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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


其は光、闇を統べし者 〜情報収集・連絡班〜

 それは冬の冷たい風に、更なる冷気を纏わせた。
 ぐにゃりと捩れたのは空か、――時間か。

 ……ァア……腹ガ減ッタナア……

 低い声が、一つ、二つ。
 十、二十。
 アスファルトの地面を這う。
 大地を波立たせるような不気味さと共に、それは人で溢れた魔都の只中にまぎれていく――。

 ***

 蒼月亭。
 店内のカウンター席で、店主ナイトホークに食って掛かるのは影見河夕だ。
「ちょっと待て、何が好きでソレとソレを混ぜるんだ」
「この組み合わせは比率次第で絶妙な味を引き立たせるんだよ。試しに飲んでみるといい」
「……美味いのか、それが」
「そういうのを食わず嫌いって言うんだ」
 顔を歪める河夕に、ナイトホークが薄く笑って言い返す。
 その傍では緑光が声を殺して二人の遣り取りに笑っていた。
「何だか楽しそうですね」
 彼らの様子を、少し離れたところから見ていたのは鈴木エア。
『Flower shop K』の店員である彼女は、花を生け代えるために店を訪れていたのである。
「最近、よくいらっしゃるお客様なんですよ」
 アルバイトの少年が、クスッと小さく笑いながらそんな彼女に答えていた。

 偶然か、必然か。
 彼らが一堂に会したのは、もうすぐ気温が氷点下になろうという、ひどく寒い夜だった。
 好きで外を出歩く者などそうはおらず、普段は夜を徹して遊び歩く若者達さえも帰宅させるほどの寒波。
 その中を、息を切らして走るのは。
「闇狩の!」
 蒼月亭のドアベルが鳴らす音色を掻き消す勢いで声を荒げたのは、肩で呼吸している草間武彦。
「どうした所長」
「草間さん?」
 ナイトホークも、エアも、何事かと彼を見る。
 青褪めた顔で呼吸を整えながら、草間は必死に言葉を紡いだ。
「い、家に…電話、したら、出た相手が、たぶん此処だって…っ」
「ああ」
「何かあったんですか? そんなに慌てられて…」
「い、いま、東京タワーに、黒くてデカイ不気味なモンが現れて、何でも喰っていくって…っ、その姿形が、おまえ達の管轄なんじゃないかと思ってな……!」
「何でも喰う?」
「魔物の気配はしないが……、いや、この不気味な気配は何だ…?」
 虚空を見据えて言う河夕に、ナイトホークも鋭い視線を流す。
「とりあえず行ってみようか、現場」
「そうしてくれ、このままじゃ東京全部が喰われそうな勢いだ!」

 ***

 そうして現場に辿り着いた彼らは、目の前に広がる光景に呆然と佇む。
 赤を基調にした東京タワーが、今はまるで伏魔殿。
 黒い塊に覆われ、その周囲を飛び交うのは人に見えて人に非ず。
 背に一対の翼を生やした獣が、十匹以上も飛翔しているのだ。
 加えて周囲に人気は皆無。
 それは皆が避難したからか、……喰われたからか。
 横転した車や無残な姿を晒している建物、ひび割れた道路。
 テレビの向こうでしか見たことのなかった光景が、そこにはあった。
「…今は食欲も治まっているようですね」
 光が冷静に分析し、ナイトホークは頷く。
「しかしこれの正体は何だろうな…」
「タワーの内部もどうなっているのか気になる。その喰われたという人間が生きている可能性もある」
 河夕が言い、それぞれに顔を見合わせる。
「……やるんだろう?」
「もちろん」
「放っておくわけにはいかないな…」

