁君。きっと話し合えば分かってくれるはず‥‥‥!
 アイコンタクトを交わす。
 暁は必死に自身を奮い立たせると、キッとプチ悪 ――― 何だかもう、激悪な気もするが ――― サンタ達を睨みつけた。
「とにかく、ここから先は通せない!」
「何かお前隠してるな!?」
「隠し事はいけないんだぞー!サンタさん、来なくなっちゃうんだぞ!」
「パラリラパラリラ!」
 ――― シュラインさぁん、俺、こんなサンタさん達なら来てもらわない方が嬉しい気が‥‥‥
 ――― ダメよ暁君!サンタさん達に来てもらわないと、血まみれグッズがもらえないでしょ!
「だから、いらないんだってば、そんな怖いの!」
 思わず口に出してしまった言葉に、プチ悪サンタさん御一行様がポカンと間の抜けた顔をする。
「‥‥‥妄想爆裂少年か?」
「もしくは、幻と戯れる少年?」
「パラリラパラリラ、キッキー?」
「‥‥‥トナカイが一番むかつく」
 低く呟かれた暁の言葉に、トナカイがウルリとなる。
 一番無害な言葉を発していたはずだが、こう言うのは大抵、一番最後に言ったヤツにしわ寄せが来るのだ。
「お前、この先に何を隠してるんだ?」
「とっとと吐かないと、ひき殺すわよ!」
「パラリラパラリラ!」
「それでも、ここを通すわけには行かない!」
 暁がグッと睨みつけ‥‥‥「それじゃぁ、サクッとひき殺すか!」と、いたって軽い口調でソリを走らせようとするサンタズ。
「待ちなさい、極悪サンタたち!」
 凛と良く響く声と共に、シュラインが純白の羽を羽ばたかせてやってくる。
 走り出そうとしていたトナカイが「キッキー!」と叫びながら止まり、ゲホゲホとむせ返る。‥‥‥かわいそうだ‥‥‥。
「ここから先に行く事は許さないわ!」
「息子の一大事に駆けつけて来たの!?いい加減息子離れしないと―――――」
「誰が母親?誰が息子?」
 悪魔の羽も目ではないくらいのスピードでシュラインがサンタちゃんの隣に擦り寄ると、ギリギリと頬をつねり上げる。
「い、いひゃい、いひゃい‥‥‥!」
「せめてお姉様でしょ、お姉様!」
「しゅ、しゅみません、おねえひゃま‥‥‥」
 流石のプチ悪サンタとトナカイも、突然変貌したシュラインにタジタジになる。
 暁も思わず1歩後退り――― 分かれば良いのよと、天使のような笑顔を浮かべると、今まで起きた事は全て幻だとでも言いたげに、シュパっと元いた位置に戻る。
 どう見ても高校生な暁と、どう見ても20代にしか見えないシュラインを親子だと言い切ったサンタちゃんが全面的に悪いのだが、先ほどの構図はどう見てもシュラインが悪だった。‥‥‥不思議だ‥‥‥。
「とにかく、ココから先は行かせられないわ!この先には、良い子がいるの!貴方達みたいな悪いサンタを彼らに会わせるわけにはいかないわ!」
「なに!?良い子がいるだと!?」
「プレゼントをあげないと!」
「パラリラ!」
 腐ってもサンタな彼らは良い子と言う響きに弱い。
「お姉様、それを言っちゃダメだよ!」
 迫真の演技をする暁に、シュラインが低い声でツッコミを入れる。
「どうしてお姉様呼びなの?普通に呼んでよ‥‥‥」
「‥‥‥シュ、シュライン様?」
「何で様付け?」
 えーっとと、視線を宙に彷徨わせながら何か良い言い訳の言葉はないかと考える暁だったが、残念ながら良い言葉は浮かんでこない。
「‥‥‥とりあえず、そこをどくんだ!」
「トナカイ、出発しなさい!‥‥‥‥‥あのお姉さんは轢いちゃダメよ、絶対」
「パラリラ!」
