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犬も喰わぬは……
爽やかな風に運ばれ今日が始まった。
一日の始まりは軽い運動から始まる。
いつものように土供は愛犬ジャンクを連れ朝の散歩へと出かけたのだ。
それはいつもと同じ光景だった…はずなのだが…
「あれは？」
それはある散歩コースの中にある神社であった。その境内に入りいつものお茶仲間である友人と会話を楽しむのが恒例だったのだが、何しろ雰囲気が違った。
境内に置かれるは二つの像。狛犬を象った石像がおかれている。異質な空気は像の中心から起こっているものであった。
そこにいるのは小さな犬が二匹…
「あ、土供。ちょうどいいところに来た…」
像の傍らから声が掛かった。すらりとした男が立っていた。
「あの二匹を鎮めてくれないか…」
そういうと、声をかけた人物は土供のほうへと倒れ込んできた。
倒れ込んできた男の名は犬塚優。この神社の神主であり、土供の茶飲み友達であった。今目の前にいる二匹…犬塚の飼い犬なのだが、その二匹が喧嘩してる。
しかし土供がそばに寄ろうにも像より先には進めなかった。
「ここには結界を張っている。結界の外にいればただの犬の喧嘩にしか見えないから…」
意識が回復した犬塚はそう土供に告げた。話によるとどうやら二匹の犬は普通の犬ではないとの事。犬同士だからといって仲介役を買ってでようとしたジャンクでさえも近寄れない。
「とにかく早く鎮めなければいけないんだ…この結界はもって3日。それが今のぼくの限界なんだ」
3日過ぎると何が起きるかわからない…とにかくこの二匹の喧嘩をとめることができる人物の心当たりを土供は探すことになった…
果たして3日以内に喧嘩をやめさせることができるのか…
結界が切れたとき…どんなことが起きるのか…
土供とジャンクは思いついた人物に連絡をとることにした。
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お家には大好きなお菓子の数々。
でもね、同時に大好きな彼らとは一緒に過ごせないの。
何でだろうね。
みんな一緒にミオの元に来ればいいのに。
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「くっそ……誰もつかまらないのか!!」
土供はあせっていた。犬塚の話では結界は３日間は大丈夫だといっている。しかし、それほど体力のない犬塚だけではやはり心許ない。見た目同様かなりの優男であると土供は感じていた。確かに土供に比べてみれば普通の男すらも頼りなく見えるであろう。この男、自分を基準として考えるという問題も持っていた。
「くぅん」
ジャンクはそんな土供を見てはがゆんでいた。手助けしたいけれども勝手に人型を取ることは外ではまずい。まぁ自分が人型をとった所で助けになるのか、そう聞かれたところ返答には困ってしまうが。
――― 誰か何とか出来ないかなぁ ―――
普通の犬であればジャンクほどの大型犬の前に言うことは聞くだろう。仮にも超がつくほどの体格のいい犬である。ましてこの近辺はジャンクの縄張りであった。しかし……
――― 阿雲も吽雲もいい加減にしてくれよ ―――
自分では解決できないことが今回わかっているだけにまさに土供同様歯がゆく感じていた。結界で静けさを装う本殿と携帯電話と必死ににらめっこしている土供とを見つつ、大きくため息をついた。
「しかたない、一回家に戻るぞ……」
そう後ろに控えるジャンクに声をかけつつ振り返ると……
「……」
「あ、あのぉ。こんにちはです」
一人の女の子がぺこりと頭を下げてきた。
「これ食べますと、気分落ち着きますよ？｣
そういって差し出されたのはかわいくラッピングされたクッキーたちだった。
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「混乱時には頭に糖分をいきわたらせる必要があります。頭に糖分をあげることによって回転は活発化して……」
先ほどの少女は丁度齢は小学生ぐらいだろうか。
大型犬のジャンクを前にするとさほど大きくない背格好がそう思わせていた。しかし言動はしっかりしたものである。
明るい髪の色とくるくると動く目がそう感じさせるのかもしれない。
「あ、おじょうちゃん。よく病院の前を通る子か？」