 彼らは意を決する。
 正体不明の異形のものを倒すため、彼らはそれぞれに動き出した――。


「さて……と、どうしたもんかね」
 目の前に広がる闇を見ながら、ナイトホークは煙草の煙と共に溜息をついた。残念ながら自分は、異形と戦う能力もなければ、結界などを維持する能力もない。強いて言えば、人よりちょっと丈夫なだけしか取り柄がない。
 かといって、ここまで来ておいて「見学だけして帰りました」などと言う気もないのだが。
「俺はこいつが何者かってのを調べるか。でもって、中にいる草間さんや影見さん達に連絡するよ。闇雲に戦ったって、意味がない」
 そう呟くと、ナイトホークはポケットから携帯電話を取り出した。そして急いでメールを打ち始める。
 この化け物どもの正体を探れて、かつ中にいる者達に連絡が出来る能力者。もっと贅沢を言うなら、探っている間に自分達が襲われないよう、防御能力もある者がいればいいのだが……。
「悠長なことは言ってられねぇか」
 何はともあれ、相手の正体が分からねば撃退方法も探れない。発信ボタンを押したナイトホークは、奥歯を食いしばりながら不安げに闇に包まれるタワーを見上げた。

 一体、何者がここにやってきているのだろうかと……。

「おや、こんな所で見かけるとは偶然ですな」
 黒くて大きなバッグを持ったまま、東京タワーにやって来た矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)は、東京タワーを苦々しげに見つめながら携帯電話を弄っているナイトホークの姿に気がついた。闇夜のカラスというわけではないが、照明が消えてしまったタワー下にいる、黒ずくめの長身というのはなかなか不審者だ。
 慶一郎がここに来たのは、別に野次馬だからではない。
 防衛省の対心霊テロリスト部隊に所属している慶一郎は、非常呼集でここに来ている。国内外の退魔組織には既に連絡をしてあるが、情報が集まるにはまだ時間がかかるだろう。部下にも過去に人外の魔物が起こした事件や、バイオ関係の研究所やら灰色ぽい場所を調べさせているのだが、それが揃うまでの間状況を見にやってきたのだ。
「ナイトホーク、こんな所で何してらっしゃるんですか。デートの待ち合わせでも?」
「うおっ! 誰かと思ったら矢鏡さんか。これが、デートの待ち合わせをしてる顔に見えるのか?」
「いえ。もしかして、上のアレですか?」
 空の闇より深い黒。
 有翼の化け物が、照明の消えたタワーの周りを嘲笑うように飛び交っている。ナイトホークはパチンと音を立てて携帯を閉じると、目を細めるように天を仰いだ。
「今、草間さん達が救助に行ってて、闇狩りの影見さん達が空間を維持させるのに頑張ってる。俺はここで化け物の正体を探ろうと思って、皆に連絡をしてたところだ」
「なるほど。じゃあ、目的はほぼ変わりませんな。協力……っと!」
 上を飛んでいた化け物が、真っ直ぐナイトホークに向かって飛び降りてきたのを、慶一郎は自分の杖で払い落とす。その瞬間、ナイトホークの携帯が鳴った。
「もしもし?」
 しゃがんで頭を庇いつつ電話に出ると、電話は篁コーポレーションの社長である、篁 雅輝(たかむら・まさき)からだった。
「ナイトホークかい? 今からそっちに兄さんと、あと三人向かわせる。情報収集と防御にはうってつけだから」
「……了解。で、何で突然」
「僕の方でもいろいろあってね。じゃあ、幸運を祈るよ」
 それと同時に。慶一郎の携帯にも雅輝からのメールが入った。
『実戦経験を積ませにキツネを送ります。幸運を』
 雅輝の方でも独自に動く気だったのだろう。協力が得られるのはありがたい。
 そうしていると、ひび割れた道路にほのかに光が灯る。
「大丈夫ですか? 敵には見つかりやすくなるかも知れませんが、真っ暗では身動きが取れませんから」
「サンキュー、デュナス。俺は夜目が利くけど、情報収集するのに明かりがないのは不安だ」
 デュナス・ベルファーが来た途端、辺りがほんのりとした光に包まれた。これなら、上からでも自分達の居場所が分かるだろう。それにデュナスは柔らかい印象に反して、防御戦には長けている。
「あ……」
 以前慶一郎はデュナスと会ったことがあったのだが、その時は「ジャーナリスト」と身分を偽っていた。が、今はそんな事を気にしている場合ではない。幸いデュナスも、何となく察してはいるようだ。
「情報収集はいいんですけど、このメンバーでですか?」
「確かに、この三人では何も出来ませんな」
 化け物が自分達スレスレの場所を飛んでくるのに、デュナスも慶一郎も割と暢気だ。その様子に、溜息をつくナイトホーク。
「無茶言うな。ちゃんと、それに向いたメンバー呼んでる……っと、噂をすれば影だ」
