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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


心に燈った笑顔、ひとつ

 白鳥之沢由貴子は無類の怪奇話好きである。
 名前からして分かるように、彼女はお嬢様だ。しつけも教育もしっかり受けている。
 通っている学校もお嬢様学校。
 しかしそんな『お嬢様ライフ』は退屈極まりないことが多いもので……
 だから彼女は、自分の通う学校でも話題によくのぼる怪談を集めて、ある友人の元へ走るのだ。

 怪奇系アイドルとして有名な――SHIZUKUの待つ喫茶店へと。

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 約束の喫茶店に入りきょろきょろと見渡すと、SHIZUKUはまだ来ていないようだった。
 SHIZUKUは人気アイドルだ。仕事の時間が押すことも珍しくはない。由貴子は気にせず、奥の方の席を取って先に紅茶を注文する。
 今日もわくわくしていた。前回行った場所はSHIZUKUが情報源だった。
 今回は由貴子の番なのだ。
 少しそわそわしながら、手に持っていたバッグの中に地図がちゃんと入っているのをちらっと見て確かめる。
 そんなに隠すことでもないのだけれど、これから話すことは怖いお話なのだ――と思うと周囲の目も気になってくる。
 奇異の目で見られるからではない。むしろ逆だ、こそこそと話すのが好きなのだ。
 ……と本人たちは言うが、物騒な話をきゃいきゃい話している変な少女たちに見えるのが実際のところだったりする。
 SHIZUKUはなかなか来なかった。
 ケーキまで頼んでねばること30分。
 サングラスをかけた少女が、ようやく店に入ってきた。
「ごめんね遅くなって! って、わあ、美味しそうなケーキ!」
「うん、本当に美味しいよ。SHIZUKUちゃんも注文する?」
「そうするー!」
 ウエイトレスを呼び、由貴子がSHIZUKUの代わりに「同じものとレモンティー」と注文すると、SHIZUKUはようやく椅子に腰を落ち着けた。
「由貴子ちゃん、何かいいネタあった?」
 SHIZUKUは早速そこから入った。由貴子は悠然として、
「まあまあ。まずはレモンティー飲んでお仕事の疲れ、落としましょ?」
「もう、もったいぶって!」
 SHIZUKUは笑いながら由貴子をつっついた。
 2人とも、飛びぬけて可愛いことをのぞけば、ここまでは普通の女の子のケーキの時間である。ここまでは……
 しかし、2人の真骨頂はここから始まる。
「それにしても、あたしたちもたくさんのスポットを踏破してきたよねー」
 レモンティーを一口飲んでから、しみじみとSHIZUKUが言った。
「うん」
 由貴子はうなずく。
「事故多発トンネルとかはもう行き飽きたよね」
「うーん、そうかもしれないけど新しいスポットならちゃんと見に行きたいな」
「でもたまにはちょっと変わった場所行きたい気分」
 サングラスを押し上げてSHIZUKUがにっと笑う。
「SHIZUKUちゃん贅沢〜」
 由貴子はころころと笑った。
「で……」
 SHIZUKUは身を乗り出した。「今回は、どう?」
「ふふー」
 由貴子はバッグから地図を取り出した。
 拡大コピーしたものだ。あらかじめばってんが描きこまれている。
「ここ? わあ、郊外だね」
「うん。バスが1時間に1本しか通らない辺りだって。バス停からも歩いて相当あるみたい」
「ここに何があるの?」
 こつこつこつとばってんをつつきながら訊いてくるSHIZUKUに、由貴子は背筋を伸ばして、
「家」
 と言った。
 SHIZUKUのサングラスの奥の目が点になった。
「……あんまり珍しくない気がするよ? 由貴子ちゃん」
「だから、私は珍しくなくてもいいの、SHIZUKUちゃん」
 由貴子は身を縮めていたずらっぽくぺろっと舌を出し、
「でもね、いわれは凄いのよ? 聞いて聞いて?」
「この間の落ち武者狩りの村より凄い?」
 SHIZUKUは少し前に遭遇した、数百年前に落ち武者狩りに遭い、その落ち武者たちの怨念が残っていた森の中の村の話を持ち出す。
 言われて、由貴子は顔を青くしぶるっと震えた。
「や……やだ! やめて!」
「何で?」
 SHIZUKUはけろっとしている。
 由貴子は両手で自分の頬に手を当ててふるふると小さく首を振った。
「あ……あの時に会った男の人……」
「ああ、いたよね銀髪の――」
「やめてっ」
 とうとう耳までふさいでしまった。
 SHIZUKUは困ってしまった。件の落ち武者の村跡地に行った際に、怨霊に狙われ危なかったところを銀髪の青年に救ってもらったのだ。
 SHIZUKUは彼に何も感じなかったので――ただ、助けてくれたいい人、という印象をだけを持って、彼に礼を言った。
 しかし由貴子は違った。
 彼女は、SHIZUKUと違って本格的に何もかもが見えてしまうらしい。彼に対しても、彼が身にまとっていた『何か』が怖いと言って、しまいには泣き出してしまったのだ。
 青年は特に気分を害した様子もなく颯爽と2人の前から姿を消した。
 SHIZUKUとしては、とても興味深い人物で、できることならまた会いたいと思っているのだが……
「由貴子ちゃん。ごめん、もう彼のことは話さないから」
 ――どんな怪談も好きな由貴子だというのに、実際に存在していた彼のことは嫌だというのだから、不思議なものだ。
 由貴子は紅茶を飲んで、一息ついて落ち着いた。
 その頃にはSHIZUKUの前にケーキが届いていた。
「それで、いわれのことだけど……」