不意に土供がたずねた。
「は、はい！式野未織といいます！」
ジャンクを見つめていた目が土供の方へと元気よく視点を変えた。やや大きめな目は青色をしており、髪の毛は薄茶色。光の角度によっては金髪にも見えなくはないだろう。
にっこりと笑う顔は少し異国の雰囲気を漂わせていた。
「ミオ、家では飼えないのでいつも覗いちゃってて……」
顔を曇らせる。
「いあいあ気にするな。こんなんでよければいつでも……って、こんな話をしている場合じゃなかったぜ」
土供の顔に苦渋の色が広がった。
「お困りのことがあるんですか？ミオでよければ手伝いますが」
「いや……普通に頼める事じゃないんだよな……。ちょっと難しいし……」
「ミオ、こう見えてもすごいんです！」
「だけど……さすがに小学生には……」
「！！ミオ、こう見えても高校生です！！」
「な！？す、すまんかった……」
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「うわぁ。なんか飛び交ってますねぇ」
案内されたのは神社の奥地、本殿の前庭だった。
結界の外から見えたときはただ犬同士がにらみ合っている……そう見えたのだが……
結果以内に入ると、飛び交うのは法術の乱舞……
境内にある2本の柱にはそれぞれ狛犬化した犬が立っていた。
風は吹き荒れ、雷は横臥し、あたりのものを巻き上げている。
「普通の人には・・・・・・確かに無理ですよねぇ」
そういう未織は確かに普通とは言いがたいだろう。幼少より何度か危機に直面すると無意識に出てくる水刀。出てくるのはいいが、自分では制御しきれない。そんな不可思議な能力を未織は持っていた。
「まぁ、今回は出てくる気配はないですけれども」
ふと、自分の手のひらを見てみる。出てくる気配はない。
「という事は、これはそんなに危険ではない。そういうことなんでしょう」
土供の話によると今起きている現象は2本の柱に立っている犬たちの喧嘩によるそうだ。通常ならば飼い主である犬塚という青年によってたしなめられる程度のものであるものの、今回はなぜか暴走にまでいたっているという。
「って、犬塚さんはどこなのかしら」
3日間は平気という結界を張っているとはいえ結界の維持に費やす体力は並みのものではない。しかも土供によれば犬塚は土供発見時には一回倒れこんでいる。
「体力の多大なる消耗、エネルギー補給です！！」
胸の前で小さく拳を握ると、未織は犬たちを避けるように犬塚を探し始めた。
「犬塚さんですね？疲労回復にどうぞ」
本殿に入る手前の岩陰に犬塚を発見した未織は持っていたバッグを大きく開き、中身ををのぞかせていた。チョコレートやキャンディー、クッキーなど色とりどりのお菓子たちが顔を覗かせている。
「疲労時には甘いものを取るのが一番ですよ」
にこやかな笑顔に犬塚の表情が和らいだ。
「どうもありがとうございます」
そう言うとカバンの中から一粒のキャンディーを取り、口に含む。
それを見守ると未織は避けてきた犬たちに対し再び対峙した。
「さぁてと、お願いしてくるかな」
未織は一歩、一歩犬たちの喧騒の中に足を踏み入れていった。
近づくにつれ、傍から見ていてもすごかった法術の力が未織にも降りかかってくる。
思わず手のひらを見る。
水刀が出てくる気配は感じられない。危険性は薄いのだろう。
「聞く耳を持ってくれるといいんだけど……」
明るい顔に少し陰りが宿る。
振り払うかのように首を横に振るうと、きっ、と正面を見据えた。瞳には強い意思の色がうかがい知れた。
「ねぇねぇ、犬さぁん！！」
口元に手を添え、声を絞り出す。
「もう喧嘩はおよしよ。犬塚さんが困ってるよぉ！！」
犬たちは振り向きもせず互いだけを見ている。
「ねぇってばぁ！！喧嘩するほど仲がいいのぉ！？」
こちらを見る気配はない。
「ちょっとぉ！！こっちの話も聞いてよぉ！！」
気づかない、自分たちの世界へと入っているようだ。
「聞いてってばぁ！！聞かないと……聞かないと……！！」
相変わらず聞く気配はないようだ。
「ミオ、泣いちゃうんだからぁぁ！！！」
そういうと未織は大声で泣き始めた。大粒の涙が瞳から零れ落ちる。飛び交う喧騒に大きく紡がれる未織の泣き声が次第に混じりだし、そしてその音を掻き消すかのようにさらに大きいものへと変化していった。
未織は泣き続けた。
涙が出る限りなき続けた。
