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吐煙至福
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OPENING
リビングソファにダラリと座り、
テーブルの上に置いてある灰皿をボーッと眺める武彦。
そんな武彦を見て、零がピタリと動きを止める。
零は、掃除機のスイッチを一旦切り、
ツカツカとテーブルに歩み寄ると、
ニッコリと可愛らしい笑顔を武彦に向け、
何も言わずに灰皿を手にとって、パタパタと去っていった。
「………」
ガックリと肩を落とす武彦。
次いで、大きな溜息。
禁煙開始から、ちょうど半日が経過した。
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武彦と零の遣り取りを見て、クスクスと笑うシュライン。
畳み終えた洗濯物を、いつもの場所に置いて、
シュラインはソファでグッタリしている武彦の隣に座る。
「ほ〜んと、珍しいわよねぇ。喧嘩なんて」
武彦の鼻を指で優しく撫でながら言うシュライン。
武彦は、くすぐったいのとニコチン切れなのが重なって、
ペイッとシュラインの手を払いのける。
だいぶイライラしているようだ。
パッと見ただけで、すぐにわかる。
ずっとソワソワしてるし、やたらと唇を噛むし、
眉間にはシワが寄りっぱなし。
ヘビースモーカーにとって、禁煙行為は まさに地獄だ。
シュラインは、イラついている武彦に優しい笑顔を向けつつ物思う。
(難しいだろうなぁ…でも、色々と良いことあるのよね。成功すれば)
武彦が一日に肺へ送り込む煙の量を嫌というほど知っているシュラインは、
彼に禁煙させ、成功させるのは、至難の業だと心から思っている。
零との些細な喧嘩から始まった、武彦の禁煙生活。
武彦が床に吸殻をブチまけたことが喧嘩の発端となった…という、
何とも、くだらない喧嘩だ。
まぁ、毎日所内を綺麗に掃除している零からすれば、
吸殻をブワッとブチまけられると…イラッとするのも無理はない。
武彦も、反省はしているのだと思う。
零が掃除をしていくれている姿は、誰よりも見てきているのだから。
けれど、何というか。近頃、彼好みではない仕事(浮気調査とか)が多いらしく、
武彦は武彦で、それなりにムカムカしていたようで。
零に怒られてムキになってしまう辺りが、非常に子供っぽいが、
そこも彼の魅力。シュラインは、武彦を苛むことはしない。
「三週間、我慢してみて」
ニコリと微笑んで言うシュライン。
武彦はゲッソリとした顔で、うな垂れる。
「喫煙衝動には波があるから。他のもので紛らわすのも、いいかも」
「他のものぉ?」
物凄く納得のいかない表情の武彦。
彼の表情からは ”煙草の代わりになるモンなんて、ねぇよ” という想いが溢れている。
シュラインは、キョロキョロと辺りを見回しながら続けた。
「ストローとか野菜とか…」
「野菜って…エロっ」
「武彦さんがね」
すかさずツッこみを入れるシュライン。
シュラインはツッこんだ後も、何食わぬ顔で続ける。
「あ、シーツとか、おしゃぶりとかでもいいわよ。きっと」
「お前ね…遊んでるだろ。確実に。人事だと思って、このやろう…」
シュラインの髪を、ワシャワシャーっとしながら言う武彦。
シュラインは、クスクス笑いながら武彦の手をどけ、小首を傾げて言った。
「やってみる価値はあるわ。武彦さんが目についたもので、やってみよ?」
「…そう言われてもなぁ」
溜息混じりに言いながらも、辺りを見回している武彦。
ふ、と武彦の視線が、とあるものにピタリと集中した。
それは、ソーサーの上にあった、ティースプーン。
シュラインは、武彦の視線を辿り、ものを理解すると、
ティースプーンを手に取り、武彦に促した。
「はい、あーん」
「………」
少々、躊躇しながらも、ゆっくりと口を開ける武彦。
ヤケになっているのか、すがりたい思いにでもなったのか、
それともただ単にシュラインの言葉に、うっかり流されているのか。
定かではないが、とにかく武彦は口を開けた。
シュラインは、ティースプーンを武彦の口へ。
スプーンを咥えたまま、無表情の武彦。
ただ咥えるだけでは、どうにもならないかと悟ったのか、
武彦はスプーンを吸ったり、かじったり。
武彦が必死になる度、プラプラと揺れるスプーン。
シュラインは、それが何だか、とても可笑しくて笑いながら武彦に尋ねてみた。
「どぉ?」
「…飽きた」
どうやら、駄目らしい。
シュラインは武彦の口からスプーンを抜き取りつつポソリと言ってみる。
「指でよければ、貸すけど…多分、効果ないわね」
シュラインは独り言のように言ったが、武彦はガッとシュラインの手首を掴み、
シュラインの指に食らい付こうとした。
「じょっ!冗談よ!?」
「知ってるよ」
パッと手を離し、苦笑する武彦。さてはて、どうだか?