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「……7人家族虐殺、ですか……」
 シシト・ウォレントは軽く嘆息した。
「そんな大きな事件、耳にしたことがないような気がしますがね」
「不思議なことに遺体が見つからなかったらしくてな」
 と、いつもシシトに仕事を回してくる男がどこか楽しげに告げる。
「だから表向き、一家の大げさな夜逃げだと片付けられたのさ」
「……夜逃げではないと?」
「その家の次の持ち主が、毎晩毎晩血の流れる悪夢にうなされて逃げ出した。その次の持ち主も、その次の持ち主も」
「なるほど」
「今回の依頼人は次の持ち主だ。ここまで続けば最初の家族は夜逃げではないと、依頼人は踏んでいる。除霊の依頼だ」
「……分かりました。場所は?」
 シシトは住所を耳で聞き取る――
 東京郊外。バスは1時間に1本しか通らない、そして家自体もバス停から遠い不便な場所の……

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 バスを降りると、一面田畑だった。
「うっわあ、世界がちがーう」
 SHIZUKUが寒い寒いとジャケットの前を合わせながらきょろきょろ辺りを見渡した。
「東京中心部に住んでると、やっぱり郊外に来た時のギャップが凄いよねえ」
「うん」
 とりわけお嬢様な由貴子には縁がない。厚着をしている由貴子は目を輝かせて畑や田んぼを見つめる。
 由貴子に比べれば、テレビのロケなどでたまにこういう所に来るSHIZUKUは冷静だった。
「さて、と。このバス停から北東に歩いて……んー……40分はかかっちゃうかなあ」
「それくらい、平気だよねっ!」
 由貴子は自分の仕入れてきた情報をSHIZUKUが気に入ってくれたのが嬉しかった。
 7人家族夜逃げ――と表向きに言われている、しかし裏では虐殺事件だともっぱらの噂の屋敷。
 由貴子はお嬢様だが、これまでSHIZUKUと散々冒険してきたせいで体力が鍛えられている。歩いて40分くらい、若い好奇心で吹っ飛ばせる距離だった。
「こんな所にある家でも欲しがる……んー、最近田舎暮らし流行ってるしね」
「私も一回住んでみたいなっ」
 由貴子とSHIZUKUは和やかな会話をしながら歩く。
「だってこんな所だったら、いっぱい怪奇スポットありそう!」
「ありそうだよね。昔から続く土地って。何かいわれがありそうで」
「戦場跡地とか?」
「う〜、いつか沖縄行くべき?」
 ……和やかなのである。彼女たちにとっては。
「沖縄は……」
 由貴子は急にしおらしくなって、「あんまり、はしゃいじゃいけない、かな……広島とか……長崎とか……」
「私はその辺り散々行かされたけどねー」
 SHIZUKUが吐く息は白い。
 由貴子はSHIZUKUの腕に、ぎゅっと捕まった。
 ――ふと、戦争と怪奇現場の違いを思って不安になったのだ。
 SHIZUKUは親友の頭を撫でた。
「楽しもうよ、ね」
 彼女たちは無邪気だ。半端な勢いでは来ていないからこそ――

 地図を見ながら歩き続けること35分。
 その間にもいくつか家を見かけたが、当然人がいた。由貴子とSHIZUKUは田畑で働く人々に元気よく「こんにちは」と挨拶しながら進んだ。
 そしてたどりついた家……