 サンタちゃんの小さな注意を受け、トナカイが走り出す。2人を上手く避けたサンタ達がスピードを上げ‥‥‥
「あぁっ!!ダメだよシュラインさん、良い子達は草間興信所にいるとか言っちゃ!」
「‥‥‥私、まだ何も言ってないけど‥‥‥」
「興信所を入ってパーティー会場を抜けた先の小部屋にいるとか、言っちゃダメぇぇぇぇっ!!!」
「‥‥‥だから、私まだ何も言ってないんだけど‥‥‥」
「はっはっは!サンキュー妄想爆裂少年!」
「トナカイ、そっちに行くのよ!じゃぁねー、美少年にお姉様!」
「パラリラパラリラ!」
 グイーンと速度を増して去って行く一行を見つめながら、シュラインが暁に視線を向ける。
「だって、あのくらい言わないと道に迷っちゃいそうな感じだったじゃん」
「まぁ、確かにそれはそうね‥‥‥」
「じゃぁ、俺らも帰りましょうか、シュライン様」
「だから、何で様付けに敬語?」



★ ☆ ★



 無事に小部屋へと入っていったサンタ達に安心しながら、シュラインと暁は帰ってきていた零と武彦と一緒にパーティーの支度を整え始めた。シュラインが零の料理を手伝い、武彦がテーブルに料理を運ぶ。
 暁が適当な友人に電話をし、草間興信所に来てほしいと告げる。サンタちゃんを慰めるなんて楽しそう!と、意外にも皆ノリノリだった。流石は俺のダチ共と思いつつ、電話を終えるとシュラインたちを手伝う。
 そうこうしているうちに、悪魔の羽の力によって開始早々戦線を離脱した隼人と詠二がメグルに連れられて帰ってくる。
「あら、お帰りなさい、仁薙さんに詠二。‥‥‥詠二は生気が抜けたような顔してるけど、大丈夫?」
「なんとか‥‥‥。で、サンタさんたちは?」
「隣の部屋。俺のダチ共はもう少しで来るから、最初にサンタさんの方を治療しようぜ」
 暁がキラキラとした瞳で手を止める。
 ―――基本的に年上の人ラブの彼は、サンタさんにかなり思い入れがあるようだ。
「そうね。サンタさんを私達で治療して、サンタちゃんは暁君のお友達が来てからで、トナカイさんは‥‥」
「最後で良いんじゃねぇか?どうせ、プレゼントの回収と配りなおしもしなくちゃなんねーんだろ?その時で良いんじゃね?」
「‥‥‥あー、そっか。プレゼントも回収すんだよね。めんどくさいな〜」
 暁がやる気のない口調で呟き、冷たい視線に顔を上げると顔の横で手を広げた。
「冗談だよ。配りなおすのも楽しそうだしね」
「んじゃぁ、サンタを呼んで来い、暁」
「はーい!」
 元気の良い返事をして、暁が隣の部屋に入るとゴシックパンクに決めたサンタさん――― どう見ても怖いおじさんにしか見えないが、サンタさんだ ――― を連れて来るとテーブルの前に座らせた。
「わー、さんたさんすてきー」
 隼人が棒読みで言い、手を叩く。
 しーんとした空気が漂い、詠二が「隼人さんちょっと」と言って、部屋の隅っこに連れて行く。
「隼人さんはコレでも食べて大人しくしてて!」
「‥‥‥一応頑張ったつもりなんだが‥‥‥?」
「頑張らなくて大丈夫!隼人さんはいるだけでOK!ここで料理を食べてるだけでバッチリだから!」
「‥‥‥まぁ、俺には向いてねぇと思うから、てめぇらで何とかしてくれ」
 あっさり引き下がった隼人が、チキンを取るとガブリと食らいつく。
「サンタさん、会いたかったわ」
 シュラインが満面の笑みで、シャンパンの入ったカクテルグラスを差し出す。
「プレゼントなんてなくても、サンタさんが来てくれるだけで嬉しいよ。だってサンタさんって子供の夢じゃんね〜っ♪」
「‥‥‥プレゼント持ってないサンタなんか、ただの知らないおっさんだよな」
