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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


怪談どうでしょう?


【月刊アトラス企画サイコロの怪談!】
1か2.北海道! コロボックルに会う為飛行機で!!
3か4.秋田! なまはげに会う為に新幹線!(自由席)
5.東京! ろくろ首目撃の為タクシーで移動!
6か7.大阪! 幽霊見たくて長距離バス!
8か9.岡山! 桃太郎に会う為ヒッチハイク!
0.福岡! めんたいこを買いに青春18切符!

「……いや、碇、なんなんだこれは」
「ボードよ」
「いやそうじゃなくてだな、これに書かれている事は、一体どういう意図で書かれているのかがだな」
「この十面ダイスを振って、出目に従って移動するの。三日間の内、最終的に東京へ戻れればOK」
「……何の為?」
「そういう企画なのよ」
「……で、なんでうちに来た?」
「この企画に参加してくれる人を集めてくれるかしら?」
「……うちは興信所なんだが」
「怪奇の類以外は断らないんじゃないの?」
「お前な……、いや、まぁいい、だが仮にこれがテレビだとしても、こんな無茶な企画をやる番組が一体何処にあるんだ」
 主に北の方に。(最強の地方ローカル的に


◇◆◇

 予告編!

「いや、これシュラ姉が参加しちゃ駄目な企画だってば!」
 サイコロの出た目で! 日本縦断!
「あ、あの、北斗君。まだ北海道着いたばかりだよ?」
 常識は敵!
「目は死んでいるけどうどんプリッツは食べてるのよね」
 悪魔が微笑み!
「……てい!」「ゲフッ!」
 神も笑う!
「どうしたの、アゲハちゃん?」
「いえ、その、……なんで私こんな事してるんだろうってふと」
 果たして三人は、三日以内に東京へ戻れるのか!?
「甘い、甘いねシュラ姉! そしてアゲハッ! 過去何度夢☆戦士達が、この猛者に挑み、敗れた事か、今からこの身を持って!」
 運命は全て――
「……」
「……」
「……」
 ――十面サイコロが握っている
「……メガで」

◇◆◇


[12月某日 午前六時一分 東京駅前]

「……」
「……」
「……」
 ……。
「……その、」
 沈黙がドットになって何時までも続きそうだったが、声が一つ、
「いまいち状況が掴めないわね」
「状況っていうかなんつうか……、……ツギハギのうさぎのぬいぐるみ……の顔が丸見えになっているマスクを三下が被っていて、で」
「ハンディカメラを持って私達を写してる、ってこの状況……」
「どーもっ、守崎北斗です」
「あの、ビデオに挨拶しなくても」
 だってなんかこうテレビ番組みたいなノリじゃん、と、草間武彦にいいから行けと問答無用で依頼に放り込まれたのは、名前紹介済、ごく普通の高校生ただし忍者の守崎北斗。苦笑いを続けながらそういうものでしょうかと、頬をかきながら応対するのは彼より一つ下の久良木アゲハ。モフモフは可愛いけど中身が三下君じゃねぇと、ツギハギうさぎマスク(刳り抜きver)を眺め目を細めているのはシュライン・エマ女史である。ちなみに三人、顔は合わせた事があるので、容姿についていちいち書かなくて助かると何処かから聞こえる。とりあえず、アゲハの衣服の趣味は若干服として軸がブレている。
 今年も残すところあと一ヶ月といった頃に、早朝、草間経由で東京駅前に集められた三人を出迎えたのは、なんだか申し訳なさそうにしているアトラス編集部の駄目下さんだった。
「で、三下、これどういう状況?」
 とりあえず話しかけてみる北斗、
「……おーい」
 が、
「おい」
 ……、
「……」
 ……、
「てい」「ゲフッ!?」「北斗君!?」
 再びの沈黙を遮ったのは、三下へのボディブローであった。お遊び程度の。ただし、実は忍びである彼のボディブローはお遊びでも結構利いていた。慌ててアゲハが止める程に。
 長閑ねぇ、とこの状況を見ても眉一つ動かさないシュライン・エマだったが――
「やぁ、やぁ、やぁー、お三方―」
「……」
 聞こえてきたのは少女の声、ていうかこの声は、
「……あ、あの、零ちゃん? 後ろから現れていきなり何を」
 そこに居るのは、何故か巻物を持っている草間零である。
「ぬは、ぬは、ぬはは」
「どうしたのかしら、色々と」
「……義兄さん経由で渡された、碇さんの台本通りなんですけど」
「台本通りって、ちょっと」
 突然姿を見せた武彦の義妹、ますますカオス極まる状況、と思いきや、「……いやちょっと、まさか」一人だけ、何かに気づいたかのような北斗。
「どうしたのかしら、北斗君」
「ああ、いやちょっと待ってシュラ姉。いやまさか、まさかとは思うけど、駅前、四人、一人カメラ、で、零ちゃんのこの語りはあの回の」
「やーやー、我がアトラス編集部はー、最近ネタ不足で人気不足ー」
 彼の考察に構わず続ける零嬢、「なのでー、深夜に思いついたこの企画をー、出所詮索禁止のお金でやってみる事になったー、それではー、発表するー」
 そして彼女が取り出したのは、……携帯? その画面に群がる三人――

【月刊アトラス企画サイコロの怪談!】
1か2.北海道! コロボックルに会う為飛行機で!!
3か4.秋田! なまはげに会う為に新幹線!(自由席)
5.東京! ろくろ首目撃の為タクシーで移動!
6か7.大阪! 幽霊見たくて長距離バス!
8か9.岡山! 桃太郎に会う為ヒッチハイク!
0.福岡! めんたいこを買いに青春18切符!

「……えっと、これは」
「なんなんでしょうか?」
 合点がいかない女性が二人と、
「マジでッ!?」
 昨今の若者らしく驚く男一人、あ、なんか頭抱えて踊ってる。それを見ても戸惑うし、戸惑いだらけのシチュエーションで、零は台本通り、
「今よりー、お前達四人の運命を決めるのはー、この十面ダイスチョコを振って出た目だー」
 そんなお菓子が売り出されているのかと思いながら、ああなるほどそういう企画かとも思いながら、いやちょっと待て見るのとやるのでは大違いと思いながら、となるとすずむ下と呼ばなければいけないのかと思いながら、碇女史が深夜番組をパクげふげふインスパげふげふ練りに練った企画が、四人を犠牲に遂に始まろうとしていた。


◇◆◇


「いや、これシュラ姉が参加しちゃ駄目な企画だってば!」
 零嬢がぺこっと頭を下げて電車へ帰った後、三人に残されたのは、今後碇女史から指令がメールで下りる携帯と、十面ダイスチョコと、ハンディカメラを持った三下改めうーちゃん。
「サイコロ振ってその出た目によった目的地へ移動して、またサイコロを振って三日以内にここへ戻る企画なんでしょう? 旅行みたいなものじゃないかしら」
「そうですよね、もし時間が余るようでしたら、観光とか、食べ歩きとか」
 シュラインとアゲハ、女性二人がこの企画を楽観している中、一人だけが、一人だけあの番組のファンであり、三下忠雄もといツギハギうさぎの中の人が喋らない理由も解った――ていうかぬいぐるみ、最初から簡易verか――守崎北斗だけは、自分がとんでもない企画に巻き込まれた事を、悟った。
 やばい、やられると。
 ……いや、だがもう、始まってしまったのなら仕方が無い、こうなりゃ自棄のやん八である。無理矢理切り替えた思考による笑顔を、純粋に今後を楽しみにしている笑顔二つへ持っていく、ああ、この二人のテンション何処まで持つんだろうな、とか考えながら、
「それじゃ、次の電車とか飛行機とかもあるし、早速振りましょうか」

 一投目!