いつしか未織の中では犬たちの喧嘩ではなく両親の喧嘩を思い出していた。
大好きなのに、些細な事がきっかけでついつい口論となる……そんな二人を見ると未織は悲しくなってしまう。そんな時未織はないてしまうのだ。
ミオは悲しいよ。
そう訴えるために、未織はその手段しか思いつかなかったのだ。
今、目の前にいる犬たちの喧嘩の理由は知らない。
だけど誰かが喧嘩していると、そんな事を思い出してしまう。
誰かが目の前で喧嘩するのは耐えれない、悲しい。
未織はただ涙が、声が続く限り泣き続けた。
いつしか喧騒は止んでいた。
未織の声だけが境内に響き渡る。
しかしそれもだんだんと小さくなり、小さなしゃっくりに変わっていっていた。
いつの間にか地面へ座り込んでいた未織の頬に柔らかく、温かいものが触れる。
びくりとして顔を上げると、そこには上目遣いの、すまなそうな表情のした犬が未織を覗き込んでいた。喧嘩していた2匹の犬だった。
ちょこんと未織のひざの上に手を載せ伸び上がって今度は唇へと触れる。
ぺろ。
今度はもう一匹が。
未織の顔が緩む。
「よかった。喧嘩、やめたんだね？」
遠くからジャンクが駆け寄ってくる。その先には土供に支えられた犬塚が柔らかな笑みを浮かべていた。
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「本当にありがとうございました」
犬塚は深々と頭を下げていた。
結界を解いた彼は体力も回復し、幾分顔色もよくなっていた。
「未織ちゃんがくれたお菓子、とってもありがたかったよ」
礼を言われ、未織は少し照れたように頬を染めた。
「それにしても……はぁ、あいつららしいというか、なんと言うか……」
土供は深々と溜め息を付いた。
その傍らでは犬塚が笑っている。
「まったく、犬も食わぬというが……本人たちがやってはなぁ……」
「実際、きっかけなんてこんなものなんでしょうね」
犬をも食わぬはといったのはなんとやら……
夫婦喧嘩とはまぁなんとも……
所詮男女の中はいつの時代も、どんな立場も変わらぬものとはうまくいったものである。
しかしながら犬がやるとなると……それも普通の犬でないとなるとたまったものではない。
なんとも人騒がせな騒動だった……笑うしかないだろう。
皆それを聞いたとき、やはりという言葉ではなくため息が溢れたのも至極単純なものである。
ようは想像通り……なんともまぁ人騒がせな……
犬塚によるとこの二匹の犬たちは普通の犬ではない。
見かけによらず、だ。
見かけだけで見ると、隣にたたずむジャンクさんのほうがよっぽど強く見えるものだ。 狛犬、それは神に仕える犬の化身。
それが二匹の犬の本来の姿であった。その身は法術を駆使し、天候をも操る。
そんな二匹の喧嘩だ、未織の涙で沈められた事の方が不思議である。
「まぁ、犬は人間の感情に敏感だからな」
未織の持ってきたお菓子を口にしながら土供は苦笑していた。
「でも、ミオのお願いが通じてよかったです。これからはきちんと仲良くしてくださいね」
ジャンクに寄りかかりながら未織は足元に転がるようにして戯れる現況の犬たちを撫ぜ回す。
それから未織はジャンクを嬉しそうに撫で回した。
穏やかな風が境内に流れた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
7321／ 式野・未織 ／ 15歳 ／ 女性 ／ 高校生
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■ ライター通信 ■
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はじめまして。この度は「犬も食わぬ」に参加して下さりありがとうございました。
犬は人間の感情に振り回される事が多々あります。
よく喧嘩をしてると止めに入ったり、泣いていると慰めにきたりします。
そんな感情の訴えが、今回は事件解決へと繋がることへとなりました。
これで未織ちゃんは無事、土供さんたちのお友達になり、動物病院も出入り自由です（笑
心置きなくジャンク君を撫ぜ回していただければ幸いです。
長らくお待たせいたしまして申し訳ございませんでした。
written by 雨龍 一
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