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<東京怪談・PCゲームノベル>


VamBeat −Incipit−






 普段ならば、そんな場所に近づくことなど無かった。
 たまたま総会の帰り道渋滞に巻き込まれ、運転手がこの辺りならばよく知っているとわき道に逃げたことが始まりだった。
 車が行き交うことも出来ない狭い路地。
 けれど、此処はとてもこの国の裏の顔を良く現していると思えるような場所。
 暗い裏路地。
 回る街のネオンが時々照らす細い路地の先、それはいた。
「……?」
 こんな路地には似つかわしくない車の主、セレスティ・カーニンガムはぴくりと顔を上げる。
「止めてください」
 路地から感じる異質な気配。
 セレスティは車から降りるとその気配に向かって歩き出す。
 流れる水の気配。
 いや、これは―――
「大丈夫ですか?」
 青年、いや、少年だろうか。
 声をかけた先にうずくまる少年は、微動だにしない。それどころか、腹部を押さえ荒い息を吐くばかり。
 セレスティは少年の傍らに膝を付き、その顔を覗き込むようにもう一度声をかけた。
 かっと血色一色の少年の瞳が見開かれた。
 セレスティの肩がぐいっと後ろに引かれる。
 目標を失った少年は、その唇の端から鋭い犬歯を覗かせて、そのまままた地面に転がった。
 セレスティは重量を感じた方向へ振り返ると、運転手が軽く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
 運転手に肩を引かれなければ、セレスティの首筋は今頃少年に喰らいつかれていたに違いない。
(吸血鬼…でしょうか)
 確かに先ほど襲い掛かってきた威勢はどこへやら、腹部を押さえたまままた荒い息を吐き、額から汗を流す。
 銀糸の髪に、血色の瞳。吸血鬼としてもお誂えとでもいうような容姿そのまま。加え、吸血鬼とは特定の武器でなければ殺すことは出来ず、人の何倍も回復能力が高いと記憶している。
 そしてそれは新しい血を手に入れることで顕著に現れる。
 しかし、相手を選ばないほどにこの吸血鬼は切迫していた。
 別段血をあげる事に抵抗もなにもないのだが、自分は人ではなく人魚である。そんな自分の血でもいいものだろうかとふと考える。
「血であることには変わらない…ですよね」
 セレスティは軽く手を傷つける。少年の鼻がピクリと動いた気がした。
「もう大丈夫でしょう。彼を運んでください」
 朦朧とした意識の下、うっすらと開いたままの瞳は、血色であることに変わりないが、先ほどとは違い、ちゃんと白目と瞳がある。
 セレスティ自身も動けなくなっては困るので、必要最小限にとどめた血ではやはり彼の怪我を完全に治すことは無理だったのだろう。
 血は止まっているものの、えぐれたような腹部の傷はまだそのままだ。
 できるだけ早くここを去らなくては。
 彼の傷は確かに致命傷だった。それをセレスティが回復してしまったのだ。
 少年を襲った人物が回復に気付き、追いつかれる前にできるだけ遠くへ。
「屋敷へ」
 セレスティと吸血鬼を乗せた車は全速力でその場を去った。







 吸血鬼とはこんなにも怪我の治りが遅いものだろうか。
 人と比べれば早いが、再生能力や自己治癒が行える人々からみれば彼の傷の治りは実に緩慢なものだった。
 何が彼を此処まで傷つけたのか。
 吸血鬼が死ぬとされているもの。
 そんなことを考えつつ、呻きからある種の寝息に変わった彼を見つめる。
 身体の骨格は確かに青年のそれだが、顔つきにはまだまだ幼さが残っている。
 自分と同じで、人と同じ年齢の尺度は当てはまらないかもしれない。
 何よりも、銀の髪に、赤い瞳の吸血鬼など、伝承も含め多すぎて特定に至るにはかなりの時間と見聞が必要そうだった。
「…!!?」
 微かな気配。セレスティは見つめていたパソコンのディスプレイから顔を上げ、条件反射のように水の壁を作る。

 ガシャガシャガシャン!!