 光を目指してやって来たのは巫女服を着た榊船 亜真知(さかきぶね・あまち)と、そんな亜真知に手を貸しているNightingale所属の冬夜(とうや)、そしてモバイルPCや奇妙な機械を持った島津 仁己(しまづ・ひとみ)、篁 雅隆(たかむら・まさたか)、葵(あおい)の五人だった。
「ナイトホーク様、お待たせいたしました。途中で島津様を見かけましたので声をおかけしたら、こちらに伺うというのでご一緒させて頂きました」
 普段は神聖都学園に通う高校生だが、実は亜真知は「神」と呼ばれる者の一人だ。電脳系の能力に通じているので、情報収集はお手の物である。
「何か篁が行って欲しいって言うから来たけど、面白いことになってんな。マスターがいると思わなかったよ」
 そう言う仁己は自分のモバイルとコードを用意していた。見かけは普通のモバイルだが、中身はモンスターマシンだ。それを自分の首にある接続端子と繋ぎ、ネットの海から情報収集を試みる気でいる。本当は自宅の方が都合が良いのだが、雅輝に「兄さんの手伝いをしてくれないか」と言われたのだから仕方がない。
「矢鏡様、お久しぶりです。防御は任せてくださいませ」
「期待してますよ、葵さん」
 メールでやって来た「キツネ」とは、葵のことだったのか。一度戦闘訓練の教官をやったことがある慶一郎は、葵に向かって目を細めた。友好的に接しつつも、ある程度の距離を取っているところを見ると、訓練は身になっているようだ。
「いょーう……はいいけど、僕寒い」
「そのまま凍え死ね」
 相変わらず仲が悪いのは、雅隆と冬夜だ。雅隆は着ぐるみに見えそうなグレーのファーコートを羽織り、機械を弄りながら縮こまっている。冬夜は文句を言いながら、ふいと視線を上げた。
「九原さん」
「こんばんは。私で最後のようですね。ナイトホークさん、あの時はどうも」
 スーツにコート姿でやって来た九原 竜也(くはら・たつや)は、ナイトホークにまず会釈をした。そんな竜也に気付いた雅隆が、ぶんぶんと手を降る。
「あ、タッちゃんだー。タッちゃんも来たのぅ?」
「ああ。東京の危機だからね」
 ナイトホークから連絡を受けた後、竜也は雅輝に助力を請う電話をしていたのだが、雅隆と冬夜がいるところを見ると、雅輝は自分の頼みを聞いてくれたらしい。
「さて、全員揃ったところでどうする?」
 皆が守ってくれるのをいいことに、しゃがんだまま煙草を吸うナイトホークにデュナスがこけた。
「ナイトホークさん、まさかノープランで私達を呼んだんですか?」
「デュナス、俺に期待するな。多分、今この中で一番役立たずだ」
 ナイトホーク自身、銃剣でもあれば応戦は出来るのだが、出来ればやりたくない。すると、冬夜と竜也が冷静に指示を出す。
「私が結界を張ります。冬夜さんは雅隆さん達の防御を」
「分かりました。アレは放っておくとして、俺は仁己さんと亜真知さんを。矢鏡さんは葵と行動をお願いします。デュナスさんは防御と同時に、アレ相手に照明の確保を」
 その辺りの指示は慣れたものだ。丁度良さそうな花壇を背にして座った仁己は、首元にコードを接続しつつこう言う。
「兄に『レーザー通信装置』の改良頼んでるから、壊されないように守ってやってー。安定した通信環境なら、それがいいと思うから」
「わたくしは、島津様とネットからの情報収集を試みますわ」
 一度同じネットワーク上で出会ったことがあるので、お互いの能力は分かっている。亜真知もモバイルを使いつつも、電力が途中で切れてしまわないよう理力創造の能力で、電力を確保した。
 慶一郎は葵と目配せをし、ナイトホークと雅隆のカバーに入る。
「葵さん、行きますよ」
「了解ですわ」
 竜也は六枚の結界の呪符を使い、六芒星の形に結界を張った。竜也が使える結界の中ではこれが最強硬度なので、多少の攻撃は防げるだろう。
「冬夜さん、よろしくお願いします」
「こちらこそ。お手並み拝見ですね」
 お互い魔眼、邪眼使いなので、タワー内に向かったチームの様子も探れる。
 そして……。
「デュナス君、もちっと明るくしてー。で、ナイトホークはここちょっと押さえといてー」
「これぐらいでいいですか?」
「うん、おけー。レーザー通信装置の小型改良なんて、ほんとならこんなさっぶい所でやるもんじゃないんだけどにゃー」
「……俺は、いつまでこれを押さえてればいいんだ」
 何となく暢気そうな会話ではあるが、それはそれで命がけだ。仁己や亜真知が情報を上手く集められたとしても、それを伝えられなければ意味がない。デュナスは光量を調節しながら雅隆達を手伝う。
「もっと、お役に立てればいいんですけれど」
「やれる時に、やれる事をやりゃいいんだよ。少なくとも、デュナスがいなかったら誰かが照明確保に出て戦力が減る……いるといないじゃ大違いだ」
 そう言いつつ、ナイトホークは小さく溜息をつく。