「その意見には俺も同感だけどね‥‥‥」
 サンタを持てはやす2人の背後で、隼人と詠二がそんな会話を繰り広げる。
「そうよ。プレゼントなんてなくても、子供たちはサンタさんを待ってるんだもの」
「厳密に言えば、サンタさんの持ってくるプレゼントを待ってるんだよな」
「子供は残酷ですからね」
 サンタさんの相手はシュラインと暁だけで十分だろうと考えたメグルが、隼人と詠二の輪に加わる。
「そうですよ。私達だって、サンタさんのためにお料理を頑張って作ったんですから!」
 キッチンから零が出てきて、おいしそうなケーキをサンタさんの前に置く。
 強張っていたサンタさんの表情が柔らかくなり―――そっと、暁とシュライン、零の頭を撫ぜる。
「ありがとう‥‥‥」
 風邪の治ったサンタさんを囲んで楽しくお喋りをしていた時、扉が開いて外から暁の友人がなだれ込んできた。
 皆派手な装いをしているが、クリスマスなのだから当たり前と言えば当たり前だ。
「うーん、さすが暁君のお友達ね。皆綺麗な子ばっかり‥‥‥」
「アッキー、ひっさー!てか、超ウマソーじゃね!?」
「おー!つか、可愛い子がいるー!なんて名前〜?」
「うわ、暁なみの美少年はっけーん!あたし、真理って言いまーす!君は何て名前〜?彼女いるー?」
 入ってきた途端に騒ぎ出して思い思いの方へと行く彼らを、暁の声が遮る。
「はいはい!ちょっと待ったー!お前ら、ここに来た目的は?」
「食い物」
「可愛い女の子」
「カッコ良い男の子」
「アキのお馬鹿さ加減を見に」
「‥‥‥何で誰一人として正解がいないんだよ!違うだろー!」
「もー、ちゃんと分かってるってばキリュー!サンタちゃんを可愛いって言ったりすれば良いんでしょー?で、その肝心のサンタちゃんはどこにいるのよー?もしかして、この2人のうちのどっちかー?」
「うお、マジ!?えー!どっちも超可愛いんだけど!」
「チヤホヤされたいとか言われなくてもチヤホヤするっつの!」
「‥‥‥だー!違うってば!もー!シュラインさん、サンタちゃん呼んできてもらえます?」
「えぇ、分かったわ」
 クスクスと笑いながらシュラインが隣の部屋に入って行く。
 彼女がサンタちゃんを連れてくるまでの間に、銀色の美少女が笹貝・メグルと言う少女で、隣にいる鷺染・詠二の妹だと言う事、黒髪の美少女は草間・零と言い、草間・武彦の妹だと言う事、そして最後、金髪の少女はエファナと言う名だと教える。
 シュラインに連れてこられたサンタちゃんは、メグルや零と並ぶと見劣りするが、なかなか可愛らしい少女だった。
「なんだー、フツーに可愛いじゃん!」
「君、何て名前?」
 さすが暁のお友達軍団。容姿端麗な挙句、恋愛戦歴は百戦錬磨の輩が多い。女の子の扱いはお手の物だ。
「星空やトナカイの鼻なんて目じゃなく輝いているわ。貴方こそスターね」
 シュラインも男の子達に混じり、必死にサンタちゃんを褒めている。
「そうだよ!ミニスカートのサンタなんて、超可愛いし!ねね、今度一緒にプリクラ撮らない?」
「てか、写メしよ、写メ!」
 キャイキャイと騒ぐ一同をそのままに、暁が隼人達の輪に加わる。
「‥‥‥どうした、お前、あーゆーの得意そうじゃねぇか」
「うーん、得意か不得意かと聞かれれば得意な方だけど、今日はなんか、気分が乗らないからパス」
 あんだけいるんだから十分でしょう?と言い、視線はサンタさんに向けられている。
 サンタさんもサンタちゃん同様暁の友達に囲まれており、少々困ったような横顔は楽しそうだ。
「‥‥‥暁君って、おじ様好きだったっけ?」