「じゃあ言いだしっぺのシュラ姉から」
「そうですね、お願いします」
「それじゃ早速、」「あ、ちょっと待った!」
 制する北斗に、え、何? という目のシュラインに、
「サイコロは滅茶苦茶高く投げて、後、なにがでるだろなにがでるだろと踊り狂って」
「……」
 シュラインは普通に投げた。「ああ!?」
 賽は投げられた――運命の第一投、結果は、

 ――2

「……2という事は、あ、北海道ですね!」
「いきなり結構飛ぶわね……コロボックル探し、そう簡単に見つかるもかしら」
「あー多分、この妖怪の奴全部建前だから。……ていうか九州なんかめんたいこになってっし」
 

[午前七時三十分 成田エクスプレス車中]
 ここで、企画の流れを説明しよう。
 サイコロを振った出目によって次の目的地が決まる。尚、移動手段は次の目的地が決まった事をメールした上で、碇編集長から返信される。その命令は必ず実行、例外は有り得ない。
 サイコロを振る者は基本交代制。ただし、相談の上で連投等も認める事にする。
 最終的に三日以内に東京駅へ戻ってきたら、その時点で企画終了。全てはダイス任せ、運が試される企画なのだ!
「……シュラインさん、三下さんの撮影してるビデオに、突然喋ってどうしたんですか」
「ナレーションみたいなもの必要かしらと思って」
「いやシュラ姉、意味ない、それ」

[午前七時五十六分 成田空港着]
「……三下、いい加減その頭の外したら。ちょっと視線恥ずかしいって」
「……」
「いや、喋っちゃ駄目って言われてるんだろうけどさ」
「……」
「……」
 ……。「てい!」「げふ!?」「ああちょっと!?」

[午前八時三十分 成田空港離陸]
「北海道着いたら何しましょうか? お昼に、何を食べるかとか」
「そうね、じっくり考えて……北斗君は?」
「え、いや、俺は」
「……珍しいわね、食べ物の話だったら何時も参加するのに」
「ああいや、そのまぁ、……あっち着いたら解るから」
「?」
「……はぁ」


◇◆◇


[午前十時五分 新千歳空港着]
 移動。

[午前十時十分 新千歳空港フロア]
「……はい! っという訳で、やってきましたー北海道です!」
 明るく元気にアゲハ、カメラに向かって。
「お財布とかは持ってるけど、着のみ着の侭ここまで来るとは思わなかったわね」
「あ、本当だ。……下着とか買わなきゃいけませんよね」
「そうね、コンビニとかにでも寄って――」
「シュラ姉、サイコロ次誰振る?」
 ……。
「……え?」
「いやだから、次、俺かアゲハって事になると思うけど」
「あ、あの、北斗君。まだ北海道着いたばかりだよ?」
「……ああ」
 解っている、解っているんだそんな事、とても良く、嫌なくらいに、だがしかし――
「もう来ているはずだから、なぁさ……うーちゃん」
 半笑いしながら視線を受けて、三下が懐から取り出した携帯の画面には、

 1か2.目指せ最北端! 稚内!
 3か4.ちょっと南へ! 青森!
 5か6.マスコット対決! 滋賀!
 7か8.うどん食いたい! 香川!
 9か0.一気に南へ! 長崎!

 ちょっと待て、である。何がなんでもちょっと待て、である。飛行機に搭乗し、降りたのは本当今しがた。その途端に三下から撮影を開始すると言われ、こんな所じゃなくてせめて空港の入り口に行けばいいのにと思ったら、
 え、もう移動?
「……あ、あの、北海道の観光はないの北斗君?」
「無いよ、この企画に」
「コロボックル探しは」
「さっき、売店で置物見てきた」
「その、冗談」
「冗談じゃねぇってば」
 ……。
「はい! じゃあ次に振るの、アゲハ!?」
「え、ええ!?」

 第二投!

「あ、あの、北斗君、どう考えてもおかしいと思うから」
「何がでるだろ! 何がでるだろ!」
「あ、ああ、もう、えぇい!」

 ――8

「四国かぁ……ある意味この企画に一番縁のある所だけど。……送信」
「あの、北斗君、北海道の時計台とか」
「あああそこって実際行ったら結構がっか、返信早いなぁ、ええと……?」
「あの……」
「……千歳から四国へ直接行く便はなくて、一番近い岡山でも、到着時間が午後四時五十分、だから」
「……どうなるの?」
「……も一回東京経由で、今度は羽田の方だけど、そこから高松空港へ行けってさ」
「……北斗君」
「ん、何?」
「この企画、何?」
「なんなんだろうな……」
 って次のフライト十時三十分!? チケットとれんのかよ!? と叫ぶ北斗、とりあえず売店になんでもいいからお土産を買いに行くアゲハ、そんな中、一人マイペースなのはシュライン・エマで、
「……取り返しのつかない失敗をした気分ね」
 ただ一人、ぼそりと呟いた。どんな状況でもタフに乗り切ってきた女傑も、この展開は予想していなかった。
 ――飛行機で丸一日とかよりは身体動かせる分マシかしら
 そう思っていた四十七分前の自分は、最早愚か者。彼女はこの未知の体験への覚悟を決めた。


◇◆◇


[午前十時三十分 新千歳空港発]
「……北海道上陸した時間、何分だったかしら」
「……二十五分、です」

[午前十一時三十分 日本上空]
 機内食。
「モリモリ食べてますね、北斗君」
「んぐ、今度、何時食べれるか解らねぇし」
「はぁ」

[午前十二時五分 羽田空港着]
 次の便まで待機。
 これは東京に着いた事にならないのに、多少理不尽を覚えるシュライン。

[午前十二時三十分 羽田空港発]
 移動。

[午前十二時四十五分 日本上空]
 機内食。
「……意外と早く来ましたね、食べる機会」
「んぐ、もぐ、はぐ、ん、そうだな、ん……ぐ」
「あの……私のも食べます?」

[午後一時二十二分 日本上空]
「冷静に考えたら私達、飛行機、三連続で乗ってるのよね」
「そうですね」
「……乗り換え必須の海外旅行じゃないんだから」
「……そうですね」


◇◆◇


[午後一時五十分 香川県高松空港着]
 フロアへ移動。

[午後二時 高松空港前]
「よし! っつう訳で、四国に上陸したぜ!」
「……」
「……」
「……二人とも、元気が無い!」
「そ……そうですよね! 旅はまだ始まったばかり、元気出して行かなきゃ!」
「空元気ね」
 若い二人のテンションを、シュラインがぼそりと撃墜した。

1か2、香川、うどん!
3か4、愛媛県、みかん!
5か6、徳島県、すだち!
7か8、高知県、カツオのたたき!
9か0.九州上陸! 福岡!