 オカルト・神話・伝承に関するデータベース検索準備完了。
 データベース項目なし。
 現象、事象による検索ワード追加……。
「すぐにビンゴとは行かないか」
 ネットワークの海に潜った仁己と亜真知は、お互い別れて情報検索を開始した。仁己は自分の情報網だけではなく、雅輝から借りている情報網を利用する。流石に自分一人のデータベースでは限界がある。回線だって出来れば多く使いたい。
「すぐ見つかってしまっては面白くありませんわ」
 亜真知は単純検索ではなく、現象・事象からの複合類推検索を試みる。変化する状況やフィードバック情報から、臨機応変に検索条件を増やし、精度を上げることも忘れない。
「多分表向きにはなっておりませんが、似たような事件はあると思いますの。そこから見つかればいいのですけれど」
「うーん。じゃ、ちょっと裏技使った方がいっか」
 白い息を吐きながらニヤッと笑う仁己に、亜真知もにっこり笑いどこからか使い捨てカイロを取り出して渡す。
「そうですわね。では、わたくしも同じようにしますわね」
 広大なネットワークの海は、その理論を完全に理解している者が泳ぐのであれば思ったほど広すぎる場所でもない。情報という物は人がいるから生まれ、そして伝わっていく。
 規則正しい0と1の世界にある間は、誰だって見ることが可能なのだ。キーボードを全く叩いていないのに、仁己と亜真知のモバイルには同じような画面が出た。
 アクセスが許可されていません。
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 アクセスを許可します……。