 バルコニーに繋がる窓全てが一瞬にして吹き飛ぶ。
 一時セレスティの反応が遅ければ、飛び散るガラスの餌食になっていただろう。
「Buenas noches Sr.」
 コツン。と、ブーツの足音を響かせて、黒い影が一歩部屋の中へと踏み入った。
「窓からのお客様を招いた覚えがありませんが?」
 影の口から出た言葉はスペイン語……日本語は通じるのだろうか。
 雲が晴れ、月明かりが部屋の中を照らす。
 扉の向こうから使用人たちの叫ぶ声が聞こえる。
 心配して駆けつけてきたのだろう。だが、今此処で部屋に入られては惨劇が増すだけだ。
 明かりに照らされた影は、青年。白い詰襟に黒いカソック。
 神父だ。
「貴方が拾われた屑を滅しに参りました」
「何のことか分かりませんが?」
 多分、青年が言った屑とはあの吸血鬼の少年のことだろう。
 だが彼の傷はまだ癒えてはいない。
 言動から少年に致命傷を追わせたのはこの神父だろうと想像はつく。
 車椅子のセレスティに機敏な動きはまず無理だ。
 誤魔化すことはできないなら、彼が回復して逃げるまでの間、時間を潰すことができればそれでいい。
「では勝手に掃除させていただきます」
 青年は微笑んだ。人のよさそうなその顔でにっこりと。
 銃口はセレスティのその額めがけて上げられた。
 この青年は本当に聖職者か? カソックを着ているだけの似非ではないのか。
「adios……」
 引き金に指がかかる。
 セレスティは青年に悟られないよう水の流れを操る。
 が――――
「iDetenga…止めろ!」
 少年の声が部屋に響く。
「目を覚まして……」
 セレスティはやっと目を覚ました少年にほっと息をつく。
「こんばんはダニエル。死に損ねた気分はどうですか?」
 神父はセレスティに銃口を向けたまま、ダニエル少年に視線を向け微笑んだ。
 挑発とも取れる神父の言葉に、ダニエルは奥歯を噛み締める。
「その人は…関係ない」
「それは余り意味の無いことです」
 ダニエルの瞳には、セレスティが人質にとられているように映っているのだろう。
 だが、ダニエルの登場にセレスティに向けられていた銃口は簡単に外され、標的はダニエルへ。
「な…に……?」
 引き金を引こうとした神父の足元がふらつく。そしてそのまま床に膝を着いた。
「行ってください」
「!!?」
 短いやり取りではあったが、どうもセレスティには神父が一方的にダニエルを追かけているように見える。
 神父という職業上仕方がないことなのかもしれないが余りにも過剰だ。
「あなたは彼とは争いたくない。そうでしょう?」
 セレスティの問いかけに、ダニエルはこくんと頷く。
 彼は一度神父を見やり、窓枠しか無くなった窓からバルコニーに出ると、微かに振り返った。
「……Con el Sr.…」
 タン。と、軽い足音だけを残して、ダニエルの姿は一瞬にして消える。
「…待っ……」
 セレスティの力によって貧血を起こした神父は、ダニエルを追かけるため立ち上がろうとするが、足に力が入らず上手く立てない。
「大丈夫です。後数分もすれば立ち上がれますよ」
 セレスティはこれ見よがしに神父ににっこりと笑いかける。そして、散らばるガラスの隙間に車椅子を器用に動かすと閉じていた扉を開け放った。
(それではまた…ですか)
 入れ替わるように使用人が部屋になだれ込んだときには、神父の姿はもう消えていた。















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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】


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■         ライター通信          ■
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 VamBeat −Incipit−にご参加くださりありがとうございまいした。ライターの紺藤 碧です。
 お目見え程度、完全巻き込まれ状態です。すいません。窓の修理代は教皇庁に請求してやってください(笑)
 それではまた、セレスティ様に出会えることを祈って……