「じゃ、次は俺が振ればいいんだよなッ」
 と、十面ダイスチョコを、箱の中身が溶けるのではないかとばかり熱く握り締める様に、シュラインが気づく、「やけに盛り上がってるようだけど」
「あったり前だよシュラ姉! 四国と言えば! このダイスの旅では最早聖地と化している場所! 何度も上陸するハメになるとか、八十八箇所巡りとか、それどころか素で心霊現象っぽい事に巻き込まれるとかッ」
 寧ろそっちの方が、普段、草間さんで取り扱ってる所ですよねぇ、とアゲハが合いの手。そんな理由もあってかダイスの出目も四国一色である。なるほど、ファンならば否応にもテンションがあがるという物か――
「何食えっかなぁ、さぬきうどん十杯くらい食っても二千円か三千円だし、高知のたたきも捨てがたいよな、すだちは鍋とかで、みかんでもまぁいっか、さぁてと」
「……単純に、食い気のようね」
「ほ、北斗君らしいと言えば、らしいですね」
 何せ常に何かを食べてなければいけない程の食戦士、意識が朦朧した時等は、道端の草を噛み締めながら牛丼屋を目指したとか目指してないとか。
「北斗、行っきまーす!」
 無用な決めポーズとセリフを、ツギハギうさぎに決めてから、

 第三投!

「なにが出るかな!」
「移動手段はレンタカーかしらね、……運転するのは私になりそうね」
「なにが出るかな!」
「はい、よろしくお願いしますシュラインさん」
「それは十面ダイス任せよ!」
「……それにしても、人の居る空港であれだけ騒げるのは才能よね、あら」
「ああアゲハッ! そっち転がったからダイス確認!」
「え、あ、はい! ええと出た目は――」

 ――9

「……」
 それが、誰の沈黙だったかは、答えは、全員であるのだけれども、硬直時間は凡そ四秒、
 それをいのいちに破ったのは、シュライン・エマだった。
「流石ね」
「違あぁぁぁあぁぁぁぁぁああう!?」
 人の居る空港でこれだけ騒ぎ現実を否定しようとしたが、もう遅い。企画のルールをしっかり身に染み込ませた二人と、ツギハギうさぎは、テキパキと移動手段を請う為に、碇にメール、返信待ち、
「いやいや、こんな所でこんな神降りて来なくていいから! だって、お前、四国だろ!? ここまで来て足の消える写真の一つも無いって、寂しいにも程があるだろ!?」
「でも、サイコロの目には従わなきゃいけないんですよね……? ……私も、怪談っぽい事期待してたんですけど」
「それはそうだけど、三下ぁ! なんとかインチキできんのかッ!?」
 編集長が怖いので無理と手を振るツギハギうさぎに、失ってしまったすだちのかかった讃岐うどんカツオのたたきセットデザートはみかんの憎しみを込めての飛び蹴りはキングオブヤラレキャラの肩甲骨に物の見事にヒットした。でも十分の一の現実旅人はもう行かなければならない。


◇◆◇


[午後一時五十分 タクシーで高松駅まで移動]
「……」
「……北斗君、目が死んでいますね」
「目は死んでいるけどうどんプリッツは食べてるのよね」

[午後二時二十分 駅到着]
「……」
「……相変わらず、そのう、目が死んでますね」
「でも駅のうどんは食べてるのよね」

[午後二時四十三分 マリンライナーで岡山へ]
「……、……あいたぁっ! い、いきなり、デコピンかますなよシュラ姉」
「さっきからアゲハちゃんが、トランプしないって言ってきてるの、どう?」
「折角の旅行なんですから楽しく行きましょう、ね?」
「ま、まぁそうだよな、よーし、こうなったら九州で思いっきり食い散らかしちゃるッ!」
「それじゃ三下さんも、えーとババ抜きでいいですか?」

[午後三時二十四分 車内]
「……二人とも、もうすぐ到着するわよ?」
「わ、解ってるんだけどよ、シュラ姉」
「ご、ごめん、北斗君、こんな事になるなんて」
「いやいいから、次こそ揃え……ってまたババ!?」
「それじゃ今度は私が……ああ、ジョーカーッ!?」
「……ここまで連続であがれないって、四国で何かに憑かれたんじゃないかしら、二人とも?」

[午後三時三十五分 岡山駅]
 結局決着は付かなかった。

[午後三時三十七分 駅構内お土産屋]
「あ、すいませーん、きびだんご買っておきます」
「すぐね、すぐ。新幹線もう出るわよ」
「はーい」

[午後三時五十一分 博多行き新幹線発車]
「折角日本全国回れるんですから、お土産はたくさんがいいですよね」
「余り荷物にならないようにね」
「はい、シュライン姉さん」

[午後四時五十九分 新幹線車内]
 うーちゃん眠り中。
「……てい!」「ゲフッ!」
 代わりに、アゲハが文字通り叩き起こされる様を撮影中。シュライン仕事関連での読書中。

[午後五時四十三分 博多駅]
「……九州なのに寒いね、北斗君」
「だなぁ、半袖でも大丈夫って思ったのに」
「流石にそれは無理よ」


◇◆◇


 冬のこの時期になると六時前でも仄々と暗く、耳のたぶまでしんと冷える。
「うう、さぶ。なぁ三下、じゃなくてうーちゃん、次の指令は?」
 が、ここで、東京からずっと被り物をしている三下が、無言で携帯の画面を見せて――
「あら、九時まで自由?」
「ええと……それまで食事とかお風呂とか済ませて、もう一回駅前に集合、って書いてありますね」
「やりぃ! 碇編集長解ってるよなぁ、そう、腹が減っては戦が出来ぬ!」
 間食での摂取カロリーが成人男性の既に何倍も行ってるはず、と思った女性二人だったが、碇のこの心遣いには素直に感謝しておいた。
 二人はともかくとして、企画について多少心得のある北斗も気づけなかった。
 時間を争うこの企画で、わざわざスケジュールを遅らせるとは、一体、どういう事を意味するのかを。