 その二人に向かおうとする化け物に、竜也と冬夜が応戦していた。竜也が闇羽で遠くの化け物を撃ち落とし、すり抜けてきたものは冬夜が細身の刀で斬り落とす。最低限の明かりの中でも、二人の動きは全く無駄がない。
「一匹捕まえてみましょうか」
 敵の情報は仁己と亜真知が調べているが、探れる能力があるのだから本体を探ってみるのも良いだろう。竜也は懐から呪符を出した。
「………!」
 近くにやってきた化け物を呪縛の符で捕らえ、竜也は冬夜の方を見る。
「何かあるかも知れないので、少しの間お願いします」
「分かりました」
 魔眼を使い、化け物を覗く。
 そこに映りこむのは、深い深い、闇。

 飢餓感に近い空腹感。
 闇の中を羽音が響く。すると、亀裂のような物が見え、そこに現れる人の想いや想念……。
 それが、美味しそうに見えた。
 人の想い、感情。それを口に入れ、喉を通り、胃に送り込む。
 恐怖が、最高のスパイスになる……。

「……さん、九原さん!」
 軽い目眩にも似た感覚に、竜也は二度頭を振った。隣では冬夜が刀を構えたまま、サングラスを外している。
「どうして東京にやってきたのか、理由が何となく分かりました。そして、タワーにいる訳も」
 奴等は、人の想いや想念を餌にしている。
 東京タワーは、テレビの電波を発信する場所でもある。人の想いを集め、発信するのだから、奴等にとってはご馳走だろう。
 竜也は既に立ち直り、タワーの上を見る。
 ……中にいる者達は大丈夫だ。情報が揃うまでは、まだ頑張ってもらわなければ。

「矢鏡様!」
 ざっと葵の長い髪がなびくのと同時に、慶一郎は銃を撃った。自由自在に伸ばせる髪を、葵は攻撃だけではなく防御や、慶一郎の姿を隠して不意打ちなどに利用している。おかげで、オープンな場所での銃弾の交換もスムーズだ。
「ゲーテ曰わく『青年は教えられることより刺激されることを欲するものである』……実戦で伸びるタイプですな、葵さんは」
 教え子の成長を素直に喜ぶべきか。だが、慶一郎はふとあることに気がついた。
「敵戦力が、随分分散されてますな」
 人を餌にするのであれば、悪い言い方だがナイトホーク達の方が数が多い。皿の上にケーキが二個と三個なら、誰だって三個の方を取るだろう。
 葵もそれに気付いたのか、慶一郎の側にやってきた。
「私達が、舐められているわけではありませんわよね?」
「それはないでしょう。何か、条件の違いがあるんでしょうな」
 何が違う?
 モバイルを操っている仁己と亜真知、レーザー通信装置を小型化している雅隆とデュナス、そしてナイトホーク。
「……どう考えても、ナイトホーク達の方が油断しまくりですが」

「ナイトホークー、さっぶいから自販機でコーンスープ買ってきて! 五秒で!」
「だから停電してるって言ってるだろ、ボケ」
「ドクター、今遠赤外線出して、暖かくしますから」
 普段研究所でもそうなのだが、雅隆のこのマイペース加減と無茶苦茶さはここでも全く変わっていない。デュナスは苦笑しつつも、雅隆の手がかじかまないように、少し遠赤外線を出した。自分が暖かければ、近くにいる亜真知と仁己も大丈夫だろう。
「デュナス君が一家に一人いると、灯油が高くなっても安心だねぇ」
「人を便利グッズみたいに言わないでください」
 その時だった。
 不意にやってきた化け物に驚き、デュナスの光量が増す。その瞬間、化け物はデュナスを露骨に避けた。
「………?」
 何だか妙に気にかかる。ナイトホーク達に照らす明かりはそのままで、デュナスはレーザーポインターのように指先に光を出し、化け物を追いかけた。
「光を、避けてる?」
 今度は光の球を化け物にぶつける。すると、明らかに化け物の動きが鈍った。
「ナイトホークさん、彼らの弱点が分かりました。光です。光が当たると、動きが鈍くなるんです」
「何だって?」
 それが分かったとして、どうしたら。ナイトホークは雅隆の顔を見る。
「おい、浮かれポンチ。終わったら丼でコーンスープ飲ませてやるから、死ぬ気で急げ」