「うん!」
「おば様は?」
「うーん。嫌いとか好きとかじゃないな。人による」
「‥‥‥もしかしてお前、男好きか?」
「どっちも好きだよ」
 隼人の言葉にサラリと返す暁。
「隼人さんだって素敵だと思うし、詠二だって良いと思うし‥‥‥でも、この中ならメグルちゃんかな?」
 ふわり――― 小悪魔的な笑顔を浮かべる暁だったが、笑顔を向ける相手が悪い。
 鈍感少女・メグルは「私も暁さんの事、素敵だって思いますよ」と他意のない笑顔で言ってのけた。
「うーん、メグルちゃんは手強いなぁ‥‥‥。隼人さんも、どっちもイケルっしょ?」
「まぁな」
 どこか通じ合う2人は、真意の見えない視線を通わせるとふっと微笑んだ。
「もー、2人とも俺を挟んで熱い視線で会話しないでよー!なんか、邪魔者みたいじゃーん!」
 むぅと詠二が膨れた時、メグルがすっと空間を手でなぞると薄い膜を作り出した。
「そろそろプレゼントの回収と配達に行かないといけません」
 シュラインが隣の部屋からトナカイを連れてきて‥‥‥楽しく会話を続ける少年少女には、どうやらその光景は見えていないらしい。
「この部屋には私達のダミーを置いておきますが、さほど上等な魔法ではないですし、難しい事を言われれば答えられません」
「つまり、バレる前に戻ってこなくちゃいけないってことね?」
 そうですと、シュラインの質問に頷き、メグルが壁に手を当てる。
 ポッカリと開いたそこには雪が舞い落ちる白銀の世界が広がっており――― ピィっと、詠二が指笛を吹けば、鈴をつけたソリがシャンシャンと音を響かせながらやって来た。
 シュラインがクッションを引き、トナカイを誘導する。トナカイが戸惑いながらもクッションの上に座り‥‥‥
「ずっとソリを引っ張り続けていなくても良いんだよ、たまには休んでも良いんだよ。サンタさんだけじゃなく、君だって輝いてる。1回くらいソリに乗っても良いんじゃない?」
 暁がエファナに言われた事をそのまま引用し、一時場が凍りつく。
 俺の中じゃサンタさんの方が輝いているけどねと、年上好きの暁は内心では思っていた。
 劇団員なだけあり、台詞回しは完璧だったのだが、その完璧さが白々しかった。
「あ‥‥‥暁、君‥‥‥?」
 つぶらな瞳のトナカイが目を潤ませ、シュラインがニッコリと般若のように微笑む。
 あまりにも怖い笑顔に一瞬ゾクリと背筋を凍らせた暁だったが、直ぐに気を取り直してチェシャ猫のように微笑むと、どうぞと言うように片手をトナカイの方に向けた。
「暁君はあんな態度だけど、本当にそう思ってるのよ!何て言うか、彼は‥‥‥ツンデレ?なの!」
 いまいち違う気もするが、トナカイはそれで納得したようだ。
「それで、サンタさんズにトナカイさんの乗ったソリを引かせるってことでOKなの?」
「えー!サンタさんに引かせるの!?」
 暁が抗議の声を上げるが、蛇に睨まれた蛙 ――― もとい、シュラインお姉様に睨まれた暁君 ――― はゴクリと喉を鳴らすと言葉を飲み込んだ。
「でも、まさか本物のサンタさんにソリを引かせるわけにはいかないですし‥‥」
 風邪は治ったとは言え、そんな事をさせれば今度は風邪ではない本物のプチ悪になってしまう可能性もある。
「でも、トナカイのことを考えれば、やっぱ引っ張るのはサンタだよな」
 隼人もサンタがソリを引っ張る事に賛成し、メグルが目を伏せるとコクンと頷いた。
 細い手が空を切り、ソリの前にサンタさんとサンタちゃんが現れる。
「これ‥‥‥」
「魔法です。ソリを引っ張るだけなんで、さして大掛かりなものではないですよ」
