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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆朱夏流転・伍 〜小暑〜◆


 ふう、と物憂げに、篠原美沙姫は溜息をついた。
 つい先程、配下のメイド達に追い立てられて自分の仕える屋敷から出てきたばかりだ。
 そうされるのは初めてではないし、その理由も分かっている。
(コウ……)
 彼女の心を占める赤髪金瞳の男性――コウ。
 先日彼と、彼の一族の当主だという『式』と名乗る人物に会った。そしてその際に、意味深な言葉を告げられた。
 それもあって、それまで以上にコウのことを気にかけるようになってしまったのだ。自然、物思いに耽る時間も増えてしまい、理由を察した配下のメイド達に気遣われてしまったのだった。
 ふ、と、影が差したのを感じて、美沙姫は俯いていた顔を上げた。
「こんにちは、美沙姫さん」
 真っ先に目に入ったのは笑みに細められた金の瞳。そして鮮やかな赤の髪。
「コウ…?」
 驚きに名を呼べば、彼――コウは僅かに不思議そうな顔になる。
「あれ、美沙姫さんって俺のこと呼び捨ててたか? や、別にイヤなわけじゃねぇけど」
「いえ、先日式様に……」
「アイツに?」
 美沙姫が言いかけると、コウは途端に嫌そうな顔をした。そんなに当主のことが嫌いなのだろうか。
 尚もコウは渋面で言葉を紡ぐ。
「どうせ何か余計なことを言ったんだろ」
「あの、式様が、コウが敬称付きで呼ばれることを好まないと仰られたので…」
「……あー、うん。確かにあんま好きじゃない。ったく、ホント碌なこと言わねーな…」
 とりあえず美沙姫が言い直せば、コウは深く溜息を吐く。しかしすぐに表情を切り替え、美沙姫に笑いかけた。
「ま、いーか。…それより俺、アンタを探してたんだ。会えてよかった」
「探してた、って……」
 自分のことを探していた、とコウは言った。その言葉は、嬉しいもののはずだ。けれど美沙姫は、嫌な予感が自分を襲うのを感じていた。
 細められた金の瞳が全く笑っていないように思えて、美沙姫は戸惑う。
「――サヨナラ、を。言いに来た」
「…………え……?」
 一瞬、何を言われたか分からなかった。
「つい、ズルズル会っちまったから――ホントは、こーいうのっていい顔されねぇんだよ。俺はただ、『道具』として在ることが求められるんであって、こうやってまるで『人間』みたいに、誰かと――一族外の人間と親しくなるなんて、在るはずなかったんだ」
「そんな、」
「美沙姫さんにはおかしく聞こえるかも知れねぇけど、それが『封破士』だ。当主の望みを叶えるための道具として、生きて死ぬ。道具が主人以外と関わるなんて、おかしいだろ」
 己が『道具』なのだと、コウは言う。彼がそう言うのは初めてではないけれど、まるで自分との関わり全てが間違っていたのだとでもいうような言動に、美沙姫は式の言葉を思い出して心配になる。
 式は、コウが――コウの一族が『封印解除』のために存在するのだと言った。それは式がそう望むからであり、コウ達の存在の根幹がそこにあるからだと。
 もし、あの言葉が比喩でもなんでもなく、言葉通りの意味だとしたら。
「コウは、」
 気づけば、口を開いていた。
 微かな戸惑いがコウの瞳によぎる。美沙姫は強くその瞳を見返した。
「コウは、何の為に封印解除をしてきたのですか。どなたかの――以前仰っていた妹さんの為にでしたら、その方はあなたの犠牲を望まれるでしょうか」
「っ、それは…」
 恐らく反駁しようとしたのだろうコウの言葉を遮り、続ける。
「私はその様な事を望まれないと思います。あなたがいなければきっと悲しまれます。…私もあなたがいなくなるのは嫌です。式様にあなたの事を聞かれ、答えました。私にはコウが必要だと、――コウの傍で支えになりたいと」
 コウの金の瞳が見開かれ、次いでカッとその頬に朱がはしるのを、美沙姫はどこか冷静に見ていた。
「な、んつーこと……言うかな、アンタは。何か、いっつも驚かされてる気がする。――けど、」
 コウの表情が、自嘲の笑みへと変わる。どこか、泣きそうにも見えた。