「………」
 仁己と亜真知は、各国の軍事データベースにハッキングをかけていた。かといって、覗いているのがばれるのでは困る。ソーシャルハッキングという方法を使い、合法的に正しい方法で「覗かせて」もらっているのだ。無論足跡を消すことも忘れない。
 すると化け物に関してのデータが、ぞくぞくと出てきた。
 目撃例などがあるようだが、それを世界に発表するには障害がある。人対人で戦争や紛争をしている間はいいが、そこに「未知のもの」が現れてしまっては困るのだ。こんな時、映画などでは「未知なる敵に対するため、人類が一致団結する」のだろうが、それが出来ていれば戦争など起こらない。
「よっしゃ。ビンゴ! こっちのマシンで記録して、さっさととんずらだ」
「では、わたくしは、情報を伝えやすいように整理しますわ」
 亜真知が画面を見ながら、素早い動きでキーボードを打った。

 ドイツ語で好奇心を意味する「ノイギーア(Neugier)」
 これは初めて目撃されたのが、ドイツであったのでそう名付けられた。この時空の物ではなく、全く異なった時空からの「侵入者」である。
 彼らは人の想いや想念を主に糧にし、魂を抜いたりする事がある事が知られている。
 人に攻撃を仕掛けたりするのは、弱らせて魂を抜きやすくすると共に「恐怖」や「怒り」という想いを強くする為である。
 実体があるので通常攻撃は可能。
 群れで行動するので、時空を閉じればこれ以上増えない。見つけた場合、時空を閉じることが最優先事項である。

「で、問題はどうやってそれを伝えるかなんだが」
 その情報に「光が弱点で、当たると動きが鈍くなる」というのを加え、ナイトホークは煙草を吸いつつ溜息をついた。レーザー通信装置は出来たのだが、送受信するためには相手に送らなければならないわけで。
「小型化したせいですっごい電力効率悪いから、誰か電力維持して欲しいのぅ。で、送受信機を送らなきゃならないんだよね」
 雅隆の言葉に、亜真知がにこやかに前に出た。
「電力維持は、わたくしにお任せ下さいませ。情報を送るのは、島津様にお願い頂けますか?」
「了解。俺、頭脳労働専門だから、荒事とか任されても無理だし」
 それを聞き、ナイトホークは携帯灰皿で煙草を消した。
「じゃあ、光の所に受信機持っていくのは俺がやる。こう見えても突っ走るのは得意だし、ここで何かしないと本気で役立たずだ」
 ナイトホークはそう言うと、デュナスに向かって振り返る。
「デュナス、行きだけでいいから俺を光で包むか何かしてくれ。行きに倒れてぶっ壊したら意味ないからな」
「分かりました。じゃあ、タワーの中にはどうやって……」
 中の様子は竜也の魔眼で見ることが出来る。だが、タワーに入るためには、かなりの危険を伴うだろう。
 その時だった。
「ふふふ……こんな事もあろうかと、持ってきた物があるんです」
 何故か不敵に笑った慶一郎は、ずっと地面に置いたままだった黒い大きなバッグを皆の前に持って来た。そしてもったいぶりつつ中を開ける。すると……。
「慶ちゃん! やっとボクの出番もふね」
 中から現れたのは、喋るパンダのぬいぐるみ……笹食えぱんだだった。実は、タワー内の様子をうかがうためにと、慶一郎が連れてきていたのだ。
「今日は、新型笹食えフライトシステム装備ですよ。笹食えぱんださん、準備はいいですか?」
「了解もふ。ボクがばっちり届けるもふから、中の様子を伝えて欲しいもふ」
 ………。
 皆が言葉を失う中、ナイトホークが頭を抱える。
「未知のものに未知のナマモノで対抗するか、普通」
「でも、これなら送受信機を安全に届けられますよ。問題はカメラがないので、笹食えぱんださんとの音声通信だけが便りなんですけど」
 カラカラと笑う慶一郎に、竜也が苦笑しながら手を上げた。
「タワーの中は私の能力で見ることが出来ます。この送受信機は、草間さんに渡せばいいんですね?」
 それが一番確実だろう。プロボを操る慶一郎とナビをする竜也は冬夜が守り、ナイトホークの防御はデュナスがやり、電力確保をする亜真知と情報送信を担当する仁己は葵が守るということで、話が決まりかけた時だった。
「ねぇ、僕は誰が守ってくれるの?」
 くりっと首をかしげる雅隆に、冬夜が冷たい視線を向ける。
「自分の身は自分で守れ。何なら殉職しろ」
「ドクターは私が守りますから、島津様達の側にいて下さいませね」
 何となく、このやりとりで良い感じに力が抜けた。ナイトホークが送受信機を手に持ち、笹食えぱんだにも上手く持たせることが出来たようだ。
「よし、じゃあ行くぞ!」