◇◆◇


[六時二十八分 もつ鍋屋]
「ういぃー」
「ウーロン茶で酔っぱらった振りしないの」
「いやなんかノリでさ、でもやっぱりうまいなぁ、本場の」
「ニラとかキャベツとかお野菜たっぷり、それにモツって、コラーゲンもいっぱいなんですよね。おかげで私達以外にも女性がたくさん」
「健康を言い訳にして、美味しいから食べてるのよ、皆。そもそも過剰にコラーゲンを摂取する必要はないの」
「え、そうなんですか? 私てっきり……」
「よそってあげるから器貸して。……普段から色んなものを万遍なく食べてしっかり運動、それが健康的な食生活。その上でこそ、偶のこういうご馳走が嬉しいんじゃない、……はいどうぞ」
「ありがとうございます、そうですよね。……ああ、やっと旅してるって気分になってきた」
「なぁなぁシュラ姉、これ食べたら長浜ラーメン! こってりなのにあっさりとした豚骨スープ! それによく合うバリカタアルデンテの麺! 全部を引き締めるピリッて辛い紅しょうがッ!」
「お、美味しそう……」
「ガイドブックの文句を朗読してるだけよ、……まぁでも、そうね。折角だから行きましょうか」
「後それに焼きラーメンに、あ、後魚がうまいから寿司もうまいって!」
「北斗君、お風呂にも行かなきゃいけないんだよ?」
「そうだよなー、あと二時間半、あーもういっそ泊まりてー……」
「……北斗君、この企画の元になった番組って、途中で予定変更して泊まったりはしないのかしら?」
「……まぁケースバイケースもあるけどさ。少なくともダイス振る場合は」
「……過酷ね」
「……カヌーで100km川下ったりもするしなぁ」


◇◆◇

[午後七時十分 屋台村]
「タクシーで来たけど、こんな所あんだなぁ……」
「屋台というより、プレハブ小屋が幾つも並んでる感じ……」
「わ、見て北斗君! フレンチの屋台まで」「ええと何処入ってもうまいっていうからこのラーメン屋で」「ええー」
「ささっと食べてささっと出ましょう。九時まで時間ないんだから」

[午後七時四十一分 食後サウナへ]
「それじゃ後で」
「おーう」

[午後七時五十二分 男湯入浴]
「……流石に被り物は外すか」
「……」
「撮影はここじゃまずいしなぁ」
「……」
「……てい!」
「げふっ!?」

[午後八時四十分 四人ほっこり]
「二人とも、あと三下……うーちゃん、あったまった?」
「おー」「おーです」
「それじゃ戻りましょう?」
「おー」「はい」


◇◆◇


 午後九時、を七分超過して、再び博多駅前へ集う三人と一匹。
「これですっとホテルに行ければ申し分ないんだけれど」
「企画の意味なくなるからなぁ」
「あのう、一つ気になる事があるんですけど」
 満ちた腹と肌は寒気に負けず、至極明るく、アゲハにこの発言をさせるのだが、
「この時間からの交通機関って、限られてきませんか? その、近くだったらともかく、遠くでしたら、……あれ」
 ――しかし
「北斗君?」「どうしたのかしら?」
 守崎に電流走る――!
「……あのう、うーちゃん、やっぱり、なのか?」
 女性二人がどういう意味かしらと疑問符浮かべる中、うーちゃんが無言で携帯に書かれた指令を見せて――

1.もういいだろう! 東京へ! By深夜バス
2か3.最近話題だ! 宮崎! By深夜バス
4か5.アイシャルリターン! 四国! By深夜バス
6か7.おいでやす! 京都! By深夜バス
8か9.何があるんだろう! 岐阜! By深夜バス
0.勘弁してくれ! 稚内! By深夜バス

「……移動手段が、全部、深夜バス?」
「す、すいません、稚内まで深夜バスって、他にもっと別の交通手段が……」
「深夜バスとはー、便利な乗り物ー」
 なんかあんだけ喰っておいて小腹空いてきた高校生が、ミュージカル調に振りをしながら語りだした。
「しかしそれはたどり着く場所に目的があるからであってー、それが無い場合、あてもない旅の場合、奴らは凶器となって襲ってくるー」
「ええと、あの、北斗君?」
 突然奇行に走る彼に、アゲハは冷や汗を流したが、シュラインは普通につかつかと歩み寄り、普通にチョップした。痛い、何するだーシュラ姉っ。
「旅の企画なのにこんな便利な交通手段に、ケチをつけるような発言をしちゃ駄目じゃない」
「……いや、確かにそうなんだけどってシュラ姉サイコロ振った!?」
 何の溜めもなく投げられたサイコロが出した目は、

 ――6

「えっと、京都ですね、良かった、遠い所にならなくて」
「そうねぇ、それじゃ碇さんにメールして、交通手段を……」
「……ふっふっふ、はっはっは!」
 あ、なんか掌で顔を覆って、空を仰いで笑い出した。日常生活でそんな笑い方した奴を見る事は無いだろうけど、今、初めて見れた人が福岡駅の周辺に生まれた。きっと記憶と供に風化していく、どうでもいい些細な事なんだろうけど。それよりうさぎの方が人目を引いていた。
「甘い、甘いねシュラ姉! そしてアゲハッ! 過去何度夢☆戦士達が、この猛者に挑み、敗れた事か、今からこの身を持って!」
 あ、なんか右手を上げ(省略)日常生活で(省略)それよりうさぎ(省略)。
「深夜バスの恐ろしさを味わうがいい!」
 ……。
「えっと、北斗君も乗るのよね」
「……はい」
 あの番組を見ている彼にとっては、こうまでしてテンションをあげないと、とても乗る気にはなれない物だった。いや、目的があるんだったら別ですよ、ええ。


◇◆◇


[午後十時 福岡駅前深夜バス内]
「到着時刻は朝の七時五十分、寝ていればすぐよね」
「そうですよね、北斗君がそんな心配する事も、あ、シュラインさんそれは?」
「アイマスクと携帯首枕」
「わーいいなぁ、私も、そういうの準備しておけば良かった」
「そうね、折角時間があったんだし、……ふう、今日は疲れたし早めに寝ておこうかしら」
「あ、はい、それじゃおやすみなさい」
「おやすみ」

[午後十時四十二分 福岡市内]
 寝れない。

[午後十一時五十七分 高速道路]
 おっさんのイビキ超うるさい。

[午前一時七分 高速道路]
 椅子硬い。後ろに倒せない。

[午前一時二十五分]
 イビキうるさい。

[午前二時 何処かも解らぬパーキングエリア]
「……」
「……あー」
「……はい」
「……」

[午前三時三十七分 高速道路]
 気だるい眠気VS格安長距離移動バスの環境(装備:オヤジのイビキ)

[午前四時五十二分 高速道路]
 自分が今寝ているんだか起きているんだか解らない。

[午前五時三十五分 高速道路]
 自分が今眠っていると信じたい。

[午前六時二十分 ユニバーサルスタジオジャパン]
「……アゲハ」
「……」
「……アゲハァ」
「ふ、ふへ!? なんですかっ?」
「USJ」
「……そう、ですか」
「……」
「……」