「‥‥‥それより、何で四つん這いなんだ?」
「だって、トナカイさんの代わりですし‥‥‥」
 何か不都合でも?と首を傾げるメグルだったが、不都合なら沢山ある。
 まず、何だか見ていて居た堪れなくなる。次に、ちょっと不気味だ。
「って言うかメグルちゃん、このままソリに乗ったらサンタちゃんのスカートの中が‥‥‥」
「そ、そうでした!」
 暁の言葉にはっと気づいたメグルが、サンタさんとサンタちゃんを立たせる。腰の辺りにソリを結びつけ、一同はソリに乗り込むと雪が降りしきる夜空を疾走した。
 トナカイが嬉しそうに微笑みながら、イルミネーションに輝く町並みを見下ろす。シュラインが寒くない?と声をかけ、フワリとひざ掛けをかけてあげると一緒になって真下に広がる宝石のような世界を見つめた。
「まずは、あそこのお家の子からです!」
 メグルがサンタさんズに指示を出し、ソリを2階の窓辺に止める。
「それで、どうやって中に入るわけ?」
「それなら俺に任せときな」
 隼人がそう言って窓に掌をつける。外の空間と部屋の中の空間が繋がり――― 詠二が隼人にプレゼントを手渡し、枕元にあるものを回収してコレを置いてくるようにと頼む。
 何で俺が‥‥‥と思いつつも、隼人は部屋の中に入った。
 ベッドの中でスヤスヤと眠る可愛らしい少女の枕元、明らかに毒々しい色のプレゼントが置いてある。
 それをそっと回収してプレゼントを置き――― 何かが指先に触れたと思った瞬間、眩い光りが部屋を満たした。
 タッチライトが明るい黄色の光りを撒き散らし、少女が「うーん」と唸ると目を開ける。
 そして―――――
「ひにぃやぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」
 凄まじい叫び声を上げた。
 確かに、目覚めて見た先、黒い羽を生やしたヤのつくご職業っぽい人がいれば、叫び声を上げたくもなる。
 娘の悲鳴を聞きつけた両親が飛び起きる音が聞こえる。ドカドカと階段を上ってくる音がし‥‥‥暁が隼人の腕を引っ張り、慌てて空間を閉じるとその場を離れる。
「あ‥‥‥危なかったわ‥‥‥」
 冷や汗を袖で拭い、シュラインが溜息をつく。
「次は俺が行くよ」
 暁が名乗りを上げ、次の家に着き―――
「うわぁぁぁぁぁ!!」
 そして次の家ではシュラインが担当し―――
「きにゃぁぁぁぁあああっ!!!?」
 結局その後、3人の新米サンタさんはベッドサイドに置かれたタッチランプと言うトラップに引っかかり、数人の家々で真夜中の騒動を巻き起こした。
 次の日、良い子のちびっ子達は昨夜やって来た不思議な人について様々な意見を交わした。
 プレゼントが置かれていた事などから、サンタさんだとは思うのだが ――― 絵本などで見るサンタさんとは大分違う。
 太っていないし、白いひげもなかったし、赤い服も着ていなかった。
「プレゼントは確かにあったけど、黒い羽の怖いお兄ちゃんだった」
 ある女の子は涙ながらにそう言い、あの人はサンタさんと言うよりは悪魔さんだったと語った。
「俺のところにはな、白い羽のすっげーキレーなお兄さんが来たぞ!」
 ある男の子は力強く言い、げーのーじんみてーだった!と言って興奮していた。
「あたしのところには、美人な白い羽のおねーさんが来たよ!にこって笑ってね、優しそうだった!」
 ある女の子はそう言い、あたしもいつかあんなおねーさんになれるのかなぁと、目を輝かせた。
 ――― 結局、サンタさんとはどんな人なのだろうか‥‥‥?