「もう少し右……後ろからノイギーア接近中」
「了解。笹食えぱんださん、大丈夫ですか」
 冬夜をこちら側の防御に回したのは、笹食えぱんだに近づくノイギーアを、懐に隠していた投げ針で牽制できるからだった。冬夜はサングラスを外したまま空を見て、正確に笹食えぱんだに近づくノイギーアを倒していく。
「大丈夫もふよ。翼よ、あれが東京の火もふ……」
 無論冬夜にずっと任せているわけにはいかないので、慶一郎は見事なプロボさばきで曲芸飛行を見せながら笹食えぱんだを飛ばす。
「ガラスに穴が空いてます。そこから侵入可能です」
「笹食えぱんださん、ここからが本番ですよ」
 広い空を飛ばすより、室内を飛ばす方が難しい。タワー内で、ある程度の高度だけではなく、限られた空間を確実に安全に飛ばさなければならない。
「なかなか緊張しますな」
「五センチ程高度を下げてください。そのまま真っ直ぐ」
 自分の視界ではなく、竜也の視界と笹食えぱんだの声による操縦。それを見えているかのように慶一郎は飛ばしていく
「慶ちゃん、見えたもふ!」
「草間さん、確認しました。ノイギーア達と戦闘中です」
 戦闘中であれば、直接渡すのは難しいかも知れない。慶一郎はプロボを強く握った。
「すれ違い様に渡して下さい、いいですね?」
「了解もふ!」

「デュナス。先に言っとくけど、全力で守るのは行きだけでいいぞ。帰りはぶっ倒れても何とかなるから」
「そうはいきません。何とかなるのかも知れませんけど、倒れるのを見るのは私が嫌です」
 走る用意をしながらそう言ったナイトホークに、デュナスは首を横に振った。
 自分は、ナイトホークに関して知らないことがたくさんある。もしかしたら、本当に平気なのかも知れないが、それでも誰かが倒れるのを見るのは嫌だった。
 するとナイトホークは一瞬眉間に皺を寄せた後、ふっと笑う。
「分かった。じゃ、突撃開始!」
 そう言った瞬間、ナイトホークが走り出す。その姿は本当に敵陣に飛び込む兵士のようだった。それに置いて行かれないよう、守りきれるようデュナスは発光したまま追いかける。
「どけぇっ!」
 目指すはタワー下で待っている光の所だ。全速力で走り、持っているレーザー通信装置を、今度は河夕に届けてもらわねばならない。
「………」
 光に通信装置を手渡すと、今度は元いた場所に戻る。ナイトホークはふと、こんな事を思った。
「突撃より、撤退の方が難しいんだよな」
 デュナス一人なら無事に戻れる。だが、自分を守りながらなら……。その想いにノイギーアの群れが襲いかかった。
「しまっ……」
「ナイトホークさん!」
 間に合わない。そう思った瞬間、デュナスは全力でノイギーア達に向かい光を浴びせた。フラッシュのように目が眩むほどの光。その隙にナイトホークは持っていた呪符で自分の銃剣を呼び寄せノイギーアを切り倒す。
「デュナス、大丈夫か?」
 ふらっとよろけたデュナスに肩を貸すと、力のない声がこう言った。
「ナイトホークさん。急に光ったからお腹が空きました……というか、実はずっと光ってたからハラペコなんです」
 そういえばそうだった。
 ふうっと息をつくと、ナイトホークは呆れたように笑った