[午前七時二十分 前略道の上より]
 死んだように眠っている。
 ていうか死んでいる。

[午前七時五十分 京都駅]
 降りる。


◇◆◇


 十二月の寒気は肌に冷たく、真っ白な日差しと供に、全身をしゃきりと立たせるように吹き付けてくるのだが、
「……シュラ姉、大丈夫?」
「……耳栓が、必要だったわね」
 深夜バスは、運に左右される事が多い。お客も客は選べないし、椅子はどうしようにないとしても、バス会社自体が空調を狂った温度設定に仕掛けてくる事や毛布が明らかに薄すぎる等トラップが多く存在する。で、イビキは割りとオーソドックスな壁で、対処方法は今の所、耳栓及び、相手よりも先に寝る、くらいしかない。
「……というか北斗君、元気ね」
 あんだけ恐怖を煽っていた当人だが、体が丈夫な所為かまだ生気は残っている方だった。空腹もめんたいこプリッツでどうにか埋めていた。乱暴な言い方になるが、北斗の場合はおおきなパンかおおきなおにぎりでもありゃあ、長距離トラックの積荷そのものとして扱われても、耐えられそうな印象が強い。ただ、それは彼自身の生い立ちが特殊であるからであり、同年代の彼女にとっては、
「それよりアゲハが」
 185cmの身長に、ぶら下がるようにもたれかかっているのは、飲んでないのに酒にやられたような状態になっている彼女であった。相当、やられている。
 椅子に張り付いたようになっている彼女を、最初、置いていってやろうかとも考えたが、そこはお人好し、見捨てる事が出来ず手ずから連れてきた訳で。
「……流石にこれは休憩が必要じゃないかしら」
「ああ、というかシュラ姉も大分やられているし」
「……え?」
 草間興信所最強のクールビューティーと呼ばれている彼女であるが、
 この後、朝食を取りに行く前に駅構内の化粧室で自分の顔を見たら、一瞬、どなた様と訊ねたくなる程であったのだが、アゲハも含めた彼女達の名誉の為、撮影する事は控えたうーちゃんであった。
 ちなみに、ツギハギうさぎ装着のメガネ外したら美形も、相当な事になっているのを追記しておく。


◇◆◇


 時間も迫ってるので、身だしなみ整え、ファーストフード、のコンボをとっとと終えた午後八時十五分、京都駅の大階段エリア。

1か2.感動のゴールへ。東京。
3か4.やっぱり何があるんだろう。岐阜。
5か6.ここも何があるんだろう。山梨。
7か8.ここにも何があるんだろう。和歌山
9か0.そして何があるんだろう。島根。

「……アゲハー」
「……」
 沈黙。
「……アゲハちゃん?」
「は、ひゃい!?」
 覚醒。
「す、すみまへん! 私、その、大丈夫です!」
 大丈夫じゃない、立ちながら寝ていた事もそうだし、呂律気味だった口調を立て直しても体がフラフラしている所を見ても全然大丈夫じゃない。なので二人はさっさと彼女にサイコロを持たせ、降らせた。というか手から零させた。

 ――0

「……島根、か、……ってどこ?」
「鳥取の左、山口の右、広島の上よ」
「えーっと?」
「出雲そばで有名ね」
「ああ!」
 某鉄道ゲームのせいで、県名よりも有名とか言ってはいけない。名古屋県なんてこの世にないし、琵琶湖県も無い。
「にしても、なんだかもう、東京が出ない事が当たり前になってきてるわね」
「とりあえず移動しようぜシュラ姉、後さ、……もうアゲハ置いていっていいか?」
「……ご自由に」
 ……、
 出目も見ない内に寝た彼女を、起きないように、まぁ何しても起きる状態にないけど、ともかく階段に座らせて、荷物も傍に置いて、お金はサイフから抜けとって、ポケットとかそういう場所に分散して居れて、よし、これで後はほっておいて、
「ってそんな事できねぇよシュラ姉!?」
「長いノリツッコミね」
 無表情でのツッコミは、シュラインの素か、単純に疲れているだけか。


◇◆◇


[午前八時三十六分 京都駅新幹線]
「疲れた、もう、俺バス乗りたくねぇ」
「……駅弁食べながら言ってる所見ると、説得力ないわね」
「弁当が二つしか喉通らねぇよ……」
「それ異常だから、自覚してね」

[午前九時三十五分 車内]
「アゲハちゃん」
「は、はははい! おはようございますぅ……」
「起きて即寝ないで、もうすぐ降りるわよ」
「あ、そ、そうですね、そうだ、お土産買わなくちゃ、何か」
「次岡山よ」
「……え?」
「きびだんご、買ってるわよね」
「……はい」
「……じゃあ俺がそのきびだんご喰うから、また買いなおせば」
「なんでそうなるのよ」

[午前九時三十八分 岡山駅到着]
 移動。

[午前九時五十三分 岡山特急やくも五号発車]
「それにしても、長い旅ですよね」
「あてもない旅って言えば聞こえはいいけど、移動手段が大掛かり過ぎるのよね」
「まぁそれが面白いって言えば面白い所だよな!」
「傍らから見ればの話よね」
「……はい」

[午前十一時十一分 車中]
「北斗君、時計見てどうしたの? 到着するのは十二時三十分だけど」
「いや、もうすぐ1が六個並ぶから」
「あー、あるある」
「ないわよ」

[午前十二時二十九分 松江駅]
 降車。


◇◆◇


ラッキーチャンス!
 1から4.問答無用! 東京へ!
 5か6.折角きたんだから。出雲市。
 7か8.東北も行っておこう。宮城。
 9か0.はるばる来たぜ。函館。

「こ、これは、三下、もというーちゃん!」
 瞳を輝かせて三下、もというーちゃんの手をとって飛び跳ねる北斗、
「ここに来てやっと帰れる可能性が出てきたかしら、40%だけど」
「よし! 絶対出して出雲蕎麦食っちゃる!」「そ、そっちの方なの!? ……はふぅ」
 疲れた身体なのに反射的につっこんでしまった為またよろめくアゲハ、それを支えるシュライン、知ったこっちゃなく蕎麦に思いを寄せる北斗、
「ぬおおお! 俺の右手が真っ赤に燃えるッ!」
「他の人に迷惑だから落ち着きなさい」
「蕎麦を掴めと轟き叫ぶ!」
「箸を使いなさい」
 そんな物は見えやしねぇ! 守崎北斗に見える物はただ一つ!
「デスト、出雲蕎麦ぁ!」
 片目を左手で塞ぎながら右手で投げた十面サイコロは高く高く舞い上がり! 風に吹かれて遠くへ行って慌てて追いかけ人の頭にあたりかけたもんだから平身低頭ごめんなさいしてから確認した、その、目はッ!