 大きいとも小さいとも言えない大きさの家だった。7人、ぎりぎりで住めるくらいだろうか。いや7人はきつそうだ。
 これなら貧乏夜逃げ、で済まされてしまっても確かにおかしくない。
 外から見ると、とりたててどろどろした雰囲気もなく何の変哲もない屋敷。
 しかし怪奇好きの彼女たちの勘は鋭かった。
「やっぱり、何かあるね!」
「うん! 7人死んじゃってるわけじゃなくても何かありそう!」
 時刻は夕刻。怪奇現象の確認は夜と相場が決まっている。
 彼女たちは泊り込むつもりで来ていた。そのためにお泊り用リュックを背負っていたりする。ちなみにこの家は現在持ち主『予約済み』で、事実上いない。
 いざとなったら自分の家の名前をふりかざす気で由貴子はSHIZUKUを連れてきていた。
「お邪魔しまーす……」
 こそこそっと中に入る。
 全和室の、平屋。
「屋根裏部屋があるんだろうなー」
 上を向いて、SHIZUKUが口元に手をやる。「屋敷の外観を見て考えると……」
「屋根裏部屋? 入り口ないよ?」
「探そ探そ」
 ――しかし、それから1時間かけて2人で探しても屋根裏部屋への階段らしき場所は見当たらなかった。
「あれえ?」
 SHIZUKUが首をかしげた。
「ないのかな?」
 由貴子も天井を見上げ、じっと見つめた。
 今は冬。
 ――陽が落ちるのも、早い。
「……6時だよ」
 SHIZUKUが携帯電話で時間を確かめてつぶやく。
 暗い。
 家の蛍光灯は古くなっているので、持ち込んだ懐中電灯を点けた。
 さすがに暗くなると、和室の家というのは雰囲気が出てくる。
「そろそろ、何か出てくるかなっ?」
 一番広い部屋、畳の上で由貴子とSHIZUKUがきゃいきゃいと肩を寄せ合っていたその時だった。

「あなたたちは……」

 ひゃっと少女2人は飛びあがった。
 いつの間にか、シシト・ウォレントが家に上がってきていた。彼女たちの姿を見て嘆息し、
「……何しに来てるんだ……しかも人の家に勝手に上がって」
「あ、あなたはこの間の」
 長い銀髪を上の方で結っている。エメラルド色の瞳の青年。
 由貴子が真っ青になってあとずさりしていた。
「あ――あなた――は、どうして――いつも、そんなに、怖いものを……」
「怖いもの? ああ……」
 シシトは仕事の時はいつもそうしているように、体に霊をまとわりつかせている。霊視能力の高い由貴子にはそれが見えて、だから怖いのだ。
 SHIZUKUの陰に隠れる由貴子を気にせずに、シシトは再度「こんなところに何しに来てるんだ?」とSHIZUKUに訊いた。
「え? 何しにって、いつものように怪奇現象チェック」
「遊びでそんなことをやるもんじゃない」
 シシトは軽く顔をしかめる。
 SHIZUKUは言い返していた。
「遊びじゃないよ、あたしにとっては仕事でもあるんだから」
「それにしたって、ここは他人の家だ。不法侵入だぞ」
「それはあなたもだよ」
「僕はちゃんとここの次の持ち主から許可を取っている。というよりその持ち主の依頼で来ている」
「――ってことは、ここには本当に怪奇現象があるってことだよね!?」
「そこで目を輝かせないでほしいんだが……」
「ねえねえ、あなた誰? 名前、教えて欲しいな」
「遠慮がないなあなたは……」
 青年は腰に手を当てて、深くため息をついた。そして、
「僕は、シシト・ウォレント」
 ――シシト――
 由貴子の耳にも、その名は深く響いた。
「主に除霊を仕事にしている者だ。あなたは? 仕事でもあると言っていたが」
「あたし怪奇アイドル。SHIZUKUだよ。でも秘密にしといてね?」
「ああ……どうりでどこかで見たことがあると思ったよ」
 シシトは肩をすくめ、「そちらのお嬢さんは……話しかけない方がいいのかな」
「由貴子ちゃん、どうする?」
 SHIZUKUは自分の陰に隠れている由貴子を肩越しに振り返った。
 由貴子はうーうーとうなっていた。名前を教えてもらったなら名乗り返さなければならない。礼儀作法のひとつ。というか本来その逆が礼儀だ。
 それに、
(よく考えたら……私、前の時も助けてもらったお礼、してない……)
 それはしっかりしつけられている由貴子にとって非常にいけないことに思えた。
 そもそも――命の恩人なのである。
 由貴子は勇気をふりしぼった。シシトがまとっている霊を極力気にしないよう努力し、シシト自身に神経を集中させるようにし、一生懸命。
「この間は、ありがとうございました」
 丁寧にゆっくりと言って、頭を下げる。
 そして顔を上げた時――
 シシトが、
 ほんの、少し。
 微笑んだ。
「いいよ。あなたたちが無事でよかった」
 由貴子は思わず唖然とした。
 思いがけない表情だった。
 一瞬輝いていた綺麗なエメラルド色の双眸――