「葵様、大丈夫ですか?」
 電力維持をしながら、亜真知は葵のサポートに回る。ナイトホークに防御を集中させるため、デュナスの照明は最低限だ。三人を一人で守るのは大変だろう。
 防御結界があると言っても、ここに「想い」という餌がある以上ノイギーア達はやって来る。
「ありがとうございます、亜真知様。電力は大丈夫ですの?」
「ええ。ドクターと島津様が安心して送信できる環境も大事ですわ」
 雅隆が調整をし、仁己が送信用の情報を整理している。どうやら上手く受け渡しが出来たらしい。ナイトホークはデュナスに肩を貸しているし、慶一郎も無事に笹食えぱんだを外に脱出させ、竜也と冬夜が守備に戻っている。
「後は上手く頼むぜ」
 闇を貫くレーザーの光が、ノイギーア達に関する情報を皆に伝える。
 真っ直ぐ届く光が、闇に負けるわけがない。
 人の想い、願い。それらが全て闇に飲み込まれることがないように、闇を統べしものとなる。
 やがて内側から閉じられるように黒い固まりが消え、時空が閉じられた事を皆が知った。

「終わったか……」
 ノイギーアの姿も消えたし、消えていた電気も少しずつ戻ってきた。
 これで終わったのだと安心し、ナイトホークがポケットからシガレットケースを出した時だった。
「さぶい! ナイトホーク、丼でコーンスープ飲ませて。僕凍えちゃう」
「私も何かご飯……。持参してたあんパンだけじゃ、足りませんでした」
 ……余韻に浸る暇もないのか。
 するとジタバタする雅隆に冬夜が肩をポンと叩き、にこやかにこう言った。
「いっそ、コーンスープで溺れ死なないか?」
「とは言え、確かに寒いし腹も減りましたな」
 笹食えフライトシステムを片付ける慶一郎の頭に笹食えぱんだが乗り、短い手をパタパタと振る。
「ボクもハラペコもふよ。美味しい物が食べたいもふ〜」
 竜也も安心したようにタワーの上を見て、仁己や亜真知、葵に向かって頬笑んだ。
「皆さんはどうでしよう。お時間がよろしければ、蒼月亭に行きませんか?」
「だな。この様子だと中の連中、もっと腹空かせてそうだ。マスター、俺カウンター入ってもいいか?」
 手を上げる仁己に、亜真知が頷く。 
「わたくしもお手伝いいたしますわ。ナイトホーク様もお疲れでしょうし」
「あ、私は雅輝様に報告を……」
 そうこうしているうちに、タワー内にいた皆も戻ってきたらしい。その様子にナイトホークが叫ぶ
「あーっ! 社長には浮かれポンチがメールしろ、一番打つの早い。で、飯でも酒でも飲ませてやるから、皆来やがれ」
 この様子では、おそらく商売にはなっていないだろう。それに、これだけの大仕事をしたのだから、祝杯ぐらいあげても罰は当たらない。
 ナイトホークが天を仰ぐと、いつの間にか空にはふくらみかけの月が浮かんでいた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6739/矢鏡・慶一郎/男性/38歳/防衛省情報本部(DHI)情報官 一等陸尉
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵
7173/島津・仁己/男性/27歳/情報屋
1593/榊船・亜真知/女性/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?
7063/九原・竜也/男性/36歳/東京都知事の秘書