 ――0

「……」
「……」
「……」
 ……せーの、
「デストロ」「サイコロを壊さない」
「うそおおおおおおおおお!?」
 四国に続き、やな方向に神様がダイビング。本当いい加減にして欲しい。この展開に悶え叫ぶ北斗、口から魂が抜けていくアゲハ、この手の不幸に慣れているうーちゃんの中の人、そして、
「……」
「……あ、あの、シュラ姉」
「……」
「い、いやほら、サイコロの出目だけはどうしようもないじゃん! えーと、SAN値? っていうのもよく0になって、あ、兄貴が言ってたけど0を発見したのってインド」
 シュライン・エマは、風のようにすっと微笑んで――
「無様ね」
 それきりシュラインは顔を見てくれなかった、縋るようにアゲハの方を向いたが、彼女もよろよろとシュラインの背中を追っていった、残りはうーちゃんの中の人だったが、この時ばかりはツギハギうさぎの瞳すら、有無を言わせず自分を責めているように思えた。肉体的に元気はあっても、精神が折れると、きつい。


◇◆◇


[午前十二時四十五分 高速バス]
 気まずい北斗。マイペースのシュライン。死んでいるアゲハ。結構死んでいるうーちゃん。そんな車中。

[午後一時二十七分 出雲空港]
「札幌への便は朝にもう出ちゃってるから、羽田を経由するしかないのね。……本当、よく素通りしてしまうわね」
「北海道から始めたらこんな事滅多にないんだろうけどなぁ、東京が出発地だから」
「……」
「……ごめんシュラ姉、俺が悪かったから、もうその目はやめて」
「ふふ、冗談よ、こうした方が企画的に盛り上がるじゃない」
「いやだからその目をやめてってばシュラ姉」
「……本音はやっぱり隠せないものかしら?」
「冗談だよなシュラ姉!?」

[午後一時四十五分 出雲空港離陸]
「……」
「どうしたの、アゲハちゃん?」
「いえ、その、……なんで私こんな事してるんだろうってふと」
「……それは絶対考えちゃいけない事なのよ、きっと」

[午後二時十分 機内]
「……何で私こんな事してるのかしらね」
「あ、あれ、シュラインさん?」

[午後三時 羽田空港着]
「え、次の函館行き、一時間半後なのか!?」
「……それだけ時間があれば、いったん東京へ帰れそうよね、……せめてシャワーでも浴びたいわ」
「同感です、一日入ってないのはちょっと……」

[午後三時四十五分 エアポートラウンジ]
「はあ、すっとしました、なんでもあるんですね、空港って」
「……でも、シャワーを使うのに二千円かかるのは結構割高ね。シャワー抜きでも千円だし」
「まぁでもここでジュース飲み放題だからいいじゃん、つうか、そもそもアトラス編集部持ちだし」
「……しわよせでどれだけ三下君の給料が引かれるのかしら」「!?」

[午後四時四十分 羽田空港発]
 流石にこう何回も乗っていると飛行機に対し何の感慨もなくなる。

[午後五時五十五分 函館空港着]
 本来ならはるばる来たぜと歌いたい所だが三人とうーちゃんにそんな元気は無い。

[午後六時二十分 函館駅行き連絡バス]
「あれ、アゲハお土産は?」
「……急がなくても、また立ち寄るかもしれませんし」
「……懸命な判断ね」

[午後六時四十分 函館駅]
 到着。


◇◆◇


 函館、北海道はその場所まるごと観光地と行ってもいい程で、この場所となれば降りたっただけでそれだけで気分が高揚してくるはずなのに、全員目が死んでいた。
「って、テンション低いってシュラ姉もアゲハも!」
 そんなハイテンション――の北斗も目が死んでいた。コートの中に悪魔が居る訳でも無しに。
 十面サイコロの旅である、出てくる目にただひたすら従い続け、身体を引きずり、鼓舞し、うなだれ、立ち上がり、死にたくなり、どうでもよくなり、それでも進むしかないこの道中、観光気分などすっかり抜けて、一刻も早く家路へつきたい、残業サラリーマンの境地となっていた。
 で、流石にこの状況を憂いてか、うーちゃんがそろそろ終わりにせねばやばそうですと編集長にメールしたらしく、返信された指示は、

ラッキーチャンス2!
 1から4.もう十分だ! 東京へ!
 5か6.最早ニアピン! 埼玉!
 7か8.出来るだけ近づこう! 福島!
 9.ちょっとでも近づこう! 青森!
 0.出すなよ! 絶対出すなよ! 長崎!

「……シュラ姉」
「シュラインさん……」
 ……ああ、少年と少女の希望が、……少年といっても北斗君の場合背高すぎて少年って感じしないけどともかく子供達の期待が、自分の運にのしかかってくるのを感じる。運に、不確定なその要素に、期待をするというのもどうなのだろう、だが願わずには居られない、それは、振る彼女自身が一番良く理解しているのだ。
 元になった番組なんて知らなかった、旅番組程度かなと思ってた、十面ダイスに懐かしさを覚えるくらいだった、事務所の出稼ぎ程度で参加した依頼だった、
 だが、今思うことは、ただ一つ、
 さっさと帰りたい。
「……行くわね」
 二人が、うなずく。うーちゃんは、見ている。
 そしてシュライン・エマは、手を振り上げて、
 、
 ダイスロール、
 運命は、
 十分の四を、
 選択するか、ああ、
 神様――

 ――0

「……」
「……」
「……」
“0.出すなよ! 絶対出すなよ! 長崎!”
 本当に絶望した時、人は声すらあげる事も出来ず、涙さえ溢れない事を、その時、三人は知った。ああ誰かが死ねば偲べるのに、大切な物を壊されれば怒れるのに、この現実は、この無常は、
 どうしてここまで、我々に何も生み出させないのか。
 壁のような絶望。
 シュラインは空を仰ぎ、月より星より闇を瞳に映し、北斗は地をみつめ、ただ立つ事もおぼつかなくなり、アゲハはその狭間で、ふららふらふらと漂って、
 余りに三人がやば気過ぎたので慌ててうーちゃんは編集長に電話した、元々この時間から長崎へ行くのは難しいので一泊していいと言われた、それを聞いた瞬間蟹だ蟹だと北斗は叫んだが、予算厳しくなってきたからネカフェで泊まれと言われて、ただ立つ事もおぼつかなくなるリターンズだった。


◇◆◇


[午後七時二十分 函館市内蟹料理店]
「あの、大丈夫なんですかシュラインさん、お金出してもらって?」
「せっかく函館来たのに、名物食べずに帰るのもシャクじゃない。まあそれにここは食べ放題だし、レディース料金もきくし」
「よかった……! 食えずに帰る事なくなって本当によかった……!」
「な、泣かなくても北斗君」
「しかもほうばりながら」