それから二週間、シュラインは武彦の禁煙活動に献身的な協力を続ける。
時期柄、風邪対策も兼ねてビタミン剤を飲ませてみたり、
ストレッチをさせたり、普段滅多に飲まない牛乳を飲ませてみたり…。
結果、二週間、武彦は煙草を口にしていない。
協力してくれるシュラインに応えたいという思いからか、
吸いたくなっても、必死に堪えているようだ。
朝起きてすぐ、ご飯の後、寝る前、が物凄く吸いたくなる時間らしく、
この時の武彦は、必死すぎて逆に見ていて不憫にさえなる。
無理する必要はないような気もするけれど、
頑張る気持ちがある内は、精一杯協力しなきゃ。
シュラインは、そう考えていた。
武彦はシュラインの為に、シュラインは武彦の為に。
一生懸命、努力する。
その生活に、違和感を覚えなくなってきた矢先。
武彦に限界が訪れる。
「…ぐぅぅぅ」
唸り声のようなものを上げる武彦。
武彦の、その声に、タシとエクも反応している。
シュラインはパタパタと武彦に駆け寄り、声をかけた。
「大丈夫?何か飲む?それとも、マッサージしようか?」
いつもの喫煙衝動だろうと思い、シュラインは気を紛らわせる協力を申し出る。
事実、武彦は今、喫煙衝動にかられているのだが、
残念なことに、もう抑えのきかない限界のサインでもあったようで。
「すまん!!」
武彦は、そう言うとダダッと駆け出し、外へ出て行ってしまった。
顔を見合わせて、キョトンと呆けていたシュラインと零だが、
武彦は三分もしないうちに興信所へ戻ってきた。
手に、煙草を持って。
「武彦さん…」
苦笑するばかりのシュライン。
武彦は、神業ばりの速さで煙草を取り出し口に咥える。
シュラインと零の眼差しに、少し躊躇うものの…。
ボッ―
武彦は、煙草に火をつけた。
あ〜〜〜〜という顔で武彦を見やる、シュラインと零。
武彦は二人の残念そうな顔に頭を掻きつつ言った。
「もう限界…」
武彦の、その言葉と天井に舞い上がる煙。
シュラインは、ユラリと昇る煙を見つつ、言った。
「うん。まぁ…武彦さんは、頑張ったよ。ね?零ちゃん?」
「そうですね。ビックリしました。二週間も我慢できるなんて」
「まぁ…二週間我慢できたんだから…とも言いたいけどねぇ」
「はい。無理でしょうねぇ」
クスクスと笑う二人に、武彦はチッと舌打ち。
本当に禁煙できるか、というより、いつまで我慢できるか…としか思われていなかったことに、
少々、イラ立ちと悔しさがあるらしい。
武彦は煙を吐きながら、仕事机に歩み寄って言った。
「もう灰皿は、ひっくり返さねぇようにするからよ」
悔しさ紛れの武彦の言葉に、シュラインと零は笑った。
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■■■■■ THE CAST ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
0086 / シュライン・エマ / ♀ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 草間・武彦 (くさま・たけひこ) / ♂ / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
NPC / 草間・零 (くさま・れい) / ♀ / --歳 / 草間興信所の探偵見習い
■■■■■ ONE TALK ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
こんにちは。いつも、発注ありがとうございます。心から感謝申し上げます。
気に入って頂ければ幸いです。また、どうぞ宜しく御願いします。
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2007.12.30 / 椎葉 あずま(Azma Siiba)
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