 ――素直で、素敵な、笑顔……

「あ、あの。私は、白鳥之沢由貴子……です」
「白鳥之沢さん? 毎回怖がらせてすまない」
「い、いえ。あの……」
 由貴子は視線を泳がせてから、
「その……下の名前で呼んでください」
 名字は権力と地位になるが、個人的な間柄で使うのはあまり好きではない。もじもじしながら、由貴子はそう頼む。
「じゃあ由貴子さんだな」
 シシトはあっさりとその名を呼んだ。
 由貴子はびくっとした。何となく、頬がぽっと赤くなる。
「申し訳ないが今回も僕はこの状態だからね。まあ怖かったら離れていてくれてもいいよ。というかべたべた近づいてくる――」
 いつの間にかシシトの腕や肩をぺたぺた触っていたSHIZUKUを指して、
「――こういう人の方が珍しい、というか……あのな、好奇心の対象にしないでくれ」
「無理」
「即答?」
「即即即答」
「即3つ?」
「10個くらいつけたい気分だよ!」
「SHIZUKUちゃんばっかりずるい!」
 由貴子は自分から一歩シシトに近づいて――そしてそのことに自分で驚いた。
 SHIZUKUはわくわくとした表情でカメラを取り出し、
「ねえ、写真撮らせて? シシトちゃん」
「ちゃん付け……」
 しかも歳上に。
「いいじゃんかシシトちゃん、記念! かっこいい除霊師記念!」
「どんな記念だ。って本当に撮るな、僕の仕事に差し支える」
「ほら由貴子、並んで並んで」
「う、うん」
「撮るなと言ってるだろうが……」
 シシトとSHIZUKUはカメラを取り合って「没収」「駄目!」「没収」「駄目!」とかやっている。
 その最中にふと、シシトの肘が由貴子の腕に触れて、
「あ……」
 由貴子は思わず声を上げた。
 ん? とシシトとSHIZUKUが振り向く。
「こんなに近い……」
 由貴子は自分がシシトとぶつかるほど近くにいることに驚いた。
 と、
 その瞬間――

 シシトは由貴子を腕の中へ抱き込んだ。
 そして横へ飛んだ。伏せるようにして、畳の上を転がる。
「来た! 伏せていろ!」
 由貴子をそのまま畳の上に下ろし、シシトは立ち上がるなり跳躍した。
 まずやってきたのはポルターガイスト――
 蛍光灯がSHIZUKUの頭上に落ちかけた。シシトはそれを弾き返した。
 近くの箪笥が飛ぶ。
「壊すしか――ないな!」
 多少の破壊は依頼人に許可をもらっている。
 シシトはジンをその身にまとっていた。特殊な技はないが、肉体的能力が飛躍的に上がっている。
 徒手で箪笥をまともに破壊し、SHIZUKUに「由貴子さんと同じ所に固まっていろ!」と言いつけると、一見何もない空間に拳をたたきつけた。
 うっすらと――
 何かの輪郭が見えてくる――
 SHIZUKUは夢中でフラッシュをたいていた。
 由貴子は畳に転がったまま、呆然とシシトの動きを見つめていた。

 ……ぽたり

 何かがしたたり落ちてきて頬に当たる。
 きゃっと声を上げて頬を拭うと、ぬるっとした感触がした。
 懐中電灯の明かりしかないのに――なぜか分かる――赤い!
「血――!?」
 SHIZUKUが天井を見上げた。ライトを向ける。
 いつの間にか、天上が真っ赤に染まっていた。