[午後九時一分 ラーメン店]
「……あれだけ食べておいてよくそこまで入るわね」
「んぐ、だって函館ラーメンって、さっぱりしてるだろ?」
「そういう問題じゃないような気が……」
「それより、ネットカフェで泊まってって事になってるけど、場所どうしようかしら?」
「折角だから豪華な所しようぜ、豪華な」
「ネットカフェで豪華って言われてもピンと来ないような……」

[午後九時四十八分 カラオケ店]
 シュラインの歌のうまさにたじろぐ二人。

[午後十一時五十五分 ネットカフェ]
「ア、 アゲハ、アゲハ!」
「え、な、何北斗君?」
「ここすげぇって! ネットカフェなのに、ソフトクリーム食い放題!」
「……」
「つうかドリンクだけだったらまだしも、コーンポタージュ、味噌汁まで飲み放題って、なんだよこの天国!?」
「そ、そうなんだ、よかったね」

[午前二時十五分 ネットカフェ個人ブース]
 ネットもせず漫画も読まず就寝。

[午前五時五十分 ネットカフェ]
「あ、おはようシュラ姉」
「……朝からソフトクリームって」
「ん? シュラ姉も食べる?」
「いえ、遠慮しとくわ」

[午前六時五十分 某牛丼チェーン店]
「牛丼って茶漬けにすっとうまいんだよなぁ」
「……」
「い、いやマジだって! 初めはその侭、次は紅生姜のせて、最後は茶漬けで、っていうコンボはマジ確定だって!」
「焼き鮭定食がいいかしらね」
「あ、じゃあ私もそれでお願いします」
「……メガで」


◇◆◇


[午前七時四十分 函館駅発高速バス]
 ずっと移動のターン!

[午前八時 函館空港]
 これで十面ダイスの旅はすべて移動終了!

[午前八時三十五分 函館空港発]
 飛行機の効果で旅の距離はゼロだ。

[午前九時五十五分 羽田空港着]
 ひょーひょっひょ! やったー! 家に帰れる!
 ――何勘違いしているんだ
 ひょっ?

[午前十時二十分 羽田空港案内所]
 ――まだ旅の移動フェイズは終了してないぜ!
 な、何言ってんだ。もう俺達は全員東京へ着いてるじゃないかぁ。
 ――速攻ダイス発動! 月刊アトラス企画サイコロの怪談!

 月刊アトラス企画サイコロの怪談!?

[午前十時四十五分 羽田空港発]
 チケットを買い、効果発動!
 こいつは東京の出目が出るまで何回でも日本中をタライ回しにされるルール。
 そしてその回数だけ攻撃力があろうがなかろうが人間は追加攻撃される!

[午前十一時二分 機内]
 俺のターン! 肉体疲労!

[午前十一時二十七分 機内]
 俺のターン! 精神崩壊!

[午前十一時四十分 機内]
 俺のターン! なんでこんな事してんだろう!

[午前十二時七分 機内]
 俺のターン! 我が家が一番過ぎ――
 ――もうやめて! アゲハのライフポイントはとっくにゼロよ!
「……」
「……おーい」
「……」
「……呼んでも起きなくなったわね」

[午前十二時三十五分 長崎空港着]
 仕方ないので今回も、ぶーたれながらもお人好しな北斗がアゲハを背負いながら移動。かーちゃんこういうのをツンデレって言うんだぜあれ違う?

[午前十二時五十五分 バス]
「……ていうか、三日目入っちゃってるんだよな、シュラ姉」
「旅行って普通、帰るのが名残惜しいとかそういうものだけど、……そんな気は起きないわね」
「興信所に入り浸って草間をからかってた方が楽だよなぁ」
「武彦さんちゃんとご飯食べてるかしら? 零ちゃんに任せてるけど心配だわ……」

[午後一時三十八分 長崎駅]
 同乗していた普通の旅行者達が、嬉々とした様子で降りる所を見れば、ふと、恨めしくなる。
 逆恨みも甚だしいのだが、この感情はなかなか止められる物ではない。


◇◆◇


 最早ちゃんぽんもカステラもへったくれも無いのである。いや、一応アゲハとシュラインは後者をお土産に、北斗は直にかぶりついてるのだが、旅を楽しんでいる気分はまっさら無い。なんというか、惰性。
 長崎を満喫するには身が痛く、心は重く、午後二時の空の下、三人の魂はすっかり怠惰に浸かっていた。超絶健康優良児の北斗ですらこの有様なのだから、この旅の過酷さは推して量るべきだろう。まぁ、一番きついのは、日本中を変なうさぎ頭で駆け回らなければならぬうーちゃんかもしれぬが。
 ああ、東京に帰ったらこの企画を考えた、碇女史に小言を一つでもぶつけてやろうか、か、でも尋常ならぬ額を費用として使ってるっぽいし、ていうか今更だが、この企画月刊アトラスに全然合わないと思うんだが、とか、
 とりとめない思考も、脳の疲労でまとまる事は無くて、
 そんな三人のお天気どんよりくもりの意識に、一条の光を挿す物と言えば、

チャンスというかデフォ
 1から5.帰ってきてください、東京へ。
 6か7.まだ帰さないよ、大分。
 8か9.寄っていこうか、香川。
 0.もう勘弁してください、和歌山。

「二分の一……」
「アゲハ……」
 時間的にも、企画的にも、ここで出してもらわなければ――
 ――せいぜい二日目で終わると思ったらやたらミラクル連発で
 ルポにした場合えらく長くなったこの旅を終わらせてもらわなければ――
「は、はひそれじゃ投げあぁ」
「うわ普通に手元から零れた!?」
 大事な大事なアタックチャンスは、へろへろという擬音と供に投下される事になった。だが、玄人ならサイの目を操れようが、アゲハは素人、暗殺術を身に着けているらしいがやっぱり素人、過程や方法なぞどうでも良いのだ!
 そして、
 、
 結果は、

 ――1

「……や」
「や、」
「長かったわね本当に……」「いやシュラ姉も“や”って言ってもらって次の瞬間三人同時にやったーって叫ぶのがセオリー、は、ともかく」
 やったあ! と、北斗は飛び上がりその場で叫んだ。大役を果たしたアゲハも、若干生気を取り戻し、軽く拳を握る。一歩引いた位置にはいるものの、シュラインの喜びも大きい。
 達成、というより、解放、が喜びの根源である場合、得るものと言えば富や名誉とは関係無い、人間が本来持ってしかるべき自由くらいなのだが、だからこそ、爆発的にその感慨は四肢に響き渡るのである。旅の同行者であるうーちゃんも、思わずよよよと泣き崩れたい程の感動シーンであった。
 さぁ、早速企画者に結果を送ろう、そして栄光の帰路への道を示してもらおう、
 送信、
 返信、
 確認、
「……え?」
 ……異常、は、「ん、どうしたのうーちゃん?」今回の旅でひたすら沈黙を貫き通した、まぁ悲鳴は何度かあったけどのうーちゃんが、一言とはいえ発声をしたからである。が、喜びに包まれている北斗には、そんなの些細な事であり、
 いちいち言葉で許可を取る事も無く、碇指令から届けられたメールを見て、
「……」
「……北斗君?」
「どうしたのかしら?」
 女性二人組みが画面を覗いて、
「……」
「……」
「……」
 移動手段、
 特急と新幹線。