 その問いの答えは、見出せないままだった ―――――



☆ ★ ☆



 メグルとエファナの能力が解かれた興信所内で、シュラインは掌に乗った小さな箱を見つめていた。
 つい先ほど別れたエファナとの会話を思い出す‥‥‥
「サンタさんたちの風邪も治してくれたし、凄く感謝してるわ」
「こちらこそ、楽しいクリスマスの思い出を有難う」
 照れくさそうに微笑んだエファナが、真っ白な袋の中から全く同じ小さな箱を2つ取り出した。
「頑張ってくれたシュラインさんに、プレゼント。これはね、開けた人の欲しい物が出てくるプレゼント箱なの」
 箱は小さいが伸縮自在で、例えば車を望んでいたとしても箱が巨大化し、きちんと望んだ物が出てくるのだと言う。
 ただし物でないとダメで、人や形のないもの ――― 気持ちなど ――― は駄目なのだと言う。
「どうして2つも?」
「気になる人に渡してみたらどうかなって思って‥‥‥」
 気になる人―――
 チラリと、エファナの視線が武彦に注がれ、悪戯っぽい笑顔を浮かべた小さなサンタさんは、後ろにあった窓を開け放った。
 夜空から、はらり、はらりと雪が舞い落ちており―――
「あともう少しでクリスマスは終わっちゃうけど‥‥‥メリークリスマス」
「メリークリスマス、エファナちゃん」
 満面の笑みで手を振ったエファナが、ふっと窓の外に落ちる。一瞬驚くも、直ぐ後に聞こえた鈴の音に安心すると、灰色の雲に解け消えていく真っ赤なソリを見えなくなるまで見送った後で窓を閉めた。カタンと背後で音が鳴り、振り返る。
「エファナはもう帰ったのか?」
「えぇ。今さっき‥‥‥」
「そうか。遅くなったけど、コレ‥‥‥クリスマスプレゼントだ」
 差し出された箱を開けてみれば、可愛らしいカップが入っていた。シュラインも武彦のために買った黒いコートをプレゼントする。
 喜んで着てくれた武彦に、表情が緩む。
「そうだわ、コレ‥‥‥エファナちゃんがくれたんだけれど‥‥‥」
 箱の説明をし、2人で一緒に開ける。真っ白な煙がモコモコとあがり、一瞬ギョッとするが、すぐに煙は納まった。
 そして―――
 シュラインの箱の中には、ペアの腕時計が、武彦の箱の中には、シンプルなペアの指輪が入っていた‥‥‥
 互いの名前が内側に掘り込まれたソレを、そっとシュラインの細い指に嵌める。
「メリークリスマス、シュライン」
「メリークリスマス‥‥‥武彦さん‥‥‥」



END


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


 7315 / 仁薙・隼人 / 男性 / 25歳 / 傭兵

 4782 / 桐生・暁 / 男性 / 17歳 / 学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員


 NPC / エファナ
 NPC / 草間・武彦


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 遅れまして申し訳ありません、メリークリスマスです!
 今回、今までにないくらいシュラインさんで遊んでしまいました!すみません‥‥
 血まみれグッズは、私もちょっと心惹かれます!
 山羊さんにウサギさんに猫さんに‥‥‥でも、クリスマスのプレゼントとして渡されると微妙です。
 暁君やプチ悪サンタズとの掛け合いが書いていてとても楽しかったです!
 最後に、遅ればせながら、シュラインさんと武彦さんの関係を恋人といたしました。
 今後私にご依頼いただく機会がありましたら、上記のような関係で書いて行きたいと思います。
 楽しいクリスマスの1日を描けていればなと思います。
 ご参加いただきましてまことに有難う御座いました!