 シシトの前に立ちふさがった魂は3つ。
 20歳ほどの男が2人、女が1人。
「執念で姿をそこまで変えたか……」
 シシトはつぶやく。
 彼らは牙をむいて、3方向から一斉に襲いかかってきた。
 シシトは女を蹴り飛ばし、そこを突破口にして囲みを抜ける。そして振り向きざまの肘で男1人の顔面を打った。
 よろけた男の喉を腕で思い切り殴り飛ばし、その勢いで反転、もう1人の男の背後に回り男の首に肘を打ち込む。
 ぽたり ぽたり ぽたり
 天井からしたたる血は消えない。
 最初に畳に倒れ伏した女の髪が、ざらっと伸びた。一気にシシトの首をしめにかかる。
 シシトはそれを力任せに引きちぎった。女のつんざくような奇声が部屋を震わせる。
 女は立ち上がった。
 男たちはすでに消滅していた。
「……弱い生命だ……」
 シシトはつぶやく。ぴくり、と女が反応する。
「だからこそ……執念深かった……」
 僕は、とシシトは軽く半身を傾ける姿勢で女と向き合った。
「これでも少しは人間の情を持っている。あなたたちを気の毒にも思う。だからこそ――」
 女は八重歯を見せて威嚇した。
 シシトは軽く目を細めた。
「――だからこそ……今度こそ安らかに」
 女が襲いかかってきた。
 シシトは避ける体勢をまったく作らなかった。
 女の体が、シシトと重なる。
 ――女が動かなくなった。
 しゅわあ、と、その輪郭があぶくのように弾ける。
「おやすみ……子守唄が下手で、すまない」
 女の鳩尾に突き込んだ拳をそのままに、シシトは囁いた。

 天井からしたたる血が、止まった。

「赤くなくなった……」
 SHIZUKUはつぶやいてから、ぱしゃり、と写真を撮った。
 シシトがすう、と呼吸を整える。
「血天井だったのかな……?」
 SHIZUKUはつぶやく。「やっぱり屋根裏部屋……? でも入る場所がなかった……」
 シシトは無言で、部屋の隅に行く。
 そして、そこに垂れ下がっていた紐を引っ張った。
 がたん
 天井の一部がはずれて、階段が落ちてきた。
 SHIZUKUが口に手を当てた。
「からくり仕掛け……?」
「登らない方がいいぞ」
 シシトはもう一度紐を引き、あっさりと階段をしまった。
 なんでーとSHIZUKUが暴れる。シシトは嘆息して、
「……本物の白骨死体をその目で見たいか? それも赤ん坊の」
 ぎょっとSHIZUKUは動きを止めた。仕事柄そういう言葉は慣れているが、それでも――
「ここは7人家族……そう言われていたが、実際は違う」
 シシトは天井を見上げて目を細めた。
「本当は4人家族だ。両親に、男1人、女1人……」
「じゃ、じゃあ今出てきたのは誰? 赤ん坊ってなに!?」
「……それぞれ長男、三男、次女。赤ん坊の内に家族によって殺された。……屋根裏部屋で」
 いわゆる間引きだな――とシシトはつぶやく。
「ま、間引きって……その、言いたくないけど、流産……させるものじゃないの?」
「産んでから丈夫な子だけを選んだんだろう。その証拠に長男は殺されたのに次男は残った」
「生き残った家族は!?」
「……その3人の赤ん坊の怨念で呪い殺されたんだろう。死体は――おそらくこの家のどこかに」
 後で屋根裏と部屋の中を始末してもらうよ、とシシトは言った。
「そっか……悲しい家だったんだ……」
 SHIZUKUは感慨深くつぶやいた。しかし次の瞬間には元気になって、
「でもいい写真が撮れた! 血天井はさすがに滅多に見たことないんだよね!」
「……だから遊びで写真は……」
「由貴子ちゃんも満足だよね! 由貴子ちゃ……あれ?」
 SHIZUKUは自分の足元にまだ寝転がっていた由貴子を見た。
 由貴子は――
 失神していた。

 何しろシシトに襲われ(?)、血が頬にたれてきてシシトのジンを含めて幽霊がいっぱい。
 キャパシティ限界突破。そのままひゅるりら……
 シシトは苦笑するしかなかった。
「僕はいつまで由貴子さんに嫌われ続けるんだろうな」

 シシトは知らない。由貴子の胸に、彼の見せたわずかな微笑が小さな灯火となって燈ったことを。

 そうして、そうして……
 つながっていくのだ。
 彼らの縁は。不思議に色を変えて。形を変えて……


 <了>




ライターより------------------
改めまして、こんにちは、笠城夢斗です。
今回もシチュエーションノベルのご発注ありがとうございました。
お届けが大変遅れまして申し訳ございませんでした。
このシリーズは恋愛物だったということで、前回失敗してしまった分を取り返さなくてはならないと思ったのですが、まだまだうまくいかないようです;
よろしければまたお会いできますよう……