 七時間!(黒地バックに白抜きで達筆文字)
 ドン!(SE)
 乗車決定!(黒地バックに白抜きで達筆文字)

「ぁぇぃぁ」
「アゲハァッ!?」
 キャラ的に許されるのか、いや、こんな企画に参加する時点で崩壊は覚悟してもらわないと、とかどうとかの理由で、果たして日本語にはまずない声をあげながら、アゲハは地べたに崩れ落ちた。それを介抱しながら北斗、
「いや別に飛行機でいいじゃん! これ完璧に急ぐ旅なんだからさっ!」
「北斗君、諦めなさい」
 そう碇女史は――
 あの、彼女は、
「無理やりオチをつけたのね」
 オチをつけたのは彼女である。男性ではない。大阪在住では無い。卒業したのにまだ就職活動なんてしていない。してないってば。


◇◆◇


[午後二時 長崎駅]
「……今碇女史に確認したら、オチじゃなくて予算の都合だったらしいわ」
「飛行機といくら違うのシュラ姉」
「三千円」
「やっぱりオチつけたかっただけだろ」

[午後二時二十五分 長崎発博多駅特急]
「……なんつうか本当、これ程、うちに帰るまでが遠足っつう旅もないような気が」
「……」
「なぁ、そう思わねアゲハ?」
「……」
「……アゲハ?」
 ――瞳を閉じる少女の顔は
 まるで時が止まったかのように美しく――
「……シュ、シュラインさん、人が死んだみたいなナレーションつけないで……ください」
「あら、起きてたのね」

[午後四時十六分 博多駅到着]
 二度目の博多上陸。
 しかし即乗り換え。

[午後四時三十分 東京駅着新幹線乗車]
“ああやっと帰れるなぁ”
“でもいざ終わるとなると寂しいものね”
“忘れられない経験になりましたよねっ”
 などと話が咲く事も無く即睡眠。

[午後四時四十分 新幹線車内]
 おっさんのイビキがうるさくて眠れねぇリターンズ。

[午後五時十二分 新幹線車内]
 行き場のない怒りと倦怠感を視線という形でうーちゃんに送る三人。
 死んだ目でみつめられるうさぎ。

[午後六時五十九分 新幹線車内]
 弁当を食う北斗。食べないその他。

[午後七時一分 新幹線車内]
 弁当を食べ終えた北斗。

[午後八時四十五分 新幹線車内]
「アゲハー、アゲハーッ」
「ひゃ、ひゃい、北斗君何?」
「あと四十五分で着くぞ」
 ……。
「せめて十分前まで……寝かしていて欲しいんだけど」

[午後九時三十三分 東京駅]
 ――到着


◇◆◇


 こうして、三人(と一匹)の長い旅は終わった。
 十面ダイスで日本を巡るという信じられない企画も、これでひとまず結末となる。だが、三人は、ここからまだ家に帰るという行程があるのを思い出し、アゲハは完全に死亡し、北斗は一度見捨てようとしたが結局あーもうとおぶって家まで送り届けて、シュラインはアトラス編集部のツケでタクシーを利用した。
 ただ、彼等の場合家に着けば寝床に着く事が出来たが、うーちゃんの場合編集部に帰ったその直後編集長から根掘り葉掘り旅について聞かれ原稿を早速書かされ、極度の精神状態に追い込まれた所為でリアルに妖精さんらしきものを見て、そればっかりに余計に書く原稿が増えてしまった事を追記しておく。


◇◆◇

月刊アトラス企画サイコロの怪談

 総移動距離 たくさん
 空港利用数 いっぱい
 電車利用数 いっぱい
 深夜バス利用数 いっかい
 東京スルー回数 は何回だったかを明記してアトラス編集部に送った方に抽選で岡山名物きびだんごをプレゼントします。尚、当選者の発表は発送をもって代えさせて頂きます。(締め切り 20XX年1月8日)

◇◆◇


 予告編!

「え、何、今度は桜?」
 桜の下には死体が眠る!
「それ梶井基次郎が言っただけよねぇ」
 冬が終わっても寒気は終わらない! 巻き起こせ、背筋にヒヤリと冷たいのッ!
「あの……花見じゃないんですよね、それ」
 月刊アトラス企画サイコロの怪談2
 ――日本全都道府県 桜を掘って埋まりますぅ
 メンバーは、お馴染みの面子ッ、今春、ついにッ!

「「「やりません」」」
 拉致とか騙しとか利く人達が居なかったので、真正面から説明したのだが、三人とも、キャラデーター等知ったこっちゃねぇと口調を揃えて即否定した。





◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
 0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0568/守崎・北斗/男/17/高校生(忍)
 3806/久良木・アゲハ/女/16/高校生

◇◆ ライター通信 ◆◇
 いえ、けして某スマッシュ兄弟とか笑顔になる動画とか卒業とか就職とかが理由ではありません。ごめんなさい、物凄い嘘つきました。はい、えーと、遅れました。そろそろ某習字の教室で、何度目だエイひとと書かれても、え? とっくに書かれてる? あ、そうですね、ええとぉ、
 本当申し訳ないorz(結局それか
 という訳で悪い意味でお久しぶりになってしまいましてごめんなさい……。大変長らくお待たせ致しました。なんとかお届けさせて頂きます。
・シュラインのPL様
 番組自体を知らないけどというロールを見た際は、素で、「いやこれシュラ姉が!?」とか思ったのは秘密です。北斗に代弁させたのも公開してますが秘密です。当初はキャラを保った侭で話を進める事も考えたのですが……、逆にそれは失礼にあたるかもしれぬと、やられて頂きました。(ひでぇ
・北斗のPL様
 元ネタを知っていただいていたようなので、それを念頭に書かせていただきました。大分便利に使っちゃった気もしますが。後、四国での場面では本当にマジかよっ、と素でつっこみました。ミラクル北斗と呼びましょうか、なんだか八十年代の魔法少女っぽいですが。魔法忍者ミラクル北斗? いや、忍術なのか魔法なのかはっきりしませんね。
・アゲハのPL様
 お初にご参加頂きありがとうございます。怪談らしいハプニングを色々と期待していただいたようなのですが……、四国が普通にスルーされちゃったんで無しになりました。いや、軽く八十八箇所いれようとは思ってたんですよ、でもほらサイの目には皆逆らえないじゃないですかえーと色々ごめんなさい。
 本当、久しぶりの依頼になりましたが、ご参加ありがとうございました。
 今後の依頼の予定は……ちょっと正直解りませんが、もしまた機会があれば……。