「駄目だ。それは、……そういうのは、俺に相応しくない。俺はたった一つを決めた。選んだ。だから――」
 にこり、と、彼らしくなく静かにコウは笑った。今までで一番綺麗で――そして哀しい笑顔だった。
「やっぱりサヨナラだ、美沙姫さん。――俺には、アイツを捨ててアンタを選ぶなんてこと、できねぇから」
 それは紛れもない、決別の宣言だった。
 アイツ、とは以前言っていた『妹』のことだろう。彼女を『選ぶ』ことが美沙姫との別れに直結すると――そういう意味なのだろうことは、コウの口振りから分かった。けれど、どうして。
「この先、俺が本邸から出ることはない。次の封印解除は本邸でやるからな。だから、もう二度と会うこともないだろ。……アンタが俺に好意を持ってくれてるらしいってのは、何となく分かってる。でもそれも、一時の気の迷いだ。会わなきゃ忘れるだろ? ……きっと俺も、忘れられる――」
 最後に小さく呟かれた言葉は、美沙姫の耳に届く前に空気に溶けて消えた。
 コウは笑う。
 ――…昏い、笑みだった。瞳に映る感情は混沌としていて、底無しの沼を髣髴とさせる。何もかもを飲み込んでしまって、それ故に何も見えない。
「アンタだって、俺を選んで他の全部――家族とか、友達とか、そういうの全部捨てることなんて、できねぇだろ。アンタが俺を選ぶってのはそういうこと――」
「できます」
 考えるより先に、美沙姫は答えていた。コウが一瞬息を止める。
「コウの傍で支えになりたいと式様に言いました。その言葉に偽りなどありません。――何もかもを捨てることを、迷わないといったら嘘になります。けれど、それでも私は、……コウを選びます」
「……正気かよ」
 呆れたように――それでいてどこか焦りを含んだ声音で、コウが言う。美沙姫はそのコウの真正面に立って、何の感情にか揺れる金の瞳をまっすぐに見据える。
「コウは判っていないかも知れませんけど、私はこう見えても諦めがとても悪いんですよ。……コウがどこに行こうと必ず探します。会いに行きます」
 にっこりとコウに笑いかける美沙姫。けれどその瞳は「逃がしませんよ」と雄弁に語っていた。
 しばらく言葉を探すように口を開閉していたコウは、観念したように深く深く溜息をついた。
 そして真剣な瞳で、美沙姫を見た。
「そこまで言うなら―――来るか、俺のところに。俺の一族の中――あの、閉じた世界に。何もかもを捨てる、その覚悟があるなら、……来いよ」
 差し出された、自分のものより大きく筋張った手に視線を落とす。
 ―――…この手を取れば、もう帰れない。今まで自分が築いてきた何もかもを、捨てることになる。
 それでも、それがわかっていても、自分は――。
 ゆっくりと、自分の手をコウの手に重ねた。誰に強制されるでもなく、自らの意思で。
 ぐっ、と強く手を握られる。感じるその温度に少しだけ涙腺が緩んだのを、コウは気づいただろうか。
 そして、手を引かれる寸前、一瞬見えたコウの横顔が泣きそうに見えたのは見間違いじゃないのだろうと――そう、思った。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4607/篠原・美沙姫(ささはら・みさき)/女性/22歳/宮小路家メイド長/『使い人』】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、篠原さま。ライターの遊月です。
 『朱夏流転・伍 〜小暑〜』にご参加くださりありがとうございました。
 お届けが大変遅くなってしまって申し訳ありませんでした…!

 うまく雰囲気が伝わるかどうかドキドキしながら執筆しました。
 巻き込みたくない気持ちと寄せられた気持ちが嬉しいのと半々がコウの中でせめぎあう感じだったのですが……うまく表現できていたかどうか。
 そして、本当にいいのかな、と思いつつ、コウからの本邸への誘いに乗っていただきました。次の『大暑』まで本邸で過ごしていただくことになります。

 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 それでは、書かせていただき本当にありがとうございました。  。